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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か? 第6部 狩猟シーズン編

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俺と明石と加奈は拍子抜けして、手に持った武器を下ろして顔を見合わせた。

皆、悪鬼の返り血や内臓を浴びて悪臭を放つバラクラバを脱ぎ捨てたが、それでも顔に血や得体の知れない液体の筋が付いていて気持ち悪い顔だった。

「で?
景行、どうするの?」

明石は加奈と俺の顔を見てからまだ固く抱き合って互いの体をまさぐり合いながら激しいせせせ接吻を交わしている四郎とルージュリリーと四郎が呼んだ女性を見た。

「このまま見物しているのも面白そうな展開になりそうなんだがそうも行かないだろうな。
 まぁ、おかげで和やかと言えば和やかな雰囲気になったから俺達も挨拶に行くとするか。」

なるほど、さっきまで俺達に武器を向けて構えていたスコルピオの連中も武器を下げて四郎とルージュリリーを眺めていた。
バラクラバで顔は良く判らないがきっとにやついている者も一人や二人では無いだろう。
俺達はスコルピオの連中に何故だか知らないけどペコペコと頭を下げながら、スコルピオの連中も会釈を返してくれたので少し安心しながら四郎の元に行った。

明石が四郎の後ろでゴホンゴホン!と咳払いをしたが、四郎達は完全に無視をしてお互いの愛撫に夢中だった。
明石が困ったように俺の顔を見たのでここはやはり俺が声を掛けなければならない雰囲気になった。

「…ごほん!あのさぁ…四郎。
 …ええと、四郎、ちょっと良いかな〜?」
「すまんな彩斗今われ達は160年振りにキスを交わしているのだ。
 もう少しわれらに時間をくれ。
 ああ!リリー!そんな所を!むふぅ!」
「ふふふ、やっぱりここが感じるのね。
 しっかり覚えているわよ〜!」

四郎とキスを交わしながら愛撫をするルージュリリーと呼ばれる女性が四郎のジャケットをずらし首筋から肩にかけて舌を這わせ、そのすぐ後ろを指の爪でひっかいて四郎を快感で痙攣させていた。
四郎の肩越しにちらりと俺を見たルージュリリーと一瞬目が合った。
東洋人と白人のハーフ…クォーターなのか、独特な感じの女の瞳が非常にいやらしくてエロチック過ぎて、俺はみるみる体に変化が起きて少し前かがみになった。
スコルピオの中から中肉中背の男が現れてバラクラバを取って俺達を見た。
50代くらいの落ち着いた印象の男が俺達を見て微笑んだ。

「うちの副長が少し取り込み中みたいだね。
 君が吉岡君かな?
 人間の若い男があの状態の副長をあまり見ているとその…ゴホン!まぁ、あまり見ない方が良いな、彼女はかなり影響力が強いんだよ。
 初めまして、私は第3騎兵隊スコルピオの指揮を執る佐久間紀夫(さくまのりお)と言う者だ。
 これから一緒に行動する時もあると思うから、その時はよろしく頼むよ。」

佐久間と名乗るスコルピオの指揮官が俺の手を取って握手されて俺は慌てた。

「はい、いや、俺は…」
「ん?どうしたんだい?
 岩井テレサから教えてもらったが、吉岡彩斗君がワイバーンのリーダーだと聞いているぞ。」
「…え?
 俺がリーダー…」

戸惑う俺の横から明石が笑顔で佐久間に握手を求めながら言った。

「その通り、何せうちは出来たばかりの組織でしてね。
 彼も新米リーダーとして色々と大変な物で…まだ良く慣れていないんですよ。」
「おお、そうか、その気持ちは判るよ吉岡君、私もスコルピオとして活動を始めた頃は色々とね…」

佐久間が全てわかっているというふうな笑顔を俺と明石達に向けた。
その後俺達はやっと落ち着いた四郎を交えて加奈や明石などと、スコルピオ指揮官の佐久間、副長のルージュリリーと自己紹介を交わした。

黒ずくめのスコルピオは俺達が悪鬼どもの会合場所を探ると連絡が来た時に万が一の状況に備えて待機させていたとの事だった。
途中で俺達の携帯が圏外に出てしまってロストしたので、探すのに手間がかかったのだそうだ。
飛べるものを何人か飛ばして周囲を捜索して俺達の居場所を見つけた時には殺意が入り乱れてもの凄い戦いになっていると知って急いでやって来たらしい。

無線で連絡を取れるスコルピオは既に処理班も呼んでおり、数十分後にはトラックとバスなどが続々と山を登って来て車をどけた悪鬼達の駐車場に入って来た。
工事現場の目隠し塀の入り口には電力会社の緊急工事と言う体裁が出来て実際に工事現場で見るような警備員が入り口を固めていた。
その大掛かりな対応に俺達は改めて岩井テレサの組織の大きさと自分達の組織の小ささを感じた。
第3騎兵スコルピオだけでも30人近くの戦闘員(後ほど判ったがやはり人間が数人混じっていた)がいるのだ。

広場で気絶していた若い男も、地下室で少々パニックになりかけていた人達も処理班が外に連れ出して医療検査が出来る処理班のバスに収容された。
あの連れ去られて恐ろしい目に遭った人達に処理班がどういう説明をして納得させるのか、秘密を保持させるのか非常に興味があったが、俺達は中を覗けなかった。
はなちゃんは俺達がスコルピオと出会った時の事を何度も聞いてはきゃきゃきゃ!と笑い転げていた。
そして、俺は真鈴と喜朗にインカムで連絡をしてすべて片が付いて今迎えに行くからハイエースの中に待っているように伝えた。
俺達がハイエースに向かうと、スコルピオの者達が遠巻きにハイエースを監視しているのが判った。
インカムで真鈴にハイエースの扉を開ける事を告げて、俺はゆっくりとドアを開けた。
若い妊娠した女性があおむけに横たわり、胸に赤ん坊を抱いていた。

