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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -15-

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 未来の目覚めは唐突だった。
 コンクリートの地面にうつ伏した姿勢から、勢いをつけてがばっと起き上がる。後ろには先ほど脱出した病院の裏口が口を開けており、内側についたぼろぼろのカーテンが風に揺れていた。
 辺りはまだ暗く、気を失っていたのはほんの短い時間のようだった。
「……翔子ちゃん?」
 裏口横に座らせていた翔子の姿がない。薬が切れて目を覚まし、助けを呼びに行ったのだろうか。
 だが、傷ついた未来を放っておくような娘ではない。もしかしたらまだ敵の生き残りがおり、再び捕らえられてしまったのではないか。悪い予感が未来の胸を過ぎった。
 幸い、リューへの連絡はもうついている。急いでこちらに向かってきてくれているはずだ、と自分を励まし、彼女は立ち上がった。
 途端、バランスを崩しそうになり慌てて踏みとどまった。とてつもなく手足がだるく、まるで骨が鉄か鉛に変わったかのようだ。先ほどまで傷の激痛をモルヒネで抑えて戦っていたのだから、少し意識を失っていたからと言って回復していないのは当然だ。
「……殺せ」
 その時不意に、遠くない位置からしわがれた男の声が上がった。
 左に振り返ると、建物の陰からアサルトライフルを構えた男たち三人が、足を引きずりながら迫ってきていた。先に倒したと思った連中だ。
しかし、彼らの服や装備は穴だらけで血まみれだった。顔を見ると、ゴーグルが外れて眼球が飛び出している者までいる。
「あんな状態になっても、まだ生きてたって言うの!」
 顔をしかめて、未来は足のホルスターからデザートイーグルを抜いた。麻薬中毒にさせられて痛みを感じていないとは言え、瀕死の重傷を負っている苦しみはあるのだろう。
 今度こそ引導を渡すべく、続けざまに三度、デザートイーグルの引き金を絞った。
 それぞれの弾は彼らの胴、頭、胸に命中し、血飛沫と肉片を爆発させるように飛び散らせた。
「殺せ……」
 だが、男たちは倒れなかった。中には頭がないのに、まだ歩いてくる者もいる。
「化物め、殺せ……」
「……ちょっと……うそだよ、こんなの」
 頭を吹き飛ばされた状態で何故動けるのか。
 いや、普通なら胸と胴を撃ち抜かれただけでも即死するはずだ。彼らは未来のことを化物と言っているが、自分たちのほうがよほど化物ではないのか。
「化物……殺せ……」
 繰り返される言葉。未来は激しく頭を振った。
「やめてよ。あんたらみたいな連中に、化物呼ばわりされたくない!」
 上ずった声で呻く未来の背中と掌に、じわりと汗が湧いてきた。
 血まみれの死体も同然の男たちが迫り来るおぞましさに吐き気を覚え、じりじりと後退りする。彼らには手に持つアサルトライフルを撃とうという気はないようだ。
 ならば、ここは一旦引いたほうがいい。
 直感して、未来は敵に背を向けて走り出そうとした。
「未来ちゃん、化物の肩を持つんでしょう」
 そこに、いるはずのない母が佇んでいた。驚いて足を止めた未来に向けられた目は、母親のものとはとても思えないほどに冷たく、侮蔑に満ちた色だった。
「お母さん、貴女を化物になるような子には育てていないのよ。そんな仕事してるから、人間じゃなくなってしまったのね。お母さんが思った通りになってくれなくて、残念だわ」
 やめてよ。
 私、今大怪我してるんだよ。
 一言も慰めてくれないの?
 化物なんかじゃない。
 血が通った人間なんだよ。
 お母さんの娘なんだよ。
 それなのに、何でそんな冷たい目で見るの?
 もうやめてよ!
 未来は叫んだつもりが、どんなに喉を振り絞っても声が出なかった。
 化物。
 化物。
 母と死人に等しい男たちから投げつけられるその単語だけが、暗く淀んだ空へ虚ろに轟いていく。やがてその響きは未来のいる空間全てを支配し、全身を低い音で責め立てた。
 目に見えぬ、耐えられないほどの重さが背中にのしかかり、彼女は膝をついた。
「やめて……私、化物なんかじゃない。人間だってば……お願いだからもうやめて!」
 震える両手で耳を塞ぎ、硬く目を閉じて絶叫した未来は泣いていた。

