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アナタが作る物語コミュの【青春学園心霊ファンタジー】ルリ色のビー玉 14話

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 忘れた頃に帰ってきました。どうも、リバーストーンです。
 前回から大分時間がかかってしまってすみませんでした。
 今回で主人公の過去が全て明らかになるので、それでお許しを願いたいと思います。
 
 気がつけば、コミュの中でもかなり長い話になってしまったので、前回までの簡単なあらすじを付け加えたいと思います。


 【あらすじ】
 勉強でしか自分の価値を見い出せない中学3年生『幹久透』は、
 ある日、ひょんなことから図書室で見つけた魔術の本から記憶喪失の浮幽霊の少女『ルリ』を自分の守護霊として召喚してしまう。

 当初は頑なに他人を拒んでいた透だが、反発しながらも天真爛漫なルリの性格に徐々に心を開いていき、彼女の記憶を取り戻そうと調査を開始する。
 だがそんな時、彼女は透を体育祭の最も過酷な競技であるロードレースの選手に選ばせてしまう。


「これでみんなに透の存在を認めさせるのよ!」


 ルリの作戦に乗ってみた透は『勉強以外の自分の価値』を見つけるために、
 クラスメイトの野球部の兄貴分『良幸』
 バスケ部の美少年『光紀』
 柔道部の豪傑『美緒』
 クラスのアイドル『佳奈美』と一緒にレースの特訓を始める。

 始めこそなかなかまとまらなかった一同。しかし、対立する相手チームの室田達とのいさかいの中、透はメンバー全員の真剣な思いに気付き、逃げずに大会に出場することを宣言して、チームを一つにまとめたのだった。


 前回までは下記トピックに目次があります。↓

【作品一覧【2009/02/25現在連載中】
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165


*************************************************************************
 14、決戦前夜
 走る。それは急いでいる時に体力を使い、自らの体を前へと進めまいと取る行動。それは時として自己の体力の限界に挑んだり、その速さを競争したりする。
 陸上競技も種目によって多少障害物があるなしの違いがあるだろうが、本質はどれも同じだ。
 己の臨界点突破を求める自分自身との戦い。
 そして今、透も校庭のグラウンドをラスト一周まで走り終え、最終コーナーを周っていた。
 ひたすら決めた終着地点だけを目指して。

「はっ、はっ」
 リズム良く呼吸が切れる。
 向かいくる風を左右の肩で小刻みにかき分けて、一心不乱に突き進む。
 今日は練習最終日。最後の調整ということもあり、透の邪魔にならない様に美緒、良幸、光紀、それとサボりぎみだった勝も一緒に走らずに計測係りの佳奈美と一緒にゴール地点に待機していた。

「あと百メートル!」
 美緒が、透に向けて激を飛ばす。
 その声に呼応するように、透も校庭に描かれた石灰の白いゴールラインを目指して、砂埃で汚れたシューズで地面を蹴り上げた。
特訓で学んだ事を振り返りつつ、意識を走りに集中させる。
 視線はまっすぐ前方に、腕を大きく振って、焦らず自分のペースを崩さずに少しでも前に足を踏み出す。

「はっ、はっ、はっ」
 呼吸を乱さぬよう、注意を払いながらも透は大きく前に前進する。
 自分が求めるのは、体力の限界じゃない。昨日より強い己の力だ。今まで何度もあこがれ願ってきた強い自分。それにわずかでも近づくために、
 ――――進みたい。一歩先の自分へ。
 夢であった願いを現実にするために。
 両手は大きく風を切り、胴体はややのけぞりながら、透は最後のトラックのラインを踏みきった。
 通過直後に全身の力が抜けて、転がるように倒れこむ。
 もう、足が動かない。さっきのが正真正銘、自分の全力の走りだ。
(――――これで目標の一分半のタイムが縮まっていれば・・・!)

