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サンフランシスコ講和条約第11条コミュの【第11条を否定する日本国内の試み】

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近年、日本国内では慰安婦問題における軍関与・強制を否定したり、南京における虐殺を否定するなど、サンフランシスコ講和条約第11条を否定する試みが活発化しています。特に慰安婦問題においては「連合国と日本との間で1951年に締結された平和条約(サンフランシスコ講和条約)の第11条に安倍政権が反しているのではないかという潜在的に極めて重要な疑念が生じる(アメリカ議会調査局レポート)」とされるなど反発が高まり、各国で慰安婦決議が採択される事態になっています。

コメント(68)

>第二次大戦以降、世界がどれだけ進歩しましたか? みんな口先だけの非難はしても、結局は力関係ではありませんか。 ベトナム反戦運動の結果、どうなりましたか?

「戦争の違法化」を推進する原動力になりました。
歴史的にみてまだ新しい戦争観ですから、実際に効力を発揮するのは遠い将来でしょうが、いまはその道程にあります。

>中国が戦争で受けた被害は分かりますが、韓国・朝鮮がどんな被害を受けたのですか?
徴用という名の強制的労働力徴発、金属などの物根こそぎ徴発、慰安婦、徴兵など数え切れない被害を受けました。

>「他国の植民地支配を受けたことがなく」というのは何を根拠としておられるのですか?

失礼、西洋式の近代的植民地支配というべきでした。
征服されたことはあるし、属国となったこともありますね。

>今まで蔑視していたその野蛮人に、反対に支配された屈辱感こそが、「特別な感情のもつれ」ではないのですか? 彼らが日本人を蔑視することは、正しいことなのですか?

あなたは日本書紀を読んだことがないのですか?
橋本左内などの著作を読んだことは?
そこでは中国が蔑視されています。
対等に蔑視しあっているのですよ。

>日本は米英ソと同盟を組んでいた中華民国に降伏したのであって、その後成立した中華人民共和国に降伏したのではありません。

中華人民共和国は中華民国の版図と人民の支配権を継承したのです。
そんなことを言ったら北方領土だって日本に割譲したのはロマノフ王朝ロシアなのだから、実効支配している現在のロシア政府が交渉に応じる必要はないという理屈になりかねません。

>韓国は、単なるオブザーバです。発言権はありませんでした。

「特別の地位が与えられていた」と述べているだけです。

第二十五条【連合国の定義】
 この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。
第二十一条【中国と朝鮮の受益権】
 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。

>今だに中華柵封体制のシッポを引きずった前近代的な人々と、「真の和解」など困難です。 中華柵封体制においては、上下の関係しか存在しないので、関係は常に相手を屈服させるか、自分が屈服するかの二通りしかなく、対等な関係など樹立できないのです。 それを良いとか悪いとか言っているのではありません。 彼らがそういう人々だと知った上で、お付き合いのしかたを考えなければいけない、と思うだけです。

どんな国も力と機会さえあればそういう傾向を有することは認めます。
かつての日本が中国に対してそういう態度でしたしね。
それは中国特有の傾向であるというのが、偏見だと言うのです。

日中平和条約は対等、平等、互恵の立場が明記されていますよ。

第一条
1   両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
2 両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。

第二条
 両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する。

第三条
 両締約国は、善隣友好の精神に基づき、かつ、平等及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い、両国間の経済関係及び文化関係の一層の発展並びに両国民の交流の促進のために努力する。
>以上のとおりです。

「今後締結するすべての条約及び…取極」ですよね。 つまり具体的施策についてのみ、受け入れることを約束したのであり、その理由は「日本が負けたから」であって、「連合国の正当性を認めたから」ではないのは明らかです。

>慰安婦問題は日本が犯した明白な人道的戦争犯罪であり、証拠は圧倒的です

いいえ、その認識は誤りです。 まず外国人に対する戦争犯罪と、自国民に対sる人権侵害に分けて考えましょう。 

オランダ人女性などに対する前者の戦争犯罪については、戦後の戦犯裁判で裁かれていますから、かなりの部分まで明らかになっています。 そして戦犯の処罰や、戦後日本政府からオランダ政府に支払った見舞金などにより、決着が着いています。 ですからオランダ人元慰安婦などが今さら米議会などで証言し、日本非難決議を行うのは、その決着を認めないというものであり、日本とオランダの友好関係を損なうものです。

朝鮮人などに対する後者の人権侵害については、自国民に対するものだから、戦争犯罪ではありませんよね 実際には安倍前首相が明言したように「狭義の強制」を示す証拠などありません。 

詐欺や誘拐・人身売買などは民間の悪質業者が行ったことであり、日本政府や軍はそれに頭を痛めて取り締まっていました。 その努力が完全な成果を挙げられなかったとしても、それは現在でも行われている人身売買や強制売春を根絶できないのと同様です。 

悪質業者は次から次へと取締りの目を逃れる犯罪手段を考え出すので、性売買に対する需要がある限り、そうした犯罪を根絶するのは困難でしょう。 売春そのものが当時合法であった以上、問題は慰安婦の稼いだ金銭が、敗戦時に軍票が無価値となったとか、慰安所経営者が持ち逃げしたとか、郵便貯金が払い戻せなかったとかの経済的・民事上の問題です。 それについても、日本と韓国との間では日韓請求権協定で決着済みです。

>サンフランシスコ講和条約の背景にある歴史観
あなたは「条文に書いたことが全て」とおっしゃいませんでしたか? そのようにあいまいな「背景」などは条文に書いてありませんよ。

>侵略国であったことを認めて講和条約に調印した実績があるから国連にも加盟できた

1950年の国連決議では、北朝鮮が侵略者として認定されましたね? 北朝鮮を助けた中国も同様です。 それなのに彼らは、侵略を認めていないにもかかわらず国連に加盟できました。 なぜでしょう? このような不公正を正したいとは思いませんか?


Venomさん

>「今後締結するすべての条約及び…取極」ですよね。 つまり具体的施策についてのみ、受け入れることを約束したのであり、その理由は「日本が負けたから」であって、「連合国の正当性を認めたから」ではないのは明らかです。

質問1.「すべての条約」と書いてあるのに、どうして「具体的施策についてのみ」と解釈できるのですか?
質問2.「日本が負けたから」と「連合軍の正当性を認める」が対抗関係にあるというのは論理の飛躍ではありませんか?(私はどちらも同時に成立しうると思いますが)

>>サンフランシスコ講和条約の背景にある歴史観
>あなたは「条文に書いたことが全て」とおっしゃいませんでしたか? そのようにあいまいな「背景」などは条文に書いてありませんよ。

もう了解が得られたと思って、いちいち書かなかっただけですが、サンフランシスコ講和条約がポツダム宣言受諾などを前提に結ばれたこと示しています。

質問1.「条約」とは「具体的な取り決め」だけを刺すのですか?
質問2.日本が侵略国であったことを、日本政府は認めなかったのですか?
質問3.連合国の戦争目的(日本の侵略の排除と日本国内の軍国主義の一掃)を日本は正当と認めなかったのですか?
質問4.戦争目的を是認しないでは、その制裁の射程が不明です。それならば「将来の条約」で何が決められるか判ったものではありません。そんなものまで同意するというのはどういうことのでしょう。
質問5.「今後締結するすべての条約及び連合国が平和の回復のため又はこれに関連して行う他の取極の『完全な効力を承認する。』」とは、白紙委任を意味していませんか?


中国と北朝鮮のけんですが。
両国が国連に加盟したのは休戦条約が交わされたからです。
また両国が加盟しないより加盟した方が国際の安定に寄与するという加盟国の判断があったからです。
日本の場合は講和条約が条件でした。
日独の場合はそうしないよりはそうした方が国際の安全に寄与すると考えられたからです。
不公平といえばそのとおりですが、もともと国際連合というのは国際の安全と安定が第一目的ですから、全世界が等しく承認するルールというのがない現状では公平性より安定を優先させるのは仕方ありません。
もちろん将来的にはもっと公平で公正なルール作りがされるべきだしょうが、今は無い物ねだりをしても無益です。
それよりも、不公平には目をつむって両国を国際社会の秩序に取り込んだ方がよいというプラグマティックな考えですね。
まずテーブルにつかせて行儀良くさせるのが国際社会の多数世論だったのですよ。

慰安婦問題については話が込み入りすぎますから、別トピを立てた方がよいでしょう。
ただしこのコミュが相応しいかどうかは、むうみんさんに伺ってからでないとね。
>歴史的にみてまだ新しい戦争観ですから、実際に効力を発揮するのは遠い将来でしょうが、いまはその道程にあります。

そのような「道程」にはまだなっていませんね。 もしなっているならば、「日本が侵略した」というのも、将来的に変更される可能性がありますね。 「遠い将来」には何が起こるかわかりませんから。

>数え切れない被害
徴用・徴発・徴兵などに応ずるのは、法で定められた国民の義務です。 慰安婦は民間業者の募集に応じた売春婦ですので、日本政府や軍が強制したわけではありません。 「数え切れない被害」とおっしゃるなら、他に具体例をいくらでも挙げられるでしょう?