「あれ?もう生まれちゃったの?」
「そうね、色々と大変だったけど何とか無事に生まれたわよ。
 男の子。」

真鈴が疲れが濃い表情だが誇らしげな笑顔を俺に向けた。
それを聞いて俺はハイエースの中を覗き込んで疲れ果ててぐったりした女性の胸に目を閉じて両手を握りしめている赤ん坊を見た。
なんか物足りなかった…普通こういう時は何と言うか、俺達がハイエースに近づいた時に赤ん坊の泣き声が聞こえてガッツポーズとか、そう言うドラマチックな…まぁ、現実はこんな物だろうな。

「そっちも済んだと聞いたけど…」
「奴らは全部片づけたのかい?」
「うん、応援が来てくれたんだ。
 地下ではなちゃんが感じ取った殺す気満々の集団は第3騎兵隊のスコルピオだったんだ。
 味方だったよ。」

喜朗おじがすっかり年寄りの様な身動きで自分の肩をもんだ。

「やれやれ、先ほどから正体不明の奴らがこの車を遠巻きにして様子を窺っていたのは判っていたぞ。
 赤ん坊の件が済んだら変化して返答次第では蹴散らしちまおうと思っていたんだ。
 様子を見ていて良かったな。」

俺は喜朗おじの強力な攻撃を回避できたスコルピオの運が良い連中に合図をして警戒を解いてもらった。
そして、担架を用意してもらってハイエースから出産が済んだ母子を処理班のバスに運んでもらった。

俺達はスコルピオと別の処理班と呼ばれる者達に指揮を執るバスに呼ばれて今までの行動のおおよその経緯を訊かれた、落ち着いた感じの中年の男、大学教授と言ってもおかしくない感じの男に事情を聴かれ、後ほど念の為のメディカルチェックをしてから解放されることになった。
俺達は指揮用のバスの横に置いた長ベンチに腰を下ろし、誰かが淹れてくれた上等なコーヒーを飲み、高速で買ったお菓子を頬張り、タバコを吸いながら忙しく動き回る処理班やスコルピオを眺めた。
午前3時48分。
もう夜明けが近い。

「やれやれ〜明日…もう今日じゃん。
 大学休もうかな〜?」

真鈴がぼやいた。

「ところで、さっき俺達に事情聴取した教授風の男は人間?悪鬼?どっちなの?」
「彩斗、あの男は人間だったな。
 この組織は人間と悪鬼がとても入り混じっていて特に人間だからこれ悪鬼だからこれと言うふうに仕事の内容を区切っていないな。
 さすがにスコルピオは悪鬼の方が圧倒的に多かったが、それでも2割ほどは人間だ。」
「なるほど…しかし、これほどの人間が秘密を守って活動しているというのは凄いよ。
 しかも、これを生業としているってことだよね。」
「確かに凄い統率力と機密保持のレベル、そして組織を機能させる経済力も半端じゃ無いな。
 俺達の運用している金額と2桁か3桁は違うだろうな。」

明石が呆れた顔をしてタバコに火を点けた。

「やれやれ、私はとても休みたいよ〜。」
「私も休みたい〜喜朗おじ、今日は『ひだまり』お休みにしようよ〜!」

真鈴と加奈が休みたい休みたいと声を合わせて言い出した。
俺もそれに加わりたいが別に今日どこかに言って働く必要は無い。
あいにくと俺はマンションに帰ってからずっと寝てても構わないんだよ〜!賃貸物件経営ばんざい!

「確かにわれらの今日の働きはハードだったな…彩斗、真鈴、今日は朝も夜もトレーニングはお休みだ。
 いや、ランニングとストレッチは任意とするぞ。
 ナイフトレーニングはお休みに決めた。
 君らが自習するなら勝手にしろ。
 われは今晩少し出掛けるからな。」
「…四郎、まさか…あのリリー…」
「ふふふ、あとでゆっくり話してやる。
 我もまさか生きているうち会えるとは思わなかったがな。」

そう言うと四郎は先ほどルージュリリーが渡した名刺を胸のポケットから取り出してキスをしてからまたポケットに入れた。






続く


第2話


「さて、もう少しメディカルチェックとやら迄時間があるらしいから少しサーベルの汚れでも落とすか。」

四郎が咥え煙草で血に汚れたサーベルを抜いて明石のハイエースの中にあった消毒用のスプレーや布などで掃除を始めた。
加奈や喜朗おじも自分達が使った武器をテーブルに置いて念入りに掃除と消毒を始めた。
明石も江雪左文字を取り上げてテーブルに置いた。
はなちゃんは白目を剥いて仰向けに大の字になっている。
恐らく寝ているのだろう、気楽な物だな。

「俺も左文字の手入れをしておくかな。
 君らも使った道具は手入れした方が良いよ。
 『若い奴』を始末するとその体液が非常に厄介なんだ。
 臭いもきついし得体の知れない菌がうじゃうじゃしてるからな。」
「…得体が知れない菌…ですか?」
「そうだよ。
 悪鬼についた菌が突然変異を起こすのかその辺りは判らんが時々変な疫病が流行る時があったり皮膚についた体液をほったらかしにして気持ち悪い出来物が出来たりするんだ。
 気を付けた方が良いな。」

俺も真鈴も慌ててルージュの槍や子猫、小雀のダマスカス鋼ナイフ等を取り出して念入りに掃除と消毒を始めた。

武器の手入れをしながら俺達はスコルピオや処理班の者達が忙しく証拠を消して回っているのを見た。
そして殺されて腐乱死体となった悪鬼の体を防護服を着た処理班がポケットの中を漁り財布やスマホや指輪やネックレスチェーンまでなどを抜き取り、一か所に積み上げていた。
そして悪鬼の死体は見た目が冷凍車の様なトラックに次々と放り込まれていった。
積み上がった財布は別の処理班の人間が中身を抜き取り現金とカード身分証明書などの区分けしていた。

