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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か?第4部 人間編

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吸血鬼ですが、何か? 第4部 人間編 第1話


山の中の道をランドクルーザーを走らせていると後席でははなちゃんが立ち上がり、珍し気に外を眺めている。
真鈴がはなちゃんの頭を撫でながら話しかけた。

「はなちゃん、お外珍しい?」

はなちゃんは真鈴の方に顔を向けた、少し紅潮しているように見えた。

「このアタリくらいはナンドカ来たことがある。
 ダガ、道がズイブン平らにナっておるな。
 このクルマと言うモノモワラワノ頃のギュウシャにクラベタラ早いのう。」
「はなちゃん、ギュウシャって…牛の…牛車の事?」
「ソウダ…あの頃はゲボクガ牛のクチトリをしてススンダモノだが、イマはゲボクが一緒にノルノダナ…」

…ゲボクってやっぱり俺の事を言っているのかな…

「ソウじゃ、彩斗はゲボクナンじゃろう?」

はなちゃんが俺の心の中の声を聞き取ったのか、ギクッとしてハンドル操作を誤り少しランドクルーザーが揺れてしまった。

「彩斗、気を付けてよ。」
「彩斗、慎重に運転しろと言っただろうに。」
「いや、ごめんごめん。」

真鈴がはなちゃんをたしなめるように言った。

「はなちゃん、彩斗は私達の仲間で下僕じゃないのよ〜。」

真鈴の言葉を聞いたはなちゃんの顔が左右に小刻みに揺れた。
もしも真鈴が腹話術人形を買ってきてはなちゃんが依り代にしたらきっと口を思い切り開いて白目になっていただろう。

「ゲッ!彩斗はゲボクじゃないとな!
 ビビビビビビ〜!
 それは失礼したな。
 ゆるせ。」
「はい…大丈夫です…」
「キニせずに運転をツヅケルガ良いぞ。」
「かしこまりました。」

助手席の四郎が笑いを堪えているのだろう、顔が赤い。

「でも、牛車に乗ってたって、はなちゃんは高貴な生まれだったのね〜!」

真鈴が感心した声を出した。

「ソウじゃ、ホンライハシモジモノ者とはあまりマジワラナイものだが、このグローバルなヨノナカデハしかたあるまいな。」

はなちゃんは時々現代の言葉を口走る事がある。
真鈴の寝相の騒ぎの時はエルボーと言っていたしかかと落としなんて技の名前も言っていた。
そして今は多少言葉の使い方が違うがグローバルとか言っているし…謎だ。

「あのさ、はなちゃんていつ生まれたの?」
「わらわはチョウトクの世にウマレタ、一条サマの御代であったな。」
「チョウトク?一条様?ちょっと調べてみるね〜」
「うむ、ナガイミジカイノナガイ、とくを積むのとくじゃな。」

真鈴がスマホを取り出してはなちゃんが生まれた時代を調べて、ひっ!と声を上げた。

「ちょちょちょ!はなちゃんが生まれたのって長徳…この字で良いんだよね?
 一条様って一条天皇のこと?」

スマホを覗き込んだはなちゃんが真鈴を見上げた。

「ウム、この字で良いぞ。
 ソノ通り、一条サマの御代ダッタゾ。
 わらわはチョウトクニネンノ生まれだ。
 モットモ、チョウホウサン年にやしきになだれ込んできたゾクニ親族もろともぶち殺されてシマッタガな。」
「ぶち殺され…そう…大変だったわね…はなちゃんが生まれたのは西暦…996年ね…」
「モットモわらわが人でイタのはナナネンくらいだったが。」
「はなちゃん…1026歳なんだ…凄いね…」

真鈴の言葉を聞いて俺も四郎も感心した声を上げてしまった。
数百年どころかこの人形を依り代にしているはなちゃんと言う死霊は1026歳…気が遠くなりそうな年齢だ。

「ワラワハこの中では一番ネンチョウダトオモウゾ。
 もすこしウヤマッテセッスルガ良いぞ。」

「かしこまりました!」

俺も真鈴も四郎も声を合わせて答えた。

「ママママま、タワムレジャ、普通でヨイゾ。」
「ははっ!」

またしても俺達は声を合わせて答えてしまった。

「ウム。」

はなちゃんは満足げに頷いて外の風景に目を戻した。
ランドクルーザーは山道を出て市街地を走り出すとはなちゃんは興奮して真鈴の膝の上をピョンピョン跳ねていた。

「オオ!ミヤコは随分ニギヤカニなっておる!
 アノ建物などテンに届くようじゃ!
 ああ!これ!見えんじゃナイカ!
 じゃまだ!この童どもがぁ!」

はなちゃんが窓の外に盛んに手を振っている。
どうしたのか見てみると信号で止まったランドクルーザーの隣に幼稚園の送迎バスが停車していてはなちゃんの視界を遮っているようだった。
送迎バスから園児の何人かはなちゃんに気が付いて、はなちゃんのどけと言う手振りを勘違いしてこちらに手を振って大声を上げている。
騒ぎにつられて送迎バスの窓は興奮した園児の顔で花盛りになった。

「きぃいいいい!このシモジモノ童ども!
 ナニヲ手を振っておるのじゃ!
 見えんとイウノニ!
 どけとイウノニ!
 きぃいいい!」
「真鈴!はなちゃんを何とかしろ!
 目立つぞ!目立ち過ぎだ!」

四郎が叫んで、真鈴が必死にはなちゃんに声を掛けて鎮まるように懇願したが、はなちゃんは園児達が邪魔で怒り心頭になっていた。
そのうち送迎バスの添乗の保育士の若い女性が騒ぎに気が付いて園児たちの後ろからこちらを見た。
保育士の女性は、髪を振り乱し窓を叩きどけと身振りをするはなちゃんを見て口をまん丸に開けて目を見開いた。

「やばいやばいやばい!大人に見られてるぞ!」
「ひゃぁああ!はなちゃん!だめよ!」

真鈴がはなちゃんに覆いかぶさった。

「ナニヲスル真鈴!
 じゃまじゃ〜!」

はなちゃんは真鈴に覆いかぶさられて手足をじたばたさせた。
保育士はエプロンのポケットからスマホを取り出してこちらに向けた。
はなちゃんを撮影する気だ。

こんな動画を撮られたらヤバい、非常にヤバい、テレビの衝撃映像動画などの特集番組にでも流出したら、たちまちはなちゃんは全国区の存在になり、この車の映像から俺の住所などがばれて探偵ナイトスクープや報道特集、みやね屋、ZIPやニュース23やイットなどが取材に来たらどうすれば良いんだぁ!万が一アナウンサーが直接来られても水卜麻美程度なら取材拒否が出来ると思うが小川彩佳や加藤綾子が直接来たりしたら持ちこたえる自信が無い、サインをもらって一緒に自撮り、握手程度の条件で喜んで取材を受けてしまうかも知れない!
いやいや!水卜麻美でも危ないぞ!テレビでは実際よりも丸顔に写ると言うからな!
生で見て可愛かったらどうするんだ断り切れるのか俺!
なんたって俺は人生で3回しか、嫌々2回半…だけ…いやしかし…綾パン…

「彩斗!何をしている!青だぞ!
 早く車を出さんか!」

四郎が耳元で叫び、俺の思考暴走が止まった。
急ぎながらもこんな時に事故でも起こせば一発でアウトなので慎重にランドクルーザーを発進させた。

「彩斗!バスから離れて!
 どこかで曲がって!」

真鈴が叫び、俺は慎重かつ急いで次の信号で右折、更に少し走って左折をして路地に入った。
クルマを端に寄せて停車をして俺はため息をついた。

「ふぅ、危なかった。
 真鈴、スマホで撮られたと思う?」
「私が覆いかぶさったから大丈夫だと思うよ…たぶん。」
「そうか、良かった、万が一女子アナウンサーが家に来たら真鈴が対応してくれ…綾パン…。」
「…彩斗、ちょっと何言ってるのかよく判らないよ。」

その後、俺達ははなちゃんに人形が動いたり話したりする事は、昔はともかく今はたちまち情報が拡散されて大変な事になる事、そして、今後俺達の活動の為に目立つと非常に危険な事をこんこんと説明した。

やっとはなちゃんは納得したらしく俺たち以外の人目がある時はじっと動かず歩いたり手を動かしたりもせず喋らない事を約束してもらった。

「やれヤレ、依り代もメンドウクサイモノだな。
 あのジャマナわらべどもを、オオキナ車ごとペシャンコにつぶしてやろうかと思ったが、がまんしてよかったのう。」

はなちゃんがそう呟いて、俺は本当にはなちゃんはそれくらいの力があるかも知れないと思ってぞっとした。
ランドクルーザーを走らせ始めるとまた、はなちゃんは真鈴の膝の上に立ち窓に手を掛けて外の風景に見入っていた。

マンションが見えてきて俺はほっとした。

「これはシモジモノ民がスムニしても立派な城じゃな〜」

はなちゃんは吞気に声を上げた。


続く


第2話



俺達はランドクルーザーを駐車場に止めた。
真鈴がはなちゃんを抱いて車から降りるとはなちゃんが手足をバタバタさせた。

「真鈴、わらわはアルケルぞ、歩きたいのじゃ!」
「駄目よはなちゃんここには監視カメラと言う物があってはなちゃんが歩いているのが映ると騒ぎになっちゃうから。」

真鈴が駐車場の天井についている監視カメラを指差した。

「おのれ、コシャクナかんしカメラとやらが!」

はなちゃんが監視カメラに手を突き出すと監視カメラがぺけぺけめきめきぺけぺけ!と音を立てて目に見えない大きな手に握り潰されるように見る見る縮小して潰れてしまった。
壊れた監視カメラの部品が床に落ちてからんからんと音を立てた。

「ひぇえええ!
 はなちゃん、やめて!
 マンションの備品を壊さないで!
 あれを直すのだって修繕積立金から支出しなきゃいけないんだよ!
 管理費が値上げしちゃうかもしれないんだよ〜!」

俺は悲鳴を上げて監視カメラに駆け寄った。
カメラは黒とも灰色ともつかない奇妙な縮こまった塊になり、床に落ちた部品も折れ曲がりひん曲がり縮んでいて直しようが無いゴミになっていた。
俯いてとぼとぼと戻って来た俺にはなちゃんが顔を向けた。

「やれやれ、彩斗はケツノアナが小さいの。」
「はなちゃん、でもあまり物を壊したりしちゃ駄目だよ〜。」
「うむ、これからは気をつけよう。」
「そうよ、お願いね〜あれ?」

真鈴がはなちゃんの指先を見て声を上げた。
俺と四郎も覗き込むとはなちゃんの人差し指の関節にほんの少し、微かなひびが入っていた。

「ふむ、スコシ気をつけないとイケナイな…」

はなちゃんは自分の指を見て呟いた。

「はなちゃん…大丈夫?」
「わらわはあまり力を使うと依り代がコワレテシマウノジャ。
 依り代が完全にコワレテしまうと…ヤバいな。」
「え?ヤバいの?」
「…ヤバい…ウツツヨにいられなくなる。」
「ウツツヨ?」
「この世の事じゃな。」
「…ヤバいじゃん!それってヤバいじゃん!
 はなちゃん!もう力を使っちゃ駄目だよ〜!」
「このくらいではタイシタ事が無いが、真鈴がくれた依り代だからな、大事に使うぞ。」
「本当にそうしてね。
 私、はなちゃんがいなくなるの嫌だよ。」

真鈴がそう言ってはなちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「真鈴、クルシイ…」

はなちゃんが白目を剥いて顔を左右に小刻みに振った。

「あら、ごめんねはなちゃん。
 後でその指に絆創膏張ってあげる。」
「バンソウコウ?」
「そうよ、さあ、じっと私に抱かれててね。
 動いちゃ駄目。」

俺達は荷物を出して部屋に向かった。
四郎が何かに気が付いて立ち止まり、駐車場の隅を見た。

「四郎、どうしたの?」
「うむ…何と言うかその…あの隅に若い死霊がいると言っていたな。」
「ああ、周りに無関心な若い男の死霊でしょ?
 それがどうかしたの?」
「うむ、こちらに土下座しているな…」

四郎の言葉に俺と真鈴は駐車場の隅を見た、が、俺達には死霊の姿を見る事は出来ない。

「四郎、本当に?」
「本当だ、非常にかしこまって土下座をしているぞ。」

はなちゃんが心持ちあごを上げながら鷹揚に頷いた。

「うむ、寛いでヨイゾ。」
「おお!これは…」
「四郎、どうしたの?」
「君らに見えないのが残念だな。
 あの若い死霊が土下座したまま何度か頭を下げて元の姿勢に戻ったぞ。
 おそらくはなちゃんが恐れ多い存在に見えたのだろうな。」
「トウゼンジャ、わらわは神のハシクレになりつつあるからな。」
「はなちゃん、すご〜い!」

真鈴が感心すると、はなちゃんが手を広げ白目になって首をかくかくと震わせた。
恐らく自慢げに、得意になっているのだろう。
…少し気味悪かった。

エレベーターの中を物珍し気に見回してる以外、はなちゃんは静かに真鈴に抱かれていた。
エレベータの扉が開くとはなちゃんは外の風景を見て、そして廊下に並んでいるドアを見た。

「おお!高いなトオクマデ見える!
 ヨイ景色だ…だが、コノ扉が並んでイルノハなにか?」
「はなちゃん、ここは集合住宅と言って…なんだろう?
 なんて言えば良いか…このドア一つ一つが一つの家の玄関なんだよ。」
「ナンダ、長屋ではナイカ。
 このせせこましい家が並んでいるトコロにわらわが住むのか…スコシがっかりじゃの。」
「はなちゃん、ここだって買うと4500万円以上するんだよ。
 この辺りじゃ結構高いんだよ。
 オートロックだしごみは24時間捨てられるし壁や床も分厚く出来ていて隣室や上下のへやの騒音の心配も無いし監視カメラだってあちこちにあってセキュリティも…」
「コマかい事はシラン。」

はなちゃんがそっぽを向いた。

「彩斗、そう熱くなるな。
 さっさと荷物を部屋に入れよう。」
「は〜、そうだね。」

俺が答えた瞬間にドアが開いて俺の部屋の二つ隣の住人である鈴木と言うおばちゃんがゴミ袋を持って出てきた。

「あら吉岡さんこんにちは。」
「鈴木さん、こんにちわ。」
「今日も良い天気ね。
 お友達?」
「はい、仕事仲間で少しうちに泊まるんです。」

四郎と真鈴が頭を下げて鈴木さんに挨拶をした。

「はじめまして、よろしくお願いします。」
「鈴木さん、しばらく滞在します。よろしくお願いします。」
「ご丁寧にどうも、ゆっくりして行ってくださいね。
 あら、私の家じゃないけど、ほほほ…キャァアア!
 可愛いお人形さんね〜!」

鈴木さんは、はなちゃんを見るとゴミ袋を落とし、はなちゃんに駆け寄り頬に手を当てて嬌声を上げた。

「まぁ可愛い!、つぶらな瞳ね!
 ほっぺも可愛い〜!」

鈴木さんは、はなちゃんの顔を覗き込み無遠慮に指で頬をつついたり髪を撫でたりし始めた。
俺達は顔をこわばらせてどうやってはなちゃんから鈴木さんを引きはがすか悩んでしまった。
遠慮なくはなちゃんの服を摘まんで引っ張ったりして生地や裁縫の具合を褒める鈴木さん。
無表情で顔をそむけて我慢していたはなちゃんだったが、限界に達した。

「スズキ!クルシュウナイゾ〜!ケケケケケケ〜!」

はなちゃんは白目を剥き両手を広げ顔をかくかくと震わせた。

「きゃぁああああ!
 何これ怖い!
 ひぃいいいい〜!」

鈴木さんは目を見開いて悲鳴を上げて後ずさり壁に背中をもたれ、はなちゃんを見つめた。
真鈴が驚愕の表情を浮かべて固まった鈴木さんに、慌ててはなちゃんのフォローを始めた。

「あのこれは…鈴木さんですよね?、あの…この人形はあの、あの、触れる場所によって色々な反応がするセンサーが埋め込まれていて、あの、あの、マサチューセッツ工科大学やNASAの最新技術を使ってて、あの、各種音声データを低軌道衛星のデータバンクから通信でやり取りしていて、あの、そんで1000年間生きていて、いや、あの1000年間培われた日本の人形師の匠の技と最新宇宙技術、最新軍事術が結合したあの、すごい、少し人を驚かせる、あの…あの…園児を満載した送迎バスをペシャンコにするくらいの力があの…力こそパワーであの…ロボット!そう!ロボットで一条天皇が…その…長徳2年に…あの…ひょっとしたら空を飛べるかもしれない、あの…」

真鈴が必死のこの場を取り繕うとだんだん支離滅裂な説明を始めていて、顔が紅潮して頭の天辺から湯気を出し始めて壊れたロボットのようになって行った。
真鈴の腕の中ではなちゃん相変わらず白目を剥いて顔をかくかくさせて手足をじたばたさせながら、面白いのう!面白うのう!と言っている。
俺がなんとかフォローしなければ。

「あの、鈴木さん、この人形はまだ試作品で時々誤動作するんです。
 彼女はこの人形の開発者ですが激務で精神が多少壊れてしまって、あの、暴力振るったりは時々しかしないので、あの、あの、暴れ女真鈴あの…処女だけど…弓矢の腕は…いや、あの…」
「鈴木さん、われらは長旅をして来てな少し疲れているのでこれで失礼させていただくぞ。
 さあ、彩斗、真鈴、部屋へ行こうか。」

四郎が壁にもたれて呆気に取られている鈴木さんに笑顔で挨拶をして部屋の前まで俺と真鈴を引っ張って行き、俺のポケットからカギを引っ張り出してドアを開け、真鈴を部屋に押し込みドアの前に突っ立ってる俺の尻を蹴飛ばして部屋の中に入れてから鈴木さんの方を向いて笑顔でお辞儀をしてドアを閉めた。
四郎は玄関のドアを閉めて鍵をかけ覗き穴から廊下の様子をしばらく観察した後でドアに背を持たれてずるずると腰をついた。

「ふぅ〜真鈴も彩斗も急な事態に対処できる方法と気合を身につけないといけないな。
 なぜあんな底なし沼にはまって行くような事を口走るのか…やれやれ、肝が縮んだぞ。」

「しかし狭いイエダノ〜!
 しかし真鈴、わらわは空はトベナイゾ〜!」

玄関にへたり込んだ真鈴の腕から元気よく飛び出たはなちゃんが廊下を走って行き、あちこちのドアを開けて覗き込んでいた。

はなちゃんは1026歳で7歳で高貴な身分の女の子で神のはしくれのような存在だそうだ。









続く

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第31話



俺は四郎に言われて玉ねぎをみじん切りにしてオワタァアアア!と叫んだら四郎とはなちゃんに今良い所なのにうるさい!と怒られた。

その後四郎が画面を見たまま面倒くさそうに、早口で指示をして、俺は何とかステーキ肉を漬け込むソースを作ってその中にステーキ肉を漬け込んだ。

「彩斗、ソースが染み込みやすいようにフォークでぶすぶす肉を刺しておいてくれ。
 オワタァアアア!はうるさいから言わんで宜しい。
 漬け込んだら冷蔵庫に入れるな。
 キッチンの涼しい所に置いておけ。」
「さて、彩斗の仕込みが終わったようだからトレーニング行くわよ。
 四郎、テレビ消して。」

