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面 omote /アートと学問のより道コミュの雑談場

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トピックの中には当てはまらないけど、
ここに集う人たちと話したいこと、
いま考えていることなど、
気が向いたときに書き込んでください。

できるだけトピックの設定に反映させていただきますので、
どうぞ宜しくお願いします。

なお、このコミュニティはmixi会員なら誰でも見られる状態になっています。
プロフィールの公開の度合いは人によって異なると思いますので、
自分はもちろん、他の参加者の方の情報についても一定の配慮をお願いします。

まあ、私が一番注意しなきゃいけないんですけど。。。

コメント(26)

それぞれ得意分野に関してオススメの入門書を挙げてもらう(学問のみならず、実技系も)、
というのをトピックとしてやりたいな、と思ってるのですが・・・
もうちょっと多くの人が参加してくれるのを待った方がいいかな、という状況です。
ネット上からひきこもっていましたが復活いたしました。最近参加させていただいたeurekaです。書き込ませていただきまぁす。

入門書か・・・なにがいいかな・・意外と難しいな・・とか考えながら・・・

私生業は太極拳で、趣味で歌を歌っています。昔は絵を描いていました。色々表現活動はあるけど、昔精神的に苦しい時代に絵を描いていて、余計泥沼にはまることがありました。今、太極拳と歌で表現活動をしていて、泥沼にはまることがなくヘラヘラ笑って暮らしています。その違いはなんじゃろ、と昨日友達と話しててふとおもいました。

私絵はけっこうグロく描いていたのですが(買ってくれる人もいたので申し訳ないですが)、歌や太極拳のように「美しくまとめる」という共通の出口がさだまりやすいものは、自分の浄化・昇華がうまくいきやすい、ということなのか。はたまた一人でやるものじゃないからなのか、そして誰しもそういうう表現活動を持たずには、人間いられないものなのか、その衝動(リビドーってやつでしょうか)ってなんなんだろう、とかちょっと考えてました。
> eurekaさん

どん底まで落ち込んだ気持ちをぐーっと持ち上げてくれたり、その正反対だったり。
はまってみるまでは、どちらに転がるかわからない・・・という話を、
実は今日、宗教と恋愛の共通点として、ある場所でしてきたのですが(笑)、
芸術も同じかもしれませんね。

太極拳と歌が心を上向きにしてくれる、というのは、
ひょっとして体の使い方の問題もありますかね。 呼吸とか。
私なんかも、ものすごく疲れてても楽器を吹くとわりと調子が良くなる気がします。
ちょっと漠然とした話になりますが、
学問とアート、それぞれについて言われる「敷居の高さ」ということについて、
皆さんの意見をうかがってみたい、と思ってます。

私自身は、ムダに高尚ぶってるものを見るとどうしても茶化したくなるタチですが、
一方では、どこか敷居の高い場所というのはあってよい、と思うところもあって、
非常にアイマイな立場です。

自分もそれ気になってる、という方いらしたら、お気軽に一言、書き込んでください。

盛り上がりそうならトピックにします。
あ、トピに気がつきませんでした…。
仕事で徹夜中です。どうしてこうなっちゃうんだろー

やはりその表現方法というものも、自分に合う合わないがあるんじゃないでしょうか。
第三者っていうか、自分である程度客観視することが
例えばそれは美しいとか面白いとかプラスになっていく自分の中の第3の目。
衝動もプラスになって「芸術」とかに昇華していく。
自分の中にある衝動を軌道修正してくれるんじゃないかな。
ただ感情の垂れ流しじゃ、本当の垂れ流しになっちゃいますしね。

自己表現がしたいと切実に願ってる人は
めちゃめちゃ沢山いるんですね!!
私のブログに書き込みしてくれる人だとか、生徒とかにも多く見られ
「なにか表したい」としきりにいいます。年齢関係なくあって、結構驚きました。
いま「アートで表現してる」現在進行形のひとでさえ、方向を探ってると話してたコいましたね。
私は自分の現状がしっくりきてるので「方法を探ってる」段階は抜けられてるようです。
表現と自分がシンクロするのでさえ、難しいことなのかもしれない。
だから面のメンバーは皆幸せなんですね。

簡単な言葉で言い換えたら
「生きがい」ってヤツなんだと思いました。
それを探すのが切実なのも、わかる気がする。
>suibaさん

れ、恋愛と宗教ーーーー?






