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Earth vision IIコミュの会議室ログを読み返す

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僕は全部を所持していません。それに思い出したくないですが(笑)、僕が起こした騒動もちゃんと記録されているので、ところどころ回避したいのですが、正直勿体ないと思います。

ニフティがログを破棄してしまった現在、そして著作権がどうなるのか分からないので、引用もためらわれます。なので、保持しているだろう事を前提に、発言番号でその記事を示すだけにしましょう。

10年以上たった現在、言及すべき書き込みはあるのだろうか。

コメント(16)

●Earth visionという現象

最初から奇妙な言い草かも知れないですが。よく読めば読む程僕の中にこういう考えが明確になって行くのです。

個々の発言を追っても意味は薄い。ひとつの場として捉え、何の「場」であったのか考えよ。

僕は常に「言葉」を巡る問題だったのではないかと思っています。

なぜ最後にログを収録しないことにしたのか。などなど。他人事のように考えることもできますが、あえて当時の僕の立ち位置から言ってみると

「どうして二次情報ばかりなのか。なぜ自分の経験を語らないのか」

ある事柄についてちゃんと説明できるためには相当分かっていないといけないと思います。縄文にせよネイティブにせよ、分かっていることは少ない、というか分かるのかどうかも分からないと思っていました。そういう知らない事柄に対して誠意ある態度とは「僕の場合はこうこうでした」と経験をひとつのケースとして話すことだと僕は思いました。

なので、当時相当苦しい旅であった天河、熊野への旅を綴りました。そして何かを感じた人と道の上で語ることで何かがあるのでは、と東海道、足利、青森、新宿、と地面と空のあるところで話をしてきたわけです。

しかし、今にして思うと僕は随分と勘違いをしていたようにも思うのです。ネイティブの話を分かるということがどういう事なのか、それを1秒でも考えればすぐに分かった事なのです。ちょっと残念ですが、愚かな自分の時間を逆戻りはできません。

問題は簡単です。ネイティブの人のどんな言葉でもいい、そう「狼」でもいい、その言葉を僕等が現代日本語で分かるというのが、そもそも不可能なのです。彼らの「狼」は、彼らの食べ物を始めとする「ものの使い方」、つまり暮らし、大げさにいえば世界との係わりの中に位置する「狼」なのでありまして、狼と全く係わりのない暮らしをしている僕の「ものの使い方」から出ている言葉では位置が全然違うのです。

そして、そういう事柄の中で、つまり言葉を巡る事柄の中で一番僕等になくて彼らにあった、そのことがあの会議室の、そして今でも北山氏の本当に伝えたい事なのでしょう。

僕は遅すぎましたね。でもここがEarth vision IIならやってみる価値はあるかもしれないです。
うん、うん、とはげしくうなづきつつ。。

感覚でしかないんですが、というか彼らの生活様式から推測できるんですが

僕等と言葉に向き合う姿勢がちがう

のは動かせないと信じます。

言語は書き文字ではまず再現不可能です。表情、身ぶり手ぶり、そして何を着ているかとか持っているかとか、果てはどういうにおいがしてくるのか、とか。それがセットになった上での、例えば「狼」ですから。

うまく例えられないんですが、僕等の言葉は

いくらでも言い替えができる

という点で、人類史上へんてこなところにあるのかもしれないとは思ってきました。で、

彼らは言い替える必要がそもそもない

というか、人類はずっとそうだったのだと思うのですが。

言い替えるというのは、もうこの文章がそうですが

例えば

が、もうアウトってことなんです。

例えられないものしかない世界での言葉

が、彼ら、そして人類のずっと昔からの言葉のありようだったと思うのです。

その意味では一回性にこだわった「雨月」はいいところまではいったようには思うんですけど(笑)

僕の保存しているログはKINOさんの言葉の変遷云々あたりからなんですけど、これもまた結構良い線までは行っていたのでは、とは思うんです。
あ、で結論なんですが、そう、もう出ているんです、僕の中では。あとは検証だと思ってます。

