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Shikoku邪馬台国philosophyコミュの剣山と太陽信仰

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四国を顔に見立てた時に、剣山は左目の部分に相当し、ヒ(火・日)の要素を持っているということなどを以前書きましたが、このトピックでは剣山と太陽信仰について書いてみたいと思います。何かお気づきの方がいらっしゃいましたらお気軽に書き込みしてください。

コメント(1)

冬至が太陽(神)復活の日であるというのは良く知られています(冬至を境に太陽が高くなり始めるからです)

西洋ではキリストがこの太陽神復活の象徴にあてがわれましたが、日本では柚子がその象徴になりました。

冬至の日に柚子風呂に入りますが、皆さん、その起源をご存知でしょうか?学術的には未だなんの推測も出されてない領域ですがざっくりと書いてみたいと思います。

もし仮に、剣山が太陽信仰と深い関係があるのであれば、上述の柚子と深い関係があるはずです。逆に柚子がない地域には太陽信仰が根付いていない、もしくはその他の象徴で代用されたと言えるでしょう。

剣山系には北川村など強力な柚子の産地があります。柚子の発祥地とも目されるわけですが、近年では、京都などで記紀史観に基づいて『柚子の発祥地』の地域おこし運動が広まる傾向にあるようです。非常に危険なプロパガンダだと思います。

本来、柚子を含めた柑橘類は南方系であり、京都が発祥というのはそもそも無理があります。古代の植生から分析を重ねて邪馬台国が奈良ではなかったという結論に達する方もいるようです。

神道で扱われる榊なども本来、南方系です。

従って、太陽信仰や邪馬台国を論じる時、南方系の植生は見逃すことができない要素なのです。


この点においても四国は柑橘類の宝庫であり、高知の食には現在でも柑橘類(カボス、スダチ、ポンカン、柚子など)がふんだんに使用されています。

このことと徳島に畿内よりも古い形式の古墳が存在すること、神道において最も重要な麻が古来、徳島から皇室に献上されていたこと、などを含めて考えると四国に邪馬台国が存在したのは、ほぼ間違いが無く、後は四国のどこがヒミコの居城として機能していたかということになるかと思います。

高知側では剣山系の物部村下の日御子(ひのみこ)が有力ですが、邪馬台国の本体が西側から来る勢力によって徐々に徳島側に追いやられていったという推測も可能かと思います。

邪馬台国が剣山系にあったとしても、瀬戸内海と太平洋の制海権を掌握できない徳島の平野部は可能性がほとんどなく、四国山上説が最も合理的な見方であると思います。

四国の中心部である高知県土佐町の山々には瀬戸内と太平洋、そして大阪まで見渡せる場所があるようです。こういう部分を考えれば、四国が古代、海に囲まれた要塞であったことがわかります。

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