>対等に蔑視しあっているのですよ。

珍しい説ですね。 「日本書紀」や「橋本左内」などが日本の主流意見だと?
むしろ荻生徂徠などのように、日本人はずっと中国文明に憧れていたのではありませんか? 朝鮮通信使が来たときには、日本の文人がこぞって彼らに漢詩の添削など、交流を求めたのではありませんか?

日本人が中国・朝鮮を蔑視するようになったのは、日清戦争以降の一時的なことではありませんか? 今でも中国の古典に出てくる名所旧跡や、中国文明を陳列した博物館などは、中国観光の目玉として日本人の人気を集めているのではありませんか?

それに対して中韓は、一貫して日本を蔑視していますよ。 明治以前はもとより、戦後も政府が率先して反日感情を煽るから、サッカー試合などで日本選手に対して観客のブーイングが起こり、暴力騒ぎまでが生じるのではありませんか?

>中華人民共和国は中華民国の版図と人民の支配権を継承した

サンフランシスコ講和条約には、連合国だったはすの中華民国も招待されず、日中間の講和については将来の日本の選択に任せるということでしたね。 だから日本は1952年に中華民国と「日華平和条約」を結び、講和したんですよね。 そこでは日本への賠償請求が放棄されていますね。

ところが中華民国と結んだこの条約は、中華人民共和国には適用されない、というので、日本は1972年に中国と「日中共同宣言」を発し、1978年に「日中平和友好条約」を締結したんですよね? そこでも改めて、対日賠償請求放棄がうたわれていますよね? このことは、「中華人民共和国が中華民国の版図と人民を継承した」とはいえ、その法的立場や国際的地位を全て受け継いだのではない、ということを意味しませんか?
(続く)
>かつての日本が中国に対してそういう態度でしたしね。

条約や約束を守るのが、近代国家というものです。 日本が戦前、大陸に持っていた権益は、条約で認められたものです。 その権益を回収したければ、話し合いによらねばならない。 例えば日本は、幕末に欧米列強と結んだ不平等条約の改正に、30年以上かけてやっとこぎつけました。 ところが蒋介石の「革命外交」により、その条約が無理やり踏みにじられようとしたから、日中間に対立が生じたのです。

>どんな国も力と機会さえあればそういう傾向を有することは認めます。
>それは中国特有の傾向であるというのが、偏見だと言うのです。

例えばロシアがそういう傾向を有しますね。 しかし欧米先進国には、そのような傾向は見られません。 国家指導者による公的な約束を、破って恥じない例が先進国にあるなら教えてください。

例えば中国は、1972年の「日中共同宣言」当時には周恩来が「領土問題棚上げ」を約束していたのに、1978年に「日中平和友好条約」締結直前に100隻以上の武装漁船を送って尖閣諸島周辺の日本領海を侵犯しました。 日本側が抗議すると、訪中した園田外相に対し改めて「このようなことは二度と起こさない」と約束しています。 ところがその後も領海侵犯は繰り返され、最近定められた「領海法」においては、「尖閣(釣魚島)は中国領」だと宣言しています。

日中国交正常化当時は、中国側も日本の技術や資金を欲していたので、もめ事を避け、日中友好を叫び、パンダを送ったりして日本国民の機嫌を取っていました。 しかし中国の国力が増大した今、これ以上日本人の起源を取る必要はないということでしょう。

つまり彼らの言う「棚上げ」とは、「相手国と話し合いで決着するまで一時保留する」というものではなく、「今は自分たちの力が弱いから我慢するが、力が強くなったらまたいつでも好きなときに棚から下ろす」というものです。 このように指導者の公的な約束まで破って平気な政府や国民を、誰が信用できるのでしょう?

>日中平和条約は対等、平等、互恵の立場が明記されていますよ。

ほう、第1条には「内政に対する相互不干渉」が定められていますね? 天安門事件や、チベット騒乱に対する内政干渉については反発するくせに、日本政府が国民に、中国の望むような歴史教育を行え、それに反する言論を規制せよ、と中国側が要求するのは、内政干渉に当たらないのですか?

その後の「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えない」とか、第2条の「アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきでは」ない、というのはどうでしょう?

中国は1978年に、「ベトナム懲罰戦争」を起こしました。 これは日中間の問題ではないから構わないのですか? 「懲罰」など、まるで戦前の日本の「暴支庸懲」そっくりですね。 日本は小国だから他を懲罰する権利などないが、中国は大国だから他を懲罰できるのですか? これが覇権を求める主張でなくて何でしょう? だから中国は信用できないと言うのです。
>質問1.「すべての条約」と書いてあるのに、どうして「具体的施策についてのみ」と解釈できるのですか?
>サンフランシスコ講和条約がポツダム宣言受諾などを前提に結ばれた

言葉だけでは、ましてどうにでも解釈できる、あいまいな「精神」や「歴史観」など、誰も信じませんよ。 「我々は平和を求める」などの言葉だけなら、ヒトラーだって金正日だって言うでしょう。 第一、「侵略」の定義が初めて定められたのは、1974年12月14日の国連総会ではありませんか。

大事なのは、それを裏付ける行動・具体的な施策です。 日本は約束通り、連合軍の占領を受け入れ、軍を武装解除し、様々な改革を行いました。 だから信用されるのです。

>質問2.「日本が負けたから」と「連合軍の正当性を認める」が対抗関係にあるというのは論理の飛躍ではありませんか?(私はどちらも同時に成立しうると思いますが)

「あり得る」と「事実そうだった」というのは同じじゃありませんよ。 サンフランシスコ条約には、あなたのおっしゃる「歴史観」など書いていないのだから、たとえそれが「あり得る」としても、それは推測に過ぎません。

>それならば「将来の条約」で何が決められるか判ったものではありません。そんなものまで同意するというのはどういうことのでしょう。

日本は負けたのだから文句は言わない、というのが当時の日本政府の立場でしょう。 政府にはそれしかできなかったのです。 連合国の寛大な取り扱いに期待したと言っても良いのですが、例えば占領軍が天皇を廃位したりすると、国民が納得せず、政府がそれを抑えきれず、あちこちで旧軍人がゲリラ活動を起こしたりするかも知れない。 

それを恐れたからこそ、マッカーサーは天皇をそのまま残したのでしょう。 日本側も、100%連合国の言いなりになっていたのではなく、余り手荒な占領政策を取ると、どうなるか分からないぞ、と反対に脅すことも可能だったのです。

>両国が国連に加盟したのは休戦条約が交わされたからです。

朝鮮休戦協定は1953年に結ばれました。(条約ではありませんよ)
中華人民共和国が中華民国に取って代わったのは1971年、北朝鮮が加盟したのは1991年です。 休戦協定が結ばれてから、前者は20年近く、後者は40年近くかかっています。 国際社会はその間、両国をどのように見ていたのでしょうね? 休戦が加盟の条件ならば、もっと早く加盟していても良いではありませんか? したがって、両国の国連加盟が朝鮮休戦協定の結果だとするあなたの説は間違いです。

>また両国が加盟しないより加盟した方が国際の安定に寄与するという加盟国の判断があったからです。

「安定に寄与する」というのは、「戦争に至らない」という意味です。 つまりアメリカの軍事力が強い限りは、両国とも侵略戦争は起こせないだろうという見通しにもとづくものです。 休戦協定以降、中国加盟まで20年近く、北朝鮮加盟まで40年近くの期間は、両国が戦争を起こすかも知れないという不安が、国際社会の共通認識だったのです。 現在、中国の軍事力が強化され、北朝鮮が核兵器を持ち、アメリカの軍事力が相対的に弱体化している現状では、上記のような見通しが甘かったとされるかも知れませんね。

>公平性より安定を優先させるのは仕方ありません。

それが日本の国益を損なってもですか? 国民が拉致され、核ミサイルの脅威にさらされ、アメリカの核の傘も余り信頼できなくなっても、「国際の安定のためには、日本国民は甘んじて拉致され、殺されるべきだと主張なさるのですか?