「佳奈美、タイムは?」
 固唾を呑むように、美緒が佳奈美に問いかける。ストップウォッチを持つ佳奈美の手が小刻みに震えた。

「――――マイナス一分三十六秒、・・・・・・・目標達成だよ!」
「いよおっしゃ――――――ッ!」
 良幸をはじめ、タイムを聞いた全員が歓喜の声を上げた。
 透は汗にまみれた掌を見つめ、ゆっくりと握りこぶしを作る。

(・・・・やった、・・・・・自分を、超えられた!)
 ようやくこみ上げてきた達成感に、全身が感激で身震いした。念願だった目標がクリア出来て、透は喜びを噛み締める。
 嬉しさに浸っている透にメンバー全員が集まってきた。

「ついに出たぜ、幹久! 新記録だ! 新記録!」
「やりゃ出来んじゃないのよ〜!」
 興奮した良幸と美緒は透を囲み、もみくちゃにするように彼にそれぞれの祝いのスキンシップをする。

「痛ててて、おい、お前ら、人が疲れているのをいい事に!」
 テンションが高くなった二人をようやく引き剥がし、透はようやく立ち上がると、
「幹久」
 良幸は透を呼びかけると彼に右手の拳を突き出した。

「目標クリア、やったな!」
「ああ!」
 透も笑って右手を握ると、良幸の拳に軽くコツンと当てる。
 埃で汚れた顔を見上げると、ゴールの白線の上でルリが「おめでとう」と言いながら拍手を送ってくれていた。

(俺でも、やっとここまで来れたんだ)
 ひたすたにがむしゃら突き進んできた道のりだったけど、ようやくこれで一つの実を結ぶことができた。
「幹久君! 良かった、ほんとに良かった!」
 良幸に続いて佳奈美も透の手を摑み、佳奈美は自分のことのように喜んだ。思えば、彼女が一番練習の始まる前から透に気を使ってくれていた。透も素直にえくぼを作って佳奈美に応える。

「サンキュ、吉村」
 手を握り返して佳奈美を見つめ返す透に、じ〜っとジト目で二人分の視線がこっちに向いていた。
「おやおや、二人だけ別の世界ですか〜?」
「良い雰囲気を作るもの良いけど、私達を忘れてないでしょうねぇ?」
光紀と美緒にからかわれて、二人はあわてて手を放して「忘れてないって」と返事をする。
 佳奈美、良幸、光紀、美緒、そしてルリ。
 きっとこの記録は自分だけの力じゃ出来なかった。

 最終日である今日までの十一日間。透達は下校時刻ギリギリまで時間を費やし、過密スケジュールともいえる特訓を行ってきた。校庭のトラックだけではなく、本番で走る裏山のコースでのタイムアタック、呼吸法、坂道での走り方など幾度も練習を重ねて、走るイメージもちゃんと固めている。
課題だったバトンの受け渡しの練習も、透が休み時間に光紀と良幸に頼んで付き合ってくれたおかげで徐々に形になっていき、みっちり行った一週間の苦労の末にようやくまともに出来るようになった。

「正直ここまで走れるようになれるとは思わなかったわ。ちょっと見直したわよ!」
 称賛する美緒に背中を叩かれ、透はおっとっと、とよろけつつもやわらかく微笑む。
 全員の顔がほころび、場の空気が和んだところで良幸が二回大きく手を叩いた。

「お〜し! んじゃ、明日の勝利祈願でアレやるぞ!」
「アレ?」
「アレって言ったら円陣に決まっているだろ! ほらさっさとみんな集まって肩を組めよ!」
 良幸は透の腕を強引に引っ張ると、自分の肩に手をかけさせた。光紀の腕も透の肩に乗せられて、透は二人に挟まれるように肩を組む。

「ほら、お前らも来いよ!」
 良幸は美緒、佳奈美も手招きをして女子二人を誘った。
「ったく、しょうがないわね! ほらこんな時ぐらいあんたも来なさい!」
「ギブギブ! わかったから首根っこつかむなって〜の!」
 美緒は愚痴を言いつつ嫌がる勝を連れ込み、佳奈美も少々照れながら彼の誘いに乗って一緒に円陣を組む。
 全員が隣同士肩を組んだのを確認すると良幸は叫んだ。

「明日はいよいよ決戦だ! 気合い入れていくぞ―――ッ!」
「オ―――――――ッ!」
メンバーみんなで掛け声を上げ、グラウンドを整備して、最後の練習は終わった。

                   ◆


 目を閉じるといつもあの日の悪夢を見る。

 叶えたかった願い、
 守りたかった絆、
 信じあっていたかった想いが、全て無くなってしまった夢。
 いっそ本物の夢だったら良かったのにと何回も思う。

 しかし、それは永遠に覚めないすでに起こってしまった現実。取り返しのつかない過去だ。
 そして悪夢は毎晩、透を苦しみ続けた。
 解けることのない呪縛のように。

『お前なんかいらねーんだよ、バーカ!』
(やめろ)
『あんたに何が出来るの?』
(やめろ!)
『あなたには何も無いんだから』
(やめろおぉぉぉぉぉぉぉおおおお―――――――――――――――っ!)


