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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -53-

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 P3への奇襲は失敗に終わった。
 しかし、特に意外だとは思っていない。動けばP3よりも大きな足音がするし、素早さと感覚器官の鋭さは彼女よりも劣る。
 もともとこの身体は敵を攪乱して背後から襲いかかるような隠密行動向けの構造ではなく、乱戦で味方の盾となり力押しで戦線を切り開く重戦車のようなタイプだ。それなのに電子機器を遠隔で操ったり、ネットワークに侵入できる情報工作の能力があるのは、若松の好みのようなものだ。
 そんな相反する機能が共存する改造度合いは、実に中途半端だと言っていいだろう。
 実際の戦場では仲間と行動を共にし、集団の中の一部として動くことを想定して作られているのだから、多くの能力があったほうが便利なのは当然と言えば当然だ。
 しかしこの闘いは、一対一の決闘に近い。
 先のように小細工を重ねて相手の動揺を煽る作戦は、実は少数の敵よりも集団の敵に対して絶大な効果が期待できるものだ。加えて、味方にも自分以外の攻撃要員がいる場合に初めて、真価を発揮すると言えよう。
 下手な工作は時間の無駄であり、何より自分で思い切り戦ったと言う気にはなれない。
 生粋の軍人である自分がこんな思いを抱くのはいささか奇妙だが、汚く戦って勝ちさえすればいい、とは考えられないのだ。
 それに、他のロボットたちを操って混乱を誘う手には、恐らくもうP3も引っかからないだろう。ならば、正面を切って戦いを挑むほうがいい。
 そう考えたP2の足は、P3から逃れて潜んでいた教室から自然と中庭へ向いていた。校舎の5階から飛び降りて、先に彼女を攻撃した廊下の周辺に視線を走らせる。
 何の物音もしないが、恐らく同じ校舎のどこかからこちらの動向を窺っているのだろう。
 P2は、そのまま中庭のほぼ中央に佇んだ。
「……足音が全く動かなくなったよ。場所は中庭の真ん中あたりだけど」
 その重い足音は、未来の聴覚を刺激して正確な場所を彼女に教えることとなっていた。2階の端に当たる教室の窓際に立った未来が、注意深く外を見下ろす。
 白いプランターと木のテーブル、ベンチが囲む煉瓦敷きの中庭には、黒い金属の巨大な人影が微動だにせず立ち尽くしている。中庭は唯一、全ての校舎からその隅々までをを見渡せる場所の筈である。屋外のほうが明るい今の時間帯は外から室内が見えなくなっているため、こちらが場所を移したことには気づいていないようだった。
『罠を仕掛けているような様子はありますか?』
「ううん。ロボットの稼働音もさっぱり聞こえないし、さっきとは様子が全然違うよ」
 リューの質問に答えた未来は、声に動揺を滲ませている。
「一体、どういうつもりなんだろ……あんな目立つ場所で動かないなんて、アサルトライフルで撃てって言ってるようなものじゃない」
『いえ。こちらの飛び道具がさっきの一撃で使えなくなったことは、敵もわかっていると思いますが……』
 リューも敵の予想し得なかった行動に、語調が尻すぼみになる。
「だったら、どうしてあんなところにいるの?あいつが何考えてるのか、わかる?」
 民間人上がりのサイボーグ戦士たる未来には、P2の行動がまるで理解できない。彼女は元軍人であるリューに、その意味を求めた。
『罠を仕掛けている様子はなく、味方もいない。その上所持している武器は飛び道具ではない、至近距離用の格闘武器のみ。そこから考えられるのは……』
 一呼吸置いて、リューは呟くように言った。
『敢えて、こちらに自分の居場所を教えているとしか考えられませんね』
「それはどういう……」
『何の準備もせずに姿を晒しているんですから、そうとしか思えません。あのような、他に身を隠せる場所がないところにいるんです。と言うことは、飛び道具が封じられたこちらもP2に姿を見せて攻撃を仕掛けるしかない。つまりそれは、P2がそういった形式の戦闘をするように仕向けていると言うことです』
