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面 omote /アートと学問のより道コミュのシナプス更新情報&コメント。

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「面」の面々がリレー形式でつなぐ週刊ブログ、
「月曜日のシナプス」がスタートしました。
⇒ http://omotenoblog.seesaa.net

各記事についてのコメントや追加情報などを、
どなたでもご自由に書き込んでいただければ幸いです。

コメント(23)

まずは11月3日分、こにりょさんの記事、
腰痛や肩こりは座り仕事の多い人には共通の悩みだと思います。

私なども、自宅での仕事時間が長くなるとたいてい腰や背中を痛めてしまいます。

名古屋の大学にいたときには、
研究所の先生方、特にアメリカ人の先生方が総じて
かなり高価なバランスチェアを使っていたのが印象的でした。目

皆さんキリスト者(うち二人は神父さん)で、基本的に清貧の生活なのですが、
こういうところにはお金をけちってはダメなんですよ、と口を揃えておっしゃってました。

たしかに、体が痛くなると辞書に手を伸ばすのもめんどうになってしまうので(おいおい)、
しなやかな姿勢を保つことは大切だと思います。

******

ということで、皆さんお薦めの腰痛対策や体操などありましたら、ぜひ教えてください。

あと、こにりょさん、バッハを超える翻訳向きBGMはその後、見つかったのでしょうか。ウッシッシ
気が向いたらコメントください。
翻訳向きBGMはいまだ探求中ですが、それとは別のお話。以前、イタリア語を勉強しているときは英語歌詞の歌、英語のときはドイツ語、ドイツ語のときはイタリア語、というように、勉強しているものとは別の言語の歌を流して、潜在意識にその言語の響きを刷り込ませることで、一石二鳥で言語をマスターしようと狙っていたのですが、どうにも音楽が気になって、潜在意識に刷り込むどころか、そもそも集中してやるべきことがおろそかになっていることに気がつきました。
こにりょさんも、「潜在意識」って言葉の魔力にとらえられた世代ですね。
睡眠学習とか、あったもんな〜ウッシッシ

いわば、静寂を求めて音の迷宮に迷い込むという矛盾(笑)。
けっきょく、何もかけないのが一番いいんじゃないか、
って冷静な人には言われてしまうでしょうけどね。

私も同病ですが、それはそれで楽しんでるところもあるんだよね。
さきほどのコメントを書きながら、
「沈黙と渡り合う音楽」というようなことを誰かが言ってたなあ、
と思い出しました。

年に一度くらいは思い出すものの、いつも誰の言葉かが思い出せなかった言葉。
ネットの助けも得て、やっとわかりました。

武満徹だ〜。 こにりょさんに聞けばわかったかも、ですが、
正確には、『音、沈黙と測りあえるほどに』という、本のタイトルですね。

本の内容は忘れたけど、やっぱすんばらしいタイトルだと思うな。
こにりょさんが書いた「じいさんしゃべり」の件、
全くノーマークの問題領域で、言われてみれば面白いなあ、と思いました。

実際にはほとんど使われていない話法なのに、(あるいは、だからこそ?)、フィクションの世界では定型。

私も気になりだして少し調べたら、言語学では「役割語」というものに属するようで、
わりと最近まで主題化されてなかったらしいですね。
研究書、数冊出てるので機会があればチェックしてみようかな。

ちなみに岩波文庫版の『コーラン』(井筒俊彦訳)では、アッラーがこの、じいさんしゃべりをしています。
「このわしを畏れかしこむのじゃ」(上巻18頁)、という感じです。
初めて読んだとき、「なんで〜?」って思ったのを、いま思い出しました。
今週はトランペット奏者の古畑さんが、
「もらった青汁の使い方」として、「若草かん」と名づけられた寒天デザートのレシピを寄せてくださいました。
本番直前、お忙しい時期にありがとうございました。
わたくしも親族を通じて色んな健康食品が回ってくることが多いのですが、
(熊笹エキス、すっぽんの粉末、梅肉エキス、等々)
加工するというのは全くない発想でした。

ちなみに「コアントロー」って何だ?と思って、調べてしまいました。あせあせ
> suibaさん

↑魅力的な食材(笑)ばかりじゃないでしょうか?

