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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -47-

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 P3が同じタイミングで発生したのであろう左脚の激しい痙攣で転倒したとき、P2は空中にいた。彼女が数秒は立ち上がれないことを見越し、ありったけの弾丸を使うつもりで撃ち込んだのは良かったが、右脚の一部パーツしか破壊できなかった上に、相手の体勢の立て直しが思ったよりも早かった。
 P3の危険回避能力は、P2の予想を超えていたと言えるだろう。特に転倒しつつも身体の前面に装甲が厚い箇所を翳した反応は、サイボーグとしての能力というよりも天性の戦闘センスだ。
『一点集中砲撃が成功したようだな。P3の破損具合はどうだ?』
「右脛の装甲を破壊して、皮膚に掠り傷を負わせた程度だ。足止めするまでには至っていない」
 P3との銃撃戦中は黙っていた若松が皮肉のように尋ねると、P2は淡々と返答した。
 両脚のブースターを使って長い滞空時間を保っていた虚空から、トンネルの端に着地する。P3が身を起こしたところへ再度ガトリング砲を撃ち込んだが、ほんの数発分の弾丸を吐き出したところで、回転する6つの銃口は火を噴かず空砲を鳴らすだけになっていた。弾切れだ。
 完全にP3を足止めする前に弾が切れたのは想定外だったが、それならば一気に距離を詰めてナイフを使う格闘戦に持ち込むまでだ。
『待て。俺がガトリング砲の弾丸の予備を、このトンネルの奥に隠しておいた。どうせなら、P3の動きを完全に止めてから始末したほうがいいだろう』
「……お前にしては珍しいな」
 右腕に仕込まれた巨大な高周波振動ナイフを出そうとしたP2の行動を予測していたかのように、若松が言葉を挟んでくる。彼の作戦が行き当たりばったり的なそれであろうと考えていたP2は、意外さをそのまま口にしていた。
「了解した。弾丸の場所へナビゲートを」
 しかしすぐに頷いて、若松の提案を受け入れる。何も全ての面において、この若き天才工学博士に背こうと思っているわけではない。見解が一致しているとき、その答えは早かった。
『場所はここから西へ258、南へ184。トンネルのルートは今からお前の視界に出す』
 P3へ背を向けて大きく跳躍したP2の視界右下に、壁の部分が明るい緑色に光るトンネルの簡易地図が表示された。半径50メートル程度のごく狭い範囲を表示している図の中央には、赤の十字線でP2の位置が示されている。この簡素な見取り図は、この十字を中心にしてスクロールされる仕組みだ。
『そこからまず西へ205メートル行った先に、南へ下る工事車両用トンネルがある。そこを抜けると、工事用車両の整備場だ。そこを更に西へと向かえ。弾丸はケースで待避スペースに置いてある。お前ならすぐに見つけられる筈だ』
「了解。弾丸を補充後、直ちに戦闘態勢に戻る」
 P2は左脚の痙攣に留意しながら迅速に、ただし慎重に指示された場所へと疾走した。その間もなるべく脚に仕込まれているブースターを使い、歩数を最小限に絞る注意は怠らない。ブースターの使用時はかなり大きな噴出音が響くが、背に腹は替えられなかった。
 戦場となっているリニア新幹線用地下トンネルは、複線のため内径が10メートル以上と空間の大きさは随一だ。東京の地下に横たわる、巨人が住まえるほどの人工洞穴である。当然、ここを作るために必要な資金と材料、人手、作業用の機械も過去最高の水準と数のそれらが動員され、現場まで必要な資材類を運ぶためのトンネルも無数に掘られていた。
 全ルート完成直前の段階で工事が中止されたままである故、それらの名残はトンネルの随所に見受けられる。若松が弾丸を隠したというのも、そういったものの一つなのだ。
 小さな分かれ道は数え切れないほどあるが、若松は通ったことがある全ての枝道を記憶しており、ここでも彼の人間離れした頭脳は本領を発揮していた。
 P2が右眼に持った高感度カメラが、先ほど示された枝道を左の壁に捉える。
 白いコンクリートで固められた枝道は普通車両が通れる程度で狭いものだが、その中程にも待避スペースらしい窪みが準備されているのは、工事でも安全性を念頭に置いているからであろう。