四郎はううううっと無念そうに唸りながらリモコンでテレビを消して立ち上がった。

「まて!真鈴!四郎はともかくわらわはここにおるのだぞ!
 テレビを見てても構わんじゃろうが!」

真鈴が四郎からテレビのリモコンをひったくりトレーニングウェアのポケットに突っ込んだ。

「だ〜め!
 はなちゃんと四郎は同時にアニメを見ると言うルールを今この場で決定いたします!
 真鈴大統領の言葉は絶対だからね!」
「ぐぬぬぬ!
 何という専制主義!
 真鈴覚えてろよ!
 いつか、力無き民衆の声を結集して真鈴の専制独裁政権を倒し権力をはぎ取って民衆がアニメを自由に鑑賞する権利を…」

はなちゃんの延々と続きそうな演説を無視して俺達は日本間での準備体操後にランニングに出かけた。
リモコンが無くとも直接テレビのスイッチを操作すればアニメが見れることは俺と真鈴の絶対の秘密になった。
ランニングをこなして公園でストレッチ、そしてマンションに戻ってくるとはなちゃんが玄関に仁王立ちをして俺達を見上げていた。

「待ちかねたぞ真鈴!
 早く!早くリモコンを!」

ぴょんぴょん飛び跳ねて懇願するはなちゃんに真鈴がぴしゃりと言った。

「まだナイフトレーニングがあるでしょ!
 それが終わってからよ!
 あなた、今日に宿題済ませたの!?」
「死霊に宿題なぞ無いわ!
 この小娘がぁ!
 ジーク、ジオン!」
「ジークジオン?
 なんだはなちゃん、それはあのアニメの新しい技か?」


はなちゃんが既にガンダムを知ってる事に俺達は戦慄を覚えた。
四郎もガンダムを見たらドップリはまってしまうかも知れない。

「ほらほら四郎!ナイフトレーニングだよ!
 今日は絶対に四郎の体に当てるよ!」
「そうだよ!俺達が上達するのを見届けてよ!」

俺達は急いで四郎の体を押しながら日本間に行きナイフトレーニングを始めた。
今日こそは、今日こそは一度と言わずに何度かは紙の棒を四郎の体に当てたい。
俺と真鈴は闘志を胸に秘め、あの外道の人間くらいは制圧できるようにと願いのような物を胸に秘め、四郎に戦いを挑んだ。

結果は惨敗だった。
四郎の体に一度も紙の棒を当てられずに無様なダンスを踊り続けて、ついに畳にへばりついて動けなくなった。

「よし!彩斗も真鈴も上出来だ!
 シャワーを浴びろ!
 飯を食ってアニメだ!」
「…何が上出来だよ四郎…今日は一回も当てられなかったじゃんか。」
「そうよ、なんか私達、却って動きが遅くなったようだわ。」

四郎が俺と真鈴に歩み寄り、しゃがんで顔を近づけた。

「君らは変化に気が付いていないな。
 何とも情けない。
 もっと観察眼を養え。
 われの顔を見てみろ。」

俺と真鈴は苦労して顔を持ち上げると四郎の顔を見た。
四郎はうっすらと汗をかいていた。

「見ろ。
 われは今日、いつもの2割り増しくらいの速さで動いていた。
 そして君らは昨日より6分長くトレーニングをしたんだぞ。
 少なくとも君らがわれに汗をかかせる程度になったと言う事だ。」
「え…それじゃ。」
「そうだ、あまり言いたくないが、明らかにわれが思うよりも君らは早く上達している。」
「それなら四郎、ちゃんとそういう事言ってよ。
 誉められて伸びるっていう人もいるんだから。」

真鈴が文句をつけると四郎はわはは!と笑った。

「なに?褒められて伸びるだ?
 あほな事言うな!
 それは誉められて天狗になっただけの事だ。
 大体の人間は根拠があって褒められて、より頑張るかも知れないが同時に歪な自信を持ってしまうのだ。
 われも何人か見た事があるが褒められてちやほやされて強くなったと勘違いする奴はいざと言う時に己の能力を過信して無謀な行動に出て致命的な失敗を犯し、破滅するのだ。
 己の能力が上がった事を己自身が感じ取り、しかし、その事に謙虚に感謝して次の段階に進む事が肝心なのだ。
 われは無意味に君らを煽てたりしないぞ!
 だが、たまには客観的に君らがどの程度の能力を身につけたか言ってやる。
 それで満足しろ。
 先にシャワーを浴びるぞ!」

四郎が日本間から出て行った。
入れ替わりにはなちゃんが入って来て畳にへばりついている真鈴のポケットからテレビのリモコンを引きずり出して持って行った。

「ふわぁ、私達何とか進歩しているようね…。」
「まぁね、少しだけ安心したよ…。」

その後、俺達はやっとの事で立ち上がりダイニングに行った。
素早くシャワーを済ませた四郎はスープを作りながらサラダも作り、更にステーキを焼く準備もしていた。
四郎のポケットからははなちゃんから取り上げたテレビのリモコンが顔を出していた。

「彩斗、真鈴、早くシャワーを浴びろ!
 時間がもったいない!」

その後俺達はシャワーを浴び、四郎が焼いたステーキを食べた。
四郎は慌ただしく食事を終えると、おそいおそい!とソファの上で飛び跳ねて急かすはなちゃんに返事をしながら、皿を片付ける事も無くテレビの前に直行してソファの上に正座してテレビをつけた。

俺と真鈴はやれやれと顔を見合わせた。

「四郎、はなちゃん、明日は早いのよ。
 3時起きだからアニメは9時までね。」
「ひひ〜ん!
 そんな殺生な〜!」
「ナチス収容所看守女真鈴!」

四郎とはなちゃんが口々に抗議をすると真鈴の目が光った。

「あんたら、明日の大事な用事にまさかアニメ見てて起きるのが遅くなりましたとか言うんじゃないよね…テレビ、粉々にぶっ壊そうかな…。」

真鈴のどすが利いた声に四郎もはなちゃんも沈黙してしまった。
そして、午後8時57分にリモコンを取り上げた真鈴はテレビの電源を消し、じたばた暴れるはなちゃんを脇に抱えてゲストルームに消えた。
俺と四郎も就寝する事にした。

翌日午前3時。
俺たち全員が時間通りにダイニングに集合した。
戦闘服は目立つので現場近くの人気が無い場所で着替える事にして、普段着を着た俺達は持って行く装備を俺と四郎が点検している間、真鈴はキッチンでコーヒーと日本茶を淹れながら握り飯を握っていた。

「真鈴、お弁当作ってるの?」
「そうよ、現場近くの、いやこれから向かうルートのコンビニで買い物なんて私達の行動の足が付く可能性があるじゃない。
 大抵のコンビニは店内は勿論、監視カメラが道路に向けてついてるのよ。
 だから食事はおにぎりとお茶とコーヒーをポットに入れて行くのよ。」
「なるほど…あ、四郎、明石の分のバラクラバと手袋も持って行った方が良いかもね。」
「そうだな。
 明石はこういう事に慣れているとは思うが念の為に予備を持って行こう。」
「あ、そうだ、もしかして返り血を浴びる可能性も有るからタオルと予備の戦闘服も持って行った方が良いかもね。
 彩斗、私の部屋の入口にこの前買ったはなちゃんの応急用のТシャツとか入った袋があるからそれも持って来て。
 はなちゃんが返り血を浴びる可能性も有るからね。」

真鈴が握り飯をラップで包みながら言った。

「判った。」
「真鈴、わらわも顔を見られてはまずいぞ。
 わらわには皆の様なバラクラバは無いのか?」
「はなちゃん無いわよそんな物…一応マスク持って行きましょ。」
「ちぇ、いまいち盛り上がらんのう。」

俺達は準備を整えランドクルーザーに乗り込んだ。
昨日の運転ぶりを見ているので真鈴が運転席、俺が助手席、四郎とはなちゃんが後席に座った。

「一応念のために時間を揃えて置くぞ。
 彩斗、真鈴、腕時計をセットしよう。」

四郎がそう言って、スマホを出して時報を呼び出した。
俺達は腕時計を見て四郎の秒読みに合わせて時間を揃えた。
昔映画で見た特殊部隊の出撃前のルーティンのようで俺は少しワクワクした。

「真鈴、運転は慎重に、間違ってもパトカーに職質などされるなよ。」
「ああ、それとパトカーを見ても目を逸らしたり変な挙動はしないようにね。」
 
四郎が真鈴に注意事項を言い、警察24時などを見ていた俺が付け加えた。

「オーケー、じゃ、行くわよ。」

真鈴がランドクルーザーを発進させた。
陽が長くなったと言ってもまだ午前3時37分、外は真っ暗だった。




続く


第32話



真鈴が運転するランドクルーザーは午前3時52分に明石のマンションに着いた。
地下駐車場の入り口に明石と圭子さんが立っていた。
圭子さんが俺達の車に気が付いて手を振った。
明石は吸っていたたばこを携帯灰皿に押し込んだ。
俺達が車を寄せて止めると明石が運転席に近づいた。

「おはよう。
 時間に少し早く着いたな。
 良い事だ。」

俺達は口々に明石夫妻に挨拶をした。
明石は目立たない紺のジャケットにコットンパンツ、ウォーキングシューズを履いていた。
四郎が後席の窓を開けて明石に話しかけた。

「景行、おはよう。
 食事の事だがコンビニなどに寄ると…」

明石は笑顔で圭子さんを指差した。
圭子さんはお弁当らしき物が入った袋と保温できる水筒を掲げて見せた。

「そこのところは圭子に頼んであるよ。
 コンビニの話をすると言う事は、君らも食事の用意はしてあるんだろう?」
「ええ、おにぎりとお茶とコーヒーとナッツバーは持って来ているわ。」

真鈴が答えると明石はうんうんと頷いた。

「こういう時の準備を1から教えないといかんと思っていたが、その心配は無さそうだな。
 途中で寄る所があるんだ。
 俺が車を出したらついて来てくれ。
 はぐれた時の為に寄る場所の住所を書いておいた。
 無理してぴったりついて走る必要は無いぞ。」

明石が住所を書いたメモを真鈴に渡した。
俺は膝の上に置いてある袋を差し出した。

「景行さん、顔を見られないためのバラクラバと指紋を着けないように手袋を持って来ました。
 使いますか?」
「彩斗、水臭いぞ景行と呼んで良い。
 用意が良いな、俺も目出し帽と手袋は持っているから大丈夫だ。
 気を使ってくれてありがとう。」
「いえいえ、さすが景行さん…景行だ。
 あと、一応インカムとヘッドセットも持って来ているんですが…。」
「おお、それは良いな!
 俺はいつも単独行動かせいぜい喜朗と加奈ちゃんと一緒に行動していたから使わなかったが、加奈ちゃんがそのうち必要になると言ってたんだ。
 今日試さしてもらうかな?
 途中寄る場所で使い方を教えてくれ。」
「はい。」
「よし、車を出してくる。」

明石は地下駐車場の入り口に歩いて行き、圭子さんからお弁当を受け取り、圭子さんがつま先立ちになって明石の頬にキスをしてから俺達に手を振りながらマンションに帰った。

「いいなぁ〜ああいうのって」

真鈴がため息をついた。
全く同感だ。

やがて明石のアコードが姿を現して2回パッシングをして走り出した。
真鈴も明石の後について走り出した。
俺は一応真鈴が受け取ったメモの住所をカーナビに入力した。

「これは…トランクルームかな?」
「何か荷物を持って行くのかな?」

20分くらい走り、明石のアコードがコンテナを2段積み上げたトランクルームに入っていった。
俺達も後をついて行って明石のアコードの後ろに停めた。
明石がアコードから降りて来てコンテナのカギを開けると俺達に来るように手を振った。
車一台がすっぽり入れる程のガレージルームと言って良いほどの室内に色々な荷物が並んでいた。

「皆入ったら扉を閉めてくれ。」

明石が照明を点けながら言った。
四郎が扉を下ろすと明石は奥にある大きな箱の蓋を開いた。

「血は全部吸ったし、除菌剤をスプレーしておいたからあまり臭わないとは思うがな。」

明石はそう言いながら黒い厚手のビニールで出来ていて、ジッパーが付いた袋を箱から持ち上げて床に置いた。
そしてジッパーを開けると、からからに乾いた死骸が中にあった。
俺と真鈴は身じろぎして死骸を見つめた。
四郎が袋に近寄り、死骸の顔を覗き込んだ。

「あの外道だな、動画に写っていた方の奴だ。」
「その通り。近いうちに処理をしようと思っていたんだ。
 もう一人の外道と一緒にな。」
「彩斗、真鈴、見てみろ動画の奴に違いないぞ。」

俺と真鈴はこわごわと袋を覗き込んだ。
微かに饐えた臭いがするその死骸は苦痛に顔を歪めて固まった状態でよく見ると確かに動画で子供たちに暴力を振るい嬲り殺しにした男だった。
嫌悪感と恐怖を押さえつつ更に観察すると骨格が華奢な感じでやはり未成年、醜悪に歪んだ顔をじっと見ると17〜18歳くらいの未成年に見えた。

「明石が仕留めたのがこいつで残念だったな。」

四郎が俺達の顔を見上げた。
凶悪な惨劇を巻き起こしたこいつを痛めつけたいと俺も真鈴も言っていたのだ。

「なんだ、こいつをやりたかったのか。
 悪い事をしたな。」

そう言いながら明石はジッパーを絞めて軽々と袋を肩に担いだ。
四郎が扉を開けると暫く外を窺った明石が死骸が入った袋を担いでアコードの後ろに立つとトランクを開けて死骸を中に放り込んだ。
その後一度トランクルームに戻った俺達はインカムの使い方を明石に教え、念のためにスマホの番号アドレスなどの交換をした。

「昨日あの後、例の小屋の前まで車で行って来たんだ。
 誰かの私有地らしくて小屋まで続く小道の入り口に関係者以外立ち入り禁止と書かれたボードが付いた鎖で塞いであった。
 そこで車を停めるわけにはいかないのでもう少し道の先に行くと遊歩道に入る所に管理されていない駐車場がある。
 昨日はそこに車を停めて犬に変化して小屋まで行った。
 見た目はこじんまりしたログハウスと言う感じだったな。
 小屋の周りには何も建物は無かった。
 電気は通っているようだが監視カメラや警報機は無かった。
 小屋には鍵が掛かっていたから中に入らなかったが、窓から覗いてみると間違いなくあの場所だったぞ。
 遊歩道入り口の駐車場は俺が行った時は1台も車が止まっていなかったし、戻って来た時も誰も駐車していなかった。
 今日は金曜日で午前中ならあまり人目の心配をしないで済みそうなんだ。
 とりあえずそこに車を停めよう。
 俺も一応インカムをオンにしてヘッドセットをつけておくから何かトラブルがあったら連絡を取り合おう。」

俺達は動画から確認した小屋の位置情報を明石と確認した後で、明石のアコードの先導で小屋に向かって出発した。
午後4時51分。
日の出を迎えて辺りはうっすらと明るくなり始めた。
明石のアコードは街道から外れて山道を走り始めた。
片側1車線で整備された道路でほんの時折車とすれ違う。
ガードレールの補修工事中の場所があったが、幸いに朝が早かったのでまだ作業員の姿は見えなかった。
補修工事現場の横を通り過ぎて暫く走って行くとほぼ位置情報と一致する場所に近くなった。
インカムから明石の声が聞こえた。

「もうすぐ小屋だぞ、山側に小道があって鎖で通せんぼしているはずだ。」

やがて明石が言う通り、立ち入り禁止のボードが付いた鎖で塞がれた小道が見えた。

「いったん通り過ぎる。
 付いて来てくれ。」

再び明石の声が聞こえて俺達はアコードに付いていった。
駐車場にアコードが入り、インカムからの明石の指示で少し離れた所に駐車した。

俺達は車から降りた。
午前5時40分。
すっかり日が昇り、標高がいささか高いこの辺りはまだ新緑と言っても良いくらいに瑞々しい緑に満ちていた。

「ふわぁ、空気が良いわね。」

車から降りた真鈴が深呼吸をした。
同感だ。
俺も新鮮な空気を吸い込んだ。
俺達がこれからやる事を考えると緊張した。
ただ単にハイキングにでも出発するとしたらどんなに良いだろうか。

明石が歩いてきた。

「少し早いが朝食を食べるか。
 彩斗達はこれから食欲を無くすかも知れない無いからな。」
「そうだな景行。
 彩斗や真鈴はあまりこういう事に慣れていないからな。
 殺された人間を見たのも生まれて初めてだろう?」

四郎の言葉に俺と真鈴は小さく頷いた。

「まぁ、しょうがないな。
 ただ、小屋に行って吐かないようにあまり食べるなよ。
 食事が終わったらまた来る。
 俺達が一緒にいるのを見られる危険を避けたいのでな。
 食後に段取りを話そう。」

明石はアコードに戻っていった。
俺達はランドクルーザーの中で真鈴が作った握り飯を食べ、コーヒーとお茶を飲んだ。
遠くから渓流のせせらぎが聞こえ、鳥のさえずりが通り過ぎる。
俺は車を出てエコーに火を点けた。
やがて四郎と真鈴も出て来てタバコを楽しんだ。
アコードのドアが開いて明石が出てくると駐車場の沢の方角の柵に歩いて行き、タバコを吸い始めた。
インカムから明石の声が聞こえた。

「やれやれ、来週の月曜日は娘たちの学校の創立記念日で休みなんだよ。
 早く片付けたいな。」
「じゃあ3連休ね。
 景行はどう過ごすの?」

真鈴がインカムに問いかけた。

「うん、予約なしで行けるキャンプ場で過ごそうと思っているんだ。
 喜朗と加奈ちゃんも来る。
 ゴールデンウィークも終わったから空いているとは思うけどな。
 やはり、他の客がいると気を使うから…空いていれば良いな。」

景行のぼやき声が聞こえた。
それを聞いた俺は真鈴に小声で誘ってみたら?と言った。
真鈴が俺を見返し、そして四郎と四郎が抱いているはなちゃんを見た。

「真鈴、誘って見るのじゃ。」

はなちゃんが言い、四郎も頷いた。

真鈴が咳払いをしてインカムに話しかけた。

「景行、私達の、セーフハウスみたいなところに来ない?
 大きな建物で景行達や喜朗さん加奈ちゃんも泊まれるし、大きな敷地があってどこにキャンプしても誰も文句言わないわよ。
 私有地だから私達以外の人はいないのよ。
 どうかしら?」
「…うん、それも良いかもな。
 君らの事ももっと知りたいし君らも同じだろう?招待を受けても良いかな?」
「勿論よ、後で住所をメールで送るから明日おいでよ。
 時間は何時に来ても良いわよ。」
「本当にお言葉に甘えようかな?
 良かったら昼前位に伺おうと思うが。」

明石の問いに全員が頷いた。
真鈴が俺達の顔を見回して微笑んだ。

「勿論よ!
 全員大歓迎よ!」

真鈴は弾んだ声で明石に告げた。
今日初めて俺達が微笑んだ気がした。




続く


第33話



「オッケーだ。
 それじゃ仕事の段取りを話すぞ。
 まず、俺と四郎が俺の車に乗って小屋の入り口に車を停める。
 四郎が素早く降りてトランクの死骸袋を引っ張り出して立ち入り禁止チェーンの先の道路から見えない草の中に放り込んでくれ。
 周りに気をつけて道路を通る車にも見つからないようにな。
 四郎が車に乗り込んだらすぐに俺達は車でこの駐車場に戻って来る。
 そしたら俺たち全員が車を降りて小屋に向かう。
 昨日調べたところではあの遊歩道を少し入った所から藪の中を突っ切って行き、小屋に辿り着くルートがある。
 小屋の鍵だが、この際仕方が無いから壊して中に侵入する。」
「待って景行、はなちゃんだったらカギを壊さずに開ける事が出来ると思うわ。」
「…なるほど、俺のマンションのカギを開けたのははなちゃんか。」