「うわあああああああっ!」
 繰り返し頭の中を侵食している夢に透は声を上げて飛び起きた。
「どうしたの、透? 凄くうなされてたよ」
 透の叫びに驚いて、ルリが心配な様子で話しかけてくる。きっと相当な大声を出していたのだろう。ルリの表情がいつにも増して強張っている。

「ああ、ちょっと夢を・・・な」
 ぐっしょり汗をかいて、呼吸も荒い透。その彼を見て、ルリは何か言いたげな口をつぐみ、
「ちょっと、待ってて」
 そう言って乾いた洗濯物のタオルを持ってきて、透の額の汗を拭った。
 タオルが肌に触れる度に、心臓の猛りが徐々に静まっていく。

「少し落ち着いた?」
「ああ」
(なんで大事な日の前夜になって、こんな夢を見てしまうんだろう)
 強く持ち直した気持ちがまた揺さぶられそうになる。以前はこの感情も、ずっと心の檻に閉じ込め、押し殺してこらえてきた。しかし、今はその檻もあまりにもろくて息苦しい。
 耐え続けるには限界がある。

『気持ちを吐露することも、大切だと思うよ』 
前に図書室でのルリの言葉が透の意識に蘇った。
 透は自分の顔を拭いてくれていたルリのタオルを指先でつまんで下ろし、彼女に向き直る。

「ルリ」
「ん? 何?」
「聞いて・・・・くれるかな? 俺の・・・その、昔の話を」
「さっきの夢と関係のある事なの?」
 ルリの問いかけに、透はこくりと黙って頷く。

「もし、嫌なら無理に話さなくてもいいんだよ?」
 透の心身を案じたのだろう。普段、何でも聞きたがるルリが初めて自分から話題を打ち切ろうとする。
「ううん、大丈夫だ。そのまま聞いてくれ。いや、・・・ルリには聞いていてもらいたい」
 このまま夢に押し潰される前にルリにはちゃんと伝えておきたかった。
 あの年に起こった出来事を。

 人伝いから聞いた部分もあるので、全部が正確であるとは言い難いが、それでも概ねの出来事は分かる。
(もしかすると、あの頃からもう始まっていたのかもな)
 透は瞳を閉じるとゆっくりと語り出した。

コメント(10)

               ◆


 ――――時は八年前に遡る。
 透が小学二年生だった頃、まだ名字が『藤間』だった透の家庭は三人で成り立っていた。

 父の弦助は当時、救急救命医として病院に勤め、一日のほとんどの時間を仕事に割いていた。三十時間労働は当然のこと、休日出勤など日常茶飯事で、一方の母親の咲は教育熱心で働き者の主婦として多忙である夫の弦助を支え続け、透の授業参観や学校行事には必ず顔を出していた。
 弦助と話し合う時間がなくても、透は寂しくはなかった。
 自分の時間を削ってでも、他人の命を救う父が誇らしかった。
 少し夫婦喧嘩が多かったものの、それもいつかは収まるだろうと透は子供心ながらも安堵な気持ちを持っていた。

 そんな時、あの出来事が起こった。
 室田の父親が救急車で弦助に勤めていた病院に運ばれてきたのだ。彼は胃ガンだった。搬送されて検査をしたときにはすでに末期症状に入っていて、長くても数ヶ月しか命が持たない状態にまで病魔に蝕まれていたらしい。
 担当医だった弦助は、『どうしても病状を知りたい』とせがまれた室田の父親本人に、包み隠さずその事実を打ち明けた。
 わずか数ヶ月の命。その宣告を受けた室田の父親は、息子である伸俊には心配をかけまいとずっと嘘をつき続けた。

『安心しろ、こんな病気なんてきっとすぐに治してみせる。すぐに元の生活に戻れるさ』
 ベットの上で自分が意識を失うそのときまで、彼は息子にそう言い聞かせたと言う。
 そして、意識を失ってから一ヵ月後。室田の父親は息を引き取った。
 父親の葬儀を終えて数日経ち、久しぶりに学校に戻った室田は、透と顔を合わせるなりいきなり透につかみかかった。
 きっと自分の唯一の家族だった父親が死んだのに、それを見過ごした透の家族がのうのうと幸せでいる事が許せなかったんだと思う。

