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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か? 第5部 接触編

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吸血鬼ですが、何か?人物表

吉岡彩斗(よしおか さいと)
32歳 元社畜、2回と4分の1野郎
宝くじを当てて賃貸不動産経営(大家業)をしている。

咲田真鈴 (さきた まりん)
22歳 大学3年生法律科
何かと謎な女 切れ長の目 見た目はクールだが時々熱くなる
処女疑惑があるが実際は不明 

マイケル・四郎衛門(マイケル・しろうえもん)
実年齢35歳 肉体年齢永遠の30歳
160年の冬眠から覚めた吸血鬼 元々は江戸時代の千葉、下総の国で漁師をしていたが遭難、アメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカ、ルイジアナで悪鬼討伐をする事になる
現在戸籍上の名は北斗拳四郎(ほくと けんしろう)

藤原はな(ふじわら はな)
1026歳の死霊、神の端くれ並みの力を持つ。
実際は7歳で賊にぶち殺されたため時折7歳のそぶりを見せるずるい死霊
怒って見境なくなると戦術核兵器並み(TNT火薬25キロトン相当)の力を放射する

明石景行 (あかし かげゆき)
実年齢450歳位 肉体年齢永遠の38歳 
明石全登の子息
関ヶ原以降太平洋戦争まで数々の戦に従軍、豊富な経験を持つ戦術家。
子煩悩で妻圭子に頭が上がらない。

久保田喜朗 (くぼた よしろう)
実年齢160歳 肉体年齢永遠の45歳(見た目がとても老けているので50代後半に見える。)
人間の時に左足を切り飛ばされて義足。
薬草などの知識が深く、様々な薬を調合する。

若宮加奈 (わかみや かな)
実年齢20歳 謎の過去を持つ女。
ナイフとサーベルの使い手。明石からもらい受けたRX-7のオープンカーが愛車。
とても明るい、明るすぎるか?明石が言うにはとても辛い過去があるとの事。

明石圭子 (あかし けいこ)
実年齢39歳 明石の妻。
姉御肌の女性、司、忍の母。
実は明石に仕込まれた狙撃の腕が超一流。

明石司 (あかし つかさ)
実年齢9歳 明石家長女

明石忍 (あかし しのぶ)
実年齢8歳 明石家次女

時田  (ときた)
50代前半 時田探偵事務所所長、彩斗の物件調査などを担当

『みーちゃん』のママ
60代 カラオケ居酒屋『みーちゃん』のママ

ユキちゃん
20代 『みーちゃん』のママの姪

岸本  (きしもと)
36歳 彩斗に死霊屋敷を紹介した不動産業者、彩斗のオカルト仲間でもある。
遊び人(彩斗談)

岩井テレサ (いわい てれさ)
実年齢96歳?40代?50代? 謎が多い女性、彩斗の屋敷の隣に広大な敷地を持っている。

ベクター・トマス・リヒター
実年齢不明 見た目年齢40代 彩斗達に質の悪い悪鬼達との戦いの支援を申し出たジョスホールと言う貿易会社の役員。 悪鬼。


第1話



明石達の歌と演奏で俺達の魂は非常に癒されて平和な宴を過ごした。

翌朝のトレーニングに加奈ちゃんも参加する事になり、俺達は焚火や食事の後片付けをして屋敷のそれぞれの部屋に戻って就寝した。

死霊屋敷では毎朝恒例の四郎が枕もとで鍋をすりこぎでガンガン鳴らされる起こされ方だった。
いつも通り俺は素早く着替えてトイレに行き、一階の玄関広間に走った。
広間の隅にはテーブルがあり、水が入ったボトル入りのリュックが3つ並んでいた。
四郎と明石がテーブルの横に立ち、いつものように四郎が挨拶をしてぬるい水を飲ませると言うルーティンが始まった。
加奈ちゃんも張り切った感じで俺と真鈴と同じ重さの荷物を持って裏庭でストレッチを行った後で荷物を背負い。黄色いテープ沿いのコースを歩き始めた。
体格的には真鈴よりやや華奢な感じの加奈ちゃんだが、俺や真鈴よりも軽やかに歩を進めて行く。

「彩斗さん、真鈴さん、オーダーが25分ですよね。
 う〜ん、どうなんだろう?
 少し早く歩いて良いですか〜?」
「え?う、うん、加奈ちゃんの考えるペースで行って良いわよ。」

真鈴が息を乱しながら答えると加奈ちゃんは俺達に笑顔で軽く敬礼をした。

「それじゃ、お先に〜!」

加奈ちゃんは足を速めて先を行き、5分後にはもう見えなくなった。

「マジか…。」
「私達よりかなり鍛えてるわよあの子は…」
「…負けられないな。」

俺は足を速め、真鈴も俺に並んで速足で歩き始めた。
やがて真鈴のペースについて行けず、俺が一番最後に屋敷に着いた。
玄関広間で真鈴が数を数えながらスクワットをしていた。
俺は四郎に時間の申告をして辿ったコースを地図に書き込み、50回のスクワットを申し渡された。

「ほほう、これは…加奈ちゃん効果かな?
 真鈴も彩斗も、ペース、体感時間の把握、コース記憶共によくなってるぞ。
 まぁ、ほんの少しだがな。
 それでも大した物だ。」

加奈ちゃんがダイニングから俺達を見ながら紙パックのオレンジジュースにストローを差して飲んでいた。
俺と目が合うと加奈ちゃんははにかみながら小さく手を振った。
俺も小さく手を振り返した。

「なんか加奈ちゃん、余裕だよな…スクワット何回したんだろう?」
「加奈ちゃんは10回よ、私はかなり自信があったけど30回だったわね。」
「初日なのに…凄いな…」
「私も自信喪失…」

明石が驚いている俺達に声を掛けた。

「彩斗、真鈴、そんなに気にする事は無い。
 彼女は6歳の誕生日前から自発的にきついトレーニングを続けているからな。
 俺もいろいろ手伝ったけど、もう14年以上トレーニングを続けているんだ。
 実戦も何度か経験しているし、彼女独自の戦い方迄開発する一流の戦術家だよ。」
「ええ!それは凄いですね!でもなんでそんなに…」
「あいにくと俺の口からは言わん約束になってるんだ。
 そのうちに気が向いたら加奈の方から話してくれるかもな…」

ダイニングから圭子さんが顔を出した。

「皆、ご飯出来たわよ〜!」

今日の朝飯は喜朗が圭子さんと作った和食の物で。
どれもとても美味しかった。

「今日の夜はテント張ってキャンプよ。
 午後からはみんなでテント張ろうね。」
「やったー!テント最高!」
「キャンプひさしぶりだね!」

圭子さんの言葉に司ちゃんと忍ちゃんが喜びの声を上げた。

「彩斗さん、真鈴さん、腹ごなしにナイフトレーニングしませんか?
 私、もう少し身体を動かしたいんだけど…」

加奈ちゃんの申し出に四郎が反応した。

「おお!それは良い事だと思うぞ!
 彩斗、真鈴、屋根裏で加奈ちゃんに相手をしてもらうと良いな!
 その後にシャワーで汗を流して午前のハイキングに行こうじゃないか。
 加奈ちゃん、20分ほど彩斗達の相手をしてもらえるかな?」
「はい、喜んで!」

俺達は屋根裏に上がった。
四郎は加奈ちゃんにも紙の棒を用意した。

「いつもはわれが彩斗や真鈴にナイフを教えているのだが、たまには違うスタイルの戦い方を知るのも良いと思うぞ。」

紙の棒を手に取った加奈ちゃんは紙の棒、つまりナイフを握った手の甲を前方に出す、変則的な構えを取った。
最初は真鈴が相手をする。
2人は紙の棒を構えてじりじりと円を描いた。

「ほう、加奈ちゃんの構えは珍しいな。」
「四郎、あれはククリナイフを使う時の構えを加奈が改良した構えなんだよ。
 ククリナイフは振り下ろした時には刃先に力が集中して斬撃の威力が高まるからな。
 加奈はまるで自分の腕を鞭のようにしなやかに動かすから相手はククリナイフの刃が自分のどこを狙ってくるか判っていても中々避けきれる物じゃないぞ。
 それに体の筋力に自信がある悪鬼はククリナイフの刃を避けるよりもその刃を受け止めて加奈の身体を捕まえようとする傾向があるんだが、加奈が予備動作無しで全力で振り下ろすククリナイフは大抵の悪鬼の前腕部なら簡単に斬り落としてしまう威力があるんだ。
 加奈の華奢に見える外見に騙されるんだな。」

俺は地下室で四郎が狼人の市蔵と演じた死闘を思い出した。
あの時も四郎が繰り出した両手でのナイフ攻撃を市蔵は両掌でナイフの刃を受け止め、刃が刺さるのも構わずにナイフごと四郎の手を掴んで四郎を捕まえた事を思い出した。
確かにあの局面で明石が言うような加奈ちゃんが繰り出すククリナイフの斬撃力があるとすれば、市蔵の掌はすっぱりと真っ二つに切り裂かれていただろう。

加奈ちゃんが腰を落とし紙の棒を持った手首をしなやかに回転させた。
なるほど確かに腕全体鞭のようにしなる感じがする。
そしてまた驚いたのが加奈ちゃんの体の柔らかさと瞬発力だった。
いきなり腰を地面すれすれまで落としたと思った瞬間、足の反発力でへびがくねくねと滑るように滑らかな螺旋軌道を描いて伸びて来た紙の棒が真鈴の腕を叩いた。

「うわ!なんだあれ!」

その素早さに俺は声を上げてしまった。
そして加奈ちゃんは軽く叩いたように見えたのだがスピードが段違いに早かったので真鈴の腕がパーン!と物凄い音を立て、真鈴が紙の棒を取り落とした。
四郎が全力を出した時の圧倒的な速さとは違い、加奈ちゃんの動きの速さは人を惑わせまごつかせる異様さを感じさせる速さだった。

「あ!ごめんなさい!
 真鈴さん、大丈夫?痛くなかったですか?」
「私は大丈夫よ!
 でも、凄いスピードね〜!
 さぁ、もう一度よ!」

床に落ちた紙の棒を拾いながら真鈴は自分に気合を掛けるように声を上げた。
『ひだまり』ではなちゃんが俺や真鈴が10人がかりでも加奈ちゃんには簡単に負けると言っていたのを思い出した。
真鈴は加奈ちゃんが繰り出す攻撃に数秒と持たず腕を叩かれた。
さらに厄介なのは加奈ちゃんは上下の広い範囲から攻撃を繰り出せることだった。
まるで屋根裏の床がトランポリンのように弾んでいるのじゃないと思うくらい加奈ちゃんは高く速く跳ぶ。
床すれすれから頭の頭頂部まで様々な高さで紙の棒が襲ってくる。

「真鈴、1人じゃ無理だ!
 彩斗!お前も行け!」

四郎が叫び、俺と真鈴とで加奈ちゃんと対決する事になった。
…俺と真鈴は四郎以上に無様にダンスを踊らされてついに屋根裏の床に這いつくばった。

「はぁ、良い運動になりました!
 真鈴さん!彩斗さん!ありがとうございます!
 またよろしくお願いします!」
「こちら…こそ…です。」
「ありが…とう…ございました。」

元気が良い加奈ちゃんのお礼の言葉に床に這いつくばった俺と真鈴は息も絶え絶えに情けない返事しか出来なかった。

「ふぅ〜!私も汗かいちゃった!」

戦闘服の上着を脱いで上半身の汗をタオルで拭く加奈ちゃんのTシャツが一瞬捲れた時に、加奈ちゃんの左肩から背中を斜めに右腰の辺りまで一直線に走る古傷が見えた。
後ろからもろに袈裟懸け、普通なら即死してしまう程の傷に見えた。





続く

第2話


俺は見てはいけない物を見た感じがして咄嗟に加奈ちゃんの傷から目を逸らせた。
朗らかで明るく可愛い笑顔、少々軽く感じる事さえある加奈ちゃんと背中の凄まじい傷跡は全然そぐわなかった。
明石が言うように加奈ちゃんの壮絶であっただろう過去については、いずれ加奈ちゃんが気が向いた時に話してくれるだろう。
それは加奈ちゃんが6歳の頃から14年も辛かったはずの訓練を続けて俺や真鈴から見たら人間離れした戦闘力を身に付けた事の説明にもなるんだろう。
その時は俺は加奈ちゃんを仲間としてその辛い過去もしっかりと受け止めようと心に誓った。
惚れたのだろうか?
俺は加奈ちゃんに惚れてしまったのだろうか?

しばし休憩の後、四郎と明石が話し合って全員で敷地をゆったりと一回りをしようと言う事になった。
司ちゃんと忍ちゃんも一緒に行く事になり、圭子さんの指示で彼女たちが部屋に行き服を着替えて来た。
2人ともデニムのカバーオールと薄いカーキのシャツ、そして足元は山歩き用の子供にしてはごつい靴を履いていた。

四郎と明石の真剣な顔つきでのやり取りを横で見ていてこれが只の散歩では無い事は俺にも判った。
案の定、四郎は俺達に過剰とも思える水とスナックバーを何本も持たせて、それぞれ双眼鏡とインカムを持って行くように告げた。

俺達は屋敷を出た。
片足が義足の喜朗が俺達に歩いて付いてこれるのか気になったが、その心配は全く無かった。

俺達は今まで行った事が無い、岩井テレサが持つ広大な敷地の方向に歩き始めた。
四郎と明石が時々歩みを止めて地図を広げて周りを見回したり、ちょっとした窪地の周りを歩いてあれこれ話したりしていた。
いつもの午前のハイキングとは全く違うペースでの散歩は俺達には新鮮でいつもよりもずっと景色を楽しみ、春は終わり夏が始まった敷地の自然を満喫した。

「パパ!ここの草原は良い場所だね!」
「久し振りに鬼ごっこしたいよ!」

目の前に、丈がやや高く、俺達の腰辺りまで草が伸びている草原を前に司ちゃんと忍ちゃんがはしゃいだ声を上げた。

「そうね、良い場所だわ〜!
 あなたたち久しぶりにやってみる?」
「そうなると思って持って来てるよ。」

喜朗が背負ったリュックから2本の筒と革製の小袋を2つ取り出した。
圭子さんもリュックからカーキ色のブッシュハットを2つ取り出して司ちゃんと忍ちゃんに被せた。

「おお、なんだなんだ、やる気だな〜お前達。」

明石がにやにやしながら司ちゃんと忍ちゃんを見た。

「俺は今日は参加しないが、彩斗と真鈴に相手をしてもらおうかな?
 加奈も参加するだろう?」
「勿論!
 今日は負けないわよ!」

加奈ちゃんがそう言いながら膝やアキレス腱を曲げ伸ばし準備体操を始めた。

「え?何をやるの?」
「よし、彩斗と真鈴にルールを教えよう。
 司と忍も聞いておけよ。」
「はぁ〜い!」

司ちゃんと忍ちゃんが元気よく返事をして、明石が言う鬼ごっこの説明を始めた。
エリアは目の前の草原で森が始まる所までの範囲とする。

司ちゃんと忍ちゃんは喜朗が渡した筒(それは吹き矢だった)と革袋を持って3分の間に草原に身を隠す。
渡された革袋の中には薄く丸いプラスティックの容器に直進性を高める羽が付いている吹き矢の弾が3つ入っている。
弾が当たれば容器が割れて中の染料が服に着く。
司ちゃんと忍ちゃんが草原に身を隠して3分後に、俺と真鈴、加奈ちゃんが捜索を始める。
制限時間は40分、その間に俺達が司ちゃんと忍ちゃんを見つけて捕まえたら俺達の勝ち。
司ちゃんと忍ちゃんは隠れ移動しながら吹き矢の弾を俺達に2発当てれば当てられた人間はゲームオーバー。
40分以内に俺たち全員がゲームオーバーになれば司ちゃんと忍ちゃんの勝ち。
誰かが生き残って司ちゃんと忍ちゃんを捕まえれば俺達の勝ちと言う、子供にとってはいささか厳しいと思われるルールだった。
吹き矢の弾は15メートルくらいはほぼ直線に飛ぶが、司ちゃんと忍ちゃんは一発のミスも許されないのだ。

「え〜司ちゃん達それで良いの?
 私達勝っちゃうと思うよ〜!」

真鈴が言うと司ちゃんと忍ちゃんは不敵な笑顔を浮かべて俺達を見た。

「真鈴、大人の弱点て言うのはね子供だと思って油断する事なのよ。
 それに私達、子供だけど子供じゃないから、ちゃん付けは要らないよ。」

と司。

「その代わり私達も真鈴、彩斗、て呼ぶけど良いかしら?
 皆、ちゃん付けは無しにしましょうね。」

と忍。

笑顔で提案する司と忍を見て俺と真鈴は微笑ましく思いながら、その提案を受け入れた。

「オーケー、それで良いわよ。」
「よし、じゃ始めるぞ。
 司、忍、行け!
 3分経ったら合図するからな。」

司と忍は革袋を肩にかけて吹き矢を抱えて身を低くして草原に潜り込んだ。
明石と四郎、喜朗とはなちゃんが入ったリュックを胸にかけた圭子さんが双眼鏡を手に取って草原の方を向いた。

「彩斗、真鈴、恥をかくなよ。
 司も忍も手強いかも知れんぞ。」

四郎はニヤニヤしながら俺と真鈴に言った。

「ほんとほんと、甘く見ない方が良いわよ〜!」

加奈が笑顔で俺達に言った。
司と忍は草原に入り込み、その姿を消した。
移動する事によって草が揺れるのもだんだん微かになって行き、2人がどこにいるのか判らなくなった。

「司も忍も見事に姿を隠すのう!
 わらわも気配を読み取りにくくなっておるの。
 彩斗、真鈴、油断するなよ。」

はなちゃんが感心して声を上げた。
圭子さんが腕時計を見ながらポケットからホイッスルを出して口に当てた。
草原にホイッスルの音が響いた。

「さぁ、私達も行こうかな?
 彩斗、真鈴、時計の短針で方向を示す言い方判る?」
「オーケー、判るよ。」
「俺もだ。」
「じゃあ行くよ。
 最後に見たのが2時の方向ね。
 彩斗と真鈴は10メートルの間隔で平行に進んで。
 その後ろ扇の要の所を私が歩くわ。
 司と忍を見たら私が指示を出すから捕まえて。
 あの子達、意外と策士だから気をつけてね。」

俺と真鈴が10メートの間隔をあけて平行に歩き始めた。
四郎達は双眼鏡を覗いて草原を見ていた。

「訓練みたいで緊張するな…」

俺は小声で言った。

「少し方向修正。
 2人とも1時の方向に進んで。」

加奈の指示で俺達は方向を修正して慎重に進んだ。
司も忍もどこに潜んでいるのか見当がつかなかった。

「ヒャッホー!」

前方の20メートルくらいのところで司が立ち上がり、俺達に声を掛けてまた身を屈めて走り去った。

「いた!
 ええと、11時の方向だ!」

俺が司がいた場所を指差して走った。

「彩斗!走っちゃ駄目よ!罠が!」

加奈が叫んだ瞬間、俺の脚が草に絡まり派手に転んだ。

「彩斗!大丈夫?」

真鈴が声を掛ける。
俺は足元を見ると草が束ねて結んであってそこに靴が入って足が引っ掛かったのだった。

「畜生!罠だ!」
「真鈴!3時の方向!伏せて!」
「え?」

立ち止まり俺の方を見た真鈴の背後に忍が立ち上がり吹き矢を口に当てていた。

「うわ!やられた!」

吹き矢の弾が真鈴の背中に当たり弾が弾けて青い染料が散った。

「真鈴一発被弾!」

双眼鏡を覗いていた明石が叫んだ。
忍がきゃははは!と笑いながら草の中に消えた。
遅ればせながら真鈴が草に伏せ、身を屈めた加奈が走って行った。

「真鈴、油断大敵よ!」
「う〜、わかった。」

加奈が周りを警戒しながら真鈴の先を慎重に進んだ。

「真鈴、あなた一発当たったから私の後ろ5メートルくらいに付いて来て。
 左右に気をつけてね。」
「うん、判った。」
「彩斗、伏せたままこっちに来て。」

加奈の指示で俺は伏せて這いつくばりながら加奈の所に行った。

「真鈴はもう一発でアウトだから、私と彩斗でフォワードをするわよ。
 真鈴は少し後ろから付いて来てもう一度、司か忍が姿を現したら大きく迂回して回り込んでね。
 全力疾走で迂回して、挟み撃ちにするわよ。」

加奈がてきぱきと俺達に指示を出した。
もはやこれは戦闘訓練だった。

「加奈!こっちこっち!キャハ!」

忍の馬鹿にしたような声が聞こえた。

「声のした方向に私が先頭で行くわよ。
 彩斗、速足になるけどついて来てね。
 真鈴は少し間を置いてから、大きく左に迂回して忍の声の先の方を探って。
 あの子達、私達の先頭を狙う癖があるから、私達が二手にばらけたら多少は混乱するかもね。
 でも油断しちゃ駄目よ。」

俺は加奈の後ろをついて速足で進んだ。

「今、忍が声を上げたのは司が罠を仕掛けた場所に私達を誘い込もうとしているのかも、司がどこかで待ち構えているかもね。
 気をつけてね、でも速足で移動よ。」

そう言って加奈は緩やかにジグザグ運動をしながら進んでいった。

いきなり目の前に司が立ち上がり、加奈に向かって吹き矢を拭いた。
加奈が横に転がりながら吹き矢を避け、吹き矢の弾はそのまま飛んできて俺の胸に当たった。
司は俺と加奈が重なる状態になるのを冷静に待ち構えていて吹き矢を放ったのだろう。
先頭の加奈が吹き矢を避けても俺に当たったという訳だ。
とても普通の子供のやり口じゃない。

「彩斗一発被弾!」

明石の声が聞こえた。
くそ!俺は慌てて草に伏せた。
加奈は司が走り去った反対方向に走って行った。
真鈴と二重に周り込もうとしているのだろうか。
俺は司を挟み撃ちにするために司が消えた方向に進んだ。

「真鈴一発被弾!
 真鈴終了!」

明石の声が聞こえた。

「あ〜!」

真鈴の落胆の声が聞こえた。

忍が真鈴に止めを刺したのだろう。
だとしたら忍はもう一発しか弾を持っていないはずだ。
俺は一瞬迷った末に忍の方向に向かって進んだ。
草の間に忍が走って行く背中が見えた。
俺は必死に忍を追った。

「加奈一発被弾!」

明石の声が聞こえた。

「彩斗!司がそっちに行ってるわよ!
 気をつけて!」

加奈の声が聞こえた。
俺はもう少しで忍に追いつきそうになったが、ギリギリの所で忍は身をひるがえして深い草の中に飛び込んだ。

「くそ!どこに消えた!」

俺は声を上げて草をかき分けた。
加奈がこちらに走ってくる音が聞こえた。

「加奈!こっち!
 忍がどこかに潜んでいるよ!」

俺が叫んだ時に、司が猛スピードで俺の前を通り過ぎた。

「彩斗がこんなところにいた〜!
 きゃははは!」

俺は目の前を通り過ぎようとした司を捕まえようとしたその時に数メートル手前に忍が立ち上がると司を追って走って来る加奈に吹き矢を吹いた。

「加奈一発被弾!
 加奈終了!」
「ちきしょう〜!」

明石の声と加奈の声が重なった。
俺は司と忍のどちらを追うか瞬間考えた。
忍はもう吹き矢の弾を撃ち尽くしている。
俺は反撃の心配が無い忍を追った。
忍の後ろ姿が見えた。
もう少しで捕まえられる!
そう思った瞬間、忍が振り返り俺に吹き矢を吹いた。

え?ええええ〜!?