インカムの向こうから明石のため息が聞こえた。

「ならば話は早いな。
 鍵ははなちゃんに開けてもらい、罠などに注意しながら小屋に侵入する。
 俺はその間に死体袋を拾って小屋に戻る。
 奴を待ち構える準備をしつつ小屋の中を調べる。
 子供たちの遺体がどこかに隠されているかも知れない。
 ああいう奴らは被害者の遺体にも執着するから跡形もなく消すとかの可能性は低いんだ。
 小屋のどこかに集中して隠しているかも知れないからな。
 そして俺達は歓迎準備を整えてとんまな死姦野郎のレッドタイガーを待ち受ける。
 奴が小屋に入った所をサプライズってところだな。
 どうだ?」
「オッケーよ。
 それで、奴をどうする?」
「まず俺達の大前提は2つだろ?
 一つは奴を警察に突き出す、まぁ、俺達が直接警察に突き出すと言う訳にも行かないから、奴が動けない状態にして誰か無関係な人間を小屋まで誘導する。
 通報はその人間に任せれば良いさ。
 もう一つの大前提は被害に遭った全ての子供の遺体を見つかるようにする事だな。
 恐らくは小屋の周辺に集中してあるはずだとは思う。
 遺体がどこにあるか判らない場合はレッドタイガーを拷問して聞き出すと言う段取りになるがこれは構わないだろう?」
「そうね、私達は警察とは違うから構わないと思うわ。
 はなちゃんがいるから子供達は直ぐに見つかると思うわ。
 私達、着替えるから少し待って。」

俺達は紺の戦闘服、ブーツ、リュックにタオル、マグライト、スタンガン、催涙スプレー、ダマスカス鋼ナイフ、バラクラバ、手袋を入れて背負った。
インカムとヘッドセットを腿につけたポウチに入れた。
真鈴ははなちゃんもリュックに入れ、はなちゃんが顔を覗かしていた。 

「ほう、なかなか勇ましいな。
 ちょっと見はそんなには目立たないだろうし、ハイキングをしていますと言えば充分通じるな。
 行くか。
 遊歩道を行き、途中で遊歩道から外れて藪を抜けて小屋までほぼ直線に進むぞ。
 付いて来てくれ。
 藪を抜ける時はあまり痕跡を残さないように木の枝や草を傷つけないようにしてくれよ。」


俺達は駐車場を出発して遊歩道に入っていった。
午前6時27分。
30分程遊歩道を歩いて行く、緑が濃くて道の両側は葉を豊富に付けた木々が視界を遮っている。
明石が立ち止まり、遊歩道の横の藪を指差した。

「ここを抜けて行くぞ。
 あまり跡が残らないように適当にばらけて行こう。
 もうインカムを付けるぞ。
 それなら多少はぐれても連絡が付くからな。
 ここからなら彩斗や真鈴の足でも30分くらいで小屋に着くと思う。」

俺達は適当に広がりながら、そして木の枝や草をあまり払ったり折ったり薙ぎ払ったりしないように気をつけながら明石の後をついて行った。

やがて、木々の間から小屋が見え、そして開けた場所に出た。
明石は藪の切れ目にしゃがんで気配を探っている。
そして、明石に倣って藪にしゃがんでいる俺達に顔を向けた。

「人の気配は無いな。
 だが、周りに注意をしながら小屋に近づこう。
 もう手袋と目出し帽はつけておこうか、ここで誰かに顔を見られてはたまらんからな。」

俺達はバラクラバをかぶり、手袋をつけて明石を先頭に周囲に気を配りながら小屋の入り口に辿り着いた。
真鈴がリュックからはなちゃんを出して抱いた。

「はなちゃんこの鍵、開く?」
「簡単じゃな、ほれ。」

鍵はがちゃりと音を立てた。
四郎がゆっくりとドアノブを回すと抵抗なく回る。
真鈴が胸のポケットからサーチミラーを出すと少し開いたドアの隙間から部屋の中に差し込んで様子を窺った。

「お前たち、空き巣を始めても大儲けできそうだな。」

明石が俺に顔を近づけて囁いた、目出し帽から出ている目元は笑っていた。
俺も笑顔を浮かべて明石に親指を上げて見せた。

「部屋の中はがらんとしていて殺風景な印象ね。
 部屋の中央に、例の子供を座らせたいすが置いてあるわ。
 その他に部屋の隅に椅子が2脚、ロッカーが2つ、あとトイレやバスルームかな?ドアが見えるわ。
 見た所はそんな物かな?
 監視カメラの類は無いわね。」

四郎が頷いてゆっくりとドアを開けた。
立ち上がり、慎重に部屋の中に足を入れる。

「うむ、トラップの類も無さそうだな。
 皆、入って大丈夫だ。」

俺達は四郎に続いて部屋に入り、最後に入った明石がドアを閉めて鍵を掛けた。

「よし、外道の死体を持って来よう。
 四郎、手を貸してくれ。」

四郎が頷いて明石と共に小屋を出て行った。

「彩斗、部屋を調べましょう。
 ドアやロッカーを動かす時は気をつけてね。」

真鈴は抱いていたはなちゃんを床に下した。

「はなちゃん、あまり足を汚さないでね。
 汚そうなの踏んじゃ嫌よ。」
「はなちゃん、子供たちの居る場所判る?」

俺が尋ねるとはなちゃんは周りを見回して小首をかしげた。

「ふむ、弱く弱く気配は感じるぞ、だが、非常に弱いな。
 どこにいるかまだ良く判らないの。」
「え?はなちゃんでも判らない?」

真鈴が尋ねるとはなちゃんは手を上げて首を振った。

「真鈴、わらわは千里眼と言う訳でもないの。
 だが、すぐ近くにいるとは感じるが…或いは未だに恐怖を感じて身を隠しているのだろうか、そうであれば不憫じゃの。
 殺されてもなお、恐怖と苦痛に縛られて必死に隠れておる。」

ドアが開き、四郎と明石が死体袋を持って入って来た。

「どうだ?子供達は見つかったか?」

明石が死体袋のジッパーを開けながら言った。

「まだ見つからないのう。
 怯えてどこかに隠れて必死に気配を消しておる。
 四郎、景行、死霊は見えぬか?
 おまえら見えるだろう?」



四郎と明石が小屋の中を見回したが、頭を振った。

「はなちゃん、われも景行も見つけていないな。
 窓から首が伸びた女がじっと覗き込んでるのが見えるだけだ。」
「わらわもその女は見ているが、事件には関係ないの。
 多分この近くで首でも吊ったのじゃろうの。」
「なにそれ、はなちゃん怖いよ。」

真鈴が怯えた眼付きで窓を見た。

「安心しろ真鈴。
 もう十年以上前に死んでおるし遺体も見つかっておる。
 われらにちょっかいは出さないぞ。」

明石は袋から引っ張り出した外道の死体を部屋の中央の椅子に座らせてから、部屋の隅に置いてある朝袋を頭にかぶせた。

「部屋の中を調べるしかないな。
 手分けして調べよう。」
「そうだね四郎、まだ時間はある。」

俺は腕時計を見ながら答えた。
午前7時43分。
明石があの死姦野郎のレッドタイガーと待ち合わせに指定した午前10時にはまだまだ余裕があった。

俺達は部屋の中を調べたが、さほど広くない小屋の中はこれと言った物は見つからなかった。

「どこにいるんだろう…はなちゃん、その外道の死体には外道の死霊とかついていないの?
 はなちゃんなら死霊から子供達の居場所を聞き出せるでしょ?」
「駄目だな真鈴、こいつは明石に殺された瞬間から体から抜け出て恐怖に駆られたのかどこかに逃げ去っている。
 何百年かはあちこち怯えながらうろつく事じゃろうな。
 今ここの座っているのはただの腐りかけた肉の塊だ。
 …おお!なんだ?何を言いたい?」

はなちゃんが窓に向かって尋ねた。

「何、はなちゃん、どうしたの?」

俺が尋ねるとはなちゃんは窓を指差した。

「あの首が伸びた女の死霊がロッカーを指差しているぞ!
 どうやら首を吊った時に声帯が潰れたのか声を出せないようだが、何かをわらわに伝えようとしているぞ!」

「皆、ロッカーを調べろ!」

俺達はロッカーに近づいて扉を開けた。
先ほども開けて中を見たが殺害現場をより上手く撮るための撮影機材、照明やレフ版、三脚などが置いてあるだけだった。

「ふむ、変わったところなど…」
「四郎、ロッカーの周りの床を見ろ!
 かすかだけど引きずった跡がついてるぞ!
 それも頻繁に動かしているような跡だぞ!」

なるほど、明石が指さしたロッカーの床にはよく見ないと判らないが何筋か微かな跡が伸びていた。
俺達はロッカーの中身を出して、ゆっくりとロッカーを持ち上げて横にずらした。
ロッカーの下の床には注意尾深く見ると不自然に感じる隙間があり、何かを差し込んでこじり回した様な跡がついていた。

「ここじゃ!
 子供達はこの下におるぞ!
 人間の子供以外にも様々な動物の魂がここに潜んでいるぞ!」

はなちゃんが床に手を伸ばして叫んだ。
俺はロッカーにあった大きなマイナスドライバーを取り出してこじった跡に差し込んだ。
ドライバーは深く床の中に入っていった。

「これをこじれば床が浮くと思うよ。」
「よし、彩斗やれ、俺達で床を持ち上げるぞ。」

四郎と明石が俺の両横にしゃがんで床に手を当てた。
真鈴がマグライトをつけて俺の手元を照らした。

「行くよ、せ〜の!」
 
俺がドライバーに力を入れてこじ開けると床板が何枚か少し浮いた。
四郎と明石が隙間に手を入れて床板を持ち上げた。
ドライバーを差した反対側に隠された蝶番が付いていたのか、床板が幅1メートル、長さ1メートル程の跳ね上げ式の扉になっていた。
四郎と明石がゆっくりと床板を持ち上げて動かしてロッカーに立て掛けた。
真鈴が床に開いた空間を照らすと、床下に通じる梯子上の物を見つけた。

「床下があったのか…かなり広そうだな。
 降りてみよう。」

四郎が真鈴からマグライトを受け取り梯子を下りて行った。

「四郎、どうなってる?」

俺は床下に降りた四郎に尋ねたが返事が無かった。

「四郎、どうしたの?
 私達も降りるわよ?」
「待て真鈴、お前と彩斗は降りるのは止めておいた方が良いかも知れぬの。
 …子供達も他の殺された動物たちも全部…ここにいるの…」
「はなちゃん、それなら尚更降りて確かめないと駄目じゃないのよ。」
「…そうか…覚悟して降りろよ。
 何かを見ても気をしっかり持て、自分を見失うなよ。」

はなちゃんはそこまで言って沈黙した。

「判った、気を引き締めて降りるよ。
 彩斗、行こう。」

俺はマグライトをもう3本リュックから出して真鈴と明石に渡して残りの一本を点灯した。
順に梯子を下りてゆくと、地下には辛うじて立てるほどの背が低い天井だがかなり広い空間があった。
四郎は地下室の奥をマグライトで照らしたまま立ち尽くしていた。
俺達からは何か複雑に絡み合った様な物が見えたがそれが何かはよく判らなかった。

「四郎、返事しなさいよ、子供達の遺体があったの?」

真鈴が四郎の横に立ち部屋の奥を照らした。

「…何よこれ…何なのよこれ…何!何!…嫌!嫌ぁああああ!嫌だぁあああああ〜!」

真鈴が四郎の横で絶叫し、しゃがみこんで頭を抱えてうずくまった。



続く

第34話




注意!注意!注意!
この回には極めておぞましい悪意に満ちた表現が書かれています!
文字から光景を読み取り頭に思い浮かべる事に自信がある方にはお勧めできません!
作者自体も書いている途中に嘔吐しました。
それでもお読みになる人は気をつけてください。
あなたが悪意に取り込まれず、善意の側に立つ人であり続けますように。





俺は抱いているはなちゃんを下ろして、真鈴に近寄った。
真鈴は髪の毛を両手で掴み、ぐしゃぐしゃにしながら震えて嗚咽を漏らしていた。
俺と明石は四郎と並んで立ち、地下の奥にある「何か」をマグライトで照らした。
何やら白い…複雑な…小さい手が見えた…足も…そして、針金を頬に刺して無理やり口角を引き上げて異様な笑顔を浮かべさせられている………子供の顔………

角材や針金で繋ぎ合わされた、子供の、そして犬や猫や鳥などをちりばめた異様な複合体が…マグライトに照らされて地下室の一角を占めていた。
白く見えたのは腐敗や悪臭を封じるためなのか石灰の粉が大量に振りかけられていた。
全裸、もしくは申し訳程度の服の残骸を纏った子供達が、異様に醜悪に体を折り曲げ、引き伸ばされて…或いは男女の営みの卑猥で醜悪なパロディの様に組み合わされて…何か判らない異様なオブジェが…そこに…あった。

真鈴の様に泣き叫ぶ事が出来たらどんなに幸運だろうか。
嘔吐が出来たら嘔吐しても構わない。
しかし、それを見てしまった俺の心はそんな反応さえも許さないほどの、ショックというには遥かに生ぬるい失神する事さえ、いつもの思考暴走さえ許されない何かが俺の心を覆った。

「くそ…なんて事を…」

横に立った明石が噛み締めた歯の中から言葉を押し出した。

そして俺には更に違う風景が見えた。
10歳くらいの華奢な体を持った2人の子供が、曇りない瞳でその異様なオブジェを組み立てていた。
時々2人で声を交わし、口をへの字に曲げて考え込んだり相手が曲げた腕の角度に難癖をつけて曲げなおしたり、お互いに笑顔を交わして腕を軽く叩きあったり、2、3歩後ろに下がって全体を見直したり。
狂気…純粋に煮詰められた狂気を見せつけられた。
2人の子供は俺の方を向いた。
純真そのものの笑顔を俺に向けた。
恐らくあの子供はあの2匹の外道なんだろうと俺はぼんやりと感じた。
あの2匹の外道の心の姿は10歳程度の子供だと言うのか…

「ねぇ、彩斗はこの頭、どっちに向けた方が良いと思う?」

男の子が目を見開いて舌を限界まで引き出された少女の頭を掴んで力を込めてボキボキと音を立てながら右に左にと捻り上げていた。

「特別に彩斗に決めさせてやるよ。」

もう1人の男の子が笑顔を向けた。

「俺は…俺は…」

その時にはなちゃんの鋭い声が聞こえた。

「彩斗!闇に引き込まれているぞ!
 しっかりせい!」 

四郎が俺の前に立ち塞がり、俺の両腕を掴んだ。
ああ、びんたが来るな、と思った瞬間、四郎が俺を抱きしめた。
四郎は俺をぎゅっと抱きしめた。
そして、俺の耳に口を寄せて囁いた。

「大丈夫だ、彩斗。
 お前は大丈夫だ、戻って来い。
 彩斗、俺達がいるぞ。」

四郎が俺の体を抱きしめて俺の後頭部に手を当てて何かから守るように俺を抱きしめてくれた。
初めて俺の目から涙が溢れた。
俺は号泣しながら四郎の体にしがみついた。
涙を流しながら、声を上げながら四郎の体に必死にしがみついた。

「よしよし、それで良い。
 それで良いんだ彩斗。
 お前は戻った。
 もう大丈夫だ。」

四郎は俺をしっかりと抱きしめながら、うずくまる真鈴に寄り添うはなちゃんを見た。

「はなちゃん、彩斗は大丈夫だ!
 真鈴は、真鈴はどうだ?」
「なんとか持ちこたえているぞ。
 真鈴も大丈夫だ。
 二人とも闇に沈まんで済んだな。
 この部屋には恐ろしいほどの念が籠っている、普通の人間が長くここにいるのははなはだ危ないの。
 あの外道の放った念が充満しておるの。
 下手をするとその毒気に心が侵食されてしまう。
 彩斗も真鈴もあまりここにいてはならんの。」
「やれやれ、人間の厄介な所だな。
 それにしても闇落ちしなくて何よりだった。」

明石が額の汗を手で拭きながら言った。
どうやら俺と真鈴を心配してくれているようだ。

「それにしても酷い事を…恐らくトイレか風呂で血抜きをしたんだろう。
 子供達の喉にはすべて深い切り傷が付いていたな、足首にもロープか何かで縛られた跡があったが、おそらく食肉工場の様に喉を切って逆さに吊り下げたんだろう…そして石灰を振りかけて腐敗と臭いを押さえようとしているな。
 遺体の数の割には臭いは少ないな…外道め。
 小賢しい真似をしやがる。」

「はなちゃん、この子達の魂は?
 魂は大丈夫なの?
 今どこにいるの?」
「真鈴…真鈴…言いにくいの…お前達は早くここから出ろ。」
「はなちゃん!しっかり教えてよ!
 この子達の魂は!
 どうなってるのよ!」
「…真鈴…まだ…ここにいる。
 殺されてなお、針金やら角材やらで縛り付けられた体同様にここに縛り付けられている。
 わらわが話しかけても、固く目を閉じ耳を塞ぎ、身じろぎせずにいる。
 動物達の魂も同様にな…もはや一部は混じり合い始めている…恐怖を触媒として溶け合い混じり始めている…このまま放っておくと皆が溶けあい一つになって手の付けられない怨霊になるだろう。」
「…そんな、はなちゃん!
 この子達には何の落ち度もないじゃないのよ!
 何とかできないの?
 この子達には、動物達にだって!
 何の罪も無いじゃないのよ!
 何とかできないの?
 …今直ぐ!この子達を何とかできないの!?」
「真鈴…気持ちは痛いほど判るが…今はこの事を明るみに出して警察に任せるしかないの。
 そして親が手を差し伸べれば、供養すれば或いは安心して天に昇れるかも知れぬの…」
「そんなの…待っていられないわよ!」

真鈴が立ち上がり、異様なオブジェに歩み寄った。

「いかん!誰か止めろ!
 真鈴が子供達の戒めを解こうとしているぞ!」

明石が飛び出して真鈴を抱きかかえると梯子の方に歩き始めた。

「やめて!
 離して!離してよ!
 あの子たちを少しでも!
 少しでも解放させてあげたいのよ!
 少しでも楽に!」
「真鈴駄目だ!
 俺達の存在のヒントになる事は極力隠さないといけないのだ!
 それにあの子達は…重要な証拠になるから俺達が一切触れてはいけないのだ!
 奴の証言と証拠の状態が食い違ったらどうするんだ!
 それだけで無罪になっちまう事だってあるんだぞ!
 俺達のミスで奴らを無罪に出来るのか!
 落ち着け真鈴!
 この地下から出ろ!」

明石の言葉も真鈴には届かないのか、真鈴は子供達のオブジェに手を伸ばし子供達を解放しようと抗った。
やむなく明石は真鈴に当て身を当てて失神させた。
俺は四郎に支えられながら、失神した真鈴とはなちゃんは明石に抱えられながら地下室から出た。
地下室から出る時に異様なオブジェと反対の壁の隅に3脚とカメラ、照明用のライトが置かれていた。