やれやれ、色々な事で色々な人間や悪鬼が動いているんだなと今更ながらに俺は思った。
ルージュの槍についた細かい汚れをブラシで落としながら、アルゼンチンの四郎の棺を購入して四郎を復活させるまで、現代の日本でこんな非現実的な騒ぎが起きてそれを人知れず処理する人間達がこんな大掛かりな組織でこんなに大勢が関わっているなんて欠片も思わなかった。
あの子供殺しの外道の時とは違い、今回の俺達にとっての大騒ぎは新聞やテレビマスコミやネットにさえも全然出て来ないで闇に葬られるのだろう。

処理班は徹底的に証拠を隠滅している。

その後、俺達は白衣を着た女性に順番に呼ばれた。
まず、血や内臓で汚れた戦闘服やブーツなどを脱いで、服や靴のサイズを訊かれた後で新品の服と靴を一式渡されてシャワーを浴びる様に言われた。
トラックの中のシャワーを浴びて新品の下着やアロハシャツやチノパンやスニーカーなど着てさっぱりすると別室で体に外傷や骨折捻挫などをしていないかチェックされた。
そして、着ていた戦闘服とブーツ等はクリーニングして送ってくれるとの事で送り先の住所を訊かれた。
至れり尽くせりだな、と思ったがさっき明石が言った得体の知れない菌がうじゃうじゃと言う言葉を思い出してぞっとした。
かなり念入りに体を洗ったが、もう少し徹底的に頭とか洗えば良かったと後悔した。

後悔してもしょうがないので俺は先ほど武器の手入れをしていた大型の天幕に戻り、武器の手入れを念入りに続けた。
やがて、四郎や明石、真鈴、加奈、喜朗おじがさっぱりとした軽装、どこかのリゾートにでも行くような姿になって戻って来た。

「うう〜このまま海にでも行きたいな〜!
 仮眠取らないでも良いから一度戻ってすぐRX7に乗り換えて海に行きたいよ〜!
 サングラスかけてアイス舐めながら海沿いを走りたいよ〜!」

ククリナイフの柄の部分に消毒スプレーを吹いて布でこすりながら5月の爽やかな朝風を顔に受けた加奈が非常に破壊力がある言葉を放った。

俺の目の前に、穏やかに晴れた5月の午後に海岸沿いの道路をオープンカーを運転している俺の横にはキュートな柄のアロハシャツを着てサングラスを掛けて髪を風になびかせて笑顔の加奈が横に座って…うわぁ〜!行きたい!俺も行きたいよ〜!
俺も加奈とRX7のオープンカーで海にドライブに行きたいよ〜!

「きゃ〜!加奈!それ良いね!行こう!
 私も行きたい!行こう!行こう!
 一所に行こう!」
「真鈴!良いね〜!
 2人で海に行こうよ〜!」

空気を全く読めないクソ女子大生のリア充で中2病の真鈴の野郎が神聖で犯すべからずな俺の妄想世界にずかずかと土足で入り込み、天空からRX7の上に姿を現して俺の顔を踏みつけて俺を運転席から引きずり出して道路に放り投げて加奈と笑いながら海岸沿いの道路をRX7のオープンカーで走り去った。
道路に投げ出されて転がった俺の体にカモメが寄って来て少し頭をつつかれたが不味かったらしく直ぐに飛び立って行き、代わりに野良犬が来て俺の体の匂いを嗅いだ後で片足を高々と上げて小便を掛けた。

「やれやれ、これは加奈に休みをやらないと俺の命が危ない感じだな〜。」

喜朗が苦笑いを浮かべて顔を振った。

「え?えええ〜!
 喜朗おじ、良いの〜?
 ひひ〜ん!ありがと〜!」

加奈が声を上げて喜朗おじの首に抱き着き、頬にチュッとした。

「おいおい、よしなさい、子供じゃないんだから。」
「えへへ!ごめんねごめんね〜!
 真鈴!一緒に行こうね!
 どっちか眠くなったら交代で運転すればよいよね!」

その時はなちゃんが手を上げた。

「なんじゃ、ドライブか?わらわも行きたいの〜!
 わらわも連れて行け〜!」
「あら、はなちゃん起きてたの?
 あの車は二人乗りだけど、はなちゃんなら大丈夫ね!
 じゃあ、女3人で海にドライブ行こうよ!」
「うん!そうしよう!
 うひー!楽しみ!
 彩斗!誰か責任者を探して私達いつ帰れるのか訊いて来てよ!」
「かしこまりました…」

俺は立ち上がると(心の中で)血の涙を流しながらスコルピオの佐久間か俺達に事情聴取をした教授風の男を探そうと天幕を出た。
夜明けは過ぎて日の出を迎えた辺りの景色からすっかり悪鬼の死体が姿を消し、昨夜の騒ぎの面影も無くなりつつあった。
俺が朝の空気を深く吸い込んだ時に佐久間とあの教授風の男が並んでやって来た。

「あ、吉岡君、丁度良かった。
 こちらから伺おうと思ってたんだよ。」
「僕も佐久間さん達を探そうと思ってたんですけど…いつ頃帰れるかとか…」
「ん?ああそうか。
 この書類にサインして報酬受け取ったらすぐに帰れるよ。」
「え?報酬…ですか?」
「そうそう、説明するからテントに戻ろう。
 すぐに済むからね。」