 未来の言葉を遮ったリューは、状況を整理して一つの結論に辿り着いた。やはり、敵が正面からの格闘戦を挑んできているとしか判断できないのだ。
 先に繰り広げられた未来との舌戦で、P2は確かに言っていた。
 どうあっても破壊される運命ならば、全力を尽くし戦って死ぬ、と。
 最早失うものが自身の生命しかないP2は、死に場所を欲しがっているのだ。そして、それを未来との戦いの中に見つけたのだろう。
『恐らくP2は、貴女との戦いに生きる喜びを見出したのでしょう。そして、その中で死ぬことを望んでいる。彼には協力してくれる仲間もいなければ、戦況を有利にする武器もない。もう自分の命しか残されていません。根っからの戦士なら、戦いに倒れることこそ本望でしょうからね……』
 リューはこれまでに、同じような考えを持った幾人もの仲間や部下たちの背中を見届けてきた。
 正直、未来がP2の酔狂に付き合う義理などない。
 最も安全に、かつ確実にP2を倒すのなら、偵察ロボットに予備のアサルトライフルを運ばせて頭を狙撃すればいいだけだ。
 が、リューは未来がそんな人間ではないことを、誰よりもよく知っていた。
 若い司令官の言葉に、黙って窓の外にあるP2の姿を凝視していた未来が顔を上げた。バックパック側面の溝にある小さなセンサーに指を触れると、その横にコントロールパネルが現れる。中に並んだセンサーの一つに手を伸ばすと、背中からバックパックが外れて落ちた。
 更に青い装甲に覆われた右の拳が強化ガラスに叩きつけられ、あっさりと頑丈なガラスが外に向かって砕け散る。
 高い破壊音と破片が地面に降り注ぐ風変わりな雨音に、P2が上を振り仰ぐ。
『おい未来、何をするつもりだ?』
 わざわざ大きな物音を立てた彼女へ生沢が慌てた様子で言うが、言葉は返って来ない。未来は窓枠をジャンプで越え、そのまま中庭へ飛び降りた。
 P2は軽々と着地する未来の様子を見るだけで、身体を全く動かそうとはしていない。
 加えて、辺りは建物の間を吹き抜ける秋の風以外に、何の音もしない。
 未来は立ち上がってゆっくりとP2の方へ歩み寄り、数メートル手前で止まった。
「私が、あんたに引導を渡してやるよ」
 低く威圧感がある未来の声が、外部マイクを通して冷たい空気に乗せられた。
「私にとって最後の闘いだ。情けは無用だ」
「当たり前でしょ。こっちににそんな余裕なんかないよ」
 無造作に右腕の刃を上げたP2に対し、未来はアサルトライフルの銃身を両手に握って構えた。彼女が斜めに持つアサルトライフルの銃口には、先まで腰の鞘に収まっていた大型の高周波振動ナイフが取りつけられている。
 バヨネット、つまり銃剣である。
 リーチでもナイフの刃渡りでも不利な未来にとって、これが最善の格闘方法であった。P2のC−SOL襲撃時に繰り広げられた接近戦の反省点を考慮して、新たにリューが指導したものだ。
 彼の会得しているバヨネット戦闘法は武道として確立された銃剣道と違う、アメリカ海兵隊方式の純粋な殺人術である。この戦闘に備えて未来を訓練する際も、デスマッチ方式の試合を重ねて徹底的に戦い方を身体に叩き込んだ。通常の武術で禁じ手、反則とされる技や奇襲、周囲の環境や複数の武器を用いた攻撃を繰り返し、教えられることは全て教えたつもりだ。あとは未来個人の格闘センスに賭けるしかない。
 リューがレシーバーをつけたままで緊張に息を殺した指令室内も、静まり返っていた。
「おい、未来は本当に大丈夫なんだろうな?」
 視線を視点カメラ映像から外さずに固唾を飲んでいた生沢が、呟くように言葉を零した。
「わかりません。ですが、信じる他にありません」
「今から予備の武器を届けても遅くないんじゃないか?まだあともう一丁、同じ銃があるんだろ。それで一気に有利になるじゃねえか」
 同じように大型モニターを見守るリューの後ろへ、生沢が近寄る。生沢は純粋に未来が心配なのだろう。P2と比べると未来は子どものように小さく、頼りなげに見えるのだから無理もない。
「駄目ですよ。そんなことをしても、未来が聞くわけがありませんし」
 そこへ、疲労でずっと椅子にへたり込んでいた杉田が身体を起こして割り込んできた。
「しかし、あいつだって死にたくはないだろ?勝率を高くする方法があるのに、それを選ばないってのか?」
「未来は敵の意志を受け入れて、あんな危険な戦い方に応じたんです。今更それを覆すわけないですよ。そういう子なんですから」