玄米の「ハイゲンキ」とかも加工検討中(笑)コアントローももらいものです。
皆さんの、センシティブな感性ある内容からずれてますが、気長にお付き合いしていただければ幸いです。
遅くなりました〜がまん顔
といっても、シナプスの方にもコメント欄を開いたので、
あまりここ、見てる人いないようですが。。

更新の記録だけの機能になるかもしれませんが、とりあえず続けますね。

     ★★★

さて、今週は、sichihukuさんの「おばちゃんコミュニケーション」でした。
http://omotenoblog.seesaa.net/article/115715952.html

これまでのシナプスやこのコミュニティで出た話題と触れ合って、
色んなことを考えさせられました。

たとえば、こにりょさんの「じいさんしゃべり」の話とのつながり。
じいさんしゃべりは、ある役柄の「らしさ」を示すと同時に、
その話がフィクションであることのしるしにもなるわけですが、
現実のコミュニケーションでも、私たちは色んな役柄を演じているわけで。
通常はごく自然に、しかし、時には敢えて、わざとらしく。

おばちゃんしゃべり、おっさんしゃべり(もあると思う。私、時々やってます)というのは、
「わざとらしい」演技を通して、
口にしている言葉の直接的な意味ではない、なにかもっと大事なもの、たとえば、
「とにかく私はあんたが好きだよ」って気持ちを伝えるものなんじゃないかと。
そう、「自然」には言いにくいことね。

コミュニケーションで交換されるもの。
それは言葉の意味だけじゃない。
声色、まなざし、手の動き。

そういうこと、考えさせられました。
またまた遅れて二週間分の紹介になります。

     ★★★

3月23日分は kikuch さんの「すずらんのデザイン」。
http://omotenoblog.seesaa.net/article/115969349.html

普通の言葉で、しかもごく身近なことがらを取り上げながらテツガクすること、
これ、大学のような場所で哲学に関わっている人たちが総じて難しさを訴えるところなんですが、
kikuch さんは何だか、さらっとやってしまうんですよね。

デザインと、作り手の意図の関係、というお話なんですが、
確かに、英語の design には辞書的にも、何かを「意図する」という意味が含まれていますね。

ですから、神が自然の万物をデザインした、という考え方を取る人たちは、
当然ながら、そこに創造主としての神の「意図」を想定するわけで、
それがまた、万物に「存在理由」がある、ということの支えになっていたりします。

キリスト教的な文化圏で、
神なんかいないよ、と主張することが、単にキリスト教を否定するだけの発言ではなく、
この世の一切に意味を認めない立場、つまり通俗的な意味での「ニヒリズム」(虚無主義)にくみすることだと取られがちなのは、
そういうリクツが裏側にあるわけで。

・・・ちょっと話がデカク、大げさになりましたが、
人間による「デザイン」も、そこにちゃんとした意図がなければいけない、
というのは、とにかく一つの考え方ではあるでしょう。

ところが他方において、
意図が良くわからないけども何だか妙にイケテルデザイン、というのもあるよ、
というのが、kikuch さんの後半のお話で。

このあたりの視点の転換が、実に面白いなあ、と思いました。
「おじさんがペペッて作った」ような感じってのが、また絶妙の表現で。

巧まざる匠(たくみ)、ってとこですかね。

     ★★★

3月30日分は、「性格」というものについての pockley さんの考察。
http://omotenoblog.seesaa.net/article/116409823.html

pockley さんと私は、形式上の専門は「倫理学」と「宗教学」というふうに異なるものの、
つくづく関心が近いと思います。

倫理学や宗教学、というか、その「学」を取った倫理や宗教というのは、
従来、個々人の性格の違いを越えて、誰もが受け入れざるを得ないような「普遍的な道徳法則」なり、
「究極の真理」なりを探求するもの、と考えられてきたのですが、
んなもん、あるかいな、というのがわりと最近の学問の流れだと思います。
・・・すんげえ、雑な話ですが。

だからと言って、「真も善も美も、人それぞれである」という、
おそらく最近の若人にはわりと支持されやすい考えをもって結論としてしまうと、
学問なんてものはいらない、という話になる。 かもしれない。