俺は佐久間たちとテントに戻った。
教授風の男が書類と封筒をテーブルに置いた。

「ワイバーンの皆さんはここに全部いるのかな?
 よろしい、申し遅れて済まない。
 私は遠藤鳥海(えんどうちょうかい)と申します。
 ジョスホールの処理班の統括をしています。
 今回のワイバーンに対する報酬を持って来ました。
 秘密保持の為に現金で手渡しになるけど宜しいかな?
 この書類にリーダーの受け取りのサインだけ欲しいんだがね。
 これが終わったら君達は解放されるよ後の作業は我々で行う。」

遠藤と名乗った教授風の男は俺に封筒と受け取りのサインを頼んだ書類を差し出した。

現金で143万7700円だった。

「え?これ貰えるんですか?」

俺の質問を聞いて佐久間が苦笑いを浮かべた。

「当たり前だよ彩斗君、危険な事に命を懸けて無給なんて鬼みたいなことは私達はしないからね。
 これは君達が言う所の悪鬼の資産などを処分した際に出る利益から私達の活動費の補助などもろもろ振り分けた金額だ。
 今回始末した悪鬼が沢山いたから集計に時間が掛かってしまって済まない。
 このお金の分配はワイバーン内部でしてくれ。
 公平にメンバーから不平が出ないように注意してくれよ。
 もっともこれがリーダーが一番頭を悩ます事だけどな。」

俺がサインした書類を持って遠藤と佐久間はお疲れ様!と言って引き揚げた。

「お金…貰えるんだね…」

俺が呆然として呟くと明石は苦笑いを浮かべた。

「彩斗、至極妥当な事だと思うぞ。
 俺達だって悪鬼を始末した時は財布を頂いたよ。
 財布目当てで殺した訳じゃないが色々物入りだからな。
 食って家族を養うにも質の悪い悪鬼殺しを続けるにも必要なんだ。」

明石の言葉に、喜朗おじも、加奈も当たり前の事だというように頷いた。
確かに言われてみれば始末した悪鬼の財布を頂いたとしても俺は特に卑しい行為とは思わなかった。
お国から税金で報酬を貰える訳でも無いし、命懸けで戦い、その存在が明るみに出ないように場合によっては死体の処理にさえ時間と手間がかかるのだからしょうがない事だと思う。
まぁ、なるほどこんな危ない事を全く無給でやって行けるはずなど無いし個人でもそうなら組織なら尚更だろう。
今ここでも多数の人間と悪鬼が忙しく働いている。
当然彼ら彼女らに給料は必要なのだ。
岩井テレサの組織は長年資金運用を行い大規模な資金を持っていたとしても、大儲けの黒字と言わないまでも赤字にならないように行動した費用はどこからか捻出しなければ質の悪い悪鬼の討伐なんて事を続けることは不可能だ。
正義の味方の思わぬ側面を見た思いで俺は現金が入った封筒を受け取った。

あとはこの143万7700円の分配の事だが、俺と四郎と明石で相談してまず、それぞれが負担した必要経費を補填した後で可能な限り平等と思える割合で分配した。
その結果、はなちゃんも入れて一人当たり最低でも15万円は渡った計算だ。
一晩15万円。
時給にしたら5万円近くにもなる金額だ。
が、しかしこれを職業として悪鬼ハンターをすると考えてみるとどうだろうか?
死に物狂いで悪鬼と戦った時間を思い返して、俺はこれが高い賃金とは言えないと思った。
真鈴達も同じようで大して感激したり金額に驚いたりした感じは無くて、さも当り前な感じでお金を受け取って金額を数えてそそくさと財布に入れた。

俺達はスコルピオの者達はほとんど姿を消したが、まだ処理班が忙しく動き回るボーリング場の廃墟を出ると帰宅した。
車の中に殺した悪鬼の腐乱臭が残っている感じがして気持ちが悪く真鈴が除菌消臭スプレーをやたらにスプレーをして窓を全開にして車を走らせた。












続く


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第3話


「あ〜やっぱり悪鬼の血ってヤバいんだよ。
 あたしが言った通りでしょ?」

助手席に座った真鈴が手を頭に組んでぼやいた。
そう言えば真鈴は四郎からダマスカス鋼の子猫ナイフを貰った時に結構念入りに消毒していたなと思いだした。

「四郎の棺の中の武器は全部徹底的に消毒しないとヤバいよ。」
「その調子で自分の部屋も奇麗にしてくれれば…」
「彩斗なんか言った?」
「いや別に、何も問題無いよ。」
「ならば結構、あ!そうそう!
 四郎!あのスコルピオの女戦士はいったい誰なのよ!
 すっごい気になるんだけど!」
「え!それあたしも聞きたい!」
「俺も聞きたいものだな。」
「俺もさ、あんなに激しいキスシーンを見せられたらな!」

後ろを走っているハイエースの明石達からの声がインカムで聞こえて来た。

「わらわも眠いけど気になるの!」

はなちゃんまで手を上げて叫んだ。
そう、今の俺達の最大の関心事はあの親玉悪鬼を巨大な象撃ち用の600ニトロエクスプレス弾の連射で始末した、第3騎兵スコルピオの副長の女。
四郎がルージュリリーと呼んで固く抱き合ったあの女の事だ。

「四郎、ひょっとして俺達にくれたルージュの槍ってあの女の人から命名したんじゃないの?」
「あ〜やれやれ、やっぱり君らは気になるのかな?
 われは少し草臥れたし、腹もかなり空いているんだが…」

俺はランドクルーザーを運転しながら時計を見た。
午前6時20分。

「よし、高速に乗ってサービスエリアで朝飯食べながら聞くと言うのはどうだい?
 そして簡単な反省会と言うか、ミーティングみたいのやろうよ。」
「賛成!
 あたしも少しお腹が空いたよ。」

