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Novel Birguコミュの『HOLE IN YOUR SOCKS』

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会坂はそれでも、あの丘の公園にいるに違いなかった。
ぼくの学校から公園までの最短距離は把握している。迷うことなくそのルートを歩き始めた。
カレンダーを見る限り季節は完全に冬なのだが、コート無しで外を闊歩しても苦痛には感じない。最近の温暖化のせいなのか、一年中、気候に落ち着きが見られないような気がする。「温暖化」などという壮大かつアカデミックな概念がこうして実感できる形で自分の身の回りに存在することに、少しぼくは苦笑いを浮かべた。
それでも時折、思い出したように、信じられないほど冷たい風が吹き抜ける。遠く、野犬の遠吠えが聞こえる。もっと遠くには何者か分からない、不吉な鳥の鳴き声のようなものも聞こえる。ぼくは歩を進める。
学校前の大通りをまっすぐ西に行き、三つ目の信号で南に折れる。そしてしばらく歩くと、公園までのくねくねとした車道へと続く丘のふもとが見えてくる。学校周辺で誰かにその公園までの道順を尋ねられても、即座に適切な答えを用意することが僕にはできた。何しろ信号の数まで覚えているのだ。そしていまぼくの目の前に迫ってきたのが、左折すべき三つ目の信号だ。
セオリーどおり左折し路地に入ると、そこは思い思いの一戸建てが並ぶ住宅街。これも見慣れた光景だ。何の感慨もない。見慣れすぎた光景なのだ。ぼくの家は学校の反対側のほうにあるのだけれど、だがここは田舎だ。田舎の人間ほど、自分の地元の面積は広い。自宅から自転車に乗って十分くらいのこの住宅街も、いわばぼくの住宅街なのだ。この辺りのことは、まあ当然全員と面識があるわけではないものの、理解している。そう言い切れてしまうところに田舎者の含羞が孕んでいるのも事実だが、それでも、やはり見慣れすぎた光景なのだ。道路も、家も、すべてが。
と、その瞬間、この見慣れた光景にあってはならない異物が目に飛び込んできた。空からゆっくりと落下する緑の物体。周囲に気など払わない、落ちることにしか興味がない、といった様子で、ただ落下する。ぼくは足を止めた。そしていつの間にか謎の緑の物体に見入っていた。ぼくの視界がキャンバスだとしたら、遠景には公園がある丘。そこに無数に群生している木々に、まったく溶け込まない人工的な緑がぼくの目の前に落ちてきている。ただそれだけの画だ。深遠な暗喩やテーマなどない。ただ落ちる緑の物体。しかし私はこの画から目が離せなかった。落ちる、落ちる。ゆっくりと。そして、音を立てずにアスファルトに着地する。

しぼんだ風船だった。

無意識にぼくはその緑の風船を拾い上げ、左手で握り締めた。自らの爪が手のひらに食い込むほどに強く。するといつの間にか腰が砕けるようにその場にうずくまり、ぼくは今まで見たこともないほどの涙を流した。道路の真ん中で、手のひらの中の風船がかつて落ちることに専念していたように、私はただ泣くだけの生き物になっていた。嗚咽すら漏らしていた。どうしても涙が、止まらなかった。


と、そこで目が醒めた。窓の外からはチュンチュンというスズメのあいさつ、階下からはママの、「早く起きないと遅刻よー」という、台詞の中身の割には楽しそうな声が聞こえる。カーテンを開けると澄み切った空の、目が痛くなるくらいの青。
なんだ、全部夢だったのか。会坂とかいうやつも、天下一武道祭りも、そして駱駝も。変な、そして長い夢だったな。おっと、こうしてはいられない。遅刻しちゃう。ぼくは大急ぎでパジャマを脱ぎ捨て、制服のシャツを羽織った。