忍の吹き矢の弾が俺の腹に当たった。

「彩斗一発被弾!
 彩斗終了!」

呆気にとられた俺の前に忍が笑顔で歩いてきた。

「なんで…3発じゃん…」

草の陰から司が顔を出した。

「彩斗、甘いね〜1人で3発じゃなくて2人で6発だよ〜
 私が忍に1発上げると言う事考えた事無いの?
 まだまだだね〜甘いね〜きゃはははは!」
「司、彩斗は甘いよね〜きゃはははは!」

…きぃいいいい!
悔しい悔しい悔しい!
こんな年端も行かない子供に…きぃいいいいい!
弄ばれちまったよ〜!
きぃいいいい〜!





続く


 


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俺は自室から今までの収益物件の運用管理書類を持って来てテーブルに置いた。

「彩斗、それではわれはあの2人組を偵察に行くぞ。
 景行も圭子さんもゆっくりして行ってくれ。
 彩斗はかなり種類仕事で消耗していたからな。
 うまく助けてくれれば嬉しいな。」
「判った四郎、任せとけ。
 ところであの2人組か…場合に寄っては俺と四郎で始末するか?
 話を聞いた様子ではまだ若い、悪鬼になってから時間が掛かっていない悪鬼らしいから死体の始末はテレサが言っていた処理班と言う物に頼むか?」
「うむ、だが、彩斗や真鈴にも実戦を体験させたいと思っているんだ。
 今回の奴らは彩斗達に経験を積ませるにはちょうど良い相手かも知れないからな。」
「ふふ、まるで四郎はライオンの親みたいなものだな。
 子供に狩りの経験を積ませると言う事か。」
「まぁ、そんな所だな。
 岩井テレサの方でも探ってくれると言う事だから今はその連絡待ちと言う所だな。
 それでは行って来る。」
「行ってらっしゃい。」

四郎が飛び去って、はなちゃんは別のアニメを見始めた。

「景行達、わらわはアニメを見るが音とかうるさくないかの?」
「はなちゃん大丈夫よ〜!
 うちはうるさい盛りの娘が2人もいるからテレビの音くらい全然大丈夫だからね〜!」

圭子さんがそう言いながら俺の書類に目を通し始めた。
急に眼付きが変わりものすごいスピードで書類を読み込んでゆく。

「彩斗君、大体仕事の進め方は判ったけど、今どのくらい未処理の物があるの?
 何なら私が残りの物をやってあげようか?
 その方が作業量を見積もるのに役立つからね。」
「ええ!良いんですか?
 俺は凄く助かるけど。」
「構わないわよ。
 途中でどう処理するか判らない物が出たら質問するわね。
 パソコン貸して。」
「はい、よろしくお願いします。」

パソコンを受け取った圭子さんは今までプリントアウトしてある経費関係などの書類を見ながら未処理の書類を横に置いてものすごいスピードで処理し始めた。

「一応ある程度済ませたら彩斗君にチェックして貰うからね。
 タバコ吸っても良いかしら?」
「ああ、どうぞどうぞ、うちは全員吸いますから構いませんよ。」

明石も圭子さんの横でタバコに火を点けて俺を見た。

「さて、書類仕事は圭子に任せて俺達はあの屋敷の強化について話すか。」
「はい、今のところ俺が調べたシャッターやその他ガレージとか平均的な工事の金額を調べたものがあります。」

俺はプリントアウトしてあった強化工事に関する紙を出して明石の前に広げた。

「うん、中々調べたんだな。
 しかしどうだろう?
 ふつうのネットの商品紹介でもなかなか出て来ない物で優秀な製品がかなりあるんだよ。
 やはりそういう情報は業界の中で無いと中々判らないんだが…パソコンもっとあったよな?」

俺がパソコンを持って来て明石の前に置くと、明石はとても普通に検索しても出て来ないような業者を検索してかなり専門的と言うかより強化されて頑丈に作られたシャッターの施工例などを引っ張り出してきて、スマホを取り出して業者に連絡を取り具体的な性能施工に関するこまかい事などを担当者に聞いてメモを取ったり、情報を今使っているパソコンのアドレスに送ってもらったりとテキパキと情報を集め始めた。
明石は俺に指示を出して無線で繋がっている自室のプリンターに業者からもらったデータを次々にプリントアウトをした。

俺は明石夫婦の新しい一面を見て頼もしさを感じた。

「ああ、凄く助かります!
 景行さんと圭子さんと出会えてよかったです〜!」

俺は地獄の書類仕事から解放された気分になって声を上げてしまった。
明石夫婦は俺を見て笑顔になった、が、その手は少しも止まらなかった。
やがて、調べ物に一段落した明石がコーヒーのお代りを頼んだ。
俺はコーヒーを淹れながら、明石が出力したシャッターなどの資料を見て、自分だけではとても調べる事が出来なかった商品を見てため息をついた。

「本来なら総合的な作業を全て、何をどうするのかの作業手順を把握してから施工方法やその建材なども指定してそれぞれ業者を集めて入札をするのが効率的と言えば効率的なんだがね。
 施工管理も含めて見積もりの段階からすべて面倒を見てくれる業者も居るんだ、マンションの大規模修繕などそう言う方法を取るのが一般的なんだがね。
 まぁなるべく今回はこの工事自体を表に知られないために俺達で施工管理みたいなこともしなければいけないかもな。」
「景行、でも岩井テレサの『消毒済み』の業者を使えば、そもそもそう言う業者に全部任せるという手も…」
「彩斗、確かにそれを使えばかなり安全に工事を進める事が出来ると思うし使うなら消毒済みの業者を使おう。
 だが、やはり工事が始まったら誰か少なくとも人間と悪鬼を見分けられる俺か四郎か喜朗おじかはなちゃんが現場にいるべきだな。
 岩井テレサが保証してくれると言ってもそれを100パーセント信じると言う事は俺には危険な事だと思うよ。」

なるほど、明石は幾多の戦乱を潜り抜けて何百年も素性を隠しながら人間社会に溶け込み、時には脅威を与える悪鬼と戦い続けた男だ、非常に用心深い。
俺はつくづく明石が仲間に加わってくれて嬉しく思った。
その時スマホに真鈴から電話が入った。
真鈴は今日、ゼミの飲み会に急遽出席する事になって夜のトレーニングに出れない事と夕食を外で済ませる事を告げた。
俺が今、明石夫婦が来て俺の書類作業を手伝ってくれていると告げると真鈴は電話の向こうでふわぁ〜!と悲鳴を上げて悔しがった。
そして、明石に真田幸村の事を少しだけでも聞いておいて欲しいと俺に懇願して電話を切った。
やれやれと苦笑いを浮かべてスマホを置いた俺に明石が笑顔を向けた。

「なんだ、スマホ越しに声が聞こえたな、真鈴か?」
「ええ、そうです。
 なんか、真田幸村の事を何か聞いておいて欲しいと…」
「幸村…ああ、せがれ殿か。
 どういう訳か更生では真田幸村と言う名が通っているが俺達は信繁殿とか、あと、仲間内で酒を飲む時などは真田のせがれ殿と言っていたな。
 これは言うまでも無く真田の親父殿の名声が世に広まっていたからだが、現に大阪籠城初期にも親父殿が入場されて勝利間違い無しとあちこちから勘違いした浪人が争って入城した物だったな。」
「景行はその信繁と仲が良かったのですか?」
「ああ、まあな。
 仲が良いっても向こうは一軍の将だったし、俺は自分の親父殿の配下の指揮官だったからあまり一緒には居なかったし、信繁殿の周りにはいつも他の武将が群がっていたからな。
 それでも俺達は気の置けない仲間で時々一所に飲んだりしたものだ。
 俺も親父殿が明石全登と言う名が知られた武将でな、まぁちょっと似たような境遇で仲は良かったぞ。
 互いに明石のせがれ殿、真田のせがれ殿と呼び合って楽しい時間を過ごした物さ。」




ふわぁ〜!真鈴でなくとも俺でさえ明石の話を聞いて鳥肌が立つほど興奮してしまう。
何せ数百年前に実際の真田幸村、いや、真田信繁と同じ空気を吸った人間が目の前にいるのだから。

「それで、真田の…せがれ殿はどんな感じの人だったんですか?
 やはり智謀溢れる勇猛果敢な…」
「あっはっはっ!
 彩斗が実際に信繁を見たら拍子抜けするかもな! 
 実際は小男でいつもニコニコしていてとてもとても勇猛果敢な武将と言う感じはしないな、それにあの笑い方が独特でな。
 酒を飲んで気分が良くなり話が弾むと、何と言うか…うひょひょひょひょ!と言う粗忽な感じの笑い方をするんだ。
 今の居酒屋なんかであの笑い方をしたら苦笑いを浮かべられるかも知れないな。
 それとよく、飲み過ぎると鼻血を出していたな。
 それに、どういう訳かぶうぶう屁をこいていた。
 まぁ、こんな事を知ると皆がっかりするから歴史の中から葬り去られたんだろうがな。
 実際の人間とはこういう物だよ。
 あと、俺が覚えていた事は、真田のせがれ殿はよく愚痴っていたな。
 親父殿がもう少し長く生きて入城していればあんな徳川勢の不出来なせがれ殿の軍勢など簡単に蹴散らせたはずだったのに、とな、あんなつまらんこけおどしやただ数を頼んだ無様な攻撃や、意地の悪い爺のつまらん策略にも載せられることは無かったのに、とな。」

俺は凄い貴重な歴史の証言を目の前の『生き証人』から聞いている。
真鈴が訊いたら身もだえして悔しがるだろうな。

「ふぅ〜あんたたちが楽しい時間を過ごしてる間に大体済ませたわよ。
 彩斗君、今から整理した分をプリンターに出すからね。」
「圭子さん、ありがとうございます!
 …あとどのくらいでたまった作業終わります?」
「そうね〜あと1時間あれば楽勝かな?」

…俺が数日死ぬ思いでやっていても終わらない作業を圭子さんは数時間で終わらせていた。





続く
第21話




俺は時計を見た。
午後3時40分。
俺の身体からへなへなと力が抜けた。
圭子さんは俺が死ぬ思いで数日掛けても終わらない書類作業を数時間で済ませてしまうのか。

「ま、まぁ、彩斗君。
 そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。
 戸建て物件を18件も持っているんだから、普通でも時間が掛かる物よ。
 でも、岩井テレサさんかしら?
 彼女から4億円分の物件を買うとしたらこの4倍以上の作業量になるわね〜ある程度税務も知っていないとこれを1人でこなすのはかなりきついと思うわよ。
 それに会社関係の経理も入るから実際の作業量、領収書の区分けとか給料支払い日々の経費の計算なんかしたら5倍以上になるかもね。
 事務員2人雇っても彩斗君も一緒に作業しないとやばいかもね。」
「…そんな…人が要ります?」
「そうね、まあ、私でも週4日くらいは時間を割かないときついかもね。
 この仕事にかかりきりになる必要があるかも…景行が少し手伝ってくれたらまぁ、大丈夫だと思うけど。」

圭子さんはそう話しながら又、パソコンにとりかかり忙しく手を動かした。

「う〜ん、俺も屋敷の強化工事とかでこれから打ち合わせや現場の管理だとか忙しくなるからな。
 やはり、数か月は俺の仕事も休業状態でこれにかかりきりになるかも知れないしな…」
「そうですよね、判ります。
 それで、この仕事を請け負うとしたら幾らほどで…」
「ああ、そうね。
 ちょっと待ってね、今計算してみるわね。」

圭子さんがやりかけの作業を止めてパソコンに別の場面を呼び出して色々と計算し始めた。

「ところで、彩斗。
 四郎はいつ頃戻ってくるのかな?」
「ああ、そろそろ戻る頃だと思いますよ。
 何か用事があります?」

何故か明石は少し顔を赤らめて小声になった。

「いや…岩井テレサの家で彼女が言っていた四郎の棺の中の江雪左文字の太刀を見せてもらいたいと思っていてね。

圭子さんが手を休めずに笑った。

「ほほ、あなた、家に帰ってからも太刀の事言っていたわよね。
 喜朗おじに電話までかけてね。
 電話越しに喜朗おじの悲鳴みたいなのが聞こえてたわよ。」
「本当は喜朗と一緒に見せてもらいに来ようと思ったんだけど、やはり今ここに有るとするとどうしても見てみたくてな。」
「ああ、それなら四郎が戻らなくても棺の中は俺達共同の物置みたいになっているから大丈夫ですよ。
 今見ます?」

明石は慌ててかぶりを振った。

「いやいや、四郎が帰って来てから見させてもらうよ。」
「景行と喜朗おじは揃って刀剣マニアなのよね〜。
 展示会なんてあったら仕事そっちのけで、喜朗おじなんか私と加奈ちゃんに店を任せて景行と出掛けちゃうくらいなのよ。
 散々本物の凄い刀を見てきている筈なのに変よね〜!
 ほほほ。」
「いや、圭ちゃん、刀剣と言うのはね今更に思ったけど中々に奥が深いんだよ。
 それに昔の名刀は今の刀匠がどんなに頑張っても再現できない技術で鍛えられたものもあるしね。
 いわば、失われた技術と言う所かな?」
「そうですね、今の技術では戦艦大和はつくれないといっていたようなものかもしれないですね。」
「戦艦大和か…武蔵なら見た事が有るぞ。
 当時喜朗と俺は長崎に住んでいてな。
 まだ艤装も済んでいない武蔵が進水した時に海の反対側の俺達の家にも波が押し寄せて今で言う床下浸水みたいな目に遭ったんだ。
 最初津波かと思って慌てたけど、まさか戦艦の船体の進水の波だとはな…
 それから何年かして南に出撃する武蔵を呉で見たが、いやあ、でかかったな。」
「ええ!見たんですか?
 それは凄いな!
 俺も見たかったですよ!」
「なんか楽しく盛り上がってるわね〜。
 はいはい、四郎さん早く帰ってくれば良いわね〜。
 さぁ出来た!
 彩斗君、私達の見積もりと言うか請負金額よ。
 この中には必要経費、車のガソリン代などの交通費とかも全部入っているわ。」

そう言って圭子さんはパソコンを回して俺に向けた。
正直言って今までの会話の流れで明石夫婦の請負仕事は月110万か120万はあっさり超えそうだと思っていた。
俺はパソコンの画面を覗き込んだ。
2人で月に94万円で半年に一度金額の見直し交渉をするという条件だった。
俺はかなり良心的に思える金額に胸を撫で下ろした。

「ええ、安くないですか?
 大丈夫ですか?」
「ほほ、彩斗君たちには吹っ掛けられない物ね。
 この金額でも、私達は充分生活が凄く楽になるわよ。
 収入が上がるし自由な時間も増えるわ。」
「じゃあ、切りが良い所で月100万円にしましょうか?」
「あ〜だめだめ彩斗君。
 お金ってね、そう言うどんぶり勘定が積もり積もって気が付くと酷く所持金が削れていってしまうのよ。
 100万円と94万円の差額6万円でも年にしたら72万円よ。
 私達は彩斗君の会社と専属契約結ぶような物だから彩斗君の会社が苦しくなると困るのよ。
 連鎖倒産したくないからね。
 94万円で決めましょうよ。」
「はい…でもなぁ…それじゃ間を取って月額97万円で決めましょう。」
「ほほ、彩斗君は優しいわね。
 それじゃそういう事で、月額97万円でこの仕事を受けるわ。
 でも、今後は無駄な経費だと思ったら私、結構口を出すかも知れないからね。
 経営コンサルタントみたいなこともサービスでしておくわ。
 それじゃ、今契約書を作成するからプリンターで出力してね。」
「はい、わかりました。
 今日は良い日だな〜!
 けれど、真鈴は景行の話を聞けなくて残念ですよ。」
「あら、それじゃ真鈴さん宛てに景行がさっき話した内容を撮って見せてあげれば?
 パソコンとかにカメラ付いてるんでしょ?
 スマホでも良いけど。」
「…えええ!
 圭ちゃん何を言うんだよ、そんなの恥ずかしくて出来ないよ!」
「何言ってんのよ。
 お得意さん御契約のあいさつ代わりにサービスしときなさいよ。
 今契約書作ったら、ちょっとカメラ映え良くしてあげるからやりなさいよ!」
「…かしこまりました。」

そして圭子さんが出力した契約書に俺の会社印、圭子さんたちの会社印をそれぞれ捺印して各々一通づつ書類を取り交わしてめでたく契約成立となった。
パソコンで明石が真田信繁について語る所を再現して撮る事になり、圭子さんが明石の顔にファンデーションを塗ったりスタンドを動かして照明の具合を確認したり、ダイニングが撮影スタジオのような騒ぎになった。

「しかしこれでうちもかなり助かるわぁ〜、マンションのローンも車のローンも明石の名義で組むのに不安があったから全部私の名義なのよね〜!
 おかげで月々の支払いがかなり楽になるわ。
 あなた、車買い替えましょうか?
 彩斗君の様なでかい4駆が欲しいんだけどね〜。」

お金の節約に関して俺に軽く説教してくれた圭子さんが気楽な事を言ったので俺は少しおかしかった。

「ああ、そうだな、アコードの前は俺達はジムニーに乗っていたんだよ、だけど、彩斗君たちが言う所の質の悪い悪鬼に襲撃された時に簡単にドアを破られてな。
俺と圭子はちょっと死にそうな目に遭ってからもう少し大きめな車にしようとアコードにしたんだよ。」
「え、そんな事が有ったんですか?
 その襲ってきた悪鬼はどうしたんですか?」
「ああ、悪鬼が2匹いてね。
 圭子が機転を利かせてわざと車を横転させて1匹が下敷きになって身動きできなくなった所で俺がもう一匹を始末して…」
「私がジムニーの下敷きになった奴の頭を散弾銃で吹き飛ばしたの。
 ほほ、彩斗君近距離で頭撃つと破裂して凄く血が飛び散るから気を付けてね。
 ジムニーがおしゃかになったから私達山道を歩いて降りる羽目になったのよ。
 冬なのに途中の沢で返り血を洗い落としたりして大変だったわ〜。」
「あの散弾銃も目立つから分解して山に捨てたしな…ベレッタの彫刻入りの気に入った奴だったんだがな…。」

圭子さんが言ってる事は決してお気楽な事でなく、命に直結するシビアな事だった。
明石夫婦はどんな修羅場をいくつ潜り抜けて来たのだろうか…しかし、明石夫婦の体験談は今後俺達も体験する事かも知れない。
実戦経験が一度だけ、正直言って一度にも値しないくらいしか悪鬼との戦いを経験していない俺や真鈴は明石夫婦の体験談をもっと聞かなければならないなと思った。

「あのう、加奈…ちゃんは実際に悪鬼と何回くらい戦ったんですか?」
「加奈か…実戦としては…8回くらいか?」
「違うわよあなた、司と忍が隠れている所から悪鬼を別の場所におびき出す時も戦っているわよ。
 だから9回かな?
 加奈ちゃんは司と忍の命の恩人なのよ。
 実際に悪鬼を始末したのは…3匹ね。
 単独で3匹、私達と共同で5匹か6匹は始末しているわね。」
「…ふわぁ!
 凄いんですね!」
「彩斗君、一時期ね、悪鬼が何と言うか大量に涌いたと言うか、結構表立って暴れた時期があったのよ。
 まぁ、警察がもみ消したのかどうか判らないけど、表沙汰にはならなかったけどね。」
「そんな時期が…」
「ああ、悪鬼の集団が移動してきたのか、それとも岩井テレサが言っていたように対立する組織が沢山の人間を悪鬼にしてテレサが言う『はぐれた者』が大量に出来たのか判らんがな。
 そう言えばあの頃の悪鬼はくたばっても灰にならなかった奴が多かったな。
 悪鬼なりたてのような奴らも多かったしな。」
「それって…いつ頃ですか?」
「確か…平成の終わりごろから令和の初め頃位だな。
 確か、加奈が最初の悪鬼を始末したのが平成27…28年だったかな?」
「あなた、加奈ちゃんが14歳の頃って言ってたじゃないの。
 だから…平成28年ね、まだ私と会っていない頃よ。」
「そうだっけ?」
「そうそう。」

2人の会話から加奈は俺達から見たら立派にベテランの戦士、悪鬼ハンターだと思った。

「彩斗、一見したら判らないと思うが、加奈はネパール人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフなんだよ。
 国籍はれっきとした日本なんだが、加奈の父親が勇猛で名高いグルカ兵士だったんだ。」
「あ、それでククリナイフを。」
「その通り、彩斗、よく知ってるな。
 グルカ兵士にとってククリナイフは日本の武士で言う日本刀のような物なんだな。
 グルカ兵の魂と言っても良いだろう。
 加奈も父の形見のグルカナイフを持っているぞ。
 もっとも加奈の筋力ではいささか大きすぎて使いづらいので喜朗が加奈の為に少し小振りなククリナイフを作ってあげたんだ。
 まぁ、加奈も色々と子供の時から…」
「あなたそこまで。
 彩斗君、聞きたい事はもっとあるかも知れないけど、それは加奈ちゃんが話すのを待ってあげてね。
 今でもトラウマになっている筈だから。
 心を思い切り開いた人にしか加奈は決して過去の事を言わないと思うわ。」

