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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か?第3部訓練編

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マンションに戻った時には午後3時45分になっていた。
四郎は再びカラスに変身して、家族持ちの吸血鬼の監視に飛び去った。
俺は死霊屋敷の販売を担当する不動産業者に電話を掛けて購入は俺自身がする予定だと伝え、更に購入する時は不動産ローンを組まずに現金一括で購入する事を伝えた。
電話口の向こうで喜びの声を上げた不動産業者に今週末もう一度物件を見に行く事と、もしかすると宿泊する可能性がある事を伝え、購入する決心が決まったら来週中に買い付け手続きをすることを伝えた。
一括購入するからもう少し値段が下がらないか打診すると、不動産業者もかなり持て余していた物件らしい本音がでたのか、もともとかなり破格の安値の物件だけど頑張って値引き交渉をすることを約束した。

俺は電話を切り、キッチンに行ってコーヒーを淹れて、ベクターから貰った名刺を手に取り、ジョスホールと言う会社をパソコンで調べた。
雑貨や家具、貴金属、その他工業機械などを扱う総合商社をうたっているそっけないホームページだった。
会社としての創業が1905年だが、その前から、1870年頃からカナダ・ハリファックスで輸出入業者を始めていたと言う老舗の会社であった。
アメリカ、日本、イギリス、イタリア、ルーマニアなどに支店を持っている。
この手のホームページに付き物の現社長とか会長の美辞麗句が並んだ挨拶の類は無かった。
あまり宣伝に関心が無いのだろうか?
会長や取締役の名前があったがただの名前の羅列に過ぎない。
時計を見ると午後5時近く、俺がパソコンを閉じて自室を出てダイニングに行き、コーヒーを飲んでいると真鈴が帰って来た。
真鈴はバッグを椅子に置いて隣の椅子の腰を下ろし、深いため息をついた。

「ただいまぁ。
 う〜午後の講義は散々だったわよ。
 司法手続き関係の講義だったけど、いけ好かない中年女の教授でさぁ。
 あれはひょっとしたら質が悪い悪鬼かもってくらい意地が悪いのよね〜。
 それで司法手続きの順番や司法用語をいきなり学生に質問してくるのよね。
 しかもストップウォッチを片手に持ってさ、少し回答が遅れたり口ごもったりすると…そして…ほんの少しの…目を吊り上げたり…でしかも…嫌味な…中年て…が…他の…で…そんで…あれはきっと…男が…」

女のおしゃべりは途方もなく長く続くものだと感心しながら俺はコーヒーを飲んで真鈴の話に聞き入ってる振りをした。
しかし、こんな他愛もない話をしてくれると言う事は真鈴も俺に気を許してくれていると言う事なのかな?とも思って我慢して真鈴の話を聞いていた。
だが、段々と気力が萎えて来た、なんか疲れる、おお!これは買い物の時の、真鈴が買い物に夢中な時の疲れる感覚に似ている!
女性の買い物とおしゃべりは男の精神を食い荒らすものなのかも知れない。
俺の目の前の視界がだんだん歪んで来た。
軽く頭痛もしてきていたが真鈴の話は終わらなかった。 

「でさぁ、私の前の席の太った男子がついに…あれ?四郎は?」

地獄の真鈴おしゃべりタイムがようやく収まったとホッとしながら俺は答えた。

「うん、午後に一緒に出掛けて帰ってきたらもう一度あの家族持ちの悪鬼の偵察に行ったよ。」
「ふぅん、しっかりやってくれてるのね…」
「で?午後二人でどこ行ったの?
 あ、話聞く前にコーヒー飲みたい!
 それでね…じゃじゃ〜ん!
 これ、大学の近所の洋菓子屋さんで凄くおいしいって評判のチーズケーキ、1ホール買って来たんだぁ〜!
 コーヒー飲んでチーズケーキ食べようよ!」

それは大歓迎だ。
俺は真鈴にコーヒーを注いで、皿を取り出して旨そうなレアチーズケーキを俺と真鈴の分を切り分けて残りを冷蔵庫に入れた。
ふと冷蔵庫の中を見ると野菜などの生鮮食品がかなり減っていた。
今日買い物に行かないとあかんかな、と思いながら冷蔵庫の扉を閉めた時、時計は午後6時30分を廻っていた。

何という事だ!
俺は真鈴のおしゃべりを1時間近く聞いていたのだ。
どおりでチーズケーキが温かくなってなんか少し緩んでいる感じになっているはずだ。
帰ってすぐに冷蔵庫に入れておけば…きぃいいい!
真鈴は緩んだチーズケーキを口に運び、コーヒーを飲んで笑顔になった。

「ああ、帰ってくるのに少し時間がかかったからチーズケーキ少し暖かくなってるけど美味しいわね!」

違う、それは君のおしゃべりだよ、おしゃべりが長かったんだよと言いそうになったけど、俺はその言葉を飲み込んでチーズケーキを食べた。
なるほど、少し緩んでいるが美味しい。
その時、カァッとカラスの声が聞こえて来た。

「あれは四郎?」
「うん、そうだよ。」

やがて四郎が上下スェット姿でダイニングにやって来た。

「四郎、お疲れ様。」
「四郎、お帰り。今コーヒーを出すよ。」
「うん、帰って来たぞ。
 ああ、コーヒーが飲みたいね…うん?これは?」

四郎が椅子に座りチーズケーキを見た。

「真鈴のお土産だよ。
 四郎の分も有るよ。」

俺は冷蔵庫からチーズケーキを取り出した。

「うん、これは旨いな!
 少し柔らかめだが、旨いよ」
「ごめんね、大学の近くで買ったから少し暖かくなっちゃった。
 でも美味しいでしょ?」
「うん、今日は二度もカラスに変身して監視をしたし、彩斗と探偵事務所に出掛けたからこういう甘い物を食べると疲れが取れるな。
 それに良い事も有ったからな。
 ちょっとしたお祝いだな。
 まぁ、本当に良い事かどうか先にならなければ判らないかも知れないがな。」
「あら?何その良い事って。
 私、帰って来てから彩斗から全然聞いていないよ。
 彩斗、何もったいぶってるのよ。」

違う違う違う!真鈴が意地悪な教授の話を延々と1時間もノンストップで話すからチーズケーキも暖かくなるし、金貨の事も死霊屋敷の事も言えなかったしそれに真鈴の地獄の様な長話で俺も視界が歪んで来そうになって…きぃいいいいい!

「まぁまぁ、順番に話すとしようか。
 われが今日一日、午前と午後に悪鬼を監視と言うか観察した印象から話すがよいか?」
「うん、聞きたい。」

真鈴がそう言いチーズケーキを口に入れた。
俺も気を取り直して四郎の話に耳を傾けた。

「まず、今日感じたのは、先に言ってしまうと、違和感だな。」
「違和感?」
「そうだ、今日午前と午後に奴のマンションに行き、電柱に停まって奴を見ていた。
 午前中は奴の妻と娘は出かけて、娘はおそらく学校、妻は働きに行っていたと思うぞ。
そして奴は自室にこもってパソコンに向かって色々何かを打ち込んだり、パソコンに向かって会話をしていた。」
「ふぅん、それってリモートワークかな?」
「まぁ、詳しくは判らんが奴も遊んでいた訳では無さそうだった。
 恐らく仕事をしていたのであろうな。
 そして、午後になってからまた、奴のマンションに行った。
 奴の妻も娘も帰って来ていて、娘たちはそれぞれの部屋で何か書き物をしたり、テレビを見たり、時々奴の部屋に行ったりしていた。
 妻の方は色々と家事をしていたな。」
「ごく普通の家庭みたいだね〜。」
「そうだな。
 われが思ったのは奴の家庭は平和そのもの、家族たちも仲が良い普通に平和な家庭に見えた。
 われは気配を消しながらも奴の思いと言うか思念を何とか感じ取ろうとしていたのだ。
 もちろん何を考えているのか細かく具体的な事までは判らんが、人間と同じで悪鬼も心の中の状態が滲み出てくるのだ。
 まぁ、精神状態が多少は判るぞ。
 例えば、われが帰って来た時に彩斗がなにか非常な圧力を受けて抑圧状態で弱っていたとか、真鈴はたまっていたストレスをどんどん開放して自由で楽しい気分になっていたとか。」
「彩斗、何かあったの?」

真鈴が少し心配そうに俺に尋ねたのを、俺はお前のせいだよ!と言いたいのを我慢して微笑んだ。

「いや、今日色々あって考えることが多くてさ…」
「…と言うように彩斗が今何かに怯えて精神の開放を押さえつけるとか、まぁ、大体の事は判るのだ。
 われも何年も質の悪い悪鬼と戦い、時には遠くから監視したりして悪鬼の精神状態を探ったりした事も有った。」
「うんうん、それで奴は?」
「質の悪い悪鬼や吸血鬼や獣人の中でも生き血の中毒、殺戮依存症とでも言うのかな?
 そう言う症状が出ていて殺伐とした奴らは折に触れて狂暴な思念が急に心の表面に浮かび上がるのだ。
 それは表向きどんなに隠していてもわれには隠しきれない物だ。
 だが、奴にはそれが無かった。
 そこいら辺りにいる普通の人間よりも精神的に安定していたのだ。」
「だけど、四郎が始めて奴を見た時は…」
「うむ、人を殺したりその血をすすったりと狂暴な事をした痕跡は少なくとも何日かは絶対に消えない。
 あとは奴がわれに気が付いて防衛本能が滲み出て無言の威嚇のような警戒の構えのような物を感じたのかも知れないな。
 とにかく奴が人間の命が尽きるまで血を吸ったのは間違いない。
 しかも喜びにあふれて、或いは何かを達成した喜びと言うか…
 だが、今日の奴からは何と言うか生き血や殺戮の渇望のようなものは、いや、些細な暴力的な衝動さえ見れなかった。
 もう少し時間をかけて観察する必要があるな。」
「なるほど、奴は暫く泳がせていても。危険は少ないと言う事?」
「そうだな…それに…」
「それに?」

四郎がため息をついた。

「今、われが仕掛けようとしてもよほどの不意打ちをしないとな。
 今日改めて判ったが、奴は手強いぞ。
 もしかしたら先日倒した狼人よりも強いかも知れん。
 われ一人、君らがいたら足手まとい二人の面倒を見ながら奴と戦う羽目になる。
 少なくとも君らが自分の身をある程度守れるくらい、出来れば多少、われの手助けを出来る位にならんと…今の戦力では心許ないのだ。」
「…」
「…」

俺も真鈴も四郎の言葉には黙るしかなかった。
あの恐ろしい狼人よりも手強いなんて…

「だから、やはり性急に事を運ばず、君らを徹底的に鍛えないとな…」
「そう言えばあの屋敷をどうするの?
 やっぱりローンを組んで買うの?
 私たちの生活もちょっと大変になるかもね〜」

心配そうな真鈴の顔を見て俺は微笑みを浮かべる事が出来た。
四郎がニヤニヤしながら真鈴に言った。

「まぁそれは彩斗から聞けば良いぞ。
 われは風呂に入って良いか?
 今日はあの車と言う物が吐き出す変な霧をずっと浴びて体がむず痒いのだ。
 君らはこの時代の空気を浴びても全然平気なようだがな。」

四郎がバスルームに行き、その間、俺は今日の午後に時田の事務所に行って四郎の戸籍の手続きが順調に進んでいる事と、ジョスホールと言うカナダの会社が四郎の金貨の現金化に手を貸してくれる事、そして、来週には経費税金を支払っても少なくとも1億7千万円のキャッシュが銀行に振り込まれることを真鈴に伝えた。
そして、ジョスホールのベクターと言う男が歳の古りた悪鬼である事を言おうとした時には真鈴の顔が紅潮し息が激しくなりとても俺の言葉が真鈴の頭に入らなさそうになっていた。

「…真鈴?…」

真鈴が急に立ち上がった。

「彩斗!どうしてそんなに大事な事を私が帰って来た時に言わないのよ〜!
 きぃいいい〜!なんか腹が立つじゃない!」
「…いやだってそれは…」
「いやだってじゃないわよ!」
「まてまて、他にも大事な事を、あのジョスホールのベクターと言う男が…」
「あのね、彩斗!
 こんな良いこと無いじゃ無い!
 お祝いよお祝いしなきゃ!
 今日は金曜日!
 私は土日月曜日と休みだし火曜日の講義は休んでも大した事無いのよ!
 明日から屋敷に行って訓練だとしたら、今日これからお祝いしなきゃいつするのよ!」
「いや、そのベクターと言う男が…」

真鈴が俺の言葉を聞かずにバスルームに走っていった。

「四郎!何ぐずぐずお風呂入っているのよ!すぐに出て外に出る服に着替えてよ!
 お祝いよ!お祝いしなきゃダメじゃないの〜!」

俺はため息をついた。
ベクターの事は今日一番のハイライトかも知れないのに真鈴に言えずじまいだった。
時計を見るともう午後8時近い。
今から買い物して料理をするのも面倒臭いな、と思いかけていたら真鈴がダイニングに戻って来た。

「彩斗、残りの話は後で聞くわよ!
 今夜はお外でちょっと豪華なもの食べましょう!
 そのあとお酒を飲んでも良いわね!
 …あ、カラオケ!カラオケ!もう私3か月くらいカラオケ歌ってない!
 お祝い!お祝い!お祝い!」

そう叫びながら真鈴が俺の手を取って飛び跳ね始めた。
何故だか俺も気分が高揚してきた。
カラオケもリッチな食事も雰囲気が良い飲み屋さんも暫く行ってない。

俺も立ち上がり、真鈴と一緒に声を上げて飛び跳ねた。
だんだん楽しくなってきた。
凄く楽しくなってきた。

「お祝い!お祝い!お祝い!」
「お祝い!お祝い!お祝い!」

風呂上がりの四郎がやって来て珍し気に飛び跳ねる俺と真鈴を見た。

「ほう、今の時代は面白い風習があるのだな。
 ポール様からきいたアフリカの祭りのようだ。」



第2話

俺と真鈴は急に我に返り飛び跳ねるのをやめた。

「さ、さぁ四郎この前テーラーで買ったスーツで決めてよね。
 しかし、オーダーのスーツがまだ出来ていないのが残念だけど、まぁいいか。
 私もちょっと着替えてばっちり決めるから彩斗も上等な服に着替えなさいよ。」

真鈴がお祝い〜と歌いながらゲストルームに行った。

「やれやれ、まぁ、そういう訳で今日はとりあえずお祝いと言う事で外で食事したりお酒飲んだりカラオケ行ったりしようと思うんだよ。
四郎も着替えてね。」
「カラオケ?」
「まぁ、行けば判るよ。」

四郎が寝室に行き、俺も自室に戻り一番上等なスーツに着替えた。

ダイニングではスーツに着替えた四郎が座っていた。
俺は四郎を見て改めて落ち着きと言うか風格と言うか、見た目の年齢は俺よりも年下であるにも関わらず重みがある存在感を感じてしまった。

「四郎はやっぱり共同経営者よりも俺の上司みたいに見えるよな…」
「彩斗、それは褒めてくれているのか?
 ありがとう。」

真鈴が姿を現した。
濃い目のネイビーのしゃれたスーツ姿だ。
くどくなく上品な感じのメイクをしていて、さっき手を取り合って飛び跳ねていた時とは全くの別人に見えた。
この二人といると俺は二人の下僕のような者だと感じてしまう。
四郎が持つ風格や存在感は四郎が生きて来た人生を考えれば納得するが、真鈴はどうなんだ?
法学部の女子大生、オカルトマニア、初めて会った時は自分はしゃいで人見知りとか言っていたけど、おしゃべりと買い物大好きで子供みたいにはしゃぐ時も有れば肝が据わって強い覚悟を持っている…俺には真鈴が四郎並みに、いや、四郎以上に謎の女だ。

「おまたせ〜四郎も彩斗も決まっているじゃない…あれ?
 四郎、ちょっと立って。」

真鈴は四郎を立たせて四郎の襟元に手を当てた。

「う〜ん、このネクタイ…」
「お、このスーツに合わないか?」

四郎が言うと真鈴はかぶりを振った。

「いやいや、ネクタイの柄や素材はスーツにもシャツにも問題無く合っているわ…ただ…ネクタイの締め方、彩斗が教えたの?」
「ああ、そうだけど。
 いつも俺が締めているやり方を四郎に教えたよ。」

俺が言うと真鈴は顔をしかめた。

「あ〜駄目よこれじゃ。
 彩斗、あんたひょっとしてフォアインハンドノットの締め方しか知らないの?」
「…え?ネクタイって皆そう締めるんじゃないの?」
「かぁああ〜駄目ね〜ネクタイだってTPOに合わせた締め方があるのよ。
 これはフォアインハンドノットとかプレーンノットと言って主にビジネス用、そこいら辺りのサラリーマンの締め方なのよ。
 今日は決めるって言ったじゃないの。
 だから今日はハーフウィンザーノット…でも四郎は今ワイドカラーのシャツを着ているからウィンザーノット、フルウィンザーとも言うけどそういう結び方の方が断然良いわよ。
 私が四郎のネクタイをウィンザーノットで結びなおしてあげるから彩斗も良く見て結び方覚えてね。」

そう言うと真鈴は四郎のネクタイを解くとするするとウィンザーノットと言う締め方で結び直した。

「ほら、この方が結び目が少し大きくなったけれど立体感が出て似合うでしょ。」

確かに四郎の襟元がすっきりとエレガントな感じになった。

「彩斗もワイドカラーのシャツなんだから結び直して。」

真鈴に言われて俺はネクタイを解いて結び直そうとしたが複雑な結び方で何度かやり直して結ぼうとするがなかなか上手く行かなかった。

「もう〜、ま、1回じゃ覚えられないか。」

そう言うと真鈴は滑らかな手つきで俺のネクタイを見事に結んでくれた。

「さて、これで…彩斗、四郎の腕時計、他のにしない?」

真鈴は四郎がはめているSinnの103を指さした。

「これもデザイン良くてかっこ良いけど、今日のスーツだとちょっと…もう少し落ち着きがあるような…」

俺は自室に戻って腕時計が入った箱を持ってきた。

「あら、そこそこ買ってあるのね。
 まぁまぁ良いコレクションじゃないの。」

真鈴が箱の中を覗き込んでパテックフィリップの5235/50R-001を取り出した。

「うん、これがシックで良いわね。
 彩斗、時間と日付と曜日合わせてよ。」

俺は時計を受け取り時間と日付曜日を合わせながら心の中で舌を巻いた。
よりによって真鈴は俺が持っている中で一番高い時計を選んだのだ。
見た目が豪華でなく、素人目にはその価格は到底判らないが四郎のスーツに見事に合っている。
この女本当に何者なんだろう…時折見せる間の抜けた所は演技なのではなかろうか…俺はあらぬ疑惑にとりつかれそうになった。
ふと見ると真鈴がしている時計も派手な装飾などは無いが品良く感じるロレックスのレディースデイトジャストをはめている。
派手な装飾抜きだが上品で機能的、嫌味を感じさせない好印象な腕時計だ。

「真鈴も結構良い時計しているね。」
「あら、ありがとう。
 これ、実家から東京に来る時に実家でお祝いにもらったのよ。」
「へぇ〜実家って大金持なの?」
「そんな事無いわ。
 実家が大金持ならあんなアパートに住んでる訳ないじゃない。
 四国の田舎、普通の家よ。」
「ふぅ〜ん、確かにそうだよね。
 さて、時間とか合わせたよ。」
「これで良し、さあ、四郎時計はめて。」

確かにパテックフィリップは四郎の落ち着いた感じに凄く似合ってる。

「彩斗はスピードマスターか…まぁプロフェッショナルだからそれで良いと思うわ。
 それじゃ出かけましょうよ。」

俺はまたまた心の中で舌を巻いた。
オメガのスピードマスターは自動巻きの物と手巻きのプロフェッショナルとがあるが、近くに寄って見なければ一目で見分けられる物ではない。
真鈴の謎は静かに深まっていった。
お酒を飲むかも知れないからと俺達はマンションを歩いて出た。
玄関で靴を履く時も真鈴が横目で俺と四郎の靴をチェックしていたが、どうやら及第点をもらったようでほっとした。
駅までの道を歩きながら俺は駅の反対側に個人経営のイタリア料理店がある事を言った。
マンションの近くを質が悪い悪鬼がいないか偵察しておくのも悪くないと言う事でそのイタリア料理店に行く事になった。

「う〜ん美味しいフォカッチャ食べたいな〜そろそろ暖かいからカルパッチョ、アクアパッツァも良いわね〜彩斗そこはワイン美味しいの置いてある?赤も白も美味しいのが飲みたいな〜」
「さすが真鈴はピッツァとかパスタと言わないんだね。
 これから行く店のマスターの口癖がイタリア料理はパスタやピッツァだけじゃなくて魚介料理も肉料理も美味しい物が沢山あるんですって言う人なんだよ。
 当然店で焼いてるフォカッチャはマスターご自慢なんだよ。」
「う〜楽しみ〜。」

四郎は俺と真鈴の会話を微笑みながら見ていた。
夜の暖かでいて爽やかな空気の中、俺達は夜の住宅街を歩いた。
四郎がほんの時々急に立ち止まり、周りを見回す事があった。