その例えられないものしかない、一回性の世界の言語の、行きつく所、つまりは最高峰、あるいは行き止まりが

予言

という言葉のありかただったのではないかと思うんです。僕等はもう一切予言しません。

しているのは予測だけです

予測は時系列、因果から導き出されるものですが、予言は一回性で語られる「もうそこにあるもの」なんです。この違いはあまりに大きいように思います。

しかしですが、僕等はもう一度予言を取り戻せるかどうかをカッチリと考えて行く必要があると思うんです。


特に意図したわけではありませんが、結果として、僕のところには会議室ログは一切残っていません。

「火をおこした場所を立ち去る時、あなたはそこで火をおこしたことを後から来る誰にも悟られないようにしておかなければならない」(『ネイティブ・マインド』p.312)
八王子城址のオフでも焚火の始末はこのようにしましたね。チベット仏教で、1週間程かけて製作した砂マンダラを儀式が終わると、崩して痕跡を消し去るのも同じ理由でしょう。

北山耕平さんとは、会議室が始まる前ですが、『ネイティブ・マインド』を読んでメールを送ったら、大阪に来られる時に会ってもらえることになり、当時クジラ関係で活動していた仲間(ライター、デザイナー、クラブDJなど、仕事と関係ない友人)と一緒に、北山耕平さんのお話を聞くことになったことが、個人的には、一番記憶に残っています。北山さんの話す言葉が、『ネイティブ・マインド』の文章とほとんど一致していることに、驚き感動しました。

今となっては、ネイティブ・アメリカンを紹介する人が増えて、北山耕平さんの仕事も相対化されてきたと思います。シッティング・ブルの血を引くメディスンマンと結婚して子供を産んだ日本人女性(静さんのこと)もいるくらいですから。さらには、亡くなったメディスンマンの旦那様が、死後の世界の信念体系領域に引っかかってしまい、輪廻の中間点とされるフォーカス27へ到達できてなかった(すなわち、成仏できず迷っていた)といのは、考えさせられる話です。

2012年のアースチェンジとの関係で注目されているホピの予言は文字で書かれたものではなく、石板に書かれた絵を解釈したものです。推論による予測と違って、予言というのは、非言語によってもたらされるものなのでしょう。
●海の民をめぐる書き込みたち

#259KINOさんの「何故、下総は平家発祥の地なのか」

あたりから日本に海の民がいたことを話しています。

#262長髄彦さん びんろうじゅを食べる人々

ミクロネシア一帯でびんろうじゅを石灰にまぶして食べる習慣があることを話しています。食後は口の中が赤黒くなります。これがどうも「お歯黒」につながるのではとKINOさんが応答しています。

#264長髄彦さん 天の王朝の秘密

>>「天の王朝」は絶対にそんなものがあったなどと学校では教わりませ
>>ん。日本最大の秘密かも知れない。菊池山哉という民間の学者が、かつてこれ
>>を研究して『蝦夷と天の王朝』という本を書いています。

と八切史観と合わせ、海の民の話題がつながってゆきます

#269KINOさん 遮光土偶は刺青か/魏史倭人伝に見る刺青

これも海の民の存在証明です。KINOさんはこの海の民が邪馬台連合に所属していないことから、当時既に様々な部族が点在していたことが想像可能だと話しています。

#273KINOさん あま氏の一族

和名抄から海部(あま)という地名を拾い出しています。

>>
豊後 海部(あま)郡(ごう)
安芸 佐伯郡海(あま)郷
安芸郡安満(あま)郡
阿波 那(王可)郡海部(あま)郷
淡路 三原郡阿万(あま)郷
紀伊 海部(あま)郡
尾張 海部(あま)郡(自民党の元首相はここが出自)
武蔵 多摩郡海(あま)田郷
上総 市原郡海部(あま)郷
肥後 天草郡天(あま)草郷
筑前 海部(あま)郷
那(王可)郡海部(あま)郷
宗像郡海部(あま)郷
隠岐 海部(あま)郷
丹後 熊野郡海部(あま)郷
加佐郡凡海(あま)郷
越前 坂井郡海部(あま)郷
>>

#275長髄彦さん たかアマの原

淡海(あま)→おうみ→近江という読みの連想から、海の民の作った琵琶湖を中心とした広い範囲の「淡海の国」を想定して話しています。そして飛鳥王朝がその残照であること。宗教はゾロアスターではと話しています。

#276KINOさん ゾロアスター教は日本へ来ていたか?