な、なまら気になる…




うう…
>sichihukuさん

枯れかけたトピックに水をありがとう!!目がハート

色々応答したいけど、とりあえずこれから小樽に仕事に出かけますので、お礼まで。

恋愛と宗教、どちらも体験が貧しいので、さほど面白い話じゃないです(笑
創作の現場から立ち上がってくる言葉は、やっぱり強いなあ。

今さら受け売りの芸術論なんていらんわ、って感じもしますが、
sichihukuさんのコメントを読んでいて、昔読んだフリードリヒ・シラーの本を思い出しました。

芸術は感性的衝動と形式的衝動との統合、すなわち遊戯衝動によって生まれる、
というようなことが書いてあった、と思います(例によってどこに行ったかわからん〜〜)。

表現は古臭いですけど、
言ってることは sichihuku 的創作論とかなり符合してるかと。

だからどうした、って言われるとちょっと困りますけど、
こういう符合にイチイチしびれるたちなんです、ワタシ。
形式的衝動ってどういう意味?
たとえばどんなことを指すんですか?
感情の奔流に身を任せるのではなくて、
時間を超えて静止・存続する一定のカタチを求める衝動、というふうな理解のもとで、
sichihukuさんが「第三者的」な視点に立つときの姿勢に通じるに違いないっ!
と思ったのですが、うーん、やっぱり肝心のシラーの本くらい見つけてから書くべきだったなあ。

ネットで公開されている範囲のシラー関連の情報をざっと見てみただけでも、
だいぶ私の中で単純化してるみたい。
もすこし勉強します。あせあせ
つまりずっと残したいと思うこと、ってことかぁ。
後からそれをみて「ギャー」とかいってるんじゃダメってことだな。
シラーって人の本、私には難しそう!けど堀さんが噛み砕いて教えてくれたので分かりやすいです。

「残したい」=「他人に分かってもらいたい」
それは前kikuchさんが話してた、「人格って他人がいて初めて形成されるもの」にもつながってく話ですよね。

なんかやる、っていうのは色んなワナっつーか引っ掛けがあるかも。
第三者の目を気にしすぎて振り回されたり
理想に手が追いついていけなくて挫折したり
練習や孤独に耐えられなかったり、
単純に長続きできなかったりとか色々。


メンタルな部分も大きいなと、今年は本当によく思ったものでした。
そんなことを思うのでさえ、全部後付けの“遊戯衝動”の理由探しみたいなもので
納得したり不安を消したりしてるだけなんでしょうけど。
『敷居の高さ』もそれに付随するものなんじゃないかとも思ったりします。
無言の敷居の高さ、は嫌いです。敷居を下げたって、そのものの価値が下がんないのが本物だから。
人間もきっとそうですよね…。なんにしても、時間のかかることです。

前向きな敷居の高さ、はアリだと思うんだけど。
会員制のホニャララとか。『特別扱い』には、皆憧れたりするでしょ?
>sichihukuさん
めんどくさい人(=シラー)連れて来てすみません。

私自身がもっとクリアーに理解できれば、さらに噛み砕けるんですが。。。
シラーについては「面」のメンバーの中に私よりもよほど詳しい方が複数いるので、
今度色々教えてもらいます。

ちなみに正しくは「形式衝動」で、形式「的」はいらないようです。

芸術における「形式」が人に伝わるということに関わるというのは、
シラーの考え方に当てはまるかどうかはちょっと自信ないですけど、
私の考え方にはピッタリです。

何のために、ってんじゃなくてとにかくやりたいからやる、
という意味で「遊び」という営みは芸術、さらには学問に通じるものだ、と
私は考えてるんですが(シラーの本を手に取ってのも、そのキーワードからでした)、
その点、sichihukuさんも相通ずる考え方をしてるみたいですね。

敷居の問題までしっかり拾っていただいて感謝です。
考えてみれば、そのあたりは皆さんそれぞれ無言で戦ってる部分であって、
あまりあれこれ話し合ってみても仕方がないかもしれませんね。
ヘタに業界批判になっちゃうのもつまらんですし。

でも、

「敷居を下げたって、そのものの価値が下がんないのが本物だから」

ってのはもう、それですよそれ、って感じです。

そういう場所を目指して、私も研鑚をつみたいと思います。
無駄に高尚ぶる(笑)

レオナールフジタは虫酸がはしるらしいよわーい(嬉しい顔)(なぜか目がキラキラぴかぴか(新しい))

・価値を守るようにきちんと意図することで価値に気づかれ、認められることもある。
敷居がないとはかないものはわるぎなく踏まれてしまうことがある。
もろいから弱いから偽物だとは私は思わないです。
パッケージでごまかしても中身やばいのはばれますけども(笑)あえて安いパッケージにする必要もないかと。