真鈴が同意の声を出し、インカムから明石達の賛成と叫ぶ声が聞こえた。
俺達は車を走らせて韮崎で高速に乗り双葉サービスエリアにすきっ腹を抱えて乗り込んだ。

幸い午前7時を過ぎてレストランは営業を始めていた。
四郎はあまりこういう所で食事をしたことが無く熱心に食券の自動販売機のメニューを見ていたが、やがて甲州ほうとう、うな重、そして甲州カツカレーを頼んだ。
さすがに大食らいの四郎だと感心したが、明石も甲州ほうとう、エビフライ定食、うな重を頼んでからしばらく四郎と相談して食事が来るのが待ちきれないのでそばおやきの粒あんを2つづつ頼んだ。
さすがに悪鬼は大食らいとは知っていたが、喜朗おじが甲州カツカレーと海鮮焼きそばを頼んだのが控えめに感じる程の食欲だった。
俺達もそれぞれ食券を買って注文を済ませてテーブルについた。

「それにしても四郎達は食べるね〜。」

四郎と明石はおやきを頬張りながら頷いた。

「彩斗、当たり前だ、あの戦いでわれらが無傷だったとでも思っているのか?
 われは腕と助骨と鎖骨を骨折したし、背中はあの親玉悪鬼のでかい太刀で深く切り裂かれたんだぞ。
 すぐに再生するはするんだが痛みと苦痛は半端じゃないんだぞ。」
「そうそう、俺も左腕が千切れそうなほど噛み裂かれたし、あの親玉が放り投げてきた取り巻きの下敷きになって足首が骨が出るほど骨折したし、細かい傷など数えきれないほどだ。
 だから、傷を治すのに消耗した体力を取り戻さないとな。」
「そうそう、景行の言う通りだ。
 非常に体力を消耗しているのだ。
 食って食って体力を取り返さねば。」

なるほど、四郎と明石が全身返り血まみれになっていて判らなかったが、実は相当な傷を負っていたんだなと、あの修羅場を思い返しながら俺は思った。

「そうか、俺達は大した傷を負わなくて助かったんだな。」
「その通りよ彩斗、真鈴、私達は一度傷を負うと四郎達みたいにすぐに治る訳ないからね。
 だから、悪鬼に掴まらないように俊敏さが大事なのよ。
 戦い方も変わるんだよ。」

ちゃっかりと明石のおやきを一つ取ってかぶりついている加奈が言った。
確かにその通りだ。
人間と悪鬼では傷の再生能力などを考えたら自ずと戦い方も変わるものだ。
俺や真鈴や加奈が敵が繰り出すナイフの刃を手で受け止めて反撃するなんて芸当はとても無理な相談だ。

「加奈が言う通りだな。
 君らが傷を追ったら俺がいくら治療してもすぐに戦闘に復帰するなんて事は不可能だからな。
 俺達のような戦い方をしていたら命がいくらあっても足りないぞ、君らは人間の戦い方を極める必要があるんだよ。」




喜朗が早めに来た海鮮焼きそばを食べながら言った。
喜朗おじのハイエースにちょっとした手術が出来る程の道具がある事を今更ながらに感心したし、いざと言う時の為に喜朗おじは俺達に必要不可欠なメンバーだと思った。

「なるほど、確かにそうね。
 今回の戦いではかすり傷程度で済んだ私達は運が良かったと言っても良いかしら。」

深く頷いた真鈴におやきを食べ終えて生姜焼き定食にとりかかった加奈が言った。

「真鈴、そうだと思うよ、
 今回私は傷を縫わなきゃならない羽目にならなかったもん。
 あれだけの数、いくら『若い奴ら』と言えどもねあれだけの奴らと戦ったのは初めてだけど、凄く運が良かったと思わよ。」

つけそば付き煮かつ丼セットを食べながら頷く真鈴を見ながら、俺はチャーハンセットを食べながら加奈の背中に走る凄まじい傷跡を思い出した。

「そうか…スコルピオの中にも人間のメンバーが居たみたいだけど、やっぱり…」
「そりゃあ多分傷跡だらけだと思うよ〜!
 悪鬼と違って人間は傷が残るからね。」
「だけど、今日、結構な金額のお金をもらったけれど…お金で、給料が高いからと言ってとてもあの仕事は出来ないわね。」
「そうだな真鈴、きっとスコルピオの人間のメンバー達にも悪鬼との戦いに身を投じる事になる様々なドラマがあると思うな。
 家族や大事な人を殺されたとか、自分自身が非常に危ない目に遭ったとか、様々な深刻な理由があると思うよ。
 処理班の人間達にも様々なドラマがあるんだろう。
 とても普通の求人で雇うような仕事では無いからな。
 しかし、このうな重は旨いな!
 サービスエリアだから対して期待しなかったが中々の仕事だ。
 四郎、この山椒の粉を掛けるともっとうまいぞ!」

明石がうな重を頬張りながら言った。
俺達はしばし会話を中断して食事にとりかかった。
テーブルに並びきれずに隣のテーブルにまではみ出した料理の皿が次々と片付けられていった。

「ああ〜食べた食べた!
 さて、いよいよメインイベントよ!
 四郎、あのスコルピオの副長の女の事を白状しなさいよ!」
「うむ、話してよいが、コーヒーを頼まないか?」
「あ〜判った判った!
 コーヒーを頼んでくるわよ!
 加奈、一緒に行こう。」
「良いわよ。」

真鈴と加奈が立ち上がり食券売り場に歩いて行った。

「あの2人は姉妹みたいになったな。
 良い事だ。
 司と忍が加奈の妹だとしたら真鈴は加奈の姉さんのようだな。
 本当の加奈の姉はあの時…」
「喜朗おじ。」
「ああ、そうだったな景行。
 彩斗、加奈が話すまではその事は言うなよ。」