>慰安婦問題については話が込み入りすぎますから、別トピを立てた方がよいでしょう。

別に込み入ってはいませんよ。 民間業者が慰安婦に詐欺・誘拐・搾取・虐待など、現在でも珍しくない犯罪を働いたが、日本政府はそれを100%阻止できなかった、という単純な話です。

それを無理やり、日本軍の犯罪行為に仕立てようとなさるから、話が込み入ってくるのです。
>徴用という名の強制的労働力徴発、金属などの物根こそぎ徴発、慰安婦、徴兵など数え切れない被害を受けました。

ほう、日本がそんなに残虐な国だったのなら、在日の人たちはどうして帰国しないのでしょうね? 

>拷問・戦争・独裁逃れ…在日女性60年ぶり済州島に帰郷へ
>東京に住む76歳の在日コリアン、金東日(キム・ドンイル)さんは31日、
>60年ぶりに韓国の済州島(チェジュド)に帰郷する。朝鮮半島が南北に分断
>された1948年に島で起きた民衆の蜂起で故郷を離れたままだったが、韓国
>で過去の見直しが進み、腰をあげる決心がついた。

>ずっと故郷に足が向かなかったのは多忙だけが理由ではない。「またつらい目
>にあわされるのではないか」という不安が消えなかったからだ。

あれ? この人は「徴用という名の強制的労働力徴発」、「慰安婦」、「徴兵」のどれに当たるのですか? 「つらい目」から逃れるため、平和で豊かな日本へ密航してきたのではないのですか? 彼らに安全な避難場所を提供した日本は、むしろ感謝されるべきだと思いますけど?
おっと、>>36の記事のurlを張り忘れました。

拷問・戦争・独裁逃れ…在日女性60年ぶり済州島に帰郷へ
朝日新聞 2008年03月29日15時16分

http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY200803290044.html
慰安婦問題については、「日本軍慰安婦って知ってる?」コミュに場所を移しましょうか? 先方のコミュ立てた人も、おそらく拒否なさらないですよね?

http://mixi.jp/view_community.pl?id=451031
Venomさん

論点整理が必要なようですね。
こうもあちらこちらに話が飛ぶと、まともな対話になりません。
あなたは書きとばして気持ちが良いかも知れませんが。
せっかくの対話なのですから、一つ一つ資料を押さえながらの方がいいと思うのです。

原点に戻ってみれば、ここは慰安婦についての国内世論に関するトピでしたね。
では、それを論題に据えるということでいかがでしょうか。
>38 Venomさん

了解しました。
あまりにたくさんのテーマを一度に語り合う時間的余裕がないので、ご指定のコミュで慰安婦について語っている間、こちらはお休みにさせて下さい。
では、慰安婦問題については、「日本軍慰安婦って知ってる?」コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=451031 で論じるとして、講和条約
その他の話題は、引き続きここで論じてはいかがでしょう?

時間的余裕については、お互い様です。 ご返事は急ぎませんので、余裕の
おありなときまで待ちますよ。 あなたは該博な知識をご披露くださるので、
私に取っても大変勉強になり、助かっています。
すみません、お知らせを忘れていました。

慰安婦について↓意見を書き込みましたので宜しくお願いします。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=3514757&comment_count=2&comm_id=451031
了解しました。 慰安婦については、あちらのコミュでコメントしましょう。

ではその他のポイント、「徴用という名の強制的労働力徴発、金属などの物根こそぎ徴発、徴兵など数え切れない被害」についてご説明願えますか?

「ご説明」って、サンフランシスコ条約に絡めて何をどう説明すればよいのでしょうか。

ヤルタ協定で日本の植民地支配が強盗のようなものだとされ、その認識がポツダム宣言に継受されて領土を放棄せよと要求され、日本はそれを受諾しました。

不当な支配の下に行われた強制徴用がやはり不当なものであるのは自明です。

それは押し付けの認識だと仰るでしょうか。
朝鮮人はついに一度も国政選挙権を行使できませんでしたね。
臣民としての権利がなく、義務だけを課すのが不当だと思いませんか?
>ヤルタ協定で日本の植民地支配が強盗のようなものだとされ、

あなたは、ヤルタ協定の認識が全て正しいとお考えですか?

>その認識がポツダム宣言に継受されて領土を放棄せよと要求され、日本はそれを受諾しました。

別な所でも書きましたが、あなたは日本政府の見解を100%支持してはおられないんですよね? ならば日本政府のポツダム宣言受諾を、「日本の植民地支配が強盗」という認識の根拠には使えませんよね? 日本政府の見解がどのようなものであれ、あなたの認識はそれとは別なんですからね?

>不当な支配の下に行われた強制徴用がやはり不当なものであるのは自明です。

「不当な支配」の根拠を挙げてください。 日韓併合は、当時米英露その他国際社会が承認していたことですけど? 米英はむしろ日本の朝鮮統治を賞賛していたのに、それを急にヤルタ会談のときに「朝鮮人の奴隷状態」などと言い出したのは、戦時中の対敵プロパガンダというやつでしょう。 

それに徴用や徴兵は、国民の義務です。 徴用は最初から強制に決まっていますから、わざわざ「強制徴用」と言うのは二重形容であり、日本を残虐に印象付けようという罵倒ですね。 あなたは税金を払うとき、「強制徴税」などとおっしゃるのですか? 

それに内地で国民徴用令が施行されたのは1939年、朝鮮で施行されたのは1944年ですから、内地の負担の大きさに比べ、朝鮮はずいぶん猶予されているじゃありませんか。

>朝鮮人はついに一度も国政選挙権を行使できませんでしたね。
>臣民としての権利がなく、義務だけを課すのが不当だと思いませんか?

朝鮮で選挙が行われなかっただけであり、内地にいた朝鮮人は立候補も投票もできました。 日本でも帝国憲法制定が1889年、第1回の選挙は1890年ですから、それまで日本国民にも「臣民としての権利」がなかったんですよね? 明治維新以後20年以上もかかっていますよ。

内地でもそれだけの時間を掛けたのに、教育程度や民度、政治意識や国民意識、言語や風習が異なる朝鮮で、全く同じ扱いを望む方が無理でしょう。 それに日本政府は朝鮮人を保護し、教育や医療・法秩序やインフラ整備など、様々な福祉厚生を行っていますので、「臣民としての権利がなく」などとは言えません。
Venomさん

条約の正当性と実効性ということを考えませんか?

Venomさんは有効に締結された条約でも正当性を認めないと仰います。
そういう立場があることは否定しません。

では、日韓併合条約はどうでしょう。
当時の大日本帝国と韓国はどういう立場にあったでしょう。
日本はその圧倒的な軍事力・経済力で韓国軍や警察を解散させ、そのうえ韓国の外交権や内政権までも手に入れていました。
その前提に立って併合を唱え、韓国内の併合条約反対運動を厳しく弾圧しました。
有名な親日派団体、一進会の演説・集会すら禁止しました。
一進会は「韓日合邦」を主張していたのですが、これは連邦組織を意図しており、日本が考えていた韓国併呑とは異なっているという理由でした。
日本にとってはすでに親日派さえ不必要だったのですね。
こういう勢力関係の中で日韓併合条約が締結されたのです。
完全な押しつけであったわけです。
一方的に日本の都合を強制しただけですから、正当性は全くなかったと言えます。
日本政府は条約は合意にもとづき合法的に調印されたと言います。
しかしそれならば日本の降伏文書調印だって合意にもとづき合法的に調印されたのです。
サンフランシスコ講和条約も同様です。

こうした合法・非合法に関する論議は、国際間の秩序を守るために定められた国際法上の形式論議であることはいうまでもありません。
日韓併合当時に列強が容認したのは、帝国主義的国際秩序の安定のためです。
しかし韓国側としては、Venomさんと同じ論理をもって、合法であっても、正当でないと主張できるはずですね。

ところがVenomさんは、一方で韓国併合が正当であったと言い、他方でポツダム宣言は不当であるという、自国中心主義的なダブルスタンダードに陥っていると思います。

ところで植民地支配を実効性と言うことを考えればどうでしょう。
ソウル大学の白忠鉉教授は、たとえ保護条約などが非合法であっても、日本の植民地支配が軍隊や警察などの強権力により、35年間も維持されてきた「実効支配」を無視することはできず、植民地支配をさかのぼって無効化するわけにはいかないという主張をしています。
現実的な視点だと思います。

しかしそういう学問的立脚点とは別に国際的合意というものがあり、日本は朝鮮支配が不当な支配であったことを認めて領土を合法的に返還した、こういう事実があるわけです。
国家の政策なり外交なり戦略を語る場合には、まず現実を踏まえるのが基本です。

