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行け!そのさきへ(バイク小説)コミュの【第1話】『とあるチームの憂鬱(その17)』

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(17)

「どう? 落ち着いた?」

トコトコと歩いてきた小夜が、コーラを差し出しつつ言った。
それを受け取ったのは、木陰になった芝生の上に座り込んだ新之助。
駐車場のすぐ横の緑地…というか林にふたりの姿はあった。

「……ん。何とか。」
「よっこいしょ。」

そしてその新之助の隣に彼女は腰を下ろす。

パキュッ!!

今しがた受け取ったコーラを開けて口に運ぶ。
そんな彼の顔を小夜は覗き込んだ。

「あーあー。新之助くん、目ぇ真っ赤だ。」
「え…。そ、そんな赤い?」
「まるでヤギだね。」
「や、ヤギぃ? ……ウサギじゃなくて?」
「ああ、ウサギだ。」
「ぶっ!」

思わず飲みかけていたコーラを吹き出した新之助。

「げほっ! ごーほっ!!」

激しく咳き込む彼を見て小夜も楽しそうにカラカラと笑っている。

「な、なんだよ、小夜さんって意外と天然なん?」
「はっはぁ〜♪ どーだろね?」

にゅ…と手を伸ばすと、彼女は新之助の髪をガシャガシャー! …と、かき混ぜる。

「ないしょ。」
「わっ! わーっ!」

ガックンガックンと頭をされた彼は、一生懸命小夜の手を振り払おうとするが、片手にコーラの缶を持ったままではそれもいかんともしがたい。もう半ばなすがままといった状態だった。

「そんなこと言えるくらいまで復活したか。もー大丈夫だな、コンニャロめ。」
「のーっ! 首っ! とれるっ!!」

それから少し後。
ひとしきり彼の頭を堪能(?)した小夜は満足げに笑って、その手を離した。
元からボサボサな彼の髪だが、更にボサボサになってしまったそれを元通りにしようと躍起になる。
そんなさなか……。

「小夜さん……。」
「?」

彼は口を開いた。
小夜は眼鏡越しの赤い瞳で彼を見て、カクンと首をかしげた。

「どした?」
「……あ、ありがとう……。」
「!」

もごもごと、口ごもり、どこか恥ずかしげに彼は言う。
一瞬、彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。

「なぁになぁに? そんなもごもご言っても聞こえないよ? も1回。もぉいっかい!」
「わーーーっ!!」

今度はその手を新之助の肩に沿え、ガックンガックン揺さぶる。

「あ、ありがとうございましたっ!」

振り回されつつ、しかし今度ははっきりと言い切った。

「………………。」

それを聞き届けた彼女の手が新之助の肩からゆっくりと離れ、そして彼の頭を…今度はやさしく撫でる。

「?」

不思議そうにそれを見上げる新之助。
ややあって小夜は立ち上がると、彼を振り返る様に少しだけ高いところから見下ろし、その口元をほころばせた。

「……じゃあ、あたし行くね。」
「え?」

その切り出しが唐突過ぎて、彼は目を丸くした。あわてて彼女に続いて立ち上がる。

「小夜さん?」

後について歩くと、彼女は腰につけたポーチからサングラスを取り出し、それをかけてからようやく新之助を振り返った。

「次のレース、今度こそ楽しみにしてるからね。」
「うん。……あ!」
「?」

小夜の言葉一度は力強く頷いた彼だったが、すぐに思い出したように声を上げた。

「……オレ、バイク壊したんだった……。」
「あー。そうだったねぇ。」

クラッシュでレースを終えた新之助。今の今まで忘れていたが、マシンはかなり激しく損傷していた。
がっくりと肩を落とす。

「だいじょーぶよ。あんたはちゃーんと、次のレース出られるから。」
「へ?」

なんの確信があるのだろうか。やけに小夜は自信満々だ。
だけどなんだろう…この安心感は……。

ザッ…。

そしていつしかふたりは駐車場へ…。
小夜が乗ってきたという赤いバイクが目の前にある。
それは本当に異様な雰囲気のバイクだ。
ミニサーキットとはいえ、まかりなりにもサーキットだ。元々やってくる人間はバイク好きか車好き。バイクレースの開催時に集まってくるのだから、駐められたバイクの中には、かなりのチューンが施されたものも少なくない。
しかしそんな中にあってもなお、この赤いバイクが放つ雰囲気は異様だった。