「お前の親父のせいだっ! お前の親父のせいで、父ちゃんは殺された! あのヤブ医者じゃなければ父ちゃんは助かっていたんだ!」
 目に涙を溜めて、室田はあらんかぎりの怒りを透にぶつけた。
 普段から嘘や隠し事が大嫌いだった室田の父親。それを充分承知していたからこそ室田は彼が寝たきりになった後もずっとその嘘を信じ続けていたのだろう。例え、己の行動がただの八つ当たりだと自覚していても、それを自制することが出来なかったのかもしれない。
 深い悲しみと憎しみに満ちた眼で仇を睨みつける室田の罵声に、透はただ驚いて立ち尽くす事しか出来なかった。


 その日を境に、透の学校生活は変わった。
 室田は透を『ヤブ医者の息子』と言って嫌がらせをするようになり、まわりの同級生達にもその事を言いふらし始めた。子供の残酷な無邪気さは大人のよりも容赦がない。悪い噂はあっという間に広がり、それを面白がって尻馬に乗った同級生もひやかしては、透を避けて見下し始めた。
だが、中傷を言われ続けても、透はその事を弦助には一切言わなかった。
 室田の父親がもう弦助の手に負えない病状だということも知っていたし、みすみす彼を死なせてしまい、少なからずショックを受けている弦助に余計な心配をかけたくなかった。
 それでも、どうしても耐えられない時はその悩みを健二に打ち明けていた。
 
 健二は幼なじみで、小学校で初めての友達だった。
 透は何か辛い事、悲しい事がある度、いつも健二にその出来事を話していた。健二もその話を黙って聞いてくれて、何かあった時には透をかばったり、守ったりしてくれていた。


 そして、あの夏の縁日。
 透は健二と一緒に、出店で不仲になっていた両親に送るプレゼントを探していた。その頃の弦助はいつもにも増して夜勤が多く、咲に家事と透の育児の負担をかけすぎて、今まで以上に敬遠になっていたのである。
だから何とかして仲直りをしてもらいたいと、健二を誘って一緒に祭りに出向いた。

 しかし、あのビー玉のキーホルダーを買った直後、不運にも二人は室田と反町に出くわしてしまった。
 当然のごとく室田は目に止まった透のキーホルダーを奪おうとした。しかし、必死に抵抗する透に室田は徐々に苛立ち始め、透が背中の後ろに隠れた健二の方に標的を移した。室田の怒りの矛先が健二に向けられ、今度は健二が胸倉をつかまれて首元を絞められた。

「た…助け…」
 今までにない強い力に健二は声がかすれ、透は恐怖で立ち尽くした。
 涙目になっている健二に室田は囁く。
「こんな奴にかまうからお前がいつも損をするんだぜ、健二。利口なら少しは頭を使って考えろよ」

 それは透を見捨てろという合図。
 安全な生活を送りたかったら、俺の仲間になれという命令だった。
 そんなことをするはずがない。健二が自分の親友であることを信じ、透は彼の決断を待っていた。

 だがしかし、健二の取った行動は透の予想外のものだった。
 今にして思えば、透だけが親友だと思い込んでいただけなのかもしれない。
 囁きを言い終えた室田は彼の胸倉をつかんでいた手を緩め、透が健二に心配して近づいた時、
 ドンッと体に響いた衝撃と共に、透の体は後方に突き飛ばされた。尻餅をついた透に向かって健二は陰りの差した瞳で見下ろす。

「―――お前が、……お前なんかいなければ」
「健…ちゃん?」
 初めて見た鬼気迫る形相に透は全身の産毛が逆立った。

「い、いきなり何言ってんだよ、健ちゃん。僕たち友達だろ?」
「友達なら毎回都合よく守ってくれなんて言わない。毎回相手を傷つけない」
「――――健…ちゃん……」
 健二と一緒ならいつも簡単に出来るはずの笑顔が引きつる。

「お前なんかいらねーんだよ、バーカ!」
 最後に健二が言い放った一言に、透はその場で脱力した。
 無様に土に這いつくばる自分。
 せせら笑う室田達の声。
 行き場のない崖に取り残されたような孤独感。
 子供同士の喧嘩に横目にやりつつも、無関心に通り過ぎていく大人達。
 この時、世界全部が透に味方をしていなかった。
 誰一人としていなかった……。