さて、私がどのように考えているかといえば、

1.韓国併合は不必要かつ侵略的で誤った政策だった。
2.その後の大陸侵略も不必要かつ誤った政策だった。
3.対英米戦争は侵略国同士の強盗戦争だったのでどちらにも正当性がない。
4.戦略としては、勝てるはずのない戦争という意味で誤った戦争だった。
5.また南アジアに対する侵略という意味でも誤った戦争だった。
6.ヤルタ協定・ポツダム宣言には一部同意出来ない。
7.同意できないのは枢軸側だけが計画的に世界征服を実行したという部分だ。
8.連合国が日本を武装解除し体制変革を実行したのは、善悪両面があるが、民主的な面と平和的な面では国民にとって良い結果をもたらした。
9.しかし戦勝国が敗戦国を自由にできるという法理を一般的に認める訳ではない。

あとはまたしても言いっぱなしですね。
「朝鮮では徴用開始が遅かった」といいますが、それ以前に徴用がなかったとでもお考えですか?
朝鮮史を少し調べて貰えればわかることです。
日本が朝鮮人を保護したというのは、どういうことを仰っていますか?
日本の植民地支配が欧米のそれに較べれば穏やかだったのは紛れもない事実ですが、それでも植民地支配に代わりはありません。
>Venomさんは有効に締結された条約でも正当性を認めないと仰います

正当性はともかく、締結した以上は日本政府がサンフランシスコ講和条約に拘束され、同条約を履行すべき義務があることは認めますよ。 そして日本政府は、同条約を忠実に履行しています。 

同条約には具体的な施策のみが取り決められており、そこにはあいまいな「道徳的・感情的」基準にもとづく「歴史観の押し付け」などは含まれていない、というのが私の立場ですから。

>韓国側としては、Venomさんと同じ論理をもって、合法であっても、正当でないと主張できるはずですね

いいえ、できません。 条約は条約ですから、正当な手続きを踏んだものであれば、履行する義務があります。 諸外国の承認があればなおさらです。

>他方でポツダム宣言は不当であるという、自国中心主義的なダブルスタンダード

ポツダム宣言を受諾したのは、そこに述べられた具体的施策を受け入れたのみであり、そこに込められた「歴史観」や「道徳的価値判断」まで日本政府が同意したのではない、というのが私の立場です。

>日本は朝鮮支配が不当な支配であったことを認めて領土を合法的に返還した

いいえ、日本は領土を「放棄」しただけです。 「朝鮮支配が不当な支配であった」などとはサンフランシスコ講和条約にも、日韓基本条約にも書かれておりません。 そもそも、日韓条約締結前の交渉が何度も決裂したのは、日本側が断固としてその不当性を認めなかったことに、韓国側が反発したからです。

私の考えは、
1. 日韓併合は、日本の安全保障上、当時としてはやむを得ないことだった
2. 満州占領も、朝鮮防衛のためやむを得ない側面はあるが、もう少し上手いやり方があったかも知れない。
3. 対米英戦争は、米英が日本を圧殺しようと長期的戦略を立てていた以上、遅かれ早かれ日本は戦争に追い込まれるか、あるいは米英に屈服し属国となっていた。
4. 「勝てるはずのない戦争という意味で誤った戦争」という論法は、「勝てる戦争ならやっても良い」という主張につながるので、軽々しく用いるべきではない。
5. 東南アジアの占領は、結果的にそれら地域の独立を促した。
6. 7.  同意します。
8. 改革は日本人自らが行うべきものなので、連合国による改革押し付けは不当。
9. 戦勝国は、特に「道徳的・感情的価値判断」などを押し付けてはならない。

>それ以前に徴用がなかったとでもお考えですか?

おっしゃる意味がわかりません。 「自由募集」や「官斡旋」のことを言っておられるのですか? その他の膨大な、自由意志による出稼ぎ渡航は?

>日本が朝鮮人を保護

短期的なものとしては、萬宝山事件などです。 長期的なものとしては、教育・医療・衛生などを普及させ、食料を増産して朝鮮人を餓死や病死から救い、人口を倍増させたことです。

>それでも植民地支配に代わりはありません

「植民地支配」の定義は何ですか? 私の考えでは、「未開の土地に自国民を植民させて開発し利益を上げること。原住民は、殺戮もしくは搾取の対象でしかない」というものです。 

日本の朝鮮統治が、そのような定義に当てはまらないのは明らかです。 当時の日本は朝鮮を、四国や九州などと同様の「日本国朝鮮地方」として統治し、内地の日本国民と同様、段階的に原住民の福利厚生を図ったと言えましょう。

>日本の植民地支配が欧米のそれに較べれば穏やかだったのは事実

では韓国や北朝鮮の主張する、「日本の統治は歴史上類を見ない残虐なもの」ということには、明確に反対なさるのですね?
日本が条約をきちんと守っているのは誇らしいことだと私は思っています。
今後もそうあってほしいものです。
しかし講和がなされず、アメリカの植民地になっていたりすれば、私はアルカイダとでも手を組んだかもしれませんよ。
国の独立を奪われる悔しさや惨めさ、その怒りは理屈で割りきれるものではありませんからね。

インドは英国に支配されるまでは封権領主が抗争を続ける奴隷社会でした。
チベットは中国に支配されるまでは、宗教に呪縛された農奴国家でした。
韓国は日本に支配されるまでは両班のでたらめな政治抗争に明け暮れる前近代社会でした。

イギリス人と漢人と日本人は植民地に普通教育と医療と産業を持ち込みました。
しかしインド人もチベット人も朝鮮人も民族の誇りにかけて支配の正当性を認めませんでした。

その民族のパトスはVenomさんが頑として日本の侵略を認めない姿勢と共通していると思います。
そこには私も共感できないでもありません。
力ずくの歴史観なぞ受け入れてたまるか、という点はわかります。

私と違うところは、私は帝国主義的民族意識なんか奪われたって惜しくないと考えているところです。

他国の主権を奪った行為はまことに恥ずかしい。
しかし米英を相手に戦った歴史を恥じる必要はさらさらない。
その舞台がアジア諸国であった点と、日本が米英蘭に取って代って支配者になろうとした点を私は間違ったと反省するのです。

誇るにたる歴史を持ちたいと思いませんか?
なのに今の日本はアジア諸国に対しては侮蔑と居直り。
英米に対しては屈従。
恥ずかしく、かつ情けない限りです。

勝てない戦争をした反省とは、勝てるならやろうという意味ではありません。
リアリティを喪い、非現実的な妄想に突き進んだことについての反省です。
書き方が不十分でしたね。
あれ?
「しかし講和がなされず、アメリカの植民地になっていたりすれば」
「英米に対しては屈従」

この二つは矛盾するのではありませんか? 日本は今でもアメリカの属国状態ではありませんか。 「屈従」というのは「植民地」とどれほどの差があるのですか?

>イギリス人と漢人と日本人は植民地に普通教育と医療と産業を持ち込みました

いいえ、重大な事実誤認があります。
イギリス人は、インド人全てに普通教育など施しませんでした。 持ち込んだ産業も、本国の利益のために茶や綿花などを搬出しただけです。 鉄道だってそうした産物の産地と搬出港を結ぶのがメインだったので、インド全体の交通網という観点では不自然なルートばかり建設され、今でもインドに取って大変な負担となっています。

朝鮮を支配したのは漢人ばかりではなく、モンゴル人や満州人もいたのですが、いずれも普通教育や医療・産業などを朝鮮にもたらしてはいません。 朝鮮はそれら宗主国に綿布・牛・馬・美女などを朝貢させられ、そのため朝鮮王朝は結婚禁止令を出して処女を徴発したほどです。(これが本当の慰安婦強制連行ですね)

別の例で言えば、オランダはインドネシア農民にコーヒーやゴムなどの換金作物を栽培するよう強制し、伝統的な米作を制限しました。 その結果、天候不順により飢饉が起き、19世紀には数十万の餓死者を出しています。

具体的な数字を挙げましょうか? 1910年のイギリスの対外収支です。
「→」はイギリスの赤字、「←」はイギリスの黒字を表します。

イギリス→カナダ : 25百万ポンド
イギリス→アメリカ: 50百万ポンド
イギリス→欧州大陸: 45百万ポンド
貿易赤字合計: 120百万ポンド

イギリス←トルコ : 10百万ポンド
イギリス←豪州  : 13百万ポンド
イギリス←日本  : 13百万ポンド
イギリス←インド : 60百万ポンド
貿易黒字合計: 96百万ポンド   結果は、差し引き24百万ポンドの赤字

(『インドとイギリス』吉岡照彦・岩波新書1975)

つまり世界でいち早く産業革命を成し遂げ、栄華を誇ったイギリスも、20世紀初頭
になると新興工業国(アメリカ・ドイツなど)の追い上げを受け、一方で食料や工業原材料をアメリカ・カナダ・欧州大陸などから購入せざるを得ず、その独占的
地位には陰りが見えていたのです。