で、「予言」「天国と地獄」「最後の審判」「肉体の復活」がキリスト教、ユダヤ教に受け継がれたと話しています。

>>もしゾロアスター教
>>徒が642年のペルシア・イスラム戦争の敗北で日本へも脱出して
>>いるとしたら、日本では(舎子)明天皇の時代だから長髄彦さんの言
>>う飛鳥時代にかろうじて引っ掛かるとは思います。

>>ゾロアスター教徒たちは「風葬」あるいは「鳥葬」といった
>>極めて特徴的な葬儀を取り行なっていたのだ。日本にゾロアスター
>>が来ていたとするなら、まずは同時代の日本でどのような埋葬を行
>>なっていたのか調べてみる必要がありそうだ。

そして話しは埋葬方法に進みました。

#280KINO 海部(あま)一族の神/戎(えびす)信仰

あま一族がエビス信仰を持っていたと話します。

恵比寿様は魚を釣る恰好の神様ですから、たしかに海の民らしいですね。

#282KINOさん ゾロアスター教

で、詳細を解説しています。

面白いと思ったのは

>>●沈黙の塔
>>
>> 鳥葬のために塔を建てて、そこに死者を葬る。現存している沈黙
>>の塔は、高さが50メートルほどの岩山の上に石を積み上げて作っ
>>た円形をしたものだ。何故、鳥葬をするようになったのかといえば
>>、火・水・大地の3要素はゾロアスター教にとって神聖なものだと
>>いう考えがあったためであり、そのため無暗に土の中へ死体を葬る
>>ことはできなかったのだ。

これって岩戸?磐?ストーンサークル?面白いですね。

#287長髄彦さん 軌道をすこし修正します

歴史学的な考察から起動修正したいと話しています。白がシンボルカラーな騎馬民族と赤のあま一族その混血が「日本に住む人」であるという認識を求めています。






(つづき)

#301KINOさん あまの民 93/08/28 18:19

茂在寅男氏の説を紹介しています。
「ほてり命」、海幸彦の読みが古代ポリネシア語からすると「船長」を意味するという。

#303KINOさん ポリネシア語-->>あま語-->>日本語 93/08/29 00:34

更に例を紹介しています。
「とよたま」ーー陣痛で子供が生まれた
「たまより」ーー子育て、子守歌
「わた」ーーーー特別なカヌーで漂着した乗組員の子孫


#306長髄彦さん ALOHA 93/08/29 02:36

キリスト教徒がネイティブ・ハワイアンに「あなたたちはどこから来たのか」と尋ねたところ、応えは3種類だったことを紹介しています。

(われわれは天よりここに漂ってきた)
(われわれはポから来た)
(私たちはタヒチから来た)

>>そしてこういう話を紹介しています。ポリネシアの人たちがハワイ諸島にはじめてき
>>たとき、そこにはすでに小人のように小さな人々が住んでいて、後から来たポ
>>リネシアの人たちに石組みの仕方やら、魚の効果的な取り方などを教えてく
>>れ、一部はポリネシアの人たちと混血したものの、大部分は船で北に去ってい
>>ったという言い伝えでした。ハワイの人たちは、その人たちの事を「メネフ
>>ネ」と呼んでいます。全くコロボックルの話を彷彿とさせるではありません
>>か。

#308KINOさん とりのいわくす舟=あまのとり舟 93/08/29

「木の表面を削って形を整えた+軍艦鳥+楠」舟という解釈が成り立つと話しています。
へ先を鳥のように加工する事があるという紹介がこの前にあります。




#333 TSU 唐突ですが、はじめまして93/09/03 02:06

たきのさんの初登場?