 それから室田達が立ち去って、透はどうやって家に帰ってきたのか、はっきり覚えていない。放心状態で歩きながらさっきの出来事が脳内リピートされ、頭が芯から響くようにガンガンと激しく痛んだ。

(なんで? どうして?)
 未だに健二の取った行動を受け入れられないまま、透は家のドアノブに手をかけた。
 休みたかった。ベットで昼寝して、嫌な事全部忘れたかった。
 頭の整理をして気持ちを切り替えよう。
 そして、手に抱えているキーホルダーを両親に渡して、また二人に笑顔に戻ってもらおう。それなら僕もまた自然に笑えるかもしれない。

 ポケットにキーホルダーを仕舞い、そうわずかに思い直しながら、透は冷たくなった手でドアノブをひねって家に入った。しかし、リビングに入って透を待ち受けていたのは、先ほど受けた裏切りよりもさらに信じられない光景だった。

 家にあった弦助の荷物が全て消えて、母の咲が食卓の机に組んだ両手を乗せて塞ぎ込むように顔をうずめていた。
 わけがわからなかった。
 透はすぐに咲の腕を揺らし、何があったのかを尋ねた。

「お父さんはね、私達よりも仕事の方を選んだのよ」
 それは当時、咲のついた嫌味の嘘だったのだと透は思う。仕事柄、家族よりも職場を優先する毎日の父、そしてそれを透の世話をしながら支えなければいけなかった母。
 咲からしてみれば、家事や子供を全部押し付けられ、振り回されると思い込んでもおかしくない日々だったのだろう。少々ノイローゼ気味だった母は家族を取るのか、仕事を取るのかを弦助に迫り、離婚届を突きつけたのだ。
 そして、弦助は咲の負担を無くし、透の養育費を稼ぎ続けるために印を押した。咲が透の親権を持つ条件を飲んで。

「結局、あの人は何にも分かっていなかったのよ! 私の事も、あなたの事も、何もかも知ろうとしないで、仕事を名目に家族よりも赤の他人を助けていたんだわ!」
「そんなことないよ、お父さんだってきっと家に帰りたくても帰れなかったんだよ! だからやめよう? 別れるだなんて、今すぐやめようよ!」
 必死だった。何としてもやめさせたかった。

 これで終わってしまったら、キーホルダーにかけた願いが消えてしまう。せっかく繋ぎ止められると思った絆が完全に無くなってしまう。こんな形で終わらせたくない。透は一生懸命、咲に訴えた。しかし、

「あんたに何が出来るのよ?」
 ぞっとする咲の低い声に透はたじろいだ。
 うっぷんをぶつけるように咲は机を叩いて叫ぶ。

「あの人が戻ったとして、今のあんたに勉強以外何が出来るのよ! 家事が出来るとでも言うの? 働く事が出来るとでも言うの? 出来ないんだったら簡単にやめようなんて言わないで!」

 ―――何も言えなかった。
 納得してしまうくらい論理的で、言い返せないほど現実的で、願いという幻想だけでは家族を支えるには保てないのだと、突きつけられた。

「もう黙っていて頂戴。あんたに出来る事なんてないのよ。あんたには何も無いんだから」
(僕に…出来る事はない?)
 ポケットの生地越しに入れておいたキーホルダーを透は握りしめる。

(このプレゼントでも、二人を繋ぐことを出来ないの?)
 口を固く結び、透はその場から逃げだした。

(嘘だ、嘘だ、嘘だ! こんなの信じない!)
 透は泣きながら走った。行く先など頭にない。ただこの壊れた世界から逃げ出したかった。
 道路を渡り、路地を抜け、商店街を突っ切る。
 頭が割れそうだった。
 肺が焼けそうだった。
 心臓が押しつぶされそうだった。
 手足がバラバラになりそうだった。
 これほどまでに体中は壊れているのに、世界からはどれだけ走っても逃げ出せなかった。
 ただただ、息だけがどんどん弱く苦しくなっていく。
 そして、体力の限界で行き着いた先は、川に続く土手の坂道。
 夕日に照らされた橋の上だった。

(――――――なんで、こんな事になっちゃったんだろう?)
橋の手すりに手を置いて、ポケットの中にそっと手を入れる。両親に渡すはずだった大切なプレゼント。その掌に乗せたキーホルダーを見つめ、透は再びギュッと胸元に握りしめた。
(こんなものあげたとしても、僕じゃ何も変えられなかったんだ!)