加奈の可愛らしい顔立ちとテンションが高すぎるだろう?と言う普段の言動、そして、悪鬼との戦いの経験、俺も真鈴も全然叶わない物凄い戦闘力、ずる賢いともいえる程の戦術家、そして背中を斜めに走る即死していてもおかしくない古傷。
俺はますます加奈に興味を抱いた。






続く
第22話




「さて、こんな感じかな?
 あなた、照明の具合を見るから動かないでよ〜。」

明石のメイクを終えた圭子さんが一歩下がって明石を見てからまた明石に近寄り、襟の具合を直してまた一歩下がった。
圭子さんのメーキャップで明石の顔はその…薄くチークを塗ったりしているのか顔色が白っぽくて何となく…おかまと言うか…志村のバカ殿っぽく見えた。
鏡も無いので明石は当然その事に気が付かず緊張して椅子に座ってパソコンのカメラの方を見つめていた。
照明の具合を直した圭子さんが納得して頷いた。

「彩斗君。」
「なんですか?」
「あのさぁ、映画の撮影とかに使うようなカチンコとかって…無いわよね…。」
「…いやぁ〜そういう物は…無いですね。」
「そう、残念ね。
 はなちゃん、ごめんなさい。
 景行が真鈴ちゃん宛てにメッセージを撮影するからちょっとの間だけアニメを止めてくれる?」
「おお、構わんじゃの。
 何やら面白そうじゃの。
 わらわも見物しても良いかの?」
「どうぞどうぞ、ギャラリーがいた方が役者もテンション上がるから大歓迎よ〜!」

役者って…明石の事か…
はなちゃんがテレビを止めてダイニングに来て椅子によじ登って明石を見つめた。

「それじゃ彩斗君、さっきの会話の再現をするから明石に真田幸村の事質問してくれる?
 あなたは自然な感じでそれに答えてね。
 カメラ目線にならない事、気を付けて。
 それじゃ行くわよ。
 よ〜い…スタート!」

映画監督の様になった圭子さんが両手をパンと鳴らした後、数秒後に俺の肩を静かに叩いた。

「えと…それでは景行、あなたが見た真田幸村の事を語って頂けますか?」
「うむ、ゴホン…え〜後世では真田幸村と言う名が通っていたが俺の頃は信繁殿とか、真田のせがれ殿とか…ウッ、ゴホンゴホン、ウヒャアア!」

緊張して話している明石の顔が見る見る赤くなりむせて笑い出した。
何事かと俺が振り返ると圭子さんが両手で頬を掴んで変顔をし、はなちゃんも白目を剥いて顔を上下にかくかくさせて変な踊りをしていた。
これは無理だ、俺でも吹き出してしまう。

「カットカット!
 駄目よあなた笑っちゃ〜!」
「うははは!
 だって圭ちゃん達が変な顔するからだろうが、笑うなと言う方が無理だよ。」
「あなたの顔がこわばっていたからリラックスさせようと私とはなちゃんが気を利かせたんでしょ!
 もう〜!テイク2行くわよ!」
「判った!判ったからその変な顔は止めてくれ〜!」

その後、再度明石が吹き出し、俺が1度、明石が3度台詞?を噛んで何回か撮り直しをした後で撮影は完了した。
圭子さんが撮影した画像を編集している時にカァ、とカラスの声が聞こえて四郎が帰って来た。

「帰ったぞ皆。」
「四郎、お帰り。」

俺達は四郎にお帰りと言い、コーヒーを出してやった。

「彩斗、書類仕事の方ははかどったのか?」
「それがね、圭子さんのおかげでもう殆ど終わったよ。
 景行のおかげで屋敷の工事の目途もついたしね。」
「それは良かったな!
 景行、圭子さん、われからも礼を言うぞ。
 ん?景行…なんか顔の感じが少し変わったと言うか…白くててかてかしてるな。」
「まぁ、軽い物よ。
 お役に立てて嬉しいわ。」
「ああ、これは真鈴宛てのメッセージを撮影した時に圭子が俺にメイクしたんだよ。
 強化工事は俺達にも関係がある事だしな。
 お互い様だよ。
 …ところで四郎、例の江雪左文字を見せて欲しいのだが…」
「江雪左文字…おお!あれか!
 全然構わんぞ!今持って来よう。」

四郎が立ち上がり寝室に行き、布袋の入った太刀を持って来た。
布袋の中は更に油紙で包まれ、中には昔の乾燥剤らしい袋が幾つか入っていた。

「さぁ、これだが…ここでは狭いな。
 日本間に行くか?」
「そうだな。」

明石は立ち上がり白紙のコピー用紙を一枚取ると四郎の後について日本間に行った。

「そんな凄いのかしら?
 私達も見たいわ。」

圭子さんが言って、俺達も日本間に向かった。
日本間では、決して豪華ではない武骨な拵えの太刀を前に明石が正座をしていた。
明石は二つに折ったコピー用紙を口に咥えて太刀を手に取った。





「テレビとかで見るけど、なんで日本刀を見る時に皆、紙を口に咥えるんですか。」
「彩斗君、あれはね、自分の吐息が太刀の刃に当たらないようにするためよ。
 日本刀は特に太刀の刃の表面が鏡のように滑らかに出来ているのよ。
 だから少しの息でも曇ってしまうのよ。
 あれなら鼻からしか息が出ないで刃にかからないでしょ。」
「成程…」

明石が太刀をすらりと抜いた。
日本間の照明に太刀の刃がきらりと光り、日本刀については全然知識が無い俺でもその場の空気が引き締まったような不思議な感覚になった。

明石は太刀を持つ手を動かし、太刀の両面の刃をきっ先から刃区までじっくりと見、そして左手も太刀の峯を乗せて右手側から切っ先を見、そして鍔をじっくりと見てまた全体に見入った。
明石の白い顔が見る見る紅潮して息が荒くなった。
やがて明石は太刀を鞘に納めてた畳の上に置くとコピー用紙を口から外してため息をついた。

「ふぅ〜、やっぱり本物は違うな。
 造り込みは鎬造、丸棟。
 身幅が広く切先は中切先が伸びていて独特な風情があるな。
 地鉄は板目肌に地沸つき、地景が混じっている。
 切っ先は本当に大乱れに足入ると言う感じだな。
 いやぁ、眼福だよ。
 四郎、ありがとう。」
「いや、なんのなんの。
 われは日本刀についてはあまり詳しくないからな。
 詳しい景行が見てもらって太刀も満足だろう。」
「四郎、景行、その日本刀ってそんなに凄いの?」

明石と四郎がニヤリとした。

「彩斗、日本刀はその斬撃力の凄さは切れ味の凄さでもあるんだ。
 そして鍛錬鋼の頑丈さとしなやかさが同居しているんだよ。
 見たいか?」

明石が言うと四郎が黙って頷くとダイニングと寝室に行き、幅広のベルトとコピー用紙を何枚か持って来た。

「景行、帯の代わりはこのベルトで良いか?」
「うん、手ごろだな。
 四郎、コピー用紙をそのままのを一枚、後何枚かは丸めてくれ。」

明石は幅広のベルトを締めて、江雪左文字を差した。

「まずはこのコピー用紙で切れ味を見せようか。」

明石が腰をやや落としてコピー用紙を上に放り投げた。
ふわりとコピー用紙が宙に浮いた瞬間、明石が腰をひねりながら江雪左文字を抜き、一閃二閃三閃した。
コピー用紙が2枚に、そして4枚に分かれ、宙をさまよう内2枚の切れ端を最後の一閃で4枚にした。
斬り終わった明石は鮮やかに太刀を鞘に納めた。

「おお!凄い!」

俺は明石の技も撮影して置けば良かったと後悔した。

「彩斗、まだまだだ。
 四郎、丸めた紙を投げてくれ。」

四郎が次々と4個の丸めた紙を明石の方に投げた。
微妙に軌道を変え、しかし連続して明石の方に飛んで行った丸めた紙を太刀を抜いた明石が次々と両断して最後の紙に突きを入れて見事の真ん中を貫いた。
そして、目にも止まらない速さで太刀を振って鞘に納めるとともに突き刺された丸めた紙が真っ二つになって明石の足元に転がった。
なるほど、四郎が明石はわれより強いと言うだけの事はあった。
天井の低い日本間で日本刀をあれだけ自由に操る事が出来るならあの地下室の市蔵でも明石なら一撃で一刀両断しただろう。
明石に日本刀を持たせたら接近戦では無敵の強さに思えた。

「凄い凄い凄い!凄い切れ味ですね〜!
 景行の腕もそれ以上に凄い!」
「彩斗、切れ味だけでは無いぞ、これなら万が一金網のフェンスに追い詰められても太刀で一瞬のうちにフェンスをぶった切って逃げる事が出来るな。
 アニメの石川五右衛門ほどじゃ無いけど金属でも斬ることが出来るぞ。
 多少刃こぼれするかも知れないがな。」
「石川五右衛門…そんな凄いのが出てるアニメがあるのか?」
「四郎は知らないのか?
 ルパン3世と言うアニメがあって…」

明石が説明するのを慌てて俺は遮った。

「あ!ところで四郎!
 あの2人組の事だけど何か情報を掴んだ!
 俺、さっきから聞きたくて聞きたくて…」
「おお!そうだな!
 彩斗凄いな!
 お前は超能力を身につけたのではないか?
 あの2人組の事を話さなければならんのだ!
 ダイニングに行こうか。」

俺達は紙の後片付けをしようとする明石を止めて全員がダイニングに戻った。

「実は今日な非常に気になる事をあの2人が言っていたのだ。」
「四郎、何を言ってたの?」
「あの2人以外に仲間がいるようなんだ近々仲間達が集まって会合をすると言っていたのだよ。」

四郎の言葉に俺達は沈黙して考え込んでしまった。
はぐれた者と思っていた2人組の悪鬼に仲間がいたとは…

「どうやらあの2人を始末して済まなさそうだな。」

明石がため息をついた。

「四郎、その仲間ってどれくらいいるんだろう?」
「さあ、仲間の人数もいつどこで会合とやらをやるのかもかなり粘って聞き耳を立てたが判らなかったな。」
「その情報は岩井テレサにも伝えておく事にしようよ。」
「彩斗、賛成だな。
 俺達だけでは手に負えないほどの数がいるかも知れんからな。
 しばらくはもう少し情報集めするしか無いな。
 幸い俺も時間が出来たから張り込みに協力しても良いぜ。
 ちょっとトイレを借りるよ。」

明石がそう言って立ち上がりトイレに行った。

「やれやれ、順調に進んでいると思ったけど予想外の事が起きるもんだね。」
「彩斗、世の中そういう物だよ…ん?なんだ?」

廊下をどたどたと走ってくる音がして明石がダイニングに飛び込んできた。
かなり慌てているらしく社会の窓が全開のままだった。

「なんだよ圭ちゃん!
 この顔凄い変じゃないか!
 まるで一歩間違えると志村のバカ殿じゃないか!
 圭ちゃんのバカ〜!」
「まて!景行!
 今の志村のバカ殿とはだれの事だ!
 彩斗!そう言えばさっき上手くはぐらかしたんだろう!
 石川五右衛門とは誰だ!ルパン3世って誰の事だ!」

明石が泣き声をあげて圭子さんに詰め寄り、四郎は俺の胸ぐらを掴んで揺さぶり、ダイニングは混乱状態になり、混乱状態にハイになったはなちゃんがはしゃいだ声を上げていた。





続く
第23話





俺も圭子さんも明石と四郎の勢いにたじたじとなりながらも、まぁまぁと宥めた。
結局明石の動画は真鈴しか見ないからと、明石を納得させ、俺は今四郎が見ているアニメを全て見終わったら新しいお勧めアニメを紹介すると言う事でなんとかその場は収まった。

「やれやれ、俺達はまだまだ駆け出しで弱小な悪鬼退治のチームと言う所なのに、変な所で変な話題で変な盛り上がりを見せるよな。」

明石が呟き、俺も同感だと思って頷いたが、圭子さんがコーヒーを飲みながら笑顔を浮かべた。

「何を言ってるのよあんた。
 こういう何でもない所で遊び心を楽しむ事が必要なのよ。
 24時間365日、常に戦いの事を考えて周りを警戒して張り詰めた空気でいたら気が滅入ってしまって長続きしないわよ。
 あんた、余裕が無い精神状態でいると体も心の動きも硬直して上手く戦えなくなって戦わなくとも自滅してしまうって言ってたじゃないの。」
「う〜ん、確かにそういう事はあるな。
 もしも俺が400年も張り詰めた精神状態でいたら気がふれてしまうか、いざと言う時に上手く事態に反応できずに殺されていたかもな。」
「うむ、景行、われもそう思うぞ。
 ポール様も言っていたが、人間も悪鬼も精神的な強さは大して変わらない。
 心は筋肉と似たような物だから時には思い切り息抜きして、緊張と緩和をバランスよく使いこなして柔軟な状態を保たなくてはならんと言いながら、時々われを連れて盛り場の飲み屋に遊びに行ったものだった。」
「でしょ〜!
 だから私は愛するあんたの精神の健康の為に普段から気を使っているのよ〜。」
「圭ちゃ〜ん!
 ありがとう〜!」

いちゃついている明石夫婦を横目に見ながら俺はコーヒーを一口飲んだ。
なるほど、緊張と緩和を上手く使いこなして精神を柔軟な状態に保つか…俺は四郎を復活させて、明石達と出会った日々を思い返した。
恐ろしい経験もいくつかしたし、あまりにも惨い光景にショックを受けて落ち込んだ時も、厳しい訓練にねを上げそうになった事も有ったが、確かに楽しい思い出も沢山あるし、そう言う楽しい時間がまた俺のやる気や根気や、色々とプラスになる気持ちを持ち続けられたのかも知れない。
ずっと張りつめ続けた糸はいつか必ずぷつんと切れてしまう物だ。
やはりと時々はつまらない事に夢中になってはしゃいだりリラックスしたりは必要かもしれない。

「…と、そういう訳だ彩斗。
 われがアニメに夢中になるのは必要な事だからせめて3本くらい並行してアニメを見てだな…」
「四郎、それとこれとは別。」
「ひひ〜ん!
 そんな〜!」

四郎が情けない悲鳴を上げている間に岩井テレサからメールが入った。
明日の午後2時に、港の見える公園の横の道路で四郎の金貨銀貨やポールの日記、サーベル、シェラナプクト写本と岩井テレサの収益物件の登記関係書類、販売譲渡に関する書類、俺の銀行への振込金額手続きなどをしようと言う内容だった。

俺は了承するとともに、今四郎が仕入れたあの2人組の情報、他の仲間がいる可能性、近々会合が行われるが日付けや場所が不明な事などを返信した。

「彩斗、俺も行こうか?」
「いや、景行は来なくても大丈夫だ。
 それよりもわれは彩斗と同行するからあの2人の監視の方を頼んでも良いかな?
 われとまた違う視点であの2人を観察して欲しいのだ。」
「判った四郎。
 任せとけ。」

やはり明石達が仲間に入ってくれて非常に助かった。
四郎と明石がまるで将棋の飛車角のようで今まで一つの事で他に手が回らないような時でもこんな時に両方の作業を進める事が出来る。
明石と四郎が明日の午前中に合流して2人組の悪鬼のアパートの場所を正確に教えて午後から明石が監視につく事に決まった。
用心のために明石はレンタカーを借りる事にしてその費用は必要経費で落とす事などを決めて明石夫婦は帰った。

四郎ははなちゃんとアニメ鑑賞に戻り、今日は俺が夕食を作る事となって、準備を済ませてから四郎と夜のトレーニングをした。
トレーニングを済ませて夕食をとって、四郎はコウモリに変化して再び2人組の監視に飛び立ち、はなちゃんは昼間の会話からアニメのルパン3世を見始め、俺は久しぶりにまったりと時間を過ごした。
午後11時過ぎ、四郎が戻って来たがこれと言った収穫は無かったそうだ。
午後12時を回り、そろそろ寝ようかと思った時間に真鈴がかなりへべれけになって戻って来た。

「ひゃあ〜ただいま〜!
 今日は飲んだ〜!」

少しもつれ気味の足取りでダイニングにやって来て、コップに水を汲んで一気飲みした真鈴の額には四郎が付けた紙の棒の痣がまだうっすらと残っていた。

「こら、四郎!
 この額の痣のおかげでジンコから質問攻めにあったぞ〜!
 今度から顔はなるべく叩くなよ〜!」
「おお、すまんかったな真鈴、今後は気を付けよう。
 さて、はなちゃん、そろそろアニメを止めるか。」
「ちっ、まあ、仕方が無いの。」

四郎はテレビを消してダイニングにやって来て真鈴の顔を見て顔をしかめた。

「やはり少し叩き過ぎたかな?
 しかしそれはわれがいささか本気を出さなければならなかったと言う事で真鈴も上達していると言う事で勘弁してくれ。」
「四郎、女の髪と顔は命と言うからの。
 気を付けた方が良いの。」
「まぁ、しょうがないわね。
 確かに私は身のこなしが変わったみたいね。
 今日、皆で他愛もないゲームをしたけど、今まで良く勝てなかった私だけどダントツに強くなったもんね。
 まぁ、反射神経を使う普通のゲームだけどね。」
「真鈴、それは良かったじゃないか。
 ところでジンコって誰?」
「ジンコは私のマブダチだよ〜親友って書いてマブダチ〜!
 ほら、この子だよ〜!」

真鈴がスマホに入っている写メを俺達に見せた。
スカイツリーを背景に真鈴と笑顔で写っている女性はジンコと言う呼び名に似合わない清楚な感じの美人だった。

「ほほ〜なかなかの美人さんだな。」
「確かにジンコって名前と合わない感じだね。
 清楚なお嬢さんって感じ。」
「真鈴と2人で街を歩くと絶対に男が放っておかないの!」
「アハハ、ジンコっていうのはあだ名でね、彼女の本名の苗字が神古、かみこって言うんだけどジンコってあだ名になったのよ。
 それでね〜。」
「それでね〜!ってなんだよ真鈴。」

真鈴は少し気まずそうに口をつぐんでまた水を飲んだ。
俺は何となく嫌な予感がした。

「あのね、ジンコはかなり鋭いのよ。
 この額の痣を私は壁の角にぶつけたって言ったけど全然納得しなくてね。
 それで…トレーニングを始めたって答えて、まぁ、ナイフや格闘技の練習って言ったのよね。
 ところで車好きの彼氏を紹介してくれたのがジンコでさ、私が欲しい車の条件を話していた時にジンコもいたのよね。
 彼女鋭いし、色々な情報から系統立てて考察するのが得意だしね。
 それに、最初に彩斗の部屋に行く事になった時、ジンコにはもしもの時の用心で伝えてあったのよね。
 ジンコも中々オカルト系の事好きだからさ。」
「…真鈴…まさかわれの事などを喋ってしまったりは…」

四郎の問いに真鈴は慌てて顔を横に振った。

「言ってない言ってない、四郎が160年棺で冬眠してた吸血鬼系の悪鬼だけど人間の味方に立つ側の善の悪鬼だとか言ってないわよ〜!」

真鈴の答えに俺と四郎はますます疑惑を抱いてしまった。

「真鈴…でもさ…悪鬼では無いとしても…四郎の事は言っちゃったんじゃ…ないの?」
「…うん…言っちゃった…でもねでもね!悪鬼とか吸血鬼とか言ってないわよ!
 彩斗の会社の共同経営者でアメリカから来た武術の達人と言ったわ!
 大丈夫よ!絶対に大丈夫!
 クルマの事でもその武術の達人の四郎の助言で選んでいるって言ったし怪しまれてないわよ!
 そんで私は彩斗の会社でアルバイト始めたから最近忙しくなったって言ったし!
 ジンコは一応納得したみたいだし!
 それにこの事は絶対内緒にしてって言ってあるのよ、うん、大丈夫ジンコは口が堅いから!
 ジンコは口が堅い女だから!」
「やれやれ、女は口が軽いと言う事が全然信用できないと言うのが今真鈴が言った事でしっかり証明されているでは無いか…困ったものだ。」

四郎が言う事はもっともだった。
女は、特に親友とか言いあう間柄では絶対に秘密は守られない。
これは他の人に言っちゃ駄目だよ2人の秘密だからね、とか言いながら他の女の間でどんどん秘密は広まって行くのだ。
大学の歓迎コンパの晩に俺の身体を貪った女の先輩も事が済んだ後でこの事は絶対に2人の内緒だよとか言っておいて二日も経たないうちにゼミの中の女の間で俺のセックスに関する情報が駄々洩れになって拡散されていたのだ。
大学の食堂で並んでいた時に後ろにいた違うゼミの女の先輩が俺の耳元で『半剥けちゃん』と言われてくすくす笑われたし、留学生の金髪でダイナマイトボディの女学生が俺を指差して『おー!ホーケー!ハーフホーケー!アンド、ベリーファストボーイ!キャハハハ!オーマイガー!』と叫ばれてショックで39秒ほどその場から動けなくなったり、ホモセクシャルの噂があるイケメンの先輩が廊下を歩いている時に後ろから俺の耳元に『君、早いんだって?僕が治療してあげようか?』となまめかしく囁かれたり、講義の最中に教授が『早い』とか『剥けて』とか『半剥け』と言った途端に何人かの女学生が俺の方を見てくすくす忍び笑ったりと絶対に他に情報源が無い所から俺の究極の個人情報がだだ漏れになった事が有るのだ。
あの時は真剣に大学を止めようかと思った物だった。
いやいや、俺の悲惨な体験に同情して欲しい訳じゃないんだよ君、ただ、女性は秘密を守ると言う事にあまりどころか全然向いていないという事を言いたいんだよ君、君に彼女が出来て性行為をしたとして君の彼女に親友がいたとしたら君の性器の情報、大事に隠してきたキャン玉の裏側の情報も性癖についてもどんな愛撫をするとか全部の情報を彼女の親友も知ってしまったと思う方が良いのだよ君、君も気を付けた方が良いよ…いったい俺は誰と話しているんだぁああああ!お前はいったい誰なんだぁああああ!