「……念のため訊くけど……。」
「ん?」
「これ…小夜さんのバイクなん?」
「そだよ? あたしのバイク。名前はローレライ。」
「……名前? バイクの名前? ちょっと待って? 小夜さんバイクに名前ついてんの?」
「うん。つけてるよ? なんかヘン?」
「ヘン。」
「わ! 即答!?」

彼の言葉に、小夜はショックを受けたように『ガビーン!』と大げさにゼスチャーする。

「つけない? つけようよ、パートナーなんだからさぁ……。」
「そういう人には初めて会った。」
「初めてじゃないでしょ!? こまちちゃんやはやてちゃんだってつけてんだから。」
「え! そなの!?」
「彼女らはデビュー当時からついてるよぉ、バイクに名前。」
「そ、そうだったのか…。」

意外な事実に、素直に驚く新之助。
そう聞いてしまうと、自分もつけるとしたらなんだろう…とか考え始めてしまうのだから、なんと周りに流されやすいことか。

「……で、これってなんなの? RVFとは書いてあるけど…なんか俺の知ってるRVFと色々ずいぶんと違うんだ。」
「RVFだよ。正真正銘のね。2000年式RC45。RVF750ってやつね。」
「へぇ…。RVFだけどあれなんだな。後ろが片持ちじゃないんだな。」
「プロアームのこと?」
「ああ、それそれ。」
「プロアームは1997年でおしまい。1998年からは通常のスイングアームなんだよね。」
「へぇ? なんかオレのイメージでは『VFRとRVFは片持ちスイングアーム』だなぁ……。」

まじまじとそのバイクの細部に目を凝らす新之助。
バイクに興味があるからバイクレースに出ている。
大体のバイクは興味の範囲内だ。しかし、このバイクに限ってはなぜか、どれだけのものなのかが今ひとつわからない。

「速いわけ?」
「速いね。」
「どんくらい?」
「ポルシェだろうがフェラーリだろうが、絶対に負けないね。」
「よくわかんないけどとにかくすごい自信だ。」

ニコニコと笑う小夜を前に、彼はため息を吐いた。

「それともうひとつ。」
「ん? なんね?」

とあるステッカーが目にとまり、それがどうしても気になってしまった。
このバイクに貼ってあるということが今ひとつ理解できない。そんなステッカーだ。
彼はそれを指差した。

「この『たっぷりガチャピン』てなんな?」
「お?」

新之助が指差したその先を覗き込む彼女。
ブレンボやミシュラン、カストロールなどのステッカーに混じって貼ってあるソレ。
彼女はきゃらきゃらと笑った。

「見渡す限りの大地を埋め尽くすたくさんのガチャピン。」
「こええよ!! だいたい、何でこのマシンに、ここだけガチャピンなんだよ! わけわかんねーよ!!?」
「ここだけじゃないよ。よく見なよ。」
「あ?」

今度は小夜が、フロントフェンダーを指差した。

「ここのミシュランのステッカー。よく見るとビバンダムじゃなくて、白黒だけどガチャピンです。」
「わーっ! 本当だっ!」
「ガチャピンだけだとかわいそうなので、反対側はムック。」
「えええ!?」

言われるままに彼は車体の反対側に回りこみ、そのフェンダーを見る。
そこにはミシュランタイヤのマスコットであるビバンダムに変わり、そのビバンダムと同じポーズをしているガチャピンとムック。

「ば、馬鹿だ…。あんたなに考えてんだ…!」

笑いが止まらなかった。
こういうのを茶目っ気と言っていいのだろうか。割と彼女の場合、こういうことは本気でやってそうな気がする。
ここまでバッチリ手が入ったチューニングバイクに、ガチャピンとムックだ。
その感性は新之助にとって完全に理解の外となる。
新之助にはまずそんな発想がない。

「小夜さんって本当にわかんない人だな…。ガチャピンて……。」
「かわいいよね、ガチャピン。」

なんだか、ほわわ〜と笑顔になる彼女を見て、新之助はやや大げさにため息をついた。

「恐竜だけどな。」
「いいの。可愛きゃ恐竜でも怪獣でも。」
「すまないがオレには無理だ。恐竜って時点でムックに襲い掛かって頭からバリバリ食ってる弱肉強食ライクな絵しか出てこない。」
「ガーン!? ひどいぞ新之助くん! あやまれ! 全国のガチャピンにあやまれ!!」
「全国にいるのかよ!!」
「みんなの心の中にいるの!」
「ものすごい数だな!!」
「くっそぅ! おぼえてろよっ!? いつか後悔させてやる!」
「ぬあーーっ!?」