 軽く溜息をついて指先を髪に突っ込んだ生沢に答えながら、杉田も立ち上がってリューの後ろに行った。
 未来はP2を人間の戦士だと見なし、その上で倒そうとしているのだ。
 P2が熱い願いを込めた闘い。
 力を全て出し尽くし、悔いを残したくないという人間らしい心。
 彼を人として死なせてやりたいと思い、未来はそれを受ける覚悟を決めたのだろう。
 戦うために生まれた二人のサイボーグ。
 彼らは生き長らえるために、戦闘そのものから逃げられない存在だ。そしてその魂が抱える深い傷を理解し、互いが鏡のように、自身が背負う過酷な運命を映し出している。
 そんな相手のことを、どうして拒むことができようか。
 誰が彼らを止められると言うのか。
 杉田は、未来が出撃間際に残した言葉を思い出した。
 待っているのは自分の方だと。
 彼女は、自分が生きるために人を殺し続けなければならないという戦闘用強化人間の悲しみを、杉田に理解して欲しかったのだ。
 時間がかかっても構わない。AWP作り出したのが何なのかを、もう一度考えて欲しい。
 未来はそんな想いを込めて、杉田に言葉を託したのだろう。
「とにかく今は、未来にただ無事に戻ってきて欲しい。それだけです」
 不安を胸の奥に押し込めて言った杉田の口調は、あくまで穏やかなものだ。その裏にある感情を読み取って、リュー、生沢、榎本、大橋の全員が頷く。
 彼らが息を飲んで見守る大型モニターの光景にこれと言った動きはなく、P2は右腕の刃を構えたまま動かない。
 未来は肩の力を抜き、膝を緩めて踵を軽く上げたまま、P2を睨み続けていた。バヨネットを使っての実戦はこれが初めてなだけに、動くタイミングを計りかねていた。
 P2が僅かに足をずらし始めているのが、金属が地面を擦る微かな音で未来に伝わる。
 来る、とバヨネットを握る手を確かめた時、P2が一気に間合いを詰めてきた。
 未来は腹に向かって突き出された巨大な刃の一撃を横に捌き、P2の右へ回り込んだ。ナイフが仕込まれた黒い腕を斬り落とそうと、バヨネットを打ち下ろす。しかし刃先は鋭く身を引いた目標を見失い、宙を斬った。
 今度は逆に、P2がアサルトライフルに取りつけられたナイフを斬り落とそうと振り向きざまに払いを入れる。未来は身を低くしてバヨネットごと沈み込んで空振りさせると、P2の足を狙って突きを繰り出した。
 鋼鉄も斬り裂く高周波振動ナイフの刃が、P2の膝下を掠める。P2はその浅く傷ついた足を振り上げ、踵から銃身目掛けて叩きつけた。バヨネットを破壊しようとするP2の狙いを読み、未来は素早く刃を引き寄せて身体を横に投げ出し地面に転がった。
 完璧な受け身を取って跳ね起きた未来にP2が追いすがり、小さな頭へナイフを振り下ろす。陽光を反射する刃物をぎりぎりの距離で避け、未来は巧みに敵の側面へと滑った。しゃがんだ体勢から脚の発条をため、腕に向かって蹴りを叩き込む。
 装甲で覆われた臑に手首を打たれ、P2は弾かれるように身を引いた。その寸前、未来が更にバヨネットを懐に割り込ませて下から上へと斬り上げる。
 彼女の一撃は敵の胸甲を削ったが、反射的に半身を仰け反らせた顔に傷を負わせることはできなかった。両者の距離が数メートル離れ、再び武器を構え合う間が生まれる。
「やっぱり、そうそう隙はくれないか」
 弾む息の下で、未来が低く呟いた。
 バヨネットを用いている分リーチの長さ、攻撃力が強化され、以前よりもやりやすくなってはいる。が、この戦いは幾つもの点で通常の格闘戦と異なっていた。
 今の打ち合いでP2に手傷を負わせてはいるものの、どれも装甲に傷をつけただけでありダメージを与えたとは言えない。
 バヨネットは本来ならば先端のナイフで突く、斬る、突撃銃本体の台尻で殴りつける、銃身を用い相手の攻撃を止める、と言った様々な使い方ができる便利な武器だ。そして最も威力が高いのは刺突であり、腕でも脚でも突けるところを突く。それに続いて使えるのが重い銃身を利用した殴打で、これは身体の前に翳して防御にも転じさせることができる。
 しかし、四肢に痛みを感じず血も流さないP2には急所以外の攻撃に意味はないし、厚い装甲に覆われている胴体は、根本までナイフを突き刺しても急所に刃が届くかどうか定かではない。更に厄介なことに、彼の金属製の身体には殴打を加えても全く威力が期待できないどころか、逆に銃身が耐えられずに折れる可能性すらあった。