もちろんインドからも多くの原材料を輸入していましたが、それよりもインド市場で売った英国製品の方がはるかに大きかったので、6千万ポンドの黒字を計上したという訳です。それがなかったら、アメリカ・カナダ・欧州大陸諸国への支払いをまかないきれず、英国はとっくに破産していたでしょう。

インド植民地が、英国経済においてどれほど大きな意味を持っていたかお分かりでしょう? これぞ大英帝国! これぞ植民地経営!ということです。

それに対して、日本は朝鮮統治からどれほどの利益を上げましたか? 実際には利益など上がっていません。 朝鮮のインフラを整備し、朝鮮人の生活水準を上げるため、日本から資金をつぎ込むばかりで、完全な赤字でした。 こんなものを、植民地とは呼べません。(続く)
>力ずくの歴史観なぞ受け入れてたまるか

以上のことは、事実です。 「力ずくの歴史観」ではありません。 現に韓国でも、朝鮮の近代化において日本の果たした役割を、感情抜きで正当に評価しようという動きが始まっています。 そこでは、従来の左翼史観が厳しく批判されています。 あなたも時代遅れの左翼史観に、がんじがらめになっているようですね。

・ニューライト系の「新歴史教科書」出版
http://www.chosunonline.com/article/20080324000055

・ソウル大李栄薫教授が強制連行は嘘であると発表
http://ameblo.jp/lancer1/entry-10010747941.html

>他国の主権を奪った行為はまことに恥ずかしい。

はあ? 日本が李氏朝鮮に対し、「共に近代化して列強の侵略を防ごう!」と呼びかけたのに対し、朝鮮は何をしました? 明治維新の原動力は、列強の侵略に対する恐怖心ですよ。 朝鮮に、強力な親日政権がない限り、日本の安全保障が成り立たないからです。

ところが、李朝は自分たちの権力維持にしか関心がなく、内政においても大院君は攘夷一本槍、閔妃は怪しげな祈祷師に入れ込んで国費の数十%を浪費し、近代化を叫ぶ金玉均らを殺して死体をバラバラにしてさらし、両班は労働を蔑視して農民を搾取するばかり、その結果農民暴動が起きると清国に鎮圧を頼んで、それが日清戦争の火種となりました。

対外的には、明治初期の江華島条約で開国して以降、朝鮮のやったことと言えば、清国に事大し、日清戦争で清国が日本に負けると今度はロシアに事大し、日露戦争でロシアが日本に負けると、ハーグに密使を送って「列強ならどこでも良いから属国にしてくださーい!」と恥も外聞もなく泣きつき、列強に相手にされないとヒステリーを起こして伊藤博文を暗殺したではありませんか。

日本は明治初期から30年以上、我慢に我慢を重ねて朝鮮の改革・近代化を待ったのですよ。 それに対して李朝の取った政策は、日本の安全を脅かすことばかりではありませんか。 そのお陰で日本は日清戦争や日露戦争を戦う羽目になり、莫大な人命と戦費を犠牲にしました。 

これ以上の混乱を防ぐため、日本が朝鮮から主権を取り上げ、併合することにしたのも、当時としてはやむを得ない判断だったでしょう。 当時でも、朝鮮を併合などしたら、統治に要する財政負担が大きい、という慎重論がありました。 

朝鮮を自分のものにしたって、豊かなインドと違い搾取できる富など存在しないし、お荷物でしかないことは分かっていたのです。 しかし日本の安全保障上、やむを得ず併合せざるを得なかったのです。 このような状況を見ていた列強が、日本の決定を支持したのは当然です。 朝鮮の主権が取り上げられても、同情してくれる国などなかったでしょう。

>誇るにたる歴史を持ちたいと思いませんか

上記のような歴史は、十分誇りに足るものだと思いますよ。 少なくとも日露戦争・第一次大戦頃までの日本は、自ら血を流して独立を守り抜きました。 大国に事大するしか能のなかった李氏朝鮮とは、大違いです。

>今の日本はアジア諸国に対しては侮蔑と居直り。 英米に対しては屈従。

列強、特にアメリカに対してはもっと自主独立の気概を持つべきだと思いますよ。 それには日本独自の戦略を立て、軍事力を整備する必要があります。
なんだかどこかのプロパガンダをそのまま信じ込んでおられるようですが、あなたは日本の近世以後の歴史をちゃんと学ばれましたか?
ここまでトンデモな歴史観を抱いている人と対話するのは大変ですねー。
あなたの歴史観とはまったく違い、日本はもともと韓国を征服するのが公道に適うと信じていたのです。

中央政界に絶大な影響力を誇った戦前の右翼団体「黒龍会」の主幹だった葛生能久がこんなことを書いています。
「徳川の鎖国政策は我が国民の対外発展の気風を萎縮せしめた」
「しかし神功皇后や豊臣秀吉、加藤清正の虎退治の話などを通じて、無学文盲の百姓町人やがんぜない子供までが皇国の武的力のすぐれたるを信じていて、支那朝鮮など恐れるにたらずと思っていた」
「時代の先覚者(吉田松陰たち)が遠大な経綸を描き出せた理由はここにある」
「こういう点で、歴史教育とは偉大である」

まことに正直です。
吉田松陰の弟子たちが明治日本の基礎を固め、朝鮮を植民地にした。
その薫陶を受けた孫弟子たちが次代の指導者として、大陸に乗り出した。
こういう歴史観が戦前の教養だったのですね。
では、その時代の先覚者はどんな教えを弘めていたのでしょうか。

たとえば橋本佐内はこうです。
「日露同盟によって満韓を経略し、版図を海外に拡張すべし」
と、その後の日本の進路とは別の提案ですが、北方侵略を説いています。
別のところで佐藤信淵は南進論を唱えていました。
橋本は北進論で、後の海軍と陸軍の戦略対立がすでに現れています。

では大先生である吉田松陰はどうでしょうか。
「朝鮮を責めて、質を納れ、貢を奉ずること古の盛時のごとくならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(フィリピン)諸島を収め、進取の勢を示すべき」(「幽囚録)
「国力を養ひて取り易き朝鮮、支那、満州を斬り従えん」
まず北進、ついで南進というもので、なんと、なんと、その後の日本の戦略を見通したような文章を書いています。
さすがに鋭い戦略眼ですね。
しかし、「人質をとって貢物(みつぎもの)を持ってこさせ」などという発想が大時代で、いかにも江戸時代、というところです。
要するに小中華帝国思想です。その華夷秩序のミニチュア版なのです。
真ん中に中国を置くか、日本を置くかの違いだけ。
「古(いにしえ)の盛時」って、いつごろのことだと思います?
彼のイメージしているのは、これがなんと、神功皇后の時代なのです!
5世紀ですよ。

こういう教養世界で育ち、その思想を学問として学んだ青年たちが明治の元勲となりました。
ですから、維新直後からアジア進出を開始したのは不思議ではありません。
それが彼らにとって本来あるべき姿だったのです。
彼らは師の教えに忠実であっただけなのです。
後藤新平の「日本膨張論」や徳富蘇峰の「大日本膨張論」を読まれたことがおありですか?
山県有朋の「外交政略論」を読まれましたか?
後の時代に日本を美化するために書かれた解説書だけを真実だと思わず、当時の指導者が実際にどんなことを主張し政策化しているか、確かめられては如何でしょう。
西洋の帝国主義に対抗するためなどは、単なる後付の理屈でしかないことが理解できるはずです。

長州の教養を身につけていない西郷隆盛は、日本が江華島事件を口実にして通商条約の締結を強要したときに語ったそうです。
「天理に於いて恥ずべき所為」と。
でもねー。
あなたと歴史問答していたら、本が何冊も書けるぐらいの討論が必要なようですよ。
残念ながら私はそこまでエネルギーを割けません。

やっかいだなあ。
ともかくまともに歴史を学ばれてからのことですね。
>あなたは日本の近世以後の歴史をちゃんと学ばれましたか?

その言葉、そっくりお返しします。 そう言われるあなたがどれほど立派な歴史を学ばれたのかと、期待して読んでみたら…橋本佐内に吉田松陰、佐藤信淵に黒龍会ですか・・・呆れますねえ。 彼らが朝鮮の地理・気候・産物・人心などについて、また日本が近代産業を発展させる上で必要な条件について、何を知っていたというのですか?