「四郎、悪鬼?」

真鈴が警戒するような小声で尋ねると四郎はかぶりを振った。

「いや、悪鬼…では無いが…脅かすつもりは無いがこの先…」

四郎が俺達が進む先を指さした。

「この先は駅だよ。
 週末の夜だから人通りは有るけどね。」
「そうか…なるほど週末の夜か、やはり昼間とは随分違う物だな。」
「…何が?」

真鈴が不安そうに呟いた。

「どうやらこの時代は人間でも悪鬼並みの悪意と言うか、瘴気みたいな物を発しているのがいるようだな…やはりこれは持っていて正解だ。」

四郎が上着の前を少し広げるとベルトに昼間差していた小さなダガーナイフの柄が見えた。

「やっぱり危ない物持っているんだ…警察に見つからないように気を付けてよ。」

真鈴が呆れ気味に言ったが、死霊屋敷で狼人と遭遇した時以来、あまり強く文句を言わなくなった。

「もっとも私も持っているけどね。」
「真鈴、何を持っているの?」

俺が尋ねると真鈴はバッグをポンポンと叩いた。

「私の子猫ちゃん。
 えへへ。」
「…えへへじゃないよ、あの子猫ナイフ入れてるのか?」
「命は大事でしょ?
 彩斗は手ぶら?不用心ね〜。」
「彩斗、昼間渡したあれは持ってるんだろ?」

四郎に訊かれて俺はパンツの尻のポケットに入れてある革袋に砂を詰めた小振りな棍棒を出して見せた。

「何これ、可愛い!」
「いや、刃物を持ち歩くとあれだと言うので彩斗にあげた物だ。
 素手でいるより数段破壊力があるからな…端を掴んで棍棒のようにしても良いし、咄嗟の場合は握ってそのまま相手を殴っても良いし、警察に持ち物を調べられても捕まる心配は無いしな。」
「う〜、彩斗ずるいよ〜なんでそういう事私に言わないのよ。」
「え…ごめん、真鈴も欲しいの?」
「欲しいに決まってるじゃないの!
 これ、簡単に外せるストラップをつけてバッグに付けてもお洒落だと思わない?」

真鈴が革製棍棒を手に取って見つめながら言った。

「予備がまだあるから帰ったら真鈴にも上げよう。」
「嬉しい!ありがとう!
 まあ、これで3人共最低限の武装はしているから一安心ね〜。」

真鈴が能天気な声を出した。
この辺りは年相応の娘さんだ。
駅近くのロータリーが見えてくると四郎の歩みが少し遅くなった。

「四郎、どうしたの?」
「うむ、これが君達の日常か…この人間達の中にはすぐ爆発するわけじゃないが、長い導火線に火がついてじわじわと燃えて短くなっている人間がいるぞ。
 1人や2人じゃない、今見えているだけで何人もいるな、老若男女問わずだ。
 君らは今まで気が付かなかったようだがな。
 この恐ろしさは君らは判らんだろう…やれやれ。」

四郎は強がりは言うが出まかせを言わない事を知っている。
俺と真鈴は一見平和な駅前の人ごみを見て黙ってしまった。






続く
 



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第13話



四郎は暖炉の薪を動かし、火掻き棒でつついて平らにして霧吹きで火を消すと赤い部分がなくなるまで見守った。

「どうやら煙突の中の老人は大丈夫そうだな。
 火をくべて咳き込みながら出てきたらどうしようかと思ったぞ。」

鎮火した灰を更にかき混ぜ消化を確認した四郎は金属のシャッターをひいて暖炉の前を閉じた。

「さて、われが真鈴を背負って行くので彩斗はポール様の日記を持ってきてくれるか?」
「うん、判った。
 後でワゴンも片付けておくよ。」
「それは助かる。」

四郎は軽々と真鈴を背負って、日記を持った俺を従えて階段を上がった。

「彩斗、明日は叩き起こすからすぐに戦闘服に着替えて玄関ホールに集合だからな。
 時間は教えないぞ。
 起こされたら直ぐに行動だぞ。」
「判ったよ四郎。」
「さて、真鈴の部屋…お?」

四郎が人形がいる部屋の前のドアで立ち止まった。

「どうしたの四郎?」
「見ろ。」

四郎が顎をしゃくった先には人形がいない椅子があった。

「…え…いったいどこに…」

その時、ドアの左側からよち、よち、とたどたどしく歩く人形が姿を現した。
呆気に取られて見ている俺と四郎の前を人形はよち、よち、と椅子の方へ歩いて行き椅子の足に掴まり、まるでお年寄りが息を整えるように体を前後に揺らしていた。
そして、椅子の座面を見上げ、やがて椅子の足にしがみついてゆっくりと登り始めた。
非常な苦労をして人形は椅子の座面に上り、背もたれに持たれて真鈴がかけてやったタオルを自分の体に掛けると体の力を抜いた。

「…ミタナ…」

俺と四郎は無言で頷いた。

「…アルケル…ヨウニ…マダ…キツイ…マリン…ネテ…イル…オコスナ…マダ…ナイショ…」
「うむ、判った。
 われは四郎、隣にいるのが彩斗だ。」
「シッテル…ワラワハ…ハナ………ハナチャン…ト…ヨバセテ…ヤッ…テモヨイゾ…マリンニハ…マダナイショ…クタビレタ…ネル…」

はなちゃんと名乗る人形は沈黙した。

「…乗り移ったね…」
「うむ、乗り移ったようだな。」
「はなちゃんか、可愛いね。」
「彩斗、見かけに騙されるな。
 はなちゃんは歳が古りた死霊だぞ。
 もしかしたらポール様より長く存在しているかも知れんな。
 彩斗、機嫌を損ねないように接しろよ。
 お前は時々やらかすからな。
 はなちゃんを怒らせると怖いと思うぞ。」
「…気を付けるよ。」
「さぁ、真鈴をベッドに放り込んでわれらも寝よう。」

その後真鈴をベッドに寝かせて俺と四郎はそれぞれの部屋に戻った。
俺は一人になると落ち着かなくなった。
何せ死霊があちこちにいる屋敷にいるのだから。
俺はベッドに寝転び、枕もとのスタンドの電灯を消すのが怖かった。
スタンドに照らされた室内を見回して
ちょっとした影の動きにもびくびくした。
時間は午後11時を回った頃だ。
やがて疲れがどっと押し寄せて目をつぶった…途端にガンガンと大きな音と共に四郎の怒号が耳元で鳴り響いた。



「起きろ!彩斗!起きろ!このへなちょこがぁ!」

びくっして跳ね起きた俺を見た四郎は部屋を出て行った。
その手には鍋とすりこぎ棒が握られていた。
やがて真鈴の部屋からもガンガンと鍋を叩く音と四郎の怒号が聞こえてきた。
俺は時計を見て唖然とした。
午前5時30分。
6時間も寝ていたのだ。
俺は慌てて戦闘服に着替え、ブーツを履いて1階の玄関ロビーに向かった。
戦闘服に身を固めた四郎が手を後ろに組んで待っていた。

「おはよう、四郎。」
「うむ!おはよう彩斗!
 次はもっと急いで来い!
 トイレは済ませたな!
 テーブルの上のコップの水を飲め、ゆっくりな。」

俺は四郎に言われた通りテーブルの上の大きなコップの水、ぬるめの水をゆっくりと飲んだ。
真鈴が階段を駆け下りてきた。

「おはよう!四郎!彩斗!」
「うむ!おはよう真鈴!
 次はもっと急いで来い!
 トイレは済ませたな!
 そこの水をゆっくり飲め!」
「はい!」

真鈴が俺の横で水を飲んだ。

「うあわ、ぬるい〜!」
「ぬるい水の方が良いのだ!
 朝起きて直ぐは体が脱水気味だからな!
 早く吸収される!
 さてお坊ちゃんお嬢ちゃん!
 飲み終わったら玄関を出て裏の庭に来い!」

そう言い残して四郎は玄関を出て行った。

「なんか今日は雰囲気違うわね。」

 真鈴が俺に囁いた。

「昨日はまだ『お客さん』だったからかな?」

外から早くせんか!と四郎の怒声が聞こえて俺と真鈴は慌てて裏庭に向かった。

「遅いぞ!
 これから朝の散歩をするがまず筋肉を伸ばすぞ!
 足をつったりアキレス筋をぶった切ってもつまらんからな!」

俺と真鈴は四郎が指示する通りに体を動かした。

「なあ、真鈴、実は昨日の夜…」

俺は横で四郎が見本を見せた腕立て伏せに似た運動をしながら真鈴に小声で話しかけた、途端に四郎の怒号が飛んだ。

「そこの小僧!
 何をくっちゃべってる!」

俺は襟を掴まれて強制的に立たされて少し離れた欅の木の所まで四郎に連れて行かれた。
四郎は俺の耳に顔を寄せてドスの効いた小声で言った。

「彩斗、お前のその考えが浅いおっちょこちょいな所が女の子に嫌われると思うぞ。
 お前、はなちゃんの事を真鈴に言いそうになっただろう?」

四郎に睨まれて俺は白状した。

「う、うん、言いそうになった、ごめんなさい。」
「余分な口は閉じていろ!
 ストレッチを続けろ!」
「はい!」

俺達はストレッチを終わるとうっすらと汗をかいていた。
四郎が水筒を俺達に投げ渡した。

「これから朝の散歩だ。
 この水筒は喉が乾いたら飲んで良し!
 顔を洗ったり朝飯を食べたり歯を磨いたりお化粧する前に、ここにいる時は毎日朝の散歩をするからな。
 雨が降ろうが雪が降ろうが必ずやるからな!
 彩斗、真鈴、腕時計は外せ!」

四郎は俺達の腕時計を受け取りポケットに入れた。

「よし、君らはあの黄色いテープが見えるな?」
「はい!」
「はい!」

欅の木からビニールで幅が広いテープが草原の向こうへずっと伸びていた。

「君らの為にわれが散歩コースを作っておいたぞ。
 これからあの黄色いテープを常に右手に見ながら進むんだ。
 テープが途切れたらすぐ目の前に屋敷の玄関が見える。
 君らが屋敷に帰ってきたら朝食にしようじゃないか。
 そうそう、途中で小さな祠を見つけたが、必ずお参り。最低限手を合わせてお辞儀をして挨拶はしておけ。
 お散歩の最中は危険な事を知らせる以外はおしゃべり禁止だ!
 そして、25分で戻って来い。
 よし!行け!」

俺と真鈴はテープに沿って走り出した。
テープは延々と林の方向に延びていた。



続く
第14話



俺と真鈴は速足で歩いていた。
黄色いテープを右に見ながら平坦な草原を歩く。

「真鈴、どれくらいの距離があると思う?」
「さあねぇ…四郎が25分と言っていたから昨日よりは遠くないはずだけど…」

黄色いテープは昨日のコースと違い、正面の山から左の方に広がっている森に向かっていた。
段々と地面は凸凹になって行く。
黄色いテープは地面すれすれになり、少し離れると見辛くなっていた。
ちょっとテープから離れた所は平たんな道が続いているが、俺と真鈴で試しにテープの大体の方角を見て平たんな道を歩くとすぐにテープを見失う事が判り落胆しながらテープのすぐ横の凸凹した場所を歩くはめになった。

「うう、少し辛くなってきた。
 四郎は屋敷で俺達待ちか…」
「彩斗、あんたのその浅い考えを改めた方が良いよ。」
「え?」
「このテープ、四郎は私達が起されるより早起きしてテープ片手にこのルートを歩いているんだよ。」
「…そうだな、その通りだよ。
 俺は馬鹿だな…」

真鈴が言う通り、四郎は俺達を起こす前にテープを持ってどの道を行けば訓練に役立つか考えながら歩いて行ったのだった。
俺達はただ、四郎が張った黄色いテープを辿っているだけだ。
俺は悪鬼退治の訓練を始めた時の四郎にさえ遠く及ばない出来の悪い生徒だ。

「俺は…馬鹿だな。」
「彩斗、四郎は自己嫌悪させるためにテープを持って歩いたんじゃないよ。
 有難いと思うなら訓練を頑張りなよ!」
「うん…」
「ついでに言うけどね。
 無駄なおしゃべりをするなと四郎が言ってたじゃない。
 あんたがあほな事言ったから言い返しちゃったけど、これからは黙って行くよ。」

真鈴はそう言うと少し足を速めて先を行った。
俺は置いてけぼりにならないように真鈴の後を必死に追いかけた。

段々と木が増えてきて、俺達は木と木の間を縫うように張られたテープを追った。
やがて少し開けた場所に来た。
少し先にいた真鈴が立ち止まり、俺を待っていた。
俺はどうしたと聞こうとしたが余分なおしゃべりを禁止と言われていたことを思い出して黙って真鈴の横に行った。
真鈴は半ば草に埋もれている小さな祠を指さした。
俺達はしゃがんで祠に手を合わせてこうべを垂れた。
やがて立ち上がった真鈴が俺の袖を引いた。
俺が真鈴を見ると真鈴は祠の少し横にある背の小さな石の塚を指さした。
近寄ってみると石の塚には年月が過ぎて薄れかけたが何とか『大神塚』と彫られているのが判った。
横や後ろを見たが『大神塚』以外の文字は無かった。
真鈴が周りを見回して俺に顔を近づけて小声で言った。

「大神塚…狼塚とも言えない?
 もしかして…」

狼塚…俺は四郎が倒した地下の狼人について言っていた事を思い出した。
200年以上生きていたかも知れないと言う事、人間に追われたか人間を避けて山の中で暮らしていただろうと言っていた事を。

「彩斗、屋敷の持ち主ってもしかしたらあの狼人の事…おしゃべり禁止だったね。
 行きましょう。」



その後の朝の散歩コースは起伏が激しく小さい渓谷のような沢を突っ切り密集した木の枝の中を強引に突っ切りととても散歩とは言えない厳しい道のりだった。
いつの間にか真鈴ははるか先に行き、その姿は見えなくなった。
俺はゼイゼイ息を切らせて黄色いテープが終点の桜の木に結びつけてある場所まで行くとやっと屋敷が視界に入った。

「毎朝これかよ…きついな…」

おしゃべり禁止だったが俺は愚痴らずにいられなかった。
四郎がくれた水筒の水は残り少なかった。
最後の水を飲み干して俺はよろよろと屋敷に向かった。
玄関ホールにあるテーブルに四郎が立っていた。
四郎は俺がテーブルまで来るストップウォッチのボタンを押した。

「彩斗、お帰り。」
「四郎、ただいま。」

俺がゼイゼイ言いながら答えると四郎はにやりとした。

「朝飯を食べる前に質問だ。
 まず、彩斗が通ったルートをこの地図に書き込め。」

四郎が俺に赤マジックを渡した。
俺は息を切らせながら朝の散歩中に見た景色を思い出しながら、拡大コピーしてある敷地の図面に赤マジックで俺が通ったと思われるルートの線を引いた。

「よしよし、ところでわれは25分で帰ってくるように言ったな。
 彩斗は何分かかったかな?」
「…え〜と…29…30分かな?」

四郎はストップウォッチを見た。

「ふむ、33分だな。
 8分遅れ、正確には8分と37秒遅れだ。
 まあ、37秒はおまけしてやろう。
 彩斗、その場で80回スクワットだ。
 その後は飯を食って良いぞ。
 ダイニングで待っている。」

四郎はにこりとしてダイニングへ行った。
俺はがくがくする膝を我慢しながらスクワットを始めた。

「われに聞こえるように大きな声で回数を言え!」

四郎がそう言いながらダイニングに通じるドアを通って行った。
俺は大きな声で回数を数えながらスクワットを続けた。
やっと80〜!と言うとダイニングから、よし!飯を食え!と四郎の声が聞こえてきた。
フラフラしながらダイニングに行くと良い香りが漂いテーブルで真鈴が朝飯を掻き込んでいた。
四郎は腕組みをして座っていて、俺がテーブルに着くと昨夜の煮込み料理をご飯と混ぜて炒めた洋風チャーハンと白身の魚と野菜が入っているスープ、キュウリとセロリとアボカドにオリーブの実のサラダをキッチンから持ってきてくれた。
俺がいただきますと言って食べ始めると四郎も食べ始めた。
洋風チャーハンはさほど脂っぽくなくどんどん俺の腹に入っていった。
魚のスープは塩味の優しい味付けで体に染み渡る。
サラダを食べると口の中が爽やかになって、ほど良い酸味がまた食を進ませた。

「朝から少し重い食事になったかもな、明日からはもう少しあっさりした物にしよう。
 どうだ?くえるか?」
「美味しいよ四郎。」
「私もこれでも全然構わないわ、美味しいわよ。
「そうかそうか、どんどん食え。」

朝方厳しい顔つきでいた四郎は見た目は俺より年下なのにまるで俺の親父のような優しい笑顔になっていた。

「真鈴は何分でここに着いた?」

俺は朝食を食べながら俺は気になっていた事を訊いた。

「あたしは5分遅れ、スクワット50回だったよ。」
「そうかぁ、真鈴より3分遅れかぁ。」
「まぁまぁ、彩斗、がっかりするな。
 真鈴はお前より10歳も若いからな。
 それに実際に真鈴は30分掛かったが、われには27分と申告したし、彩斗と真鈴が書いた地図を見比べたが、ルートも彩斗の方が正確だったぞ。
 優れた戦士になるには時間感覚も大事なのだ。
 時計無しでもおおよその時間の経過を掴む必要がある場合もある。
 人にはそれぞれ持ち味があるんだよ。
 全体のレベルを上げながらそれぞれの得意分野を伸ばす事も大事なんだ。
 われらはチームだからな。」
「ちぇ、ナビゲーションは彩斗の勝ちね。」
「体力勝負は真鈴がリードしてるけどね。」

そう俺が答えると真鈴は朝食を食べながらにこりとした。
俺は少し気分が楽になった。
四郎がキッチンからコーヒーを持ってきてくれた。

「だが、君らはまだまだ全体のレベルが低いな。
 このままでは3人共悪鬼の餌食になって地獄ツアー行きだ。
 食事を終えて少し休んだら昨日と別のルートで午前中の楽しいピクニックに行こう。
 それと、朝の散歩ルートも毎日変わるからな。
 変化があって楽しいだろう?」
「うぇええ〜それは楽しいわね〜」

真鈴が全然楽しくなさそうに言った。

「まぁまぁ真鈴、そうふくれるな。
 この場所はわれらの領地だ。
 先の話になるが組織化した質の悪い悪鬼達とぶつかる事になるかも知れん。
 その時は悪鬼どもがこの地に攻め込んでくる事も考えておかなくてはならないのだよ。」
「…」
「…」
「だからわれらはこの地の隅々まで知り尽くしておかなければいけないな。
 ヘタをしたら夜間に侵入した悪鬼と戦い、仲間とはぐれて一人で屋敷まで戻ってくるはめになるかも知れないのだ。
 その時に迷ったら、と思ったらどうだ?」
「確かにそんな状況になったらと思うと…ぞっとするよ。」
「そうだろう。
 彩斗が言う通りだ。
 この地の事、この屋敷の事もわれらは知り尽くしておかなくてはならないのだ。
 だから午後はこの屋敷の掃除を兼ねて屋敷探索をするからな。
 場合によっては悪鬼を始末する罠も仕掛ける必要があるかも知れん。
 それにある程度管理人が掃除をしてはいるが所々ほこりなど積もっている。
 せめてポール様の邸宅のレベルくらいには奇麗にしたいのだ。
 この前のようにさらっと見るだけじゃない。
 この屋敷は色々細かいところで気になる場所があるんでな。」

 そこまで聞いていた真鈴が急に思い出した。

「そう言えば朝の散歩コースに気になる祠と塚があったわよ。
 四郎も見た?」
「われも見たぞ。
 大神塚だろう?
 読み方によっては狼塚とも取れるな。」
「そうそう、この地には、この屋敷の持ち主も何か秘密があったような気がしたのよね。」
「うむ、地下室の過剰に頑丈な扉だとか、2階のはなちゃん…」
「え?はなちゃんて誰?」

 四郎も口を滑らすことがあるのだな〜と慌てて口をつぐんだ四郎に俺はほんの少しおかしみを感じたが必死に咳払いをしてフォローする事にした。

「う〜ごほごほ!
 四郎、はなちゃんじゃなくてユキちゃんだろう?
 昨日の夜、lineの返事をどうするかとか言ってたじゃないか。
 そう言えばここの持ち主の親族達は必死にここを手放そうとしている感じがするんだよね。
 それも凄い気になるよね。」

上手い事に真鈴は持ち主の謎に飛びついた。

「そうだよ四郎!
 女の子の名前間違って覚えると恐ろしい事になるんだから!
 それに返事しないと既読スルーって言ってこの時代じゃ失礼な事になるのよ!
 後で一緒に返事の文面を考えようよ!
 …それでさ、この屋敷と土地だけどそうよね〜広大な敷地があってこのレベルの屋敷ならいくら破格の値段と言ってもこのご時世でも1億円くらいするんじゃないの?
 隣接する土地も手放したいって言ってるんでしょ?
 何か謎があるはずよね〜!」

四郎がちらりと俺に感謝の視線を送ってコーヒーを飲んだ。

「そうだな、真鈴が今言ったように、ここは色々と謎がありそうだな。
 さて、皆食べ終わったようだし皿を洗ったら顔を洗うなり歯を磨くなり化粧をするなり自由時間にしよう。」

四郎は俺達に朝の散歩の時に預かった腕時計を返し、自分の腕時計を見た。

「自由時間は30分だ。
 30分後に午前のハイキングに出発するから玄関ホールに集合だ!」
「はい!」
「はい!」





続く
第15話



俺と真鈴は手早く顔を洗い歯を磨いて昨日のハイキングの装備をつけていた。
玄関ホールに向かう途中、真鈴は人形、はなちゃん人形がいる部屋の前に立ち中を覗き込んでいた。
俺は真鈴の横に立ってはなちゃん人形を見た。
椅子に座り脱力してタオルを掛けたはなちゃん人形は昨夜眠りについたままの姿勢でいた。

「お人形、あれから話さないね〜もう一度大好き〜って言われたいわ〜」
「きっと疲れて寝てるんだよ。
 四郎も言ってたじゃないか。」
「それもそうね、寝かせてあげましょう。
 それじゃお人形さん、行ってくるね。」

真鈴がそっとはなちゃん人形の頭を撫でた。
俺は昨日の夜、人形が歩いてはなちゃんだと名乗った事を真鈴に言いたくて言いたくてしょうがなかったが必死に我慢した。
うむ、モテる男は口が堅いぞ、と俺の頭の中で四郎が言いそうな言葉が浮かんだ。

