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アフターパーティーコミュの22

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22

クリスと私達は、左スピーカー前を定位置とするパーティー仲間。彼の本名は不明、どこから見ても日本人だがみんなからクリスと呼ばれている。当時私達が行けば必ずと言っていい確率で彼を見掛けたことから考慮すると、相当のパーティーフリークなのは間違いない。お互い初めはなんとなく敬遠していた間柄だったが、何度となく顔を合わせているうちに一言二言言葉を交わすようになり、そうして顔見知りの期間を数ヶ月経ていつの間にか浩二が彼と親しくなった。

ある日、ボンを買いに行くから一緒に行かないかと浩二が私を誘った。それまで直接ディーラーと接触したことのない私は、取り引きの場などに自ら出向くのは嫌だと断った。少しずつ深みに嵌っていくうちに最初の驚きと後ろめたさはなくなり、今では友人を介して手に入れることなどまるで抵抗がなくなっていることを私は自覚している。これ以上ディープなところに潜る気はなかった。最近六本木で職質に合って引っ張られた奴がいるらしい、知人のチクリでガサが入った、パーティーにはゴアパン刑事が潜んでいる、巷では様々な噂が出回っていた。派手にやっているからそういう目に合う。警察沙汰だけは絶対に御免だった。
「でも、クリスのところだよ。アイツら余分に持ってるらしいんだ。」
浩二のその一言で、それまで頑固に拒絶していた気持ちがいっぺんに緩んだ。クリスなら知っている。彼なら安心だ。そうして、私は浩二の誘いを受けたのだ。

通称ボンハウス。高円寺の住宅街にある借家を、クリス、ノブ、ミエの3人でシェアをして住んでいる。家の一室で何株もの大麻をハイドロで育てていることを除けば、一見普通のシェアハウス。個性的な3人がそれぞれに好きな事をして暮らしていた。クリスは日中トランスをガンガンに鳴らしたトラックで配達のバイトをしている。ミエは短期の派遣で働きつつ、契約の満期がくる度にインドやネパールなど主にアジア圏を旅している。ノブは普段何をしているのかは知らないが、会えばいつもボンで腫れた下瞼に充血した目をして笑っていた。3人揃って旅好き、ボン好き、パーティー好きという典型的なタイプで、パーティーへは3人一緒に来ていることが多かった。

私達が初めて彼等の家を訪ねた日は、ドイツ人だかオランダ人だかの男女数人によって運ばれたインドのチャラスが到着したばかりの、いわゆる出玉放出のサービスデーだった。友人が勝手に出入り出来るよう鍵は常に開けっ放しの玄関ドアを開けると、家中からチャンダンの甘い香りがする。玄関は脱ぎ散らかされた靴で溢れ、滅多に掃除をしていないのが一目瞭然の室内は、スリッパを履かずに上がるのを躊躇うほど埃っぽい。浩二はさほど気にしていないようだが、私はあまり清潔とは言えない家の様子を気にしながらそろりと家に上がる。すると、物音に気付いた外国人の一人が洗面所からハーイと顔だけ覗かせ、そっちそっちとリビングの方向を指差す。私と浩二は顔を見合わせてから、彼の指差すほうへ向かった。昼なのにカーテンを閉め切った薄暗いリビングの空気は青臭い煙で淀んでいる。そこではすでに、クリス達3人と先客数人の間を大量のボンが回っていた。

ココナッツの殻を磨いたボウルの中で大きくて粘り気のあるチャラスを細かく千切り、ある程度いっぱいになったところに炙った煙草をほぐしていく。それを丹念にミックスしてから高さ30センチほどもあるボングのカップにたっぷり詰める。ここまでの作業をノブが担当すると、次にクリスが彼の狙った来客の男にそれを手渡す。受け取った男はまず大きく息を吐き出し、それから手にしたライターでカップに火を点けボングを思いっきり吸った。全部一気に吸い終わると、空になったカップに空気が通り、スポンと気持ちのいい音がする。そしてインドの修行僧かボブ・マーリーの写真くらいでしか見たことのない大量の煙を口からも鼻からも吐き出した。なんだ、この気違い染みた吸い方は。ジョイント1本ですらみんなで回してしか吸ったことがないのに。お茶やジュースの入った2リットルのペットボトルが数本、それからたくさんのお菓子などを中心に囲み、みんなでざっくりとした円になりボンをする光景は、60年代のヒッピー映画か、さもなければまるで何かの儀式みたいだ。

部屋に入った私達を見て、クリスが「おお、浩二ぃ。」と声をかけた。軽い挨拶とその場のみんなの簡単な自己紹介。初めて会う人に関しては、聞いたその場から名前を忘れていく。みんなかなりぼーっとしていて、中にはもうピクリとも動かない人もいる。私は浩二の後ろを小さくなってついてまわり、「ここに座りなよ」とミエが作ってくれた場所に並んで腰掛けた。座るとほぼ同時に、クリスが駆け付け1本のウェルカムボングを浩二に手渡す。こんなの吸っちゃって大丈夫?と思ったが、彼の体と根性はそれを受け付けたようだった。ボコボコボコボコとすでに灰で汚れた水を泡立てて通り抜けた煙が浩二の肺に収まり、スポンという気持ちのいい音が耳に届く。暫くボングを支えにしてこの上物のチャラスの味を歓迎していた浩二が、はぁーと大きく深呼吸をしながら伸びをし、空になったボングはクリスの手に戻った。
「あーやばっ。」
浩二が一声吠えた。目を覗くともうさっきまでの浩二とは違う顔をしていた。