「……先輩、未来先輩!大丈夫です、落ち着いてください!」
 聞き覚えのある女性の声が、遠くから聞こえてくるような気がした。そこを起点として、先まで感じていた恐怖が現実のものではなかったことが実感できた。
 身体の中で動かせる筋肉が強張っており、まず力を抜くことから始めていく。息が荒くなっていて、汗まみれの不快な感触も肌にあることがわかった。左手にも最初は感覚がなかったが、力を抜くと自分が仰向けに寝かされている状態で、毛布を握り締めていたことも感じられる。
 目の周りが濡れているのは、涙が出ていたせいだろう。
 呼吸を落ち着けてから、ゆっくりと目を開けた。
「……先輩」
 蛍光灯の眩しさに思わずもう一度目を閉じた未来が見たのは、泣き出しそうな翔子の顔だった。
「翔子、ちゃん?」
 一言だけ言ってから目を再度開けたが、未来の声はひどく掠れて低くなっていた。
「良かった、気がついてくれて……」
 翔子が未来の左手を確かめ、涙を浮かべている。悪夢にうなされていた未来の手を、ずっと握っていてくれたのだ。一度その手を離して、未来の額に浮いた汗をハンカチで拭う。
「あれ、ここは……」
 翔子の様子をぼんやりと眺めつつ、未来は周囲を確認して呟いた。ここはC−SOL内にある、嘗て病室として使われていた個室だ。小型の液晶テレビやスターチスが活けてある花瓶、パソコン等の備品は全て以前のままのようだ。
 未来はそのベッドに、やはり改造手術を受けた当時のように寝かされていた。両脚には包帯が巻かれ、右腕がギブスで固定されており動かせない。毛布の上に出ている左腕にも大きな絆創膏やガーゼが貼りつけられていて、点滴のチューブに繋がれたスタンドがベッドの傍らに立っている。顔に触れてみると、頬にも切り傷と打撲の治療が施されているのが確認できた。
 未来はこれまでのことを思い出すまで、数分の時間を要した。
「そっか。戦ってて……怪我して、それで」
「先輩、緊急手術が終わってから、三日間ずっと眠ったままだったんですよ……私、本当に心配したんです。今、コールで杉田先生たちを呼びましたから」
「……って、翔子ちゃんがどうしてここに?」
「私、あの場所に座ってて……ものすごい音がしたから、それで目が覚めたんです。何かと思ったら、ヘリが何台か飛んできてて。私と先輩を乗せてくれたんですけど、その他にも変な車が沢山来てるみたいでした。不安になってヘリに乗ってた人に聞いてみたら、セラフィムの系列会社で、パワーズの特殊警備隊だから心配いらないって言われて。すぐに私たちをここに運んでくれたんです」
「そっか……」
 まだ覚め切らない意識の下、未来は呟いた。
パワーズはセラフィムのグループ企業で、武装警備員の訓練及び派遣、犯罪調査や兵器開発を担う専門会社だ。リューが手配してくれたのだろう。元軍人なだけあって、処理の素早さは流石だ。
「翔子ちゃん……怖い目に遭わせてごめんね」
「そんな!捕まったのはもともと、私がちゃんと非常時に自分の身を守れなかったせいなんですよ。未来先輩が責任を感じることじゃありません。それよりも、助けに来てくれた先輩をこんな酷い目に逢わせたことの方が……」
「でも、翔子ちゃんに怪我までさせてるから。私が事務所にまで私事を持ち込んだから、こんなことになったんだもの」
「怪我って、これですか?」
 未来の言葉に、翔子が顔に当てられている大きなガーゼを指差した。
「これ……実は私、薬で眠らされる前に一度、尋問されて。その時に先輩のことを何でもいいから喋れって言われたんです。でも、死んでも話すつもりはないって答えたら殴られて。もうちょっと、答え方を考えなきゃいけなかったんですよね」
 照れたように笑い、翔子は続けた。
「でも、顔に傷は残らないって話ですから大丈夫です。折れた歯もちゃんと治してくれるって」
「そんなに強く殴られたの?」
 未来の表情が曇ると、翔子は慌てて手を振った。
「あ!正確に言うとですね、私その平手の一撃で気絶しちゃったんですよ。だから殆ど痛いって思ってなくて。先輩が考えてるような痛さはありませんでしたから」
「……ごめんね。本当に……何て謝ったらいいんだか……」
「もう!大丈夫って言ってるじゃありませんか。先輩は私のことよりもまず、自分のことを心配するようにしてください。先輩の方が、私なんかよりもずっと重傷なんですから」
 暗く沈みがちになる未来に対して、翔子の言動は普段とまるで変わらない。彼女の明るさに、幾らか救われたような気さえした。青ざめていた未来の顔に少しだけ赤みが差し、口元に僅かな微笑みが浮かんでくる。
 そこへ、病室入口の自動ドアが開く音が割り込んだ。
「未来、気がついたかい」
 杉田のほっとした声が聞こえた後に、生沢とリューも連れ立って病室に入ってきた。
「……みんな」
 未来の表情が怯えたように温度を下げた。
「心配しましたよ、未来。目が覚めて何よりです」
「とりあえず診察だな。お二人はちょっと出てくれるか」
 珍しく安堵したような口調のリューの後に、生沢が続けた。リューと翔子が頷いてベッドから離れると、生沢がベッドを囲っているカーテンを閉め切る。その中にHARだけを呼び寄せて、杉田と生沢が未来の診察を一通り行った。