「さあ、真鈴行こうぜ。」

俺は真鈴を促して玄関ホールに向かった。
四郎も完全装備の姿で待っていた。

「よし、お坊ちゃんにお嬢ちゃん、時間通りだな。
 昨日は少々軽装備だったし君らも余裕がありそうだから今日はこれも持ってもらおうか。」

四郎がテーブルに置いたリュックと催涙スプレー、そして装飾が彫られた弓と矢を指差した。
日本の弓よりかなり小振りな、湾曲が強い物だった。

「こいつらも持って行ってもらおう。
 勿論屋敷に帰る時間が昼飯に間に合わなかった時の為の携帯食も用意してあるぞ。
 今日はナッツバーだけでなく幾つかの種類を用意してあるぞ。」
「うわあ〜嬉しいわ四郎って優し〜」

真鈴が死んだ目と棒読みのセットで声を上げた。

「うむ、なに、お礼は要らんぞ。
 今日は野外で催涙スプレーも試してみよう。
 ただ、君らの顔に吹き付けると救急車を呼ぶ騒ぎになるかも知れんからわれが実験台になるぞ。」

四郎が弓矢を手に取った。

「そして、ある程度の遠距離から攻撃する手段も必要だからな。
 こいつの使い方もある程度教えよう。
 なにせ時間が無くて君らに速成教育をしなければならん。
 今日は少し盛沢山になるからな。
 さあ、こいつらを全部持ってくぞ。」

俺はリュックを担いでその重さにびっくりした。
真鈴もリュック重さに目を見開いて固まった。

「あの、四郎、リュックが重すぎるんだけど、何が入っているの?」
「ん?あははは!
 リュックが軽すぎると物足りないと思ってな。
 水を入れた2リットルのボトルを4本づつ入れておいたぞ。
 なに、お礼は要らないぞ。」

俺と真鈴は重いリュックを背負い、催涙スプレーをベルトのポウチに入れ、弓と矢筒を肩にかけた。

「さて、出かけるとしよう。
 君らは運が非常に良いな。
 天気が良くて暑くなりそうだ。
 リュックの水は飲み放題だから遠慮するなよ。」

笑いながら玄関から出て行く四郎の後を重い荷物を担いだ俺達はついて言った。
四郎を先頭に戦闘服を着て色々な装備で体を膨らませた俺と真鈴は5月にしては強い日差しの元、荷物の重さに前かがみになりながら敷地の外れに向かって歩いて行った。
昨日の事も有って俺と真鈴は周りの風景に気を配り地形の特徴、目印となる岩や巨木等に注意しながら進んだ。
重いリュックや小振りだが頑丈な弓矢が肩にのしかかって悲鳴を上げている。

「うむ、昨日よりは周りに目を向けて歩いているな。
 今日はさらに太陽の位置から東西南北を頭の中に入れながら歩いてもらおうか。」

四郎は俺達と同じ荷物を持っているのに軽やかな足取りで、しかも速足で歩いて行く。

「とまれ。
 東はどっちか指差せ。」

俺と真鈴は東と思われる方向を指差した。
四郎は俺達の後ろに立って腕を掴み、指さす方向を修正した。
四郎はその後時々立ち止まり東西南北の方向、現在地の場所を俺と真鈴に質問した。
やがて森の中に入って行き、森の中の少し開けた所で四郎は立ち止った。




「ここで一旦休憩だ。
 荷物を下ろして良いぞ。
 水でも飲め。」

俺達はほっとしてリュックや弓矢を下ろして水を飲んだ。
四郎が弓矢を手に取った。

「これは複合弓と言う物だ。
 木材の他に動物の腱や角などを組み合わせて作られたものだ。
 ポール様がトルコ弓と言う物を、よりもっと素早く射る事が出来るように改良した物だ。
 君らが日本で見る和弓と呼ばれる物よりもコンパクトに出来ている。
 もともと馬に乗っている状態で使うものなのだ。
 大きさの割には遠くまで矢を飛ばせて速射もしやすく出来ている。
 威力も大きな弓で、弦を肘まで引いて放つと大きな弓で胸まで弦を引いて放つのと同じくらいの威力があるぞ。
 また、遠くまで飛ぶと言う事は放たれた矢のスピードが速い、つまり命中率も高いのだ。」
「四郎、どのくらいまで飛ばせるの?」
「われなら400ヤードまでならほぼ命中させる事が出来るが、長距離を飛ぶと当然矢の威力は落ちるから人間程度の物を即死させる部分に命中させるのは、まぁ350ヤードと言う所かな?」
「大体320メートルか…私達が練習したらどのくらい飛ばせるの?致命的な所に命中させて殺すことが出来るとしたら。」
「うむ、頑張って練習したら君らでも100ヤードか200ヤードで人間ほどの大きさの悪鬼は殺せるかも知れんな、ただし…」
「ただし?」
「相手が動かずにじっとしていたら、そして風などが無い状態ならばな。」
「でも、100ヤードか200ヤードと言ったら、まぁ90メートルから180メートルくらいの距離で戦えると言う事でしょ?」
「彩斗、君らでタフな悪鬼の致命的な部分に当てるなら、動く廻る悪鬼に対して戦っている時、君らの興奮状態を考えたら必中距離は50ヤードかせいぜい頑張って75ヤードと言う所だろうな。
 練習を積んでもだ。」

四郎が俺達の前に握りこぶしを突き出した。

「このこぶしの大きさが心臓の大きさと考えて良い。」

次に四郎がこぶしを鼻の前に持って行った。

「頭でもこのこぶしに隠れる、脳の深い部分に当てなければならない。
 悪鬼を一撃で始末するなら心臓深くか頭の中の脳の深い中心部に矢を当てなければならないのだ。
 動き回る悪鬼のな。
 この弓の場合は最初の矢を外してもすぐ次の矢を放てる速射が効くと言う物だと考えた方が良いな。
 多少距離があれば最初の矢を外しても素早く次の矢を放てる、2の矢3の矢を悪鬼に当てる確率が上がる。
 即死させることが出来なくとも動きを鈍らせる事が出来たら上出来だと考えておけ。
 そこで初歩の初歩だな。」

四郎はハンティングナイフを持ち、少し離れた木まで行き、ナイフで太い木の皮を剝いだ。
そしてポケットからマジックを出して皮を剥いた木の幹に十字線をその交差点に丸く円を描いた。

「この木は今君らが立っている所からおよそ25ヤード、およそ23メートルだ。
 とりあえずこの的に当てる事から始めよう。
 最低でも動かない的で心臓、脳の深い部分に矢を当てる位は出来るようにして欲しい。」

四郎は俺と真鈴に弓を構えさせて弦の弾き方、狙いの付け方を教わった。
日本の弓道とは違い、引手で弦を肘くらいまで引いて矢を放ち、すぐに次の矢を放てる動作を繰り返しやらされた。

「よし、実際に矢を射ってみるか。
 真鈴の矢には青、彩斗の矢には黄色いテープを貼ってあるぞ。
 実戦で使う矢はこの通り…」

四郎が自分のリュックから一本の矢を取り出して俺達に鏃を見せた。
鋼鉄の尖った鏃の少し後ろに鏃の反対の方向にやはり鋼鉄の棘が突き出ている。

「一度刺さると容易に抜けないように返しが付いているのだ。
 人間と違い悪鬼なら刺さった矢を抜けばすぐ再生するからな。
 それが出来ないように返しが付いている。
 致命部に当たらなくても矢が刺さったままなら多少は動きが鈍くなるだろう。
 …多少はな。」

俺は地下室の狼人との戦いを思い出した。
狼人は刺さった火掻き棒を必死に抜こうとしていた。
刺さった状態の傷からは大量に出血していたが、あの時火掻き棒を抜かれてしまうとすぐに傷口が塞がって出血は収まってしまっただろう。

「…悪鬼と戦うって…大変なのね…」

真鈴も同じ事を考えていたようで鏃を見つめながらぶるっと身震いをした。

「ふむ、人間を殺すよりもかなり大変な相手だと言う事だ。
 人間を殺す事でも大層な事だが、悪鬼を退治するのは数倍難しいぞ。」

四郎が俺達の顔を見て俺達の思いを察したのか、じっと俺達を見つめた。

「…怖気付いたか?」
「いえ、全然!
 私、やるわ!」
「俺もだ!
 もう絶対逃げないと決めたんだ!」

俺と真鈴は四郎の顔を見つめ返して答えた。








続く
第16話



四郎は微笑みを浮かべた。

「うむ、お坊ちゃんお嬢ちゃんは覚悟が固まってきたようだな。
 よし、返しが付いていないこの練習用の矢であの的を撃ってみるか。
 あの十字線の真ん中の丸の大きさがちょうどこぶし大、心臓や脳の致命部分と同じ大きさで、あの木の幹は正面を向いた胴体と同じ太さだ。
 今日は少なくとも2本に1本はあの丸を貫く事が出来るように、そして射った矢が全部あの木に当たるよう出来るのが目標だ。
 そして、ナイフ戦術の時に言った事だが大事なのは自分と仲間を絶対に射ない事だぞ。
 矢の方向は銃口の方向だと同じと考えろ。
 …もう少しわかりやすく説明するか…」

四郎はそう言いながら自分のリュックからパーカッション式のリボルバーを取り出した。

「え、四郎、そんな物まで持ってきたの?」
「うむ、弓矢に比べたらこれはより精密な機械のようなものだからきちんと作動するか試しておこうと思ってな。
 今、火薬、弾丸、発火させるパーカッションキャップも付けている。
 ハンマーを起こしてトリガーを引くと発射できる状態だ。」

そう言うと四郎はリボルバーのハンマーを親指で起こして無造作に的にしている木の根元近くにある、人間の頭位の大きさの石に向けて撃った。
物凄い音と共に白煙が盛大に上がり森にいた鳥が一斉に飛び立ち、石が砕け散った。

俺と真鈴は思わず両手で耳を塞いで悲鳴を上げた。

「うわ!」
「きゃああ!」
「はは、驚かせたかな?」
「そ、それは驚くわよ〜!」
「凄い音と煙だね〜!
 威力も凄いね!
 あの石、粉々に砕けたよ!」
「だろう?
 われの時代に人間が使う通常のピストルの口径、これは弾丸の直径と思ってくれれば良いが、100分の44インチ、君らの言い方で44口径と言うが、これは悪鬼の頭や心臓を吹き飛ばすためにポール様が特注で作らせたピストルで口径は100分の58インチつまり58口径にして、更に多くの火薬を入れられるように頑丈になっている。」
「なんか良く判らないけど凄いわね…」
「四郎、そのピストルの使い方を教えてくれた方が良いんじゃないの?」
「はは、彩斗、それは無理な相談だな。
 このピストルは普通の人間には撃てない。
 このピストルが完成して農園に届けられた後、噂を聞き付けたかなり有名なガンマンがどうしても撃たせてほしいとやって来たが…撃った反動を押さえきれずにピストルがその手を飛び出してガンマンの顔に直撃して鼻とあごの骨を砕いてしまったからな。
 歯もかなり吹き飛んでしまいその後ガンマンは顔に酷い傷跡が残って話すことも不自由になってしまった。」

俺と真鈴は口を押えて四郎が持っているピストルを見た。

「それにこの手のピストルは弓矢より使いにくい所があるのだよ。」

そう言うと四郎は30メートルほど先にある、人間の大人くらいの岩に向けてピストルを5発、続けざまに撃ちこんだ。
物凄い轟音と盛大な白煙、そして撃つ度に四郎の腕がかなり跳ね上がった。
なるほど、反動が強いのだろうな、と昔見たダーティーハリーという映画でハリーが44マグナムを撃って腕が派手に跳ね上がるシーンを思い出した。
このピストルは普通よりも火薬の量が多く入れられると言っていたから、まぁ、四郎の時代の58マグナムピストルと言った感じだろう。
大人くらいの岩の上半分が粉々に砕け散った。
これが人間の体だと上半身がばらばらに千切れ飛んだような事だろう。
俺はその威力に身震いした。

「まぁ、このように威力は申し分ないが弾を打ち尽くすとまた撃てるようにするにはとんでもなく手間と時間がかかるのだ。
 戦いの最中にそんな事をしている時間は無い。
 つまりこのピストルは6発撃つとただの棍棒になってしまうと言う訳さ。
 だから、ポール様と手強い悪鬼の団体の討伐に行くと時はポール様とわれ、それぞれ3丁のピストルを身につけて行ったくらいだ。
 勿論槍やサーベルと共にな。
 われにとっても凄く重かったな。」

四郎はそう言って俺と真鈴にピストルを持たせた。
こわごわと受け取った俺達はずしりと重いピストルに驚いた。
リュックに入っている2リットルの水が入ったボトルより重かったはずだ。
四郎はピストルを手に取った。
あんな重いピストルを軽々と扱う四郎の腕の強さを改めて感じた。

「それにあの大きな音と煙だ。
 狭い所で撃つと煙で周りが見えなくなるし、大きな音で耳がしばらく聞こえなくなるんだ。」
「確かに街中でそれを撃ったら大変な騒ぎになるわね〜!」
「使えるのはこの敷地内かよっぽど近くに誰もいない所ってことになるね〜!」
「そういう事だ。
 だから君らにはこれを扱えない、弓矢の使い方を教えるしかないな。
 さて、脱線してしまったが、弓を人に向けると言う事は…こういう事だ。」

そう言うと四郎はハンマーを起こしたピストルの引き金に指を掛けて俺と真鈴に向けた。

「うわ!四郎!ちょちょちょ!」
「きゃああ!やめてやめて〜!」

四郎が笑いながらピストルを下に向けた。
弾を撃ち尽くして空になったピストルなのに凄く恐ろしい。

「な?矢を向ける事とピストルの銃口を向けると言う事は非常に危険で恐ろしい事なのだ。
 肝に銘じたかな?」
「うん、凄く判ったよ。凄く危ない事なんだね。」
「うん、私も、弓の取り扱いは絶対に慎重にね。」
「よし、絶対に鏃を仲間に向けるな。
 矢をつがえたらその方向を絶対に仲間に向けるなよ。
 それに一度弦を引いたら矢を射るまでは絶対に手の力を緩めるなよ。
 もし弦を戻さずに手の力を緩めたら矢が飛び出す、ピストルで言えば暴発のような事になるからな。」
「はい!」
「はい!」

四郎は満足した笑顔になり、ピストルをリュックに戻した。

「よし!
 あとこれはおバカな連中がよくやらかすミスだが、銃口や鏃が仲間の方向に向いてしまい慌てて下に下げた時に自分の足を撃ったり矢を刺してしまうトンマがいる。
 矢をつがえた時は特に自分の足を撃ち抜かないように気をつけろ。
 それと、弓矢は自分の前方の少し下の方向に向ける癖をつけろ。
 銃を使う時も同じだが、矢を構えた時に上を向けていると悪鬼に狙いをつける時に下がる弓矢自体が一瞬悪鬼を隠してしまう。
 コンマ何秒の世界で相手が一瞬視界から消える、それは致命的な失敗になる事も有るのだ。
 常に矢は自分の前方の下に向けておけ。
 狙いを定める時は下から持ち上げる事を体に叩き込め。」
「はい!」
「はい!」
「よし!まず真鈴からだ!
 1本射ってみろ。」
「はい!」

真鈴が弓を引き絞り、矢を放った。
矢は木の幹の右側をすれすれでかすめて後ろの藪に飛んで行った。

「うむ、3インチくらい…センチで言うと…」
「7・5センチくらいかしら?」
「うむ、そうだな、どうもわれは日本のセンチとかメートルで言うのにまだ慣れていないな。
 今のは3インチほど高く、10インチは右にずれていたぞ…彩斗、真鈴、時計を見ろ。」

そう言うと四郎は自分の腕時計の文字盤を的に向けた。

「こうして見ると時計の時間表示が12時だと真上、6時だと真下、3時だと真右、9時だと真左と言う事が判るだろう?」
「うん、判る。」
「判るわ。」


俺と真鈴も四郎のように的に時計を向けて言った。

「これからはどちらに矢がずれたかこの時計表示の時間で言うぞ。
 その方が言いやすいからな。
 またこの時計表示の言い方だが、自分の真上に時計の文字盤を載せたと想像してみろ。
 そうすると12時の方向は真ん前、6時の方向は真後ろと言う感じで色々と応用できる。
 これは覚えておけ。
 これからは方向を言う時にもこの方法にするぞ。」
「はい。」
「はい。」
「よしよし、そこで真鈴が射った矢はおおよそ2時の方向にずれたと言う事だ。
 そして3インチ高く10インチ横だな。
 それを頭に入れて狙いを修正しながら射って見ろ。」

真鈴の2度目の矢は的の5時の方向に当たったが、木の幹には刺さった。

「よし、5時の方向に4インチずれた。
 その調子で修正しながらあと3本射ろ。
 真鈴が終わったら矢を回収して彩斗も5本、これを繰り返すぞ。」
「はい!」
「はい!」

その後、真鈴は3本中2本は木の幹に当たったが中心部の丸には当たらなかった。
真鈴が射った矢を回収して、俺が的に矢を向けた。
5本中4本は木の幹に命中したが中心部の的には当たらなかった。

「狙いを定める時間が延びると弓を支える手が震えてくるぞ、それに悠長に狙っていると悪鬼はどんどん近づいて来る。
 もう少し素早く射るんだ。」

四郎は腕を組んでじっと俺達を見ながら様々な指示を出した。
俺達は黙々と弓を射った。
どれほど射っただろう、指がつりそうになった時、中心の丸に矢を命中させて俺は小さくガッツポーズをした。

「やったわね、彩斗。」
「よし、少しは上達…かな?」

続いて真鈴も中心の丸に他を命中させた。
2人とも木の幹から矢は外れなくなった。

そして5本のうち2本は中心の丸に当たるようになった。

「うむ、初日にしては上出来かな?
 だが一日中これをやる訳にも行かないな、矢を回収しろ。
 明日もやるぞ。
 5本のうち4本は当てる事が出来る様にならないとな。
 次は催涙スプレーがどれほど悪鬼に効くか試してみよう。」

俺達は弓矢を片付けて催涙スプレーをポウチから取り出した。

「うむ、まずどれくらい効くのか、われが実験台になろう。
 彩斗、そこからわれの顔に噴射してみろ。」

俺は3メートルほどの距離から四郎の顔に向けてスプレーを噴射した。
霧と言うより液体の飛沫が飛んでゆくような感触で四郎の顔に当たった。
四郎の顔が苦痛に歪み、見る見る吸血鬼の凶悪な表情に変わった。

「うぐぅ!ぐわぁああ!」

四郎が顔を押さえて体を屈めた。
びっくりした俺と真鈴はリュックの中の水が入ったボトルを手に四郎に駆け寄るとその顔に水を掛けた。
辺りには何とも言えない刺激臭が漂い俺達まで目がちかちかした。

「う〜!
 これは効くかもな。
 われや悪鬼は君らよりの鼻が利くから余計に辛い。
 目を開けられなくなるし、これはかなり有効だと思うぞ。
 人間の姿でいてもこの刺激で変化してしまう。」
「これ、スタンガンと同じで人か悪鬼か見分けるにも良いかもね。」
「狭い所でやらなきゃね。
 俺まで目がちかちかするよ。」
「あたしも、鼻水まで出てきた〜。」

四郎が水で顔を洗い、人間の顔に戻って一息ついた。

「ふ〜やれやれ。
 この前地下で狼人に使えば恐らく寄せ付ける事をさせなかったかも知れんな。
 だが、われらも液体の洗礼を受けるか…どうなんだろうか?」
「殺す事は出来ないけど充分混乱はするかもね。」
「有効に使える状況や方法を考えようよ。」
「そうだな。
 彩斗、真鈴、スプレーをしまえ。
 出発しよう。」

その後俺達は森を抜けて緩やかに山に登る草原に出た。
錆びついた鉄の棒が並び朽ちそうなロープが張られていた。

「これは隣の親族の土地との境界線だよ。
 この土地も売りに出ているんだ。」
「どれくらいの広さなの?」
「この先2万坪くらいかな目の前の小山一帯と言う感じ。
 セットで買わないかと言われているんだ。」
「買えるなら買う方が良いな。
 このロープに沿って進んでみよう。
 今のところ緩い傾斜があってその先が上がっている向こうから何かが来た時に良い防衛線を築けるな。
 今出てきた森の所に監視する場所を作れば向こう一帯を見渡せるぞ。」

四郎が言う通り、この傾斜地に何か障害物を置くだけで非常に邪魔になる気がする。
しかし、同時にこの広大な土地を俺達3人で守ると言うのは少し頼りなく思えた。
俺達は境界線に沿って進み平坦な所でまたまた、ナッツバーなどの携帯食で昼食をとった。




続く

第17話


俺達は辺りを見渡せる高台で昨日よりも種類が多いスナックバーと水で食事を摂っていた。
四郎は3種類のバーをすべて開封してそれぞれ食べ比べていた。

「四郎ってばさ〜味なんて同じなんじゃないの〜?」

真鈴が呆れた顔で四郎を見ていた。

「いや、それぞれ微妙に味や食感が違って面白いぞ。」
「ふぅ〜ん、そんな物なのかな〜?
 ところで、さっき言ってたけど悪鬼の集団がここに攻撃してくる可能性があるの?」