「うわああああっ!」
 腕を振り上げて、握ったままの拳を橋の手すりに打ちつける。
 何回も、何回も。キーホルダーを壊すくらいの勢いで拳を叩きつけた。

(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!)
 こんなの捨ててしまいたいはずなのに、どうしても指がそれを離してくれなかった。
 繋ぎとめていたかったプレゼントを壊してくれなかった。
手が赤く腫れ、痛みが骨まで届く頃になって、透はようやくその手を止めた。

「うっ、うっ、うっ」
 しゃくり上げる声がさびしく橋の上に響く。
 顔を上げると、川のせせらぎがこちらを誘うように音を立てていた。
 橋から身を乗り出し、足元を流れる川の水面を眺める。
 七歳の子供に正確な死の概念なんてわかる筈がない。
 きっと天国にはここよりも優しい安らぎがある世界なのだと漠然と思いこんでいた。

(ここからなら、向こうに行けるのかな)
 今はこの苦しさと孤独から少しでも開放されたかった。足を手すりにかけてよじ登ろうとする。いつもなら高くて怖いはずのなのに、今回はそれが不思議と心地いい。
 目を閉じ、三つ数えて手を離そうとした時、透の耳にかすかに歌声が聞こえてきた。

(!)
 透は目を見開いて、離しかけた手すりを再びつかむ。
 飛び降りるところを誰かに見られていると思い、あわてて声の方向に首を向けた。
 その刹那、透の中の時間が止まった。
 横を向いた先には、近くのガードレールのポールの上で女の子が腰かけて、夕日に向かって歌っていた。あの天使のような歌声は今でも忘れられない。今日一日、無事に生きれた事を心から感謝する、そんなありがたさを伝えてくれるような音色だった。

 透の泣き疲れて枯れていたはずの涙がまた頬を伝った。
 寂しさからの悲しみではない、純粋な温かい癒される気持ち。
 そんな感情がまた思い起こせたからこそ、透はビー玉のキーホルダーを彼女にあげたのかもしれない。透にとって最悪だった日々の出来事を、一時の間消し去ってくれたお礼を受け取ってもらいたかった。

「わあっ、きれいなビー玉! 私と同じ・・・の色だ〜!」
 例え、彼女の言葉が年月を過ぎて色あせてしまったとしても。


              ◆


「―――――あとは前に話した通りだ。自殺しようとしていた俺をその子の歌が止めてくれた。だから、あの歌が聞こえてこなければ、俺は本当に身を投げていたんだ」
 長時間ずっと語っていた透は、ふうっと息をついて床に目を落とした。彼の告白に耳を傾けながらルリはその表情を静かに見守る。

「当時の俺は、健二を恨むことしか出来なかった。どうして俺を裏切ったのか、俺達は親友じゃなかったのかってな。でも、年を重ねていく毎にこう思うようにもなっていったんだ。俺はずっとあいつの重荷になっていたんじゃないのか? 健二に頼ってばかりいて俺はずっとあいつを苦しめていたんじゃないのかって。離婚の事だってそうだ。俺がもっと早く両親の異変に気づいて仲を取り持っていれば…」
 それ以上はもう言葉にならなかった。透の嗚咽交じりの贖罪を聞き、ルリはすべてを悟ったようにふっと視線を下げた。


 ――――透はずっと自分に十字架を背負わせていたのだ。
 『ヤブ医者の息子』という汚名のレッテルを貼られ、後ろ指を指される日々。
 両親の離婚と健二の裏切り、さらにそれを阻止出来なかった自分の無力さと悔しさ。
 全部の出来事を戒めの楔として心に打ち込み、己を嫌い、傷つくことを恐れ、他人を信用することをやめた。
 もう自分と他人、双方が痛まないようにと。
 そして、一人で強くなろうと気丈に振舞いつつ、勉強という自分の存在価値を掲げる毎日を続けてきたのだ。
 それが本物の強さなのだと、はき違えた事に気がつかぬまま。

 
「透・・・・」
 膝を抱え、慟哭する透にルリはゆっくり口を開いた。

「もう、自分を許してあげよう?」
 ふと聞こえてきたルリの声に透は大きく目を開いて顔を見上げた。
 真剣な眼差しで彼の視線を受けとめ、ルリは続ける。

「透はずっと自分を責めてきた。両親のことも、健二君のことも、当時の力では確かにどうしようも無かったことなのかもしれない。でも、今はもう八年前とは違う。透は勉強も、ロードレースも、精一杯努力して耐えてきた。あの室田達に対しても、怯まずに真正面から向かっていった。透は昔よりもずっと強くなってる。だから報われないなんて思わないで。自分を信じて許してあげよう?」
 ルリはしゃがみ込み、透の顔を見つめながら彼の両肩にそっと手を置いた。