・低い目線でみるとか、大衆的にという言葉。
普遍性をもつことの貴重さが含まれていないといつも感じる。
普遍性の表現は、普遍的に誰でもできるものではないと思います。低いものに誰が魅力を感じるでしょうか。
低い目線でやる、と上から目線でゆう、とんちんかんなやつ、スルーしたくなるわクローバーexclamation
てか実際スルーしてるけどウインク晴れ
「低い目線でやる、と上から目線でゆう、とんちんかんなやつ」。

・・・たーーーーーーーっくさん、いるっ!!と思いました。 学問の世界の話ですけど。

敷居によって守られてるもの、
守られるに値するものとそうじゃないもの、色々ありますよね。
まあ、そこの区別を絶対化するとまた、おかしな話になりますけど。

ちなみに私の生活もまた、
敷居に囲まれた大学という場所にパラサイトすることで守られてるわけですから、
 (こんな時間に洗濯機回しつつ書き込みできるのも、パラサイト生活ならでは:苦笑)
少しでも中味のあることをやっていかなきゃいかんな、と思うのでした。
敷居というものは、実際ないのが本当だろう、というのが私の考えです。
これから展示を控えているのでなおさら思う時期でもあるんですけど
目線が低いも高いもないはずで、受け取り側は触れにくい親しみにくいのを、または「興味ねーよ」といいたいところを『いやぁ、どうも敷居が高くて…』という言葉で表すしかないだけなんじゃないの、っていう。

例えば、受け取る側が「なんだかよくわかんないよね、つまんない」と自分を目の前にして一刀両断してきたとする。
苦しいやり取りの末、作り手が最後の切り札でだすのが
「別にあなたにわからなくていいんですよ」だったりしませんかねぇ…。
発信する側の自信のなさから生まれる城壁が敷居の高さ、に当たるんじゃないのかな。

作って発表する以上、保身にまわるのは卑怯。分かり合えるもの同士コミュニティをつくって評価しあうのもそれはそれでアリなのかもしれないんですけど、
私はナシなんです。

そして、これから芽を出そうとしている若手や、原石を持つ人たちを上目線から潰そうとする事もある。それって一体なんなんだよと、いち若手として思うわけなんです。頼むから邪魔しないで!っていつも思う。


変わったインスタレーションをしたとする。
そこには一般の主婦、学生、通りすがりの人、その専門家もくるでしょ?
たとえ皆それを評価したとしても、物をぶら下げたり、ジョイントなんかのプロである土木のおじさんに「なんだこの仕掛けダセェな」と言われちゃったら、
あんまりカッコつかないですよね。
ある陶芸の展示で、湯のみ、メシ茶碗のとなりに抹茶茶碗をおいた。
茶道の経験者に「これ作った人お茶知らない人ね。使えないわ」といわれたら
やっぱり駄目なわけで。
普通のおばちゃんが「じゃあこれにかりんとうでもいれるわ」かそういう問題じゃなくて…ダメなんだと思います。
素人だけじゃなく、どんなジャンルのプロがきても「よし」と言われなきゃ…。


普遍的、大衆向けという言葉はすごいです。
アマチュアからプロ、すべての人に通用することってなんだろうと
いつも考えながら作っています。
そしてむろん、大衆的なものは誰にでもできることではありません。
なのでどこまでもやってやりたいんですよねー
興味ないわ、プイっってされたら、「ちくしょう」って思う。
媚を売ろうっていうんじゃなくだよ。
魅力不足に対して「べつにいいや」とは到底思えないだけです。

自分をどうラッピングしようかはとても重要。見せ方は重要ですよね。

区別なんてそんな必要かなぁ。
その他ジャンルも専門家ぶって話するヤツいると場が白けるのと一緒な気がするなぁ。
私は、敷居なんてなくして、いろんな人に見てもらいたいし知ってもらいたい!!
なので実際お陰で踏みつけられることも多々あったんです。
けど、ぜってーまけねーとか思ってる。今のところ、コレでそんなに問題なくやれてます。

また長くなっちゃいました。
言葉尻がすこしきついかも…気分害されたらごめんなさい。とても密接した問題なのですよ。
やたらコメントでしらけさせたがるわーい(嬉しい顔)exclamation
いるいるexclamation←反応テンション高過ぎ

自己顕示欲強い方々に思うのは


あなた、そんなに貫きたい自分があるなら、評定委員より実技(笑)にむいてるかもしれないからなんか表現やってみたら?です(笑)