「ごめんね四郎…彩斗…今度からはぼろを出さないように気を付けるよ。
 でもね、確かにここ何週間かジンコとあまりつるまなくなったから彼女心配してたみたいなんだよね。
 だって普段は良くお互いの部屋に泊まりに行ったりしてた仲だしね。」
「ふう、もう起きてしまった事はしょうがないが、今後は本当に気を付けろよ真鈴。
 われらの秘密は絶対に厳守だからな!」
「ごめんちゃい。」

消え入りそうな返事をして申し訳ない顔をしている真鈴を見て俺達はそれ以上何も言えなかった。
まぁ、起きてしまった事はしょうがない。

「真鈴、今度から気を付けてね。
 あ、これは景行が真田幸村について語ったデータだよ。
 真鈴の為に撮って置いた。あとでパソコンで見たらよいよ。」

俺は真鈴の前にUSBメモリを置いた。

「ええ〜!本当に?
 彩斗、ありがとう!」
「さあ、もう明日も早いから寝る事にしようか?
 今日四郎があの2人組の事で新情報を手に入れたけど、明日聞いておいてよ。」

途端に真鈴の顔が引き締まった。

「待ってよ彩斗、四郎、情報の共有は必要でしょ?
 今聞いておきたいわ。
 四郎、教えて。」

真鈴はそう言ってキッチンに行きまたコップに水を汲んで飲み干した。
俺達は今日四郎が聞いた会合の事や明日の午後、明石が代わりに2人組の監視をしている間に横浜に行き四郎の物と岩井テレサの収益物件交換と差額の現金の振込み手続きをする事を教えてから眠りについた。
夜中に起きてしまってトイレに行く途中、真鈴のゲストルームから明石が真田幸村について語る声と真鈴のふわぁ〜!と言うため息交じりの声が廊下まで聞こえていた。




続く

第24話




思った通り翌朝真鈴は寝不足と二日酔いでかなりグダグダな状態で朝のトレーニングをこなして大学に出かけた。

真鈴と入れ替わりに明石がやって来た。
明石はどこかの作業員のようなジャケットを着て、商用のバンのレンタカーを借りて来ていた。
四郎をレンタカーに乗せてあの2人組のアパートまで行った。
暫くしてカァ、とカラスの声がして四郎が戻って来た。
明石は、作業員の振りをしてアパートの他の住人についても探るとの事だ。
明石の芸が細かい配慮に頼もしさを覚えた。

俺は少し念入りにマンションの部屋を掃除して、早めの昼食をとった後、四郎の金貨銀貨、ポールの日記、シェラナプクト写本と言う大判の分厚い怪しげな本と不動産物件書類手続き用に俺の会社印などをランドクルーザーに乗せて横浜、港が見える丘公園に向かった。
ここしばらくの晴天は何処かへ消えて、空はどんよりと曇って時々小雨が降った。

指定された公園横のコインパーキングに車を停めて待っていると、黒い大型のベンツが現れた。
岩井テレサの家を尋ねた時に最初の俺達を出迎えた黒スーツの男、榊と言うのだが、が車を運転して俺達のランドクルーザの後ろに停めた。

岩井テレサの来孫の君江がやって来てランドローバーの後席に乗り込み、榊が金貨銀貨や写本、日記、サーベルをベンツに乗せた。
ランドローバーの後席で俺達は不動産関係の書類手続きをした。
君江は不動産取引の免許と司法書士の資格を持っているとの事で取引は君江の主導でスムーズに行われた。

その後俺達は、正体不明の一団がいる倉庫の事や2人組の悪鬼が会合について話した事も含めて今後の相談をした。
岩井テレサのジョスホールで正体不明の集団について調べているが倉庫の一団の大元はメキシコらしいとの事と、どうやら大規模な麻薬カルテルとひと悶着起こしたらしい悪鬼の集団がいたとの情報が浮かんだが果たしていま進出してきた集団なのか詳細は未だに不明。
敵方なのか岩井テレサの考えの側なのかも良く判らないらしい。
ただ、その組織と接触を試みた岩井テレサ側の組織も対立する組織も送った交渉使節が皆殺しにされたらしい。
それ以後、そのメキシコの組織は攻撃を仕掛けてくる訳でもなく、お互いに緊張しながらも表向きは平和な状態を保っているとの事だった。
君江はその後も調査を続けて何か判り次第教えてくれると約束をした。

そして、あの2人組の事だが大阪のハングレ集団の一つが2年程前に大量に構成員が姿を消し、そして半年から数か月ほど前に行方不明の構成員の何人かが俺達の市内で頻繁に目撃されたと言う事だった。

ハングレ集団とは何かを四郎に説明すると四郎は確かに若い、20代前半に見えて、服装や普段の態度が確かにハングレっぽい感じだと俺達に告げた。

その後も俺達は情報収集を続けると言うと君江はくれぐれも慎重にねと言い。24時間受け付けている悪鬼の死骸などを処理する部署の電話番号を書いた紙をくれた。
余程のへき地でなければ大体1時間以内にやって来るからと言われた。
そして電話を掛けた時に俺達の事を識別出来るように符牒を付けたと言う事だ。
今後俺達は岩井テレサの組織からこう呼ばれる。

『フィフスキャバルリーカンパニー ワイバーン』

これが俺達の符牒で電話に相手が出た場合直ぐにフィフスキャバルリーカンパニーと2回続けて言い、一呼吸置いてワイバーンと1回言うようにと指示された。
それが出来ないと本物の俺達とみなされないで電話が切れて、もう繋がらなくなると注意された。
この呼び名はあくまでも岩井テレサ側の俺達の呼び名と言うだけでただの符牒だと説明された。
君江と別れ俺達は少し雨脚が強くなった中、マンションに向かってランドクルーザーを走らせた。


「四郎、フィフスキャバルリーカンパニーワイバーンってどういう意味かな?
 スパイ映画みたいでかっこ良いけどね。」
「なんだ彩斗英語は苦手なのか?
 日本語で言うと第5騎兵中隊と言う所かな?
 この場合は中隊と言わずにただの騎兵隊、第5騎兵隊と理解して置けば良かろう。
 ワイバーンは翼があって空を飛ぶドラゴンの一種だな。
 どうやらわれらは岩井テレサから見たら5番目の騎兵隊、呼び名はワイバーンと言う事らしいな。
 ワイバーンはポール様がヨーロッパにいた時に好んで使った紋章だったそうだから岩井テレサがしゃれで名付けたのかも知れんな。
 だが、この5と言う数字に意味があるかどうかは判らん、第1や第2第3が有るのかどうかも判らんがな。
 まぁ、ただの符牒だろう。
 岩井テレサの組織は幾つかのわれ達のような小集団と同盟を組んでいると思うぞ。
 ここに呼び名を付けて番号を振って置けば何かと便利だからな。
 まぁ、われらは勝手にそう呼ばせて置けば良かろう。」
「でもさ、第5騎兵隊ワイバーンって呼び名は格好良いよね。」
「そうだな彩斗、メス豚とかガーゴイルとかゴブリンなどと呼ばれるよりはずっと良いな。」

四郎が苦笑いを浮かべて言った。

俺達がマンションに戻る頃には雨は止んだが、依然として陰鬱な感じの曇り空だった。

「やれやれ、雨が止んで良かったよ。
 夜のトレーニングを中止とかに…」
「何を言う彩斗、どんなに土砂降りでも訓練はするぞ。
 お前、雨が強いから戦えませんと悪鬼に言うのか?」
「まぁ…それはそうだね。」

暫くして明石がマンションに帰って来た。

「景行、お帰り。」
「景行、お疲れさまだったな。」
「うん、奴らのアパートだが1階と2階に5部屋づつあるが、2階は奴らと独り暮らしの爺さんだけだったな。
 奴らの部屋の両側は空き部屋だった。
 1階には3部屋入室しているが、どれも老人ばかりだったし、空き部屋をちらりと覗いたがゴミ部屋みたいな所もあって放置しているしアパートの庭にもごみが散乱している。
 かなりやる気が無い大家なんだと思うよ。
 通りから少し引っ込んだ場所に立っていてアパートの入り口まで隣家の高い塀が有るから人目につかずに忍び込むのは簡単だと思う。
 もう少し粘ろうかとも思ったが、奴らパチンコ屋に行ってしまったからな。
 パチンコ屋で誰かと接触するかもと思って2時間見ていたがそんな気配は無かったな。
 しかし、パチンコ屋と言う所はやはり導火線が燃え尽きて爆発しそうな奴らや、人殺しまではしないだろうが質の悪い悪鬼がごろごろいるぞ。
 子供を連れて行くところでは無いな。
 後な、奴らの会話で引っかかる所があったぞ。」
「景行、奴らはどんなことを言っていたのだ。」
「四郎、彩斗、奴らはこう言ったぞ『この前食ったやつはあまり旨くなかったね』と女の方が言うと男の方が『腹の中の赤ん坊は旨かったぜ殺す時も面白かったけどな。お腹の子は助けてください〜!て涙と鼻水と涎まみれの顔で叫んで面白かったじゃん』と答えたのだ。
 女は男に向かって『でも、全然金持ってなかったじゃん。おかげでもう金が無くなりそうだよ』と罵ったんだ。」

そう言って明石はコーヒーを飲み、タバコに火を点けた。

「ちょっと俺は奴らのアパートに乗り込んで行って即座にぶち殺しそうな気分になったぜ。」
「それって…妊婦…お腹の中に赤ちゃんがいる女性を襲って食べたと言う事…」
「うむ、定期的に人殺しをして食っているんだろうと思うぞ。
 楽しみに殺す、そして食う、そして金品を奪う…悪の塊のような奴らだな。」
「会合をすると言う事は奴らの仲間がいると言う事だ。
 どうせ似たような連中だろう。
 チャンスがあれば皆殺しにすべきだと思うよ。」
「うむ、後は相手の人数次第と言う所か…。」
「俺は奴らの強さを推し量ってみたが、あの2人組程度なら加奈でも充分殺せると思う、二人同時はきついかも知れんがな。
 1人づつ相手なら加奈は正面切って戦っても勝てるよ。
 奴らは悪鬼になってから日が浅いし、人間でいる時に特に鍛錬も積んでいないし悪鬼になったおかげで体の機能が上がった事に胡坐をかいていて、ろくに戦う訓練をしないで自堕落な生活を送っているんだ。
 襲うのは明らかに自分達より弱い者だけだ。
 後は奴らの仲間に強い奴がどれほどいるかによるが、大して強力な集団とは思えないな。
 要は数次第だな。
 奴らが二桁以上10体以上いなければ皆殺しにするのは簡単な仕事になると思う。」
「うむ、景行の言う通りだな。
 われは最初、あの2人組は彩斗と真鈴の初仕事にうってつけと思ったが、奴らを始末するだけでは不十分だな。
 あの集団は皆殺しにせねばなるまい。」

アニメに夢中だったはなちゃんが話に入って来た。

「やれやれ面倒な事を言っておるのう。
 わらわがまとめてぶっ潰してやれば良かろうに。
 もっともその外道どもが巻き添えを心配しない所で固まっていてくれればな。
 簡単な事じゃの。」

俺は確かにそう出来れば仕事は捗るなと思いながらもはなちゃんに答えた。

「はなちゃん、確かにそれが出来れば良いけどね〜。
 だけど、奴らがどこかのへき地の建物の中に集まっていたとしても建物ごとぶっ潰したら大騒ぎになるし、奴らは悪鬼になって日が浅いから、悪鬼の姿のままの死体が残ったりしたら大騒ぎになるよ。」
「うむ、それはわれらも何としても避けたいところだな。」
「大丈夫じゃの、人かどうかどころか元が何の生き物か判らないくらい磨り潰してしまえば良かろうの。」

はなちゃん怖い…でも頼もしい。

「でも、そう言うケースになれば俺達も楽だな。
 巻き添えの心配が無い辺鄙な所に奴らが集まれば問題無いという訳だ。
 ともかくもっとあの2人組を探って会合の情報を集めるべきだな。
 彩斗や四郎が俺のマンションに来た時のようにはなちゃんを連れて奴らの部屋に忍び込むか?」

明石がそう言いながら苦笑いの顔を俺に向けた。

「うっあの時は御免なさい!」

俺が頭を下げると明石は笑った。

「彩斗、もう気にしてないから安心しろ。
 明日にでも奴らがパチンコに行った頃に忍び込むか?」
「うむ、そうしよう。」
「判った、ところで君らの方は上手く行ったのか?」

俺は明石に四郎も持ち物と岩井テレサの収益物件購入と差額の現金お振込みの手続きが終わった事を話した。

「彩斗、それは良かったじゃないか。
 …ところで生々しい話でも申し訳ないが差額の現金はいくらくらい入って来るんだ?
 その金額によっては屋敷の強化する規模もより具体的に考える事が出来るからな。」
「ああ、1億8千5百39万円だって。」
「そうか、中々の金額だが、その内の幾らくらいを屋敷の強化に使えるんだ?」
「今、前に四郎の金貨を売った時の現金の残りが1億6千万円くらい残っているんだ。
 それとまた入って来るお金を足して3億4千万円くらいで何かの時の、何か問題が起きて俺達が姿を晦ます時の事を考えると俺と四郎と真鈴にそれぞれ5千万円、景行達に1億円は用意しておこうと思ってるから…色々経費を予備に取って置いて…8千万円を予算と言う事でどうかな?」
「ふむ、彩斗、俺達の事も考えてくれて助かるよ。
 俺の家族も喜朗おじも加奈も1億あれば十分に姿を晦ませる。
 それに屋敷の強化予算が8千万円だと俺が考えている以上に余裕が出来るな。」
「ああ、良かった!
 でも、皮肉な事なんだけど今までの生活だと普通に考えたらとても使い切れないと思っている金額でも、そんな事無いな〜!て思えるんだよね最近は。
 自分が贅沢するお金はいくら?なんて考えなくなったよ。」
「会社を経営したり何かを建てたりなど考えたらそうなる物さ。」

俺と四郎がうんうんと頷いた。

「そうだね、景行の言う通りだよ。
 本当にその通り。」
「うむ、金とは手段に過ぎないからな使い道が決まって初めて多いか少ないか具体的になるものだ。
 そうだ、あと、これは岩井テレサ側の都合なんだが、われ達のチームに符牒が割り振られたぞ。」
「四郎、そうか。
 岩井テレサの方でも同盟を組んでいる集団が一つや二つでは無いだろうしそれぞれの判別に必要だろうからな。
 俺達はどういう名前で呼ばれるんだ?」
「景行、われらはフィフスキャバルリーカンパニーワイバーンと言うそうだ。」
「第5騎兵隊ワイバーンか…なかなか勇ましくて良い呼び名だな。」
「景行、英語判るの?
 なんか意外。」
「あはは、彩斗、長く生きていると色々経験するものさ。
 俺は戦後に少し駐留米軍の通訳もしたからな。
 しかし、ワイバーンか…空を飛べるドラゴンだな。
 俺達の中に飛べるものが2人いるから似合った名前かも知れないな。」
「え?景行は飛べるものに変化できないでしょ?
 俺達は四郎の他に空を飛べるのは…」

明石がニヤリとした。

「喜朗おじだよ。
 彼は凄いぞ。
 どういう訳か俺の血と体液交換したのに飛べるものに変化できる。
 あれはどういうからくりなんだろうな?」
「うむ、われもポール様は景行のように犬や狼に変化するがわれは飛べるカラスやコウモリに変化できるしな。」
「不思議な物だな。
 喜朗おじは鷲に変化できる、しかも変化した後は足は両方揃うんだな。
 そして、飛ぶ速さはアマツバメよりもずっと速いしな…言っておくが隼は大して飛ぶ速度は速くないぞ、アマツバメの方がずっと速いんだが、あと、これは実際に見ると君らは腰を抜かすぞ。」
「え?腰を抜かすって…」
「うん、喜朗おじは…君らはグリフォンと言う架空の、嫌、本当にいるかも知れん生き物を知ってるか?」
「あの、鷲の頭と翼とライオンの四肢を備えた怪獣みたいな奴でしょ?」
「そう、喜朗おじはあのグリフォンのような生き物に変化できるんだ。
 その爪は鋭くてな、車の天井をアルミホイルのように簡単に引き裂くし、司と忍を同時に背に乗せて飛ぶことだって出来るんだぜ。
 昔、俺達が殺したでかい熊並みの悪鬼の死骸を2つ、グリフォンの姿に変化した喜朗おじは両足に掴んで軽々と飛び立ち、山奥に捨てに行った事も有るくらいだ。
 あの姿に変化した喜朗おじは俺が変化してもとても素手では、いやいや大抵の武器を持っていても敵わないかも知れないぜ。
 加奈だって楽に背に載せられると思うよ。
 もっとも今のご時世にあの姿で飛んだりして人目についたら大変な騒ぎになるから控えていると言っていたがな。
 ぷっ、熊並みの悪鬼を捨てた帰りだってある村の上を飛んでいたら祭りがあったらしく多くの村人に姿を見られて大騒ぎになってな。
 あの頃の日本はまだまだカメラなど一般に普及していなかったから写真に撮られなくて助かったが、新聞には載ってしまって俺達は用心の為にその地を離れなければならなくなったがな。
 喜朗おじはまだその新聞の切り抜きを持っている筈だ。」

なるほど、俺は景行の話を聞いていて、時々テレビのUMA特集に出てくる絶対に作り物のフェイク映像だと思っていた伝説のドラゴンや翼竜そっくりの空飛ぶ生き物の姿は変化した悪鬼の可能性があるなと思った。
この事を物凄く誰かに言いたくなったけど、真鈴に言うだけで我慢しよう。





続く
第25話




「しかしだな。
 俺は一つだけどうにも良く判らない事が有るんだがな…」

明石が一息ついた。

「景行、何か疑問に思う事が有るのか?」

四郎が問いかけると明石は腕組みをして背もたれに体を預けた。

「うん、岩井テレサは悪鬼には人間が先か悪鬼が先かと言う事は絶対に譲れない考えだと対立していると言っていたよな。
 かれこれ1万年以上対立しているのに決着が付かずに今でも熾烈な争いをしているとな。」
「うむ、そう言っていたな。
 なるほど、景行の疑問が大体判った気がするぞ。」

四郎が頷きながらコーヒーを一口飲んでタバコに火を点けた。

「四郎、景行、何を二人で納得してるんだよ。
 俺にも判るように話してくれない?」

明石はにやりとした。

「まぁ、例えばの話、彩斗はクリスマスは祝うか?」
「まぁ、祝うと言うかクリスマスケーキは買うしね。
 もしも友達がパーティをするから集まろうとか、恋人がクリスマスだからデートしようと言われれば行くけどね。」

俺は小学校を卒業してからクリスマスパーティに呼ばれた事など無かったし、恋人とクリスマスデートなど…ぐぐぐぐ!リア充死ねぇ!と今明石が言った両方とも経験した事が無いが、そう答えた。

「彩斗、バレンタインデーと言うのがあるだろう?
 ひと月遅れでホワイトデーと言うのもあるよな。
 女の子からチョコレートをもらって嬉しく思って感謝して食べるし、ホワイトデーではお返しに女の子に何かを贈るだろう?」
「そりゃ当然そうするよ。」

生涯で母親からのチョコ以外職場で義理チョコを3つしかもらった事が無かった(3人共おばちゃん、しかもそのうちの一人からは別の社員とおしゃべりしながら動物にエサを投げるように向かいのデスクから放り投げられたし、ホワイトデーって何それ美味しいの?)が、俺は明石にそう答えた。

「成程な。
 まぁ、当然そう言う経験は普通にあったはずだな。
 それがごく平均的な日本人なんだよ、四郎。」
「うむ。
 なるほど、それがごく平均的な日本人と言う訳か。
 だが、それは信仰に裏付けられた行事と言う観念は薄い気がするな。」

ごく平均的な日本人…明石の言葉で俺は何故だか凄く落ち込みそうになった。
ごく平均的な日本人…クリスマスパーティーやクリスマスデートも経験した事が無くておまけにバレンタインデーで義理チョコのみってまるで素人童貞…そして30超えているのに性行為が2回と…いや、待てぇええ!ちょっと待てぇええええ!100人男がいて99人が童貞野郎でもたった1人が1000回性行為をしてれば平均10回性行為をしていることになるじゃん!たった1人のやりちん野郎のおかげで平均に辿り着くのに10回性行為をしなければ、いや!11回性行為をしなければぁ!…平均て何なんだよ!みんな騙されるな!貰ったチョコとか性行為の回数の平均とかそんなもんは!騙されるな!皆騙されるなぁあああ!いかんいかん!止まれ俺止まれ俺!俺は少なくとも2回と…止まれぇええええ!
俺は思考暴走の予兆を感じてなんとか暴走したい悲しい心を抑え込んだ。

「そうだ四郎、その通り。
 仮にクリスマスのミサに行く日本人が居てもキリスト教徒以外の者はただファッションの延長で行く位だ。
 ところで、彩斗はクリスマスやバレンタインデーの大体の由来は知っているよな?」
「うん。」
「それでだ、彩斗、お前は新年には初詣をするだろう?」
「まぁ、当然するよね。」
「身内の誰かが亡くなって葬式をするが、大体は寺で仏教の作法ですると思うが、その時お前は線香をあげて手を合わせて祈るだろう?
 その後何かある時に普通に墓参りもするだろう?」
「うん、そうだね。
 当たり前の事だと思うよ。」
「うんうん、そうだよな。
 彩斗、お前は仏教徒なのか?
 それとも神道か?
 キリスト教徒か?
 あるいはモスリム?
 もしかしてヒンドゥー教徒とか、何か信仰している宗教はあるのか?」
「え!
 …ええと…特にはこれと言っては…強いて言えば…どうなんだろう?」
「な、四郎、今の彩斗の反応がほとんどの日本人なんだよ。」
「うむ、確かにわれがアメリカにいた時、初対面の者同士がさりげなくか正面切ってかの違いはあっても、まず相手がどの宗教を信仰しているのか?と言う事を尋ねたな。
 その人が何を信仰しているかがすなわちその人のアイデンティティーと言う考えがあったぞ。
 日本ではそんな事はまず無かったな。」