明石と喜朗おじが意味深に思える会話をして、俺はますます加奈の過去に興味が湧いた。
やがて真鈴と加奈がコーヒーの食券を持って帰って来た。
ちゃっかりと花ごよみというスイーツまで2つ頼んでいた。

「さて、準備が出来たよ。
 四郎、観念して話しなさい。」
「うむ、しょうがないな。」

四郎はルージュリリーと呼んだ女との事を話し始めた。
女はクレオールの父親と白人居住地の近くに住んでいたアメリカ先住民アポイエル族の母親との間に生まれたとの事だった。
クレオールの父親はルージュリリーが生まれる前に悪鬼に殺された。
母親はニューオーリンズの近くで洗濯や入植者の家事などを手伝いルージュリリーを女手一つで育てたとの事だ。
因みに本当の名前はリリー、ルージュとはあとから四郎が付けたあだ名だそうだ。
ポールのお供でニューオーリンズに来ていた四郎は日本人に風貌が似ているリリーを見て一目惚れをして口説いたらしい。

「そう言えば彼女、ハーフだけど日本人みたいな顔つきだったわね。
 ちょっと新垣結衣がしゅっとした感じで美人だったわね〜!」

真鈴が納得した感じで頷き、俺はチッこのリア充めが!と心の中で舌打ちした。

四郎はリリーの母親の許しを得てリリーとの付き合いを始めた。
それ以来、四郎がニューオーリンズに行くたびにリリーとの楽しい時間を過ごしたらしい。
リリーの母親も四郎を気に入ったらしいのだが、リリーはいささか酒癖が悪く、時々四郎は持て余したが、それでもリリーの事を愛していて、その内にポールの許しを得て結婚しようと考えていたらしい。
だが、それには一つの障壁が立ちはだかった。
四郎はポールによって悪鬼になったと言う事だ。
四郎はそれをいつかリリーに打ち明けようと思いながらなかなかその機会は訪れなかった。
ポールが結婚を許す条件として四郎が悪鬼だと言う事をリリーに打ち明ける事を告げていた。
リリーも酔って酒瓶で酷く四郎を殴って怪我を負わせたのに直ぐに傷が閉じた事や四郎の人並外れた身体能力に少なからず疑惑を覚えていたが、それでも四郎の事を深く愛していたらしい。
そして、もう一つ、重大な障壁が四郎の前に立ちはだかっていた。
リリーの父親のクレオールはリリーの母の目の前で悪鬼に殺されていたのだ。
リリーが四郎が悪鬼だという事実を受け入れてくれたとしてもリリーの母親にはどう打ち明けるのか、それとも人間としての四郎を演じ続けるべきか、だが、不老不死の四郎が悪鬼だと言う事はいずれ母親に気付かれるだろう。

「ふむ、悪鬼が人間と結婚する時に誰もが悩む問題だ。」

明石が判るぞ四郎〜!と言う感じで四郎の肩を叩きながら深く頷いた。

「俺のように遊び程度で済ませておけば問題は起こらないがな〜。」

喜朗がコーヒーを飲みながら呟いた。

「こう見えて喜朗おじは凄い遊び人だもんね〜。
 ひだまりに来ているお客さんの若い女性で喜朗おじのファンが多いしね。
 店が終わった後でよく若い女性と出掛けているしさ。」
「加奈、おじさまブームで色々と楽しい思いをしているよ。
 わははは。」

世間でおじさまブームなんてものが流行っているのか判らないが、確かに喜朗おじはそこはかとなく女性を引き付ける雰囲気がある。
どいつもこいつもリア充だらけだなと俺は苦々しい思いになった。
今ここに座っている俺以外の奴らは皆リア充か…絶対に皆2桁どころか3桁は性行為を…けっ。

四郎の話に戻ると、ある晩に四郎は意を決してリリーに自分が悪鬼であることを打ち明け、リリーがそれでも良いと言ってくれたら結婚を申し込むと決め、リリーの母親が四郎が悪鬼である事を受け入れられなければリリーと農園に移り住もうと決めて、ポールから休みをもらって一番上等な服を着てポール様から大事にしている白馬を借りてニューオーリンズに出かけたそうだ。
町で豪華な花束を買い、白馬に乗って町はずれのリリーの家に向かった四郎。
しかしそこで思いもよらない悲劇が四郎を、いや、四郎とリリーに待ち受けていた。





続く
第4話



四郎が花束を手にリリーの家に向かう途中、リリーの家がある集落から焦げ臭いにおいが流れて来たのを、四郎の鋭い嗅覚が捉えた。

嫌な予感がして四郎は白馬に拍車を掛けて道を急いだ。
やがて、数件のあばら家が建つリリーの集落から人々の悲鳴が、そして何人かの人間が命からがら逃げて来て、四郎に目もくれずに逃げ去った。
更に馬を急がせた四郎の目にリリーの集落から火の手が上がっているのが見えた。
四郎は花束を投げ捨て、リリーの家へ急いだ。

リリーの家が燃えていた。
そして、悪鬼特有の殺意といびつな歓喜の念が…
燃え上がる家からリリーがよろよろと出て来た。
手には割れたガラス瓶を握りしめてぎざぎざの割れ口にはべっとりとした血が付いている。
四郎はリリーのそばに馬を寄せ。飛び降りるとリリーに駆け寄った。
リリーは四郎を見て体の力が抜けたのか地に倒れる所を四郎が抱きとめた。

「リリー!どうした!
 しっかりしろ!」

リリーは四郎の腕の中で何か喋ろうとして口から血がごぼごぼと溢れた。
リリーを抱きとめた四郎の手はリリーの背中から流れる夥しい血の感触を感じた。
そして尋常ではない深い傷がリリーの背中に走っている。