自分の思い通りに表現する他者がいるとでも思ってるのかなあ作業員
わずかな一致でも奇跡なんですから、わかんないからって騒ぐなよ、叩いて憂さ晴らしするなよと言いたくなる。←言ってるじゃん(笑)


しらけ評論ぶちまかしな人がでてきた場合、たいていまいってしまう。
私の最近のマニュアルアンサーは、
『本当に……音楽が、お好きなんですねわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)。
なにかやってみたらいいのにわーい(嬉しい顔)。
聞いてみたいなあわーい(嬉しい顔)たのしいですよわーい(嬉しい顔)。
ま、色々言われたりもしますけどね〜わーい(嬉しい顔)(ずっと笑顔で声はやや高めにつくる)』やってみろよというウッシッシわからないってゆう批判は一番簡単なのよ指でOK
『あっ、ごもっともなんですけど、……ここで言われちゃうと仕事へっちゃうなあ冷や汗、店先ででかい声でいじめないでくださいよ、せんせ揺れるハートわーい(嬉しい顔)』悪者にしてみるウッシッシ
などです。
サバイバルしてきたかいがあり意外と黙ってくれますコーヒー
心も楽器。
ひどく踏まれたら痛いですと言ってもかまわないと思います。レベルは関係ありません。だって人間だもんクローバー

演奏のグレードの良し悪しコメントするのは自由だけど、自分ががまんしすぎるとよそでもきぶんよくしちゃって、野放しに繰り返す人が多いのでたまに先陣きりますよ(笑)


個展、温かく豊かな時間になりますようにバラ
戦う女たちが豪快に酒酌み交わし、語り合うなか、
男一人、だんだん背中が丸くなってくるときのような感覚が。。。
えっと、飲み物のおかわり頼みましょうかあせあせ

そういえば、と思い出したんですが、
私が以前、けなしたり格づけするだけが批評ではあるまい、というようなことはブログに書いたとき、
コメントやメールで即座に好意的な反応を返してくれたのが、
まさにsichihukuさんと、あきおホリデーさんでした。
探してみると、その記事を書いたのは二年前。
http://blog.goo.ne.jp/suimen-kansatsu/e/bc62e66c4f9c0aadc0e6d79f03a879b0
そのときから、というかずっと戦ってるんですよね、二人とも。

敷居といっても、ジャンルの壁や専門家と素人の壁、など、まあ色々あると思いますが、
私自身はほんとうに敷居だらけの世界の中にいて、
窮屈なことが多い一方、それらにすごく守られてる部分もあると思ってます。

だから歯切れが悪くなる、ということもあるかもしれませんが、
ここはちょっと安直には踏み込めないぞ、という場所があることは確かだと思っていて、
そういう磁場の違いにちゃんと気づける感性をもつことも大事だと思うんですね。

私にとっては、札幌の某現代アート系ギャラリーなんかも、そういう場所の一つです。
あそこに行くにはオレはまだ早いぞ、という。

そういう意味での敷居というのは、
誰かが既得権益を守るために勝手に作り上げている敷居とはまた、
次元の違う話だと思いますが。

わかりやすい、見やすい、聞きやすい、食べやすい、飲みやすい・・・・
最近は何かと「〜やすい」ものがイイってことになってる気がしますが、
なんかそれって、世界を平板にしちゃわないかなあ、と思うんです。

話ズレたかな。 まあ、雑談場ってことで、さらっと流してください。
あ、私ノンアルコール派です手(パー)わーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)
飲まなくてもフルテンション電球

ケンカは好んでしたくはないよ〜(笑)。
もちろん! 「戦う」ってのはケンカっ早いってことじゃないですよ。
こんなヤツの言葉に負けてなるものか、ってのは結局、自分との闘いですもんね。

そういう意味では、なで肩オトコの私もまた、闘いなくしてはやってられないわけですが、
何ていうのかな、
怒りをポジティブな動機に転換していくというのが、
一般に女性の方がうまい、という印象があるんですよ。 ・・・偏見?

