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「ゼロの五線譜」コミュの「ラブ ストーリー」

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1.水槽

―あたしは、この暗闇でなにをしているんだろう。



そうひとりでつぶやいたあたしは、その暗闇のなか、テレビを点けた。

なんだか箱のなかの世界は今日も人が殺されたとかたくさんのお金がどうしたとか世界の経済がどうとか、

今日もぐちゃぐちゃだった。

眉間の皺が慢性的になっているであろう名前も知らないキャスターと、喉がおかしくなってしまうくらいの声を張り上げている名前も知らないどこかの教授が弁論しあっている。

こうやって世の中の悪いことばかりを取り上げている箱の中の世界と、その悪いことも良いこともミキサーにかけてしまって、ドロドロになっている箱の外の世界だったら、どっちが居心地が良いのだろう、なんて考えるのも疲れるので、あたしはテレビを消した。

真っ暗になった箱に、あたしが映った。

あたしの部屋には水槽があって、中には小さなクラゲがいる。

べつにあたしになにか催促するわけでもなく、依存するわけでもなく、ただ水面に揺らいでいる。

あたしはそのクラゲに対して、「アンタはいいね」とか「アンタは哀れね」といったような、願望や優越感その他の感情を抱くことなく、ただ水面に揺らぐことを許している。

―クラゲは、死ぬと水に溶けて消えてしまうらしい。

あたしが世話を怠ったところで、この感情がない浮遊物は、ただの液体となる。
ただ、それだけ。

まるでそこにいなかったように、すっかり消えてなくなってしまうのだ。


―あたしは、唯一、それがうらやましいと時々感じることがある。


あたしが消したくても消したくても、消せないのに。
あたしがもがけばもがくほど、その深みは増していく。


あたしはそのたびに、実は水槽にいるのはクラゲではなくって、あたしなんじゃないかと思うのだ。
出られない深みにはまって、もがいて、漂っている。

あたしは、水槽の中にいるのだ。

あたしは、この暗闇でなにをしているんだろう。




あたしは、なにがほしいんだろう。

コメント(5)

2.傘

バイトに行くまでの道のりは、そう遠くはない。

あたしのいるマンションから出て右に曲がる。目の前にはすこし急な下り坂がひろがっていて、左側の塀から、伸びた木の茂み(なんて植物かは不明)が背伸びをしているかのように生えている。
下り坂を降りるまで、街灯が3本立っていて、そのうち1本はいつもチカチカと点滅している。

下り坂を降りきったら、交差点があって、早番のときには時々、やせた三毛猫を見かける。
交差点を直進すると歩道橋があって、あたしはそれを渡って向こう岸に行く。
てっぺんまで上ると、街が見える。その区画のシンボル的なデパートのロゴや、誰でも知っている一流企業の名前。夜にはその建物たちが光を放っていて、ここから見ていると花火のかけらみたいで何か面白い。

視線を移すと、灰色のマンションが見える。


灰色のマンション。


入口のドアがガラスで、中がコンクリートむき出しの壁で、夏は涼しいけど夜は暗くてすこし不気味だった。

赤いボタンのエレベーター。いつも3階を押していた。

エレベーターが来ないときは、階段を昇ったっけ。

エレベーターのドアが開いて、すぐ左の手前。









そこには、キミがいたんだっけね。









あたしは今日もこうして生きてるし、たぶんキミもどこかで生きてるんだよね。
あたしはキミのことがいとおしくていとおしくて、いつもそばにいたかったけど、キミはあたしのことをそんなに好きでもなかったから、あたしはキミのそばにはいられなかった。



そうでしょう?