はなちゃんが手を上げた。

「わらわもわらわのような神的な存在を信じる者達から崇められてお供え物など貰ったが、あの者達は普通に仏教の寺などにもお参りに行っていたな…お、真鈴が帰って来るぞ。
 もう駅についてこちらに歩いて来るの。」
「はなちゃん、人間の存在も判るのか。」
「まあの、悪鬼のよりは癖が弱いから1里2里先からと言う訳にも行かないが余程気配を隠して潜んでいない限りはそこそこの距離ならいるかどうか判るの。
 真鈴などは一緒に過ごしているからどんなことを考えているのかもこの距離からでも大体判るの。
 何か悩んでいるようじゃの。」
「そうか、人間の事も有る程度の距離ならいるかどうか判るんだね。」
「まあな彩斗。
 悪鬼ほどでは無いがの。
 今さっき彩斗が何やら惨めな思い出が浮かんできておかしくなりそうになるのを抑え込んだことも判ったぞ。」
「なんだ彩斗、何か俺達の言葉で気に障った事でもあったか?」
「いや、景行、何でもないよ、大丈夫。
 それより景行が岩井テレサ達に疑問に思った事を教えてよ。」
「うん、それなんだがな。
 今日あの2人組の悪鬼を見ていて、そして過去に始末した悪鬼などの事も考えたのだがな。
 岩井テレサ達や対立する組織が拘るほどに、人間が先か悪鬼が先かと言う、もうこれは信仰に近いものだと思うが、そう言う哲学的な命題とは全然無縁に思えたんだ。
 中にはそういう事にこだわりそうな奴らもいたが、少数派だったな。
 そこで俺は思った。
 特に今日見た奴らなどはそういう事に思い悩んだりするほどの知性があるのだろうか?とな。
 これは奴らがもともと日本人から悪鬼になったと言う事も関係あるかも知れんが…日本人が知性が無いと言った訳では無いぞ。
 ただ、日本人はな、何と言うか…特定の信仰に縛られない人間が多いし、他人の信仰も大して気にしないのだ。
 ある意味で他人の信仰に寛容と言うかいい加減と言うか良い所取りと言うか…クリスマスにキリスト誕生日おめでとうと言って1週間もしないうちに神社仏閣にお参りして違う神に祈るとか、海外の普通の人から見たらかなり異質な存在に見られると思うんだよ。」
「成程な、景行、それは判るぞ。
 われもポール様から果たして人間が先にこの世に出現したのかそれとも悪鬼が先なのか?と言う事を訊かれた事が有ったな。
 われはきょとんとしてそんな事は思いもしなかったと答えたらやれやれと苦笑いをされてその話はそこで終わってしまった。
 要するに温度差と言うか…」
「ただいま〜!」

玄関のドアが開く音が聞こえてが真鈴が帰って来た。

「あら〜!
 景行!いらっしゃい!
 あの動画メッセージまことにかたじけのうございまする〜!
 真鈴は幸せ至極にございます〜!」

ダイニングに座っている明石を見つけ、真鈴は俺達など全く無視して明石に駆け寄り明石の手を両手で握りしめていささか変な言い回しでお礼の言葉を言いながら何度もお辞儀をした。

「まま、真鈴、喜んでくれて何よりだ。
 まあ、座りなさい。」

戸惑った明石に言われて、真鈴は明石の横に座っている四郎を尻で!押しのけて明石の横に座った。
真鈴に押しのけられた四郎はやれやれと顔を振り、俺の横に座るはなちゃんを抱きあげて椅子に座った。

「ふわぁ〜!ふわぁ〜!私の為にあの変なメイクまでしてくれて動画を撮って頂いてありがとうございまする〜!
 真鈴は感激至極でございまする〜!
 彩斗、コーヒー淹れて!」
「かしこまりました。」

俺はため息をついて真鈴とほかの皆に新しいコーヒーを淹れた。

「ところでなんのお話をしていたんですか?
 なんかかなり真剣に話し込んでいた雰囲気がしたんですけど。」
「うん、そうだな、真鈴はクリスマスとかバレンタインは祝うか?」
「え?まぁ、お祝いですからね。」
「それで。正月は初詣とか行くだろう?
 盆踊りや夏祭り、お彼岸で親戚が集まったりもするよな。」
「ええ、まあ、普通にしますよ。」
「ほら、四郎。
 彩斗だけじゃない、大多数の日本人はこういう物だ。」

 明石の言葉に真鈴は怪訝な顔になった。

「いったい何のお話ですか?」

俺がコーヒーを淹れている間に明石と四郎、はなちゃんが真鈴に明石が岩井テレサの組織に関する疑問についての話を説明した。
説明を聞き終えて真鈴はため息をついてコーヒーを飲んだ。

「なるほど〜!
 私の景行達の説明を聞いて少し疑問に思っていた事が解決しました。」
「え?真鈴が疑問を感じていたの?」
「逆に彩斗は疑問が生じなかったの?
 あのね、同盟を組むと言う事は共通の価値観を持っているという前提があるじゃないの。
 岩井テレサは一言も私達に人間が先か悪鬼が先かと言う質問をしなかったし、同盟を結んでからも人間が先だと信じて欲しいなどと言わなかったわよ。
 一言もね。
 ただ、私達は人間でも悪鬼でも自由意思を尊重するとだけしか言わなかったわよ。
 私はそれを聞いて少しだけ心配になったのよ。
 ずいぶん緩い繋がりの組織ね〜ってね。」
「なるほど、真鈴の言う事もっともだな。
 真鈴は賢いな。」

明石に言われて真鈴の顔が赤くなった。

「いやぁ、そんな事無いですけど。
 ただ、岩井テレサの組織が何百年も維持し、きちんと活動を続けていると言う事は、その緩い繋がりだからかも知れないと思ったのよ。
 専制君主制や独裁制よりも多少の混乱があっても民主制の方が長続きするものだし、大多数の人達は自由を欲するでしょ?
 その自由を押さえつけると言う事は物凄いエネルギーが必要だし、その不満を他に向けるために色々な不合理な事をするし他国を侵略したりするからね。」

そこまで言ってから真鈴はコーヒーを飲んだ。

「だから、岩井テレサ達のやり方も一つの方法かもねって思ったのよ。
 厳密な秘密保持と言う縛りはあるとしても互いに話せばわかると言うか、風通しが良さそうな組織ねって思ったわ。」

なるほど、真鈴は凄く深いところまでさりげなく見ているのだな、と俺は感心した。

「うん、真鈴の言う事は判るな。
 岩井テレサの組織が長く続いている所のヒントはそこにあるかも知れない。
 そして、俺がもう一つ疑問に思っている事はな。
 果たして岩井テレサが言うように世界中の悪鬼の組織が果たして人間が先か悪鬼が先かと言う命題でだけで対立しているとも思えんのだよ。
 まぁ、人間で言う所の無神論かな?
 そういう、何と言うか世界には第3の勢力ともいうべき組織や集団もいるかもな、とな。
 岩井テレサもそう言うあまり人間が先か悪鬼が先かと言う拘りを持たない集団が多いと思われる日本の特性を考慮してその辺りをあまり俺達に突っ込まなかったと思うんだ。
 もしもあの場でそれを突っ込まれたら正直に言って俺達は少し戸惑ったかもな。
 今回の2人組が所属している組織もそういう物かも知れないな。
 どっちにしろ罪の無い人間を貪る奴らだから皆殺しにする事に全く異存はないけどな。」

その後、明石が聞いた2人組の言葉を聞いて真鈴が凄く憤慨してやはり皆殺しにすべきだね!と語気強く言った。
俺も同感だ。
とても話が通じて殺人を止めるとは思えない。
奴らは全滅、皆殺しにすべきだと思う。
人間が先か悪鬼が先かと言う命題は俺達には手に負えない哲学的な事ですぐ結論に飛びつかないが、理不尽に人間を貪る組織とは徹底的に戦い、岩井テレサ達とはその一点で共通する価値観と言うだけで充分共闘できると言う事で皆が改めて同意した。
 
その後、俺達は真鈴に岩井テレサの組織から第5騎兵隊ワイバーンと言う呼び名で呼ばれることを真鈴に教えた。

「うん、確かに私達はチームを組んだけど私達の呼び名なんて全然考えなかったからね。
 かっこ良い名前でいいと思うよ!
 第5騎兵隊ワイバーンか!
 うひょひょひょひょ!」

顔を赤らめて足を踏み鳴らしてはしゃぐ真鈴…やっぱり真鈴は中二病だと俺は思った。
このままで行くと俺達それぞれにコードネームを付けようとか言い出しかねない様子ではらはらした。


午後6時を回っていた。
明石はそろそろ夕食の時間だからと言って帰って行った。

俺達はまだ明るいが夜のトレーニングに出かけた。
喜朗おじがグリフォンの様な怪物に変身できる事を真鈴に言いそびれたが、トレーニング後の楽しみにする事にした。
日本間でのナイフトレーニングではやはり四郎にコテンパンに紙の棒で叩かれて、真鈴と共に畳に這いつくばって動けなくなった。

「やれやれ、君らはわれから見たらまだまだだな。
 さあ、晩飯を作るからシャワーを浴びろ。」

四郎に言われたが畳から立ち上がるのにもう少し時間が掛かった。
今日は俺が先にシャワーを浴びた。
ダイニングで一段落していると明石から電話がかかって来た。
午後9時を回っていた。

「この時間に景行から電話か。」
「四郎、飲みに行かないかとかの誘いじゃないの?」

俺がそう答えてスマホを手に取ってスピーカーに斬り替えた。
スマホから明石の切迫した声が聞こえて来た。

「彩斗、奴らが動くぞ。
 晩飯が終わって奴らもパチンコから帰って来るかもと思ってまたアパートを覗きに来たんだが、奴らの会合は今日だ。
 何時だか判らんが今晩に迎えの車が来るらしい。
 すぐに来い、念のためにフル装備で来いよ。
 何が起こるか判らんからな。
 状況が揃えば奴らを皆殺しに出来るかも知れないぞ。
 俺が今いる場所は…」

リビングではなちゃんが手を上げて大声で言った。

「景行、わらわは場所が判るの。
 そこで待っておるが良いじゃの。」
「ふふ、はなちゃんは便利だな。
 とにかくあらゆる事に備えて来いよ。
 待ってるぞ。
 事態が変わったら連絡するよ。」

電話が切れた。

「何をしている彩斗!
 真鈴にすぐシャワーを済ませる様に言ってこい!
 はなちゃん!こっちに来い!ぬいぐるみを着るぞ!
 急げ!」

四郎に言われて俺はバスルームに走った。
ドア越しに真鈴に現状を伝えると、中からワイバーン出動ね!と真鈴の声が聞こえた。
俺はリビングではなちゃんにクマのぬいぐるみを着せようと四苦八苦している四郎を横目に自室に走り、戦闘服に着替えて装備を身につけ始めた。
ワイバーン初出動か…何この急展開と思いながらも急に実戦に放り込まれる可能性を考えて俺は少し震えていた。 



続く
 
第26話




戦闘服に着替えて装備を身につけ、防刃チョッキとヘルメットを手に取りリビングに行くと、戦闘服に着替えているが頭にタオルを巻いている真鈴が四郎に代わってはなちゃんにクマのぬいぐるみを着せて中に綿を詰め込んでいた。

「四郎は?」
「寝室で持って行く武器を取り出しているわ。
 あ〜!少し髪を切ろうかな?
 なかなか乾かないわ。
 彩斗、四郎を手伝ってあげてよ。」
「判った。」

俺が寝室に行くと四郎は棺の蓋からあれこれと武器を取り出してテーブルに並べている。

「彩斗、使いそうなものを並べてある。
 バッグに詰めてくれ。」

俺はテーブルに並んだ武器を黒いバッグに詰め始めた。
テーブルには今まで見た事も無い武器の他に死霊屋敷で四郎が撃ったあの58マグナムのリボルバーが3丁並んでガンベルトと共に置いてあった。

「四郎。このピストルも持って行くの?」
「ああ、彩斗それも入れてくれ。
 なに、使える所かどうかわれは判断できるから大丈夫だ。
 もしもわらわら大量に奴らが湧いてきたら対応できるからな。
 早く入れろ、おや?彩斗震えているな。」
「…そりゃそうだよ四郎、もしかしたら悪鬼と実戦する羽目になるかも知れないし…恥ずかしいけど震えているよ。」

四郎が一瞬手を止めて俺を見て微笑んだ。

「彩斗、それは武者震いと言う奴だ。
 恥ずかしい事は無いぞ。
 実戦に入ったらすぐに収まるから大丈夫だ。」
「うん、判ったよ四郎。
 テーブルの上のは全部入れたよ。」
「よし、リビングに行こう。」

四郎は長さ70センチほどの棒状の物を2本持ってリビングに行った。

「真鈴、はなちゃんの準備は済んだか?
 髪は車の中で乾かせ。
 子猫ナイフは持っているな?」
「うん、もうホルスターに収まってる。」
「よし、彩斗、真鈴、そのダマスカス鋼ナイフだけでは心許ないからな。
 ちょっと来てくれ。」

四郎がダイニングに行き、先ほどの2本の棒状の物をテーブルに置いた。

「これの使い方はもう少し先に教えようと思っていたが仕方ないな。」

棒状の先は鋭いが刃身が分厚い槍状になっていて、根元の膨らみがあり、反対側のちょうど手で握った場所に平たいボタンが付いていた。

「これは一時期付き合っていた悪鬼の女にわれが作ってやったものだ。
 ポール様がそれを気に入って何本か余計に作らせたうちの2本だ。
 持ってみろ。
 先端に気を付けろよ。」

俺と真鈴はその槍状の物を手に取った。
ごつい見かけの割には軽い。

「トネリコの木を十分に乾燥させたもので出来ている。
 軽い割には頑丈だ。
 これは槍にも、投げ槍にも使える。
 手元にボタンがあるのが判るか?
 押してみろ。」

ボタンを押すと刃の根元の膨らみから頑丈なスパイク状の突起が2本、刃先と反対方向を向いて飛び出た。

「相手に根元まで突き刺した後でボタンを押すとスパイクが飛び出すんだ。
 ちょっとやそっとでは抜けずにその間相手は出血が止まらない。
 抜こうとして動かせばますます内部の組織を突き刺し引き裂いて傷がますます酷くなる。
 判るだろ?」

俺と真鈴が無言で頷いた。

「これでもかなりの接近戦になると思うが、子猫や小雀ナイフよりも間合いが取れるぞ。
 悪鬼どもをあの強力マグライトや催涙スプレーで混乱させたらこれで攻撃しろ。
 悪鬼に深く刺さったらボタンを押して手を放して良いぞ、一撃で殺そうと焦る必要は無い。
 出血で悪鬼は苦痛と焦りを感じるし抜こうとして手が塞がるかも知れんし動きは鈍くなる。
 そしたら子猫や小雀ナイフで戦う事だな。
 万が一悪鬼どもに取り囲まれたらこれを振り回して囲みを突破するのにも使えるぞ。
 …なに、今日の相手は殆ど雑魚程度の奴らだ気を抜かなければ大丈夫。
 大物が出たら俺や景行が相手をする。」

俺達はまたボタンを押しながらテーブルにスパイクを押し付けて元に戻した。

「よし、準備は良いか?
 焦らずにもう一度装備を確認して出発だ。」

俺達は装備を確認して地下駐車場に向かい、ランドクルーザーに乗り込んだ。
俺が運転、四郎が助手席、真鈴はやはりはなちゃんが顔を出したリュックと武器を入れたバッグを横に置いて慌ただしくタオルを頭に擦り付けて髪を乾かしていた。

「彩斗、われは道が判るから大丈夫だ。
 案内する、行こう。
 今日は偵察するだけだからリラックスしろ。
 もしもの時があればはなちゃんがお前たちを守ってくれるからな。」
「ああ、わらわに任せとけ…じゃがの…」
「何?はなちゃん、じゃがのって何?」
「真鈴、これはお前達も判ると思っていたがの。
 わらわは一度に一つの事しか出来んぞ。」
「…え?」
「…え?」
「…え?」
「つまり、例えば見えない壁を作っている時に相手をぶち殺すとか、相手をぶち殺す時に周りに気を配って他の悪鬼が近づいて来るのを監視するとか、2つ以上の事を同時にすると言う事は無理じゃの。」
「…はなちゃん…わらが想像するに…つまりはなちゃんは例えばわれらを見えない壁で守りながら離れた所から新たな悪鬼が近づいて来るのを見たりとか、2つ同時には出来ないと言う解釈で宜しいかな?」
「その通りじゃの、その度に集中力を切り替えなばならんの。」
「…」
「…」
「…」
「なんじゃお前達!
 何をがっかりしておる!
 玉ねぎを刻みながら同時に耳かきなど出来んじゃろうが!
 それと同じ事じゃ!
 当たり前の事じゃろうが!」
「…まぁ、確かにその通りだね。
 当たり前だよね。」
「そうね、それは私でも無理よ〜!
 当たり前だよね〜!」
「確かにはなちゃんの言う通りだな。
 われも当たり前だと思うぞ!
 わはは!さて、彩斗、車を出せ!」
「ラジャー!」
「ワイバーン出動ね!」
「言っておくが…」
「ヤバイものを積んでるから警察に止められないように安全運転で。」
「うむ、その通りだ。
 彩斗、なかなかやるじゃないか。
 わはは!」

出だしでちょっと損をしたような事をはなちゃんから聞いてしまったが、確かに2つ同時の事をするのは無理だと言う事だ。
当たり前だ。
俺達は無理やり明るい声を出してこの雰囲気を消そうとした。

しかし、もっと早く教えて欲しかったのだが、今更仕方が無いな。

「あれ?四郎、この短い槍、2本ともルージュって掘ってあってナンバーが5と6って付いてるよ。
 ルージュって赤って意味ね。
 なんで?」
「あ、ごほんごほん!
 まぁ、色々あってな。
 また機会があれば話すぞ。
 あ、彩斗、一応岩井テレサにわれらの行動を教えておこうか。
 もしかしたら処理班とやらの出番が有るかも知れんからな。」
「うん、そうだね。
 真鈴、代わりに電話を掛けてくれる?
 スピーカーにしてくれれば俺が話すよ。」
「判った、一応名乗る時の注意を確認するわよ。
 これ、大事なんでしょ?」
「うん、とても大事なんだ。
 相手が電話に出たらフィフスキャバルリーカンパニーと2回言ってから一呼吸してからワイバーンだよ。」
「その符牒、私が言っても良いかな?」

ルームミラーで後部席を見ると真鈴が目をキラキラさせて俺を見ていた。
正直言って俺が格好良く言いたかったけど真鈴に譲る事にしよう。

「いいよ真鈴。
 言い間違えないように慎重に言ってね。」

真鈴が破顔して大きく頷いた。
真鈴がスマホを手に持って呼び出した。
スマホのスピーカー越しに呼び出し音が聞こえる。
2回目の呼び出し音が終わると電話がつながった。

「フィフスキャバルリーカンパニー、フィフスキャバルリーカンパニー。」

真鈴が一息ついた。

「ワイバーン。」

真鈴がそこまで言うと若い感じだが落ち着いた女性の声が聞こえた。

「確認しました私はコーディネーターです。
 あなたの名前を教えてください。」
「咲田真鈴です。」
「確認しました。
 ワイバーン、状況をお知らせください。」

四郎がそのまま状況を話せと真鈴に手を振った。

「あの、私達の家の近所に潜伏している悪鬼2人組について、今晩会合をする事が急遽わかって後を追跡してその場所を突き止める予定です。」
「了解しました。
 若い悪鬼の2人組の事はあなた達の報告でこちらでも把握しています。
 処理班は常時スタンバイしています。
 戦闘班の応援は必要ですか?」

真鈴が俺達を見た。
四郎が小声で今日は偵察だけの予定だ今のところは必要ない、と言った。

「今日は偵察をして会合の場所と相手の人数を探る予定です。
 私達で大丈夫だと思います。」
「了解しました。
 あなた達のおおよその場所を追跡します。
 スマホの電源は切らないでください。
 何か非常事態が起きた場合、連絡をお願いします。
 ワイバーンに幸運を。
 では。」

電話が切れた。

「これで良いかしら?
 でも、いざと言う時に処理班だけでなく応援を送ってくれるってさ。」
「うむ、援軍の約束してくれるのは助かるな。
 彩斗あの先の信号を右だ。」
 
俺は四郎の指示で少し走るとはなちゃんが手を上げた。

「彩斗、明石は近いぞ。
 あの路地を左に入って突き当りを右じゃ。
 少し走ると明石達がいるの。」
「明石達?」
「そうじゃの、明石と加奈、喜朗がいるんじゃの。」

 はなちゃんの指示でしばらく走ると道端に紺色のハイエースが停まっていた。
 俺はハイエースの少し後ろにランドクルーザーを停めた。
 ハイエースのスライディングルーフから紺の布をかぶって双眼鏡を覗いていた加奈が俺達に気が付いて手を振った。
 やはり紺色の戦闘服を着ていた。
 後部の荷室ドアが開き、喜朗が手招きをした。

 俺達がハイエースの荷室に乗り込んで明石達と簡単な挨拶をした後で明石が状況を話し始めた。

「奴らの女の方が今日会合だよと言い、男の方は日付けを間違えて覚えていたようで軽く口喧嘩をしてた。
 それでスマホを確認して今日だと判ったようだ。
 どうやら男の方は見かけにお似合いにおつむが弱いようだ。
 はっきりした時間は判らんが迎えの車がやって来るそうだがまだ来ていない。
 どんな車が迎えに来るのかも判らんな。
 四郎も気配を消して置けよ。」
「うむ、判った。
 先ほど岩井テレサの組織、ジョスホールと思うが連絡を取って現状と今夜のわれ達の目的を伝えておいたぞ。
 死骸を処理する処理班はいつでも待機しているようだ、そしていざと言う時は応援を送ると言ってたな。」
「いざと言う時は援軍を送ってくれるのか。
 それはありがたいな。
 まぁ、今日の所は偵察だからその必要は無いとは思うけどな。
 彩斗達は全員時計を持っているよな。
 時間を合わせておくか。」