「マイケル…母が…私の母が…助けて…」

口から血を吐きながらリリーが苦し気に言い、震える手でリリーの家を指差した。
四郎はリリーをそっと横たえるとサーベルを抜き、もう片手にメイスを抜いて燃える家に走った。
中からは数匹の悪鬼の歓喜の声が聞こえた。
四郎が燃える家に飛び込むと古めかしいサーベルを握りしめたリリーの母の首無しの体が横たわりその横で3匹の悪鬼がリリーの母の生首の髪の毛を掴んで振り回し踊りながら歓喜の声を上げていた。
四郎は瞬時に凶悪な悪鬼に変化して3匹の悪鬼に襲い掛かり1匹の悪鬼の頭をサーベルで斬り飛ばし、落ちた首を燃え盛る火の中に蹴り込んだ。
そしてもう1匹の悪鬼の体を肩から斜めに切り裂いた。
残った1匹の悪鬼がリリーの母の首を投げ捨てて凶悪な刃を持つバトルアクスを構えた。
四郎は悪鬼のバトルアクスの攻撃をメイスで弾き飛ばし、横腹にサーベルを斬り付けた。
そして倒れた悪鬼に足を掛け、その頭が粉微塵に成る程メイスで叩き潰した。
リリーの母の首は炎の中に転がり既に燃え始めていた。

四郎が焼け落ちそうな家から飛び出しリリーの元に走った。
人間の顔に戻りつつリリーの元に走る四郎がちらりと周りを見ると集落の家には全て火が放たれていて、あちこちに事切れた遺体が転がっていた。

「リリー!しっかりしろ!
 リリー!」

四郎はリリーを抱き起し背中の傷を脱いだ上着で止血をしたが、すでに質の悪い悪鬼や
人間との闘いを数年間経験している四郎にとってはリリーが絶望的な傷を負っている事が判ってしまった。

「リリー!」
「マイケル…あい…つらは私…の父を殺した…奴らだ…と母が…言っていたよ…私も戦ったけど…勝てなかった…私を…私を…連れてって…」
「リリー!しっかりしろ!
 どこへ、どこへ行きたいんだ!」
「私…の部族の…長老の…所へ…間に合えば…間に合えば…奴ら…みた…いに強くなって蘇る…」

リリーは苦し気にアメリカ先住民アポイエル族の長老の所に連れて行くように四郎に頼んだ。

「奴らと…戦うた…めに…私も戦士に…」
「リリー!しっかりしろ!
 連れて行ってやるぞ! 
 死ぬな!」

四郎はもう一度リリーの背中の傷を止血しなおすと自分の背中にリリーの体を縛り付けて白馬に乗った。
アメリカ先住民アポイエル族の集落の場所は一度ポールと遠出に出た時に知っていた。
四郎は馬を走らせながらもリリーの体を揺らさないように急ぐことが出来なかった。
四郎の背中は夥しい出血でどんどん体温が下がって行くリリーの体に恐怖をおぼえてついに馬を止めた。
到底アポイエル族の集落までリリーの命は持ちそうになかった。
四郎は馬を降り、少しでもリリーの体温が下がらないように毛布で包んで横たえるとそっと抱きしめた。
愛する者を失う恐怖に四郎の体が震えた。

「リリー…われを信じるか?」

四郎はリリーの耳元に囁いた。

「…うん…信…じる…」
「われとお前は100万回のキスをしよう。」
「…素敵だね…いいよ…うん…100万…回の…キス…マイケル…」
「リリー、愛してる。
 われと共に永遠に生きよう。」
「…うん…マイ…ケル…好…き…愛…し…」
 
もはや微笑みを浮かべる力さえ消え失せ、命の灯が消えかかるリリーの瞳を覗き込んだ四郎は決心を固めた。
そして自らの手首を噛み裂いてリリーの口に当てた。
四郎はリリーの首にそっと嚙みつき、リリーの残り少ない血を吸った。
四郎の血がリリーの口に流れ込んだが、リリーが呑み込めたのかどうか確信が持てなかった。
静かに目を閉じてがっくりと頭を垂れたリリーの体を四郎はじっと抱きしめた。
リリーの体はもう動かず、体液交換に間に合ったのかどうか四郎には判らなかった。
四郎はじっとリリーの体を抱きしめ続けた。

やがて東の空が明るくなって来た
四郎はリリーを抱き続けた。
リリーに体温が残っているのかどうかも判らなかった。
白馬は忠実に四郎とリリーのそばでたたずみ時折近くの草を食んでいた。
やがて太陽が地平線から姿を現し、四郎とリリーを照らし始めた。
四郎は全く動かないリリーの顔の血をそっと拭い続けた。

リリーの体がビクンと跳ね、急激に呼吸が再開して激しく喘いだ。
白馬が驚いて体を震わせると不安そうに足を踏み鳴らした。

「リリー。」

リリーの顔を四郎はじっと覗き込んだ。

「マイケル…眩しい…とても…」
「リリー覚えているか100万回のキス。」
「うん、覚えているよ。」

四郎とリリーは抱きしめ合って長い長いキスを交わした。

その後、四郎はリリーを後ろに乗せて白馬でアポイエル族の集落に向かう道々、リリーに自分が悪鬼である事、そしてやはり悪鬼の主人のポールと共に質の悪い悪鬼や人間達の討伐を行い周辺の平和を守っている事など説明をした。
そして、リリーの母が悪鬼によって殺害された事、その悪鬼を四郎が殺した事、命が消えかけたリリーを救うために四郎とリリーの体液交換を行い、リリーが悪鬼となった事などを話した。
リリーはじっと押し黙って四郎の説明を聞いていた。
ずっと黙って四郎の説明を聞いていたリリーはありがとう愛してると言い、四郎を抱きしめる手に力を込めた。