ということには当然ならず、実際のぼくは住宅街の路地に降ってきた風船を握り締めて泣いた後、ぼくは何をやっているのだろうか、と我に返り、風船を地面に叩きつけて、小汚ねえ、と踏みつけ、会坂のいる場所を目指した。天下一武道祭りの前にあいつをぶち殺してやるためだ。四年前の第一回の祭りの時も、俺は事前に、一番の強敵と思われた会坂の寝込みを襲い、鉄パイプで右足を叩き割ってやった。それであいつは結局欠場、ぼくは優勝を勝ち取ったのだ。今回はそんな生易しいことで茶を濁すわけにはいかない。あいつも成長しているかもしれないからだ。反撃を食らう懼れもある。だから今日は頭の悪い精神科医の家から散弾銃をかっぱらってきた。そう、馬場医師だ。あのマッド・サイキアトリストは、普段はまともな顔をしているのに、たまにぼくを自宅に招き、趣味で蒐集している武器などを見せびらかすのだ。仮にも精神科の患者の身であるぼくにそんなことをするなんて、やはり相当狂っていやがる。馬場医師の蒐集は細菌兵器にまで及び、たまに自分の息子を使って人体実験までしているというのだから大した親だ。さっきかわいそうな実験台が学校から運ばれていっていた。今日は何の薬だったのだろうか。ぼくのパクってきたこの散弾銃も、散々改造が施されており、一度ウサギを撃った時には跡形もなく木っ端微塵になった、と馬場医師は言っていた。ぼくはこれで会坂の頭蓋骨を吹き飛ばしてやるのだ。となればあいつは欠場、またぼくの優勝と言うことになる。首の無い会坂が出てきてもそれはそれで面白いがな、とぼくは一人笑った。
笑いながら歩いていると、腐りかけた木造の中華料理屋に放火しようとしている乞食を見つけた。中華料理屋はとっくの昔に潰れていて、時間帯か、周りには誰もいない。つまりはぼくしか見ていない。ぼくは声を掛けた。
「おい乞食、楽しく放火か。ご苦労なことだな。警察に行くか?」
乞食は異常なまでに驚いてこっちに振り返った。がたがた震えてもいやがる。見苦しい。
「いや、違うんです。ちょっと良い、あの、タバコが落ちてて、あの、それに火を付けようとしてただけで、あの、放火とかでは、全然」
「嘘をつけ。貴様がいまこの中華料理屋に火を付けようとしているところを見たぞ。ぼくはこの目で。ぼくの目が狂っているとでも言うのか、乞食」
「いや、そういうわけでは……。でも本当に」
「うるせえ」
ぼくは乞食の腹を蹴り上げた。うっ、という音とともに乞食は後ろに吹っ飛び、中華料理屋のシャッターにぶつかった。腹を抱えてうずくまっている。ふとその店の看板に目をやると、「ドラゴン」という店名が見える。猛烈な怒りがぼくを襲った。
「くだらねえ駄洒落を言いやがって」
ぼくは乞食が伸びて全く動かなくなっても蹴り続けた。腹、頭、太股。場所を変えて全身が使い物にならなくなるように。乞食は「助けてください! 助けてください!」と何度もぼくに懇願してきたが、そんなものは無視。むしろぼくの怒りを増長させすらした。その声も頻度もだんだん頼りなくなり、ついには諦めたようにその場に伸びたのだった。
蹴った回数も時間も計っていなかったのだが、それでもさすがに疲れてきた。こいつももう死んだかもしれない。しかしまだぼくの怒りは収まらない。バッグの中から散弾銃を取り出し、こんなやつに使うのはもったいないかもしれない、とは思ったものの、乞食の頭頂部に狙いを定めた。完全に消し去ってやるためだ。その時。

「ちょっと何してるの。やめなよ、和泉くん」
鹿野さんの声が後ろから聞こえた。何故こんなところにいるんだ? 自宅がこのあたりなのか? いや、そうじゃないはずだ。まあでもそんなことはどうでもいい。ぼくはいま、この乞食を消し去る、という欲望に素直に行動しているだけだ。鹿野さんなど関係ない。さらに散弾銃の照準を合わせる。
「ちょっとやめなったら。危ないよ。死んじゃうよ、この人」
「うるせえ! お前のそのホクロもこれでぶっ飛ばしてやろうか! 失せろ!」
うっとうしくなったぼくは鹿野さんにその照準を変え、怒鳴った。
でも本当に彼女を撃ったりはしない。彼女もまたぼくの欲望の対象だからだ。簡単に死なれては困る。
鹿野さんは両手の人差し指の第二関節を自分の目に沿わせて「ふに〜」と言い、かかとが太股に付くほどに足を蹴上げながら走り去っていった。

照準を乞食に戻す。そしてぼくはトリガーを引く。耳をつんざく発砲音。


ぼくの姿がだんだんとロングショットに切り替わっていく。だんだん小さくなるぼくの姿。こんなところからも撮影していたのか。静かな街並みが丘の上から見下ろされ、ぼくの大きさが米粒ほどまでになる。そしてカメラの前を変な鳥が横断する。そこでエンドロール。

明るくなった映画館で一人、私は呆然としていた。これほど酷い映画を観たのは初めてだった。大体オムニバス映画というのは、各々の監督が、例えば同一テーマで短編を撮り、それを一本の映画にするものじゃないのか。シーンごとに違う監督が撮る、などというのは、まああるのかも知れないが、しかしどう見てもこれは失敗作である。特にラストシーンが酷すぎる。私は極めて残念な思いに駆られながら映画館を出た。