俺達は全員で腕時計を見ながらスマホの時報に合わせて時間を合わせた。
そして、全員にインカムとヘッドセットを配った。
これで奴らの車を追跡中に万が一はぐれても安全委連絡が取れる。

「わらわは奴らの車が多少離れても位置が判るの。
 わらわ達の車の後に景行達が付いて来るが良いじゃの。」
「そうさせてもらうとしよう。
 いや、はなちゃんがいてくれて助かるな。」
「もっともわらわは一度に一つの事しか出来ないぞ。
 さっき四郎達に言ったら驚かれたので今、言っておくぞ。」
「ん?はなちゃんどういう事だ?」

真鈴がはなちゃんが持つ能力、見えない壁を張り巡らせて相手を束縛する能力とか遠くから悪鬼や人間がどこにいるのか監視できる能力、いざと言う時に凄い重力を操って相手を吹き飛ばしたりつぶる能力は一度に一つしか使えない事を明石達に説明した。

「一度に一つしか出来ないのは私もおんなじ!
 気にしない気にしない!」

加奈が明るい声を出して雰囲気が和らいだ。
四郎が明石に包みを差し出した。



「景行、これを持って来た。
 お前にやるよ。
 われが使うよりもずっと役に立つと思うからな。」
「え?何だ四郎。」

明石が包みを解くと江雪左文字が現れた。
ひぇ〜!と悲鳴を上げたのは喜朗おじだった。

「こここ、これが江雪左文字…
 景行、後で良いから俺にも見せてくれよ。
 もし今晩使う事が有っても絶対に刃こぼれさせるなよ!」
「ああ、判った判った。
 四郎、ありがとう。
 大事に使わせてもらうよ。」

顔を赤くした明石が深々と頭を下げた。

「そうだ、圭ちゃ…圭子からこれを言付かっているんだ。
 彼女の手造りなんだ。
 彩斗と真鈴には必要だと思う。」

明石が差し出した紙袋にはやや厚みがある袋状の布が2枚出て来た。

「これはスペクトラム繊維を、耐刃性はケブラーよりも強いぞ。
 それを難燃性の頑丈な布で包んだものだ。
 この穴に頭を通すんだが…」
「彩斗、真鈴、こんな感じだよ。」

加奈が服のボタンをはずして襟を広げた。
加奈の顎の辺りから首の根元と肩に掛けた部分をあの布が覆っている。

「銃で撃たれた場合は仕方ないがな。
 刃物や悪鬼の爪や牙ならある程度防ぐことが出来るんだ。
 奴らは首元などを重点的に狙ってくる奴が多いからな。
 これなら頸椎や頸動脈を破られる心配は無いぞ。
 サーベルや日本刀の斬撃にもある程度耐える事が出来るぞ。」
「景行ありがとう。
 圭子さんたちはどうしてるの?」
「ふふっ、今日は司も忍もすぐに飛び出せる服を着てベッドの下で寝ているよ。
 圭子は手元に武器を置いて俺の帰りを待っているよ。
 コーヒーをがぶ飲みしながらな。」
「景行絶対無事に帰らないとね。」
「ああ、そのつもりだ。」

俺と真鈴が圭子さん手造りの耐刃性の布をかぶった。
加奈が装着具合を確かめて笑顔で親指を立てるとスライディングルーフから顔を出して道路の監視に戻った。

「それと君達、これも持って行って車の中に入れておいてくれ。」

喜朗がバッグを取り出して差し出した。

「その中には医療キットが入っている。
 止血消毒の他に傷の縫合も出来るしモルヒネも入っている。
 何かあった時には俺が手術をしてやるから心配するな。」
「喜朗おじはそこいら辺の外科医より腕が確かだぞ。
 まぁ、手術の必要が無いのが大前提だがな。」
「一応、彩斗と真鈴の血液型を教えておいてくれるかな?」

俺はB型Rh+、真鈴はO型Rh+だった。

俺達は車に戻り、インカムの通信状態を確かめて待機をした。
時間は午後9時40分を廻っていた。

暫くしてはなちゃんが手を上げた。

「皆、奴らが近づいて来てるぞ。
 車に8人ほど乗っているな。」
「8人…それは一台の車にか?」
「ああ、そうじゃの幼稚園の送迎バスのような物に乗っているかも知れんな。
 小さいバスじゃの。」
「奴らが出て来たよ。」

インカムから加奈の声が聞こえた。
俺達からは遠くて良く見えないが、確かに遠くの街灯の下に2つの人影らしいものが見えた。 

「なんだろう?
 クーラーボックスかな?
 2人ともキャンプに使うようなクーラーボックスを持っているわ。」

再び加奈の声が聞こえた。

「クーラーボックス?
 何か入ってるのかしら?」

真鈴が訊くと加奈の答えが返って来た。

「いや、なんか男の方がはしゃいで振り回してるよ。
 中身は空みたいね…あっあぶない!」
「加奈、どうした?」

四郎は尋ねると加奈のむかつきを押さえきれない声が聞こえた。

「今、男のクーラーボックスが塾帰りっぽい子供の自転車に当たりそうになったよ。
 よろけて逃げてった自転車を見てあいつはゲラゲラ笑いやがった。
 社会のごみね。
 チャンスがあれば私が殺したいわ。」

奴らの行動を見ているとやはりハングレかヤンキーみたいな連中に思えた。

「皆、迎えの車が来るぞ。
 今後ろの角を曲がって来るぞ。」

やがて小型のバスが走って来て止まり、2人組がはしゃぎながら乗ると発進した。

「奴らは今10人じゃが、大して強そうな奴はいないの。」
「そうかはなちゃん、それでは後を追うとしよう。」

俺のランドクルーザーを先頭に小型バスの追跡を始めた。
その後、バスは止まる事無く走り続けて高速に乗った。
俺はインカムで明石に話しかけた。

「景行、奴らは高速に乗ったよ車の燃料大丈夫?」
「満タンにしてあるから心配ないぞ。
 そっちはどうだ。」
「こっちも今日がガソリンスタンドに寄ったから心配無いよ。」
「判った。」

午後9時55分。
下りの高速は空いていた。

俺達は少し距離を置いてバスを追跡した。

「奴らどこに行くんだろうね。」
「さあ〜、今中央高速を下っているんだけど。
 この先、大月ジャンクションでどっちに行くかだな。」
「ふわぁ〜!あんまり遠くに行ってほしくないわぁ〜。
 明日の講義でテストの問題ばらす教授が多いのよね〜。」

真鈴がため息をついた。

「そう言えば真鈴は帰ってくる時に何か悩んでいたの。
 なんじゃろか?」
「はなちゃん、テスト前にジンコと恒例で泊りがけの勉強会をいつもやっているのよね。
 いつにするか悩んでいるんだけどさ。
 私、あのアパートにはもう居られないんだよね屋根の上で下着姿の変な爺がにやけて体操してるなんて気味が悪くて集中できないもん。」
「やれやれ、大学生と言う物は大変なんだな。
 われは大学生でなくて良かった。」
「ふふっ、四郎、でも大学はなかなか面白いわよ。
 まぁ、ジンコのお泊り会は考えておくわ。」

バスが大月ジャンクションを素通りして甲府方面に行った。

「やれやれ遠くに行く気だな。」
「人の迷惑考えて欲しいわよ。」

俺と真鈴が文句を言った。
バスはそのまま走り続け、双葉サービスエリアに入った。

「なんだろう?
 トイレ休憩かな?
 それなら助かるよ、俺、トイレに行きたくなった。」
「私も〜。」
「われも行きたくなったな。」

バスは俺たちの願い通り、公衆トイレの前で止まった。
ぞろぞろと悪鬼が降りてトイレに行ったり売店に行ったりしている。

俺はバスをやり過ごした先にランドクルーザーを停めた。
明石のハイエースが隣に停まった。

窓を開けて明石が顔を出した。

「奴らの偵察がてら俺達もトイレ休憩と何か軽い食べ物でも買うか?」
「それ賛成だよ。
 でも、景行や四郎、喜朗おじは悪鬼だけど勘づかれないの?」
「彩斗、われ達は気配を消せるし奴らもそれほど周りに注意していない。
 鈍感な連中だ。
 それに、ここには何体か他に悪鬼がいるから大丈夫だろう。」

なるほど、悪鬼はそんなに珍しいものじゃ無いのか…俺は少し背筋が寒くなった。

俺達は車を降りて、トイレを済まして売店でコーヒーやお茶、お菓子などを買った。
悪鬼の連中ははしゃいで周りに迷惑を振りまきながらも大して問題を起こさなかったし、四郎達が横を通ってもちらりと見ただけで大した反応は見せなかった。

真鈴と加奈がトイレを済ませて俺達の車に戻ろうとしていた時、4人の若い男が絡んできた。
どうも、地元のヤンキーか遊びに来たヤンキーか、どうもふざけた感じの奴らだった。
俺と四郎が車を降りて真鈴達の方に歩いて行った。

「彼女〜かっこいいお洋服じゃんか。
 サバゲ―か何かの帰り?
 俺達とどっか遊びに行こうぜ〜。」

真鈴と加奈が無視をして通り過ぎようとしたら男達が前に回り込んだ。

「つれねえな〜。」
「ちょっと俺達の相手出来ねえって?」
「さらっちゃっても良いんだぜ〜。」

加奈が歩いて来た俺と四郎に笑顔を浮かべた。

「四郎。
 こいつら悪鬼?」
「いいや、人間だな。」

男達が俺と四郎を見た。

「なんだよお前達。
 邪魔すんなよ。」
「俺たち怒ると怖いよ〜!」

四郎は男達を無視して余裕の微笑みを浮かべながら加奈に答えた。

「時間が無いから早く済ませた方が良いな。
 車で待ってる。」

そう言うと四郎は背を向けてランドクルーザーに歩いて行った。
俺はあっけにとられて四郎を見ると、加奈と男達の方から音が聞こえた。
振り返ると、加奈が目にも止まらない速さで3人の男を攻撃していた。
最初の一人の顎に掌底を食らわせて前かがみになった男の腹にキックを叩き込んだ。
男が膝をついて崩れ落ちる前にその横の男の顔面にキックを叩き込み、体の向きを変えて別の男のみぞおちに正拳突きを入れた。
3人の男が崩れ落ちて地面に這いつくばって呻き声をあげている。

「真鈴、そっちはあなたの獲物よ!」

加奈が叫び、真鈴は戸惑いながらも目の前の男に小振りを突き出し、目をつぶした。
顔を押さえて呻いた男の横腹に身をひねった真鈴が肘を叩き込むとやはり男は崩れ落ちた。

俺達は倒れた男達に見向きもせずに車に乗り込んだ。

「ふむ、6秒で片を付けたな。
 なかなかだぞ。」
「加奈はともかく、真鈴は凄いね。
 いつの間に強くなったの?」
「彩斗、体が勝手に動いたわよ。
 なんか不思議。」
「不思議でもなんでもないぞ真鈴。
 短期間とはいえナイフトレーニングをしているからな。
 彩斗にしても真鈴程度の体の動きは無意識に出来ると思うぞ。
 お前達、誰を相手にトレーニングをしていると思っているんだ。
 われは既に普通の人間は速さ以上の動きでお前たちの相手をしているんだぞ。
 あんなろくに鍛えても無い人間など今のお前達には雑魚と言う物だな。
 お、バスが動き出すぞ。
 後を付けよう。」
「奴らが2人増えたの、ここで拾ったと思うの。」
「そうか、はなちゃん、これで奴らは12人か。
 二人増えた所で大した違いは無いな。」

俺と真鈴は知らぬ間に強くなっているのか…俺は四郎の言葉を半信半疑で聞きながら乗っている悪鬼が12人に増えたバスの追跡を再開した。






続く

第27話




本線に出たバスを追いながら、いったいどこまで行くのだろうと思っていたら韮崎で高速を降りたので俺達はほっと胸を撫で下ろした。
午後11時10分過ぎ。

「やれやれどこまで行くのかな〜。」
「彩斗、高速降りたんだからもう近いんじゃないの?」
「そうだと良いね。」

バスは街中を抜けて山の方角に走っている。

「また人里離れた辺鄙な所か〜!
 この前の外道2人組と言い、どうして悪い奴らってこういう田舎に行きたがるんだろうね〜!」
「そう腐るな真鈴、われ達だってあの死霊屋敷はへき地では無いか。
 人目を避けようとすれば当然の事だな。」
「まあね、でも、後を追う私達にはきついわ。
 後を追うのが見つかりやすくなるからね。」
「真鈴、大丈夫じゃの。
 こういう田舎の方が雑音が少なくて奴らを探りやすいからの。
 それに、そろそろ近いかも知れないの。
 微かだが、あのバスの向かう方向に悪鬼の群れがいる感じがしてきたぞ。
 もう近いかも知れぬの。」
「はなちゃん、奴らがどれくらいいるか判るかな?」
「四郎、まだ遠くて数は判らんが結構数はいるかも知れんの。
 しかし、一か所に集まっている感じはするの。」
「オッケー、これほど田舎で周りに人が住んでいなければ上手く行けばはなちゃんが一撃で全滅に出来るかも知れないよ。」
「彩斗、そうなれば楽だな。」

バスは山道に入りくねくねとカーブを曲がりながら峠を越えて言った。
時折ゴルフのカントリークラブなどの前を通る以外は人家など全くない本当の山道に入って行く。
俺達は追跡がばれないようにますますバスと距離を置かなければならなくなった。
もう、バスは見えず、ほんの時々曲がりくねった道路の先にバスのライトが見える程度になっている。

「あ〜彩斗ヤバいよ。」

真鈴が俺のスマホを見た後で自分のスマホを見て声を上げた。

「真鈴どうしたの?」
「もう携帯が圏外だよ。
 アンテナ一個も無し状態。」
「え?それはヤバいな。
 でも追跡を止めるわけには行かないし…」

俺はインカムで明石達に連絡を取った。

「もうすぐだとはなちゃんが言ってるけど、俺達の携帯は圏外になったよ。
 そっちはどう?
 まだつながる?」
「彩斗、こっちの携帯も全滅だよ。」

加奈の声が聞こえた。

「彩斗、真鈴、このまま行くしか無いな。
 どうせ今日は偵察だし、もしも周りに被害が出そうにない建物に奴らが全部いたらはなちゃんが跡形もなく磨り潰せる。」

四郎が言うと、インカムから明石の声が聞こえた。

「賛成だな四郎。
 どうせ偵察だ。
 ヤバそうならずらかれば良いだけの事だ。」
「よし、続けて後を付けよう。」

俺達の結論が出て、ランドクルーザーとハイエースは山道を登って行った。

「彩斗、見つけたぞ!
 この先左側に少し入った所に奴らが集まっている…数は…40は下るまいな…50近くいるかも知れないの。」
「え…」

はなちゃんの言葉に俺達は一瞬間固まった。
50体の悪鬼だと…俺達ははなちゃんを入れても7人。
1人当たり7体倒してもまだ1体残る計算だ。

「結構いるな。
 まぁ、どうせ偵察だ。
 また、上手い事奴らが一つに固まっていたらはなちゃんで片を付けられるかもな。」

インカムから明石の声が聞こえた。
やはり度胸が据わっているのか明石の声はまるで天気の事を話すかのように落ち着いていた。
明石の声を聴いて俺たちも少し落ち着いた。

「はなちゃん、近くに人は住んでいないのか?」
「ふん、わらわが探った限りでは1里以内には人は見当たらんな。
 どこかの穴倉にでも入っていない限りは人はいないぞ。
 彩斗、道路の右側に広い場所があって悪鬼が2体いるぞ。
 バスはその中に入って行った。
 気を付けろ。」
「判った。」



俺は暫く道路を走って行くと工事現場の目隠し塀の様なものが左側に見えた。

「ここだ!
 この向こうにいるぞ!」
「彩斗このままスピードを落とさずに通り過ぎろ!
 景行、聞こえるか?」
「ああ、聞こえてる。
 俺達もそのまま通り過ぎて彩斗の車についてゆくよ。」

俺達はそのまま工事用の目隠し塀を通り過ぎて、しばらく先にあった道路沿いの空き地にランドクルーザーを停めた。
明石のハイエースもランドクルーザーの後ろに停車して、俺達は近くの木の枝を切って車にかぶせて道路側から車が見えないように偽装を施した。
そしてハイエースの荷室に集まった。

「あの塀は横に動くように細工がされているようじゃの。
 奴らはさっきの塀の後ろ側に車を停めてその先に入って行くと何やら大きな建物があってその中に集まっているの。
 車が停まっている所には2匹いて恐らく見張りじゃの。
 建物の中にはちらりとしか見なかったが54匹ばかしいるの。
 殆どが雑魚じゃが、2匹ばかりそこそこ強いのがいるの。
 恐らく四郎や明石程では無いが、中々強そうな奴らじゃの。」
「その2匹がボスかな?」
「景行、そうじゃと思うの。
 他の奴らはここ数年位に悪鬼になった奴らじゃがその2匹はもう少し歳が古りているがせいぜい100年と言ったところかの。
 他の雑魚共は恐らくその2匹の悪鬼が人間から悪鬼に仕立てたように感じるの。」
「どうする?」

真鈴が尋ねると明石が答えた。

「俺達の目的は今日の所は偵察だ。
 見張りを始末して、停まっている車の中を漁るか車のナンバーでもスマホに撮って岩井テレサに情報を上げよう。
 岩井テレサ達ならそこからかなり奴らの居場所など探し出せると思う。
 その後にその大きな建物を探ってはなちゃんが潰せそうなら一気にぶっ潰してもらうと言う事でどうだ。
 万が一周りに被害が出そうなら静かに引き上げる。
 殺した見張りの後始末する必要は無いな。
 奴らが見つけたら始末するだろうしな。」
「完璧だな、景行、その手で行こう。
 万が一奴らにばれたら可能な限り殺しまくってずらかる必要があるから武器はなるべく持って行こう。
 移動に支障が無いくらいは重武装を、と言う所かな。」

俺達は四郎の言葉に頷いて準備にかかった。

俺と真鈴はダマスカス鋼ナイフの他にルージュの槍、催涙スプレー、マグライト、スタンガンを携帯して防刃チョッキにヘルメット。
四郎は3丁の58マグナムリボルバーとサーベルと凶悪な棘が付いたメイス、それにホークアローの弓矢。
明石は江雪左文字の太刀と手槍、腹に巻いた太いベルトに投げナイフを何本か、喜朗おじはメイスとマチェット、それに医療用キットを入れるには大きすぎるリュックを背負っている。
加奈はククリナイフと両足の太ももにダガーナイフ、そして腕に巻いたホルダーに投げナイフを幾つか差し込んでいた。

「あれ、喜朗おじは結構軽装備なんだね。」

俺が言うと喜朗おじはふふっと笑った。

「彩斗、俺は変化して戦う方が有利なんだよ。
 この空のバッグは変化した時の俺の服と義足を入れるためさ。
 加奈に運んでもらうためのな。」

なるほど、グリフォンのような化け物に変化した喜朗おじは明石でもなかなか太刀打ちできないと言っていた。
出来ればその姿を見てみたいけど、もしも喜朗おじがグリフォンに変化した時は悪鬼達と全面的な戦いになってしまう時だろう。
それは怖い。
そしてはなちゃんは真鈴が背負ったリュックに顔を前に向けて入れた。
俺達は装備が音を立てないように互いにチェックして場合によっては細紐やテープで音が鳴らないようにしてからインカムをチェックして顔がばれないようにバラクラバを被り、夜目が聞く四郎を先頭に静かに藪に入って行った。

暫く森の中を進み、あらかじめ打ち合わせておいた手信号で先頭の四郎が身を屈めて待機と言う合図を出した。
俺達が息を殺して待機した。
明石が静かに四郎の横に行った。
2人で何か小声で話し、四郎が俺達に集まるように合図をした。

四郎と明石の先には平地が広がっていて、20台以上の車が停まっていた。
先ほどの小型バスもそこにあった。
道路に面した目隠し塀の所に2体の悪鬼が所在無げに立って缶コーヒーを飲んでタバコを吸っていた。
見張りと言うよりだらけたハングレが2人突っ立って雑談をしているようにしか見えなかった。

「何と言うか…お粗末な奴らだな。」
「そうだな四郎、彩斗と真鈴の教育にはもってこいじゃないか?」

四郎と明石はにやりとして俺達を見た。

「どうだ、お前達で戦闘デビューを飾ろうじゃないか。
 加奈を同行させるからやってみるか?」

明石が言った。
俺と真鈴は一瞬顔を見合わせた。
そしてお互いに頷いた。

「よし、加奈が作戦を立てて君達3人で始末して見ろ。
 もしもの時ははなちゃんが真鈴の背中にいるし、取り逃がしそうになったらわれが弓で仕留めるぞ。」

俺と真鈴は加奈が立てた作戦に従って駐車場に忍び込んで見張りの悪鬼に近づいて行った。
俺達は車の陰に潜んで加奈に配置についた事をインカムで知らせた。

作戦開始。

バラクラバを外した真鈴が車の陰から立ち上がり、ルージュの槍を背中に隠し、ニコニコしながら見張りに近づいて行った。
真鈴が危ない時に備えてはなちゃんが真鈴の肩から顔を出していた。

「あんた達〜もうお仲間は来ないの〜?」

悪鬼達は呆気にとられて顔を見合わせた。

「なんだこいつ人間だぜ。
 もうとっくに全員集合だよ!」
「こいつ、なんだろうな?
 俺達に気を利かせておすそ分けかな?」
「気にするな、二人で頂いちまおうぜ。
 俺が仕留めるぜ、良いだろ?」

そう言った悪鬼の一人が真鈴に凶悪な笑いを浮かべて近づいて行った。

「お姉ちゃん旨そうだな〜!
 見張りの俺達におすそ分けなんだろ〜?」

悪鬼が笑顔の真鈴に近づきながら片手を伸ばした。
その時、車の陰から加奈が飛び出し、大きくジャンプしながら悪鬼の伸びた腕にククリナイフを振り下ろした。
悪鬼の腕が肘から少し先で見事に切り落とされて落ちて行く。
加奈が落ちて行く悪鬼の腕を見事なボレーキックで真鈴の方角に蹴った。