四郎が一本のスナックバーを食べ終わり包み紙を丸めてポケットに押し込んで水を一口飲んだ。

「うむ、絶対とは言えないが有り得るぞ。
 どうもこの世界を見ているとわれの時代よりも一匹狼の悪鬼は生きにくくなったかも知れないな。
 テレビでニュースを見ても人口が多い場所は監視カメラがあちこちにあるだろう。
 まず、街の暗がりでいきなり人を襲う事は難しくなったと思うぞ。
 そして誰かの家に忍び込んで、または誰かを自分の家に引きずり込んだとしてもあちこちにある監視カメラを気にしなくてはならない。
 もしもわれが餌に困らないある程度の都会に住むのならば、悪鬼が集まり餌場のような所を作るか等の工夫をしてそれぞれの悪鬼が連絡を取りあえる組織を作る事を考えるな。
 一匹狼の悪鬼がいたら相当に周りに注意をして暮らさなければならないだろう。
 人里離れた所にひっそりと住む事は安全だが、それでは餌の確保に困るだろうしな。」
「…」
「…」
「われらがこれから身近にいる悪鬼を倒してゆくとすればそのうち絶対に組織化した悪鬼達に感づかれる。
 四郎のマンションを主に使うとしたら、一度場所を突き止められて悪鬼どもが一度に攻めてきたら一たまりも無いぞ。
 仮に攻撃してきた悪鬼をその時はすべて始末しても近隣が大騒ぎになってしまう。
 そしてこの屋敷を拠点にするとならば、人目に付かないから逆に攻めてくる可能性は上がるがこの広さの敷地とあの非常に守りやすい屋敷…あの屋敷は少し手を入れればちょっとした城塞になるぞ。
 まあ、ここならば武器も制限が無く使えるからな。
 悪鬼の撃退はやりやすいな。
 肝心なのは悪鬼どもにわれらの拠点を知られないように注意する事だがな。
 だが、知られてしまった時の対策は必要だ。」
「そうね、私は素人だけどあの屋敷なら守りやすい感じがするわ。」
「窓など少し強化するだけで入りにくく出来るし仮に悪鬼に入り込まれても戦いやすいかも知れないな。」
「そうだろう。
 だが、そうなるとわれらも常に3人で固まっている事が難しくなるな。
 それぞれに持ち場を守る必要が出てくるかも知れん。
 離れた所でも連絡が取れる手段があれば良いのだがな。」

四郎が考え込んでしまった。
俺はセキュリティショップでインカムのヘッドレストを人数分購入していた事を思い出した。

「四郎、そういう事に使える物が買ってあるよ。」
「そんな物を買ったかな?」
「何だっけ?色々買って忘れちゃった。」
「ここに持ってきているから屋敷に戻ったら見せるよ。」
「彩斗、それは楽しみにしておこう。」
「あ〜思い出した!
 あれね!」


真鈴はインカムの事を思い出したようだ。

「確かにあれなら両手が塞がっていても連絡が出来るわね。
 四郎、優れモノだから楽しみにしていなさいよ。
 後は…敷地に悪鬼が入り込んだ時にすぐ判る物があれな良いんだけどね〜」
「そうだな…そういう物があれば良いのだけどね悪鬼探索レーダーとか…」
「ふん、そんなものがあれば苦労しないわね〜」
「よしよし、そろそろ食事は終了だ。
 出発しよう。」

俺達はまた敷地を巡りその地形を覚えて屋敷に戻った。
四郎はダイニングのテーブルに弓矢を持ってこさせ、リュックから先ほど発射した58マグナムピストルを出した。

「使った武器はチェックと整備をしないとな。
 これが終わったら屋敷の探索と掃除をしよう。
 おお!四郎が言っていた便利な物も見たいぞ!
 持ってきてくれるかな?」
「オーケー、持ってくるよ。」

俺が2階からインカムのヘッドセットを3組持って部屋を出ると真鈴が人形の前にかがみこんでいた。

「お人形さん、まだ寝てるね〜」
「そのうちに起きるよそしたら真鈴はきっと…」
「え、何?何が?」

振り向いた真鈴の後ろで椅子に座り脱力していたはなちゃん人形が顔を俺に向けた。
はなちゃん人形の無表情な顔は俺に『余計な事を言うんじゃねえよ!ぶっ殺すぞこの野郎!』と、どすの効いた老婆のような声で言っているように見えて慌てて口をつぐんだ。

「いや、早く四郎にこれの使い方を教えようぜ。」
「そうね、四郎も喜ぶよきっと。」

ダイニングでは弓の弦の張りや練習用の鏃の曲がり具合をチェックした四郎が58マグナムリボルバーを分解して掃除をしていた。

「四郎、持ってきたよ。
 これこれ。」
「おおそれか…どう使うのかな?」

四郎は分解途中のピストルの部品を木の小箱に入れて身を乗り出した。

「実際につけてみよう。」

俺と真鈴でインカムの電源を入れてヘッドセットを3人の頭につけた。

「それじゃ真鈴に屋敷の外に出てもらおう。」

ヘッドセットをつけた真鈴がダイニングを出て行き、しばらくしてからダイニングの窓を外から真鈴がコンコンと叩いた。
俺と四郎がそちらを見ると真鈴は屋敷から離れて行き30メートルほど離れた所に立ってこちらを向いた。

「四郎、彩斗、聞こえる〜?」

ヘッドセットから真鈴の声が明瞭に聞こえた。
四郎も聞こえたようで驚いた顔で遠くの真鈴を見て感嘆の声を上げた。

「おお!これは凄いな!
 真鈴の声が聞こえる。」
「四郎、凄いでしょ?」


真鈴の声に四郎はうんうんと頷いた。

「四郎、これは遠くに離れた人間同士話せる機械なんだよ。
 スイッチを入れておけば手を塞がずに話すことが出来る。
 勿論今、俺の声も四郎の声も真鈴に聞こえてるよ。」
「これは離れた所で連携を取るのにちょうど良いな。
 だが彩斗、これはどのくらい離れても聞こえるのかな?」
「そうだね、ちょっと待って。」

俺はインカムのマニュアルを取り出した。

「これは特定小電力トランシーバーで見晴らしがよい所は1キロから2キロマイルにするとええと大体1マイル半に少し足りない位かな?
 それくらいは通じるね。
 街中だともっと短くなるけど100メートルか200メートル大体90ヤードか180ヤード、この屋敷の中なら殆どどの階にいても通じるはずだね。」
「それは良いな。
 ただ、外にいる場合もう少し遠くまで通じれば最高なんだが…」
「そうだね…あ、簡易業務用無線機と言うのがあってこれは申請が必要だけど見晴らしがよい所だと5キロから10キロ、ええと、3マイルから7マイルくらいなら通じるな。」
「うん、それだけ遠くとも話が出来るなら敷地の中なら充分だな。」
「マンションに帰ったら申請して簡易業務用無線機を手に入れよう。」
「そうしてくれると助かるぞ。
 屋敷の中はこれでも問題無いのだな。」
「うん、大丈夫。」
「それでは屋敷の探索と掃除は各自分かれて行い、この機械の使い勝手を試そうではないか。」
「よし、そうしよう。
 真鈴、戻って来て。」
「オーケー。」

窓の外の真鈴がこちらに手を振って窓の外の景色から消えた。

「いやはや、便利な時代になったな。
 これがわれの時代にあったらさぞやポール様も喜んだ物だと思うよ。」

四郎がヘッドセットとインカムをいじりながら呟いた。
その後、四郎がピストルの掃除組み立てを終えて再び撃てるように火薬弾丸を各シリンダーの穴に詰めて、銃身の下のレバーを押して固く押し込み、暴発予防のグリスを塗り込み、小さなパーカッションキャップを嵌めるのを俺と真鈴はコーヒーを飲みながら興味津々で見物した。

「これ、確かに威力は凄かったけど弾を詰めるのが大変ね〜。」
「確かに面倒だ、だからわれもポール様も3丁のピストルを持っていたのだよ。
 だが彩斗、今の時代は銃も進歩しているのだろう?」
「そうだね、今は火薬も弾丸もパーカッションキャップも一つになっていてただ銃の中に入れればバンバン撃てるよ。
 サプレッサーと言って銃声を小さくするものもあるしね。」
「それは凄いな!日本では手に入らないのか?」
「あ〜ダメダメ、日本でも狩猟…ハンティング用のショットガンとかライフルは所持出来るけど…車の免許取るよりは簡単だと言うけどね…どうなのかな?」
「そうか、残念だな。」
「あ、四郎、身分証明書が出来たら車の免許を取ると良いよ。」
「そうね!四郎なら実技は簡単に覚えられると思うわ!
 学科は大変かも知れないけどね。
 運転免許証はそれだけで身分証明証にもなるから便利よ。」
「そうだね、そうすれば良いよ。」
「われがあの馬無しの馬車を運転するのか…それは面白そうだな!」

俺達はコーヒーを飲んで笑いあった。

「さて、じゃあそれぞれに分かれて屋敷の掃除と探索を始めるか。
 君らを信じてない訳じゃ無いが念の為に後で我が屋敷の全てを探索するからな。」
「うん、そうだね。
 それなら安心だよ。」
「私達じゃ見落とすところがあるかも知れないからね。」

そして四郎が地下室とキッチンダイニングとバスルームトイレ使用人部屋、真鈴が暖炉がある広間書斎応接室娯楽室と2階のバスルームトイレと人形が椅子に座っている部屋を含めた3部屋、俺が2階の残りの部屋と屋根裏を掃除しながら調べる事にした。
一人で屋根裏に行くのは少し怖いが、ヘッドセットをつけているので何かあれば四郎と真鈴を呼べば住む事だ。
俺達はそれぞれに分かれて掃除と探索を始めた。

順調に探索と掃除を進めていたら、ヘッドセットに真鈴の声が響いた。

「きゃ〜!あなた、はなちゃんていうのね!あたし真鈴よ〜!可愛い〜!私も大好き〜!きゃ〜!きゃ〜!」

遂にはなちゃん人形が真鈴に話しかけたかと俺は微笑みを受かべて掃除と探索の手を止めて屋根裏から2階に降りて行った。
明かりとりの窓から夕陽が差し込んでいた。
やはり死霊は陽が落ちると活発になるのだろうか?







続く
第18話



2階の廊下に降りて行くと真鈴がはなちゃん人形を抱いて頬ずりをしながら至福の表情を浮かべていた。
四郎も反対側の階段を上がって来て真鈴を見るとほほ笑みを浮かべた。

「彩斗、四郎、見てよ!
 この子、はなちゃんて言うんだよぉ〜!
 私に自己紹介したよ〜!」

真鈴は並んで立っている俺と四郎にまるで自分が生んだ赤ん坊のようにはなちゃん人形を自慢げに見せた。

「はなちゃん、この人たちが私の仲間よ。
 ほら〜この人の名前はね…」

真鈴が四郎に人形を向けて言おうとした時にはなちゃんが話した。

「シッテル…コノ…ヒトハ…シロウ…センシ…」
「うわ〜!はなちゃん賢いねぇ〜!」
「ヨロシク…シロウ」
「はなちゃん、
 こちらこそよろしくお願いするぞ。」

四郎がはなちゃんにきちんとお辞儀をした。

「はなちゃんすごいね!
 それではこっちの人も判るかな〜?」

真鈴ははなちゃんを俺に向けた。

「コレハ…ド…ドレ…ゲボ…ゲボク…ノ……サイト…ゲ…サイト」

…今俺の事…下僕って…下僕と言ってないか?…しかも初めのどって、どれって…奴隷と言おうとしてなかったか?奴隷と言いそうになって下僕と言い換えた?
確かにこの3人の中では下っ端感半端ないと思うけどこんな人形に見透かされるなんて畜生…でも犬だって飼い主の家族とかに順位をつけると言うからな、でもでもでも身分と言えば普通は士農工商だろ?俺はそれ以下…奴隷…下僕…どうせ3回しかエッチしてないからさ、でも真鈴だって処女だ…男と女は違うんだよそうだよな、処女の真鈴がショーケースにあったら何百万円とか何千万円て値が付くかもしれないよだけど、俺は3回エッチしてるけど童貞の男なんて道端の段ボール箱にぎゅうぎゅうに詰め込められて一個10円でも売れないよ10円と書いた所にばってん付いて5円になってても誰も買わないよ俺は3回エッチしてるけどマッチ売りの少女よりきっと売上悪いと思うよ道端の段ボール箱に童貞の俺達が俺は3回エッチしてるけど詰め込まれるのは嫌だよ嫌だよ、きっと臭いよヲタクで満員の電車並みに臭いよ真冬の寒い時でもきっと気持ち悪い汗かいてるよでも、俺は…俺は…3回…実は2回半…うわぁああああ〜!

ショックを受けて思考が暴走している俺の横で四郎が吹き出すのをこらえるために顔面を引き締めながら俺の脇腹をつついた。

「…はなちゃん、よろしくね。」

我に返った俺が答えるとはなちゃんは心持顎を上げて言った。

「ウム…ヨロシク…ナ」

はなちゃんと俺の一連の会話を聞いた真鈴は慌てた表情になり、はなちゃんの顎のあたりを撫でた。

「あれ〜!
 ちょっと音声機能が不調かな〜!電子回路の調子がおかしいみたいね〜!
 まぁ、彩斗、気にしないよね〜!」

真鈴ははなちゃんに電子回路などついていない事を、おしゃべり機能も何もついていない人形だと知っているはずなのに…

「とにかく掃除と探索は一区切りついたから夕飯の準備をするか。」

四郎がそう言って階段を下りて行き、後から俺とはなちゃんを抱いた真鈴がついて言った。

「彩斗、たまには和食が良いな。
 魚でも焼いて卵焼きを作り味噌汁を作ろうかな?
 …はなちゃんもまだ…話し方が慣れてないから…気に…するな…。」
「…うん。」

四郎は優しい言葉を俺に掛けたが、絶対にまだ笑いを堪えてる。
声が微妙に震えていたし肩もプルプルしている。

ダイニングに行った俺達は四郎の夕食作りを手伝う事にした。

「いつも四郎にご飯作らせちゃ申し訳ないからね〜!
 私お味噌汁作るわよ!
 うんと美味しい奴!」
「じゃあ、俺は魚焼こうかな?」
「われは卵焼きだけで良いか?」
「勿論!
 何だったら卵も私が焼くわよ。
 四郎、私達が調べた後の所チェックして貰えたら良いんじゃない?
 私は怪しいところ見つかんなかったよ。」
「俺も特に怪しい所は見つからなかったな。
 四郎は?」
「うむ、地下室の狼人が飛び出してきたところに何かがあってな、夕食の時に話そうと思うぞ。
 それでは夕食は君らに任せて探索をしてくる。」

四郎はキッチンを出て行った。
俺と真鈴は夕食を作り始めた。

「う〜ん残念、はなちゃんもご飯食べれたら良いのにね〜」
「はなちゃんは人形だからそれは無理だよね。」

俺はちらりとダイニングの椅子に座っているはなちゃんを見た。
微動だにせずに座っているがキッチンの方を見ている感じがした。
俺と真鈴で夕食を作り終えてあとは配膳と言う時に四郎が戻って来た。

「おお!旨そうだな!
 早速頂こう!」

俺達はテーブルに皿を並べ、食事を始めた。
真鈴の隣の椅子にははなちゃんがちょこんと座っている。
お気に入りの人形を常に横に置く少女のような真鈴が微笑ましかった。

「このお味噌汁、われながら良い出来だわ〜!」
「魚も卵焼きも美味しいな。」
「和食もほっとするよね。」

俺達は美味しく食事を食べた。

「ところで四郎、地下室に何があったの?」
「うむ、それを見るには棚を動かさなければならんのだ。
 それと、屋根裏だが置いてある家具を一度動かしてみたいのだが。」
「なんで?」
「君らは気が付かないか?
 外から見ると屋根裏がある壁の所なんだが、部屋の中の広さと矛盾する所がある。
 隠し部屋があってその扉が家具で閉ざされているのかも知れんな。」
「全然気が付かなかったよ。
 図面には屋根裏部屋だけだったからね。」
「屋根裏の壁と外壁の間に空間があると言う事かしら?」
「うむ、われの思った通りだとしたら、何かを意図的に隠しているかもな。」
「ニカイ…ゾウロクノ…」

はなちゃんが急に話し出し、俺達の箸が止まりはなちゃんを見た。

「はなちゃん、何か言った?」

真鈴が尋ねるとはなちゃんの頭がゆっくりと回転して真鈴に顔を向けた。

「はなちゃん動けるの?
 凄〜い!」

真鈴が嬉しそうに言った。
それを聞いて俺は普通凄く驚くところだろうと突っ込みを入れそうになったがここ数日、吸血鬼やら悪鬼やら死霊やら見てきてしまった彼女には大した驚きじゃないだろうな、と考え直した。
実際に俺もはなちゃんが歩いている所を初めて見た時も対して驚かなかった。

「真鈴、頭だけじゃないよ、はなちゃんはあ…」

はなちゃんの顔が俺を向いたのと、四郎がテーブルの下で俺の足を蹴ったのは同時だった。
微妙にはなちゃんの瞳がきらりと光った感じがした。
やはり俺は口が軽いのだろうか。
四郎も俺を横目で見て静かに顔を横に振っている。

「え?なに彩斗?」
「いや、はなちゃんもそのうちご飯を食べるようになるかな〜なんて、はは。」

四郎がはなちゃんに顔を向けた。

「はなちゃん、2階の主寝室の事かな?」
「ソウ…ワラワヲ…ツレテユケバ…オシエル…」
「判った、食事が終わったら連れて行こう。
 何があるかわれ達に教えてくれれば嬉しいぞ。」
「オオ…オオオオ…ッケー…ケー…」

今風の返事をして片手を突き出し微妙に親指を立てたはなちゃんは腕を下ろして沈黙した。
俺達は手早く食事を済ませて後片付けをすると、はなちゃんを抱いた真鈴を先頭に2階の主寝室に向かった。






続く
第19話



はなちゃんを抱いた真鈴を先頭に俺と四郎が2階の主寝室に入った。

「コノ…シンダイ…マドノ…ホウニズラセ」

はなちゃんがベッドに手を向けて言った。
俺と四郎が顔を見合わせた。

「やってみるか。」
「やってみようよ。」

俺と四郎でベッドを窓の方にずらした。
動き始めはずいぶん重かったが、少し動き始めるとベッドの足がレールに乗ったようにスムーズに窓の方向にずれて行った。
そのまま押してゆくとガチャンと音がしてベッドは動かなくなった。

「おお!巧妙なからくりだな。」

四郎が移動してベッドの足の所の床にかがみ込んで声を上げた。

「見ろ、彩斗、真鈴、ただの巧妙な寄木造りに見えた床だがベッドの足がきちんと決まった軌道で動くように細工がしてある。」
「うわ、全然気が付かなかったよ。」
「われでも実際に動かさなければ判らなかったな。
 見た目には…これは見た目では全然判らん。
 これ位の重さのベッドだと普通何人かで持ち上げて動かすだろう。
 持ち上げて動かすとこの床の細工にかみ合わなくて細工は動かない。
 そのままずらして初めてこのからくりが動くのだよ。
 今音が聞こえたが、このベッドをずらした事で何かのロックが外れたのであろうな。」
「なぜこんな手の込んだ仕掛けがしてあるのかしら…」

真鈴のつぶやきにはなちゃんが答えた。

「ゾウロク…アノヨニユク…マエニ…ショクニン…ヨンデ…ツクラセタ…ヒミツニ…カゾクダレモ…ソウタロウシカシラナイ…」
「はなちゃん、ゾウロクとはこの屋敷の主人だった男なのかな?」
「チガウ…ゾウロクハ…ソウタロウノ…テテゴ…」
「なるほど、この屋敷の最後の持ち主は大田原宗太郎と言う人だよ。
 確か今から3年前に96歳で亡くなっているよ。」
「その宗太郎の父御、つまり父親がゾウロクなんだな。」
「…ソウダ…」
「じゃあ、かなり昔にこの細工が作られていたのね…でも、なんの為に…」
「ソウタロウガ…ウマレルマエニ…ゾウロクガヒミツニ…ツクラセタ…シンダイ…カベニ…ベベヲカケル…モノガミッツアロウ…」

四郎がベッドの枕側の壁に突き出ているハンガーを掛ける木製のフックが3つ並んでいるのを指差した。

「はなちゃん、これの事かな?」

はなちゃんは真鈴の腕の中で小さく頷いた。

「ソウ…ソノマンナカノモノヲ…オシアゲロ…」

四郎が力を込めて真ん中のフックを押し上げると壁の中から微かにガタンと音が響いた。

「ソウ…ソシテリョウガワノモノヲ…ドウジニヒキサゲロ…」

四郎が両側のフックを引き下げると壁の中から更に大きな音が響いた。

「モッタママ…ヒダリニヒケ…チカラガイルゾ…」

四郎がフックを引き下げたまま壁に沿って左に引っ張ると重々しい音を立てて壁の装飾と思われていた彫刻を施した部分が横にスライドし始めた。

「…何このダンジョン!」

真鈴が声を上げた。
四郎がフックを完全にずらすと幅1メートル高さ1・5メートルほどの通路が口を開きその奥には闇が広がっていた。

「はなちゃん、これはなんだ?」

四郎がはなちゃんに振り返り尋ねた。

「ゾウロクガ…ヤネウラニモ…チカニモ…ソトニモデラレルヨウニ…ツクラセタ…
 イチゾウノ…メンドウヲミル…タメニ」
「イチゾウ?」
「アノ…ケダモノニナッタ…オトコ…シロウタチガ…タイジシタデアロウ…」

「…あの地下の狼人の事かな?」
「ソウダ…イチゾウハ…ゾウロクノ…テテゴ…ソウタロウノジジサマダ…」

はなちゃんの言葉に俺達は絶句した。
はなちゃんがたどたどしく話した事を要約すると、大田原宗太郎の父親である大田原蔵六、その父で宗太郎の祖父である大田原市蔵にまで話は遡る。

もともとこの地域には家康が江戸幕府を開いたかなり前から歳古りた大きな狼がいて時折里に下りてきて人々を襲うと言う事があった。
大神塚と祠はその江戸時代前に高名な僧侶が狼を封じ込めるために作らせたものでその土地を有していた大田原家で守り祀り続けていたらしい。
塚と祠のおかげか大きな狼の出現は減り伝説となり、いつしか夜に囲炉裏の周りに集まった人たちの間での恐ろし話となった。