#346/01255 MHA01664 長髄彦さん 明日はもっと素晴らしい? 93/09/05 13:00

MIKEさんへのコメントです。
>>私が確信をもって言えることは「明日が今日よりよくなればよい」という「今
>>になにかが欠けている」とする考え方を彼(女)らは持ち合わせていなかった
>>ということです

つまり「今日よりも明日が良い日になりますように」とは彼らは思わない。

>>彼(女)らは、「今日までと同じ素晴らしい日が明日も続きますよう
>>に」と沈んでいく太陽に向かって祈るのです。

これは強烈ですね。。。。。
でも、これは危険な誘惑のようにも僕は思います。彼らのライフは変化の少ない環境です。が、「変化はある」わけです。一方僕等の生活は機械的に「均一」になりうるわけです。秋葉原で事件を起こした青年のトヨタでの生活のように。

#349長髄彦さん 故郷喪失者の嘆き 93/09/06 15:59

故郷の変化を嘆き驚いた話をしています。

そう、この変化がいつどうやって起こったのかは分かる訳ですが、誰が何のために?という疑問は残されてしまうと思います。

#351TSUさん RE:豊かな生活 93/09/06 23:02

>>聞いた話ですが。(NHKのドキュメンタリー番組で紹介されていた)

>>日本の昔話は、「昔むかしあるところに○○という人がおりました...」
>>というはじまりかたをするものが多いけれど、アイヌの人たちの昔話は、
>>「むかし、○○という人がいました。何が欲しいとも何が足りないとも思うことなく
>>暮らしていました...」というはじまりかたをするものが多いそうです。


>>なんだかほっとするような話で、わたしは好きです。

実はこの発言にKINOさんが「アイヌの人」という言い方に噛みついています。。。。。。
そこから北海道は「誰のものか」という話題へとつながりました。

うっすらとした記憶でしかないのですが、この「明日はもっと良い日でありますようにとは願わない」を過去ログとして読んだ当時、結構ショックを受けたように覚えています。

話は話題は流れて行きますので、この話題に遡ることはなかったのですが、この姿勢に関しては、もっと思考がなされていれば、と今は思います。

問題はここに集約されているように思うからです。僕は危険を感じつつ、この説得力はどこから来るのかを考えたり、自分に可能であるのか、とかもう一度考えても良いと思うのです。

#380 Moessbauer 憂・地球の士 93/09/11 19:56

彼の初登場です。で、このあたりから通称アメリカ大陸発見云々の話になります。それはアイヌという言葉からインディアンという言葉の周辺への考察になります。当の人達の中でも、人種を優先に考える人達と部族を優先的に考える人達がいることが長髄彦さんから紹介されます。

ところで、脱線ですが、

コロンブスは「エデン探し」を最大の目的に航海をした、という説の真偽は?これって徐福伝説みたいで気に入っているんですけど。


#386 長髄彦 三つ目の時代は来るのか 93/09/14 02:28

重要なので引用します。

(引用開始)

縄文時代で、きわだっていることをひとつあげるとするならば、「牢屋・監獄
・留置場・刑務所」に代表され象徴される「人間をその中に閉じ込めておくた
めの檻(おり)」のない時代であったという点につきる。しかしそこでは、そ
のかわりにさまざまな伝統やタブーによって人間の行動ががんじがらめにされ
ていた可能性はあるかもしれない。
牢屋に代表されるものが日本列島に発生するのは、弥生時代の前期、私たちが
「奈良時代」として知っている時代のことである。なるほど当初、日本列島の
全域に支配の手の及ばない開拓時代には「島流し」という形態を取っていたか
も知れないが、島流しにされる人間はとりあえず牢にぶち込まれた。牢屋なる
ものは、弥生文明を代表する建築物である。現在刑務所や留置場はそこらじゅ
うにあり、その点を取ってみても、文明の進化はいたるところにみられる。

そしてこれからはじまろうとしている三番目の時代、その時代がもし来るとし
ての仮定の話しだけれど、その時代はまた「牢屋のない時代」となると小生は
信じている。少なくとも、牢屋のない時代を目指そうという姿勢が人びとの意
識のなかで見られるようになったとき、そのときが三番目の時代のはじまりな
のかもしれない。

(引用終了)

これはフーコーを意識しての発言なのでしょうか?というか、ずっと「知の考古学」という姿勢だったのかなあ、と気がつきました。「生の権力」、つまりシステム的に生きる方向生を制御する事で生産性を高める、あるいは富の集中を促す、という統治にどうするかという問題意識は僕にもあるのだけど、いえ、ずっとあるのですが、この「牢屋」論は警察国家をイメージするものだったので、ここでも僕はすれ違う訳です。。。なるほど。
これは全文引用です