キミはあたしのことなんてすっかり忘れている。
たとえすこし憶えていたとしても、そこにキミはずっといない。









ここにいるのは、溶けることも、壊れることもできないあたしだけ。










そうでしょう?ユウスケ。
3.会話

「イノウエさんって、カレシいないんですか?」

早番の日。あたしはいつもゆきえちゃんといっしょの日。

ゆきえちゃんは近くの大学生で、あたしよりもバイト歴は2ヶ月長い。
歳はあたしより年下だけど、背が高くてすらりとした女の子。

あたしをイノウエさんと呼ぶゆきえちゃんは、ときどきとっぴょうしもない事をあたしに話してくる。

こないだカレーにズッキーニを入れたら案外おいしかったとか、大学のサークルのこととか、おなじフロアのショップにいる4歳年上の彼氏のこととか。

あたしはゆきえちゃんが楽しそうに話している姿を見るのが好きだ。
だからあたしは、ゆきえちゃんの話をいつも楽しそうに聞く。

「イノウエさんキレイだから、うらやましいな。タカユキもイノウエさんのことキレイだって、言ってましたよー。」

ゆきえちゃんはそう言って笑う。
だからあたしも「ありがとう」と言って笑う。









―嬉しくないのに。









ゆきえちゃんやゆきえちゃんの彼氏のタカユキくんが褒めてくれたって、あたしがいとおしくていとおしくてたまらなかったユウスケは、きっとあたしのことを褒めてくれない。

あたしは、他愛もない話を続けるゆきえちゃんの口元のほくろを見続けることがせいいっぱいだった。

タカユキくんといつもいっしょにいるゆきえちゃんを憎いとは思わないけど、あたりまえのようにタカユキくんの仕事あがりを待っているゆきえちゃんや、休みが重なったときにいっしょに買い物にくるタカユキくんや、そのときいっしょにつけているお揃いのリングを見ると、なんだかとてもくるしくなる。


しばらくして、お客さんがまとまって入ってきた。

ゆきえちゃんとあたしは、雑談をやめた。

せっせと動くゆきえちゃんの背中に、あたしはそっと語りかけた。









ゆきえちゃん、あたし、ユウスケじゃないと、駄目なんだ。
4.還元

あたしの中には、たいせつなひとがふたり、いる。
こないだのゆきえちゃんじゃないけれど、あたしにはちゃんと「彼氏」がいる。

いまのあたしの彼氏。
あたしはいつも「りゅうちゃん」と呼んでいる、あたしの彼氏。

りゅうちゃんは前のバイト先でいっしょだったひとで、あたしに告白してきた。
りゅうちゃんは背がすらっとしていて、細くて、笑うと目の下の涙袋がくっきりして、とてもかわいい。

りゅうちゃんは料理があまり得意じゃないのに、いろいろと作っては失敗をしている。
あたしはその失敗作の処理班に任命されている。

あたしとりゅうちゃん。ちいさなあたしとおおきなりゅうちゃん。
だれが見ても、どこにでもいるコイビト同士。

でもあたしがタカユキくんとゆきえちゃんを見ていてくるしくなるのは、あたしがユウスケを忘れられなくって、もがいていて、その姿がすごくブザマだからだ。

ゆきえちゃんにタカユキくんがしあわせをもらってるみたいに、
あたしにしあわせをもらう権利があるりゅうちゃん。

でも、あたしにはそれをしてあげられない。

なんにも知らないりゅうちゃん。

りゅうちゃんは、今日もあたしの部屋に来ていて、ソファーにねそべっている。
りゅうちゃんはあたしに「おかえり」を言って、抱きしめるんだ。

なんにも知らないりゅうちゃん。そして、ずるいあたし。

ごめんね、りゅうちゃん。


−あたしには、たいせつなひとが、ふたり、いる。


ひとりは、いま目の前にいるりゅうちゃん。
やさしくって、あたたかくて、お日さまのニオイがするTシャツを着た、りゅうちゃん。

そして、もうひとり。









マナーモードに切り替えた、あたしの携帯が、カバンの中で震えていた。

あたしは、その時はそれに、気づいていなかった。
5.始まりのこと(1)

傷つけるほうが、ずっと痛いことだって、もっと早くにわかっていたら。
そう思いながら、あたしとりゅうちゃんの暮らしは続いていた。

りゅうちゃんはいつもあたしにやさしい。
りゅうちゃんはあたしのことをたいせつに思ってくれている。


あたしがバカなだけなんだ。あたしがサイテイなだけなんだ。









ユウスケとあたしが出会ったのは2年前。

あたしはその頃オープンカフェでバイトをしていて、ユウスケはそのお客。


ユウスケはいつもちがう女のコを連れて、そこに来ていた。


あたしはその頃(ユウスケって名前を知る前)から、気にはしていた。



ある日ユウスケが何回か連れてきていた女のコと大喧嘩になって、あたしはその時ちょうどそのテーブルを通りかかって。

そしたら、その女のコがユウスケに思いっきりアイスティーをぶちまけて。
そのコ怒って帰っちゃってさ。
ユウスケの浮気がばれたのが原因みたいだったんだけどね。

結局。

あたしは従業員だから、当然お客のユウスケに駆け寄って、「大丈夫ですか?」
なんて声かけて、奥に連れていって。

白地に細かいチェック模様のついたシャツを拭き取りながら、
あたしに「まいったな」なんて苦笑いした、ユウスケのあの顔。あの目。

あの声。

ちょっとだけシミが残ったシャツを羽織って、あたしに「ありがとう」と言って、ユウスケはメモを渡してきた。

名字。名前。電話番号。携帯のアドレス。









「ずっと渡そうと思ってたんだよね」









そう言ってユウスケは、店から出て行った。









あたしには、やけにそのシャツの白さがまぶしく思えて、仕方なかった。

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