小夜が両手で新之助の髪をグシャグシャグシャ〜〜!! と、かき回した。
ガックンガックンと揺れる新之助。

「ハイ。ガチャピンの呪いをかけました。」
「あ!? 呪い!?」
「ガチャピンが好きになる呪い。」
「ソレって呪いなのか?」

ドンチャン騒ぐふたり。
少ししてさすがに疲れたか、またも小夜が切り出した。

「よし。じゃああたし、そろそろ帰るわ。」
「お、うん。」

トン…と、軽くバイクに跨った。
小夜もそんなに背は低くない。
むしろ同年代の女子の中では高いほうかもしれないが、それでもシートは高いのか、かろうじて両足がつくくらいだ。片足をべったりと踵まで地面につければ、もう片方の足は確実に地面を離れてしまう。

かちゃっ…!

ヘルメットホルダーからシューベルトのジェットヘルメットをはずすと、スポッとかぶる。

「あ、そうだ。」
「?」

そして、手袋をつける前に思い出したようにポーチをゴソゴソ始める。そしてカードケースから取り出したソレを新之助のほうに差し出した。

「えっ?」
「コレ、あたしのメアドとケータイ番号だから。なんか訊きたい事あったら連絡ちょーだい。」
「!」

差し出されたソレを彼は驚きつつ受け取り、その内容に目を落とす。

「……『今日も元気なみんなの妹! アキバ系コスプレイヤー』?」
「音読しなくていいから。」
「『かしわ さよ』って誰だよ。」
「ソレも気にしない方向で。」

名詞と思しきそのカードの文面に首をひねる新之助。
なんだかよくわからないが、とりあえずこの場では1度納得したふりをしておこうと思った。

「電話の非通知は出ないから気をつけてね。メールは題名に名前入れてくれるとうれしい。」
「ん。わかった。オレの方ケータイ置いてきちゃったから番号わかんねぇや。」
「メールででも送っといて。登録しとくから。」
「おっけー。」

彼女は手袋をしながら1度小さく頷くと、ハンドルを両手で握り、踵でサイドスタンドを跳ね上げた。

カチンッ!
キュウゥゥゥン……。

イグニッションのスイッチをオンにすると、一瞬すべてのメーターが最後まで振り切ってから正常な数値を。そしてタコメーターは振り切ったところから小刻みに降りてきてゼロを指した。
どこかでモーターが駆動するような音もする。

キュロロロロロロ……!
ガヴォォン!!!

「!!!」

やたらと軽そうなセルの音に続き、エンジンに火が入る。
すさまじい音だ。耳からではなく、体全身からしみこんでくるような、そんな音。
鳥肌が立った。

ギュロオオォォォ…!!

アイドリングが安定してくると、ようやっとカムギアトレインの音が聞こえてくる。
こんなバイクに、メイドが跨っている。
まるでマンガだ。
だが、正直言うとカッコイイ。

「新…け…くん!」
「あ?」

小夜が何か言っているが、エンジン音がすごくて聞こえない。

「音がすごくて聞こえないよ。」
「ちょ…ちに…て聞こ……いよ。」

彼女が『近くに来なさい。』と手で合図する。

「?」

手招きされるまま、彼は小夜のすぐ横に行って、声が、はっきりと聞こえるように顔を寄せた。
その瞬間だった。

「!?」

彼の頬に小夜の両手が添えられ……。
それと同時に新之助の唇に小夜の唇が『チュッ』と触れた。

「そいじゃ、またねん♪」

ガチッ!
ギョヴォォオオオォォォォ!!!!!

彼女はにっこり笑うと、そのままバイクを発進させた。
ものすごいエンジン音を残し、駐車場を出て行く、メイドを乗せた真紅のRVF。

「………………。」

新之助は固まっていた。
何が起こったのか、理解するのに時間がかかった。

『え? ええええええっ!?』

つまり、彼女にキスされた…てことか?
小夜に?
まったくの不意打ちだ。
いや、そんなことより…。

「……は、初めてだったのに……。」

がっくりと膝をついてしまった新之助。
まさか…ファーストキスを小夜に奪われてしまうとは……。

さて、ふたりがそんなことをしていたまさにその時。
彼らがいる東京は八王子から、約1500キロ北に向かった、北海道のとあるサーキット。
MOTO−MICRO北海道大会で、とんでもない怪物が猛威を振るっていた。

■ 【第1話】『とあるチームの憂鬱』・完 ■

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