「まだ血圧が低いようだな。まあ、目が覚めたばっかりじゃあしょうがないか」
「心拍も少し弱めみたいですね。未来、暫くは絶対安静を守ること」
 血圧測定結果を確認した生沢へ胸の聴診結果を報告した杉田が、未来の方に向き直った。
「一応君の怪我の状態を説明しておくよ。まず、右腕は手首より上が亀裂骨折、つまりひびが入った状態。これは手術とスパイダーの投入をして、亀裂部分は全部塞いである。ただ、骨膜が安定するまでは痛みがあるからね。動かさないでいること。それから、両脚に地雷の散弾として入ってた鉄の球。これも全部手術で取り出してあるけど、組織の回復まではやっぱりそれなりに時間がかかる状態だ」
「まあつまり、お前もたまには訓練を休んで、ゆっくりしろってこった。強化骨が折れたり、大きな血管や臓器を傷つける怪我じゃなかったからな。治りは早いと思うが、焦るんじゃないぞ」
 真面目に説明する杉田の後ろに立つ生沢が、満面の笑みを浮かべながら言葉を継いだ。茶化すような口ぶりだが、未来の状態が思ったよりも安定していることにほっとしたのだろう。
「……はい」
 こくん、と未来が頷いたが、生沢は怪訝そうな顔をした。
「どうした?あんまり素直なのはお前らしくないぞ」
「だって……てっきり、みんなに怒られるもんだと思ってたから」
 未来は左手で毛布を鼻の上まで引き上げ、目だけで杉田と生沢を交互に見やっている。
「一人だけで戦ったことに関してか?怒るのはいつでもできるだろ。それは、お前がちゃんと元の身体に戻ってからでも遅くないからな」
 診察用具を片付ける杉田を尻目に、生沢がカーテンを開けた。待ち構えていたリューと翔子が、ベッドの脇まで寄ってくる。
「そうです。あの過酷な状況の下、たった一人でよくあそこまで戦いました。今は何も考えずに、身体を回復させるのが貴女の仕事です」
「ありがとう。リューがそんなこと言ってくれるなんて意外だよ」
 いつもの垢抜けないファッションのリューを寝ながら見上げ、未来が微笑む。
「言葉の選択も臨機応変にしなくてはなりません。未来、貴女は気づいていないかも知れませんが、身体ばかりでなく心も相当に傷ついているはずです。それを癒すために、優しさは必要なんです」
 リューの言うことは、相変わらずストレートだ。思わず杉田が苦笑し、一同に目配せする。
「未来は目が覚めたばかりだけど、まだ眠って体力を温存させる方がいいから。鈴木さん、悪いけど、未来が寝るまでここにいてもらっていいかな?」
 翔子が頷くと、未来も黙って目を閉じた。男たち一同は、なるべく音を立てないように病室から退場していった。
「未来の怪我だが、普通の人間だったらとっくに死んでたレベルだな」
「ええ……僕もメモリの画像の要所は確認しましたけど。地雷を一度に4個も喰らったり、対戦車砲で撃たれた時点で命はないでしょうね」
 未来の病室があるセキュリティエリアから完全に退出してから、生沢が口を開いていた。杉田がそれに同意して頷くと、リューもつられたのか会話に入ってくる。
「彼女はそのために作られたサイボーグです。ですが、初めての実戦であそこまで戦って生き残り、かつ敵を全滅させたのは生来の素質でしょう」
 未来が眠っている間に後頭部にセットされていたメモリが抜き出され、そこに記録されていた画像の分析が一通り行われていた。戦闘時に何があったかは判明しており、彼女の携帯のメール画像や翔子の話から、事件の全貌がほぼわかっていると言ってもいいだろう。
 未だに敵が何者であったかだけがはっきりしていないが、これに関してはこの三日で大月が軍からの情報提供を受け、判明したことをこの後のミーティングで話すことになっている。
「ただ、心配なのは戦闘によるストレスが悪影響を与えていないかということです」
「PTSD(心的外傷後ストレス症候群)か何かになる可能性があるのか?」
 生沢が問うが、リューは首を横に振った。
「まだわかりませんが……ベトナム戦争で戦闘ストレスに精神をやられた兵士が数多く出たのは、先生たちもご存知でしょう。未来はもともと民間人で兵士ではありません。人殺しということに対して強烈な心理抑制が働くところを、強制的にやらせたんです。しかも初めての戦闘で孤立した上、一晩で生きるか死ぬかの極限状態に置かれ、十人もの敵を殺しています。我々は彼女が負ったであろう心の傷を、まだ自覚のない今のうちから考慮しておくべきです」
 珍しく、リューは噛み締めるように呟いていた。
「そうだな。未来は確かに強い精神の持ち主だとは思うが、脆い側面を突かれるとあっけなく崩れる危なっかしさがある。俺たちでどれぐらいそれを支えてやれるかが問題だが……」
 軽く溜息をついて、生沢が研究所の広い廊下にある大きな窓の外を見やった。
 杉田は、まだ改造手術が続いていた頃の未来を思い出した。今いる病室で何度も涙を流していた姿は、弱く儚げな影を彼の心に残している。生沢が言う通り彼女は一見すると気丈な女傑だが、その裏側に優しく感受性が強い心を隠しているのだ。
「普通ならそういう場合、自分に一番近い存在である家族を頼るもんだがなあ。何でだか、未来は妙に家族を避けてるところがあるようだし」
