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「食といのちの学校」コミュの水のこと

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 水のこと
〜僕が小さい頃、ペットボトル入りの水はありませんでした〜
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 少し前まで、飲料水は蛇口をひねれば出てくるものだとみんな思っていました。
 しかし私たちは何がきっかけだったのかも分からないうちに水を買うようになりました。
 日本人が水を買うようになってから15年から20年くらいが経ちました。
 今となっては、もうなんの疑いもなく水は買うものってことになっています。
 さらに買っているペットボトルの水(ミネラルウォーター)はお金を使い、石油を使って、遥か彼方の国から運んできています。
 私たち人間の身体は70%以上が水分ですし、水が無くなって困るのは、人間だけでなく動物も植物も含めた、全生命の存亡に関わることです。
水はすべての源なのです。

 ここでインドの田舎町で起きた水のお話をご紹介します。

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「共有地(コモンズ)の悲劇」 
 スレシュ・ポンヌサミは、タミナドゥ州のインド織物で知られる町ティルプールの南を通る道に面した、広い木製のベランダでくつろいでいた。彼は金持ちではないが、1ヘクタールの農場主にしては良い暮らしをしていた。電話もテレビもある。身につけている白い伝統的なローブは、洗濯したてで清潔だ。話しながら、私は家の横に信じられないほど大きな貯水池があるのに気がついた。すると、タンク車がやってきて停まった。降りてきたドライバーが長いパイプを引っ張って、生け垣越しに貯水池に沈めた。タンク車から水を入れるのだろうと、私は思った。ここは乾燥した土地だからだ。現実はまったく逆だった。貯水池の水がタンク車に吸い込まれていったのである。

「わたしは今では作物をつくらないで、水を売っているんですよ」
 ポンヌサミは説明した。自分の地所内に岩盤まで届く深い井戸をいくつも掘って、24時間休みなく汲み上げているのだ。昔は米をつくっていたのだが、今ではだいじな家畜にやるための少量の飼い葉以外はやめてしまっている。作物をつくる必要がないのだ。「タンク車は毎日10回くらいやってきます。わたしは貯水池を一杯にしておきさえすればいいんですよ」と彼は言った。

 つまりは、ポンヌサミは水をつくっているわけではなく、汲み上げているわけだ、しかもすごく深い場所から。水は遠からず枯れてしまうだろう。地下水面は地下300mにあって、急激に低下しているそうだ。ポンヌサミは妻がそそいでくれた冷たいライムの飲み物を飲みながら、「10年ほど前に水を売りはじめたころには、この辺では15mも掘れば水がでました。だから、1年に30mくらいずつ地下水面が下がっている勘定になる」と話した。いったい、水はどれくらい残っているのだろう?それはわからないが、もうしばらくは大丈夫だろうと彼は考えていた。少し先のマンダバという村では、機械で500mも掘って取水していた。「あっちじゃ、それでも水が汲み上げられなくなっている」という。

 2003年の終わりにポンヌサミを訪ねたとき、インド南部タミルナドゥ州のこの狭い地域には、毎日500台のタンク車がやってきていた。昼も夜も、農民たちが使っている日本製の取水ポンプの音にくわえて、タンク車が行き交う音が響いていた。ポンヌサミは水の取引きの記録を見せてくれた。タンク車1台の水200ルピー、4ドルほどで売っていた。そのうち50ルピーは取水ポンプを動かすための電気代で、この地域では農民のための電気代にはたっぷり補助金が出ている。さらに、井戸が涸れれば、そのたびにさらに深く掘るために金が要る。「でも、良い暮らしができるし、リスクがないから」とポンヌサミはいった。作物がだめになるリスクがない、という意味だ。水が涸れないかぎりは、たしかにそうだろう。だが、水はいつか涸れる。