例えばイギリスは、ある国を植民地にしようと計画すると、実際の行動を起こすまえにそうした現地の事情を調査し、資料が貨車数台分にもなったそうです。 日本も朝鮮を植民地として経営し利益を上げようとしたならば、それなりに周到な調査の上でやったことでしょう。 

そして調査の結果、朝鮮には見るべきほどの産物はないし、植民地にしてもさっぱり儲からない、ということはわかっていたはずです。 それなのにあなたは、近代経済も科学技術も知らない、江戸時代の学者や憂国の志士たちの主張にもとづいて、日本が朝鮮を侵略したと主張なさるのですか? ああ、馬鹿馬鹿しい。 黒龍会なんて、酒を飲んでホラ話をするだけの、壮士連中じゃないですか。

山県有朋の「外交政略論」?
「国家独立自衛の道二つあり。一に日く主権線を守禦し他人の侵害を容れず、二に日く利益線を防護す自己の形勝を失はず。何をか主権線と謂ふ、彊土是なり。何をか利益線と謂ふ、隣国接触の勢我が主権線の安危と緊しく相関係するの区域是なり。」 というやつですか? 朝鮮が日本と隣接し、主権線(領土)の安危と密接に関係しているのは事実じゃないですか?

要するに、あなたは左翼プロパガンダに毒されて、具体的な反論が何一つおできにならないのです。 反論できなければ、そのままあなたの負けですよ。

韓国ですら、「あの時、私たちが持っていた植民地朝鮮のイメージが架空の創作物なのを悟った」と気づき始めた人たちがいるのに、あなたはいつまで時代遅れの左翼史観にしがみついておられるのですか?

「植民地民衆の生活水準が高くなったか?」
「そうだ。何より人口が増えた。19世紀始終人口が減少している途中、20世紀に入って増加傾向に変わった。 人口は衛生や伝染病などとも関連があって、直接的経済資料ではないが当時の経済状況を推定するようにする資料だ。 植民地時代韓半島人口は、その以前の1,700万名から3,000万名(海外移住300万名除外)に増えた。それほど経済力が成長したのだ」

・李栄薫教授インタビュー
http://kamomiya.ddo.jp/Souko/C03/I_Yonfun/QandA.htm


江華島事件を口実にして通商条約の締結?
条約の談判において何が話されたかご存知ですか。

朝鮮側は「条約案で日本天皇に『陛下』の尊称を使いながら、朝鮮王に『殿下』の肩書きを用いるとは何事か?」だとか、「日本の国号に『大日本』と『大』の字をつけるのはけしからん!」とかの瑣末なことにこだわり、肝心の治外法権・関税自主権などは日本の条約案に何の注文もつけず、丸のみしたのですよ。

当時の李朝の高官たちは、関税や領事裁判権のことなど、何一つ知らず、それが不平等なのかどうかも理解できなかったのです。 これが「天理に於いて恥ずべき所為」ならば、近代的な知識を一切持たず、国益を失った朝鮮側は、もっと恥ずべきなのではないでしょうか?

日本は江戸時代から蘭学を学び、近代西洋文明に乗り遅れまいと努力していました。 その甲斐あって、幕末にはすでに蒸気船や大砲を自力で製造できるまでになり、明治後は急速に発展しました。 その日本ですら、幕末には列強に不平等条約を押し付けられました。 条約改正は明治日本の悲願となり、30年以上かけてやっと条約の改正にこぎつけました。 このような努力を朝鮮側でした人がいますか?

「英米に対して屈従」するのをやめ、「誇るにたる歴史を持ちたい」と思うなら、このように努力した先人に学び、戦後日本に押し付けられた「侵略者」なる汚名を晴らし、自主独立の戦略にもとづいて、防衛力を整備すべきではありませんか。

明治政府内の吉田松陰思想の影響を否定する保守主義者がいらっしゃるとは、私にとって新しい発見です(笑

また黒龍会が酒飲み壮士の団体とは・・・。
東久邇宮から蒋介石との和平交渉を依頼された頭山満、大政翼賛会総務の葛生能世、韓国統監顧問で一進会をつくった内田良平、中華民国軍総司令部顧問の平山周、これらを擁し、占領軍から「最も危険で影響力のある団体」として解散させられた黒龍会も、あなたにかかれば形無しですね〜。


さて、日本の朝鮮支配です。
まず朝鮮の人口推移ですが、数字だけを追えばあなたの言うことは間違っていません。
しかし『親日派のための弁明』の示すところによれば、1906年から1910年までたった4年で人口が70%以上も増えていることになります。
これは不自然です。
実を言えば、あなた方がよく目にする数字には「男女別人口」が隠してあります。
それを見ると、からくりの一端がわかります。
  
岩波ブックレット『日本の植民地支配 』によれば、男女比は次のようになっています。
1906年 117 、910年 113、1915年 105、1920年 106、1925年  104・・・・。

最初2回は不自然ですね。この統計からは、多くの女性が統計から漏れているのです。
漏れているのは女性だけではないことが、今では判っています。
これは不完全な人口調査なのです。
まあ信頼できるのは、1915年からの数字でしょう。
すると人口増加は25年間で70%の増加です。
毎年2%強の増加ですね。
人口増加はその国の経済発展を示しますから重要な指標ですが、だから人口が増えさえすればいいと言うものでもありません。
飢餓にあえぐアフリカ諸国は、いまもっとすさまじい増加率でしょう?

同じ時期、日本人はもっと増えています。その理由を考察しましょう。
李朝時代、朝鮮の農民は自給自足でした。
家族が食べて行ければいいので、人口を増やす必要はありませんでした。
しかし日本に支配されてからは日本と同様の商品経済社会に変化しましたから、換金作物を作って売らねばば食べていけません。
そこで、若年労働力が必要だという、日本の農民と同様の理由で、人口が増えたのです。

ところで日本は朝鮮に莫大な投資をして水田開発を行いました。
しかし朝鮮人一人あたりの消費量は減っているのです。
ここでも統計数字を見てみます。
『朝鮮総督府の米穀検査制度』(飯沼二郎)から引用すると、1917年当時は年間0.7石だった一人あたりの米消費量が、1928年には0.54にまで下がっています。
これは日本政府が作った『朝鮮米穀統計要覧』などによっても確認出来ます。
水田が増えて米の生産量は増えたけれど、朝鮮人は豊かにならず、逆に「貧乏人の子だくさん」状態がますますひどくなったのです。

では、たくさん作られた米はどうなってしまったのでしょうか。
その米は日本人の胃袋に収まったのです。
朝鮮から日本へ輸出されたこめの量は、1912年が291万石。それが年々増えて、1928年には740万石にも上っています。
増えた水田分が、そっそりそのまま日本に送られた計算になります。
朝鮮人は、自分たちがまともに食えないのに、日本人のために飢餓輸出を強制されたのです。
奪われたのは収穫物だけではありません。土地も奪われました。
農地ですが、1920年には、日本人所有農地が3,674町歩に対して、朝鮮人の所有農地は4,181町歩ありました。
ところが1931年には、日本人所有が8,999町歩にも増えたのに、朝鮮人所有は逆に3,545町歩に減ってしまいました。(『朝鮮米穀経済論』東畑精一)

水田開発など「産米増殖運動」は、朝鮮人のためではなかったし、朝鮮人を豊かにもしなかったのです。
これを推進したのは東洋拓殖会社という国策会社でした。
この会社はイギリスの東インド会社をモデルに作られた、植民地経営会社でした。
日本の朝鮮統治は、悪名高いイギリスのインド統治をお手本にしたのですから、ろくなものであるはずがないのです。

当時の朝鮮農民がどんな状態に置かれていたか、日本の統治側の言葉を紹介して、この項を終わります。
宇垣朝鮮総督が、朝鮮支配をさらに安定させる方策として、天皇に拝謁して語った言葉です。

 「その一は、内地人と朝鮮人との融合一致、いわゆる内鮮融和に関しさらに大いに歩を進めるべく努力致したく考えております。」
 「その二は、朝鮮人に適度にパンを与うることであります。」
 「朝鮮の富は併合以来非常に増加していますけれども、朝鮮の富が増加している割合には朝鮮人の富は増設致しておりません。」
 「今日なお生活苦に呻吟しておるものが相当多数存在致しております。」

朝鮮総督においてすら、このように見えていたのです。
歴史を偽造するのは恥ずかしいことだと私は思いますよ。
日本が開国した当時は帝国主義の時代でしたね。
独立を維持するためにどういう方策を採るべきか、当時の指導者は苦慮したことと思います。
しかしその方策を誤ったのです。
私は日本人の一人として、この国が二度とあんな過ちを繰り返してはならないと考えるので、その立場から日本の過去を批判的に検証しています。

「あの時代が深刻な反省の対象でないというなら、もう一度同じことをするのに何のためらいがあるのか。」
日本がそう見られている間はアジア各国と真の協調は困難です。
アジアがいがみあっている状態に喜ぶのは、誰ですか?