「透がもし自分の十字架を下ろせなくても、私が透の罪を許してあげる」
「ルリ…」
 透はわずかに眉を上げ、こみ上げてくる嬉しさを噛みしめた。だが、彼女の言葉に揺れつつも、
「でも、……やっぱり怖いんだよ」
と、重い口を開く。

「もし自分が誰にもいらない、必要とされないままだと思うと怖くて怖くて仕方ないんだ!」
 両手で顔を覆い隠し、消えゆきそうな声を吐き出す透に、ルリは突如毛布を彼の頭から被せてきた。

「なっ」
いきなり頭上から降ってきた毛布に驚き、透はそれを引き剥がそうとする。しかし、
「動かないで」
 その行動をルリが囁くように制すると、体育座りをしていた透の後ろにまわって膝を着き、毛布の上から透をやさしく抱きしめる。

「ねえ、今私が触れているの、わかる?」
毛布越しに伝うわずかな重さ。全身の肌を研ぎ澄ませてやっと感じ取れるくらいの包み込むような感触。その消えゆきそうな感覚を透は全身で受け止める。
「……ああ、わかるよ」
 ルリの問いに瞳を閉じて、透はゆっくりと頷いた。
 彼女の頬が透の背中にほんの少し乗せられる。

「私は透がいなければずっと眠ったままだった。透が召喚してくれなければ、外の世界を見る事も、自分を探すことも、こうして人と話すことも叶わなかった。それがあなたの力。誰でもいいわけじゃない。私には透の力が必要だよ」

 そう言うと、ルリは自分の右手を透に近づけてきた。半透明のルリの右手が透の右手の中に吸いこまれるように入っていく。白くて細い掌は感触も温かさも感じない。でも彼女はここに居る。間違いなく彼女の優しい手はここにある。

「大丈夫、怖がらないで。私は信じているから。透は絶対負けないって。だって、透はもう弱虫なんかじゃないんだもん」
 嘘偽りのない、信頼あふれるルリの声。

(ああ、本当に・・・・)
 彼女が言い終えると同時に、透は今度こそ涙腺が決壊しそうになった。
(……何でおまえは、こんなに俺の弱さをすくい取ってくれるんだろう。……どれだけ、俺はルリの言葉に助けられてきたのだろう)
 心が近づくというのは、こういうことを言うのかもしれない。
 いつもお互い側にいたいと考えて、普段、他人に言えないことを話して、相手のことがもっともっと知りたくなる。ありがたいと思ってくる。胸の奥にのしつけられた重りをそっと持ち上げるようにルリは透の心の支えになっていた。
 今までも、そしてこれからも。


「ルリ」
 少し紅潮している彼女の顔を眺め、透はその半透明の手を握った。
 それを見てルリは頬を赤くすると、朗らかに微笑む。

「明日は頑張ろう! 透の存在を勝ち取るために!」
「ああ」
 かつてない穏やかな顔で透はルリの声に応えた。
しばらくぶりにすごくいいものが読めました。待っててよかった。なつかしす。
コメントありがとうございます!!

その感想だけでも自分にとってはとてもありがたい物です。
本当に長い間お待たせして申し訳ありませんでした;

なるべく次回も早くアップできるように頑張ります!
コメントも無い。目次の作業もしてない。私はなぜ?
日付を見て、多分と思います。
2011年4月に母が入院し。
その後介護ではないけれど、支援が必要という母の家に通うようになって。
一時、このコミュを離れていた時期です。

目次作業のついでとは失礼ですが読みました。
いつもながら思うのですが、阿並木氏さんの透明でもろい思春期の描写が素晴らしいです。

もう私には書けない世界。わーい(嬉しい顔)

遅くなりました。一覧に追加しました。
こちらにもコメントありがとうございます!!

コミュではコメントはない、と書かれておられましたが、
実は投稿した同時期の私の日記にてレイラさんからコメント頂いておりました!^^

二回も作品のコメントを頂けて、嬉しさも二倍ですよ!^^

わざわざ追加のご報告ありがとうございました!

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