「僕も、それは前から気になってました。最初の事故の時でさえ、母親に知らせるなって叫んでたって聞きましたよ」
「しかし、両親の離婚があったこと以外は結構いい暮らしをしてたようだ。もっと荒んだ家庭に育ってるんだったら、親のことを恨んでいてもおかしくはないが……」
 未来の家族関係について生沢から話が出たところで、杉田がこれまで疑問を抱いたことを口にした。やはり何かあったとき、娘であれば真っ先に母親を頼るのが普通だ。もし未来に信頼できる相談相手がいないのだとしたら、心理的ダメージを一人で抱え込むことになる。
「あいつに彼氏がいるとかって、聞いたことあるか?」
「え……さ、さあ。僕に話してくれたことはありませんけど」
 生沢が杉田に続いてリューを見るが、リューも首を横に振った。
「そうだよな。彼氏がいりゃあ、ストレスの矛先を向けるのに持ってこいなんだが……考えてみたら、サイボーグになった時点で恋人は諦めるのが当たり前だ」
「それまでに付き合ってた相手がいても、ですか?」
 やれやれ、と言いたげに生沢は首を振った。
「想像してみろ。ある日を境にして自分が普通の人間ではなくなり、しかも国家機密に関わるようなもんにさせられる。おまけに子供を作ることもできなくなった。いくら隠してても、一緒にいりゃあいつかはバレる。それでもお前は彼女を作ろうって気になるのか?将来を誓い合った相手がいたとして、そのままの関係を続けられると思うか?」
「それは……」
 杉田が口ごもる。
「つまり、サイボーグになるってのはそういうこった。そういう意味で、俺たちは未来にとんでもない重荷を押しつけちまったとも言えるか」
「自分がなりたくもないものにさせられた上に、成果を期待されるプレッシャーもありますね……」
「だから、あいつのサポートに俺は全力を尽くすつもりでいる。それが、あいつの身体を預かった医者としての責任だからな」
「わかってます」
 口調は普段と変わらない生沢だが、杉田は先を行く広い白衣の背中に力を込めて自分の意志を投げた。杉田の横で、同じようにリューも頷く。他の研究員たちやロボットが忙しく行き交う廊下をそのまま歩き、彼らは共同研究室へ戻ってきた。
「遅いわね。ミーティングは2時からってメールは流してあったでしょう」
 入口の自動ドアを入ってすぐのところに、大月が待ち構えていた。
「やあ、これはこれは。未来の意識がついさっき戻ったから全員で様子を見に行く、だからミーティング開始はちょっと遅らせてくれと携帯にメールしたんだが。それとも、買ったばっかりのお高いブランド品で化粧直しするのに忙しくて、メールに気がつかなかったか?」
「茶化すのはやめたらどう?単に見ていなかっただけよ」
 生沢が腕組みしている大月にへ嫌味たっぷりに返したが、彼女の反応は薄く冷たい。かっちりとした仕立てがいいグレーのスーツと開襟のブラウスにブランド物のハイヒールを合わせた大月は、ラフな私服の上に白衣を羽織っている研究員が多い中でも目立っている。軽く首を振って額の前髪を払った大月が、目線が上にある生沢をじろりと横目で睨んだ。
「それに奥さんに逃げられるほど女のことが理解できてない貴方に、個人的なことをとやかく言われる筋合いはないわね」
 大月が皮肉に皮肉を返すと、もっともな点を指摘された生沢はより悪意を込めたお返しに及んだ。
「ほう。それじゃ、シミ隠しの化粧するのに本当に忙しかったんだな?いや、黙ってなきゃならないところを済まん」
「いい加減にして!私が何をしていようと勝手でしょ!」
 研究室には彼らの他に大勢の助手がいるのにも拘わらず、大月がやけにヒステリックな怒鳴り声を上げた。驚いた者が分析機器や計測器を操作する手を止めて顔を上げたが、その時までに彼女は完璧に平静さを取り戻していた。
「とにかく、今日のミーティングでは懸案事項が多いから時間がかかりそうなのよ。帰れなくなったらお気の毒ね」
 まだ先刻上がった金切り声の余韻に耳をやられている生沢たちを尻目に、大月はさっさとミーティングルームに向かった。
「ちょっと言い過ぎですよ、生沢先生。大月さんはもう若くないんだし、顔とか歳のことでからかうのは……」
 半目になって生沢を睨んだ杉田に囁かれ、生沢は大げさに肩をすくめてぼやいた。 
「それ、大月の前で言ってみろ。今度こそ殺されんぞ」
 生沢は、美貌の37歳がああまで過剰反応を示すと思っていなかった。日頃からやれエステだ、美容食品だと情報収集に余念がないのは知っていたが、ここ3年くらいでそれが更に過熱する方向にあるようだ。35歳を超えて色々なところにほころびが目立つようになり、彼女なりに焦っているのだろうか。それとも、すぐ側に14歳下の可愛らしい女の子がいて意識するせいか。
 勿論、大月もきつい性格を考えなければかなり見栄えがするし、美女であることには変わりない。しかし彼女は、未だに独身であること以外の何かで、いつも追い立てられるかの如くに日々を過ごしている。その姿は年月による美しさの劣化を何よりも恐れていた、晩年の楊貴妃を思い起こさせた。
「まあ、女ってのは不条理であると同時に、不便な生き物でもあるんだよなあ」
 溜息を交えつつ、生沢は杉田たちと共に1階に下りてミーティングルームへ足を踏み入れた。