さて、よくご存じの山県有朋の「外交政略論」ですが。
国境を「主権線」として、その外側に「利益線」を設定しましたね。
日本にとっての「利益線」は朝鮮でした。

この戦略の問題は二つありました。
一つ目。
日本にとって朝鮮が利益線なら、朝鮮にとっての利益線は日本です。
互いにとって双方が利益線であることを承認しあい、互恵的に防衛協定を結ぶならそれほど問題はありません。
しかし日本は朝鮮を一方的に利益線として設定し、そこにわが軍事力を展開する権利のみを主張して、朝鮮の権利を否定したことです。
二つ目。
中国にとっても朝鮮は利益線でした。
しかし日本はそれも認めませんでした。

利益線戦略そのものは必ずしも侵略的とはいえないのですが(スペースの関係で理由は説明しません)、日本の場合はあまりにも一方的な思考に災いされました。
利益線である朝鮮を支配すると、そこが「主権線」となってしまい、今度はその外側の「満蒙」が利益線となってしまいました。
満州国を版図に入れると、そこを主権線としたので、さらにその外側の外蒙や華北が利益線となってしまいました。
こうして際限のない膨張運動が繰り返されることになってしまったのです。

この失敗を失敗と認めない無反省なVenomさんのような考えが日本に蔓延しないように、私は祈るばかりですよ。
色々と調べていただいたのですね。 ご丁寧なレスポンス、感謝します。

>李朝時代、朝鮮の農民は自給自足でした。

いいえ、両班の厳しい搾取に遭っていました。 1890年代に朝鮮を訪れた英国の女流旅行家、イザベラ・バードも、朝鮮における農民の貧しい暮らしと、ロシア沿海州に移住した朝鮮人農民の豊かな暮らしを比較して、同じ朝鮮人でなぜこうも労働意欲が異なるのか、これは朝鮮における政治が悪いのだと結論づけています。

>家族が食べて行ければいいので、人口を増やす必要はありませんでした。

人口というものは、出生率が死亡率を上回っていれば自然と増えるものです。「必要があるから増やす」などという恣意的なものではありません。

>そこで、若年労働力が必要だという、日本の農民と同様の理由で、人口が増えた

ずいぶん都合の良い理屈ですね。 実際には、李氏朝鮮時代は毎年数十万の朝鮮人が、餓死・病死していたのです。 しかし李朝はそれに無策で、イザベラ・バードも目撃していますが、あちらこちらに死体がゴロゴロしている、地獄のような状態でした。 特に抵抗力の弱い乳幼児が、病原菌に侵されて死ぬ例が多かった。 朝鮮庶民は子供が幼いうちに死亡することを見越して、たくさんの子供を作るのが普通でした。 日本も昔は子沢山でしたね?

そこへ日本が近代的な医療や公衆衛生を持ち込んだから、死亡率が下がったのです。 特に上下水道の普及による、乳幼児死亡率の劇的な低下が大きかったのです。 そして上下水道の建設費用は、日本国民の血税でまかなわれたのです。

>ところで日本は朝鮮に莫大な投資をして水田開発を行いました。

産米増殖計画の一環ですね。 総督府は農業組合や青年学校を通じて農業技術の普及を図り、新品種を導入したり、地道な努力を重ねました。 お陰で日本の統治中に、コメの生産量は1.5倍に増えました。 現在でも韓国人の食べているおコメは、日本から持ち込まれた品種です。

>1917年当時は年間0.7石だった一人あたりの米消費量が、1928年には0.54にまで下がっています。

それには理由があります。 ?上記のような人口爆発に、コメ生産量が追いつかなかった ?「一人当たりの消費量」には、劇的に増えた乳幼児も含まれる。 子供のコメ消費量が、大人より少ないのは当然である。 ?当時の朝鮮農家には、コメが唯一の換金作物だった。 農民が税金を払い、肥料や農具などを購入するためには現金が必要だったので、農民はコメを売って自分は粟やヒエなどの雑穀を食べることが多かった。 

それがいけないと言うのなら、総督府が貨幣経済の導入したこと自体が悪いことだったということになり、韓国は今でも日本の平安時代さながらに、物々交換で暮らしている方が幸せだった、ということになります。

>朝鮮人は、自分たちがまともに食えないのに、日本人のために飢餓輸出を強制された

コメの内地移出が増えたのは事実です。 それは内地の方がコメが高値で売れたからであり、内地では米価が低落して日本農民の暮らしが苦しくなることを理由に、朝鮮米の移入を問題視する意見も強かったのですが、朝鮮農民の現金収入源を確保するため、総督府が押し切ったのです。 いわば朝鮮農民は、内地の農民の犠牲の上に現金収入を手にしたのです。
(続く)
それに内地へのコメ移送で稼いだのは、コメ商人です。 たとえば李秉�戞淵ぁΕ咼腑鵐船腑襦砲魯灰疚箍阿蚤腓發Δ韻靴董∋粟浦眸兇隆霑辰鮹曚�ました。 それが「強制された飢餓輸出」だったのなら、李秉�戮脇泳Δ竜樟靴両紊忙粟浦眸兇鮹曚い燭里任△蝓�現在の韓国では親日民族反逆者と呼ばれる裏切り者ですよね? 

ところが現在三星電子は、韓国政府の数百億ウォンもの援助を受けて、液晶テレビなどを生産し、韓国を代表する企業になっています。 このような売国企業が、過去の悪行を反省もしないまま大もうけするとは、けしからんことです。 さあ、あなたも三星財閥を糾弾し、SAMSUNG製品の不買運動に参加しましょう!

>朝鮮人所有は逆に3,545町歩に減ってしまいました

それまで土地を持っていたのは誰ですか? 両班階級の地主でしょう? 両班とは、労働を蔑視し、庶民を搾取して漢文を読むしか能がなく、見栄を張ってぜいたくばかりを繰り返していたのはご存知ですか? 日本の自作農が、地主であっても勤勉に働いたのとは大違いです。 両班がぜいたくするため、返せるあてもないのに借金をして返せなくなり、その担保に土地を取り上げられても自業自得ではありませんか?

>朝鮮総督においてすら、このように見えていたのです

宇垣が総督だったのは、1931〜36年の期間ですね。 当時は世界的な大恐慌によって、日本国内でも大変生活の苦しい時代だったのではありませんか? 「パンを与える」というのを、米英でも日本でも朝鮮でも、最優先の課題に置くのは当然だと思いますが、それに何か問題でも?

「内鮮融和」というのも、差別をなくすという意味では良いことですね。 ところが創氏改名をやったら「民族の命である名前を奪われた!」と非難し、内地人と朝鮮人を区別したら「民族差別だ!」と怒る。 

仕事を与えたら「奴隷のように酷使した!」と非難し、与えなかったら「飢えているのに放置した!」と怒るのですから、要するに朝鮮人は、悪いことは何でも当時の日本人のせいにしたいのでしょう。 朝鮮人だけでなく、あなたもね。 当時の日本の施策を評価したら、沽券に関わるとでも思っておられるのでしょうか?

>朝鮮の富が増加している割合には朝鮮人の富は増設致しておりません

人口増加のせいですね。 またコメなどの増産にも関わらず、不景気で米価が低かったこともあります。 

>歴史を偽造するのは恥ずかしいことだと私は思いますよ

その通りです。 日本から受けた恩恵を全て自分の手柄とし、自分たちの不始末もみんな日本人のせいにする、恥知らずな韓国人・朝鮮人に言ってやってください。 韓国人が日本に奪われた、と主張する「七奪」とは、「国王・主権・領土・資源・言語・姓名・人」の七つでしたっけ?