俺達は地下から出て小屋の一階に戻った。
真鈴は活を入れられて意識を取り戻したが放心状態で隅の椅子に座っていた。
俺も似たような状態で壁に手をついて辛うじて立っていた。

「子供達の遺体は10体では済まない数であったな…。」
「わらわが思うにはあのスマホの動画以前から既に殺しを始めていたのであろうな。」
「これはあまり想像したくないが子供を選ぶ基準も、あの…気色悪い物の部品としてどうかと言う所も考えていたのかもな…」

はなちゃん、四郎、明石がそれぞれの重苦しい顔で感想を述べていた。

「唯一、明るい…希望と言えるのかどうか…どうやら奴らはあのオブジェを作る過程をカメラで撮っているようだね…世にもひどい動画になると思うけど。
 でも、それが発見されれば何をどう言い逃れしても奴は逃げられないとは思うけど…」

続けて俺は四郎達に言った。

「俺、地下で…あのオブジェを作る10歳位の男の子を2人見たんだよ。
 あれはいったい何なんだろう?」



はなちゃんが手を上げて答えた。

「彩斗、それはな、あの外道が放った念なんじゃの。
 地下の空間に奴らの念が凝縮されて彩斗にそのような姿を見せたのかも知れぬな。
 ただの気色の悪い念の集合体じゃが、これが侮る訳には行かないのじゃの。
 怨霊と大差ないくらい人に悪い影響を与える事も有るのじゃ。
 子供達の霊が体から離れられず怯えて動けないのもあの外道の念のせいかも知れぬのじゃ。
 わらわ達が今できる事は。一刻も早くこのおぞましい事実を世間に伝えなければならんの。
 犯人が確保されてあの地下にも警察の捜査の手が入れば、あの邪念の塊も消えてゆくだろう。
 子供達の霊を解放するためにも必要な事じゃの。」
「そうよ、絶対犯人を捕まえましょう。」

真鈴が椅子から立ち上がって言った。

「でも本当は…あいつを嬲り殺してやりたい…私が地獄の落ちても子供達が助かるならそれでも良いわ…」

真鈴の過激な言葉を聞いて、俺も心の底からそう思った。
正直言って今この瞬間にもう一人の外道がここに現れたら…俺はナイフを抜いてしまうかも知れない…。

はなちゃんが俺と真鈴を見つめた。

「彩斗、真鈴、お前たちは毒され始めているぞ。
 その殺意は悪鬼にとっては大好物じゃの。
 気を付けろ、知らず知らずにお前たち自体が外道どもに同調し始めているぞ。
 気をつけろ、気をつけろ、悪意に逆らうのだ。
 正義のための殺しとはな…両刃の剣なんじゃの。」

俺は気を落ち着けようと深呼吸をしたが、怒りが収まらず、椅子に座らされている外道の死骸の脚を思い切り蹴飛ばした。
一向に気は晴れなかった。

午前8時25分。

俺達はレッドタイガーと名乗る死姦野郎が指定した時間より早く来ることも考え奴を捕まえるための配置についた。

明石は小屋から少し離れた茂みに身を隠し、俺達は小屋のカギを掛けて地下への扉を閉めるとロッカーを元に戻して俺と真鈴はロッカーに身を隠した。
はなちゃんは部屋の隅の椅子に座った。
そして四郎はバスルームに身を隠した。
はなちゃん以外、俺達はインカムをオンにしてヘッドセットを装着して奴の到着を待った。
1時間以上ロッカーに身を潜めているが、苦にならなかった。

午前9時48分、小道を入ってくる車の音が聞こえた。

「奴が来たぞ。
 車には1人だけ乗っている。
 準備しろ。」

明石の押し殺した声がヘッドセットから聞こえた。

「了解。」
「了解。」
「了解だ。」

車が小屋の前で停まる音、ドアが開いて人が降り、またドアが閉まる音がして、小屋に通じる砂利道を歩いてくる足音が聞こえた。
俺はロッカーの扉を掴んでいる手に力がこもった。

そして、小屋のドアの鍵が開く音がした。
ドアが開く音がして、若い男の声というより高校生でも幼そうに聞こえる部類に入る声がした。

「あれ〜、ブラック、何だよぉ〜そんなドッキリで俺が驚くはず無いじゃんか〜。」

ロッカーの扉に付いた隙間から伺うと華奢な男が椅子に座らされていて麻袋をかぶらされている外道の死骸に近づいて笑いながら麻袋をはぎ取った。
麻袋を持ったまま若い男は死骸を見て固まった。

「おいおいおいおい!」

若い男が声を上げた瞬間に後ろから忍び寄っていた明石が首筋に手刀を叩き込んで、男は悶絶して倒れた。
俺と真鈴がロッカーから、四郎がバスルームから飛び出して倒れた男を取り囲み、明石は素早くドアを閉めて鍵を掛けた。

四郎がうつ伏せに倒れている男を仰向きにした時、俺達は絶句した。
男は若いどころか、せいぜい高校生、見ようによっては中学生にも見えるほどに、若い…と言うか幼かった。

そして、俺はあの地下で見た2人の10歳位の子供の1人の顔立ちの面影が色濃く残っている事に改めて戦慄した。





続く

第35話



「さて、気絶しているうちにまずこいつを拘束しよう。
 われらの姿が見られてもまずい。目隠しも必要だな。」

四郎が外道の胸ぐらを掴んで動画で子供達を縛り付けた柱に引きずって行った。
そして外道の両手首を柱に括り付け、子供の口を塞ぐのに使ったであろうガムテープが小屋の隅に落ちていたので、それで外道の目を覆い頭にハチマキ状にぐるぐると巻き付けた。
絶対に外道が俺達を見る事が出来ないのを確認してから、俺達は小屋の隅で外道に聞こえないように小声で相談をした。

「まず、俺達の存在を外道が知るのはしょうがないとしても、最大限証拠は残さないように、俺達の人数やその他情報になる事を知られないように気をつけなければならないな。
 誰か一人は奴と言葉を交わす必要はあるとは思うが…」

明石が小声で言うとはなちゃんが手を上げた。

「わらわに任せろ。
 わらわが生きていた時の声を使う。」
「はなちゃん、それは名案だな。
 はなちゃん以外、われらは言葉を発しないように気をつけよう。」

四郎の言葉に全員が無言で頷いた。
俺達は外道を取り囲み、外道の気が付くのを待った。
やがて外道がけたたましい悲鳴を上げて両手を何とかロープから外そうと柱を揺すり、足をじたばたさせた。

「声を上げるな外道め。
 大声をあげると舌を引き抜くぞ。」

はなちゃんが少女の声で告げた。

「…なんだよ!おまえ…なんだよ?
 なんなんだよ!」
「うるさいぞ、声を小さくしないと…」

はなちゃんが言い、四郎が外道の顎を掴み口をこじ開けると手袋をした手で舌を摘まんで引き出した。

「舌を引き抜かれたいか?」

外道が大人しくなった。

「騒げば本当に舌を引き抜くからな。
 わらわが言っている事が判れば頷け。」

外道はこくこくと頷いて四郎がしたから手を放したが、顎は掴んだままだった。

「よしよし、外道、あの椅子に座って死んでいる奴の他に仲間はいるのか?」
「…いねえよ!
 それに椅子に死んでるのはブラックタイガーで俺は外道じゃなくレッドタイガーだ!
 レッドタイガーと呼べよ!」

外道のふざけた言葉に真鈴が思い切り外道の横腹を蹴った。
俺は畜生俺もやりたかったな、と思った。
更に外道に蹴りを入れようとした真鈴を明石が間に入って止めた。

「いってぇ〜!
 くそ!
 俺は動けないんだぞ!
 この卑怯者!
 抵抗できない奴を蹴るなんて!
 お前こそ外道じゃねえか!」

外道のさらにふざけた声に俺も我慢できずに蹴りを入れてやりたくなったが、それを察したのか四郎が俺に掌を向けて顔を横に振って制した。

「あの地下の子供達や動物たちは全てお前らの仕業か?」
「なんだよ、知らねえよそんな事!
 俺は関係ねえよ!
 全部そこで死んでるブラックタイガーがやったんだよ!
 俺は知らねえよ!」

今更ながらに下手にしらを切る外道に腹が立ったのか外道の顎を掴んでいる四郎の手に力が入り外道の顎からメキメキと異様な音が漏れた。

「うがぁ!
 うごごご!」

外道が声にならない苦悶の声を漏らした。
四郎が慌てて手を離した。

「ちゃんと白状しろ。
 証拠は全て掴んでおるのじゃ。」
「…なんだよ変なしゃべり方をしやがって。
 俺を殺す気か?
 お前、殺人罪だぞ!」

俺達は再び小屋の隅に集まり、ひそひそ声で話し合った。

「どうする?
 素直に白状しそうにないぞ。」

と明石。

「これ以上あいつの戯言聞きたくないわ。」

と真鈴。

「まぁ、警察が来れば動かぬ証拠は山ほどあるし…尋問する必要ないんじゃないかな?」

と俺。

「そうだな、誰かを呼んでここに連れてくれば済む事だしな。
 ひきあげるか。」

と四郎。

「…私、そんなんじゃ気が済まない。」
「俺も…奴を痛めつけたいよ。」

俺と真鈴が言った。

「彩斗、真鈴、子供達の居場所も判ったから拷問する必要も無いぞ。
 奴の血で手を汚す必要も無い。
 たとえ殺さなくともな。
 この辺りで我慢しろ。」

はなちゃんが俺達に囁いた。

「畜生…」
「まったく…。」

真鈴と俺は唇を嚙み締めた。

「おい!何をこそこそしてんだよ!
 どこにいるんだよ!
 早く俺を解放しろよ!
 ロープを解けよ!
 目隠しはずせよ!」

外道が足をじたばたさせて叫んでいた。



俺達は外道の声に答えずにロッカーを動かして地下への跳ね上げ式の扉を開けて椅子に座っていたもう一匹の外道の死体を引きずって行き、地下への入り口に上半身を垂らし、下半身と床に横たえた。
これで小屋の中に入った誰かは地下への入り口を容易に見るだろう。

はなちゃんが外道に近寄った。

「わらわはお前の自白など聞く気が無いの。
 証拠はここに腐るほどあるからの、お前は殺さぬ。
 じゃが、警察に引き渡すから裁きを受けろ。」

外道は拍子抜けしたのか一瞬黙り込んだ。 
そして外道がくすくすと笑いだした。

「あはは!警察かよ!
 上等だよ!
 呼んで来いよ!
 あははは!
 ただ馬鹿なガキやのろまな犬や猫で遊んだだけじゃねえかよ!
 戦争なんかであいつらがやってる事に比べれば大した事ねえじゃねえかよ!
 それにな!俺はまだ16なんだよ!
 日本じゃ16で死刑になった奴なんかいねえんだよ!
 ネットで調べたんだよ!
 どうせお前らネットなんか知らねえだろうけどよ!
 俺はどうせ精神病院辺りに送られるだけなんだよ!
 何年かして治ったふりをすればまた出て来れるぜ!
 そんな奴だって世の中には居るんだよ!
 そんな事も知らねえのかよ!
 あはははは!
 バ〜カ!」

「どうも奴はうるさいな。」
「少し黙らせておくか?」

四郎と明石が小声で言い、外道に近づいた。
そして、外道の両側に立ち、外道の袖をまくり上げると2人とも悪鬼の形相になって外道の両腕に同時に噛みついた。

「うぁあああああ!ぎゃぁあああああああ〜!」

外道はすさまじい悲鳴を上げたが四郎の手が外道の口を塞いだ。
外道はもごもごと悲鳴を漏らしながら激痛に体を痙攣させ、失禁した。
やがて四郎と明石は外道の腕から口を話して人間の顔に戻った。

「安心しろ死んじゃいない。
 噛むのは久しぶりでかなり苦痛を与えてしまったかも知れんが。」
「脳貧血を起こして気絶しただけだ。
 痛みのせいで気絶したのかも知れないがな。」

四郎と明石は口の血を拭い、外道の両腕もタオルで拭った。
外道の腕の傷は跡形もなく消えていた。

「さて…」

四郎はそう言いながら地下に入り、角材を2本持って戻って来た。

「彩斗、真鈴、外道が気が付いてロープを解いて目に貼ったガムテープをはがして車で逃げるかも知れないな…」

四郎が言うと明石も頷いた。

「うん、その通り。
 四郎、その可能性も充分にあるな。」
「景行の言う通り、そして、奴の車がオートマであるとしたら両足を何とかせねばなるまい。
 逃亡防止に足を両方へし折っておこうか。」

四郎は俺と真鈴に角材を渡し、外道に近寄ると外道の足首を持ち上げて椅子の座面に乗せた。

「この辺りを思い切りぶん殴れば骨はへし折れるだろうな。
 殴りようによっては一生足を引きずるか、折れ具合によれば足を切断する羽目になるかも知れないが…まぁ、われらには関係ない事だ。
 な、景行。」

明石がにやにやしながら頷いた。

「そうだな、それくらいの手を打っておかないとこいつが逃げてまた同じことをやらかすかも知れないな。」

はなちゃんが俺と真鈴に向かった手を上げた。

「これは拷問とは違うの。
 外道の逃亡を未然に防ぐために必要な処置じゃの。」

俺と真鈴は迷うことなく外道の足元に近寄り角材を振り上げた。

「ここだ、ここを狙えよ。
 もしも間違ってこっちの方を殴ったりすると上手く行けば、あ、いやいや、下手をすると複雑に足を折って血管や関節を深刻に損傷して切断する羽目になるかも知れん。
 ここは殴らないようにな。」

そう言って四郎は最初に指差した場所と違う所を指差してにやりとした。

俺も真鈴も、四郎が間違って殴らないようにと指差した箇所に思い切り角材を振り下ろした。
外道が気が付き、また凄まじい悲鳴を上げ、新たに失禁して脱糞した。

「おお!彩斗も真鈴もへたくそだな。
 間違ったところを見事にへし折ったぞ。」

四郎が俺達に近寄り小声で言うと笑顔を浮かべた。

だが、外道をひどく痛みつけたはずの俺と真鈴の心は晴れなかった。
道端に落ちている犬の糞を踏んづけたような気分だった。

そして、俺達は小屋を出て少し離れた藪に身を隠した。
小屋からは微かに外道の悲鳴と助けを呼ぶ声が聞こえる。

「さて、これから誰かをここに連れてこなくちゃいけないね。」

俺が言うと明石がニヤリとした。

「さっきここに来る途中、おあつらえ向きにガードレールの補修工事の現場があったじゃないか。
 さっきは朝早くだったから誰もいなかったが今なら誰かがいて工事を始めているはずだ。
 俺が呼んで来よう。」

明石はそう言うと太い木の陰で服を脱ぎ始めた。
明石が脱いだ服を奇麗にたたんでリュックの上に置いていた。
俺の視線に気が付いて明石は苦笑いを浮かべた。

「彩斗、服を汚し過ぎると圭子は怒るんだ。
 お前も嫁さんを探す時は慎重にしろよ。」
「はぁ…」

明石は俺にそう言ったが。明石と圭子さんは俺から見たら理想の夫婦に見えた。
やがて全裸になった明石は木の陰から俺達に少し待っていろと言って黒い犬に変化すると、とことこと小道を通り道路に出て行った。

やがて遠くから、待て〜!叫ぶ声と数人の笑い声が聞こえて来た。
暫くすると犬の明石が工事作業員の弁当箱を包んだと思われる物を咥えて小屋の入り口にやって来た。

数人の工事作業員が、先頭の男は必死の形相で、そしてその後を3人の男が笑いを浮かべながらやって来た。
面白がってスマホで明石の犬と先頭の男の動画を撮っている男もいた。

明石の犬は弁当箱の包みを咥えたまま男達が充分に近づいた所で小屋に入り、弁当箱の包みを小屋の中に置くとダッシュして小屋から飛び出して俺達が潜む藪と反対方向に駆け込んで姿を消した。
人の気配を感じたのか、小屋の中から外道が助けを呼ぶ声が大きく聞こえて来た。
4人の男達は弁当箱を取り戻す為に、そして助けを呼ぶ声を聴いて小屋に入った。
やがて口々に悲鳴が聞こえた。
男達は悲鳴を上げながら転げる様に小屋から出て来た。
2人の男は手をついて屈みこみ盛大に嘔吐していた。
恐らく、地下の子供達を見たのかも知れない。

「大変だぁ!
 けけけけ警察を呼べ!
 早く警察を呼べぇ!」
「うわぁああああ!だれか!だれかぁあああ!」
「ひぃいいいい!なんだあれは!なんなんだあれはぁ!」

男達が口々に叫んでいた。

やがて俺達の後ろに犬の明石が姿を現して木の陰で人間の姿に戻って服を着た。
小屋からは男達の騒ぎと別に、助けてください!と叫ぶ外道の声が聞こえ続けていた。

「おお!見ろ!」

はなちゃんが小声で言い、小屋を指差した。
俺も真鈴も何も見えなかったが、四郎と明石は目を見張り、唸った。

「どうしたの?」

真鈴が小声ではなちゃんに聞いた。

「真鈴、彩斗、お前たちに見せてやりたいの。
 あの、窓から覗いていた首が伸びた女、ロッカーの事を教えてくれた女が天に昇って行くぞ。」
「うむ、首も元通り、本来の姿になっている。」
「なんであんな別嬪さんなのに首など吊ったのか…でも…昇れてよかった。」
「あの女はあの地下にいた子供達がずっと気がかりだったのかも知れんな…彩斗、真鈴、ほんの細やかな事だが、今、1人の女が救われたぞ。」

俺と真鈴は何も見えない小屋をじっと見ていた。

騒動を見届けた俺達は音を立てないように。男達に見つからないように、慎重にその場から離れ、駐車場に向かった。





続く
第36話



俺達は小屋に来たルートを大幅に迂回して遊歩道に出た。

「あいつの犯罪って警察はきちんと操作してくれるかな…」

はなちゃんを背負った真鈴が呟いた。

「遺体を調べれば奴らのDNAが出るだろうしどっちかの家を家宅捜索すればあの地下にあった胸糞悪いオブジェを作っていた動画も出てくるだろう。
 俺が直したスマホも殺した外道のポケットに突っ込んでおいたから、間違いは無いと思うよ。」

明石が答え、真鈴は小さく頷いた。

「あとはあの外道がほざいていたように奴が日本で最年少の死刑囚になるかどうかだな。」
「そうなって欲しいわ。
 私、死刑は犯罪抑制には効果は無いと思っているけどある意味で社会防衛には役に立つと思うのよ。
 これは奇麗事では済まされない事だと思うわ。
 家族や大事な人の命を奪われたら命であがなえと言うのは人間の当り前の気持ちだもの。
 よく人権弁護士と言うけど、加害者の人権同様に被害者やその家族の人権も考えて欲しいわね。
 そうでないと公平さという点では著しく不当なのよ。」