#442 長髄彦 フライド・インディアン・ブレッド 93/09/20 20:25


お祭りに際してアメリカ・インディアンの多くが作るパンがありますので、今
回はそれを紹介しましょう。

【Fried Indian Bread】

 材料(12 人分)

   小麦粉       4 カップ
   ラード       こさじ 2
   塩         こさじ 2
   ベーキングパウダー こさじ 1/2
   ぬるま湯      1.5 カップ

小麦粉をフルイにかけ、大きなボウルに取ります。塩、ベーキング・パウダー
をそこに加え、ラードを小さく切っていれ、ぬるま湯を加えてよくこねあげま
す。全部がしっくりと混ざり合ったら、最低でも 20 分は濡れ布巾をかけて放
置しておいてください。パン種が出来上がります。完成したパン種を 12 等分
します。それぞれを直径 10 センチほどに丸くのばします。それを大きめのフ
ライパンか中華鍋にたっぷりの油を入れて熱く熱してあるもののなかにいれ
て、表がこんがりと狐色になるまで揚げます。これでパンが出来上がりです。
紙タオルの上に取り出して、バターやマーガリンを塗り、蜂蜜をかけてアツア
ツのうちに食べましょう。普通一緒にはミント・ティーをのみます。(材料は
12 人分ですので、4 人の時は三分の一になります。注意してください。)

じつにシンプルで簡単なパンですが、政府から支給される小麦粉でこうしたパ
ンをつくり、彼(女)らは長いこと御馳走として食べてきました。人が集まる
ときにはかならず用意されるもののひとつです。

普通インディアン・ブレッドというと、このパンのことを言います。

これも全文引用します

#460 ぴの RE:チベット・死者の書 93/09/24 02:49

9月23日(木)放送の『仏典に秘められた輪廻転生』見ました。
なんと、「エイズ患者の心を癒す」ダイイング・プロジェクトの創始者として、
ラム・ダスが画面に出てきてました。納得できました。

チベット(インド・ラダック地方)では、死者の遺物を競売してお布施にし、
遺骨も捨ててしまい、墓も作らないという潔さには、少々驚かされましたが、
死者が死後49日後に別の新しい生に必ず転生すると信じる彼等にとっては、
論理的に当然なことなのですね。

日本では、死者の墓は必ず作ることになっているし、そのための土地分譲まで
が行われています。その日本人が死というものを一体どのように考えているか
というと、
(1)墓地で永眠する
(2)死後は仏になる(成仏する):仏の概念があいまいだが、
(3)消滅する(魂の存在を否定)
(4)転生する
などになると思います。
(1)と考える人が墓を作るのはよい。しかし、(2)〜(4)と考える人が、
墓を作るのは論理的に矛盾があるのではないか?墓は死者のためにあるのでは
なくて、残されたもののためにあるのだと、考えればよいのか?
というよりも、私たちは死について考えることを日常避けているので、このよ
うな矛盾が生じているのだろう。そして、例えば年間およそ1万人が死亡する
交通事故死のような、日常的な死についての感性が麻痺してしまっている。
仏教というのは、本来、生老病死の4苦のひとつとして「死」を考察するもの
であったのに、(その目的が民衆支配のためであっても)、古代において仏教
が導入された日本で、何故こんな皮肉なことになっているのだろうか?


通称北朝鮮をめぐってのやりとりが続くのですが、それは天皇制をめぐるやりとりに発展しますが、あまり生産性のあるものとは読めず、飛ばします。

上記指摘はやがてお墓の問題になって行くのです。これはかなり重要な問題と思えます。

#695 Sister Maas アリゾナ旅行記(1)旅の目的

この貴重な記録は全文引用したい所ですが、、、
旅の記録はこの後いくつか出て来ます。僕はこの旅の記録こそがこの会議室のハイライトであったと思うのです。

#800付近、メキシコでの蜂起の話題が続きます。

ところどころ僕の手持ちのファイル変換がうまくゆかず、判読不能になっています。

続いて音楽の話題が出て来ています。

続いて「ニューエイジ・メディスンマン」の話題。

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