別に、そういう話になってもいいじゃんか、という人もいるでしょうが、
そこまで割り切ってしまう前に、

真や善や美についての見解、
あるいは、その手前のもっと漠然とした、世界についての見方を異ならせる要因がどこにあるのか、
これをちょっと分析的に考えてみてもいいのではないか。

その上で、それらの差異の間に橋を架けられるのかどうか、
あるいは、橋が架けられないとしたらどうしたらいいのか、
などを考えていこう、
と、まあ、
こういう発想を取る人もいるわけでして。

おそらく pockleyさんにとっての「性格」というのも、
そうした差異を作り出す要因を考える上での、一つの切り口なんじゃないかと思うんです。

・・・違うかな。

私の研究対象であるウィリアム・ジェイムズという哲学者も、
個々人の性格類型と、その各々にフィットする宗教との関係を考えていたりして、
非常に近い問題意識をもっていたように思います。

難しいのは、そしてまた、面白いのは、
「性格」と呼ばれる特性が宗教への好みを決定するように見える一方、
逆に、諸々の宗教へのコミットメントが、個人の性格を形作ったり、時には劇的に変えてしまう、というところですね。
ジェイムズの関心も、どちらかと言えば後者の方に重きがあったように思います。

話が散漫になって恐縮ですが、
その他、pockley さんが挙げている「約束」をめぐる思考実験は、
生命倫理におけるリビング・ウィルの評価の問題なんかにも、
一つのモデルを提供するように思います。

ともあれ、色々と考えさせられる記事でした。
suibaさん、すんごくいい感じのコメントありがとう。ぴかぴか(新しい)
そうか。やっぱしジェイムズに近いんだ。ムード

ヒュームなどを読むと、個々人の違いをこえて共有される人間性というのかな。そういうものへの信頼がすごく強いんですね。現代の倫理学者も、立場はいろいろあれど、たいていは似た感じ。

僕は、そういう信頼を否定するつもりはないけれど、いま自分が生活しているなかで、なんというか、それとは違うもの、そこからこぼれおちるもののほうに何となく関心がいくんです。たまたま自分はこんな性格をしているとか。たまたま自分はこんな人生観をもっているとか。そういうどうしようもない「たまたま」が、自分の人生の9割5分ぐらい占めている気がする(目分量)。それは倫理とは違うよ、とたいていの倫理学者は言うかもしれない。でも、そうだとすれば、倫理って何て小さいんだろうと思います。

倫理学って言葉は、その言葉を使った時点で妙な先入観が自分のなかに入ってくるので、最近はあまり意識しないようにしています。

リビングウィルの話、もちろん念頭にありました。あと、親しい人が亡くなったとき、その人への約束をどう受けとめて生きていくのか、とか。なんかナイーブな話かな。ではでは!ウインク
すずらんのデザイン、優しい気持ちになります。『こんなんでちゃったんですけど』と言いたげなわーい(嬉しい顔)
世間に商品価値をみとめさせてやるんだという力みがないのが見ていて毒気がなく、しかも何か和風なしみじみインパクトがありうらやましい(笑)。
昔の手書きの看板みたような気持ちになります。原画は和紙に水彩だったんだけど作るときはスチールに油性絵の具だったよ手(パー)みたいなストーリーを感じるのも楽しい。
看板用なんだけど、なんか年賀状にだけ筆使ってみてる人の字のようだけど、なんかひょっとしたら実は書家の可能性も感じる字ほっとした顔
すずらんのデザインさがしてみよう。
すっかり放置してしまい、すみません。がまん顔がまん顔

このスレッドを中心に、コミュニティ全体の蘇生をはかります。

どんなに前の記事についてでも結構ですし、
順序が交錯しても構いませんので、
コメントを交わしていければと思います。

それをタネに、新たなトピックを立てたり、
「月曜日のシナプス」の記事に反映していく予定です。
あきおさんの書き込み「11」に触発されて、
新たなトピックを立てて見ました。
→ 「超・個人的グッドデザイン賞」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43784090&comm_id=3558924