ということにも、言うまでもないが、ならず、実際のぼくは乞食を血の海にした後、ちょっとやりすぎちゃったかな、と反省し、死体に手を合わせて「ごめん!」と言い、あ、そうだ、と緑色の風船のところまで駆け戻って再び左手で拾い上げ、握り締め、とにかく会坂のもとへ急ごう、と公園へと続く車道を早歩きで登っていると、再び駱駝に出くわした。駱駝。で、また長々とした独白。
「いやー、しばらく見させてもらってましたが、凄いですね。ここまでいくと。あっぱれと言いたい。人はここまで強欲になれるものなのですね。いや、凄い。どんだけ全部欲しいんだよ! って感じです。さっきの乞食の人の惨殺も凄かったですよ。『死に至る病』を書いたのはキルケゴールですが、『死に至る暴力』を行使していた貴方はさしずめ、蹴るケゴール、といったところでしょうか。なんつって。はははは。いやはや失敬。とにかく、貴方が欲望の塊である、ということだけは嫌になるほど分かりました。手を変え品を変え、全ての自分の欲望を満足させる。その意気というか、努力と言っていいほどの熱心ぶりには感服させられましたよ。でもね。なかなかそう上手くもいかないんですよ。二兎を追うもの一兎も得ず、なんて言うでしょう。追う兎が増えれば増えるほど、得られる兎も減るんです。どこかで均衡が崩れるんです。皮肉なものですよね。要は、結局、貴方、和泉さんは、何物も得られないのです。何者にもなり得ないのです。もし何かを得たと思っているならば、それは幻想です。思い込みです。もう一度言うと、貴方は何も得られない。具体事例を挙げるとするならば、貴方は今から会坂さんという人を殺しに行くんでしょう? 見事に返り討ちにあって貴方、殺されますよ。私には分かるんです。無残なデッド・エンドですよ。後味悪いですよ。でも貴方はここで引き返すことはできない。欲望に憑り付かれているからです。残念ですね。ただね、教えてあげます。一つだけあるんですよ、方法が。それを選びますか?」


   エピローグ

丘を下りたぼくは、その翌日、高校を辞め、自衛隊に入隊した。折りしも国会では石原慎太郎政権が発足、早速の憲法改正、新たな日朝戦争が始まろうとしていた。
日本海に浮かぶ空母の上で、ぼくは攻撃の支度をしている。同僚がぼくに声を掛ける。
「おい和泉、次の攻撃はハードだぞ。心の準備はできたのか」
「大丈夫です。ぼくは爆撃機のパイロットです。ぼくの勝算は五分五分で、そんなことは承知しています。百パーセント勝とうなんて、それは強欲というものです」
同僚はぼくの肩を二度叩いて去っていった。
準備は万端だ。靴下にも穴一つ開いていない。大丈夫、何も問題ない。これで良かったのだ。間違ってはいなかったのだ。
ぼくは空を見上げて伸びをする。いい天気だ、と思った。
そう、その時のぼくは、自分の背後に果てしなく巨大な暗雲が立ち込めていることに気付いていないのだった。



コメント(5)

完結したね。いやめでたい。似非報国少年はこうやって出来る、という話だったわけだな。和泉くんはこの後確実に死にますね。それにしてもあそこで逃げる鹿野さんはヒロインにあるまじき背信行為を・・・。
鳥が最終話の端々で出てくるのですが、これは秘密結社の象徴アプラクサスとか鳥類の王ラプラプみたいで、こういった鳥が出てくる話は常に不吉な予感が立ち込めています。そしてその小説が書かれたことと前後するように実際の世界でもヨーロッパ戦争とか第二次大戦とかがとんでもない悲劇が起こります。
僕は今非常にビビッてます。これは偶然か、、、、しんたろ、、、、

 馬場先生はやっぱりヤブ医者でしたね。
 馬場君の身には一体何が起こったのか、、、、
 
 
ちなみに皆さんの文章で僕がガチンコで気に入ったところ、



・中2らしい応酬をしながら和泉はジョーカーを切るタイミングを見計らってい る。

・オイオイおいおい、ちょっと待ってくれよ〜。君、ひょっとして本当は
 弱い? さっきの拳の風圧でビビちゃったぁ?

・地面に垂れた血と吐瀉物をカーペット

・いい気分でしょう。満喫しているのではないですか?

・「早く起きないと遅刻よー」という、台詞の中身の割には楽しそうな声



ここ線引いとこう
あああ
漢30にして心萌ゆ
今度みんなで平野綾さんの公開ラジオみにいきませんか・・・・?

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