 そして高周波振動ナイフは堅固な装甲にも有効な武器であることから、銃身を防御用として利用することは避けねばならない。攻撃を止められるとしても、ただの一度切りだろう。
 よって、自ずと戦い方は限られてくる。
 狙うのは頭への刺突か首への斬撃による一撃必殺か、手首や足首を斬り落として動きを止め、とどめを刺すかの三択だ。
 そして、如何にして相手に攻撃箇所を読まれないようにするかが要となるだろう。
 バヨネットによる格闘では、勢いがあるほうが勝つ。武器自体の頑丈さにおいてもP2の手甲大型ナイフに劣ることから、あまり長引かせるべきではない。
 そう判断して構え直した未来が距離を詰めた。足の裏を地面につけたまま、じりじりと動かしていた脚に貯めていた力を一気に解放して、瞬時にP2を攻撃範囲に捉える。動きの鈍い腹を目掛け、彼女は矢継ぎ早に3度の刺突を繰り出した。
 俊敏さでは敵に劣るP2だが、空気をも貫く速さで突き出された刃先を何とかかわした。最後の一撃をかわしざまにバヨネットを奪い取ろうと、伸ばされた銃身を狙い両手で鷲掴みにしようとする。すんでのところで引かれたバヨネットに彼の金属の指は追いつかず、宙を掴んだ。
 その大きな隙に未来がP2の背後に回り、がら空きになっている側頭部を斬りつけようと振りかぶる。
 が、彼女は刃を打ち込む寸前、弾かれたように敵から遠ざかった。
『どうしたんです、未来。反撃の……』
 通信機越しに言いかけていたリューの声が途切れ、息を飲む音がヘルメットの中に篭もる。それには司令室のパワードスーツチェック用端末から上がる、けたたましい警告音が混ざっていた。 
『メイン及びサブ装甲腹部右側面に破損。一部断線が発生した影響で、筋力負荷軽減機能が一部オフになりました。アンダースーツに傷はないようですが、大丈夫ですか?』
「大丈夫。でも、抜かったよ」
 未来は右脇腹に走る鈍い痛みに呻き、リューの緊張した音声に応答した。
 丁度肋骨の下に当たる部分のパワードスーツに、長さ15センチほどの裂け目のような斬り傷がついていた。表面の鈍い光沢がある青いチタンは刃に無惨に削がれて、装甲内部の細やかな配線と電子部品が露出している。
 P2の右側から斬りかかろうとしたとき、未来は彼の手甲大型ナイフはとっさに向きを変えられない弱点を突いたつもりで、自らの防御は考えていなかった。ナイフは手の甲を覆う、手首に固定されたタイプだったのだ。
 しかしP2は肘を身体の外側に90度以上曲げ、更に手の甲を下に向けるという考えられない異常な腕の角度から、側面の未来に打ち込みを喰らわせたのである。
 未来の反応も常軌を逸した鋭さで、反射的に攻撃と同じ方向へ跳んで衝撃を殺していた。
「よくかわした。だが、お互いただの人間ではあるまい?既成概念は捨てるのだな」
 不意打ちから最小限のダメージで身を守った未来に、P2が賞賛混じりで言い放つ。
「くっそ……こっちがやっと痙攣発作が治まったってのに、やっぱ厳しいや」
『骨や内臓に異常はないようだな。肉体の傷に関して遠隔でできる限りの対処はするから、何かあったらすぐに教えろよ』
「了解。それを聞いてちょっと安心したよ」
 生沢はスーツ内蔵のメディカルチェッカーの数値全てを確認してくれたのだろう。未来はなるべく脇腹に残る鈍痛を意識しないようにして頷くと、目を細めてP2を睨んだ。
 今回の出撃では未来の体内に大量のスパイダーを注射で体内に投入し、負傷しても止血程度の処置がすぐできるようになっている。
 また、スーツの中には痛みによるショック症状用として、モルヒネの注入装置も備わっていた。できれば世話になりたくはないが、P2の息の根を止めるのが目的のこの戦闘で、そう甘いことも言っていられないだろう。
『しかし、P2には芸の細かい改造が加えられていますね。まさか全身がそうなっているとは思えないですが……』
「それはないでしょ。戦いながら確かめればいいよ!」
 リューが言うが早いか、未来は呼吸が落ち着くや否や走り出した。
 彼女の耳には、表情こそは動いていないものの、P2の左脚が痙攣発作に足が震えている軋んだ音が届いている。発作が発生する周期が不明のため、今が大ダメージを与えるチャンスかも知れない。
