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日本基督教団・魔女発信コミュの就任式は喰いもん!

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就任式のオンパレードの季節です。
わたしの地区でも、3教会が就任式。
ひとつは、6月21日に開催されたY教会。
ここは、わたしが以前通っていた教会だ。
クリスマスやイースターの愛餐会の料理にかけては、命がけで準備がなされる。
この教会で行われた就任式の思い出は、苦いものがある。
いつもに倍かけて、計画と準備がなされた。担当は○○会という、実質教会婦人会だ。
寿司だの、ケーキだの、サンドイッチに果物、ゼリーに・・忘れたけど、ありとあらゆるレシピが並んだ。
わたしは、どういう訳か、だだ一人の女性役員だったばかりに、この会の会長をさせられるハメになっていた。しかし、名目ばかりで、わたしは一切関わらなく、するに任せていた。
この時は、いつもの食事作りよりも加熱し、準備段階からゴタゴタと内紛。
おにぎりにするか巻寿司にするか、生け花かフラワーアレンジか、みたいなことで、延々とやり合っていた。
どんどん加熱していって、極めつけは、お土産に紅白饅頭を持たせる!と言い出す始末。
こればかりは、待ったをかけたね。しかし、赤飯やマンジュウは神道的だからよせ、等々言ってもひるまない。
「紅白饅頭がダメなら、朝早くから赤飯を蒸す!」だと。
国防婦人会さながらだった。

今回、都合でわたしはこのY教会の就任式には行けなかったのだが、赤飯のおにぎりや寿司、複数のケーキ、仕上げのメロン…などなど、が出されたみたい。
もてなしに命かけてるオバハンたちがいるからね。

しかし、困ったことに、Y教会の就任式に触発されて、次に就任式を迎える教会の役員さんが、寿司だの、果物だのと騒いでるらしい。
ほへ〜!相変わらず、Yの馬鹿騒ぎは迷惑を被らせているね。
お茶とお菓子だけでいいのに…。
結局、女性陣が気を使うよね。男性役員が飯炊きする訳じゃないし。
どっかで切らなきゃいけないんだけどなー。

九州教区は、春期は教区総会で、秋期はキリスト教会館で行ってきた按手礼式を、当該教会でするという三役の案に、わたしは常置委員会で最後まで反対したんだ。忌々しい。
就任式でさえ、こんな騒ぎなのに、教会で按手礼式をした日にゃ、どんな騒動になるか・・・考えるだけでオソロシイ。

友だちの教会の就任式はどんなもんだったかと、聞いてみた。
「S教会の就任式の時は、礼拝から出席した人たち用には、カレーだった。
就任式は、紅茶・コーヒーとケーキ。ゼリーもあったかな。
大抵そんなもん。Y教会のオバハンたち、さぞお疲れさん!」だと。

コメント(3)

なぜ、牧師の就任式には、豪勢なお料理の準備があるのに、
信徒の転入会式では、ないのでしょうか。

素朴な疑問。
 そういえば、某教会に転会したとき、ペンテコステに転入会者を歓迎する茶話会が催されました。いくつかの教会に転会させてもらいましたが、転会式があった所(誓約も)、週報に報告だけの所、色々でしたね。その都度「ふ〜ん」って感じ。

 牧師の就任は、信徒の転入より「目出度い」んだね、多分。就任式の後の会って、「披露宴」っぽい?豪華な料理やケーキを用意し、就任式の間、生け花やアレンジの出来栄えをチェック?してるけれど、信徒も誓約するんだよね。

 




















 
Yu.さん、チャイさん、
 万人司祭制を採用しているプロテスタント教会で牧師と信徒の扱いが異なるのは理論上まずいことですよね:

宗教改革(ドイツ)

近代初頭西方キリスト教会に起こった反カトリックの宗教運動。この運動の結果プロテスタント教会が確立され、ルネサンスとともにヨーロッパの近代を開いたという歴史的意義をもつ。1517年ドイツに始まり、スイス・フランス・ネーデルラント・イギリス・デンマーク・ノルウェー・スウェーデンに波及した。この運動の先駆的運動は中世末期の諸国に異端運動としてすでにあらわれていた。イギリスのウィクリフやボヘミアのフスがそれである。


ドイツにおける宗教改革

 ドイツはローマ教会による収奪の的となっていた事情から反カトリック的気運が強く、1517年ルターが贖宥状販売を批判した『九十五カ条の論題』を発表するとたちまち、全国民的反響を呼び、多くの領邦諸侯も政治的経済的利害からそれを支持した。ルターは19年にライプツィヒ討論で教皇および公会議の権力を否定し、20年には『キリスト者の自由』等を発表して改革の理念を表明した。ついで教皇の破門威嚇勅書を公衆の面前で焼却し21年彼をヴォルムスの国家に召喚し所説の撤回を求めたカール5世の要求を拒否して不退転の態度を示した。彼の根本思想は「信仰によってのみ義とされる」とする信仰の徹底的内面化と、聖書のみを唯一至高の権威とする立場、それから帰結される万人司祭制であった。ルターが聖書の独訳を完成したのも、民衆がみずから聖書を読めるようにするためであった。しかし当時のドイツの政治的・社会的情勢は彼の改革運動と絡んで22-23年の騎士戦争や24-25年のドイツ農民戦争を激発させることになり、その鎮圧後、改革運動は国民的基盤を喪失し、カトリック派の皇帝・諸侯と改革派の諸侯・帝国都市の政治的抗争としてのみ展開された。改革派は皇帝の圧迫に対して抗議し、30年にシュマルカルデン同盟を結成し、46-47年のシュマルカルデン戦争を経て、55年のアウグスブルク宗教和議で皇帝にルター派を容認させた。しかし、これは個人の信仰の自由を認めたものではなく、宗派の選択権を諸侯たちに認めたにすぎなかった。


 宗教改革が文化、政治に及ぼした影響ははかりしれないほど深いものがある。古い教会がもっていた道徳、経済に対する権力を壊し、国家建設のプロセスを援護したといってよいだろう。 

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