法律を勉強している真鈴の死刑に対するスタンスが判った気がした。

「真鈴、われらはやるだけの事はした。
 後は人間達の裁きを拝見、という所だな。
 ところで景行、明日は午前11時にわれらの屋敷に来ると言う事で良いな。」
「ああ、四郎、多少時間がずれるかも知れないが昼前には伺う事にするよ。
 多少遅くなるけどそちらで昼食をとろうと思うのだが…
 本当に俺たち全員で押しかけても大丈夫か?
 喜朗と加奈ちゃんを入れると6人になるぞ?」
「景行、それは大丈夫だよ。
 2泊3日で滞在するなら、キャンプ1泊屋敷1泊でもどっちか2泊でも大丈夫。
 屋敷の部屋は沢山あるから全員余裕で泊まれるよ。」
「景行、明日の昼は食材を適当に持って来てくれれば皆でバーベキューをしても良いな。
 楽しみだ。」
「そうだな四郎、喜朗に連絡して今日のうちから肉を漬け込んでおくように頼むよ。
 ああ〜久し振りに昼間から酒を飲みたいよ。」
「われもだぞ。
 青空の下で飲むビールは旨いだろうな。」

明石が微笑んで言った。

「俺と圭子は結構飲んべえでな、家であまり飲む訳にも行かないから加奈ちゃんに娘達を頼んでもっぱら外呑みなんだ。
 カラオケも歌うぞ。
 圭子の俺の歌の採点はきついんだけどね。」

話を聞いていた俺は、やはり明石と圭子さんは理想の夫婦に思えた。

「歌は良いな。
 大げさになるが、歌は人間の魂を救う時も有ると思うよ。」

明石はしみじみと言った。
真鈴のリュックのはなちゃんが手を上げた。

「景行、その通りかもしれぬの。
 わらわは人間達の営みをもう1000年も見てきたが、時代の流れの中で様々な歌が歌われたものじゃの。
 特に時代が変わる時には皆が同じ歌を声をあわせて歌った物じゃな。
 人間から歌を取り上げたら、前に進むことも社会を変える事も出来なくなるかもしれぬの。」
「うむ、人間に歌は必要か…そうかも知れんな。
 奴隷達も辛い労働の時も歌っていたし、市民戦争の時も兵士達は歌を歌っていたな。」

四郎が深く頷いた。

俺達は遊歩道の終わりに近づいてきた。

「四郎、俺は少し先に駐車場から出るから君達は少しここで時間を置いて車に行ってくれ。
 帰りは別行動にしよう。
 あと、帰り道は来る時とは全然違うルートを行く事にしてくれ。
 あの小屋の前は通らない方が良いな。」
「うむ、判ったぞ景行。」
「それじゃ、また明日会おう。」

明石は俺達に軽く手を上げて駐車場を歩いて行き、アコードの乗り込むと来た道と反対側に走り去った。

「さて、俺達も帰ろうか。」
「待って彩斗。」
「どうした真鈴?」
「帰りは彩斗が運転していってくれる?
 私、あの外道の脚に角材を振り下ろしてへし折った感触がまだ抜けないのよ。」
「…うん、判った真鈴。
 キーをくれるかな?」

俺達はランドクルーザーに乗り込んだ。
午前11時4分。
俺は運転席に、四郎が助手席に、真鈴ははなちゃんを抱いて後席に座った。
エンジンを掛けようとした時に遠くから微かにパトカーのサイレンが聞こえて来た。
1台や2台の音では無かった。
そしてサイレンはその音を増やしながら大きくなって来た。

「やっと警察が来たみたいね。」

真鈴がはなちゃんの頭に顔をうずめて呟いた。
俺はエンジンを掛けて駐車場を出ると、来た道の反対側に車を向けて走り始めた。

暫く山道を走るとサイレン音が響いて何台ものパトカーが集団で走って来てすれ違った。
上空にヘリコプターの爆音が聞こえた。

「なんだなんだ、かなり大騒ぎになっていそうだな。」

四郎が助手席から上を見上げながら言った。

「そうみたいだね。
 なるべく早くここを離れよう。」

俺は山道を抜けて峠を越えてかなり大回りにマンションまで帰るルートを走る事にした。
その後、何台かのパトカーや警察のバスそして救急車と消防車までもがサイレンを鳴らして赤色灯を点灯させながら走る一団とすれ違った。
俺達は車を走らせて途中で見つけた和風の建物の蕎麦屋を見た。
午前11時40分。

「もう昼だね。ここで食事しない?
 俺、少し腹が空いたよ。」

俺が言うと四郎が目を輝かせた。

「おお!そばは久しぶりだぞ!
 われも食いたいな!」
「ちょっと高そうだけど、美味しそうね!
 私まだ気分が悪いけど、お腹空いてるわ。
 変な人になったのかな?」

後席で真鈴がぼやいた。

俺達は駐車場にランドクルーザーを停めて暖簾をくぐった。



店内は半分ほどの席が客で埋まっていたが、妙に静かでテレビの音だけが響いていた。
お盆を持った店の従業員の若い女も俺達に気が付かずにテレビに見入っていた。

「あの〜3人なんですけど〜。」

俺が声を掛けると従業員の女がはっと気が付いていらっしゃいませと言いながら、俺達を座敷席に案内した。

席について改めてテレビを見ると画面に緊急速報!とタイトルが出ていてヘリコプターからの映像であの小屋が映っていた。

俺は出されたお茶にむせて吹き出しそうになった。

「なお子ちゃん、ひょっとしてあの子も被害者になってるんじゃないの?」
「ろくさん、縁起悪い事言わないでよ〜!」

テレビを見ていた常連らしい初老の男が大きな声で厨房に声を掛けて、厨房ののれんを押しのけてテレビを見ていたおかみさんらしき人が言い返した。

「でも…まさかあの子がねぇ…おお!いやだいやだ!」

ふと店の入り口近くに、探しています!と見出しが付いた手作りらしい行方不明の女の子の情報提供を求めるポスターが貼ってあったのを俺は見た。
あどけなく、少しおしゃまな感じの笑顔を見せている女の子の写真は…俺達が明石の家から盗み出した惨劇の動画で最初に見た被害者の女の子だった。

「真鈴、四郎、はなちゃん。」

声を掛けられて俺を向いた四郎達に俺は壁のポスターを指差した。
みんな無言でポスターを見つめていた。

「今入った情報です!
 え〜、被疑者は確保!
 被疑者2名の身柄を確保したとの事です!
 被疑者は確保された模様で…え〜、え〜、1人は死亡…え〜、もう一人は重傷との事です。」

小屋の入り口に張られた黄色い警察の警戒線を背景に女性レポーターがカメラに話していた。
警戒線の先の小道には捜査車両がぎゅうぎゅう詰めに駐車している。

「ミスミさん、被害者は何人なのか等の情報はまだ入っていませんか?」

テレビのMCの女性が問いかけるとレポータが画面外から渡されたメモ書きを見た。

「え〜、先ほどから現場の検証が始まっていますが、え〜、捜査が非常に難航しているようです。」

画面がヘリコプターからの録画映像に切り替わり、沢山の捜査員が小屋を取り囲んでひしめき合っているところに小屋の入り口から鑑識らしい警察官が口を押えながら出て来て小屋から少し離れた草に嘔吐している映像が映った。
その映像にかぶさってレポーターの声が流れた。

「え〜、あの、被害者の人数を確認する事が現在非常に困難との情報が入りました。」
「ミスミさん、まったく人数が判らないのですか?」
「え〜、え〜…未確認ですが10人以上は…その…恐らく全員子供かと…被害者は全員子供との情報が…」

ろくさんと呼ばれた男がテレビを見ながら言った。

「ちきしょう!
 ひでえ事しやがる!
 犯人は2人だって?
 2人とも俺がぶっ殺してやりてぇよ!」
「ろくさん、1人はもう死んでるってよ。」

別の客がろくさんに言うとろくさんが言い返した。

「死んでたって、俺がもう一度叩き起こしてまたぶっ殺してやるよ!」
「本当に酷い話だよねぇ。
 犯人が誰に殺されたり痛めつけられたりしたか知らないけど。
 あたしはその人に手を合わせて感謝しちゃうよ。」

なお子ちゃんと呼ばれたおかみさんがしみじみと言った。

テレビでは速報で入って来た事件の事で色々な人が色々な見解を述べていた。
スタジオが軽く混乱している雰囲気を感じた。

俺達は出されたそばを食べた。
そばは非常に旨かった。
あの酷い惨劇の光景、情報提供のポスターで笑顔を見せる女の子、惨い姿に変えられた子供や動物達、純真な顔をして非道な事を楽しむ少年たち、拘束された外道の耳を塞ぎたくなる何の反省も無い酷い言葉、外道の足をへし折った角材の感触、全然知らない人達からの共感と感謝の言葉、様々な物が俺の頭を駆け巡ったが、そばは美味しく食欲は全然衰えなかった。

俺達よりあんな惨状は見慣れている四郎はともかく真鈴までもが盛んにそばをすすっていた。

「彩斗、お代りしても良いかな?」

四郎が尋ねた。

俺も真鈴も四郎とともにお代りを注文してそばを平らげた。





続く


第37話



そばを食べ終えた俺達は会計を終えて店を出るとランドクルーザーに乗り込んだ。
店でそばを食べている間じゅう、テレビでは近年稀であろう大量殺人事件の事を流し続けていたが、速報と言う事も有り見当はずれな憶測や未確認の情報が乱れ飛んでいた。
また、未確認ながらも被疑者が未成年だと言う事もテレビでは伝えていた。
俺が情報収集と言う事で車のラジオを付けると、やはり、緊急で入って来た大事件の事を伝え続けていた。

「私…将来は弁護士か検事になろうと思っていたけど自信無くしちゃったな…。」

真鈴ははなちゃんを抱いたまま呟いた。

「真鈴、今日の事でショックを受けたのは判るよ。
 でも、俺達が動かなかったら奴は捕まらなかったし、新しい被害者が出たかもしれないし…」
「そうね、確かにその通りよ。
 でもね、彩斗、その為に私達がどんな罪を犯したか判る?
 不法侵入、器物損壊、窃盗、拉致監禁、脅迫、そして傷害罪、景行の分を入れると殺人罪、解釈のしようでは共謀罪、そして、四郎の棺や死霊屋敷の武器庫を考えるとね、重大な銃刀法違反よ。
 銃刀法違反だけでも発覚して捕まれば執行猶予なんて無しで懲役刑よ。
 10年は刑務所行きよ、短く済んでもね。
 全ての罪が発覚したら私達は無期懲役、事実上の終身刑になるのかも知れないのよ。」
「…」

確かに真鈴が言う通りだ。
俺達は、四郎や明石やはなちゃんはともかく人間の俺と真鈴は人間が作った法に縛られていると言う事だ。

「彩斗、勘違いしないでよ。
 怖気づいた訳じゃないし、私はこれからも質の悪い悪鬼や人間と戦うつもりよ。
 それは必ず続けるわよ。
 でもね、これからも戦いを続けるには法律を破り続けないといけないと言う事は頭に入れておいてよね。
 私達は法律の範囲の外で戦うってことになるわね。
 だから私達の存在は世間から絶対に隠し続けなければならないのよ。」
「…やれやれ、人間ならではの難しさだな。」

四郎がため息をついた。

「うふふ、そうね、四郎その通りよ。
 法律と言う物は抜け道が多くてとても悪用しやすい物なのよ。
 私が弁護士や検事になるとして法律を使って悪人と戦うと言う事はね。
 例えば片腕、それも利き腕を体に縛りつけた状態で両手を使える相手とボクシングをするくらいに難しい事なのよ。
 だから、弁護士や検事になっても法の抜け穴を見つけ出したり法を悪用する連中の為に悔しい思いをすることが絶対あると思うのよ。
 そしてそれは一度や二度じゃ済まないと思うの。」
「…」
「だから法律の勉強は続けるし、司法試験も受けるつもりよ。
 でも…法律だけで戦いをする自信は無くなったわ。」

そこまで言って真鈴はまたため息をついた。

「…俺は…上手く言えないけれど、もしも俺が弁護士を頼むとしたら真鈴にお願いしたいな…仮に犯罪を犯して裁判になって真鈴が検事になってもただ単に罪を追求するよりもちゃんと俺の事情を考えてくれると思うし…真鈴が裁判官だったら、真鈴が下した判決は絶対に公平で納得できると思うんだ。
 真鈴は人の痛みを知る事が出来るし、辛い目に遭った人の為に涙を流して泣き喚く事を恐れない…悪を憎みながらも公平な所にもきちんと気を配ると思うしね…真鈴は人の心に寄り添える、今俺が一番大事だと思う資質を持っていると思うんだよ…」


真鈴はじっと俺を見つめてからにこりとした。

「ありがとう彩斗、少し気が楽になったわ。
 私やっぱり司法試験は受ける事にする。
 あんたチェリー坊やなのに、いやいや、2回と4分の1野郎なのに良い事言ってくれるじゃない。
 サンキュー。」
「わらわも彩斗は良い事を言ったと思うぞ!
 2回と4分の1野郎の割には良い事を言ったの!
 必死に粗末な脳を駆使して言葉を選び仲間を励ますところなどは、見上げた2回と4分の1野郎じゃの!」
「うむ、われが鍛えたからか、彩斗は立派な2回と4分の1野郎となりつつあるな!
 彩斗!お前こそ人の心に寄り添える良いリーダーになれるかも知れんし、死ぬまでに10回野郎くらいになれるかも知れんな!」

四郎や真鈴、はなちゃんが口々に俺を褒めてくれた。
だがしかし…

「…せめて2ラウンドクォーターボーイって呼んでくれる?」

確かに真鈴の言う通り、俺達は法律を破っているし、これからも破り続けるだろう。
俺達は法律の範囲の外で戦う事になる。
だけど、これだけは確信できる。
俺達は私利私欲や歪んだ正義の為に戦うんじゃない。
悲しい犠牲者を出さないために善良な人達が理不尽に苦しめられたり殺されたりしないように戦うんだ。
あの蕎麦屋のポスターの女の子の様な犠牲を出さないためにも。
あんな子供達や善良な人達がいつまでも、あのポスターの様な笑顔で過ごせる暮らしを守るために、俺達は戦うんだ。

俺達は遠回りついでに、明日、明石達が来る事に備えてベッドのシーツ、布団カバー、枕や予備の毛布などを買い込んでマンションに帰った。
ラジオでは依然としてあの事件の事を色々な人が話し続けているが、情報は未だにまだ揃わず、あの惨劇の全貌が明らかになるのは大変な時間が掛かると思った。
唯一被害者数が判明したらしい。
性別はすべて判明していないが少年少女合わせて26人の遺体と多数の犬や猫その他小動物の死体があの地下室で発見されたとの事だった。






続く


第38話



「やれやれ、あんなろくに毛も生え揃わない小僧が悪鬼顔負けの事をしでかしたとはな…」

四郎は犬のように鼻にしわを寄せて吐き捨てた。

俺は地下で見せられた純粋な瞳をした2人の少年の顔を思い返した。
もしかしたらアーティストになったかもしれない可能性さえあった子供がどうしてあの惨劇を引き起こすような外道になったのだろうか…いったいどこで…いつ…

「奴らは本当に人間なのよね?
 四郎、あいつらは悪鬼や死霊に憑かれたとかそういう訳じゃないのね?」

真鈴の膝の上ではなちゃんが手を上げた。

「真鈴、まごう事無く、あの惨劇はあの外道が自ら望んで、誰からも強制された訳でも無く己の自由意思で行った事じゃの。
 なにか他の人間の影響やヒントは受けたかもしれぬが、まったく奴らが自発的に始めた事じゃの。」
「うむ、真鈴、はなちゃんが言う通りだな。
 時として人間は悪鬼をはるかに超える大惨事を引き起こす事も有るからな。
 その時にさも悪鬼のせいのように言われる時があるが、それは人間の自由意思で引き起こされたものだ。
 例え周囲に悪鬼がいたとしても最終判断を下す責任者は人間なのだ。」
「…これから私達は…質が悪い人間相手の戦いが増えるかもね…」
「真鈴、確かにそういうケースも増えるかも知れないけど、警察が手を出せない事なんてあるかな?
 今回はかなり特殊なケースだとは思うんだよね。
 普通は俺達が警察に通報して終わりという感じで済むかもね。」

俺が言うと真鈴がまたため息をついた。

「やれやれ、彩斗はそんなに警察を信じているの?
 警察の人はみんな善人で規律正しくって…私は正直言って完全に警察に命を預けるなんて怖くてできないわよ。」

真鈴に言われて俺は言葉に詰まった。
確かに警察の不祥事なんて上げたらきりが無いし、中には1人2人の警察官どころでは無く組織的に悪事を働いているだろうが!と怒鳴りたくなるケースもあるし、不祥事や都合の悪い事を隠すなんて当たり前の組織なのだ。
当然、表に出ないで闇に埋もれたまま今も行われている悪事も有るかも知れない。

「場合によっては警察と戦う可能性もあるって事か…」

俺が呟くと、真鈴は窓の外の風景を見ながら物憂げにつぶやいた。

「場合によってはね…もしかして上層部に悪鬼でもいて私達の存在に感づいたら、有りもしない罪を擦り付けられて抹殺される可能性だって無い訳じゃないのよ。」
「…」
「だから私達は絶対に表に出てはいけないと思うの…正直言って今回の事件は、確かに類のない大量殺人事件かも知れないけど…ちょっと大事になりすぎて、怖いよ。
 誰かが私達の存在を嗅ぎつけて本格的に調べ始めるかも知れないからね。
 具体的な証拠が無いにしても、小屋の外道をどこかの誰かが拘束して足をへし折って工事作業員をあそこに導いたと言う事実は存在するんだもん。
 絶対に警察はどこの誰がってところは捜査するし、そして、調べる奴がどういう奴か判らないのよ。」
「俺達はしっかりと闇の中に隠れないといけないと言う訳だな。」
「そうね…ああああ!どうして人間はこう面倒くさいのよ〜。」
「真鈴、仕方ないな。
 人間は悪鬼を生み出した根源なのだ。
 だから、悪鬼よりも複雑怪奇で混沌の海から生まれた物である事はしょうがないな。」
「真鈴、死霊でも元は人間だからな、人間の時のしがらみに今も絡みつかれている者もおるのじゃ。」
「うむ、それにな、あの外道を被害を受けた子供達と明確に分けて考えているようだがな、あの外道が被害を受けた子供達と同じ年頃の時に見たら…いつの頃から狂った妄想欲望が芽生えたか判らんが…われらには見分けがつかんだろうな。
 外道も他の子供のように純真で無邪気で守るべきものと映るかも知れない。」
「いつ頃から狂ってしまったのかしら…私自身が狂ったと言ったけれど。
 正直言って狂った人間に罪を問えないのよこの国はね。
 あいつがどうなるのか考えたくないわ。
 でもこれから事件の全貌が判るにつれてあの外道の責任が問えるかどうかで耳を塞ぎたくなる議論でいっぱいになると思うわ。
 犯罪の手口の巧妙さとかは充分責任能力を問えると思うんだけどね…しかし、未成年だし…」
「…狂った未成年が起こした大量殺人事件…か。」

車中は静まり返った。
俺はラジオを切った。
確かに人間は単純に善悪で割り切れない。
俺でもそれは判る。
でもそれはさっきあのポスターの女の子に誓った事と矛盾するのではないか?
俺達が単に都合の良い悪鬼と人間、都合の悪い悪鬼と人間を選別して都合の悪い方を排除するだけの事では無いのか?
はたしてそれが正しいのか?
確固たる善悪の基準とは?

