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Novel Birguコミュの『明るい場所に僕を匿ってくれるセニョリータ』

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川の中州にある平和記念公園に入るとそこは綺麗に整備され、その名の通り平和そのものといった風景が眼前に広がっていた。中心に位置する原爆死没者慰霊碑の白い砂利の水面に浮かんでいるようなその姿はある種の神々しさを周囲に与えている。家型の埴輪を通して彼方に見えるドームをリクさんと並んで見ていると、後ろからシャッターの音が聞こえた。振り返るとツアー客だろうか、いつの間にか大勢の人間に囲まれていた。あまりの人の多さに眩暈がし、慰霊碑から真直ぐ伸びる白い路を進み資料館へと向かう。
 資料館の中に入ると、そこはたくさんの死が溢れていた。焼け爛れた人の顔、黒く変色し際限なく伸びる爪。もののように高く積み上げられた人の体。その一つ一つを見ながら僕らは歩いていった。確かに僕はこの光景に怒りや悲しみを覚えるが今日の夜にはまた魘されることも無く静かに安らかに眠ることが出来るだろう。これは、僕に想像力が欠如しているからなのか、それとも父や母、姉、また祖母の死に目に会えず、死のもたらす永続性を理解していないからだろうか。
 資料館・本館を抜け東館に入り、広島市長が各国へ送った核実験に対する抗議文のちょうどロシアのエリツィン大統領に送った文章を読んでいるとホンくんに腕を引かれ、先に外に出ていたリクさんを追って外に出た。
 外に出るとちょうど時刻は3時過ぎくらいで、外は今日一番の暑さに覆われていた。暑さに観光客や散歩中の人たちは木陰や屋内に避難し、慰霊碑に向かう路に人影は疎らだった。その人影の疎らの路をリクさんはどんどん先に進み、慰霊碑を一瞥し、何事かつぶやくとそのまま公園の外に向かい歩き出した。そのリクさんに追いつき声を掛けると彼女は英語で話し始めた、が僕は殆ど聞き取りが出来ず、情けない顔で隣の佐伯さんを振り返る。佐伯さんが通訳をしてくれた。
「今日はありがとう。おかげでおじいさんの供養をすることができた。
おじいさんは戦争に行き、日本人を殺した。アメリカに帰国した後、故郷の広島のことを聞き、同郷人を殺した自分は二度と故郷には戻れないし、日本人でもなくなったと悟った。だけど戦争に行く前、迫害を受け、自分はアメリカ人になれないとことも知っていた。それからお祖父さんは自分の居場所を失った。
私は、今日お祖父さんからの謝罪の言葉を慰霊碑に伝えた。それがお祖父さんの最後のお願いだったから。
さっき公園を歩きながら考えたんだけど。お祖父さんは自分は日本人でなくなったと考えていたようだけど、お祖父さんは結局最初から最後までずっと日本人でしかなかったと思う。戦争が終わって60年近く経ち、それでも故郷のことをずっと忘れず、私に想いを託し、この学生服を私にくれたんだと。
お祖父さんの想いは分かる気がする、でも自分にとって本当に大切な場所から離れて、その想いも言葉に出来ないような生き方を私はしたくない。それにここは、お祖父さんが知っていた、思い描いていた場所ではないと思う。もう私とは関係の無い、ただの公園だと思う。私はわたしにとって大切な場所に戻りたい。」
 佐伯さんが話し終わると、まだアジをしている街宣車の隣まで来ていた。すると、リクさんは突然着ていた学生服を街宣車に向かって投げつけ駐車場に向かって走り出した。僕らも慌てて後を追い、振り返ると唖然とした人々の顔が見えた。

 駐車場に着くと、先に来ていた輝奈の不満顔を放って急いで車に乗り込みすぐに車を走らせた。するとすぐに輝奈の険悪な声が降って来た。
「これは一体どういうことかしら。いきなり無理やり車に乗せて。それに大体、どれだけ待たせれば気が済むの。論くんは私が待っているかも、って想像することもできないの?馬鹿。大体もう5時、5時よ。私、宮島に行きたかったのに。もう今日は近くで一泊して明日行かせて貰いますからね。いいわね。」
その後、輝奈の罵声と宮島の薀蓄を延々と聞かされ何とか19時前に宮島口に到着した。
 