「一体どんだけあんの?」
来客の誰かがクリスに訪ねた。
「今回はスゲーよ。だって4人で来るんだもんよ。正直、聞いてねーよ。」
「みんな飲んでんだよね?」
「だね。ヨハンは相当飲んでんな。だからゴロゴロ出てきてるじゃん。モニカとかは飲んでるだけじゃなくてあっちにも差し込んでくるからいつも量あるな。」
「スゲーな。プロだよな。」
「アイツらスゲーよ。でも結構いつも突然なんだよね。急にこんな量持って来られても、金用意出来ねーし。お前、今回どんくらい欲しいの?今日金ある?」
「3つくらい欲しいけど、金あんまないんだよねー。わりい。」
「なんだよお前、いつも金ねーよな。繭ちゃんはどうする?少なめにする?」
次の1本の準備が整ったらしい。唐突なクリスの問いに、そうしてと答える。
クリスの指示でボングにチャラスを詰めたノブが、「半分にしといたから。」と、ニヤリと笑う。
手にしたボングは傍から見るよりずっと存在感があり、私に大いなる挑戦を挑みかけている。初めての一気飲みでジョッキを手にした時の緊張感に似ている。私は意を決して、大きく息を吐き出した。みんなを真似てまず肺の中の空気を空にしてから、勢いよくボングを吸う。ボコボコボコボコ、まだまだ、ボコボコボコボコ、まだまだ、ボコボコボコボコ、まだあるの?もう息が続かない。結局スポンまでは辿り着くことが出来なかった。それでも、吐き出してみると信じられない量の煙が自分の口から溢れ出てくる。一回で全部吐ききったつもりでも、次の呼吸でまた煙が出る。一気に爪の先までボンが浸透した気分だ。
「ごめん。全部吸えなかった。」
「いいよ、いいよ。大丈夫。ミエも今じゃああだけど、最初半年位は落とせなかったんだよ。ちょっと量多かったね。」
クリスが私が残したボンを軽々と吸って片付ける。
こんな吸い方をしたのは初めてだったのもあるが、そうじゃなくても効き目は超ド級で、この一服ですぐに話しが出来ない位までぶっ飛んだ。マインドは自分の内へ向かい、体の違和感と手持ち無沙汰もありなんとなく誰かの支えが欲しくなって浩二を見たが、彼はもうどこか遠くへ旅立っていた。体がどんどん重く、重くなり、だんだん目を開けているのも億劫になる。みんなまるで修業でもしているかのように、どよんとした空気の中、ほとんど無言でひたすらボンを続けている。凄いな、この人達。私はもう無理。鼻が詰まる。喉が渇いた。水を頂戴。
ミエがクッションを渡してくれたのでそれに抱き着くように寝転がると、じんわりと溶けるチョコレートのように部屋の絨毯に染み込んで広がる自分を感じた。

暫く寝ているような起きているような夢うつつの状態を漂っていた。
・・・この音楽、気持ちいい。・・・ふわふわでウサギの毛みたい。・・・テレビは嫌。・・・うん、私もそう思う。・・・お腹は空いてない、喉が渇いただけ。
心はあちこちを彷徨い、耳に届く誰かの声に心の中で勝手に応えていた。どの位の時間が経ったか、ようやく意識が現実に戻り重たい目を開けると、部屋にいたほとんどの人がぐったりとダウンしているのが見える。浩二も気持ちよさそうに寝息を立てていた。そんな中、背中を丸め一人職人のようにボウルの中身を補充しているノブと目が合った。彼はまたニヤリと笑うと、ボングを片手に持ち上げて、もっと吸うか?というジェスチャーをした。とんでもない。もう十分ですと応える私の声は、自分でもびっくりするくらいに低く、乾いて掠れていた。

倒れるまで吸って起きてはまた吸う、いつまでも繰り返されるこの修行の合間に、ようやく歩けるくらいにまで回復した頃を見計らって、私と浩二はクリスの家を後にした。外はすっかり夜になっていたが人通りはまだ多く、いきなり温かい夢の世界から厳しい現実に引き戻された感覚に陥る。歩けるようになったとはいえ、大量に吸ったチャラスはまだまだ十分に意識の中で暴れまわっていた。
「ここ高円寺だったの忘れてた。」
思い出したように浩二が呟く。
「うん。私も忘れてた。なんかあそこ、日本じゃないみたいだったね。」
「ああ、あれは完全に日本じゃないな。」
「あの人達、やばすぎる。ちょっとびっくりした。あ、そう言えばボンは買ったの?」
「ああ。1トラ3万で譲ってもらった。」
一日でこんなに吸ったらもう暫くは必要なさそうだなと私は思った。大体クリスの家を訪ねた目的すら忘れていたくらいだから。
「なんか疲れた。」
浩二が私の手を握り、誘導するように歩く。アパートまでの帰り道、電車の乗客やすれ違う人達と目を合わせるのが嫌で、私はずっと下を向いて歩いた。

コメント(3)

あちゃ〜。今私、完全にクリスの家にいたわぁ。『そっかぁ。もう夜だったかぁ。』って。
風景や空気にどっぷり入り込めるから、なおさんの文章好き。
読んでてくれてありがとう。
今回はいつもより少し長かったから読みごたえあったかな。
またストップしないように、ペースアップで頑張りまーす。
ただいまー。帰って来たら続きが読めてラッキー★

高円寺、ボンハウスじゃないけど、昔住んでた家をちょっと思い出しました。

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