『どうした?もう発作は治まってるはずなのに!』
 杉田医師の嘆くような声が、耳元のスピーカーから響いてくる。
「作戦だよ。いいから、黙って見てて!」
 脳機器のプログラム不具合を治した本人である杉田を諌めた未来は、痙攣発作があったときそのままの走り方をしていたのだ。視点カメラの映像が不安定に揺れ、やや左に傾いていることで杉田も気づいたのである。
 仕掛けてきた未来に対して、P2も動いた。彼も敵の移動する方向に合わせて、側面に回られないよう弧を描くように身体を滑らせていく。二人のサイボーグ戦士は中庭の中央から次第に端へ寄っていき、秋の穏やかな陽光が校舎の壁にその影の端を届かせている。その間も、左脚から上がる小刻みな金属の振動音は変わっていない。
 杉田や生沢たちに詳しくは教えていなかったが、痙攣発作にはある特徴があった。小刻みに脚が震えるときは、必ず一度は膝が大きく跳ね上がるときがある。未来はその時を待つために、敢えて発作がまだあるように動いてP2の油断を誘っているのだ。
 お互い左脚が上手く使えないとなれば、自然と攻撃は弱点たる左半身へと集中することとなる。
 未来はバヨネットが届くぎりぎりの距離から、P2の首へ刺突を繰り出した。ぎらつく刃が黒い金属に覆われた喉へ迫るが、彼は難なく刃先にナイフを合わせて打ち下ろした。
 しかし未来はそのまま勢いを緩めず、下へ向かう衝撃を利用して胴を狙った突きへと変化させた。打ち下ろしたことが災いし、バヨネットがP2の脇腹へ刃を擦らせる。先に脇腹に一撃を喰らわされたお返しだった。
 普通ならば、バヨネットから身を遠ざけようとして身を引くだろう。
 が、あろうことか、P2は更に一歩踏み込んできた。
 逆に驚いた未来が判断に迷い、力加減をコントロールできなかった一瞬のうちに、彼は銃身を左脇にがっちりと挟み込んだ。
「なっ……!」
 大きな瞳を見開いた未来は、足を踏ん張ってその場に留まったP2に抑え込まれる格好となる。バヨネットを抱えた彼女の両腕は瞬時にほどけず、身動きが取れない。
 青いヘルメットに覆われた小さな頭に、巨大な高周波振動ナイフの一撃が無慈悲に襲いかかる。
 その刃が空を斬ったと気づくのに、やはりP2も一瞬の時間を要した。
 敵の女サイボーグが彼の腕に組みつき、全体重を預けてぶら下がったのだ。思いもよらない重量に、身体のバランスが崩れる。
 未来は身体を宙に浮かせた体勢で身体を丸め、渾身の力を込めた両足蹴りをP2の腹へ放った。
 鈍く、硬質の半身を打ち据える打撃音が響く。凄まじいまでの衝撃は、P2の僅かな内臓にまで及んでいた。これにはたまらず、息を詰まらせてバヨネットを捕らえた腕が緩む。
 すかさずバヨネットをもぎ取った未来は一度地面を蹴り、更にまだしがみついたままでいたP2の腕を軸として身体を振り上げた。しなやかな肢体が鉄棒を演じる体操選手のように回転し、P2の背中へと飛び上がる。
 更に黒く広い背中へ蹴りを入れて踏み台代わりにした未来は、勢いをつけて地面に飛び込み敵から離れた。
「くっ……」
 P2が呻いて、未来の方を振り返る。
 受け身を取って跳ね起きた未来の耳には、もう金属の軋みが聞こえてこない。
 あのままバヨネットを奪い取られるか破壊されているかすれば、勝負の行方は明らかだった。危険から脱出した未来の素肌に、今更のように冷や汗がどっと湧いてくる。
 とっさに思いついた逃れ方に救われたが、僅かに顔の左半面をしかめているP2の様子から、思ったよりもダメージが大きいことが見て取れた。もしかすると、内側への衝撃を受け慣れていないのではないのか。
 ならば刺突は最後のとどめとして残しておき、打撃主体の攻撃に切り替えるべきだ。
 新たな活路を見出した未来は、もう一度P2目掛けて突っ込んでいった。
 発作は治まったらしい今は、P2を欺くために遠慮する必要がない。これからいくらでも、新しい戦い方を見つけていけば勝てる気さえする。
 彼女は携えたバヨネットを斜めに構えてP2の前に躍り出た。
 刹那。
 二人の間に白い閃光の谷間が現れ、爆発音を辺りに撒き散らした。

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