 しかし、内径3メートル程しかない枝道へ飛び込んだP2は、今まで設置されていたものとは形が異なるロボットが潜んでいることに違和感を覚えた。待避スペースでじっと動かないロボットは、カメラのアーム以外にもう一つ、ノズル状の小さなパーツを先端に取り付けたアームを1メートル程度離れた場所に伸ばしていたのだ。そしてロボット本体の後ろにも、抱えて運べるくらい小さな金属タンクが据えつけられている。
「あれは他の偵察ロボットとタイプが違うのか?」
『火炎放射器を取りつけてある。P3が後を追ってきても、あれなら多少は時間が稼げるだろう』
 100メートル程の小さな枝道を走り抜けながら発したP2の問いへ、若松がさも自信ありげに答えた。
『的確にP3を狙えるよう、こっちでセンサー稼働に切り替えておいた。お前はここへ戻ってくるんじゃないぞ』
 若松が更に念を押すように続けると、その語調と言葉が却ってP2の不審を煽った。
 この天才工学博士が言ったことは確かにもっともらしく聞こえるが、今まで彼がP2の安全を気遣って作戦を立てたことなど一度もない。それに、P2の装甲は高熱に対しても短時間であれば耐えうる強固なもので、火炎放射を浴びせられた程度では基本機能に支障をきたさないことは、誰よりもよく知っている筈だ。
 そして何より、敵の足止めを狙うのなら取り付けられていた燃料タンクが小さすぎるし、ロボットのノズルも軍で見たような火炎放射器のそれとは全く異なる。
 若松は一体、何を企んでいるのか。
 先の彼の言葉が嘘に塗り固められているとP2が悟りつつ枝道から抜けた時、僅かな異音が後方から上がった。タイヤから空気が抜けるような噴出音だ。
『止まるな。さっさと弾丸を取りに行け』
 思わず枝道の終点で足を止めたP2を若松が急かすのに構わず、黒き鎧のサイボーグは聴覚の感度を上げた。
 先の噴出音はまだ続いているが、火炎放射器特有の燃焼音がなく、やっと捉えることができるぐらいの微かな大きさでしかない。明らかに異質な音だった。
『おい、危険だと言ったろう。戻るな!』
 特殊通信に乗った若松の音声は早口でまくし立てる。耳障りながなり声を思考から排除して、P2は枝道の中へと戻った。
 狭いトンネルの中には身を焦がすような炎も渦巻いていなければ、コンクリートが燃えるきな臭さもない。空中や足下にも煙が漂っていることもなく、先の噴出音だけが待避スペース付近から聞こえてくるだけだった。
 そこへ、丸々と太ったドブネズミが走り込んでくる様子が視界の隅に入ってくる。
 猫ほども大きさがあるドブネズミは、トンネルの半分に達したところで急に動かなくなった。
 P2が視点カメラのズームを絞る。
 彼の瞳の中で拡大された都会の逞しい動物は、横倒しの姿勢に身体を放り出して四肢を激しく痙攣させていた。凄絶な苦しみに襲われているのか、暴れるように胴体を捻っている。
 と、次の瞬間にはばったりとその動きが止んだ。
「やはりな」
 心の呟きを声には出さず、P2は息絶えたドブネズミからロボットへと視線を移した。
 この枝道はロボットがタンクから噴出したBC兵器、つまり毒ガスに満ちているのだ。
 P2は戦闘によるP3との決着を強く望んでいたが、若松は手段を選ばず相手の抹殺という結果にのみ執着している。P2が毒ガスを使用する作戦に協力するわけがないと踏んでいた若松は、P2を欺いてP3を確実に仕留めようとしたのだ。
 ガスの種類までは不明だが、恐らく神経性で毒性が極めて強いタイプだろう。P3が足を負傷したタイミングで使おうとしたということは、皮膚からも成分が浸透する可能性もある。
 呼吸器と皮膚全てが人工でフィルタ加工されたP2に神経ガスは効かないが、生体機能が人間のままであるP3はそうはいかないだろう。
 相変わらず弾丸を補充するよう怒鳴り続ける若松の声に、コンクリートを打つ金属の足音が混ざった。P3が近づいてきたのだ。
 タイミングを計り、P2が手にしていたガトリング砲を槍投げのように枝道の奥へ投擲する。
 毒ガスの空間を突き抜けて、ガトリング砲はリニア新幹線本線のトンネル壁に突き刺さった。
「それ以上進むな!進めばお前は確実に死ぬ」
 互いに相見えて以来、最も強く大きな調子で投げつけられたP2からの警告に、ぴたりと足音が止まった。装備から上がる僅かな金属音からすると、動揺して武器を持ち替えている様子だ。
「……何?」
 枝道の十数メートル程度手前に佇んでいる様子のP3が外部マイクを通して発した声には、警戒心と多分に驚きの感情が含まれている。
「ここから先は神経ガスに汚染されている。装甲を破損したお前が来れば、ひとたまりもない。それでも進むと言うなら止めはせん」
 先よりもやや抑えた調子で、P2は隠さずに再度警告した。