俺は頭が混乱してしまった。

マンションに帰り着いたのは午後2時を40分ほど過ぎていた。

四郎とはなちゃんがリビングに駆け寄り例のアニメを見ようとするのを真鈴が一足先にリモコンを取り上げて言った。

「四郎、今日は朝のトレーニングしてないじゃないの。
 体がなまるからこれから行こうよ。」
「四郎、俺も真鈴に同感だな。
 少し体をいじめてもやもやしたものを吹き飛ばしたいんだけど。」
「ひひ〜ん!
 真鈴、彩斗、そこを何とか、せめて一話だけでも見る時間を今欲しいのだが…」
「残念じゃな四郎、真鈴達と走って来い。
 その間にわらわが…」
「だめよはなちゃん、リモコン持って行くからはなちゃんだけ見れないわよ。
 四郎が帰ってきたら一緒に見なさい。」
「…きしゃぁあああああ!
 四郎!早く帰って来いよ!
 音の速さよりも早く帰ってくるのじゃぁああああ!」

俺達はぴょんぴょん飛び跳ねながら声を上げるはなちゃんを置いてランニングに出た。
気のせいか四郎の走るペースが速くなってるし、信号待ちで足踏みしている時もまるで貧乏ゆすりの様に気忙しく足を小刻みに動かしている。
俺と真鈴は四郎の様子を見て少しおかしかった。
ひょっとしたら四郎もアニメを早く見て気分転換がしたいのかも知れない。
あの時最初に地下に降りた四郎も俺達の問いかけに答えずに絶句していた。
悪鬼と言えども四郎にもちゃんと『人間の心』があると思うと安心できた。

公園について俺達は広場の隅でストレッチを始めた。
まだ3時過ぎと言う事も有って、陽が伸びた公園には親子連れがちらほらと散策をしたり遊んでいる子供達を見ながらおしゃべりに興じたり、平和そのものの風景だった。
だが、俺は、ちらりと様子を窺うと真鈴も俺と同じで少し複雑な気持ちでその光景を見ていると感じた。
ストレッチの最中も四郎の動作はいささか滑稽なほど早く済まそうと焦っていた。

「四郎、それじゃストレッチの意味ないんじゃない?
 もっと時間をかけてぎゅ〜っと伸ばしたりとか…」
「黙れ、彩斗。
 ぐずぐずしないで早くやれ。
 真鈴もわれを見てにやにやするな、早くやるんだ。」

俺と真鈴は笑いを堪えながらストレッチをこなした。
俺も真鈴も少し意地悪な気分になったのは何かで気を紛らわせたいと言う気分があったのかも知れない。
俺と真鈴は四郎に急かされながらストレッチを終えて公園を出た。
四郎は軽いランニングと言うよりはかなり速いペースで走って俺達を追い越したが、テレビのリモコンは真鈴が持っているので仕方なく俺達の元に戻ると言う不毛な行動を繰り返していた。

「あ〜、四郎、喉乾いちゃった〜、ちょっと水分補給ね〜。」

真鈴が自動販売機の前に立ち止まり何を買うか吟味し始めた。
四郎は、真鈴の周りを足踏みしながら、早く!早く!と真鈴を急かしていた。

「もう、急かさないでよ四郎。
 え〜と、たまにはグレープ系とか…」

待ちきれない四郎はついに真鈴の尻のポケットから飛び出ているテレビのリモコンを引っこ抜いてマンションに走り始めた。

「うひゃひゃひゃ!リモコンを頂いたぞ!」
「まて〜四郎!」
「四郎!待ちなさい!」

俺と真鈴は慌てて四郎を追いかけた。

「真鈴大丈夫だ、マンションのカギは俺が持って…あああ!」

俺と真鈴は思わず声を上げてしまった。
四郎が住宅地の角を曲がって塀の陰に姿を消したと思った途端、テレビのリモコンを足で掴んだ黒いカラスがバサバサと羽音を立てて飛び去った。

「あ、四郎の奴!」

四郎カラスは俺達の上空を一回りしてカァッと鳴いてマンションの方に飛び去った。
俺達は呆れて四郎の行方を見ていたが、仕方なく四郎の服と靴を拾ってマンションに帰る事にした。
俺と真鈴はランニングして帰るのもばかばかしくなって、自動販売機でそれぞれ好みの物を買ってちびちびと楽しみながら歩いて帰った。

「やれやれ、四郎って160年以上昔の吸血鬼って割には子供っぽいところあるわよね〜。」

真鈴がぼやいた。

「仕方ないよ、だって実年齢35歳で冬眠しちゃったんだもん。
 歳は俺達とそんなに変わらないと言う事だよ。
 四郎自体が自分で自分の事を悪鬼の中ではひよっこと言ってたもんね。」
「はぁ〜頼りになるんだかならないんだか…その点、景行は流石と思ったわよ。
 あの地下で皆が軽くパニックを起こしていた時に子供達の喉の傷や足のロープで縛った跡なんかを見つけて冷静に分析してるもんね。」
「…確かに景行はプロって感じだよねぇ。
 400年以上人間社会でもまれて来たから精神的にも強いのかもね。」
「かもね〜。」

ゆっくりと飲み物を飲みながら街中を歩くのは久しぶりだなと今更ながらに俺は思った。




続く

第39話




俺と真鈴は、四郎とはなちゃんがあのアニメを1話分くらいは見れる時間を作ってやろうと思い、のんびりした足取りでマンションへの道を歩いた。
スマホが小さく鳴りながら振動している。

「え?俺かな?」
「私でも無いよ…あ、四郎のだ!」

俺も真鈴も自分のスマホを探ったが振動していない。
真鈴が四郎のトレーニングウェアのポケットから振動スマホを取り出した。
真鈴が画面をのぞき込む。

「あ、lineだね〜。」
「真鈴、四郎のスマホだから個人のプライバシーって言うのが…」
「いいのよ彩斗、四郎のlineなんて『みーちゃん』の所のユキちゃんしかいないんだから…ほら、やっぱりそうだ…そうかぁ今日、金曜日なんだよねぇ〜。」
「真鈴、ユキちゃんから何だって?」
「う〜ん、私は読んでも良いと思うけど…彩斗は四郎から聞きなよ。」
「ちぇ、何で俺は駄目なんだよ。」
「私は四郎の代返してあげたりしてるから読む義務があるんだよね〜。
 でも彩斗は、この件じゃ部外者じゃ無いのよ。
 だから私の口からは内容は言えないわね。
 四郎から教えてもらいなさい。」


俺達がマンションに戻ると案の定、四郎とはなちゃんがソファに並んでテレビであのアニメを見ていた。
四郎はなぜかあのアニメを見る時にソファの上で正座して見るようだ。
そして、今、腰にタオルを巻いただけの姿でアニメを見ていた。

「あ〜四郎そんな恰好でいちゃ駄目じゃないの〜。」
「うむ、どうせわれが脱いだ服は真鈴達が持って来てくれると思ったからな。
 新しい服を着るのはめんどくさいと思ったのだ。」

気を利かしたはなちゃんがアニメを一時停止すると四郎は受け取った服を着始めた。

「四郎、『みーちゃん』のユキちゃんからlineが来ていたわよ。」
「うむ、後で見ておく。」
「四郎、もう良いか?
 再生するぞ。
 ポッキーをも少し早く食べてくれい。」
「うむ、判った。
 と言う事で、彩斗、真鈴、このエピソードが終わったら日本間でナイフトレーニングをしよう。」
「少し早いけど…判ったわ四郎。」
トレーニングウェアを着た四郎は再びソファに正座してはなちゃんの為にポッキーをリスの様に齧りながらアニメの鑑賞を再開した。

俺達はコーヒーを淹れて四郎とはなちゃんの鑑賞会が終わるのを待った。
やがて、アニメのエンディングテーマが聞こえた。
四郎もはなちゃんも映画やアニメのエンディングは全て見るポリシーを持っているようだ。

「さて、今日もケンシロウは悪を倒したようだな。
 ナイフトレーニングをしよう。」

アニメを見終わった四郎はテレビを消して立ち上がり日本間に歩いて行った。

俺達はまた紙の棒を握り最初は一人づつ、そして二人同時に四郎に襲い掛かり、無様なダンスを踊らされて、ついに畳にへばりついて動けなくなった。
昨日、四郎が俺達の上達に合わせて何割か動きを早くしていると俺達に言ったが実際はどうなんだろうと疑問を感じた。

「ねえ、四郎。」
「なんだ?彩斗。」
「実際に四郎が本気で早く動くとどれくらいの速さになるのかな?と見てみたくなったんだけど。」
「ああ!それ私も見たいな!
 四郎が変化してこの日本間くらいの空間でどれだけ早く動けるんだか見てみたいよ!」
「この前四郎が戦うのを見た時はあの地下室で狭かったからね〜。」

俺達のリクエストで四郎は少し考え込んだ表情になったが、やがて頷いた。

「まぁ、良かろう。
 今、われが出せる最も速い動きを見せようか…」

四郎の顔が凶悪な吸血鬼のそれに変わると一瞬俺達の視界から消え失せた感じがした。
いや、何かが凄いスピードで通り抜けた感じがしたが、その通り過ぎた何かが四郎の体と認識できないくらい早かった。

「…え…」
「あれ…」

一瞬で四郎は奥の方の8畳間から隣の8畳間を通り抜けて日本間の入り口に立っていた。

「とまぁ、こんな感じかな?
 だが、ずっとこんな感じで動いていたらすぐに疲れてしまうと思うぞ。」

四郎が謙遜気味に言ったがやっぱり凄い速さだ。
あんな、俺達の動体視力が追いつかないくらいの速さで動かれたら、現代の銃を構えていても照準が追いつかないだろう。

「…やっぱり四郎って本気出すと凄いんだね…」
「…四郎ってやっぱり凄くて強いかもねぇ〜」
「うむ、君ら、われがコミックやアニメにはまっているからとあまり見くびらんで欲しいものだな。
 しかし、ポール様はわれよりもっと早く動けたぞ。
 ところで真鈴、さっきlineがどうのと…」
「そうそう、『みーちゃん』のユキちゃんからlineが入ってるわよ。
 私読んじゃって既読が付いてるから返事をしてあげなよね。」
「うむ、判った。
 君ら順番にシャワーを浴びて来い。」

今日は俺からシャワーを浴びた。
汗を流してゆったりとダイニングに行くと、真鈴がもうバスタオルや替えの下着を抱えて慌てた感じで待っていた。

「彩斗、あなた風呂上がりでゆっくりもしてられないわよ!
 この前飲みに言った時ほどじゃないけど、そこそこな服に着替えて!」
「おい、真鈴、何を慌ててるんだよ、いったい…」
「あとは四郎に訊いて!」

真鈴はそう言い残しバスルームに走って行った。
四郎はダイニングでゆっくりコーヒーを飲み、エコーシガーを燻らせていた。

「四郎、真鈴はなぜあんなに慌ててるのかな?」
「うむ、先ほど、彩斗がシャワーを浴びている時にな、われが『みーちゃん』のユキちゃんにlineの返事を送ったのだ。」
「ふ〜ん、なんて送ったの?」
「うむ、今日、われら全員で早い時間にお伺いするとな、返事を送ったのだ。」
「…え…四郎、送っちゃったの?」
「うむ、この前真鈴が私達は働き過ぎだよ!喚いていただろう?
 だから今夜は戦士の休息タイムと言う事にしようと思ってな。」
「まぁ、それは別に良いかな?
 確かにここ数日は張り詰めた時間が多かったよね…でも、その程度じゃ真鈴があんなに慌てる事無いんじゃないの?」
「うむ、景行夫婦もな、誘って見たぞ。
 しばらく経ってから景行から返事が来たのだ。
 彩斗、見るか?」

そう言って四郎は景行とのlineのやり取りを見せた。
景行の落ち着いた風貌や冷静に構える迫力からは想像できない軽い感じの文章だった。

『うん、圭ちゃんも飲みに行きたいってさ〜!
 加奈ちゃんも司と忍の相手してくれるって言うから、加奈ちゃんが家に来次第、俺達出掛けるね〜!
 早く着いたら彩斗君のボトル呑んで待ってるよ〜ん!』

…よ〜ん!て…
俺の中で少し、明石の古武士で戦術家戦略家冷静なプロという印象が崩れてしまった。

「と、いう訳だ彩斗、景行に『みーちゃん』の場所も教えてあるぞ。
 われ達も準備して合流するからお前も早くそれなりの服を着ろ。」
「だけど四郎、明日死霊屋敷に誘ってるのに大胆な事をしたね。」
「いいか、彩斗、知り合ったばかりの相手に一番気をつけなければならないのは何だか判らんのかお前は?」
「え…なんだろう?」

四郎はやれやれと頭を振った。

「そんな事も判らんのかお前は…はぁ〜酒癖だ!知り合ったばかりの奴の何に気をつけるかの第一は酒癖が良いか悪いか、どのくらい飲むとやばくなるのか等々、酒に関して注意する事が沢山あるのだ!
 明日死霊屋敷に招待して実は酒癖が飛んでも無く悪かったんです、なんてことになったら目も当てられんぞ!」
「はぁ、確かに…」

俺は四郎に生返事をしながらも確かに四郎が生きていた時代の酒癖の良しあしは重大な問題なんだろうなと容易に想像がついた。
なにせ、ほとんど常に腰にピストルをぶら下げて服のどこかには大っぴらにか密かにかナイフを所持しているのが当たり前の時代なのだ。
酒のトラブルでの死傷者は現代の比では無いくらい多いだろう。
現代だって酒のトラブルで死んだり殺されたりするケースは多いのだから。
そう考えると四郎が心配するのもしょうがないとは思ったが一つ疑問がわいた。


「あのさ、四郎、悪鬼って飲んで少し酔ってもすぐ褪めちゃうんでしょ?
 酒癖が悪い悪鬼なんていたの?」
「それがなぁ彩斗、ちょっとの酒でも酔って暴れたり絡んだり泣いたりとかの悪鬼は稀に存在するんだな。
 どういうメカニズムで奴らの酒癖が悪くなるか判らんが、酒癖が悪い悪鬼も少ないながらいるんだよ。
 われが一時期付き合っていた、物凄い別嬪の悪鬼がいたが彼女も飲むと非常にたちの悪い絡み酒で、しかも泣き上戸いやいや、ひどい目に遭ったぞ。」
「ちょちょちょ!四郎、物凄い別嬪の悪鬼ってさぁ…」
「ああ、あいつの事はいつか時間があって気が向いたら話してやる。
 彩斗、そう言う訳で皆で飲みに行くぞ早く着替えろ。」

真鈴が髪を拭きながらバスルームから出て来た。

「四郎も早く入って〜!
 あら、彩斗、何をぐずぐずしてんのよ!
 早く着替えて!
 私は…どうしようかな〜この前ほど決めなくてそれとなくファッショナブルな…」

真鈴はそう呟きながらゲストルームに歩いて行った。
この前初めて明石と会った時はかなりばっちり決めていたし、圭子さんも化粧と服装を決めていたな…俺達の知らない所で女同士の心理戦と言うか、お化粧や服装のTPOが阿吽の呼吸で決まっているのかも知れない。

俺は着替えてダイニングに行き、ややシックな感じにしかしカジュアルさを微妙にいれたと本人が語るファッションで決めた真鈴に服装の査察を受けてなんとか合格した。
同じく四郎も真鈴から入念に査察を受けて合格と言われて安どのため息を漏らした。

「もう、午後6時前か…彩斗晩御飯はどうするの?」
「ああ、みーちゃんでもご飯メニューとかあるし、3軒先の居酒屋さんからお刺身やお造りとか出前も有るから大丈夫だと思うよ。」
「よし、じゃあ行こうか?
 はなちゃん、お留守番お願いね〜!」
「任せろ真鈴、さてアニメを見るか…。」

はなちゃんがいそいそとリビングに向かおうとした時に四郎がはなちゃんを呼び止めた。

「はなちゃん、残念だが、お前ひとりでアニメを見せるわけにはいかんのだ。」

四郎はポケットからテレビのリモコンを取り出して邪悪な笑いを浮かべた。

「われもアニメを見たいのを我慢して景行の酒癖調査という重大な任務をしなければならんのだからな。」

じっと四郎のリモコンを見上げているはなちゃんの体がかくかくと震え始めた。

「お前らが酒を飲んで宴会をすると言うのに、わらわは一人お留守番…ポッキーやポップコーンを食べるお供も無いが一人でアニメでも見るかと思いきや、そのアニメでさえ見れんと言う…」
「…はなちゃんなんか怖い…」

次の瞬間地鳴りが始まり地震が震度5は優に越える程の地震が始まり更に揺れが酷くなってゆき電気も止まり、真っ暗になった。

俺達は悲鳴を上げて右往左往、パニックに陥った。

暗闇に邪悪な真っ赤なオーラに包まれたはなちゃんが浮かび上がり、俺達を睨みつけた。

「もう許せぬ!この建物ごとペシャンコに潰すかお前たちの体の内側と外側をそっくり裏返してしまうかどちらかを選べぇえええええ!」

「きゃ〜!
 はなちゃん止めて止めて止めて!」
「連れて行くから!はなちゃんも連れて行くからぁあああああ!」
「オ―マイガァアアアアアア!」

揺れがぴたりと収まり電気も復旧した。
はぁはぁと荒い息をつく俺達にはなちゃんが尋ねた。

「わらわも連れて行く?」
「…うん…いいわよはなちゃん…だけど約束してよ…絶対に動かないし話さない、念動力も緊急の場合以外は使わないと…約束してよね…」
「わかった!動かんし喋らんぞ!
 わらわも一緒に飲みに行くぞ!」

どれだけ真剣に約束してくれたのか判らないが俺達ははなちゃんを『みーちゃん』に連れて行く事にした。

何故だって?