「うえ〜ん!泣ける話だよ〜!
 100万回のキスしようなんて私も言われてみたいよ〜!
 四郎は女たらし〜!やりちん野郎〜!
 うぇ〜ん!」

加奈が大声で泣き声を上げて大量の涙をこぼした。
サービスエリアの食堂では何人かの客が何事かと俺達を見た。

「加奈、気持ちは判るけど、ちょっと静かにしようね。」

真鈴が加奈の肩を抱いて備え付けのナプキンで涙を拭いてやっているが、真鈴の顔も涙と鼻水で凄い事になっていた。

「やれやれ、女の子はこういう話に弱いもんだな。
 100万回のキスは使えるフレーズだな。」

喜朗おじはそう言いながらやはりナプキンを手に取って涙を拭き盛大に鼻をかんで『愛じゃのう、愛じゃのう』と言いながら白目を剥いて顔をかくかくさせているはなちゃんに上着を掛けて隠した。
じっと黙って話を聞いていて明石も涙目になっていた。

「四郎、圭ちゃんがいる所で話してくれれば良かったのに…。」
「ちょっとみんな目立つからもう少し静かにしようよ。」

俺は皆に目立たないようにと言い聞かせながらやはり涙をナプキンで拭いた。

「それで四郎、その後はどうしたんだ?」

明石が質問して皆が体を乗り出して、四郎の話の続きを聞いた。

アポイエル族は勇猛果敢な面と温厚で平和を尊ぶ面を持ち合わせた部族だった。
やがて四郎達はアポイエル族の集落に辿り着き長老のテントに案内された。
長老の隣に座る大柄なアポイエル族の男が悪鬼である事は四郎にはすぐに判った。

長老は四郎とリリーの話をじっと聞いていたがやがて黙って四郎に吸っていたパイプを差し出した。
四郎がそれを受け取りパイプを吸うと、長老は深く頷いた後、アポイエル族に密かに語り継がれる話を語り始めた。

その昔、白人がアメリカ大陸に渡って来たずっと以前からアポイエル族は何度か悪鬼の群れに襲われて大勢が命を落とした事が有った。
アポイエル族の戦士は部族を守る為に勇敢に戦ったが、やはり悪鬼の群れには叶わなかった。
しかし、その戦いの最中、偶然悪鬼と体液交換をして悪鬼となったアポイエル族の戦士が何人か現れた。
悪鬼と同等の力を持ったアポイエル族の戦士は人間の心を失わず、悪鬼の群れと戦いこれを退けた。

それ以来、部族では内密に厳選された戦士の内の希望者何人かを悪鬼にして部族を守っているとの事だった。
その後長老は別のテントで主だった者を集め、図らずも四郎によって悪鬼になったリリーの処遇を決める事になった。
やがて長老が四郎とリリーがいるテントに戻って来た。
長老はリリーを悪鬼の戦士として受け入れ、部族で面倒を見ると重々しく四郎に伝えた。
四郎とリリーは夫婦と認められて、四郎が集落にやって来る時はリリーのテントに泊まって良い事になった。
リリーは部族に留まり戦士としての訓練を行うが、四郎と一種の通い婚状態が認められた事になったという訳だ。

「一つ判らない事が有ったんだけど、あのレナード農園の夜戦の時、四郎はリリーの所に行こうと思わなかったの?」

真鈴の問いに四郎はコーヒーを一口飲んだ。

「うむ、一瞬われもそうしようかと考えたがな。
 万が一奴らの追手が掛かって後を付けられてリリーの集落が襲われたらと思ったんだ。
 リリーとアポイエル族に迷惑を掛けられんからな。」

四郎が答えると明石が深く頷いた。

「なるほど、それはそうだな。
 俺でもそうするかも知れんな。」
「四郎、何故リリーをルージュリリーと呼んでるの?」
「彩斗、それはな、リリーがアポイエル族の戦士の訓練を受けているうちにとてつもなく強くなってしまってな。
 われでもひょっとしたら敵わないくらいに強くなって、ある時にリリーとアポイエル族の戦士達、われとポール様共同で悪鬼の群れと戦った事が有ってだな、その時のリリーの強さは飛びぬけていたのだ。
 全身返り血を浴びて真っ赤になったリリーを見てポール様がルージュ、これはフランス語で赤と言う意味だが、
 ルージュリリーと尊敬の意味を込めて言ったのだ。
 それ以来、ルージュリリーと言う名が定着したのだよ。
 先住民は何かの由来であだ名をつける事が多くてなアポイエル族の間でもルージュリリーと呼ばれるようになったんだ。
 われが冬眠している間にもリリーは戦い続けたと思うから、今ではわれも敵わないほど強くなっているだろうな。」

俺が尋ねると四郎が少し言いにくそうに答えた。
…明石と言い、四郎と言い、少しかかあ天下のカップルだなと俺は思った。

「でもさぁ、何故ルージュリリーが日本にいるのかな?
 日本語なんて思い切りネイティブな発音だからかなり長い間日本にいると思うんだよね。」
「うむ、それはルージュリリーと会って訊いてみないと判らんな。
 と言う訳で今夜彼女に会いに行くのでな。
 その時訊いてみよう。
 彩斗、朝帰りになるかも知れんから宜しくな。
 何せ160年ぶりの再会だ、今回だけで…プッ…われはプラス10回は超えて1000回野郎をも軽々と越えるかも知れん。
 彩斗とますます差が付くがなに、気にするな。」
「四郎、1000回野郎って何の事?」

加奈が無邪気な顔をして尋ねた。

「いや、何でもない、彩斗に聞いてみれば判るかも知れんが…」
「え?そうなの?
 何か気になる〜彩斗、話してみてよ。」
「え…まぁ…そのうちに気が向いたらね。」

…きぃいいいいい!四郎の奴余計な事を!四郎の話を聞いて泣きそうになって損した!きぃいいいい!







続く

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