市蔵がまだ若く嫁を取ってすぐの頃、この辺りで古の伝説を彷彿させるような惨殺事件、大きな狼の目撃情報などが相次いだ。
当時の警察は巡査が華奢なサーベルを腰に下げている程度の貧弱な武装で、市蔵達が山狩りをして大きな狼を討伐してくれと言う陳情をしたが尻ごみをしてしまった。
業を煮やした市蔵は仲間の青年を集め、手に手に日本刀や槍、火縄銃を持ち出して松明を掲げて大掛かりな山狩りを行った。

数グループに分かれて山を捜索している時に市蔵のグループ、6人の若者がいたが、突然大きな狼の襲撃を受けた。
市蔵達は日本刀や槍で応戦して奮戦したが一人二人とオオカミの牙に倒れ、ついに手傷を追った市蔵だけがかろうじて立っているだけになった。
狼もその体に数本の槍が突き刺さり、特に背中から心臓に向かって日本刀が深く突き刺っていてその動きは鈍くなっていた。
狼が市蔵の喉元めがけて飛び掛かった時に市蔵が突き出した日本刀も狼の胸深く突き刺さった。
市蔵は尚も牙をカチカチと鳴らして市蔵に噛みつこうとした狼の鼻先に噛みついた。
騒ぎを聞きつけた他の討伐グループが駆け付けた時には、息絶えた討伐グループの死骸が幾つも転がり、そのそばの大きな灰の山に半ば埋もれた瀕死の市蔵を見つけた。
市蔵は命を取り留め、残虐な殺人事件と大きな狼の目撃情報も途絶えた。
地域は平穏を取り戻し、市蔵が狼を退治したという主張は信じられた。
市蔵は狼を退治した時に狼の鼻を自分が食いちぎった事を自慢気に語った。

四郎の考えではその時に市蔵と狼人との体液交換が行われたと言う事だ。

やがて、市蔵に変化が現れた。
市蔵は突然気が荒くなり家族や周りの者に暴力を振るうようになった。
しばしば夜になると家を出て朝方まで戻らず、戻った時には泥だらけで口や衣服に血が付いていた事も有った。
市蔵の家族や妻はそんな市蔵を心配したが、大地主の名主のせがれで狼退治の立役者と言う事も有って家族たちは市蔵の秘密を守った。
だが、ある日ついに市蔵が妻の前で変化してしまった。
市蔵は悲鳴を上げる若妻を押し倒し、犯した。
事が終わる時には異変を感じた家族たちが駆け付け、変化した市蔵と倒れている若妻を発見した。
狼人となった市蔵はその邪悪な姿のまま家を飛び出し山に入っていった。
その後、市蔵を見た者はいなかったが、時々山の方から狼の遠吠えが聞こえるようになった。
皮肉な事にその時に若妻は身ごもり、生まれたのが蔵六だった。
蔵六の生まれた経緯と市蔵の事は一族全員の秘密となった。


はなちゃんは家を飛び出して行く当てを無くし、山を放浪する市蔵を見ていた。
蔵六は普通の人間として生まれ、跡取り息子として立派に成長しつつあるが父親である市蔵の事を家族はあまり語らず、ある日急に出奔して行方不明だとだけ蔵六に教えた。

市蔵は山にこもり、野生のシカやウサギ時には熊を襲い殺して食べる生活を続けていた。
誰とも話さず人目を恐れ、山の小さな洞穴を寝床にして市蔵は二度と帰れない家の事を思い孤独に暮らしていた。
強い雨が降る日に膝を抱えて座り、洞穴から外の景色をじっと見ていた市蔵の目からは涙が零れ、人間の声を失いつつある喉から苦悶の声を絞り出してひとり泣いていた。

母も早くに亡くなり、兄弟もいなかった蔵六は恵まれた生活だったが孤独を愛するようになり、よく山を独り歩きをする子供になった。
蔵六がひとり山歩きをする頃、ある秋の日、市蔵が蔵六の前に姿を現した。
市蔵は蔵六が自分の息子である事を匂いで判っていた。
藪の中から蔵六の姿を見て、市蔵は逡巡した末に蔵六の前に姿を現したのだ。
かろうじて人間の姿をした市蔵と蔵六は森の中でお互いを見た。
なぜ、市蔵が蔵六の前に姿を現したのか。
それはおそらく孤独な一人息子を不憫に思ったのかも知れない。
或いは孤独に山の中で一人暮らす市蔵は蔵六に家族の温かさや慰めを求めたのかも知れない。
蔵六は市蔵を見つめ、直ぐに目の前の奇怪な姿をした者が自分の父親だと悟った。
蔵六はおずおずと市蔵に手を差し出した。
市蔵は躊躇いながらも蔵六の手を握り、その手に頬を摺り寄せ涙を流した。
二人は互いの身体にしがみつき、泣いた。
それ以来、蔵六が山歩きをしている頃を見計らい市蔵は初めの頃はかろうじて人間の姿で姿を現していた。
しかし、山で野生の動物を捕食して野宿をしていた生活の為なのか市蔵は人間の姿を取る事が難しくなり言葉を発する事も困難になっていった。
人間でも狼でもないおぞましい姿に変容してゆく市蔵だが、蔵六はこの世にたった一人の父親がひもじい思いをしないように出会った時に渡せるようにと、山歩きをする時には常に大きな握り飯を懐に入れて持ち歩くようになった。
殆ど人間の言葉を話せなくなり人間の姿も保てなくなり巨大な狼の姿となった狼人の父親と蔵六は時折あの大神塚のそばであっていて、蔵六が差し出した握り飯を旨そうに食べると蔵六の顔に鼻先を擦り付け、優しく蔵六の顔をなめて山に帰っていった。
時代が進み、蔵六はその莫大な資産をつぎ込んでこの屋敷を作り、狼人となった父の面倒を見られるように、この秘密の通路を作ったと言う事だ。

この秘密の通路は蔵六の息子の宗太郎だけしか知らない。
地下の頑丈な扉は、一度狼人になった市蔵に破られそうになったので宗太郎が職人に作らせたそうだ。
市蔵はますます人間としての理性を無くして行った。
蔵六の死後、市蔵は宗太郎が自分の孫である事も判らなくなってしまったが、宗太郎は市蔵を隠し守り続けていた。
はなちゃんは何度か市蔵と話す事があったが、時間を経るごとについには全く意思の疎通が出来なくなったそうだ。
しかしいくら宗太郎が秘密を守っていても何度か狼人の市蔵の姿を見られたり、敷地の外れでとても普通ではない動物の惨殺された遺骸を見つけられたり狼の遠吠えのような声を聞かれたりして宗太郎の親族達はこの地を恐れるようになった。
宗太郎の死後、親族達が早くこの地を手放したいと破格の値段で売りに出していた理由が判った。

「…はなちゃんは…それを全部見たの?」
「ワラワハ…スウヒャクネン…コノチニイタ…オオタワラノイエヲ…ミマモッテイタ…ゼンブミタ…ゼンブ…ミタクナイモノ…モ…ゼンブ…」
「…われらは悲しい悪鬼を殺してしまったようだな…」

四郎が呟くとはなちゃんはゆっくりとかぶりを振った。

「シロウ…ソレハチガウ…イチゾウハドンドン…ヒトノココロヲナクシテユキ…ワラワタチ…シリョウノコトサエ…クオウト…シタシジッサイニ…クワレタモノモイタ…ワラワモナントカイチゾウヲ…アノヘヤカラデヌヨウニ…フウジテイタガ…ゲンカイニナリソウダッタ…イチゾウハコドクデ…サミシク…アレテイッタ…カンシャ…シテイル。」




続く
第20話



黙り込み俯いた俺達にはなちゃんは続けて言った。

「イチゾウ…シヌコトデ…ヤットヤスラギヲ…エタト…ワラワハ…オモウ…ミライエイゴウ…コドクニイキツヅケルヨリハ…」
「…市蔵さんに黙禱しようよ。」

俺が言うと真鈴も四郎も頷いてこうべを垂れた。
3人でしばらく黙祷をした。
俺もこうべを垂れて市蔵さんの冥福を祈りながら、死なずにずっと生き続けると言う事はどういう気分なのだろうか?と考えた。
俺や真鈴は年老いていつか必ず死ぬ。
しかし、歳をとらず永遠に生き続ける四郎はどう思っているのだろうか?
不老不死…共に生きた人達が年老いて亡くなって行くのを自分は変わりない姿で見送り続ける。
それは実は残酷な刑罰なのかも知れない。

やがて四郎は顔を上げた。

「この中に入って見よう。」

四郎が身を屈めて闇の空間に入り左右の壁を手探りしてスイッチを入れると裸電球が中で幾つか灯った。
3人で中に入るとそこは幅2メートルほどの廊下になっていて左右の端に屋根裏に上がる階段と1階に降りる階段があった。
四郎が廊下の壁に扉を見つけ横に開いた。
俺達はその中を覗き込んで息を吞んだ。

「なんと…」

四郎が呟いた。
扉の向こうは日本刀や槍、拳銃や小銃まで置いてあるちょっとした武器庫だった。

「たぶん、市蔵さんが手に負えなくなった時にこれで…」

真鈴が壁にかかっている拵えが立派な日本刀の埃を指で払いながら言った。

「うむ、あるいは市蔵の存在を知った人間達が押し寄せた時に戦うために用意してあったのかも知れんな…市蔵を逃がすために押し寄せた人間達と戦うために…一人で使うには武器が多すぎるのもそれなら納得できる。
…もしかしたら他の悪鬼がやって来た時の為か…」

俺たち3人は小部屋に並んだ武器を見つめた。

「ここはあとで念入りに調べよう。
 この槍などは穂先が錆びているが、中には幾つか使えそうなものがあるかも知れん。」

階段を上ると大きな扉があった。
恐らく屋根裏に出るための物だろう。
俺達は1階まで階段を下りて、地下に降りる階段と外に出るための扉を見つけた。
錆びついて重くなった扉を引き開けると、屋敷の裏庭に通じる場所に出た。
振り返ると扉の外側は外壁と同じ素材で、扉を閉めるとよほど注意して見てもそこに出入口がある事は判らなかった。
中に入り扉を閉め、階段を下りた。
降りた先には3畳ほどの空間があり、更に扉が一枚あった。


「これは…われが思ったよりもずっと城塞のような造りになっているな。」

四郎が壁をコンコンと指で叩きながら呟いた。

その後俺達はソファで寛いでいる死霊達(もちろん四郎にしか見えないが)にどいてもらい家具を移動するとやはりよく見ないと判らないが隠し扉を見つけ、はなちゃんに開け方を訊いて明かりとりの窓の下のハンガーを掛ける木のフックを動かして開けた。
思った通りあの武器庫がある廊下に通じる階段が姿を現した。
地下の棚を動かすと壁に狼人の市蔵が充分に横になれるスペースがあり、その奥に扉があった。
この扉は特に仕掛けも無く、ただ、異常に重い引き戸になっていた。
市蔵でも開けられるようにしてあるのだろう。

探索を終わり、隠し武器庫の中から3振りの日本刀、旧日本軍の物と思われる小銃と拳銃を一丁づつを持ってダイニングに戻って来た。
四郎が調べると日本刀のうち2振りは錆が浮いていて研がなければ使い物にならないが残りの1振りは見事な作りで刃の状態も拵えも良かった。

「この錆びた2振りは大量生産された粗悪な物だが、この使える1振りは見事な出来だな。
 われが持っている物と遜色ないぞ。」

次に四郎が小銃を手に取った。

「これは…どう動かすのだろうか…彩斗は判るかな?」
「四郎、これはこの前言ったように弾丸火薬パーカッションキャップが一緒になった物を使える銃だよ。」

子供の頃モデルガンをいじっていた俺は小銃を手に取りボルトを操作して装填口を開けた。

「ほら、ここから、この弾を入れてこのボルトを前進させて撃つんだよ。」

俺は銃の刻印を見ると菊の紋章があり、その下に『九九式』と打たれていた。

「これは戦争中の日本軍の銃だね。
 俺の記憶に間違いが無ければここに5発まで弾が入るよ。
 1発撃つごとにこのボルトを動かせば続けて撃てるんだ。」
「ほぉ、これは便利だな。
 この弾も威力が高そうだ。
 あとはちゃんと撃てるかどうかだな。」
「油紙が被せてあったし見た所錆びも浮いてないしボルトの動きもスムーズだった恐らく問題無く動くと思うよ。」

四郎は九九式小銃の弾を摘まみ上げた。

「これを入れるだけで撃てるのか…凄いな。」

そして拳銃、これは南部十四年式と言う日本軍の拳銃に似ているが少し小振りに作られていた。
四郎に拳銃の使い方を教えるとまたもや感心した声を上げた。

「どうやら昭和の戦前か戦争が始まってすぐ位の時に小銃や拳銃を揃えたみたいだね。
 日本刀も四郎が言っていた大量生産の粗悪品と言うのは話に聞いた事があるけど、昭和軍刀と言う日本軍が大量生産した物みたいだし…だけど、他の日本刀や槍とか、もっと前から買い揃えていたのかもね。」
「彩斗、日本の民間人がこういう物を買いそろえるのは違法だと言ってなかったか?」
「うん、戦争前後位までは違法じゃなかったよ。
 お金があれば買えたようだね。」
「なるほど…しかし、武器が少し多すぎるような気がするのだが…時間が経って使えなくなった物はあるが、これを揃えた当時なら10人位が充分に武装できる量の武器だぞ。」
「私達って…凄く運が良いのかな?」

真鈴が呟いた。
俺も一瞬そう思ったが、なにか少し割り切れないものを感じた。
俺の気持ちを代弁するように四郎が口を開いた。

「うむ、運が良いな、というか、運が良すぎるとわれは思うのだが…どこかの誰かが…まぁ、突拍子もない話だが、われらが戦うためのお膳立てをしてくれているように思えてしまう。
 …どこかの誰か、或いは誰か達がな。」

真鈴が怪訝そうに言った。

「だけど、かなり昔にこの屋敷は作られているし、その時代にこんな洋風な屋敷を作ってしかも隠し部屋とかあって、それにあの武器だって買い揃えるのはかなりの出費だと思うわよ。
 誰かが未来にこうなる事を予想して私達に武器や屋敷を準備していたって事なの?」
「それは恐らく先代の蔵六の時には今よりかなり広い土地を持っていたそうなんだよね… たぶん土地を売ったお金で…あ、ちょっと待って。」

俺は2階の部屋からパソコンを持ってきて開いた。

「ここさ、一応周りの土地の状況とかを調べるのに敷地の周りの土地も調べたんだよ。」

俺は死霊屋敷の周りの土地登記の図面を呼び出した。

「これなんだけど、もともとは蔵六が持っていた土地はもっともっと広かったんだよ。
 30万坪はくだらないくらいの広さだったんだ。
 それが大正後期、大正11年にかなりの土地を売り払っている、と言っても8万坪くらいだけどね。」

はなちゃんが突然話し出した。

「イコクノ…モノガキタ…ヨニンノイコクノモノガ…ヤッテキテ…ハカクノネデゾウロクカラ…トチヲカッタノダ」
「はなちゃん、それ本当?」

尋ねる真鈴に顔を向けたはなちゃんが頷いた。

「ソシテ…スゴイタカネデ…ゾウロクカラトチヲカッタ」
「へぇ〜そうなんだ。
 だけど、なぜ外国人が買ったのだろう?
 後で法務局のページで調べてみるよ。」
「はなちゃん、教えてくれて有難いぞ。」

四郎が礼を言うとはなちゃんが四郎の方に顔を向けた。

「シロウ…イコクノモノノ…フタリハ…シロウトオナジ…」
「え?」
「え?」
「え?」
「シロウト…オナジ…シロウタチガ…イウ…アッキダッタゾ…」

新たな謎が俺達の前に姿を現した。

「ワラワハ…ヒトノトリヒキナド…キョウミガナイ…ノデ…ハナシヲゼンブ…キイテイナカッタ…ガ…イコクノアッキハ…ゾウロクトイチゾウノ…コトモ…シッテオッタナ…イチゾウヲ…タスケテヤリタイト…イッテオッタ」
「その為に破格の値段で蔵六から土地を買ったと言う事なのかしら?」
「ソウダ」

四郎がため息をついた。

「やれやれ、まるでジョスホールのベクターではないか。」
「え?四郎何の事?ジョスホールって四郎の金貨を買い取ってくれた会社でしょ?」
「おや、真鈴は聞いていないのか?
 カナダのジョスホールと言う会社のベクターと言うカナダ人が悪鬼だったと、そして、われに質の悪い悪鬼との戦いの準備を支援すると言ったのだ。」

真鈴が鬼の形相で俺を見た。
真鈴の両手に力が入りはなちゃんの手足が変な方向に曲がった。

「イタイイタイ…マリン…イジメル…オニ…」

真鈴が慌てて手の力を抜いた。

「ごめんね〜!はなちゃんごめんね〜!彩斗の奴が大事な事を私に言わなかったからつい、ごめんね〜!」
「サイトノセイカ…コノ…ゲボクガァ!…」

真鈴がはなちゃんの手足を撫でながら謝り、はなちゃんは俺に顔を向けて怒鳴った。

「ひぃ!いや、俺は言おうとしたんだよ真鈴に言おうとしたら午後の教授の話が始まってチーズケーキが柔らかくなって四郎が返って来て家族連れと金貨がそれでお祝いって二人で飛び跳ねてそんで397人と半分この…俺は言おうとしたんだけど…ごめんなさい。」
「まぁまぁ、彩斗がおっちょこちょいで子供の頃に馬に蹴られたか木から落ちたかどこかに酷く頭をぶつけたかどうか知らんがおつむがどこか少し欠けてしまって脳の具合があまり良くないのは今の説明を聞いても判るだろう。
 これはしょうがないと思うしかないな。
 真鈴われが彩斗の代わりに説明してやろう。
 彩斗、コーヒーを淹れろ。」
「かしこまりました。」

四郎はどさくさ紛れに俺の事を物凄くディスッタ感じがしたが、俺の気持ちなどお構いなしに探偵事務所での事を真鈴に説明した。
俺がコーヒーを淹れている間に四郎の説明を聞いて真鈴は納得した。
ベクターも四郎と同じ側に立つ悪鬼だと説明されて真鈴は安心したようだ。

「ふぅん、なんか、蔵六の土地売買と四郎の金貨の買取と似たような匂いを感じるわね〜」
「まぁ、今回の事は偶然だとは思うが…彩斗、この屋敷の販売を彩斗に持ちかけたのは誰だ?」
「それは、宝くじを当ててから収益物件を買い始めた頃に知り合った人だよ。
 俺みたいに収益物件を買って家賃収入で暮らしているんだ。」
「いつ頃知り合ったのだ。」
「今年になってからだよ。」
「ふぅん、まぁ、普通に知り合った感じね。」
「そうだよ、まぁ、趣味が同じだったこともあって飲み会で意気投合したしね。」
「趣味?」
「オカルトさ、真鈴とかと同じでその人もオカルトにはまっていてネットでまがい物を掴まされたってお互いに愚痴をこぼしあって酒を飲んだりしたよ。」
「まぁ、趣味が同じで仲良くなると言う事はざらにある事だしね〜。」
「おお、こんな時間だ。この話とあの武器庫は明日、もう少し調べる事にしよう。
 屋根裏でナイフの訓練をするぞ。」

その後俺達は昨日と同じくナイフ戦闘の訓練をした。
真鈴は椅子を持ってきてはなちゃんを座らせて見物させた。



続く


第21話



屋根裏で四郎が作った紙の棒を持った俺と真鈴は少し重心を落とし、手を前に突き出した四郎に向かって紙の棒で攻撃する訓練を始めた。

「今日は少し相手の急所と言う物を考えに入れて攻撃して見ろ。
 人間も悪鬼も基本的に急所の位置は同じだ。
 主に体の中心線にある。
 喉の動脈、心臓、深くさせるなら腹の肝臓がある部分、そこを狙って見ろ。
 相手の戦闘力を落とす為に手足を狙うならば手首足首を切って大出血を起こさせるのも一つの方法だな。」

俺達が四郎に向けて紙の棒を突き出し切り払ったが四郎はひょいひょいと躱し、また昨日のような無様なダンスを踊らされた。

「いいか、ナイフで攻撃する時はバランスを崩さないように下半身をしっかり保つのだ。
 一撃して体勢が崩れたらたとえ相手に傷を負わせても捕まってずたずたに引き裂かれるぞ!
 攻撃を加える事と体勢を崩さずに引いて次の攻撃の準備をすることは非常に重要だぞ!
 踏み込み、ステップに気を付けろ!
 それと、彩斗も真鈴も視線が見え見えだ!
 それだと相手にどこを攻撃する気か簡単に悟られる!
 視線をぼやかせて相手の全体を見るのだ!」

俺と真鈴で数分づつ交代しながら四郎を攻撃する。
やがて足ががくがく痙攣しそうになってきた。

「ひい〜、四郎全然当たらないよ〜!」

遂に真鈴が膝をついた。

「もうおしまいか、やれやれ、初歩のナイフ戦闘の訓練だぞ、だらしないな。」

俺達と違って息一つ切らせていない四郎がぼやいた。

「何なら二人でかかって来るか?
 コンビネーションの訓練も必要だからな。
 ここで復習だが、ナイフ戦闘で重要な事は何だったかな?」
「自分や仲間を切らない事。」

俺が答え真鈴が頷いた。

「そう、その通りだ。
 しかし、今既に彩斗は2回、真鈴は3回自分の体にナイフの刃を当てていたな。
 持っているのが子猫ちゃんや小雀ちゃんナイフだったらかなり血が出たぞ。
 紙の棒でも気を抜くな。」
「…」
「…」
「コンビネーションを組んで敵を攻撃する時は同士討ちに要注意だ。
 一見有利に思えるが単独での戦闘の数倍注意が必要なのだ。
 そこに気を付けて尚且つビビらずに襲って来い。」