 水はどこへ運ばれていくのかと訊いてみた。毎日タンク車500台分もの水を必要としているのは、いったいどこの誰なのか? ポンヌサミは取引先の会社の名前をふたつあげた。いずれも近くのティルプールの町の織物工場だった。この地域は「インドのマンチェスター」と呼ばれている。1950年代に地元の事業家たちによって、広大な綿花畑と織物産業がつくられたからだ。現在では、中国やバングラディッシュからの安い輸入品が入ってくるので、綿花はあまり栽培されていない。だが、加工業のほうは盛んである。町の広告掲示板には、工業用縫製機械やコンピューター制御の刺繍、過酸化水素を使った脱色、地元産シルクの染色や紡績などの宣伝があった。

 そして、こうした工場はどこも水を必要とする。ーーー大半が自宅の裏庭で糸や布を染めたり脱色したりしている小規模なもので、それが何百軒もあるのだ。昔は、100km離れたタミルナドゥ州最大の河川、コーヴェリ川につくった巨大な貯水池から水を得ていた。だが、今では川の水はすっかり少なくなってしまった。最近のインドの多くの河川と同じく、コーヴェリ川はすっかり水かさが減って、タミルナドゥ州最大の貯水池は年間を通じてほとんどからっぽに近い。そこで、工場は地元の農家から地下水を買うようになったのだ。そうした水の売買はインド全土で拡大している。だが、これからお話するように、それはじつに恐ろしい事態を招きつつあるのだ。

 ポンヌサミの農場から少し行ったところで、道端に掘削機械が置かれていた。そこの住人がどこまで掘ればタンク車に売る水が十分に手に入るか調べていたのだろう。二階建ての立派な家は、どう見ても、石ころだらけのこのへんの土地で農業をして建てられるとは思えない。はたせるかな、まもなくタンク車がやってきて、ふたつの機械掘りの井戸から汲み上げた水で満たされたコンクリート張りの貯水池から水を積みこんだ。地元の農家をまわって水を集めているという運転手は、その水を町へ運んで400ルピーで売るのだといったーーー利益率はなんと100%だ。

 タンク車の運転手は水の大半を織物工場に売っていた。だが、町中の民家をまわって、水瓶に一杯を1ルピーで売ることもあった。一般家庭でも工場と同じく公共の水道はまるであてにならないので、たくさんの人たちが飲料水や炊事洗濯などの生活用水をタンク車から買っている。運転手と話している間に、他のタンク車が隣の農場へと走っていった。その日の午前中に、インドの田園地帯のその村では、3台のタンク車がたがいに100mも離れていない3軒の農家で取水していた。

 農家の妻がようすを見に出て来た。この土地の水の売買はもうすぐ終わりかもしれないという危惧は、彼女も感じていた。「水は毎日少なくなっています。うちでは、、数週間前に機械で2カ所新しい井戸を掘ったんですけど、ひとつはもう使えなくなりました。それでも飲み水がなくならないかぎりは井戸を掘り続けます」。どう考えても、それはまちがっていると、私は言った。どうして、水が涸れる前に昔のように農業をしようと思わないのですか?

「みんながみんな、そうするならいいんです。でも、よそはそうしないでしょう。水が涸れる前にできるだけ金をもうけようと、みんなが思っています。だから、うちの農場だけがやめても結果はたいして変わりませんよ」

    Fred Pearce著「水の未来」より

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 このお話は環境活動家の方がいうところの「共有地(コモンズ)の悲劇」の典型的な例だそうです。
 その地域に住む住民全員が、長い目で見た全体的な未来を犠牲にして、目の前の富を追い求めてしまっている。

 水が涸れた後の最終的な破綻は全員で分けあわなければならないので、わかっている側にいる人々は、水売買のにわか景気から抜けられなくなってしまっています。

 この問題がいのちよりも経済を優先し、環境を傷つけ続けているという、人類全体の現状を映しているように感じました。
 話はインドの話ですが、読んでいて僕はどうしても他人事に思えませんでした。
 なぜなら僕らは普段使用している「水」についてあまりにも無知だからです。

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