 コンクリート壁に反響した低い声は確実に届いたはずだが、P3からの返答はない。
 通信で仲間の意見を求めているのだろう。敵が罠の存在を教えてくるなど、通常の戦闘ではありえないのだ。
 P2はそれ以上P3が踏み出せずにいることを一先ず良しとし、自分は踝を返した。
「あ、ちょっと!」
 枝道の奥へと走り出したP2の足音を聞きとがめ、P3こと未来は思わず声を上げる。
「一体どういうことなの?リューは現役時代にこんな状況になったことがある?」
『いえ……ありません。ですが、我々の背後に回って不意打ちを仕掛けるような作戦は物理上不可能ですし、相手が本当のことを言っていると考えるのが正しいでしょうね』
 P2の行動を理解しかねて立ち往生している未来同様、本部で彼女と視界を共有しているリューも戸惑いの色を隠し切れていない。
 トンネル内壁に突き刺さっているガトリング砲は、レールガンを捨てたP2が所持する唯一の重火器のはずだ。それをも捨てたということは、本人にとって主力たる武器に匹敵するものを守りたいがための何かがあったからだと見ていいだろう。
「あいつはこの先が神経ガスに汚染されてるって言ってたけど、それが本当ってこと?私を倒すのが目的だって言うのに」
 未来はますます混乱していた。
『とにかく、調べてみましょう。偵察ロボットには毒ガスの検出センサーもついてます。もし敵が言ったことが事実なら、ここを迂回するルートを探して戦闘を続けるまでです』
 リューは努めて冷静に振舞うようにしているのだろうが、それでも無理やり自分を納得させている印象が拭えない。だが、ここにいつまでも立ち止まっていても、敵に逃げる時間をみすみす与えているようなものだった。
「……了解。私は念のために、ここから動かないことにするから」
 未来も何とかリューの意向に従うよう自身に言い聞かせ、アサルトライフルを構え直した。一歩後退した彼女の脇を、偵察ロボットの1台が追い越していく。その四角く、小さな黒い姿は十数秒かけて問題の枝道へと入っていった。
 毒ガス検出センサーは、軍でデータを持っている種類であれば即時で種類を判別してくれる優れた機器である。しかし、数十秒待ってもリューからの通信は沈黙を守ったままだった。
「リュー、どう?何もなかったの?」
 焦れた未来がもどかしげに口を開くと、静かな一言が返されてきた。
『……本当でしたね』
「え?」
『VXガスです。あのまま枝道に入っていれば、貴女は間違いなく死んでいました』
 検出された毒ガスの種類を確認したリューの語調はまだ、呆然としたままだ。
 毒ガスの罠の存在を黙ってさえいれば未来を確実に倒せていたのに、P2は何故敵に塩を送るような真似をしたのか。元軍人である故、余計に理解し難かった。
 VXガスは強力極まりない神経剤の一種であり、人類が作った化学物質の中で最も毒性の強い物質のひとつとも言われている。成人の致死量は36ミリグラムで揮発性は低く、無味無臭。トンネル内に漂っているのは霧状に噴霧されたもので、これが世間一般に知られている毒ガスに当たる。これがわずかでも体内に入れば頭痛や嘔吐等の激しい症状を引き起こし、数分で呼吸が停止して死に至る。
 化学的な安定性が高く、温帯の一般的な気候の場合では散布から一週間程度は効果が残留するとされ、呼吸器からだけでなく皮膚に付着しただけでも毒性を発揮する。そのため、散布された場合はガスマスクだけでは防ぐことが出来ない。安全な状態にするためには化学洗浄が必要だが、木材や皮、布などに付着した場合には長期間毒性を維持したまま留まる。ガスに汚染された物に触れるだけでも危険なのだ。
 よって、装甲を破損した未来を仕留める方法としては確実なものと言えただろう。
 が、リューが知る限り、国防軍でもVXガスは製造、保持していない。恐らくP2の陰にいる若松が独自に入手したものであろうが、何故P2は敵である未来を救ったのだろう。
『とにかく、P2が逃げたトンネルへの別ルートを急いで探します。汚染区域付近には中和剤を積んだロボットを向かわせますから、未来は一旦後退してください。そのままではガスが広がってきて危険ですから』
 リューでさえ考えが纏まらなかったが、踏みとどまっていても仕方ない。
 元軍人の青年は、現役時代の部下である大橋と榎本、そして未来へ次なる指示を出し始めた。

コメント(1)

あれ?最初のほうで妙な改行が入ってる……字数の関係かな。
内容が切れてるわけじゃないです。
申し訳ありませぬ。。。

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