俺と真鈴は紙の棒を手に四郎の前に立った。
そして、四郎の周りを回りながら四郎の前後を挟むような位置取りをした。

「ほう、君らの頭蓋骨の中には少しは脳みそと言う物があるらしいな。」

四郎が笑顔で俺達を挑発した。
四郎の後方にいた真鈴が攻撃を掛けた瞬間に合わせて俺も四郎に攻撃を掛けた。
四郎がひょいと動いた瞬間、四郎の体が視界から消え失せて直ぐ目の前に真鈴の体が広がった。

「あ…」
「え…」

俺の手には真鈴の胸に紙の棒が当たった感触がした。
次の瞬間四郎が真鈴のすぐ後ろに立っていた。
振り向きざまに四郎を攻撃する真鈴の紙の棒は俺の横面を引っぱたいた。

「残念だな〜。
 実戦だったら2人とも同士討ちだな。」

四郎がへらへらと笑った。

「集団で攻撃を掛けてくる時、経験を積んだ者は逆に相手を同士討ちさせる罠を仕掛ける物だ。
 君らは見事に罠にかかったな。
 さあ、もう一度、どちらかが少しでもその棒でわれの体に触れたら訓練終了だぞ。」

俺と真鈴は必死になって四郎を追いかけ攻撃を続けた、がついに一度も四郎の体に当てる事は出来なかった。
とうとう俺と真鈴は膝をついて息を荒くして動けなくなった。

「今日はこのあたりにしようか。
 まぁ、まだまだであるな。
 だが、訓練を続ければ悪鬼はともかく人間相手なら少しは戦えるようにはなるだろう。」
「四郎、俺達この訓練を続けても悪鬼を倒すことは無理なのかな?」
「彩斗、真鈴もそうだが、一対一で正面からの戦闘で悪鬼、特に歳が古りた悪鬼を仕留めるのは絶望的だと思った方が良いな。」
「え〜!そうなの〜?
 でも、私達でも必死に訓練すれば…」
「うむ、そう考えたい気持ちは判るがな、一つ例えをしようか。
 全然歳をとらず体も衰えない頭もはっきりしている存在が100年間訓練と実戦を続けたらどうなるかな?」
「それは…無敵の存在に…なると思うな…」
「そうだろうな、彩斗の言う通りだろう。
 しかも、人間と違い、傷を負ってもすぐ復元する、動きの速さも、持久力も、力の強さも、動きの正確さも、姿を人間のままだとしてもわれのように普通の人間より数段上だ。
 本来の姿になった時は更に強くなるぞ。
 500年以上生きてきたポール様などは瞬間にその場から消え失せたと勘違いするほどの速さでポジションを変える事が出来た。
 とてもわれでは太刀打ちできないな。
 われらがどのくらい歳が古りた相手なのか気にする所はそれなのだよ。
 生きた年月がそのまま経験と技術になるからな。
 そして加齢による衰えは無い。
 ただ強くなるだけだ。」
「じゃあ、歳が古りた悪鬼が変化したら絶対に勝てないと言う訳じゃないの。」

真鈴が深いため息をついた。

「まぁ、真鈴、慌てるな、一対一では無理だろうが市蔵は武装した6人で何とか人狼を退治したぞ、まぁ、5人は倒されたが、しかしそれもかなり歳が古りた奴を倒しているな。
 市蔵が見つかった時大きな灰の山に半ば埋もれていたとはなちゃんが言っていただろう。
 恐らく100年以上生きた奴だったに違いない。」
「そう言えばそうね。」
「確かに集団での攻撃だったら…」
「それに完全に変化した市蔵をわれらで倒したではないか。あの時彩斗が市蔵の腹に火掻き棒を刺し、真鈴がスタンガンで市蔵の顔を焼いた、止めを刺したのはわれであったが、君らでも不意を突けば充分に悪鬼に対抗できる可能性があると言う事だ。
 それに、悪鬼共通の弱点と言うか…ポール様のような悪鬼は別として大抵の悪鬼は人間を見下している。
 充分に武装して士気も高い大人数の集団が攻撃してくるのはともかくとして単独や少人数の人間など取るに足らない存在と思っている。
 自分達より弱い者と見ているのでどこかに油断が生じるのだ。
 今まで人間と言えば悪鬼が本性を現せば大抵悲鳴を上げて逃げるか動けなくなるか、攻撃してくると言っても恐怖があって及び腰になる人間と戦った位の経験を積んで来たからな。
 そこでわれらの強みは人間である君達と、悪鬼でいながら他の100体の悪鬼を倒した悪鬼討伐のスペシャリストで頭も切れるし武器の扱いも慣れていて料理も上手く歌を歌えば女も惚れるエッチの回数など忘れるくらい致したと言うわれとの混成チームを組んでいると言う事なのだ。」
「…四郎…」
「…四郎…」
「あははは、冗談はさておきチームそれぞれに個性と言うか長所がある。
 その長所を生かして戦えば大抵の悪鬼は退治できるぞ、そこは安心して訓練を続けて汗と血を流す事だな。
 さて、風呂で汗を流して暖炉前に集合、コーヒーとお菓子で寛ぐことにしよう。」
「ああ!私、1階のジャグジーに入りたい!」

真鈴が手を上げて叫んだ。

「ええ!われは今日も入ろうと思ったのだが…」
「俺も入りたいなって…」
「じゃんけんよ!じゃんけんで勝った者が入れることにします!」

真鈴が高らかに宣言をした。

「じゃんけん…?」

四郎はじゃんけんを知らなかった。

「四郎がいた下総ではまだ伝わっていなかったかな?」
「四郎、アメリカでロックペーパーシザースっていうのを聞いた事無い?」
「うむ、聞いた覚えは…無いな」

俺と真鈴は四郎にじゃんけんのやり方を教えて3人でジャグジー使用者決定戦をした。
そして俺と真鈴がグー四郎がチョキを出した。

「ぬぉおおお!」

顔を手で押さえて悔しがる四郎を横目に俺と真鈴が勝負をした。
俺がチョキ真鈴がグーを出して勝負が決した。

そして風呂上り、俺達は暖炉の前でコーヒーとお菓子で寛いだ。
真鈴の隣にははなちゃんがちょこんと座っていた。
ジャグジーに浸かってすっかり体の疲れを癒した真鈴がはなちゃんを抱いて頭を撫でながら四郎に尋ねた。

「ところで四郎、ユキちゃんに返事をした?」
「おお…すっかり…忘れていたな。」
「ふざけんなよ!このぼけぇえええええ!」

真鈴がはなちゃんの足を掴んで思い切り四郎の顔に叩きつけた。

「イタイイタイイタイ!…マリン…アッキノショギョウ!…」
「ああ!ごめんねはなちゃん!」

真鈴は、はなちゃんに謝りながらもはなちゃんをソファに投げ捨てて四郎の胸ぐらを掴んで思い切りびんたを食らわせた。

「な、な、な、」

俺は真鈴の反応にドン引きして動けなくなり、四郎も真鈴の勢いに押されて恐怖の表情を浮かべて固まってしまった。

「おい!四郎!あのlineを見て判らねえのかよ!
 ユキちゃんがどんな気持ちでメール送ったと思ってんだよ!
 女子があんな、他人が読んだら顔を赤らめるようなメールを思い切って送ってるんだぞ!
 それをお前は、それをお前は既読スルーを!ぐぅ、ぐうううう!
 女子からの…既読…スルー…ぐうぅううう〜!」

四郎の胸ぐらを掴んだまま真鈴は肩を震わせて嗚咽した。

「判った真鈴!
 われが悪かった!
 ユキちゃんには悪い事をした!
 許してくれ!」
「そんならすぐに返事を打てぇええええ!」

真鈴は四郎を突き飛ばしソファに座りなおしてはなちゃんを抱きしめて小声で謝りながらはなちゃんの頭を撫でた。
きっと真鈴は過去に好きな人にlineを送って華麗に既読スルーされて思い切り振られたのではないかと思ったけど、それを口にすると無茶苦茶にぶん殴られて血まみれになってピクリとも動けなくなった俺を火が燃え盛る暖炉に放り込まれるのは確実なので黙っている事にした。

「な、彩斗、不意を突けば悪鬼とでも戦えるんだぞ。」

見る見る顔の赤いあざが消えつつある四郎が俺に言った。

「真鈴、われが悪かった。
 遅ればせながらユキちゃんに返事を打とうと思う。
 アドバイスをしてくれるかな?」
「判れば良いんだよ。
 四郎、スマホを出しな。」

その後、真鈴は四郎のスマホを覗き込みああだこうだと言いながらなんとか返事を打って送信した。
四郎は脱力してソファに背を持たれた。

「ふう、彩斗と真鈴に訓練するより疲れてしまったぞ。」
「四郎、女子と付き合うのは非常な労力を使う物なのよ。
 それが判らずに好き勝手言う男がモテない恋人が出来ないと愚痴るんだよ。」

真鈴の一言で俺の心臓が止まった…まぁ、すぐに動き出したけど。

「近頃はそういう物なのだな〜」

四郎が答えた瞬間にスマホが鳴った。
スマホを見た四郎が真鈴を見た。

「ユキちゃんから…またlineが入っておるぞ…」

真鈴がコーヒーを飲みながらため息をつきビスケットを齧った。

「今日は日曜日でお店がお休みなんだね…ユキちゃんが気が済むまでお相手してあげな。」
「え〜、これからポール様の日記を読んだりと色々と用事があるのだが…」

真鈴がきっと四郎を睨んだが頭を振ってため息をついた。

「やれやれ、しょうがないね。
 ユキちゃんも大事だけど、四郎がポールさんの日記研究をするのも私達の命に係わる事だからね〜ほらスマホをよこしなよ。
 私が代わりにユキちゃんの相手をしてやるよ。」
「それは助かるな、すまんが頼むぞ。」
「その代わり四郎、私が返事している事は首を撥ねられてもユキちゃんに言っちゃ駄目だよ、そんな事を知ったらあの子自殺するかもよ。」
「うん、絶対に言わないぞ。」
「それと、四郎、私が相手を終わったらスマホのlineを読み返して会話の内容は全部暗記するんだよ。
 実際にあった時にぼろを出したら許さないからね。
 彩斗、コーヒーが無いよ。
 お代り。」
「かしこまりました。」

俺はこのような状態の時すっかり下僕の返事をするようになってしまった事を嘆きながらキッチンにコーヒーを淹れに行った。





続く

第22話



俺が新しく淹れたコーヒーを飲みながら真鈴はユキちゃんとlineのやり取りをし、四郎はポールさんがアメリカ大陸に仲間と上陸した時の頃の日記を呼んでいた。
俺はパソコンでこの屋敷周辺の古地図などを調べて蔵六が所有していた土地の変遷を調べていた。

確かに大正11年の12月に蔵六と親族が所有する土地に隣接する広大な土地、およそ8万坪の土地の所有権が横浜に存在した商会に移転している事が判った。
ただ、所有権を移転したのちに特に何を建てるでもなくほったらかしの状態だ。
そして、木戸商会を調べると明治初期の横浜にアメリカやフランス、カナダなどの資産家達からの出資を受けて横浜在住の日本人、木戸吉亮(きど よしすけ)が設立した物と判った。
木戸商会は海外との輸出入を行い、そこそこに儲かっていたらしいが太平洋戦争も終わり、これから本格的に商売再開と意気込んでいた筈の昭和22年に解散している。

現在の登記簿を調べると木戸商会解散の時、蔵六から購入した8万坪の土地は岩井テレサと言う日本の姓と外国の名を持つ女性の所有になっている事が判った。
俺は興味を持ち、岩井テレサで検索をしようとした時にポールさんの日記を読んでいた四郎と、スマホでユキちゃんとの会話を続けていた真鈴が同時に声を上げた。

「ふわぁ〜終わった終わった!
 やっとユキちゃんがお休みなさいってさ〜!」
「ポール様はここまで考えていたのか!
 そして仲間も!」
「真鈴、お疲れ〜。」
「四郎、どうしたの?」

四郎と真鈴が同時に話し出したのでまぁまぁと俺は制した。

「うむ、じゃあ真鈴から話してみるが良いぞ。」

四郎が言い、真鈴はスマホをソファに置いた。

「今ユキちゃんとlineでやり取りしてたけど、かなり四郎にぞっこんみたいだよ。
 結構やり取りしたから四郎覚えておくんだよ。
 次に会った時にぼろを出しちゃ駄目だよ。」
「うむ、判った。
 真鈴ありがとう。
 さて、今ポール様がシュプクト、これは前にも言ったがポール様が仲間とアメリカ大陸に上陸したところだが、フランスで質が悪く組織化した悪鬼の集団との抗争で大陸に逃れたポール様とその仲間たちも質の悪い悪鬼を討伐するための強力な組織造りを進めていたようなのだ。
 ヨーロッパで勢力を延ばしつつある悪鬼の集団に対抗するべく仲間の中から数人が世界の各地に赴き、実力が有るポール様はもっと南に拠点を作るべくルイジアナにやって来たそうだ。
 残った仲間はシュプクトで組織を充実させ、ゆくゆくはポール様が築いたルイジアナの拠点や他の仲間が築いた拠点に更に仲間を派遣して組織を拡大させる予定だったようだな。
 この頃から悪鬼同士の抗争が世界に拡がっていたようだ。
 当時のわれはそんな話は聞いておらなんだが…」

四郎は微かに悔しそうな表情になった。

「われはまだ実力不足だったのか、ポール様の仲間と思われなかったのかも知れんな…」
「四郎、落ち込まないでよ。
 ポールさんも色々考える事があったのかも知れないしさ。」
「そうだよ四郎、ポールさんの仲間も拠点造りで色々忙しかったのかも知れないしね。
 それに四郎の棺にその日記を入れたと言う事はいつか四郎に手を貸して欲しいと思っていたと思うよ。」
「それもそうだな…今更考えても仕方ないか…ところで四郎の方は何か判った事は無いのか?」
「うん、蔵六の土地を買った会社が判ったよ。
 横浜にある木戸商会と言う所だけど昭和22年に解散してるようだな。
 今は岩井テレサと言う人が所有しているようだね。
 当時何歳だか判らないけど、もうかなりの歳になってると思う。        
 未だに相続とか発生していないから土地の名義は彼女のままだよ、だけど、何も活用していないんだよね。
 相当なお金持ちであの土地を売ったり貸したりして活用する必要がないかも知れないし…」
「そうか…」
「彩斗、ジョスホールと言う会社と何かつながりは無いの?」

真鈴がはなちゃんを抱きあげながら尋ねた。

「木戸商会は外国から何人かの人が出資しているけど今の所有者の岩井テレサと言う人も、もう少し調べないと判らないな。」
「そうなんだぁ。」
「さて、明日も早いぞ、そろそろ眠るか。」

四郎が立ちあがり、暖炉の火を消し始めた。
真鈴がはなちゃんを抱いて立ち上がった。

「そうね、私もそろそろ寝ようかしら。
 今日ははなちゃんと寝るんだぁ〜。」
「はなちゃんは真鈴と一緒に寝るの?」

俺が尋ねるとはなちゃんが顔を俺に向けた。

「ワラワハマリンガ…オツキノソイネヲシテモベツ二…カマワン」
「わぁ、はなちゃん段々お話し上手になって来たね!さあ、寝よ寝よ〜!」
「明日も鍋とすりこぎで叩き起こすからな〜。」

階段を上って行く真鈴の背中に四郎が声を掛けた。

「は〜い、おやすみなさ〜い。」

俺は真鈴を見送るとコーヒーとお菓子が乗ったワゴンをキッチンに押してゆく。

「彩斗もおやすみ。」
「四郎、おやすみなさい。」

俺は寝室に戻るとベッドに倒れ込んだ、昨日よりもこの屋敷になれたのか枕もとのスタンドライトを消してぐっすりと寝た。

耳元でガンガン!と鍋をすりこぎで殴る音に叩き起こされた。

「起きろ!彩斗!起きるんだぁ!」

四郎は俺が身を起こすとにやりとして部屋を出て行った。

真鈴の部屋のドアを勢い良く開ける音に続いて、何かがぶつかる音とか細い悲鳴と四郎の何とも言えない悲鳴?と言うか戸惑ったような声が聞こえてきた。
戦闘服を着ようとした俺は何事かと廊下に出ると鍋とすりこぎを持った四郎が足元を見て何とも戸惑った表情を浮かべていた。
その足元にははなちゃんがすっくと立って四郎を見上げ、何やら文句を言っていた。
俺が近づいてゆくとはなちゃんはどうやら四郎が勢い良く開けたドアに吹き飛ばされて部屋の奥まで吹き飛び壁に叩きつけられてしまい、非常に怒っているようだ。
寝ぐせなのか何なのかはなちゃんの髪はかなり乱れていた。

「シロウナニヲスル!コノウスラデカイウツケモノガァ!」
「いや…その…」
「ダマランカァ!」

四郎が弁解しようとするとはなちゃんは右手を四郎に突き出した。
その瞬間、四郎の体が後ろに吹き飛び壁に叩きつけられた。

「…うわぁ、凄い、四郎が飛ばされた…」

俺は四郎に駆け寄った。

「おお彩斗、凄い念動だ、こんなの初めてだぞ。」

四郎は壁にしたたかにぶつけた後頭部を手で押さえながら立ち上がり、はなちゃんに謝っている。

「これは失礼した。
 まさかはなちゃんがドアの前にいたとは思わなんだ。
 どうか許してくれ。」
「フン、コレカラハキヲツケロ!」

はなちゃんは腕を組んでそっぽを向いた。
この騒ぎで真鈴が目を覚ましたらしい、部屋から真鈴の声が聞こえた。

「もぅ〜、なんの騒ぎ〜?
 あ!あああ!はなちゃんが!はなちゃんが立った!はなちゃんが立った〜!」

真鈴の興奮した声でアルプスの少女ハイジで聞いた事があるような台詞が部屋から聞こえてきた。
はなちゃんは真鈴の方に向いた。

「マリン、ネゾウガワルイ!ネテルトワラワノハラニエルボー!アシモトニイドウスルトアタマニカカトオトシ!シンダイカラニゲタラ、シロウガワラワヲドアデ…コノママデハワラワノカラダガモタヌ〜!キィイイイイ〜!ナナナ、ナンテヒダァ〜!」

はなちゃんはそこまで叫ぶと廊下を走って行き、最初にはなちゃんが座っていた椅子がある部屋に駆け込むとバタン!とドアが閉まった。

「はなちゃん!ごめんね〜!はなちゃ〜ん!」

真鈴がはなちゃんの部屋に走って行き、ドア越しにはなちゃんに謝っているがドアは開かなかった。
中からはなちゃんの声が聞こえてきた。

「モウ、ワラワハマリントハソイネシナイ!コノ…アバレオンナマリン!」

真鈴はドアの前で膝をついてうなだれていた。

「ま、まぁ、真鈴、暫くはなちゃんをそっとしといてやれ…それと…早く服を着ろ、朝の散歩だぞ。」

そう、真鈴はノーブラで薄いTシャツにパンティだけの姿でいたのだ。

「うん…そうだね…ちょっと待ってて…」

真鈴がゆっくり立ち上がり、のろのろした足取りで頭を垂れ猫背でお尻をぼりぼり掻きながら部屋に戻って行くのを見送った四郎と俺は顔を見合わせてため息をついた。
物凄くエロっぽい姿だが、中年か初老の生活にくたびれ切った女性のようなオーラを振りまいている真鈴の姿に俺は全然色気を感じなかった。

「…彩斗も急げよ。」

俺も自分の部屋に戻り朝の散歩の準備をした。






続く


第23話



俺が玄関ホールに行くと四郎が立っていて、昨日午前のハイキングで背負ったリュックがテーブルに置いてあり、嫌な予感がした。

「おはよう!四郎!」

俺はテーブルの上のリュックを横目で見ながら四郎に挨拶した。

「おはよう!彩斗!
 トイレは済ませたな!
 腕時計を預かるぞ!
 コップの水をゆっくり飲め!
 ちょっと真鈴を待つぞ!
 ん?これが気になるか?」

四郎がリュックを指差して邪悪な笑みを浮かべた。

「今日は少し暑くなりそうだから水を用意しておいたぞ!
 なに、お礼は要らんぞ!」
「はぁ…ところで四郎、さっきはなちゃんに思い切り壁まで吹き飛ばされなかった?
 死霊は力が弱いとか言っていたけど…」
「うむ、それなんだが、昔ポール様が死霊でも何か実体のあるものに乗り移ると日本で言う依り代(よりしろ)のような物だが、とにかく実体にとりついた時は物凄い念動力を発するものも中には存在すると言っていたな。
 その代償として死霊の時は物理的な影響は受けないが、依り代にいる時は物理的な攻撃で傷ついてしまうそうだ。
 われは今までそういう物は見た事は無いが、ポール様は先住民の死霊が依り代に憑依して山を崩して道を作るのを見たそうだ。
 最も物理的な力を使うと生命力を消費するとの事で、山を崩し道を作った死霊は強大な力を使いきってしまい、その存在が消えてしまったようだと言っていたが。
 はなちゃんは初めからオーラと言うか発する波動が只物ではない強さだったのは確かだ。
 もしかしたら物凄い力を持っているかも知れんな…われは簡単に壁に吹き飛ばされたぞ。
 それに、はなちゃんは、わらわとか言うだろう?
 かなり昔の言葉と思うし、数百年この地を見ているとも言っていたが、相当に歳を古りて物凄い霊力を持ってはいるはずだな。
 神として祀られてもおかしくない存在かも知れんぞ。
 彩斗、あの見かけに騙されるなよ。」