「ほら、汚い腕を取りに行きな!」

加奈が叫ぶと同時に悲鳴も上げずに呆気にとられた悪鬼は呻き声をあげて真鈴の足もとに転がった腕めがけて走り出した。
その足めがけて加奈はククリナイフの第2撃を叩き込み、悪鬼のふくらはぎを切り裂いた。
悪鬼は呻き声とも悲鳴ともつかない声を漏らしながら残った手を伸ばし片足を引きずって真鈴に向かって行った。

いきなりの事で反応できないもう一人の悪鬼に俺はルージュの槍を掴んで走り寄り、後ろから悪鬼の背中めがけて槍を突き刺した。
槍は刃が根元まで刺さり俺がボタンを押すと悪鬼の体内のスパイクが飛び出したらしく刃のすぐ横からスパイクの先が体の内側を突き破って顔を出し大出血を起こした。
そのまま体重を預けて悪鬼をうつ伏せに倒して俺はその上にのしかかった。
悪鬼が凶悪な表情を浮かべて昆虫標本のように地面にくぎ付けになって手足をじたばたさせた。

俺が止めを刺そうと小雀ナイフを抜いた時に悪鬼の左手が俺の太ももを掴んだ。
尖った爪が食い込み、俺は押し殺した苦痛の呻きを漏らした。
その瞬間、加奈がうつ伏せになった悪鬼の頭にククリナイフを振り下ろした。
ククリナイフが根元まで悪鬼の頭に食い込んだが、悪鬼はまだ牙を剥いて頭を動かし銀色のゾッとする目で俺を睨んだ。
加奈がククリナイフが抜けないように靴で悪鬼の頭を踏みつけた。
やがて悪鬼の目から色が抜けて見る見る瞳が青くなって動かなくなった。
加奈は悪鬼の頭を踏みながら腕から投げナイフを取り出して投げる構えをしたまま真鈴を見ていた。

真鈴は悪鬼の胸板にルージュの槍を深く突き刺しそのまま馬乗りになっていた。
悪鬼が残った腕で真鈴の腕を掴んでいたが、やがて力尽きて手を放して動かなくなった。

「彩斗、悪鬼ハンターの世界へようこそ。」

返り血を顔に浴びた加奈が笑顔で俺に手を伸ばした。
俺はその手を掴んで身を起こし、悪鬼の身体から苦労して槍を引き抜いた。
加奈は真鈴の所に行き、やはり少し放心状態の真鈴に手を貸して槍を引き抜き、真鈴の身体を抱きしめて祝福していた。
俺達が殺した悪鬼はやはり『若い奴』らしく灰にならずに、しかし耐え難い腐敗臭を放っていた。

「2人ともよくやったの!」

はなちゃんがはしゃいだ声を上げた。
俺達は駐車場の外れの藪に待機していた四郎達の方へ向かった。

「2人ともよくやったぞ。
 加奈も介添えをありがとう。」

四郎が俺と真鈴と加奈に声を掛け、喜朗おじが俺の脚と真鈴の腕の傷を見た。

「大丈夫、かすり傷だ。」

そう言いながら喜朗おじは手際よく俺達の傷を消毒をしてガーゼを張り付け、そして返り血を拭いて消毒スプレーを吹いてくれた。

「これで大丈夫、腕も足も動くか?」

明石の言葉に俺と真鈴は頷いた。

「どうだ、初の悪鬼退治は。」

四郎が尋ねたが、俺も真鈴もなかなか実感が湧かなかった。

「なんだろう…全然実感が湧かないわね。」
「そうそう、あっけないような凄い怖かったような…良く判らないよ。」
「まぁ、最初はそういう物だ。
 さて、本丸を偵察に行こう。
 手が出せ無さそうならここに戻って来て車の情報収集をして引き上げようか。
 うまく行けばあの建物ごと悪鬼どもをぶっ潰して大仕事完了だな。」

明石の言葉に俺達は再び、やや距離を置いた一列縦隊で小道を避けて木々の間を進みながら奥にある大きな建物に忍び寄った。

「やれやれ、建物の入り口には見張りがいないぞ。」

四郎が小声で、しかし呆れた声を上げた。
俺達は廃墟となった建物を見た。
コンクリート作りのボーリング場のような建物だった。

「しかし、奴らを一網打尽に出来そうじゃないか。
 はなちゃん、頑丈そうだな、どうだ、やれそうか?」
「景行、これなら一気に潰せそうじゃの。
 もう少し後ろに下がればわらわ達も安全に…まて中止じゃの。
 この建物は潰せないの。」

はなちゃんの意外な言葉に俺達は顔を見合わせた。

「どうしたはなちゃん。」
「この中の、恐らく地下と思うのじゃが人間が何人もいるの。」
「はなちゃん、それは悪鬼に味方してる奴じゃないの?」
「いいや違うぞ加奈。皆怯え切っているぞ。
 さっき一瞬全員の気配がしたが今は1人じゃの。
 恐らく厚い扉で塞がれた場所に皆が閉じ困られておるの。
 恐らく悪鬼にさらわれて来たのじゃろうの。
 今1人引きずり出された時に扉が開いたからわらわには見えたの。
 最低でも10人以上の人間が閉じ込められておるの。
 そしてその厚い扉の中に人間達を監視しているのか更に悪鬼が5匹いたの。」
「全部で60匹以上もいるのか、どうする?」
「誰かが携帯が繋がる所まで行って応援を呼ぶしか無いよ。」

俺が言うと四郎達が頷いた。

「そうだな、ここに見張りを残して誰かが、うっ。」

そこまで言った四郎が顔色を変えて口ごもった。
明石と喜朗おじも顔を引き吊らせて建物を見た。

「おぬしらにも判ったろう。
 今、引きずり出された人間が殺されたの。
 何匹もの悪鬼が一斉に襲い掛かったの。」
「くそ、見張りの奴らが言ってたおすそ分けってこの事だよ。」

加奈が唇を噛んで呻いた。

「あのクーラーボックスは…お土産…人間の…」

真鈴も呻くように言って唇を噛んだ。

「どうする四郎、応援を呼びに行く時間の余裕は無いよ。」
「知れた事、一気に強襲を掛けるぞ。
 われは目の前で胸糞悪い殺人ショーを見ている気は無いぞ。」

四郎がそう言うと58マグナムリボルバーを両手に抜いて撃鉄を起こした。







続く
第28話



俺は全員の顔を見回した。
誰もが全員四郎の言葉に賛同している。
勿論俺もだ。
目の前で何の罪も無い人が悪鬼達に寄ってたかって殺されるなんて黙って許せるはずがない。
怖い。
正直言って怖い。
返り討ちに遭って殺されるかも知れない。
それでも黙っていられない。
見逃せない。

明石がニヤリとして手槍を握りしめた。

「やれやれ、ハードな展開になったな。
 だが、嫌いじゃないぞ。」
「景行、どう攻める?」
「四郎、幸いな事にこの建物はホテルのように幾つも部屋が並んでいる造りじゃない。
 間違い無くボーリング場だったところだな。」

明石が手槍で指示した方向に、草に埋もれた大きなボーリングのピン、おそらく看板代わりの物だろうが転がっていた。

「なるほど、何かの遊技場なのだな?」
「うん、その通りだ四郎。
 となると奴らは1階中央に広い場所があってそこで胸糞悪い事をしていると思う。
 堂々正面から、しかし気配をなるべく消して奴らが集まっている所まで行く。
 はなちゃんはその間、強い奴がどこにいるか探って教えてくれ。
 俺と四郎は一番強い奴を優先的に狙う。
 そして強い奴を始末したら俺と四郎で派手に暴れる。
 俺と四郎はそれぞれ反対側の壁沿いに回って奴らを殺しまくる。
 奴らを取り逃がさないためにな。
 奴らをなるべく広い所の中央に集めて取り逃がしが無いように殺しまくる。」
「うむ、それが良いな景行。
 ボスのような奴を始末したら後は烏合の衆になるだろう。
 そうなれば数など恐れるに足りんぞ。」「
「その通りだ四郎。
 強い奴を見つけ出して優先的に始末する。
 そして俺と四郎が騒動を起こしている間に、これもはなちゃんが事前に閉じ込められている人間達の場所を探ってくれ。
 喜朗おじと加奈、彩斗達で恐らく地下であろう人間達を閉じ込めている場所を急襲して中に居る5匹を始末して人間達の安全を確保する。
 悪鬼どもを全部始末するまで避難させるわけにはいかん。
 10人以上の怯えた人間など混乱なく誘導など出来ないからな。
 中の人間達の無事を確認したらはなちゃんに見えない壁を張り巡らせてもらい、悪鬼が入り込めないようにする。
 そこははなちゃんと彩斗、真鈴が守れ。
 喜朗おじと加奈は手が空き次第俺達の加勢に来てくれ。
 悪鬼どもを全部始末したら人間達を逃がす。
 駐車場の車にそれぞれ勝手に乗って逃げるとは思うがな。
 来る時にちょっと調べたらどの車もドアロックもせずにキーがつけっぱなしになっていたぞ。
 そして俺達は人間達が逃げる際の混乱に乗じて姿を消し、携帯が繋がる所まで行って岩井テレサの処理班を呼ぶ。
 まぁ、そんな所だな。
 何か状況が変わったらインカムでその都度連絡を取り全員で最新の状況の共通認識を持つようにしよう。
 ただ、パニクって余計な事は言うなよ、却って混乱してしまうからな。
 なるべく進捗状況と状況に変化があった時だけ伝えてくれ。
 皆判ったかな?」

明石が手短に立てた作戦を俺達はしっかりと頭に入れて頷いた。
さっき加奈が3方向から悪鬼に忍び寄り、真鈴が囮になって2人を引き離して加奈が先制攻撃をする作戦を立てた時にも戦術家としての加奈の才能に舌を巻いたが、短時間で作戦を組み立てて編成を組み立ててそれぞれの目的を割り振り作戦上の注意を与える事が出来る明石の能力に俺は凄く驚いた。
これは悪鬼退治の経験を積んだが、ほぼポールが作戦を立ててそれに従っていた四郎には出来ない芸当だと思った。
また、四郎はその辺りの事を心得ていて明石に作戦について尋ねたのだろう。
俺達のチームは上手く機能していると俺は安心した。

「うん、了解だよ景行。
 ワイバーンに幸運を。」

明石の指示を聞き終わった真鈴はコーディネーターが俺達に告げた言葉を小さく言った。

「そうだね、ワイバーンに幸運を。」

それが俺達の合言葉のように皆が口々に小声で『ワイバーンに幸運を』と言った。
また少し心が落ち着いた気分だった。
四郎が58マグナムリボルバーを見つめて改めて不具合が無いか調べている。
明石も手槍の穂先を見つめて、太刀を抜いて刃こぼれなどの点検をした。
俺達はそれに倣ってそれぞれ武器の点検をした。
明石の手が小刻みに震えている。
それを見た俺に明石が笑顔を向けた。

「彩斗、武者震いだ、心配ないぞ。
 それにしても俺は甘かったな。
 ここではどんなに銃をぶっ放しても騒ぎにならんな。
 ショットガンを持ってくればよかったよ。」
「うん、判った。
 それは武者震いだね。
 確かにもっと銃があれば楽かもね。」
「景行、まぁわれが奴らをなるべく少なくするからそれで勘弁しろ。」
「そうだな四郎、贅沢を言っても始まらん。
 よし、俺と四郎が前衛で喜朗おじたちは少し後ろをついて来てくれ。
 しんがりは加奈だ。
 しっかり警戒してくれ。
 はなちゃんは建物の中に入ったら強い奴を探って判ったら教えてくれ。
 四郎が撃ち始めたら戦闘開始。
 俺達が奴らをかき回して騒ぎを起こしている内に喜朗おじが先頭になって彩斗、真鈴、加奈、はなちゃんが人間達が閉じ込められた場所を探して急襲してくれ。
 四郎が撃つまで気配を消せよ。
 よし、殺しまくるとするか。」

景行が深呼吸を2回した後で静かに立ち上がった。
右手に江雪左文字、左手に手槍を握っている。
四郎はだらりと下げた両手に58マグナムリボルバーを握っている。
その2人を先頭に俺達はそれぞれの武器を引っ提げて、ぶらぶらと、しかし周りに注意しながらボーリング場の正面玄関に歩いて行った。

玄関口に悪鬼の気配は無い。
やはり奴らは油断しきっているのだろう。
俺達はすっかりガラスが割れたドアを抜け、受付カウンターに向かった。
カウンターの前にはクーラーボックスが乱雑に積み重なり、その横には洗濯したであろうヤンキーかハングレが好きそうな服が積み上げられていた。

「やはりクーラーボックスは食い残しのお土産用だろうな…服は帰りに着替えるのだろう、来ている服はかなり返り血を浴びて汚れるだろうからな。」
「クズどもめ…」

俺達が歩を進めると奥の方からラップミュージックと何人もの下種な叫び声が聞こえて来た。
ロッカーが並んでいる場所に隠れて伺うと、何段かの階段を下りた先に広間、昔はボーリングのレーンだったところだろう、広いスペースが広がっていた。
所々にバッテリー式のスタンドが置かれ、赤や青のセロファンが巻き付けられてサイケデリックな色合いの照明に照らされ、そこに悪鬼どもが各々何かを手に持ち、振り回したり高く掲げたりしながら踊り狂っていた。

「くそ…」

目を凝らして見つめていた四郎が押し殺した声で唸った。
俺達も目が慣れてくると、悪鬼どもが手にしているのは…人間の体の部品だった。
手や足や内臓、胴体、そして苦痛に目を見開いた中年女性の生首。
悪鬼どもはそれを高く掲げて時々口を付けて肉を食いちぎり、血を飲んで歓喜の叫び声を上げていた。

「はなちゃん強い奴はどこにいる?」

景行が尋ねるとはなちゃんは暫く黙り込み、再び顔を上げた。

「景行、この階にはおらんの。
 どこか高い所からあの悪鬼達を見下ろしているの。
 強い奴が2匹、そこそこ強そうな奴が4匹、この広間を見下ろせるところにいるの。」
「チッ、強い奴らを先に始末したいな。」

広間で悪鬼達が『おかわり!おかわり!』と叫び始めた。
女性の頭を持った悪鬼が髪の毛を掴んでぐるぐると振り回して生首を壁に投げつけた。
鈍い音を立てて壁に血の跡を付けた生首がずるずる落ちて行く様を見て悪鬼達が歓声を上げた。

「くそ、酷い事をしやがる…」

喜朗おじが嫌悪の表情で呟いた。
やがて俺達の右方向のドアが取れた出入り口から全裸にされて涙を流して命乞いをする若い男が男女それぞれの悪鬼に髪の毛を鷲掴みにされて引きずり出されて来た。

「なんだよ野郎かよ〜!」
「あら、目の前でちんぽこむしり取ると素敵な声で歌うんだよ〜!」
「もう歌ってるじゃねえの〜!」
「犯しながら首を引き千切るか〜!ひゃひゃひゃ!」

悪鬼達は持っていた犠牲者の体を投げ捨てて若い男を取り囲んで歓声を上げた。

「くそ、待てないな。
 見殺しには出来ん、四郎、行くぞ。」
「四郎、景行、人間達の居場所が大体判ったぞ。
 あの若い男が連れてこられた入り口の辺りの悪鬼を掃除して欲しいんじゃの。
 あそこからわらわ達が地下に入るの。」
「判ったはなちゃん。
 任せとけ。」

四郎と明石が立ち上がりロッカーの陰から姿を現すと歓声を上げている悪鬼の方に歩いて行った。

明石が手槍で大音響でラップを流しているアンプをぶち壊した。
一瞬アンプの断末魔の音が広場に響き渡り、静かになった。


「ほうほう、小僧共が大盛況ですな〜!」
「今晩は〜!われらもパーティに混ぜてくれるかな?」

凶悪な悪鬼の表情になった四郎と明石は凶悪な笑顔を浮かべて悪鬼達に叫んだ。
悪鬼達が一瞬きょとんとした顔で四郎と明石を見、そして凶悪な悪鬼の形相で牙を剥いた。

「なんだお前ら!」
「殺すぞこの野郎!」
「舐めてんのかこの野郎!」
「どこから入って来てやがんだよ!」
「俺を誰だか知ってんのかよ!」

悪鬼が口々に四郎達に一山10円くらいの安っぽい罵声を浴びせた。

四郎が凶悪な笑顔のままで右手の58マグナムリボルバーを上げて、若い男の髪を掴んでいる男の悪鬼の頭に無造作に向けてトリガーを引くと悪鬼の男の頭がきれいに消し飛んだ。

「お前らには地獄すら生ぬるい。
 お前らはもう死んでいる。」

ああ、やっぱり言ったやっぱり言った、四郎はやっぱり言うと思った、と思いながら四郎が一番入り口に近い悪鬼の頭を吹き飛ばし、更にその横の女の悪鬼の顔を完全に吹き飛ばしたたおかげで道が出来て俺達は喜朗おじを先頭に入り口に向かう事が出来た。
髪の毛を掴んだ手から解放された若い裸の男はその場でうずくまった。
何とかしてやりたいが今足手まといを拾う訳には行かないので俺達は男の安全を祈りながら横を通り過ぎた。

その間四郎は右手のリボルバーを4連射した。
強力な威力の弾丸だがさすがに悪鬼は皆1発で即死と言う訳にはいかなかった。
3匹の悪鬼が四郎の弾を受け倒れてしばらく痙攣した後で動かなくなったが、わずかに狙いが外れ頭の左側頭部と顔の左3分の1が吹き飛ばされた悪鬼が頭蓋骨の割れ目から流れ出る脳髄を手で押しとどめながら、しゃがみこんでもう一方の手で床に散らばった頭の破片を拾っていた。
四郎は弾を撃ち尽くしたリボルバーを素早くホルスターに納め、新たに右手に握ったリボルバーで頭の破片を拾う悪鬼の首を撃ち、千切れた頭が転がって行った。
そして四郎が左右交互に58マグナムリボルバーを撃ちまくり悪鬼達を倒していった。
明石は手槍と太刀を鮮やかに振り回しながら悪鬼の集団を端から切り崩していった。
明石が進んで行く先に血煙が上がり、切断した生首や腕などが宙に舞った。

俺達は喜朗おじを先頭に入り口を抜け、マグライトをつけて暗い廊下をはなちゃんの指示で右に曲がり左に曲がり、ついに地下に通じる階段を見つけた。
後ろからガシャーン!とガラスが派手に割れる音がして何か重い物が落下したような振動が響いてきた。





続く
第29話




「四郎、景行、大丈夫?」

真鈴が小声でインカムに尋ねた。

「大丈夫だ問題無い。
 奴らの親玉どもが上から降って来ただけだ。」
「探す手間が省けて助かったぞ。」

四郎と明石の声がインカムから聞こえて来た。

「2人とも頑張って。」

真鈴の声に反応は無く、刃物が激しくぶつかり合う音と怒号が聞こえて来た。

「見つけたぞあそこじゃの!」

はなちゃんが暗い廊下の先の左側に手を突き出した。
俺達が近づくと分厚い鉄板で出来た頑丈な引き戸があった。

加奈が取っ手に手を掛けてそのすぐ後ろに喜朗おじが、そしてその後ろの俺と真鈴が並んで立ち突入のフォーメーションを組んだ。

「行くよ。」

加奈が俺達に言い、取っ手に力を込めた。
しかし、取っ手には内側から閂でもついているのかびくとも動かなかった。
加奈はククリナイフの柄で扉をノックして見たが、扉の向こう側から何やら罵る声が聞こえただけで扉は開かなかった。

「やれやれ、力技で行くしか無いな。」

喜朗がそう言いながらジャケットとシャツを脱いでリュックの肩ひもを腰に巻き付けてその中に入れた。

「皆少し下がってろ。
 俺が入ったら出てくる奴を始末してくれ。」

喜朗おじがそう言うと悪鬼の表情になり、そして見る見ると筋肉が逞しく膨張した。
確かに上半身に衣服を着ていたらびりびりに破けただろう。
履いているズボンも太もも部分がパンパンに膨らんでいた。

「嘘…ハルクじゃん…。」
 
目を見開いて喜朗おじを見つめる真鈴が呟いた。
そう言えばまだ真鈴に喜朗おじがグリフォンの様な怪物に変化できるという事を言っていなかったな、俺もまだ実際に見ていないけどと、そんな事を思った瞬間に喜朗おじは物凄い咆哮を上げて周りの空気をびりびりと震わせると、鉄の扉に両手の指を突き刺し貫通させてそのまま扉を掴むと、いとも簡単に鉄の扉を引き剥がして横に投げ捨てるとずかずかと部屋の中に入って行った。

中からは何かが壁に当たって破裂する音がして、少し遅れて人間と悪鬼の物凄い悲鳴が聞こえて来た。

そして、2匹の悪鬼がよたよたと出て来た。
その内の1匹の悪鬼は左腕が根元から引き抜かれて激しく血を振りまいていた。
2匹は凶悪な悪鬼の表情を醜く歪ませて叫んでいた。

「うわぁ!化け物だぁ!」
「ひゃぁ!何あれ怖い!」

加奈が5体満足な方の悪鬼の目のすぐ上から先の頭の部分をすっぱりと斬り飛ばし、残った顔の部分を縦に首の付け根まで真っ二つに切り裂いた。
左腕を失った悪鬼は俺と真鈴が同時に突き出したルージュの槍で胸板を貫かれ、しばらくじたばた暴れた後で息絶えた。

「化け物はお前らの方だ。」

加奈が死んだ悪鬼に毒づきながら悪鬼の肩を踏んずけてククリナイフを抜くと、悪鬼の服にナイフを擦り付けて血を拭った。

俺達が部屋に入ると人間の姿に戻った上半身裸の喜朗おじが部屋の隅に集まって床に座らされている捕まった人達の間を甲斐甲斐しく歩き回り、健康状態や怪我をしていないか調べていた。
別の部屋の隅に排泄物の為のバケツが何個か置いてあり、そのすぐ横にコンビニのおにぎりの包み紙や空のミネラルウォータのペットボトルが積み重なっていた。
劣悪な衛生環境でこの人達はどのくらいの間監禁されていたのだろうか?
そして監禁が終わる時は服を剥ぎ取られて裸で広場に引きづりだされた挙句嘲笑われながら寄ってたかって生きたまま引き裂かれるのか…最低だ!