自分も含めて、周囲にねちっこいオトコが多いせいかな(笑
そういう言い方こそ、男と女の間にも余計な「敷居」をつくるものだ、
という声が、もう一人の自分から。
しかも理性をオトコに、感情を女性にわりふける、ありがちな偏見にとらわれてる、と。

いや、そうじゃない、むしろ理性と感情の二項対置自体が男性中心的なものであって
一般化できないんじゃないかと僕は言いたいのだ、と、「21」の自分。

一夜明けて見直してみると、いささか不用意にデリケートなところに踏み込んでしまったぞ、と反省。

ジェンダーの問題は私の関心の一つですけど、
書き方注意しないといけませんね。
人差し指あ、壁はできてません(笑)。

負けない手(グー)とも勿論思うけど、安易に染まらない指でOKウッシッシみたいな感じで気をつけてるかもしれんです。

うーんその手にはのらないよ的な『ねちっこさ』かも(笑)。しかも言われたことや要因の共通点などを日夜陰気に解析フリーダイヤルして、あーきたらこうゆう、こーきたらああ返すなど周到に考えてる辺りかなり粘着性つよいと自分で思う(笑)。

私の回りの女性はわりと(ジェンダー的な言い方かな)むしろ、自分の感じる怒りに動揺する(優しく穏やかでいたいのがうまくいかない)し、踏まれたら無防備に踏まれっぱなし涙、なんとか解釈を工夫して善意にうけとめようバラとしたり、的確な面もあると認めようと必死になります作業員。
魂胆が純粋な忠告ぴかぴか(新しい)じゃなく、単なるエゴむきだしレンチであっても、受け止めて消化しようとして疲れてしまったり。

じゃあ男性はって言われると、データが少ないのでわかりません…すみません(笑)。←ハンパな研究発表わーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

でも単純に『うたれ強い女』、『うたれ強い男』、私はいまんとこそう沢山は知らないなウインク。
ほんとはみんなそれぞれにデリケートなのを、じっと考えてみたりして頑張ってるんだと思う
>あきおホリデーさん

その粘着性、もとい、解析の周到さはすごい(笑)。

はっきり言ってワタシ、女の人の方が打たれ強い、と思い込んでるフシがありましたけど、
それは単に、異性である女性よりも同性であるオトコの本音(=弱音)に触れることが多いため、
プラス、
どちらかと言うと芯の強い女の人に惹かれる、という個人的な傾向の反映にすぎないようです。

まだ性で分けるのか、という声もありましょうが、
私の知る限り、「うたれ強い男」って、ほぼ例外なく「鈍い男」でして、
それでいいのか?って思ってしまうことが、すっごく多い。
「ぶれない」とか言う人って、カッコいいのかもしれませんけど、どうも個人的には苦手なんです。

渡辺淳一センセイのおっしゃるとおり、いまの世の中わたってくためには「鈍感力」が大事、
という部分は確かにあると思いますけどね(話題の本は読んでないけど)。

それにしても、ほんと、
相手のやる気を萎えさせることばっかり口にする人たちって、
いったい何なんですかね。

学問の世界でも、ほんとそういう場面に出会うことが多くて、
(自分だけじゃなく、友人や後輩の抱えてる問題としても)
時間と頭脳のムダ使いだよ〜、っとそのたびに思います。

あんま文句ばっか言ってても良くないでしょうけど、
人の振り見てわが振り直せ、ってことで、
やっぱりお互いに良い刺激を与える関係を、あちこちで作っていかなきゃいけませんよね。
打たれづよい→鈍いのでは説(笑)同感。

自分が平気だとみんな平気だと思ってたり、傷ついたら弱いだけだとひとまとめにゆったりなど。
耐えうる負荷の重さとか種類は人によって違うことまるきし無視かいみたいなね手(グー)あせあせ(飛び散る汗)
でも、しぶといから、そういう人は、なかなか簡単にはつぶれないのでグレードはともかく生き残る(笑)
無神経さもある種のバイタリティーかなわーい(嬉しい顔)exclamation


だんだん鈍くなることもありますよペンギン変なことになれちゃって変な打たれづよさ(笑)が身につくと、いざ高いグレードやクォリティの場面が似合わなくなる悪循環フリーダイヤルも、経験しちゃったり…わーい(嬉しい顔)
気をつけないとよきも悪きも空気は身体にしみこむなあと思います。


いい関係って多少のぎこちない時間(ぎこちないレベル多種多様かと笑)も包み込むと思うから、私は自分で包容力を身に付けたいですわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)頭でそう願ってるけどなかなかできないわいい気分(温泉)
ぎこちなさと逡巡の連続・・・「面」始めてから、そればっかです(笑

自分自身がしっかり修行を積んでないと、交流もへったくれもない、
というのは私も実感するところです。

上から色々なものが飛んで来ても、水面下でしっかりと巨大化していこう、と目論む今日この頃。
おたがいがんばりませう。

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