「すずらんのデザイン」もそうですが、
kikuchさんが紙媒体の「面」第5号に寄せてくれた「半紙ジャケの魅力」も、
意外な場所に「わざあり」なデザインの世界を見出すもので、
とても新鮮でした。

kikuchさんのマネはできなくても、
それぞれ気に入っているデザイン、何か気になるデザイン、というのはあるかと思いますので、
ぜひお気軽にご参加ください。
6月26日に旭川で行われる K,Nさんのライブ情報をアップしました(22日分)。
K,Nさんからのコメントもいただき、ありがとうございましたわーい(嬉しい顔)。

今後もご本人の承諾をいただいた上で、
このサイトにて皆さんの活動を紹介していきたいと思っております。

アクセス数が比較的多い月曜日でも 訪問者45〜50人、 ページビュー100〜150程度と、
まだまだ低い状況なので、外部に向けての宣伝効果は小さいと思いますが、
少しずつ状況を改善していきたいと思います。
6月18日分で書いた話、
人間にとって「非居住域」であるところの山の「奥(おく)」と海の「沖(おき)」とが、
ともに神々の住む場所として対称性をもつというベルクの議論について。
http://omotenoblog.seesaa.net/article/121723890.html

宮崎駿の世界を思い出す、と書いたあとで、
こんなタイトルの本が出ていることを知りました。

『ジブリの森とポニョの海』(角川書店)

内容未見ですが、
宮崎氏へのインタビューを行っているのが
『東京アンダーワールド』のロバート・ホワイティングということで、
面白い取り合わせと思っています。
来週の水曜日(7月1日)に行われる、「あきおホリデー」さんのコンサート情報をアップしました。

私も楽しみにしています。うまい!
自分もろくに告知しきれていないので助かりますほっとした顔
ご来場お待ちしてますわーい(嬉しい顔)
IMAさんのエッセイ、「学校標語めぐり」をアップしました。

個人的に、彼のエッセイの何ともいえないおかしさが大好きです。ウッシッシ

IMAさんはこちらに参加していないので、サイトの方にコメントしましたが、
白地に黒が基本の学校標語と
黒字に白地が基本のキリスト看板って、じっさい、好対照な気がします。



kikuchさんのエッセイ、「Pのデザイン」をアップしました。

今回もkikuchさんならではの着眼。

今日はクルマを運転中、
やたらに「P」に目が行きました。

見ているようで見ていないもの。

「学校標語」もそうですが、
見えてくるとがぜん、それぞれのキャラが立って来るから不思議だよなあ。
すでにお気づきでしょうが、上記「18」、

>黒字に白地が基本のキリスト看板

→ 黒地に白字が基本のキリスト看板

のマチガイでした。
7月13日、「図/地のゆらぎ」をアップしました。

今回は、IMAさんとkikuchさんのエッセイをつなぐ観点をひとつ、出してみましたが、
お二人のこれまでのエッセイを通してみると、
それぞれの発想というか、視座に一貫性があるなあ、とも思います。

kikuchさんはやはり、お仕事柄からも、
手からモノが生まれるプロセスと、そのモノがある種の人格というか、キャラをもつという事情について、
ものすごく目が行き届いている気がします。

IMAさんは、かつてご自分のことを「隅っこ愛好家」と自称されていたこともあり、
絶えず視界のはじっこというか、フリンジの部分に目を向けていく習性(?)があるようで。
私もちょっと、そういうところがあるので、
「隅っこ学」みたいなのを、一緒に探求していきたい、と、少しだけ本気で思ったりしています。
suibaさん、連日のリレー掲載ありがとうございます花束

毎回誰にも予想のつかない王冠リレー連載ぴかぴか(新しい)「烏揚羽」王冠無事一巡しましたね。

飲み会の成り行きウインク?(白)で誕生した企画を、パワフルに実現し続ける皆様パンチダッシュ(走り出す様)に、
言い出しっぺ(笑)として、感謝申し上げます花束

ハロウィン明けの第6話メモ楽しみにしてますよ〜ハロウィン

書き込みは、ハンドルのみなのでどなたかわからないのですが、対応させていただきました星
あきおホリデーさん

何とか終わりましたね〜。

読み物としての完成度とかはまあ、問わないとして(笑)、
個人的に、人間の脳って面白いな、と思いました。
同じ素材から、こんなにバラバラのことを考えつくなんて。

同時に、結局はふだんやってることが反映するんだな、とも思いました。

ナイスな提案を、ありがとうございました。わーい(嬉しい顔)

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