真鈴がうらぶれた表情で階段を下りてきた。

「お、おはよう、四郎…」
「お…おはよう!真鈴!
 トイレは済ませたな!
 腕時計を預かるぞ!
 コップの水をゆっくり飲め!
 今日は暑くなりそうだから水を入れたリュックを用意しておいたぞ!
 なに、お礼は要らん!」
「わぁ〜四郎やさしい〜」

棒読みで答える真鈴に四郎の顔が少し引きつった。

「さ、さぁ、リュックを持って裏庭でストレッチだ!
 行くぞ!」
「はい!」
「ふぁい…」

真鈴の返事は腑抜けていたが四郎は無視して元気よく玄関を出て行った。
俺も後に続き、真鈴ものろのろと後を追ってきた。
その後俺と真鈴はストレッチをして朝の散歩に出かける時に四郎が俺を手招きして耳打ちしたが、その間も真鈴は虚ろな目で景色を眺めていた。

「彩斗、真鈴があの調子だ。
 怪我をしないようにお前がきちんと見張っててやれ。
 あれ程落ち込んだ真鈴は見たこと無いからな。」
「四郎、今日は朝の散歩中止に…」
「彩斗、大怪我や重病ならば仕方ないかも知れん。
 しかし、仮に大怪我や重病の時でも悪鬼に襲撃されたら、今都合が悪いからと言えるのか?
 ましてや他の事で落ち込んでいるからと悪鬼に言えるのか?」
「…」
「いいか、これは遊びでも、ましてや仕事でもないのだ。
 生きるための命懸けの戦いなんだぞ。」
「…」
「大怪我や病気をしていているからと言っても闘わざるを得ない時も有るんだぞ。」
「判ったよ四郎。
 真鈴は俺が面倒見るよ。」
「頼むぞ彩斗。」

四郎は俺の肩を叩いた。
四郎の言う通りだ。
今までに社畜でこき使われ人間扱いされていなかった時を経験した俺だが、今俺達がやろうとしている事はブラック企業など裸足で逃げて行くような厳しい仕事を、いや、仕事以上の事をしようとしているのだ。
その厳しさを今しみじみと感じた。
だけど、その厳しさは当たり前だと思った。
しかし、辞めよう逃げ出そうと言う思いは今の俺には微塵も無かった。

あの地下にいたすっかり獣と化した市蔵が、俺の家族や友人、俺が大事だと思う人に襲い掛かったら、俺が全く知らない人でも襲い掛かったら…あれは警察では全く対処できない。
仮にあの市蔵のなれの果ての獣を倒したとしても警察にも夥しい被害者が出るだろう。
自衛隊が本気にならない限りあの怪物を倒す事は難しいと思う。
そしてこの国のほとんどすべての人はあの存在を知らずに生きている。
今、俺達は警察でも、自衛隊でも対処が難しい相手からこの国の人達を守ろうとしているんだ。

そして今の俺はかけがえが無い貴重なメンバーの真鈴を、何とか真鈴が怪我をしないで屋敷に戻ってくるように最善の事をやる。
それだけしか考えなかった。
実は今、俺は生まれて初めて『生きがい』と言う物を改めて感じたのかも知れない。

「真鈴、行くよ。」

真鈴に声をかけて歩き始めた。
四郎からのオーダーは今日も25分以内で屋敷に戻ってくる事。
昨日とは違うコースに黄色いテープが張られている。
真鈴はうつろな表情ながら、しっかりと歩いていた。
昨日とは違い俺は周りの景色の特徴を覚え、方角を頭に入れながら歩いて行った。
昨日の散歩の時と違って重いリュックを担いでいるが、それでも体が慣れてきたのか昨日ほどのきつさは感じなかった。
俺が前を歩いて少し後ろを真鈴が歩いている。
度々後ろを振り返り真鈴が付いて来ているか確認した。

「真鈴、大丈夫か?」
「…無駄なおしゃべりは禁止でしょ…」

真鈴はうつろな声で答えた。

「メンバーの安全確認は必要だよ。」

俺が言うと真鈴は黙って頷いた。

「今日は真鈴が怪我をしないように声をかけて行くよ。」
「…うん…」

俺達が黙々とコースを進んだ。
俺も真鈴も汗びっしょりになっていた。
少し真鈴の足がふらついている気がした。

「真鈴、水分補給をしようぜ。」

俺は立ち止り水筒の水を飲んだ。
真鈴が俺の隣で立ち止まり、ゆっくりと水筒を取り、水を飲んだ。
こういう時に何と言って真鈴を慰めて元気付ける事が出来るのか、俺にはさっぱり判らない。
四郎だったら何か気が利いた事を言えるのだろうが、俺にはなんて真鈴に声をかけてやれば良いのかさっぱり判らなかった。

「私…はなちゃんに酷いことしちゃった…暴れ女真鈴て言われちゃった…」
「…」
「…もう、仲良くなれなくなったかも…」

何を言えばさっぱり判らないけれど、ここは正直な俺の気持ちを言うしかないと思った。

「真鈴…真鈴は時々暴力を振るうけど…真鈴は俺や四郎よりもずっと優しい事を俺は知ってるよ。」
「…」
「真鈴が他の人、まったく知らない人でも理不尽に殺されることを何とか止めようとして俺達はこういう事を始めたんじゃないか。
 あの時の真鈴の言葉は…全部…覚えてないけど…真鈴は優しいんだよ。」
「…」
「…真鈴は優しいんだよ。」
「…」

何と言えば言葉が全然浮かばないけどここは黙ってしまうとまずいと思った。

「真鈴は実は優しいんだよ。」
「…」
「優しいんだよ…真鈴は優しい。」
「…」
「真鈴は実は…」
「彩斗、言葉がバグってるよ。
 なんか壊れちゃったロボットみたいだよ。
 ちょっとキモイね。」
「ごめん…」

真鈴がテープに沿って歩き出した。
やや速足になった様で歩きもしっかりしているようだ。
俺達はやっとテープの終わりに辿り着いた。
屋敷が見えてほっとした。

「彩斗。」
「え?」
「心配してくれてありがとう。」

そう言って真鈴は速足で屋敷に向かっていった。
暫く真鈴の後ろ姿を見ていた俺は慌てて真鈴の後を追った。

屋敷に辿り着くと真鈴が玄関ホールでスクワットをしていた。

「お帰り!彩斗!」

昨日のように四郎からどれくらいの時間で帰って来たか申告し地図に歩いてきたルートを書き込み、60回のスクワットを命じられた。
俺はスクワットをしながら横目で真鈴を窺った。
真鈴は回数を言いながらスクワットをこなしていた。

「よし!真鈴!スクワット終了!
 お客さんがいるぞ!」

玄関ホールの片隅にはなちゃんが立っていた。

「真鈴、四郎ト、ハナシタぞ、イマイチドわらわは真鈴ヲ許すコトにスル。
 わらわはイマデモ真鈴がダイスキだからな。」

真鈴はうわぁ〜!と叫んではなちゃんに駆け寄り抱き上げると頬ずりをして抱きしめた。

「はなちゃん!ごめんね〜!手足をひん曲げたり足を掴んで四郎の顔に思い切り叩きつけたりエルボーを腹にぶち込んだり頭にかかと落としを食らわせたりして、本当にごめんね〜!これからははなちゃんを大事にするよ!ごめんね〜!」

真鈴の涙と鼻水を擦り付けられてはなちゃんは嫌そうに手を上げて顔を庇おうとしているが真鈴はその手を掴んで後ろにひねって泣きながらはなちゃんに頬ずりをしていた。
気のせいかはなちゃんのつぶらなとび色の瞳が白目を剥いているように見えた。

「四郎、はなちゃんに話してくれたんだ。
 四郎は優しくて俺や真鈴の事も考えてフォローしてくれてるんだね、ありがとう」
「うむ、いや、メンバーの体調管理精神状態の管理もわれの務めだからな。
 なに…ゴホン!お礼は要らんぞ。」

四郎が少し恥ずかしそうに顔を赤くした。

「ところで彩斗。」
「なに?四郎?」
「お前、まだスクワットが19回残っているぞ。
 われと真鈴達はダイニングに行くから聞こえるように大声で回数を数えろ。」





続く


第24話



俺はやれやれと思いながら大声で回数を言いながらスクワットをした。
厳しくてきつい。
しかし、嫌々やらされているかと言えば全然そうではなかった。
あのブラック企業で社畜と呼ばれるころとは全然違った。
いったいこの気持ちは何なんだろうか?
ダイニングの開いたドア越しに真鈴がはなちゃんを抱いて何やら笑顔で話している。
四郎がそれを笑顔で見ながら朝食の配膳をしているのが見えた。

そうか、これなのかな?
と俺は思った。
俺達がしようとしている事は少し赤面する言葉で言うと『愛』と言う事だ。
人が理不尽に殺されたりすることを防ぐ、たとえ俺達に命の危険があったとしても、人を助ける。
無償の愛で人々の命を助ける。
このことに大きな意義を感じているけれど、それ以上に俺が一人の人間、それもかけがえのない大事なメンバーとして四郎や真鈴から認められているという実感。
その実感が厳しい訓練や恐ろしい体験にくじけそうな俺の心を支えてくれているのだろう。
俺達はたった3人、はなちゃんを入れれば4人と言う少人数だけどお互いを守り支える事を忘れなければ悪鬼との戦いも続けて行けるだろう。

「19〜!」
「よし!彩斗!こっちに来て朝飯だ!」

ダイニングから四郎の声が聞こえてきた。

テーブルには丸く平たいパンのような物、肉と魚と野菜がたっぷり入ったスープ、サラダが並んでいた。

「いただきます!」

俺が元気よく言うと四郎と真鈴が笑顔で俺を見た。

「彩斗、元気が良いな。」
「彩斗、このパン美味しいよ!スープもサラダも!早く食べて見なよ!」

丸く平たいパンをちぎって口に入れると香ばしい香りが口の中に広がり、とナッツとチーズが練り込んでいて、上手く口では言えないが何とも豊かな味がした。

「うん!おいしい!」
「それは良かった。
 オーブンの使い方がいまいちよく判らんのでフライパンで焼いたが旨く焼けたようだな。」
「これ、フォカッチャみたいね!凄く美味しいわ。」
「名前は良く知らんがイタリア系の移民から教わった作り方だ。
 練ってから寝かせる時間を少し短縮できるのでパンよりも時間がかからないからな。
 彩斗、スープも食べて見ろ、残り物の食材を入れたが味付けは旨く行ったようだ。」

俺は四郎に勧められてスープをスプーンで口に運んだ。
魚や肉と野菜がぎっしり入っているがハーブなどで臭みを消してあり、豊かな風味を感じて体に優しいスープだ。

「これも美味しい!」

考えてみたら四郎は俺達が寝ている間に朝の散歩のルートを作り、朝食の準備をしてくれている。
そして落ち込んでいる真鈴の為にはなちゃんと話をつけてくれた。
訓練は厳しいけれど四郎の教えは的確できちんと俺達を監督してくれている。
一番時間を使い頭を使ってくれているのは他でもない、四郎なんだ。

「それは良かった。
 場合によっては今日いったんここを引き払うのだろう?
 料理は全部平らげて行かないとな。」
「そうそう、彩斗、今日は月曜日だけどこれから予定をどうするか決めないとね。」
「そうだよね、まず今週はやる事が沢山あって今日中にはマンションに帰らないといけないかな?
 もうジョスホールからダカット金貨のお金は振り込まれていると思うからあとで口座をチェックして、残りの金貨の正式な査定書類が届いていると思うから読んでサインをして送り返さなきゃいけないし、この屋敷の買い付けの手続きもしなきゃいけない。
 オンラインで済ます事が出来ない用事が沢山あるんだよね。」
「そうかぁ、それよりもこれから、もっと長いスパンで予定を立てて行かないとね。
 例えば私達の生活拠点をどっちにするか?というのも大事だと思うわよ。」
「うむ、訓練にしてもほぼ毎日しないとなかなか身に付かないぞ。
 週末だけここに来て訓練をしたとすると君らがわれの満足する基準になる技術など身につけるのにはかなりの時間がかかるしな…」

確かに四郎が言う通りだ。
いくら訓練をすると言っても週のうちに何日かでは命懸けの戦いに備えるには不十分だ。

「俺は会社の登記を変更するか郵便物とかの届け先変更くらいでここに拠点を移しても
大丈夫だし、四郎だって問題は無いけどね。」
「私は通いになる訳?
 それはきついなぁ〜大学辞める訳にも行かないし、彩斗が近くの駅まで送り迎えしてくれれば電車で大学まで30分位なんだけどな〜そうしてくれたら今住んでいるアパートから通うのとそう時間は変わらないけど。」

真鈴が媚びた目で俺を見たが今までの事があるので全然効果は無い。

「それは無理だ〜」

俺が棒読みで答えると真鈴ががっくりとうなだれてはなちゃんに話しかけた。

「はなちゃん、彩斗ってケチケチなんだよ〜」
「彩斗はシリノアナガチイサイゲボク。
 わらわガ彩斗ノケツノアナをヒロゲテやろうか。ケケケ」
「…はなちゃん、そんな下品な言葉どこで覚えたのよ〜?」
「わらわは真鈴ヨリ、ズット…トシウエ」
「うむ、はなちゃんはここにいる中で一番年長者だからな。
 みんな敬うようにな。」
「四郎、サスガ、ホメテヤロウ。」

四郎がハハッと言いながら頭を下げた。
そうなのだ、四郎がはなちゃんは神として祀られてもおかしくない存在だと朝に言っていたのを思い出した。
ひょっとしたらはなちゃんは俺達の強力な守護神になってくれるかも、と調子のよい事を思いながら俺は朝食を食べた。
朝食を食べ終えて皿を片付けて洗い、俺達は食後のコーヒーを飲み、一服した。

「それにあの家族連れの悪鬼も何とかしないといけないわね〜次の犠牲者が出る前に始末しないと…」
「うむ、われもそう思う。
 個人的にあいつに興味もわいているがな。」
「興味?」
「うむ、あいつは見事に人間社会に溶け込んで家族まで持っている。
 精神状態も普通の人間より安定しているし、いったいどうやってあの生活を成り立たせているのか?という所と…あとこれはわれの推測の一つに過ぎないが…いやいやこれはもう少し奴の身辺を調べないといけないが、奴の餌食になった人間はどういう存在だったかも非常に気になるのだ。」
「それ、どういう事かしら?」
「エジキニナッタモノガ、外道ダッタカモト言う事だ。」
「はなちゃん…」
「ヨコで話を聞イテオレバ四郎のカンガエもダイタイ判るじゃろう…」
「うむ、はなちゃんの言う通りそれも一つの可能性だな。
 どちらにしろしばらくは彩斗のマンションに住み事になるかも知れんな。
 奴の事が片付くまでは。」
「でも、奴が危ない奴で次の犠牲者が出るようだったら?
 どうするの?
 私達がもたもたしていて誰かが殺されるのは気分が悪いわよ。」

真鈴が尋ねると四郎はしばらく考えた後で答えた。

「しばらく奴を監視して、奴が新たな犠牲者を出そうとしたら、その時はわれが準備を整えて奴を仕留める、真鈴と彩斗はサポートをしてくれれば良い。
 奴は手強そうだが、なに、われは悪鬼討伐を5年もしたプロだぞ。
 地下の市蔵の時と違ってこちらは準備を整えて攻める側だから勝機は掴める。
 狩り出して追い詰めて始末すると言うのにわれは慣れているからな。」

四郎はにやりとした。
どこかで悪鬼との戦闘を楽しむ武人のような所があるのかも知れない。

「さて、それでは今日はどうする?」
「そうだね、今日の夕方までには屋敷を出てマンションに夜には着きたいな。
 もうジョスホールから書類が届いているかも知れないし。」
「よし、休憩後に午前のハイキングと弓の練習をしようか、彩斗、あの小銃の整備の仕方などパソコンで調べられないか?
 多少ハイキングの出発を遅らせてもあの小銃やピストルが使えるかどうか調べたいのだが。」
「わかった。じゃあ休憩を1時間にしてくれたらシャワーを浴びて調べてみるよ。」
「うむ、判った、その間にわれは武器庫のどれほどのものがあるか調べておこう。
 よし、休憩にするか。」
「1階のジャグジー俺が入りたい!俺俺俺!」

俺が勢い良く手を上げて宣言した。
四郎と真鈴が苦笑して俺を見た。

「まぁ、彩斗はまだ一度も入ってない物ね〜」
「うむ、そうだな。
 あぶくにまみれて疲れを取れ。
 あれは気持ち良いぞ。」

じゃんけんと言い出されなくて俺はほっとした。




続く

第25話



俺はジャグジーに入り堪能した。
身体中をアブクが通りすぎ弄ばれ、四郎が変な声を上げてしまうのも非常に判る。

風呂上がりの俺は自室からパソコンを持って1階の暖炉がある広間に行き、武器庫から九九式小銃と小型のピストルを持ってきてテーブルに置くとパソコンを開いて調べ始めた。
どうやら小型の拳銃は南部式小型拳銃と言う物で、只でさえ威力が弱いと言われている南部十四年式拳銃で使われる8ミリ南部弾よりも、さらに威力が低い7ミリ南部弾という弾丸を使う物だった。
世界でも最底辺の威力の日本警察官が使うピストルよりも威力が弱い。
俺は地下で戦った狼人の事を思い浮かべた。
あの頑丈で狂暴な体にこのピストルの弾を撃ち込んで効果があるのだろうか…いやいや無理無理〜!と俺は頭を振った。
まぁ、離れた所から攻撃できるけれど、いざその場にいたらこのピストルを撃ち込むより催涙スプレーを噴射して狼人が混乱している隙に逃げだす方がよっぽど現実的だと思った。
俺は気を取り直して九九式小銃を調べた。
弾丸の口径が7・7ミリ。
南部一四年式の口径が8ミリでそれより小さいけれど拳銃用の弾と小銃用の弾では威力がけた違いに大きい。
小銃としては大口径だ。
九九式小銃はその当時世界で使われている各国の小銃と同じレベルの破壊力があると知って少し安心した。
色々検索すると近距離ならば人間の頭を吹き飛ばす威力があるとの事だ。
俺は近距離から大口径小銃弾で頭を撃たれて破裂した人間の頭の写真を見て顔をしかめた。
このくらいの威力なら悪鬼の頭を撃ち抜けば一撃で殺せるだろう。

戦場を知り兵士の心理を知るベテランの兵士が戦闘中に必ずヘルメットをかぶる理由という記事を見つけて読んでみたが、頭の保護という理由の他に、頭に小銃弾を受けて頭が派手に破裂して吹き飛ぶ姿を仲間の兵隊に見せて士気を下げないためだとも書いてあった。
全くその通りだ、戦争ですぐ隣のヘルメットをかぶらない兵士の頭が破裂してびっくり人形のようになったら俺は絶対に動けなくなる自信がある。
戦争は恐ろしいと俺はつくづくと思った。

こんなものを街中で撃つ訳にはいかないだろう。
下手をすると巻き添えで関係無い人間を殺してしまうかも知れないし、大きな音を出すと騒ぎになってしまう。
やはり街並みや住宅街ではナイフかせいぜい弓矢、後はスタンガンか催涙スプレーで悪鬼を混乱させて、その隙に四郎に仕留めてもらうしか戦う方法が思い浮かばなかった。
その後、九九式小銃の分解手入れの仕方など調べていると四郎が見慣れない変な形の筒と握りこぶし大の物を持って広間にやって来た。

「彩斗、武器庫の奥に何やら厳重に梱包されたものがあるので開けてみたらこんな物が出てきたが、いったい何だろうか?」

四郎がそう言いながら筒と塊をテーブルに置いた。
筒は3〜40センチほどの丸いパイプに棒と紐が付いていて、棒の先に湾曲した板がついていた。
塊の方は、これは中央部が膨らみ、縦横に溝が走っている手榴弾のような形をしている。
四郎が手榴弾のようなものを手に取って手毬のようにポンポンと上げ下げしている。

「その筒もこの塊も結構重いな。」
「…四郎…それ、危ないかも知れないからそっとテーブルに置いて…」
「ん?そうなのか?」

四郎が手榴弾のような物をテーブルに置くところりと転がった。
俺は顔の血が引いて固まったが、四郎がテーブルから落ちそうな手榴弾のような物を手に取って置き直した。

「四郎、それに絶対に触らないでね…今調べるから。」
「うむ、判ったぞ。」

俺は筒に八九式と刻印が打たれているのを見つけパソコンで調べた。
八九式重擲弾筒と言う物が出てきた。
これは擲弾と言う爆発する弾を撃ち出す武器と言う事が判った。
そして、鉄の塊は…その弾で擲弾筒の説明の写真に出ていた九一式手榴弾と言う代物と同じだった。
九一式手榴弾は打撃信管と言って、安全ピンを抜いて信管を木やヘルメットなどの堅い物に当てると信管が発火して7秒ほど後に爆発する危険な爆発物なのだ。
擲弾筒の弾丸にもそのまま手榴弾としても使える代物だった。
俺はそっと丁寧に九一式手榴弾を手に取り両手でしっかりと持った。

「四郎…これと…同じのはどれくらい武器庫にあったの?」
「ん、まだ全部開けていないが奥に木箱が10個ほどあったな。
 開けた木箱にはこれ以外にも先が尖った鉄の物が一緒に詰め込まれていたな。」
「どれくらい…詰め込まれていたの?」
「うむ、かなりぎゅうぎゅうに詰め込まれていたな、まあ、どれも湿気を防ぐように彩斗の台所にあるビニール?
?そう、ビニール袋に入っていたぞ。」