あんた馬鹿じゃねえの?
誰だって体の内側と外側をひっくり返されたら嫌じゃんか。






続く

第40話



俺達は準備を整えた。
真鈴は空のリュックを後ろ前に掛けてはなちゃんを入れた。
部屋を出てエレベーターに乗って1階に降りるとエントランスには何人ものおばさんやおじさんで人だかりが出来ていた。
地震がどうとか停電がどうとか言葉が聞こえて来た…やばい、きっとはなちゃんが怒り狂ったあの時の影響がマンション全体に及んでしまったのだろうか。
マンションに居住している人たちが不安を覚えて1階に降りて来たのだろう。
俺達は何気無く素通りしようとしたがこの前はなちゃんショックを受けた鈴木さんに呼び止められた。

「あら、吉岡さん、お出かけ?
 ちょっとさっき凄い地震が来たわよね?
 停電もしたから私達びっくりしちゃって階段を下りて来たのよ。
 もう地震は終わって電気も戻ったみたいだけど…まぁ!この前のロボット人形さんじゃないの!ちょっとちょっと!みなさん、これがこの前私が言ってたロボットの人形さんよ!本当に人間みたいに喋るんだから!」

あ〜やばいやばいやばい!
鈴木のおばちゃんはあちこちではなちゃんの事を喋っているようだ。
鈴木のおばちゃんの声で同じ年頃のおばちゃんおじちゃんがわらわらとはなちゃんを抱いた真鈴の元に集まって来てしまった。

「あら、この前とは違う服なのね〜。」
「なんか、ゆるキャラって言うの?あんな感じね〜!」
「このお人形さんが何か喋ったりするの?本当に?」
「喋るどころか人間みたいに動いたりするのよ。
 ほら、センターってやつでね読みとるんですって〜。」
「あら鈴木さんセンターじゃなくてセンサーよ。
 センターってグループの真ん中で歌って踊り狂う気がふれたような女の人の事よ!ほほほほほ!」
「最近の言葉は難しいわねぇ!
 あら、頬っぺたぷにゅぷにゅね〜!」

おばちゃんおじちゃん軍団がはなちゃんに群がり遠慮なく顔をいじり始めた。

「あ、あの〜あまり触ると、あの〜」

真鈴が困っておばちゃんおじちゃん軍団に触らないように言うが、5人以上集まってハイになったおばちゃんおじちゃん軍団には何を言っても効果が無い事は国連安保理さえ認めた世界共通の周知の事実なのだ。

「あら〜お話しないわねぇ〜。」
「皆いるから恥ずかしいのかしら〜?」
「あなたのお化粧が濃いから怖がっているんじゃないの?」
「まぁ、失礼しちゃうわね。
 あなたの方が妖怪みたいよ〜!」
「ほほほ!なんか楽しいわね〜!」
「何でだろう〜!楽しいわね〜!」

何故だろうか?
はなちゃんに触れたおばちゃんおじちゃんが恍惚とした表情になってますますはなちゃんを弄り回しているように感じる。

「え〜と、はなちゃん、なな、何か喋っても良いよ〜!
 あまり触らないでって言っても良いのよ〜!」

どうにも収拾がつかなくなりそうになった真鈴がはなちゃんに事態を丸投げした。
我慢していたであろうはなちゃんが白目を剥いて顔をかくかくさせた。

「ええい!そのしわくちゃな手でわらわを気安く触るな!
 この、ジジババどもめが!」

おばちゃんおじちゃん達の手が止まり、目を見開いてはなちゃんを見た。

「わらわは長徳、一条天皇の御代から生きておる『藤原はな』じゃ!
 本来ならば下々の者の前に姿を現すのは不本意なれば特別に降臨してやったのじゃ!
 武家より上位の公家であるぞ!控えろ!控えおろう〜!」

日本で初めてラーメンを食べたとの逸話を持ち、人間の排泄口と同じ発音の名前を持つ風変わりな老人が屈強なボディガードややたらにお風呂に入る美女やいつもあんなにかさばる風車を所持しているのに全く目立たない変な男やものを食べること以外にろくな特技も無い役立たずな男などを引き連れて庶民から搾取したお金を使って日本全国を遊びまわり、自分たちの系統以外で庶民から搾取しようとする者達を叩き潰すと言う、あの有名な昭和のテレビドラマで育ったおばちゃんおじちゃんに『控えおろう!』と言うセリフはてきめんに効いたようで戸惑いながらもマンションのエントランスに土下座しようとしたので俺達は慌ててしまった。
まずい!非常い不味い!どうしてこう、坂道を転げ落ちて行くように俺達はやたらに目立つ状況に落ちて行くのだろうかぁ!
何とか事態を落ち着かせなければならない!

「あ!あ!土下座なんかしないでも大丈夫ですよ!
 この人形のプログラムですからぁ!」
「そそそそうなんですぅ!
 ちょっと昔風にしようとプログラムをし直したらこんな感じのキャラクターになってしまって!
 土下座しなくて良いですよ!
 手を合わせなくて良いですよ!
 拝む必要ないですよ!」
「うむ、われらは非常に急いでおるのだ!
 この珍妙な姿をしたお人形には何の御利益も無いから拝んだり土下座したりする必要なぞ無いのですぞ!
 何故お財布を出しているのです?
 お賽銭などいりませんぞ!
 小銭を投げないでください!
 さぁ!道を!道を開けてくだされ〜!」

四郎が良く通る声で叫んで俺達の前に海が割れる様に道が出来た。

「それではこれで失礼いたします!

四郎がお辞儀をして開いた道を走った。

「彩斗!真鈴!急げ!」
「う、うん、それじゃ失礼します!」
「この人形はただのプログラムされたおもちゃみたいな物ですから気にしないでください!」
「皆の者!これでさらばじゃ〜!
 わらわたちを追ってくる者は体の内側と外側をひっくり返してやるぞ!
 きゃははははは!」

茫然と固まるおばちゃんおじちゃんを残して、俺達はマンションのエントランスを出て道路に出てからも暫く走り続けた。

「なぜ、なぜこんなに目立つ!
 何故俺達はこんなに!」
「なぜあの年寄り達は金を出そうとしたのだ!」
「マンションから出てもいないのにあんな人だかりになっちゃったじゃない!」
「真鈴がはなちゃんに丸投げしたからだよ!」
「だってあんなゾンビみたいにおばちゃんおじちゃんが群がってたらしょうがないじゃない!」
「わらわに何か話せと言ったのは真鈴じゃぞ!」
「なぜ、お札じゃなく小銭なのだ!」
「控えおろうとか!どこで覚えたんだよ!」
「奴ら、手渡せば良いのにお金を投げつけようとしたぞ!」
「はなちゃんはもう試作のロボットと押し通すしか無いよ!」
「わらわはそれでも構わんぞ!」 
「待て待て待て! 
 こんな事大声で言いながら走るわれらは今非常に目立つとは思わんのか!
 とまれ!みんな止まれ!」
「げ!四郎が言う通りよ!」
「止まろう!みんな止まろう!」

俺達は立ち止り、荒く息を突きながら周りを見た。
道行く人々が足を止めて俺達を見つめていた。
四郎が俺と真鈴の袖を引っ張りながら小声で指示を出した。

「彩斗気味悪い愛想笑いはしないで良い、真鈴何をお辞儀している、はなちゃんは手を振るな。
 みんな、われの後について路地裏に入れ。
 静かにこの場を離れるんだ。」

目立つことなく世間の闇に隠れて質の悪い悪鬼や人間どもを駆逐すると言う俺達のグループのかっこ良いコンセプトは往々にして粉々に砕け散る事に不安を覚えながら、俺達は目立たないようにさりげなく遠回りをして『みーちゃん』に辿り着いた。
まだ早い時間で店内にはカウンターに2人組の夫婦らしき人達が座っているだけだった。
夫婦が振り向くと、俺達より一足早く着いた明石夫婦だった。
景行が笑顔を向け、圭子さんが少し赤くなった顔で俺達に小さく手を振った。

「おう、来たな。
 お言葉に甘えて先に始めているぞ。
 感じが良い店だな。」
「彩斗君のボトル頂いてるわよ〜!
 もうかなり頂いちゃってるけど、ほほほ。」
「吉岡ちゃん、いらっしゃい!
 あなた、いつの間にかお友達が増えたね〜!
 ママも少し安心したわ〜!」
「ああ!四郎さん!いらっしゃいませ〜!」

店内の皆が口々に声を上げて俺達を出迎えた。
そうか…俺はいつの間にか友達がこんなに増えているんだ。
俺達もカウンターに座ってどうせすぐ無くなるからと新たなボトルを入れたり、お通しを手渡しで皆の前に置いたり、その間に加奈ちゃんが皆の飲み物を作ったりと中々忙しく過ごして、やっと皆で乾杯をするところにこぎつけた。

怒涛の様に過ぎ去った今日の事が夢のようだ。
本当に酒が体に染み渡る感じだった。

「ぷは〜!美味しいね〜!」
「今日は色々あったからね〜!」
「そうそう!吉岡ちゃん、さっきの地震と停電、知ってる?」
「ええ、勿論知ってますよ。」
「テレビでねさっき凄い映像が映ってたのよ〜!
 加奈ちゃん、チャンネル替えてみて、あ!これこれ!ほらほら!」

ママが指さすテレビの画面には人工衛星から地球を見下ろした画面が映っていた。
そして、昼から夜へと移り行く途中の日本列島の関東…つまり…俺が住んでいるマンション辺りを中心に奇麗に丸く暗くなった。
丸い範囲の半径が5キロほどだろうか、もう少し夜側に地球が回っていたらもう少しはっきりと切り取ったように丸い範囲で暗くなっただろう。
十秒足らずで明かりは戻ったが、俺は軽く手が震えている。

「これ…はなちゃん?」

真鈴が俺の腕をつついて顔を寄せて囁いた。
テレビでは専門家らしい男が、ごく局所的に小規模な地震が起きて、戦術核兵器並みのエネルギーが放射されたと言っていた。
幸いにも地中深くに震源があったため地震と言う現象になったと言っている。
はなちゃんは激怒しながらもエネルギーの発生場所を地中深くにしてくれたと言う事だろうか…やさしい。
俺は真鈴に無言で頷いてテレビに見入った。
はなちゃんは体の異常を何も言っていない。
無傷らしい。
補強しすぎたかな?と俺は思いながら酒を飲み、お通しのポテサラを口に運びながら戦術核兵器並みのエネルギーを解き放っても無傷のはなちゃんを見た。
真鈴の横の椅子に座らされたはなちゃんは俺の視線に気づいて誰にも気づかれないように注意しながら手を振ってくれた。
   

 

続く
第41話



「あら?真鈴ちゃんだっけ?
 今日は可愛いお人形連れているのね〜?」

ママが目ざとくはなちゃんを見つけて真鈴に話しかけた。
俺達は店に入る前に打ち合わせたはなちゃんのカバーストーリーをママに話した。

「ママ、これははなちゃんと言う試作のロボット人形なのよ。
 大学の研究所でお年寄りの話し相手になるために開発した人形なんだけど、色々な会話データを取るために私がアルバイト代わりに持ち歩いてデータ収集しているのよ。
 だから色々話したり頭や体を動かしたりするけど、驚かないでね。」
「ママ、そうなんだよ。
 俺も最初これが喋るのを見た時は驚いたよ。
 最近の科学は凄いね!」
「ふ〜ん、このお人形喋ったりするんだ。
 まぁ、最近はおしゃべりするお人形も珍しくないけどね。」
「わらわははなと申すぞ。
 ママとやら、はなちゃんと呼ばせてやっても良いぞ。」

はなちゃんが椅子の座面に立ち上がり手を上げてママに言った。
ママは一瞬、ひっ!と声を上げたが、またはなちゃんに顔を近づけて興味津々に見つめた。

「ええ〜!
 良く出来ているわね〜!
 確かに吉岡ちゃんじゃなくても驚くわね〜!
 はなちゃ〜ん!ママです〜!
 よろしくね〜!」

ママがはなちゃんに軽く手を振りながら挨拶するとはなちゃんはうむ、宜しゅうな!と言ってまた椅子に座った。
ユキちゃんも面白がってはなちゃんに挨拶をしてはなちゃんが答えると驚きはしゃいだ。
既にはなちゃんの素性を知っている明石夫婦はニコニコしながらはなちゃんとユキちゃんのやり取りを見ていた。

「う〜ん癒されるわぁ〜さっきの地震と停電と言い、昼間の大事件と言い心臓に悪い事ばかりの日だったからね〜!」
「昼間の大事件?」
「あらやだ、吉岡ちゃん知らないの?
 子供が何十人も犠牲になった事件よ!
 あれは酷いわね〜!」
「ああ、あれの事か、確かに酷いよね…」

ママに言われて改めてあの地獄の地下室を見たのは今日の朝だったなと思いだした。
無意識のうちに俺の中であの惨劇は遥か昔の事のように心の中で葬っていたのだ。
激しすぎるショックは時間も距離も遠ざけたいと言う心理の表れだろうか。 
圭子さんが隣に座っている真鈴をつついて、四郎と和やかに話している明石を指差して小声で何か囁いていた。
数人の客が入って来てママがカウンターから離れた。
俺は真鈴に体を近づけて圭子さんとの会話を聞いた。

「真鈴ちゃん、景行は今日よっぽど酷いのを見たんじゃないの?」
「いやいや圭子さん、景行さんは私達の中で一番しっかりと冷静に状況を観察していましたよ。
 私が取り乱して証拠を台無しにしそうな時も景行さんが止めてくれたんです。
 酷いショックを受けたのは私と彩斗ですよ。
 何せあんなの初めてだったから…。」

確かにそうだ、四郎も俺達もあの酷い、子供達や動物達の体を使った作りかけのオブジェを見てショックを受けていた時も、冷静に子供達の喉の傷や足首のロープの跡を観察して外道達が子供達の体を逆さに吊り下げて血抜き処理をしていた事などを看破していたのだ。

「そうなんだ…景行は修羅場を見慣れているからね…でもね、やっぱり今日、景行はとても酷いショックを受けていたはずよ。
 あなた達には見せなかったかも知れないけどね…今日、うちに帰ってきたら景行は司と忍を両腕に抱きしめて涙目になってお前たちは絶対に俺が守るぞって言ってね。
 でも守ると言うより守られたいって感じで司と忍の肩に顔を埋めていたのよね。
 あの子達はそう言う、何と言うか人の気持ちに敏感な所があるから、景行の頭を撫でてね、プッ、まるでお母さんみたいに景行の頭を撫でて、パパ、私達の事守ってねって言ったら景行本当に泣きそうになっちゃってさ…」

何人かの常連が店に入って来て、ママとユキちゃんが新しい客の為に忙しくなっていた。
圭子さんはそこまで真鈴に言ってから酒を飲み干してまた飲み物を作った。
俺と真鈴は圭子さんが語る景行の意外にデリケートな一面を聞いて、得をした感じがしてお互いに微笑み合った。
圭子さんもそんなデリケートな所がある景行が好きだと言って笑っていた。
やはり、俺にとって圭子さんと景行は理想の夫婦に見えた。

店に入って来た常連客達もあいさつ代わりの様にママやユキちゃんと今日の2つの事件について盛んに話していた。
常連客が口々に仕事人!だとか犬が敵討ち!だとか何事かをママやユキちゃんに話している。
仕事人?犬の敵討ち?四郎を含めた俺達は聞き耳を立てたが詳細は良く判らなかった。

その時だった。
テレビ画面に工事作業員の弁当箱の包みを咥えた明石の犬がスマホで撮られたと思われる映像に姿を現した。
明石の犬を追いかけて来た作業員がスマホで明石の犬を撮っていた事を思い出した。
テレビ画面を見上げた圭子さんが盛大に水割りを吹いた。
どうやら一目見てテレビ画面の犬が明石が変化した犬だと見抜いたらしい。

テレビ画面の明石犬は弁当の持ち主が近づくまで待ち、そしてまた包みを咥えてはトコトコと歩いて行くという感じで巧みに小屋の方向に弁当の持ち主を誘導しているのが見て取れた。
画面にニュースキャスターの声が被さり、地下には子供達以外に犬や猫や大量の小動物の死骸があった事から親か子を殺された犬の敵討ちでは無いかとの意見があると伝えていた。
画面がスタジオに切り替わり、何人かの論客が様々な意見を披露して、いやいや、あれは犬の敵討ちなどではなく、仕事人のような闇の秘密組織があって犯人の身柄を確保してから飼い慣らした人間並みの知能がある犬を利用して目撃者を誘い込んだのだ!など、中々に鋭い事を突いた発言まで飛び出て俺達は背筋が冷たくなったが、そんな馬鹿馬鹿しい事は有るはず無いと言う事で論客全員が苦笑を浮かべたので俺たち全員が心の中で安堵した。
しかし、何らかの仕事人的な集団があって事件解決に為に動いたと言う意見は根強く残った。
俺達は少し複雑な心境でテレビを見ていた。
これからはもっと目立たないようにしなければ…景行の頭をヘッドロックして、目立ちすぎだろう!アホウ!と小声で唸りながら明石のこめかみに拳をぐりぐりと捻じ込む圭子さんを見ながら俺達は思った。
明石の手が必死に圭子さんの腕をタップして許しを乞うているが、圭子さんのぐりぐり攻撃は収まらなかった。

「あ〜!嫌な世の中だよなぁ〜!
 ママ!カラオケ!カラオケ歌いたいよ〜!」

テレビ画面がニュース番組からカラオケの待機画面に切り替わった。
圭子さんが明石を解放して手近にあるデンモクを手に取った。
明石のこめかみに強烈な拳の跡が付いているが見る見る薄くなってゆく。

「四郎…あれ…すげえ痛えんだよ…」

明石はこめかみを摩りながらラッキーストライクに火を点けた。

「四郎さ〜ん!
 カラオケ、覚えてくれました〜?」

ユキちゃんが四郎の肩に両手を掛けて尋ねて来た。

「うむ、3曲ほどだが覚えて来たな。」
「やった〜!私が酔っぱらわないうちに入れてくださいね〜!」

もう、どこの誰が見てもユキちゃんは四郎に首ったけなオーラが全開だった。
カラオケのイントロが始まりボックス席の誰かが入れた曲が始まった。

「圭子さん、カラオケとか好きなんですか?」

真鈴が尋ねると圭子さんが笑顔になった。

「うちは全員、司も忍もカラオケもアカペラも伴奏つきでも歌うよ〜!
 一番へたっぴは景行だけどね。
 でも、歌は魂の叫びだからね〜!
 人類から歌を取り上げると、たぶん未来に進む事は出来なくなるわよ。
 人類が手を取り合って前に進むには素敵な歌が必要なのよ。
 それくらい、歌は大事な物だと、私は思うのよね〜!」

どこかで聞いたような事を言っているなと思ったら、明石が言った事は圭子さんの持論の受けおりだと気が付いて面白く思った。
やがて常連客が次々と曲を入れ始めた。

「彩斗、圭子さん、今日は明日の事があるから9時か10時には上がりましょうよ。
 だから、カラオケ早く入れましょう!」
「了解!」

真鈴と圭子さんがデンモクにとりかかり、四郎と景行は何事か剣術についての技の理論や戦術理論などを熱く語り合っていた、話の端々から明石はどうやら大坂夏の陣以降の日本が経験した殆どの戦場に顔を出していた事を知って俺と真鈴はひどく驚いた、そしてユキちゃんがはなちゃんが座っている椅子に近寄り、何やら恋愛相談のような事をはなちゃんが答えていて、ユキちゃんがうんうんと頷きながら熱心に聞いていた。

「ユキちゃん!ユキちゃん!どこ〜?
 このポテトは飯島ちゃんの所、厚揚げは佐久間ちゃんの所に持って行って〜!」
「あ、は〜い!」

ユキちゃんが立ち上げり、はなちゃんに小さく手を振って、ママからポテトと厚揚げの皿を受け取りボックス席に行った。

「やれやれ、あのユキちゃんという娘は四郎に首ったけのようじゃな。」

はなちゃんが手を上げて俺に言った時に、ラブソングのイントロが流れて四郎がマイクを持った。

「きゃ〜!
 四郎さ〜ん!」

ユキちゃんの金切り声が聞こえて来た。
いつどこで練習をしていたのか、四郎の歌は上手かった。
俺達は四郎が先駆けとなり、次々とカラオケを入れた。
明石が朴訥な声でポルノグラフティのサウダージを歌ったのは意外だった。
俺達は歌を入れ、皆が一通り歌った時、明石が圭子さんにあの歌を歌ってくれよぉ〜と頼んでいた。
お〜よしよしと言う感じで明石をなだめながら圭子さんがデンモクでカラオケの曲を入れた。

「圭子さん、何を入れたんですか?」

真鈴が尋ねた。

「うん、真鈴ちゃん、百万本の薔薇って知ってる?」
「確か…加藤登紀子さんかな?」
「そうそう、実はあの歌はね元々はラトビアの歌で歌詞も全然違っていたのよ。
 原題はマリーニャの贈り物って言う歌なんだけどね…あの歌は色々な局面で歌われた曲なのよ、チェルノブイリ原発事故の時の復興の時や、ベルリンの壁崩壊の時、ソ連邦解体の時、ポーランドの民主化運動の時や、バルト3国独立の時皆が集まって人間の鎖を作った時とかに歌われた曲なのよ。
 そして今、ウクライナの人達が抵抗の歌としてロシアの人達が反戦の歌として歌っているわ。
 それを知って景行のお気に入りの曲になったってわけよ。
 まぁ、気軽に聞いてね。」