その夜、ホテルに残るというリクさんを残して僕は佐伯さんと二人で夜の街に繰り出した。
「明日は宮島だね。チェックイン前にチラッと見たけど海に浮かぶ鳥居って結構幻想的だよね。」
飲みだして2軒目の居酒屋で、まだまだアルコールが足りず、あまり会話も弾まず、ご当地名酒にも飽き飽きしていた僕はのっけからワイルドターキーをストレートで注文し、牡蠣のソテーを肴に手っ取り早く酔っ払ってしまおうとしていた。動もすると滞りがちな会話の中、妙に神妙な面持ちで佐伯さんが突然語りだした。
「明日、私宮島に行かないでここら辺で遊んでてもいいかな?」
「何で?船酔いが怖い?」
「うーん、そういう訳じゃないけど・・・」
「論くんってさぁ、神様っていると思う?」
「うーん、どうだろう?あまり考えたことないなぁ。」
お酒の足りない時はこんな質問にも僕は答えることができない。いそいそと5杯目のストレートを注文する。
「私はいないと思う。
私の実家って宮島で神主してるの。地元では結構有名な名家でね。元々の始まりは平安時代まで遡るんだけど。歴史で習ったでしょ?平清盛が厳島の神社を再建して海に浮かぶ鳥居を作って、って話。その時あまりぱっとしない厳島神社の神主だった佐伯氏も出世して有力な一族になったの。その後、平氏が滅んで鎌倉時代に入っても上手いこと政変乗り越えてずっと神主を世襲してたんだけど承久の乱の時に下手打ってその地位を失ったのね。でも、戦国時代に上手いこと新しく神主やってた藤原氏が没落して、また佐伯氏が神主をすることになって、それ以来ずっと厳島神社を護ってるの。」
こうまくし立てる佐伯さんを改めて見ると、不自然だと思ってたおかっぱも旧家のお嬢さんらしい気がして似合って見えるから不思議なものだ。
「うちの家って、もうずっと前のことなのに、未だに神主の座を失った時のこと忘れないで自分の家を護ることに固執してるの。私はそんな家が大嫌いで、そこから抜け出したくて仕方なかった。一度なんかそのために神社の境内をお百度参りしたんだから。
ふふっ、可笑しいでしょ?神様から離れるために神頼みするなんて。当然だけど何も起きなくて、でもさ、考えたらこんなに真剣に神様を嫌悪したら当然罰が下ってもいい筈だし、逆に神様がいらっしゃってお心が本当に広いなら願いを聞き届けてくれてもいいじゃない?でも何も無かった。
それからかな、本当に神様のことを信じなくなったのも。結局神様って、人間が自分たちに都合よく創った言葉でしかないんだって気づいたの。それで、そんな物のために必死になってる家族がさらに哀れになって、そんな所にいる自分がまた可哀想になって、家出同然に京都へ出て行ったんだ。」
「それで、実家のある宮島には近づきたくないと。
最初の質問だけど、例え、ただの言葉だとしても、概念としてでも言葉で神を表せるなら、それは言葉が神の役割を担っているわけで、やっぱり神は存在することになるんじゃない?」
「言葉はただの言葉でしかないと思うよ。あれはただのコミュニケーションツールだもの。そう思うから、私は語学を必死に勉強してるんだし。まっ、いいわ、とにかく私は宮島には行かないから。」
 そう宣言すると彼女は、持っていたグラスを飲み干し、小賢しい話に終わりを着けた。

 店を出て、今は暗闇で見ることの出来ない宮島の鳥居の方を眺めながら海沿いを佐伯さんと並んで歩いていると、また、佐伯さんが話し始めた。
「そうそう、最後に一つ意地悪しよ。今日散々輝奈ちゃんには苛められたから。
あの娘、妙に勘が良いって言うか、他人が触れてほしくない所をズバっと突くところあるね。今日の車の中、宮島の話延々としたの、私が内心ドキっとしてたの知ってるからだよ。何か他人の心が読めるみたい。まっ、とにかく大分嫌がらせ受けたから私も少し意地悪して輝奈ちゃんの秘密教えてあげる。
 論くんは覚えてないみたいだけど、淡路島と下関って、論くんと失踪した輝奈ちゃんのお姉さんと、交通事故に関係あるみたいだよ。倉敷で車降りたとき、輝奈ちゃんが『本当に忘れてるんだ、事故のことも下関も淡路島も全部・・・』って呟いたのが聞こえたの。私に聞かれたの知ったらすごく焦って、忘れてって言ってたけど。」
「うーん、何だろう?」
「明日は、輝奈ちゃんとふたりで宮島回るように段取りしてあげるからその時聞いてみたら。」

 翌日、僕は輝奈と二人で宮島のフェリー発着場に降り立った

コメント(1)

終了です。
次はしめじ先生お願いします。
お題は マラソン 裁判所 甲冑でお願いします。

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