俺は四郎の言葉を聞いてパソコンの画面を見た。
先のとがった物…それは擲弾筒と一緒に写っている八九式榴弾だろう。

「彩斗、手が震えているぞ。
 寒いか?」
「いやいやいや大丈夫だよ。ちょっと武器庫に行こうか。」

俺は手榴弾を大事に両手で抱えて慎重に歩きながら四郎と武器庫に行った。
恐る恐る開いた木箱近づくと、それぞれビニール袋に入れられて乾燥剤が入れられた九一式手榴弾と八九式榴弾がずらりと並んでいた。
5〜60発くらい入っているだろうか。
そしてその奥にはさらに木箱がうず高く積まれていた。
危険な木箱を見て固まった俺の肩を四郎が叩いた。

「どうした彩斗?」
「四郎、これは非常に危険な物なんだ…ここにこんなに置いてあると…」
「こんなにあると?」
「火事にでもなったら屋敷が粉々に吹き飛ぶかもしれない。」
「…火薬が…詰まっていると言う事だな…危険か?」

四郎は目を細めて小声で尋ねた。

「…凄く危険」

俺は小声で答えた。
四郎はやはり小声で言った。

「そっとこの場を離れよう。」

俺と四郎は足音を立てないように武器庫を出てそっと階段を下りて行った。
あと数段で1階の玄関ロビーに着くと言う時に勢いよく階段を下りてきた真鈴が四郎の肩を勢いよく叩いた。

「おまたせ〜!自由時間まだ大丈夫だよね〜!」

肩を叩かれた衝撃で四郎の体が俺にぶつかり、階段を踏み外しそうになった俺の手から九一式手榴弾が零れ落ち、服に引っかかってピンが抜け、そのままこつんと音を立てて床に落ち、しゅうしゅうと煙を吹き出した。
パソコンの説明を見たが7秒後に爆発して半径10メートル以内に破片が飛び散り突き刺さる。

「うわ!まじか!大変だ!」

俺は煙を吐く手榴弾を見て叫んだ。

「彩斗!どうする!」
「四郎、あれを拾って屋敷を出て遠くに投げて!早く!遠くに投げて!」
「うむ、判った!」

四郎が俺の体を飛び越えて手榴弾を掴むとものすごい速さで玄関ホールを突っ切り外に出た。

「なに?なに?どうしたの?」
「真鈴!伏せろ!」

真鈴に覆いかぶさった俺は視界の外れで玄関ホールの外で四郎が手榴弾を投げる態勢に入ったのを見た。
その直後に凄い音がして爆風で玄関の扉が勢いよく閉まった。

「きゃぁあああ!なに!なによ!」
「武器庫に手榴弾があったんだよ!」
「え?ええええ?」

呆気に取られた真鈴を置いて俺は玄関ドアに走った。
ドアを開けると数メートル先の草が頃焦げになっていて、黒こげの草の方を向いて立っている四郎がゆっくりこちらに振り返った。
俺は息を呑んだ。
爆発から離れていたとはいえ爆風と破片をもろに食らった四郎の顔や体の前面から白い煙が出ていて戦闘服の生地にぼつぼつと穴が開いていた。
四郎の血まみれの顔にいくつかの穴が開いていて、そこから黒い破片がじわじわと押し出されて傷口が静かに閉じて行く。

「うわぁ…グロイ…四郎手榴弾を投げたら伏せるんだよ。
 そんなの常識だよ。」
「彩斗…お前、投げろとしか言わなかったぞ…われはそんな常識は…知らん。
 しかしこれは…痛いな。」

尚も顔から薄い煙と破片を押し出しながら傷口が閉じて行く四郎はプルプル震える手でポケットからエコーを取り出して火を点けた。

「うむ、確かに凄い威力だな。
 もう少し爆発が近かったらわれも危なかったと思うぞ。」

エコーの煙を吐き出しながら、顔から突き出ている手榴弾の破片を指でつまんで引き抜きながら四郎は言った。
完全に閉じていない頬の穴からも煙が出ていた。
四郎が、ん?と言う顔をして口の中で舌を動かして、手榴弾の破片をペッと吐き出した。

いや、普通の人間だったら絶対死んでるってば…





続く


第26話



「四郎!大丈夫?」

大声を上げて駆け寄って来た真鈴は修復途中の四郎の顔を見て顔をしかめた。

「うげぇえええ!気持ち悪い!グロイし痛そう!」
「真鈴、もう少しすれば元に戻るから心配するな。
 それにしても凄い威力があるな…街中では使えんがいつか何かの役に立つかもしれん。
 彩斗、あの筒はあれを撃ち出すものなのか?」
「うん、そうだよあの筒は八九式重擲弾筒と言って今の奴だと200メートル…え〜と」
「222ヤードね。」
「真鈴サンキュー。
 222ヤードは飛ばせるんだよ。
 木箱に入っていた先が尖った奴は八九式榴弾と言って670メートル…」
「744ヤードという所かな?」
「真鈴サンキュー。
 という感じで遠くまで擲弾、あの爆発する奴を飛ばせるんだよ。」
「なるほど、小さな大砲と言う所だな。」

四郎は感心したように唸った。

「そうだよ四郎。」
「でも、これはちょっと使えないわね。
 街中で使ったら巻き添えが出るしあの音だし、この敷地でも場所によったらあの凄い音は1回や2回はともかく、沢山撃ったりしたら近くを車が走っていても聞こえて通報されて大騒ぎになるかも知れないものね〜。」
「まぁ、いつか使い道があるかも知れんからこれも使い方を覚えるとしようか。
 しかしこの擲弾筒と言う物は悪鬼退治のために作られた武器なのかな?」
「まさか、四郎これは戦争で人間を殺すために作られたものだよ。」

四郎は複雑な顔をしていた。

「何と人間用か…てっきり蔵六が悪鬼を倒すために作らせたと思ったぞ。
 これは人間相手か…悪鬼よりも恐ろしく狡猾で情け容赦無いな…」

考え込む四郎に俺は、今世界では狂った権力者が理不尽に他国を侵略して敵兵どころか民間人相手に散々な惨劇を起こした末に勝利がおぼつかなくなると核兵器で脅しをかけていると言おうと思ったが止めた。
今それを言えば四郎はひどくがっかりするし、狂った権力者の首を撥ねに行くと言い出しかねないからだ。
今世界を覆う暗雲に関しては俺達はどうしようもない。
俺は自分のちっぽけさを悲しく思った。

「彩斗、とりあえずはあの小銃とピストルが使えるかどうかと手入れなどのやり方を確認しよう。」
「四郎、服が穴だらけだね。
 これ、着替えを何着か用意した方が良いね。
 それと…四郎の顔を見てると気絶しそうだから顔の血を拭いてよ。」

真鈴が実用的な事を言った。
その通りだと思った。

その後暖炉の広間で俺達はネット検索で見つけた手順に従って小銃やピストルを分解して、また組み立ててその構造を理解しようとした。
四郎は小銃とピストルの銃身を窓にかざして覗き込み、傷や亀裂が無いか確認した。

「どうやら使えそうだな。」

四郎が尻のポケットからメモを取り出した。

「武器庫には小銃が6丁、ピストルが4丁、錆びたりしていなくて使えそうなものが日本刀6振り、槍が長槍が5条、手槍が5条と言う所だな。
 あと、あの物騒な擲弾筒が3門、弾だが小銃の弾が5千発、ピストルの弾が4千発、擲弾の弾が恐らくさっき投げた物が300個、先のとがった奴が300個という所だな。」

真鈴がため息をついた。

「ちょっとした戦争騒ぎを起こせる量ね〜」
「これは…警察とかに見つかったら大騒ぎになるし、あそこに集中しておくのは色々な意味で危ないよね…」
「うむ、少なくとも小銃やピストル、擲弾筒の弾は分散しておかないと何かあった時屋敷が粉々に吹き飛ぶな。」
「四郎、どうする?」

俺が尋ねると四郎はため息をついた。

「やれやれ、午前のハイキングの出発を遅らせて危険な物を移動させようか。
 屋敷から見える所に物置があったな、そこに…あとは地下室、可能な限り分散しておいておいた方が良いな。
 だが、まだこの屋敷はわれらの物にはなっていないのだろう?
 すぐに見つかる所に置いて騒ぎになってもかなわんぞ。」
「それもそうだね、買い付けをした時に瑕疵担保責任の免責をするからと言えば、契約までの間に売主がここに来る事も無いと思う。
 もう、俺達の私物も持ち込んであるからと言えば更に屋敷に他の人間が入る確率は低くなるね。
 それまではあまり危険は冒せないね。
 正式にこの屋敷が俺達の物になってからいろいろ手を打つしかないよ。」
「四郎、この屋敷がわれらの物になるのはどれくらいの時間がかかるのかな?」
「今日中に電話をして買い付けの振り込み、書類作成を急いでもらって何とか来週中に契約完了かな?」
「まぁ、それはしょうがないな。
 それでは武器庫は火気厳禁と言う事で午前のハイキングに出かけよう。」

数分後、俺達は準備を整えて玄関ホールに集合した。

リュックにはもちろん4本の2リットル水入りペットボトル、そして弓と矢がテーブルに置いてあった。
四郎はその他に九九式小銃と南部小型拳銃、そして、リュックに八九式重擲弾筒が括り付けてあった。

「四郎、それ持って行くの?
 重すぎない?」

俺は小銃などを指差した。
小銃ピストル擲弾筒とその弾薬で10キロ以上の重さになる。
そして四郎はペットボトル入りのリュックも担いでいるのだ。

「うむ、これらがどれくらいの威力があるかどれくらいの命中率か弾の交換にどれだけかかるか等調べなければならないぞ。
 なに、これ位余分に持たないとわれの訓練にならんからな。」

四郎は笑顔を浮かべて玄関を出て行った。
俺と真鈴は重いリュックと弓矢を担いで四郎の後を追った。
時刻は午前11時近く。
昼飯はナッツバーに決まった。






続く

第27話



俺達は昨日と同じく東西南北の方角や現在位置を時々四郎に質問されながら屋敷の敷地と共に購入予定の親族の敷地の境界線まで歩いて行った。
その場所は敷地全体の一番奥地、小高い山々に囲まれて音が敷地外に聞こえにくい場所だった。
小銃と擲弾筒の試射には絶好の場所だろう。
四郎はまた太い木の幹の皮を剥ぎ的を作って俺達の弓の練習を始めた。

「あ、四郎。」
「何だ真鈴?」
「この弓矢もやっぱり…名前がついてるんだよね?」
「勿論だ、真鈴が持っているのはホーククロー、鷹の爪。
 彩斗が持っているのはイーグルクロー、鷲の爪だ。」
「え〜私のは鷹の爪かぁ…唐辛子みたいで嫌だなぁ〜」

真鈴はそう言って俺の鷲の爪、イーグルクローを見た。
俺はため息をついてイーグルクローを真鈴に差し出した。

「やったぁ!彩斗ありがとう。」
「彩斗は真鈴より10才もお兄ちゃんだからな。
 気持ちよく譲ってやれ。」

そうなのだ、真鈴は俺よりも10歳も年下だ。
しかし、時々俺より10歳年上のようなしっかりした事も言う。
四郎は年齢的に俺より3歳年上の35歳だが、見た目は四郎の方が若いにも関わらず話していると世慣れた初老の男のような風格を感じる。
俺はこの中でもやっぱり未熟なのかな?と寂しく感じながらも弓の練習に集中した。

今日は1時間30分程、四郎に姿勢や弦を放つタイミング、狙うポイントを教えてもらいながら黙々と訓練をした。
俺も真鈴も的の中心に5本中4本は辛うじて当てられるようになった。

「よし、真鈴も彩斗も呑み込みが早いな。
 だがこれは静止した的に過ぎない。
 次からはもう少し実戦的な練習をしよう。
 よし、次はこれを持ってわれに付いて来るんだ。」

四郎はリュックの中から双眼鏡を出して俺と真鈴に渡すと自分は九九式小銃と五発クリップに収まった弾丸を数個ポケットに入れると的を背に歩きだした。
俺達は四郎についていった。

「この辺りだな。
 的から300ヤード、ええと…」
「273メートルね。」
「真鈴は暗算が早いな、それは一種の才能だぞ。」

四郎が感心して言い、真鈴がえへへと舌を出した。

「よし、君らは双眼鏡であの的を見ていてくれ。」

四郎に言われて俺は遠くに見える的に向けて双眼鏡を覗き込んだが、なかなかピントが合わない。
もたもたしている俺に真鈴が声を掛けた。

「彩斗、視度調整ちゃんとした?
 この双眼鏡はCF方式だから視度調整しないとね。」
「え?CF?」
「センターフォーカス、中央繰出し式という意味よ。
 見ている対象の位置が変わっても真ん中のリングを回すだけでピントを合わせられる方式の双眼鏡よ。
 でも、使う前に視度の調整をしないと駄目なの。」

俺は真鈴に教えてもらいながら双眼鏡の調整をした。

「四郎、待たせてごめん、撃って良いよ。」
「よし、われ一人でも小銃の調整は出来るが君らには昨日教えた時計の針方式で弾がどこに当たったか教えてもらうとしよう。
 これはスポッター、観測手の訓練になるからしっかりわれに教えてくれよ。」

四郎はそういうと足で周りの草を倒してうつ伏せになり、小銃のボルトを引いて弾のクリップを押し込んでボルトを前進させた。

「おお、もうこれで撃てるのか、凄い時代になったものだ。」

銃身の口から火薬と弾を込める前装式の銃しか知らない四郎が感嘆の声を出した。

「それでは撃つぞ。」

四郎が撃つと的の4時方向に8センチほど離れて当たった。

「四郎、4時の方向に3インチ位ずれたね。」

真鈴が双眼鏡を覗き込みながら言った。

「初弾でこの距離で…なかなか当たる物だな。」

四郎は続けて撃った。
俺と真鈴でずれた方位と距離を言い、四郎はその都度狙いを調整しながら撃った。
4発目はほぼ的の真ん中に当たった。
四郎がまたクリップを押し込んで5発撃った。
全弾が的の中心に命中した。

「よし、こんな所かな?
 やや反動が強いが充分な命中精度を持っているし、この弾なら大きな熊でも1発で即死させることが可能だな、威力も充分だ。
 的の所に戻ろう。
 あとは、このピストルだな。」

四郎は南部式小型拳銃をポケットから出して的に向かって歩いて行った。
的にした木から30メートルくらいのところまで行くと四郎はピストルのボルトを引いて装填すると歩きながら木に狙いをつけて1発撃った。
軽いが鋭い音が響き、弾は木の幹には当たったが的の中心から3時の方向に少し外れた。
四郎は歩きながらもう1発撃つと的の外れに当たった。
四郎は歩きながら無造作にピストルを撃ち続けた。
ピストルの弾は全て的の中心に当たった。
四郎は立ち止り、ピストルの弾を撃ち尽くした事を確認して弾倉を抜いてポケットにしまった。

「うむ、なかなか良いな、反動も軽い。」
「でも四郎、弾の威力は弱いよね。」
「確かにこのピストルはわれが持っているピストルと違って一撃でノックアウトと言う訳にはいかないな。」

四郎はそう言いながら木に近づきナイフを抜くと的をほじくってピストルの弾を取り出した。

「だが、悪鬼にまったく効果が無い訳では無いぞ。
 この大きさの弾であれば悪鬼のある程度体内深くにとどまる、朝の手榴弾の破片と違って体が自然に外に押し出すには大きすぎるのだ。
 だから異物として弾が体内にあるうちは傷の修復が出来なくなるし出血も止まらない。
 これを体から取り出すには爪や牙で傷口をほじくり出す必要があるぞ。
 今くらいの距離から連続して撃ち込めば悪鬼の動きを鈍らせたり悪鬼が傷を気にして隙が生じるだろうな。
 そこを日本刀など斬撃力が高い物で攻撃すれば勝機を掴めるな。」
「なるほど、いくつかの武器を工夫して攻撃すれば私達にもチャンスがあると言う事ね。」
「真鈴、その通りだ。
 われらが放った物が悪鬼の体内に留まる事は大事なんだ。
 実戦用の矢にも容易に抜けないように返しが付いているだろう?」
「そうか、その通りだね。」

俺が言うと四郎は大きく頷いた。

「彩斗、だからあまり心配はするなよ。
 われらでも悪鬼相手の戦いに勝つチャンスはいくらでもあるぞ。
 次に来た時は君らにもこの銃の撃ち方を教えよう。
 勿論弓の練習も進めながらな。」
「うん、判ったよ四郎。」
「私も希望が出て来たわ、頑張る。」
「よし、希望はわれらの重要な武器だからな。
 ところでどうする?
 ここで昼食をとるか、もう少し頑張って屋敷に戻って食事にするか。」
「屋敷に戻ろうか?
 食材も使い切りたいよね。」
「私も屋敷に戻ってゆっくり食事をしたいわ。
 今日マンションに帰るんでしょ?」
「よし、そうしよう。
 荷物を持て。
 出発するぞ。」

俺達はリュックと弓矢を担いで帰路に就いた。
木の的から歩いて行くと四郎が急に立ち止まった。

「おお、これを試すのを忘れていたな。」

四郎がリュックに括り付けた擲弾筒を叩いた。

「ここならあまり敷地の外に音も漏れないと思うけどね。」

四郎が的にした木を振り向いた。

「あの木を狙おう。
 今日の犠牲はあの木一本で充分だ。」


四郎がリュックを下ろし、擲弾筒を取り出すと九十一式手榴弾を筒から入れて底板を地面に押し付けた。

「大体200メートル、218ヤードという所ね。」

真鈴が木を見て行った。

「四郎、今装填した弾だと最大の射程だね。」
「うむ、判った。
 確か、かなりの放物線を描いて飛ぶとの事だな。」
「そうだね、狙うのは難しいと思う。」
「やってみよう。」

四郎が腹ばいになって木に狙いをつけた。
ポン!と軽い音がして九一式手榴弾が放物線を書いて飛んで行った。
木の数メートル手前で着弾、爆発して細い木の枝や木の葉が空に舞い散った。

「うむ、もう少し先かな?
 彩斗、真鈴、音は大丈夫かな?」
「距離があれば打ち上げ花火みたいな音だから大丈夫だと思うわ。」
「よし。」

四郎が手榴弾を装填してもう1発撃つと木の根元辺りに着弾して、木はゆっくりと根元から倒れた。

四郎は立ち上がると倒れた木にこうべを垂れて手を合わせた。

「的にして申し訳ない。」

俺達も四郎につられて倒れた木に向かって手を合わせた。

「だけど、やっぱり威力はあるね。」
「そうね、悪鬼が何匹か固まっていたら結構効果があると思うわ。」
「そうだな、だが、動く的に当てるのはかなり練習しないとな。」
「四郎でも?」
「当たり前だ、われはこの時代の武器にまだ慣れていないからな。」

そう言いながらも四郎は小銃ピストルなど俺達から見たら凄い達人に見えた。

「俺達も四郎位武器を使えるようになれば良いな。」
「彩斗、効果的に練習すれば希望はあるぞ。」
「うん、そうだね!
 希望は大事だな!」
「希望は凄く大事よ!」

俺達は笑いあって屋敷に戻った。

屋敷に戻ると安全の為に武器庫の大量の弾薬を屋根裏に通じる階段、地下に通じる階段を下りた場所に分けて置いた。
武器庫に残っていた擲弾筒の弾薬箱も3個ほどになった。

「ん?何か書類があるぞ。」

四郎が残った弾薬箱の隙間から顔を覗かせている封筒を引き出した。
中を見ると長い年月で色褪せた古い書類がぎっしり入っていた。

「何だろう?
 マンションに帰ったら調べてみるよ。」

俺は四郎から封筒を受け取った。

昼食は四郎が残ったチキンや野菜を使ったチキンジャンバラヤとサラダ、朝のスープの残りを温めなおしたものが出た。

「やっぱり四郎が作った料理は美味しいね〜!」

真鈴がとろけそうな顔で料理を食べている。

「そうか、それは良かった。
 今度はキャンプをして素朴な料理でも作るか。」
「それ良いね!
 せっかくキャンプ用具持ってきたのに使わずじまいだったからね。」
「賛成!今度はキャンプもしようね!
 はなちゃんも一緒にキャンプしようね。」

真鈴は隣の椅子に座らせているはなちゃんの頭を撫でた。

「わらわはカマワンゾ。」

「ところで真鈴、はなちゃんをどうするのかな?
 またここに来るのは1週間以上かかるかも知れないぞ。」

真鈴は考え込んでしまった。

「そうね〜はなちゃんどうしたい?」
「ちかの市蔵もテンにのぼったようだし、わらわもひさしぶりにミヤコをみたい。
 みたいみたいみたい、わらわもツレテ行け。」

真鈴が笑顔で俺と四郎を見た。

「だってさ〜!
 はなちゃんもマンションに連れてって良いよね〜?」
「まぁ、はなちゃんが良ければ。」
「われも問題無いと思うぞ。
 われが外に出ている時もはなちゃんが彩斗や真鈴を守ってくれるかも知れないしな。」
「やった〜!
 はなちゃんも一緒にマンション行こうね〜!」
「マンションマンション!ケケケケケケ!」

はなちゃんは首をかくかくと動かしながら喜んでいるようだった。

…少し不気味だった。

「彩斗、ナニカ?」

俺の心を読み取ったのか、はなちゃんが俺の方に顔を向けて少し白目になった。

「いや、何でもないよ。」

食事を終えて俺達はシャワーを浴びて着替え、ランドクルーザーからキャンプ用具などを下ろし、食材の残りなどを積み込んだ。
そして四郎が武器庫から日本刀を2振り、手槍を3条だけ取り出して車に積み込んだ。

「彩斗、危ない物を積んでいるから運転は慎重にな。」
「うん、気を付けるよ。」

そして俺達は秘密の出入り口が判らないように2階主寝室のベッド、屋根裏の家具、地下の棚などを元に戻した。
それからランドクルーザーに四郎が助手席、真鈴とはなちゃんが後席に乗って、見送りに窓から手を振っている屋根裏の死霊達に手を振って屋敷を後にした。





第3部終了

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