そう言うと圭子さんは小粋にウィンクした。
その時、あのアニメの主題歌のイントロが流れた、俺と真鈴がぎょっとして四郎を見ると
四郎がはなちゃんを胸に抱いて2人でユーハッ!ショーック!と声を合わせて歌い始めた。

俺と真鈴は頭を抱えて逃げ出したくなりそうになった。
目立ち過ぎ目立ち過ぎ目立ち過ぎだぁああああああ!
だが、事前にママやユキちゃんにはなちゃんは試作のロボット人形だと伝えておいたのが功を奏して大した騒ぎにはならず、四郎とはなちゃんが歌い終わると盛大な拍手を浴びた。

その後数曲の後、圭子さんが入れた百万本の薔薇が流れた。
これはもう…加藤登紀子以上かも知れないほどに俺も真鈴も感動した。
店内は感動で静まり返り、やがて物凄い拍手が沸き起こった。
昼間に明石が言った、歌は人間の魂を救う時もあると言う言葉も信じられそうな気分だった。
午後9時を15分ほど過ぎた時、俺達は明日死霊屋敷で会う事を再度確かめて、『みーちゃん』を出た。
駅でタクシーを拾うと言う明石夫婦が腕を組んで歩いて行く後ろ姿を俺は見ながら、明石夫婦の酒癖が良かった事に安心しながら、やっぱり俺にとっては理想の夫婦だなぁと思った。





続く

第42話



マンションに帰った俺達は途中で真鈴が買ったコンビニスイーツを食べながら寛いだ。
明日、明石達が死霊屋敷に午前11時頃に到着すると考えると明日の朝はマンションを朝6時に出発して死霊屋敷で朝のトレーニングをする事に決まった。

「やれやれ、たまには朝ゆっくりと朝寝がしたいよ〜。」

俺がぼやくと真鈴も頷いた。

「彩斗はまだ良いわよ、もう30過ぎの爺じゃん。
 私はまだ20代前半、眠い盛りなのよ。
 私の年代って朝寝坊と言う言葉が一番合ってるじゃないのよ。」
「ふむ、つまり君らはもう少し睡眠時間が欲しいと言う訳か…なるほど。」
「そうなのよ四郎、彩斗はともかく、私は睡眠時間がもう1時間か2時間は欲しいわよ。」
「なるほどな〜。」
「だから四郎、朝のトレーニングをもう少し遅く…」
「却下する。
 前の晩に早く寝れば済む事だな。以上!」
「鬼!鬼教官四郎!」
「何とでも言うが宜しい。
 さて、はなちゃんアニメを見るか…ああ!何をする真鈴!」

真鈴がテーブルの上のリモコンを取り上げた。
こういう時の真鈴の動きの素早さはとんでもなく速くなる。

「まて、真鈴、われはもう195年は生きておるからしてさほど睡眠時間は要らんのだからして…」
「何よ四郎!そのうち160年は棺で干からびてたんでしょ!
 あんたも教官なら早く寝て見本を示しなさいよ!」
「真鈴、四郎はともかく、わらわは1026歳じゃ!少しは年寄りに対しての敬意とか何とかを示すべきではなかろうか、好きなアニメの一つや二つくらいは…」
「はなちゃん!都合よく年寄りになったり少女になったりしないの!
 今のはなちゃんは子供で私が保護者!
 子供はすぐに寝るの!」

真鈴は手足をじたばたさせるはなちゃんを脇に抱えてゲストルームに消えた。
なるほど、はなちゃんは正論ぽい事を言われると抵抗できなくなるような気がする。
四郎が目をうるうるさせて俺を見ているが、俺はくるりと背を向けておやすみ!と言って寝室に引き上げた。

俺は目覚ましを5時にセットして眠りについた。

四郎に叩き起こされる事無く目覚まし時計で目が覚めると言う事はなんて贅沢なんだろうか…。
俺はキッチンに行き、お湯を沸かしてコーヒーを淹れる準備をしてパンをトースターに突っ込んだ。
冷蔵庫を開けて在庫を確認して簡単なサラダとハムエッグを作る事にした。
初めのパンが焼けてトースターから飛び出した頃に真鈴が頭をぼりぼり掻きながらはなちゃんを脇に抱えて起きて来た。

「彩斗、おはよう〜。」
「真鈴、おはよう〜。
 はなちゃんは?」

真鈴が隣の椅子にはなちゃんを座らせた。

「まだ寝てるよ〜。」

はなちゃんは微かに白目を剥いていて寝息のような息使いが聞こえる。
寝ているようだ。

「真鈴、シャワー浴びるなら急いで。
 その間に朝飯作るから。」
「うん、サンキュー。」

真鈴がバスルームに消えると暫くして四郎が起きて来た。

「おはよう四郎。」
「うむ、おはよう彩斗。
 やれやれ、しばらくはアニメとお別れか…」

四郎が渋面を作ってコーヒーを飲んだ。
新しくより大型のテレビを1階の暖炉がある所に置こうと思っていて、当然それで今ここで見れる物が全て見れるのだが、しばらく四郎には内緒にしておこう。

俺達は朝食を済ませて身支度を済ませ、ランドクルーザーに乗り込んで死霊屋敷に向かった。


入り口ゲートの監視カメラが動くかどうかチェックした。
屋敷の一階キッチンに繋がる小部屋から入り口をモニター出来る事が判り、更に扉の閉会も出来る事が判った。

俺達は明石一行が泊まる予定の部屋を掃除して飼ってきたシーツタオルなどをセットした。

昼食は明石がバーベキューの食材と仕込み済みの肉などを持ってくると言われたので、屋敷の裏手にある煉瓦製の火台の横に倉庫小屋から出した薪や炭を積んで置いた。

時間は午前9時になろうとしている。
俺達は速足で四郎が設定したコースをジョギングして屋敷の屋根裏でナイフトレーニングをして汗をかき、それぞれ気に入った風呂で汗を流してすっきりした。

ダイニングで武器庫にあった小銃や拳銃、擲弾筒を幾つか持って来て整備と手入れをしていると、監視カメラのモニターをしていたはなちゃんの声が聞こえて来た。

「皆、明石達が来たぞ。」

俺達が小部屋に入るとモニターに明石達が乗るアコードが見えた。
運転席から明石がカメラの方に手を振っている。

「今開けます。
 そのまま車で建物まで来てください。」

俺がマイクに向かって言い、扉を解放するスイッチを押すとゲートの扉が開き始め、明石家族が乗った白いアコード、その後ろに喜朗が運転する紺色のハイエース、そして加奈ちゃんが運転する赤いRXー7のオープンカーが並んでゲートを潜った。

「いやぁ…なんか派手なのかどうなのか判らない取り合わせだね。」
「でも、あのRXー7カッコいいわぁ〜!
 あれで加奈ちゃんとドライブ行きたいなぁ〜!」

真鈴が夢見る目つきになっていた。
それは俺も同じ事。
加奈ちゃんとあの赤いRXー7で海沿いでもドライブしたら最高だろうな。

「ほら皆、玄関まで出迎えんとな!」

四郎がパンパンと手を叩き俺達は玄関ホールを突っ切り扉を開けた。
良く晴れてほんの所々にちっぽけな雲が浮かぶ青空の元、明石達の車列が小道をこちらにやって来る。

明石達の車がランドクルーザーの隣に停まり、明石、圭子さん、司ちゃんと忍ちゃん、喜朗と加奈ちゃんが物珍しげにあちこちを見回しながら車から降りて来た。

出迎えた四郎に明石は歩み寄り声を掛けた。

「いや、四郎、これほどすごい所だとは聞いていなかったぞ。」
「景行、自分の家だと思ってゆっくり過ごしてくれ。
 他の皆も大歓迎だ。」

俺達はそれぞれに挨拶を交わし、まず喜朗が漬け込んで置いた肉をキッチンに運び、明石達が泊まる部屋に案内した。

司ちゃんと忍ちゃんは早速はなちゃんと真鈴と仲良くなり屋敷のあちこちを探検して歩いていた。
キッチンでは圭子さんと加奈ちゃんが喜朗と俺と一緒にバーベキューの仕込みをした。

明石と四郎は何やら屋敷と敷地の図面を持ってあちこち歩き待っている。

バーベキューの準備が出来ると皆総出で物置小屋から大テーブルと椅子を持ち出して屋敷横の火台の所に置いて喜朗が肉や魚を焼き始め、圭子さんたちはサラダを盛りつけた皿を配り、俺達は喜朗がハイエースに大量に持ち込んでいた缶ビールとジュースを取り出して氷を入れたバケツに突っ込み、待ちきれずにまだ冷え切らないビールを開けて飲み始めた。

四郎と明石はテーブルに図面を広げて何やら熱心に話し合い、時折肉を焼く喜朗や加奈ちゃんの意見を聞いたりして図面に何か書き込んでいた。

「彩斗、真鈴、君らはどう思うか?」

四郎が図面を俺と真鈴に寄せて尋ねて来た。
先ほど明石と屋敷の周りをぐるりと回り、いざと言う時の為の備えをしようと言う事になったらしい。

四郎の説明だと屋敷自体が壁と言う一枚の防衛線で守られたはなはだ心細い状態だと言うのだ。
それにこれはどうしようもない事だが敷地の境界線は一部ゲートや塀はあるにあるが悪鬼がその気になれば、いや、ただの人間でも容易に入り込めてしまうと言う事だ。
今直ぐにと言う訳では無いが、その内にこの屋敷を援護して支え合うためのごく小規模な拠点を作ったらどうかと明石が提案して四郎も同意したとの事だ。

俺も真鈴も仲間が増えた事でよりこの屋敷を生かせると言う事ですぐに四郎と明石の案に賛成した。
明石が言うように山口県で明石が出会った組織化された質の悪い悪鬼達が関東にいないはずが無いと思う。

「うん、まさに私達の城ね!」

真鈴が紅潮した顔でビールを飲んだ。

「景行、俺達も賛成だよ。
 何かあったら景行達、皆ここに来れば良いよ。
 鍵を用意しておくから。」
「彩斗、それはありがたいな。
 お言葉に甘えるとしよう。」
「景行、ここにはそれなりに武器も有るんだ後ほど教えよう。」
「四郎、そうなのか?それは興味深いな。」

その後俺達はそよ風が吹く初夏の午後、バーべキューを楽しみ、様々な話題で盛り上がった。

喜朗のハイエースも加奈ちゃんのRX-7も軽くチューンがしてあること。
ハイエースは4WDでかなりの機動力がある事など。
真鈴が頼んでいるボルボ240ターボが来たら乗り比べをしようと女同士で話が盛り上がっていた。

明石が言っていたように次女の忍ちゃんは確かに髪の毛の色と皮膚の色が薄く、手足が華奢で目が大きく外国人のハーフのような容貌だったが、それが実の父親からの虐待で起きた障害と言う事で心が痛んだ。
長女の司ちゃんの左腕にも痛々しい縫合跡があった。忍ちゃんを守ろうとしてやはり、実の父親に掴まり腕の骨を折られたとの事だった。
 
だが、長女の司ちゃんも次女の忍ちゃんも朗らかで元気よく、はなちゃんともすぐに打ち解けて楽しそうに過ごしていてほっとした。
食後の草原で司ちゃんと忍ちゃんが花飾りを作り、はなちゃんにも花の冠を作ってあげているところなど、一幅の絵のように平和な情景だった。

加奈ちゃんと真鈴がダマスカス鋼ナイフを前に何やら話しているところに俺も話に加わった。
加奈ちゃんがRXー7のボディに隠しているククリナイフを持って来た。
オリジナルのククリナイフよりも多少小型に喜朗が作ってくれた物らしい。
見事な出来でダマスカス鋼ナイフとは反対に刃先の方が折れ曲がったフォルムのナイフは斬撃の破壊力が最大限引き出すようになっていて、加奈ちゃんはこのククリナイフとサーベルを使って2体の悪鬼を倒したとの事だ。
本当の事だろう。
人間でも悪鬼と戦い倒す事が出来ると言う実例を目の前にして俺も真鈴も心強く思い自信がわいた。

楽しい時間が過ぎて、少し陽が陰り始めた。

明石達は2泊3日する事に決めて夕食も外で食べる事にして、俺達は薪を積み上げてキャンプファイアーの準備をした。

そして四郎も南部の煮込み料理を振舞うと言い出して大きな鍋に色々と煮込み始め、圭子さんが興味深そうに四郎にレシピを尋ねながら料理を手伝い始めた。
司ちゃんと忍ちゃんははなちゃん加奈ちゃん真鈴の護衛の下敷地の中を長めの散歩に出かけたようだ。

俺は四郎に頼まれて明石と喜朗に秘密扉の中の武器庫に案内した。
驚いたのは明石も喜朗も九九式小銃や南部式小型拳銃、八九式重擲弾筒の使い方を熟知している事だった。
話を聞くと、明石は戊辰戦争以来、西南戦争、シベリア出兵、日清、日露戦争、太平洋戦争などに従軍しており、喜朗も足が不自由ながら後方要員として重宝されて軍属として過ごしたとの事だった。

明石も喜朗も慣れた手つきで武器を分解手入れ、不都合な物の廃棄、部品取りなど色々と武器庫の中の兵器を整理していってくれた。

「うん。これでますますここは万全になってきました。
 景行さん、喜朗さん、ありがとうございます。」

俺は面倒くさいと思っていた武器庫の整理が済んで有難かった。
だが、明石は俺の笑顔とは違い、少し考え込むような顔で頷いていた。

「何か問題あります?」
「うん、彩斗、これはそのうちに四郎達も交えて話そうと思う。」
「え、何か?」
「うん、ここはある程度守りやすいし、この武器の数からしても大抵の攻撃は退けられるとは思うんだ…だがな、どんな堅い城でも必ず陥落する事は有るんだ。
 そしてその時のための備えが無い城は欠陥品だと言う事なんだよ。
 まぁ、これは今後俺達の戦略も交えて考えないといけない事だからな。
 明日にでも時間を作ってみんなで話す事にしようか。」

そう言って明石は1階に降りて行った。

「彩斗さん、景行さんは何度か落城を経験しているからね。
 あれはかなり悲惨な物らしいんだ。
 だからそういう事態の備えは必要だと言う事さ。」
「はぁ、落城をする事も考えておかないといけないと言う事ですか?」
「そういう事だね。
 我々は全ての起こる可能性がある事態に備えておかなければいけないんだよ。
 だから。景行さんは今まで生き残って来たんだよ。」
「…」

やがて夕食の準備が整い、テーブルに料理が並び、積み上げた薪に火が入り、大きな焚火に照らされた俺達は美味しい食事を摂りうまい酒を飲み、話が盛り上がり、楽しい時間を過ごした。

圭子さんが明石に何か話しかけていた。
明石が頷き、喜朗と加奈ちゃんに目配せをした。

「さて、彩斗君、真鈴ちゃん、はなちゃん、四郎さん、今日はご招待ありがとう。
 お礼の印に私達で細やかな歌をプレゼントします。
 準備するから少し待ってね。」

明石と喜朗と加奈ちゃんが車の方へ行き、司ちゃんと忍ちゃんは昼間に作った花の冠を頭に被り、圭子さんの両脇に立った。

圭子さんが車の方を見ている。
やがて車の方から小太鼓がリズムを刻みながら近づいてきた。
加奈ちゃんだ。
小太鼓を叩く加奈ちゃんは後ろにバグパイプを脇に抱えた明石と喜朗を従えて大きな焚火の方にやって来た。
明石と喜朗もバグパイプの演奏を始めた。

「なんだろこれ聞いたことあるよ。」

俺は小声で真鈴に言うと真鈴が小さく頷いた。

「彩斗、ラグビーの歌だよ。
 ワ−ルドインユニオン。」

司ちゃんと忍ちゃんが清らかな、それでいて力強く感じる高音で歌い始めた。
そして2人を支える様に圭子さんの少し低い声が歌に加わった。
加奈ちゃんの小太鼓と明石と喜朗のバグパイプ、圭子さん、司ちゃん、忍ちゃんの歌声が心に染み入るハーモニーとなった。

There's a dream, feel so rare, so real
その夢はとても素晴らしく、とても大切だと私は感じた。

All the world in union The world as one
世界のすべてが団結して、一つの世界となる。

Gathering together One mind, one heart
一つの精神、一つの心の元に集い。

Every creed, every color Once joined, never apart
あらゆる宗教を信じる人もあらゆる肌の色の人も、ひとたび繋がり合えば二度と離れない。

Searching for the best in me, I will find what I can be
私の中の最高な物を探し、私がなれる可能性の中で最高のものになってみせる。

If I win, lose or draw there's a winner in us all
たとえ勝とうが負けようが、引き分けてさえ、私たちすべてが勝者なのだ。

It's the world in union the world as one
それは団結した世界、一つとなった世界なのだ。

As we climb to reach our destiny a new age has begun
その目標へとたどり着くとき、新しい時代が始まる。

We face high mountains, must cross rough seas
私たちは高い山々に挑み、荒れる海を渡らなければならない。

We must take our place in history and live with dignity
私たちは歴史の中に存在して、尊厳をもって生きて行くのだ。

Just to be the best I can sets the goal for every man
なりうる最高のものになるために、すべての人々が目標を定める。

If I win lose or draw It’s a victory for all.
私が勝とうが、負けようが、引き分けてさえ、それは、すべての人のための勝利なのだ。

It's the world in union the world as one
それは団結した世界、一つとなった世界なのだ。

As we climb to reach our destiny A new age has begun
目標へとたどり着くとき、私達の新しい時代が始まる。

It’s the world in union the world as one
私達が団結して一つとなった世界。

As we climb to reach our destiny A new age has begun
目標へとたどり着くとき、私達の新しい時代が始まる。

It’s the world the world in union
私達が団結して一つとなった世界。

A new age has begun
新しい時代が始まる。





俺は泣いた。
真鈴も、四郎も泣いた。

明石は歌は人間の魂を救う時があると言った。
その通りだと思った。

圭子さんは人間から歌を取り上げたら前に進めなくなると言った。
まさにその通りだった。

ここ数日、人間が引き起こす言葉に出来ないほどの物を見せつけられ俺の心は実は傷だらけになって崩壊寸前だったのかも知れない。
今日、司ちゃんや忍ちゃんたちの歌声で救われた感じがした。
彼女たちの歌声は俺の魂に付いた傷を埋め、汚れをそっと落としてくれた。
俺は心の底から救われた気持ちになった。

悪鬼の明石だろうが、死霊が依り代にしているはなちゃんであろうが何の偏見も無く屈託なく受け入れて共に楽しんでくれる彼女たち。

その彼女たちが笑顔で歌を歌い続けられる世界にしなければならない。
彼女たちの歌声を守らなくてはいけないと俺は心の底から思った。

なにか、大いなる意思のようなものが本当に存在するのなら、傷ついた俺の魂を癒す為に、目の前で彼女たちが歌う姿を見せてくれたのかも知れない。
そんな事を思いながら俺は、おそらく真鈴も、四郎も、はなちゃんも彼女たちの歌声に聞き惚れていた。

人類から歌を取り上げてはならない。

この子達が心からの笑顔で歌える世界を守らなければいけない。

いつか世界中の人達が共に手をつなぎ肩を組んで心からの笑顔で歌える世界が来るように。

俺達は戦う。









第4部 人間編 終了



次回 第5部 接触編

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