コメント(2)

ども。また読み始めました。
未来ちゃんの必殺技は電撃だっちゃ、でしたか! ラムちゃんみたいですな。しかし、科学的な根拠がきちんと書いてあってSFらしいです。
やっかい女の大月さん、37歳なら、まだまだ。okですって。がくんと来るのは40ですよ。(笑)
ちょっと男性陣の影が薄いかな。
貴女の小説は、よくある純文学系の一人称ものではなく、エンタメ群像劇なので、多少リアリティは無視してデフォルメキャラで押すのも手かもしれません。良くある五人組のハンサム、陰り、紅一点、チビ、デブみたいなの、ありますよね。とかくSFはバックグラウンドが目立つので、ストーリーに埋没しない方法としてそんな手もありかなと。ハードSFの海外ものでも、そんな人がけっこういますね。
まあ、人それぞれなんで、そこは好みですどね。

話は変わりますが、この間の日記のコメントに、ファンタジーも書いてみたい、と書いてありましたが、本当ですか? ハード一辺倒の方と思っていたのでちょっと驚きです。いつか読ませてくださいね。

ではでは。
どうもです〜♪
ラムちゃんとは懐かしい!
電撃を食らわすのは生身でないと使えないのですが、武装しないと弱いというのは
致命的だなぁ、と思って考え付いたネタです。

ここまでの展開では主人公である未来に徹底して焦点を絞っているので
どうしても男性陣の印象が薄くなるのは仕方ないんですよね。。。
こうしておかないと、登場人物の個性をまんべんなく描いていたら
誰が主人公なのか最終的にわからなくなったりするんじゃないか?と
思ったりもしまして。

実は私、この「SANPLE」を書く以前はヒロイックファンタジー専門の人でした。
でも、剣と魔法の物語は世界観的にネタが出尽くした感があったのと
最終的には理屈で色々ごねるのが好きなため、SFに傾倒していった……
というオチがあります。
きちんと完結させて同人誌にまとめた長編ものもありますので、
そういった作品も機会があれば発表したいですね〜

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