俺は入り口の横に放り出されている服と靴を見てさらに胸が痛んだ。
その服は先ほど犠牲になった中年女性と若い男の服や靴なのだろう。

反対側の壁には先ほどの破裂音の原因と思える壁に叩きつけられてそのまま壁に張り付けになってぶら下がっている頭が潰れた悪鬼と、その足元に上半身と下半身を二つに引き裂かれて頭を踏みつぶされて死んでいる2匹の悪鬼が転がっていた。

俺と真鈴は普段は温厚な雰囲気の好好爺(まだ45歳)の喜朗おじと今目の前に見た圧倒的な暴力を振るう姿、そして人間の姿に戻り細かいところまで観察しながら優しく監禁された人間達の面倒を見る喜朗おじのギャップに圧倒されていた。

「彩斗、真鈴、こっち来て手伝って!」

加奈が、腕を負傷している中年の男の傷にガーゼを巻き付けながら俺達を呼んだ。

「酷い傷だけど縫う必要は無さそうだし出血も収まってるから包帯を巻いてやって。
 出来るでしょ?」
「ええ、大学の救急処置のコースも学んでいるからこれ位なら大丈夫。」
「それは良かった。
 あの始末した悪鬼どもは見張りの退屈しのぎにこの人達を痛めつけていたみたい。
 本当にクズだよ。
 もっと苦しめて殺せば良かった。
 あ、彩斗は四郎と景行に地下室を制圧して見張りの悪鬼は皆殺しにしたと伝えて。」
「うん、判った。」

俺は加奈や真鈴や喜朗が監禁された人達の面倒を様子を見ながらインカムで四郎と景行に連絡した。

「四郎、景行、地下室は制圧して見張りは皆殺しにしたよ。
 今、喜朗おじが捕まった人達のチェックをしてる。」

 戦闘の激しい雑音を背景に四郎の声が聞こえた。

「そうか、良かった。
 手が空き次第、喜朗や加奈に加勢に来てくれると助かる。」
「大丈夫?」
「大丈夫だが、今のままでは少し時間が掛かるぞ!
 加勢を頼むぜ!」

明石の声が聞こえて来てその背後で獣の咆哮と刃物が激しくぶつかり合う音が聞こえて来た。

「彩斗、四郎達の方はどうなの?」

真鈴が別の中学生らしい男のこの頭に包帯を巻きながら聞いてきた。

「うん、大丈夫と言ってるけど時間が掛かるって。
 加勢が早く来れば助かると言ってるよ!」
「うん、そう言ってたか。
 俺達も急ごう!」

喜朗おじが厳しい表情で言った。
連れ去られて監禁された人達は老若男女12人だった。
広場でうずくまっている若い男がまだ生きていれば13人。
地下室の人達はあまりの恐怖の連続で精神の均衡を保つのが難しくなっているようで、今は命の危険が去ったのにそれに気が付かず固く目をつぶっていたり放心状態で宙を見つめていたり静かにしていた。
良く見ると皆、顔にあざが有ったり腕や足を押さえたりして、悪鬼から何かしらの暴力を受けているのだろう。

「よし、この人は…うん?
 加奈!こっちに来てくれ!」

お腹が大きい妊婦と思われる女性が苦し気に唸っている。
そのそばで膝をついている喜朗おじが加奈を呼んだ。
加奈がやって来て女性の頭を抱えて何やら教えている。
女性は必死の表情で呼吸の仕方を変えていた。

喜朗おじが俺と真鈴を呼んだ。

「彩斗、真鈴、どうやら不味い事態になったぞ。
 この12人のうち3人は少なくとも自力で動けないし、比較的早めのもう少し高度治療が必要だな。
 そしてあの女性が一番問題だ。
 今見たら少し破水してる、いつ生まれてもおかしくないし、そして俺が見たところ逆子の可能性が高いんだ。」
「え、生まれるの?」
「赤ちゃんが?」
「そうだ、とてもこんな不潔な状態の所で分娩なんて無理な話だよ。」

喜朗おじが言うように排泄物の臭いと共に、始末した悪鬼の死体から耐え難い腐敗臭が臭い始めていた。

「少なくともハイエース迄運ばなければならん。
 あそこには最低限の医療用具が置いてある。
 通常分娩なら問題無く、最悪逆子で分娩が困難でもなんとか対応が出来る。」
「…」
「…」
「俺が四郎や景行の加勢に行ってあっという間に奴らを全部始末できるなら問題無いが、さっきの彩斗と四郎達のやり取りを聞いた限りではそれは無理だろうな。
 勝てるだろうが時間が掛かり過ぎる。
 俺はあの女性をハイエース迄連れて行って分娩の面倒を見る。
 もう一人助手がいるんだが、こういう時は女性じゃないとな。
 加奈は四郎と景行の加勢に絶対必要だ。
 だから、真鈴俺について来てくれ。」

そう言って喜朗がじっと真鈴を見た。
真鈴が喜朗を見つめ返してじっと考えている。
加奈の腕に頭を抱かれた女性が耐え切れずに呻き声を上げていた。

「判った、お産の手伝いした事無いけどやってみる。」

喜朗に答えた真鈴は、持っていたルージュの槍を俺に差し出した。

「と言う訳だよ彩斗。
 私の分も暴れてね。」
「うん、判った。」

俺達はインカムで今の状況を四郎と景行に伝え、広場に通じる出入り口に悪鬼を寄せ付けないように頼んだ。

俺と喜朗おじでお産間近の女性を抱え、加奈を先頭に真鈴を後衛にと決めて、はなちゃんにこの部屋に見えない壁を張り巡らせて悪鬼が入り込まないように、パニックを起こした人間が外に出ないようにと頼んだ。

「ここの守りはわらわに任せておけ!
 その前に念の為…ん?…おおお!なんじゃこれは!」
「はなちゃんどうしたの?」
「新しい悪鬼の群れじゃの!
 凄い殺意をまき散らしながらこちらの方向に来ているぞ!
 10人は下らない数じゃな!
 強い集団じゃの!」
「…たたた大変だ!
 四郎に教えないと!」

俺はインカムで四郎と景行に新しい悪鬼の集団が殺意満々でこちらに近づいて来る事を伝えた。

「なんだ、今日の予約は満杯だと伝えてやれ!」
 とにかくこっちは手一杯だな!」
「誰か加勢に来て早くこいつらを始末しよう!
 新しい奴らの相手はそれからだ!」

四郎と景行が口々に言い、インカムに再び刃物がぶつかり合う音が響いてきた。

「急げ!玄関まで急げ!」

喜朗の言葉で俺達は弾ける様に動き出して地下の廊下を抜けて階段を上り、広場に出る入り口まで来た。
リボルバーの弾を撃ち尽くした四郎が入り口を背にして片手にサーベルもう片手に棘付きのメイスを持って悪鬼と戦っていた。
広場には殺されて腐敗臭をまき散らす悪鬼の死体があちこちにごろごろと転がっていた。
しかし倒れている悪鬼の内の何体かは息絶えておらず苦し気に身を捩り唸っていた。
悪鬼との戦いの厄介な所はそこだろうと思う。
損傷を与えて動けなくした悪鬼でも完全に止めを刺さずに放置しておけば、短時間か時間が掛かっても結局再生してまた戦いに加わって来る。
悪鬼を倒したら必ず止めを刺して致命的な部分を完全に破壊しなければならない。
完全に動かなくなるまで気を抜けないのだ。
喜朗おじもさっき地下室で上半身と下半身に引き裂いた悪鬼の頭をわざわざ踏みつぶして止めを刺しているのだ。
即死させるほどの怪我を負わさなければ斬っても撃ってもまた起き上がって奴らは襲ってくる。
圧倒的に多数の悪鬼と戦っていていちいち確実に止めを刺せない四郎と景行は不利極まりない。

ひときわ大きい親玉の悪鬼2体は2体とも変化していて、狂暴なゴリラのような体格と容姿をしていて馬鹿げたほどに大きい太刀と槍を振り回し、残った2体の比較的大きな悪鬼も青龍刀のような刃物で武装していた。
インカムで聞こえた物凄い金属音は四郎達の武器と悪鬼達の武器のぶつかり合う音だったのだ。
生き残って戦う雑魚の悪鬼は残り10数体と言ったところだろうか、雑魚に紛れて2体の大柄な悪鬼も倒れていた。
多分親玉の取り巻きの4匹のうちの2匹だろう。
そして広場の反対側で明石は血にまみれた江雪左文字を使い、今1匹の雑魚の悪鬼を倒して別の倒れている悪鬼の胸板に突き刺さっていた手槍を抜いて再び両手で戦った。
鋭い切れ味で有名な日本刀だが、5人も人を斬るとその人体の脂で刃が非常になまくらになって鉄の棒と大して変わらなくなると聞いた事が有る。
そう言えば、俺達が地下に向かう時には明石が悪鬼を斬った時の動作もさらりと豆腐でも斬ると言う感じだったが、今は思い切りぶった切ると言う感じで悪鬼に太刀を叩きつけていた。

四郎も明石も全身返り血を浴びて赤鬼のようになって、肩で息をしているようだ。
とにかく急がねば。

俺達が玄関に出ると喜朗おじと俺で女性をゆっくりと階段部分におろすと善郎おじが服を脱ぎ始めた。
加奈が甲斐甲斐しく喜朗の服を拾ってバッグに入れて行く。

「え?なに?急ぐんじゃないの?」

戸惑う真鈴に加奈がウィンクした。

「加奈、一番早くハイエース迄行く方法なのよ、まぁ、見てて。」

加奈がウィンクして喜朗が外した義足をバッグに入れると真鈴の肩にバッグを掛けた。

「これで良し。
 喜朗おじ、良いよ!」

全裸になった喜朗はうむと頷くと見る見る変化をした。
ライオンより二回りほど大きな四肢と胴体としっぽ、前足の先は強力で鋭い鷲の爪になっている。
そして大鷲の頭と巨大な翼。まさに伝説に出てくるグリフォンだった。
俺も真鈴も呆気に取られて変化した喜朗の姿に見入った。
喜朗は後ろ足で立ち上がり、唸っている女性を前足で優しく抱きかかえた。
苦悶の表情で唸っている女性は自分が何の腕に抱かれたのかも判らずに唸り続け、時折苦痛の叫びをあげた。

「俺の前足は定員オーバーだ。
 真鈴、俺の背中に乗れ。」

喜朗が真鈴を見下ろして言った。
声帯が太くなったからなのか、声まで重々しく荘厳な感じになった。
加奈がしり込みする真鈴の背中を押して喜朗おじの背中を這いのぼるように急かした。
真鈴が喜朗おじに背中に這い登り毛皮にしがみついた。

「うひゃぁ〜!
 私、実は高い所苦手なんだけど!
 お医者さんの診断書も有るのよ高所恐怖症ってね!
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「真鈴、しっかり捕まっていろよ。
 怖ければ目をつぶっていろ。
 ハイエース迄1分も掛からん。」

喜朗おじのグリフォンが大きく羽ばたき、陣痛で苦しむ女性を腕に抱き、ごめんなさいごめんなさい!ひゃぁああああ!と叫ぶ真鈴を背中に乗せて夜空に飛び立った。

「あれ、とても気持ち良いのにね〜夜景なんて最高なのよ〜。
 よし!彩斗!
 四郎と景行の加勢に行くよ!
 あなたは私の後ろを守ってね!
 死んじゃ駄目だよ!
 ワイバーンに幸運を!」 
 
加奈がククリナイフともう片方に手に喜朗おじが持っていたマチェットを手に走り出した。
俺も加奈の後を追って、広場の大戦闘に飛び込んだ。
今の俺達には幸運が必要だ。
幸運がいくら来ても助かる。
俺は倒れて傷の再生を終えて立ち上がろうとした悪鬼の頭にルージュの槍を突き刺して止めを刺しながら『ワイバーンに幸運を!』と叫んだ。






続く



第30話



「彩斗!
 その調子!雑魚の数を確実に減らすよ!
 あたしが壊すからあんたが止めを刺して!
 雑魚共来い!
 あたしが相手だ!」

四郎と景行の勢いに恐れていた雑魚の悪鬼達が新しく出現した与しやすそうな相手を見つけわらわらと近寄って来た。
しかし悪鬼とは言えその年数は新しくまだまだ『若い』奴らでこれと言った武器も持っていないので加奈からしたら用心さえすれば倒しやすい相手なのだろうか。
一番最初に加奈に襲い掛かった悪鬼は両手首をククリナイフで斬り飛ばされ悲鳴を上げて転がり、俺がルージュの槍で止めを刺した。
それを見た雑魚の悪鬼は警戒して無防備に襲い掛かる事をしなくなり、加奈と俺を遠巻きに囲み徐々に包囲の輪を詰める作戦に出た。

「ちっ、一辺に掛かられると面倒だね。
 こいつら馬鹿だけど全く脳みそが無い訳じゃないよ。」

加奈がククリナイフとマチェットを両手に構えながら目が忙しく動いて周りを観察している。

「彩斗、あたしの2時方向、まだあの若い男がうずくまってる所判る?」

確かに加奈が言った方向に引きづりだされてきた若い男がまだその場にうずくまっている。

「ちっ、いくらでも逃げられたのに…気絶でもしてるかな?
 彩斗、2時方向にいるデブの奴を倒してあの男の方に行くよ!
 あそこまで行ったらあの男を背に戦おう!
 後ろが地下に通じる廊下だからいよいよヤバくなったら地下に逃げてはなちゃんと合流するよ!」
「判った!」

俺が答えた途端、加奈が雄叫びを上げて2時方向にいる太った大柄な悪鬼の脳天にククリナイフを振り下ろし、更にマチェットを男の脇腹に斬り付けた。
そのまま太った悪鬼を押しながら囲みを突破してうずくまる若い男のところまで行き、加奈が斬り付けた太った男の体を振り回して追いかけてくる悪鬼の群れに向かって蹴りつけた。
その時太った悪鬼の腹に食い込んだマチェットが脂肪の塊から抜けなくなって加奈は手を離さざるを得なくなった。

「ちっ、喜朗おじに怒られるな。
 後で回収しないと。」

俺達はうずくまる男を背に悪鬼の群れと対峙した。
加奈は太ももからダガーナイフを抜いてククリナイフを構えた手の横でダガーナイフを持った手を蛇のように怪し気にくねらせた。

「彩斗、その男はどう?
 自力で逃げられそう?」

加奈が悪鬼の群れを睨みながら尋ねた。

「駄目だこの姿勢のまま気絶してるよ!」
「しょうがないね、ちょっと邪魔だからもっと隅の方に片付けてくれる?

俺はルージュの槍を構えながら男の腕を掴んで広間の端へ引きずって行った。
その間に加奈は襲い掛かって来た1匹の悪鬼を即死させもう1匹の片足を膝から斬り飛ばした。
足を切断されて唸り声を上げる悪鬼の右目にはいつの間に放ったのか加奈の腕のバンドに止めていた小振りな投げナイフが根元まで刺さっていた。
狭まりつつあった雑魚の悪鬼の包囲網が少し広がった。

「きゃはは!
 おいでよ〜!
 遊んであげるからさ〜!」

返り血を浴びて凄惨な顔になった加奈がダガーナイフを持つ手をくねらせながら悪鬼達を挑発した。

一方、広場中央では四郎と明石がもう一匹、大柄な取り巻き悪鬼の首を切断して殺すことに成功した。

親玉と思える2匹の悪鬼は明らかに動揺していた。
そして、1匹の親玉が事も有ろうに手近にいた残った1匹の取り巻きの大柄な悪鬼を掴むと四郎と明石の方に投げつけ、明石がその下敷きになった。
そして親玉悪鬼は広場から玄関に向かって駆け出した。

親玉悪鬼の逃亡に雑魚の悪鬼達も動揺した。
悪鬼達は一瞬顔を見合わせた後、悲鳴を上げて一斉に親玉の悪鬼を追って駆け出した。

「景行!
 まだ動けるか!
 あの親玉は逃がす訳にはいかんぞ!」
「そうだな!
 あいつらはまた新しい群れを作るぞ!
 ここで始末しないと!」

明石は親玉に投げ飛ばされて来た大柄な悪鬼の下敷きになっていたが下から悪鬼の腹を切り裂いて出てくると手槍で悪鬼の頭を貫いて止めを刺した。

「彩斗!私達も追うよ!
 親玉はともかく雑魚の悪鬼を減らすんだよ!」

加奈が俺に叫ぶと逃げる悪鬼の群れを追って走り出した。
一番遅れて走る太った悪鬼に加奈がククリナイフで思い切り深く肩を切り裂いた。
さっき加奈のマチェットを腹に刺したままの悪鬼だった。
ほぼ半分に切断された頭もほぼ繋がりそうになっている。
悪鬼の回復力も個人差によってかなり違うようだ。
俺は後ろからルージュの槍をそいつに背骨に深く刺した。
その悪鬼は下半身のコントロールが効かなくなって床に倒れた。
俺は馬乗りになってそいつの再生しつつある頭にもう一本のルージュの槍を突き刺した。
その太った悪鬼はやがて動かなくなり早くも酸っぱい腐敗臭を撒き散らし始めた。
俺はその腐乱死体から体を遠ざけながら、腹に刺さっていた喜朗おじのマチェットを引き抜いて加奈の後を追った。




 
親玉の悪鬼に付いていった雑魚の悪鬼達は加奈の攻撃で数を減らしながらも親玉に追いつき、玄関まで辿り着いた。

四郎と明石も親玉を追って玄関まで追いついた。

2匹の親玉の悪鬼は俺達に向かって大きな咆哮を上げると手近な雑魚悪鬼を数匹掴んで投げつけて玄関から外に飛び出した。

「くそ!自分が残れば良いとしか思って無いな!」

飛ばされて来た雑魚の悪鬼をサーベルで二つに切り裂いた四郎が悪鬼のあとを追って玄関から飛び出た。

悪鬼達は駐車場の方に走っていたが、急に歩みを止めた。
悪鬼達の進行方向から数本の光りの帯が現れて悪鬼達を照らしている。
目を凝らすとライトの下に黒ずくめの影が幾つかうごめいている。

「あれが新手か?
 殺気がびりびり伝わって来るぞ。」
「確かに強そうな奴らだな。
 くそ、左文字の脂を少しでも落とせればな…」
「彩斗、始まったら私の後ろに。
 私が倒れたらとにかく逃げるんだよ。
 地下に行けばはなちゃんが守ってくれるよ。」

新たな集団が目に止まった悪鬼達に何かを問いかけているようだが距離が遠くて何を言っているか判らなかった。
その時悪鬼達を照らすライトの前に一人の影が立ち、何か長い物を悪鬼の親玉に向けた。

「くそ!あれはヤバいぞ!
 四郎、加奈、彩斗、物陰に身を隠せ!
 あれは流れ弾でも充分危険だぞ!」

明石が言い終わる前に物凄い轟音が鳴り響き、親玉の悪鬼の一人の頭が半分消し飛んだ。
もう一度轟音が聞こえて、苦痛の唸り声を上げながら頭の傷に手を伸ばした親玉の手と共に残った頭の部分も消し飛んだ。

一瞬呆気にとられた雑魚の悪鬼達は雲の子を散らすように闇に向かって走ったが次々と矢や槍、銃弾などでなぎ倒されて走り寄って来た黒ずくめの者達によって次々と止めを刺された。

1匹残った親玉にも矢や槍が飛んできたが、倒すまでには行かなった。
そして再度あの轟音が響き、今度は親玉に口から銃弾が入り、頭蓋骨中で物凄い圧力がかかり悪鬼の両目玉が飛び出して耳や鼻から脳髄を吹き出してゆっくり倒れた。

「600ニトロのアクションエクスプレス弾だ、象撃ち用の最強の弾だ。
 撃った奴も悪鬼だろうが、ダブルバレルのライフルだが、あんな華奢な体で連射できるとは恐れ入るな…」
「さて…どうなる?
 俺達も同じ運命か?」
「様子を見よう。
 みんな気を抜くなよ!
 ヤバそうなら地下に籠るぞ!
 一か八かはなちゃんに頼るぞ!」

俺達は建物の壁に隠れて外を窺った。
四郎がバラクラバを脱いでサーベルの血を拭いながら顔の血を拭いた。

悪鬼達はほぼ全滅したようで止めを刺しに来た者達が倒れた悪鬼の間を歩いている。
そしてまだ息がある悪鬼のうちの1匹を拘束して連れて行き、残りの悪鬼の止めを刺していた。

「捕虜?」
「なんらかの情報収集かな?」

俺達が見ていると先ほど親玉悪鬼を倒した華奢な姿の者が隣の者にライフルを手渡して、代わりにスピーカーを受け取ると1人でボーリング場に向かって歩いてきた。

スピーカーから聞こえたのは女の声だった。

「ワイバーン!君達は第5騎兵隊のワイバーンか?
 われらはスコルピオ!第3騎兵隊スコルピオの者だ。
 探すのに苦労して遅れたな。すまん。」

「…やれやれ、俺は西部劇の映画をよく見たが奴らは確かに出番が遅すぎるぞ。
 救出の騎兵隊ってのはもっとこう…まぁ、文句は言うまい。」

明石は苦笑いを浮かべて頭を振った。
俺たちは一様に体の力が抜けた。

「さて、一応ご挨拶に行くか。
 まぁ、われらの符牒を知っているからな。
 友軍に間違い無いだろう。
 撃つな!
 われらはワイバーン!第5騎兵隊ワイバーンだ!
 今、出て行くぞ!」

四郎がそう叫んでゆっくりとボーリング場から出て行き俺達も後に続いた。
スコルピオ、サソリの名を名乗った者達が一斉に武器を俺達に向けて警戒している。

スピーカーを持った女が俺達を見ていたが、スピーカーを捨てて何やら声を上げて四郎に駆け寄った。
駆け寄りながら女はバラクラバを顔から剥ぎ取り『マイケル!』と叫んだ。
一瞬女を見つめた四郎が両手を広げて叫んだ。

「リリー!ルージュリリー!」

女は歓声を上げて四郎に抱き着き、四郎も女を抱き返して固く抱擁を交わしながら何と、チチチ、チューをしやがった。







第5部  接触編 終了


次回   第6部 狩猟シーズン編

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