例えば自分の地位を守るため、清国やロシア・列強に主権を売り飛ばそうとしたのは李朝の国王ですよね。 そのような王は、人民に見放されて当然です。 だから戦後韓国では、共和制を取って王制を廃止したのです。

言語についても、総督府が朝鮮語の使用を禁止したことなどありません。 むしろ朝鮮で見捨てられていたハングル文字を復活させ、教育したのは総督府です。 学校を建設し、教師を雇い、教科書を印刷し、教育する経費は、全て日本人の負担だったのです。 

奴隷にするなら無知な方が使いやすいはずです。 いくら皇民化教育を施しても、文字が読めるようになれば、独立派のアジビラや共産主義などの不穏文書を読むかも知れない。 そうしたリスクを負ってまで、総督府が朝鮮人にわざわざ教育を施したのは、彼らの意識向上を図り、日本も朝鮮も含めた国全体に役立つ人材を作ろうとしたからです。 現に、「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の経済発展を担った中核は、日本統治下で教育を受けた韓国人でしたよね。

上記のように、あなたの挙げた事例は、みんなとっくに論破されているものばかりです。 ソウル大学の李栄薫教授が気づいたのも、そうした反日恨み節が欺瞞だったことです。 あなたは時代遅れの左翼プロパガンダにだまされていますね。
「あの時代が深刻な反省の対象でないというなら、もう一度同じことをするのに何のためらいがあるのか。」

反省はしていますよ。 当時としてはやむを得ない判断だったかも知れないが、やはり朝鮮はお荷物でしかなかった。 おかげで日本は、戦後も在日韓国・朝鮮人を抱え、苦労しています。 最近は外国人参政権も主張されていますが、とんでもないことです。

>日本がそう見られている間はアジア各国と真の協調は困難です。

ほう、では中国は? ロシアは? アメリカは? 侵略者だ、搾取だと嫌われつつも、国際社会の主要プレーヤーになっているではありませんか。 道徳的評価など、国際社会ではさほど重視されず、経済的・政治的・軍事的な利用価値こそが、重視されるポイントなのです。 

それにあなたのおっしゃる「アジア各国」とはどことどこのことですか? アジアには数十か国が存在しますが、日本を非難するのは中韓朝の三国だけではありませんか? 彼らのことは、「特定アジア」と呼んで、他のアジア諸国と区別するのが最近の流行です。 

特定アジアは日本を道徳的に非難することで国内を団結させ、日本に譲歩を迫る構造的要因があるので、気にすることはありません。 日本がいくら反省を示した所で、中国や北朝鮮が日本に狙いを定めたミサイルを、減らしてくれるとは思えません。

>アジアがいがみあっている状態に喜ぶのは、誰ですか?

日本が悪役になってくれて、誰より喜んでいるのは中韓朝の「特定アジア」です。 なぜなら、日本が悪役であればあるほど、政権への求心力が高まり、政権が安泰だからです。

>日本は朝鮮を一方的に利益線として設定し、そこにわが軍事力を展開する権利のみを主張して、朝鮮の権利を否定したことです。

朝鮮は祖国の防衛を、最初は清国に、次はロシアに依存しました。 自力で防衛しようという考えがないのに、「利益線」などという考えも生じません。

>中国にとっても朝鮮は利益線でした。

当時、中国は各地で軍閥が割拠し、好き勝手に徴税して軍隊を抱えていました。 まとまった中央政府がないのに、「利益線」など設定するわけがないでしょう。

>こうして際限のない膨張運動が繰り返されることになってしまったのです。
この失敗を失敗と認めない無反省なVenomさんのような考えが

確かに大陸に深入りしたのはまずかったですね。 内田良平のようなロマンチスト・大アジア主義者にも、困ったものです。 壮士気取りで地方軍閥に入れこんだり、政治工作を仕掛けたりするんですからね。 その反省に立って、福沢諭吉の脱亜論を見直しましょう。 過剰な感情的思い入れを排して、中国や朝鮮に深入りすべからず。 

現在のアジア情勢は、日清戦争の前に似ています。 当時は半島に敵対勢力の基地ができたら大変だ、というのでついつい深入りしてしまいましたが、今では制海権と制空権さえあれば、日本列島は防衛できます。 MDも重要ですね。
取りあえずコミュ管理人としてのコメントです。

Venom様は論点を拡散させ過ぎて、書き込み内容がコミュの趣旨から逸脱しています。ここは2ちゃんねるではないので、リアルタイムレスは不要です。丁寧な議論を心掛けて下さい。

私はもう少し学術的な情報交換の場として利用して欲しいと考えてこのコミュを作りましたので、相手を論破したい、議論に勝ちたい、という考えがおありでしたら他に適当なコミュがあると思いますので、そちらにお移り下さい。

はて? どろさんは日本が朝鮮に被害を与えたとおっしゃるので、その内容をお聞きしているのですが? それが「学術的な情報交換」には当たらないとおっしゃる? どろさんには一方的な政治的主張が許されるが、私にはそれに反論することは許さないとでも?

もちろんリアルタイムレスなど求めていませんし、調べた上で資料にもとづき、じっくり意見を交換するのは歓迎しますよ。
大日本帝国の行動論理は国益でした。
朝鮮に投資したのは利益を引き出すためであって、その投資で朝鮮にいくばくかの利益が残ったとしても、それは反射的利益に止まります。
しかし日本が利益を引き出したことによる朝鮮の不利益は、投資目的から発生した必然的不利益です。

国家はお人好しではありません。
朝鮮は利用の対象であり、その目的に沿う限りで一部の利益を分配しただけのことです。

しかし歴史は皮肉なものです。
朝鮮の安価な米の流入が米価を暴落させ、輸出価格の低迷が朝鮮農民の没落と難民化をもたらしました。
平頂山事件は難民化した朝鮮人と現地中国人との衝突が原因です。
米価暴落は同様に本土の農家をも困窮させました。
満州事変は国内農村の救済のためでもありました。
これらは日本の植民地経営の矛盾がもたらしたものです。
日本本土の安全のために朝鮮を植民地にした選択が誤りだったのです。

大日本帝国はこのような貪欲な膨張運動により必然的に敵を増やして自らの孤立を招いたのですが、その限界を突破するために更なる軍事的冒険に打って出て、最終的に筆舌に尽しがたい惨禍を国内外にもたらして、壊滅的な敗北に至りました。

その国策路線を正当化しようとしても歴史は引っくり返りません。
Venomさんの認識から導き出される行動は過去に一度実際にやったのと同じそれでしかありません。
それは大失敗だったことが誰の目にも明らかで、破綻が証明されているものです。

一度目の失敗を反省するどころか正当化にこれ努めていては、日本人というのは失敗から学べないのかという不信感につながるでしょう。

同じことを二度繰り返さぬよう、目を醒まして頂きたいものです。
サンフランシスコ条約は、日本が二度も同じ過ちをしなくてすむために、未来に生かす価値のある条約です。
>大日本帝国の行動論理は国益でした。
>国家はお人好しではありません。

当然のことです。 私も日本政府が朝鮮人民を愛していたとか、博愛精神によって恩恵のみを与えた、などと主張する気はありません。 

日本が朝鮮を併合した動機は、日本の安全保障にあったと考えています。 明治維新も、文明開化も、殖産興業も、富国強兵も、日清戦争も、日露戦争も、全てその動機は日本の安全保障・列強の侵略排除です。

しかし朝鮮は頑迷固陋で、旧弊な華夷秩序にのみしがみつき、日本を野蛮人と蔑視して、共に近代化して防衛力を強化し、「互いにとって双方が利益線であることを承認しあい、互恵的に防衛協定を結ぶ」という日本の呼びかけを拒否しました。

そればかりか、清国やロシアに事大して日本の安全を脅かし、その結果日本が日清戦争や日露戦争で莫大な犠牲を払う羽目になったので、やむを得ず日本は朝鮮政府から外交権を取り上げざるを得ませんでした。 

ところが李朝はそれでもこっそりハーグへ密使を送って、なりふり構わず列強に身売りを持ちかけ、ついには併合慎重派の伊藤博文までが暗殺されてしまったので、とうとう日本は朝鮮を併合せざるを得なくなった、というのが私の考えです。

併合の動機が日本の安全保障である以上、総督府の施策も、最優先するのは日本の安全保障です。 そこで総督府は朝鮮人(95%が農民)の生活向上を図りました。 彼らが貧しさゆえに一揆や暴動ばかり起こしていたのでは、その鎮圧に余分な兵力を要し、外敵からの防衛どころではありませんからね。

ところで政治とは、「結果責任」ですよね? 動機の如何に関係なく、国民の幸福に寄与したかどうか、という結果で判断されるんですよね? 

「朝鮮は利用の対象であり、その目的に沿う限りで一部の利益を分配しただけ」ですって? 利益を分配しないより、はるかに立派な結果責任をもたらしていますよね? インド人織物職人の手を切り落としたイギリス人(これについては俗説だ、という意見もありますが)や、インドネシア農民にコーヒーやゴムなど換金作物の栽培を強制し、何十万もの餓死者を出したオランダ人と比べて、どちらが現地住民の「幸福に寄与」しているでしょうか?

>朝鮮の安価な米の流入が米価を暴落させ、輸出価格の低迷が朝鮮農民の没落と難民化をもたらしました

ほう、では総督府は、朝鮮米の内地移出を制限すべきだったと主張なさいますか? 朝鮮農民の現金収入源を、断つべきだったと主張なさいますか? 朝鮮農民は貨幣経済など知らず、物々交換の原始的な経済に甘んじている方が幸せだったと主張なさいますか?

要するに私は、「日本の朝鮮統治は失敗もあったし不行き届きもあったが、韓国・朝鮮で言われているほどひどいものではなかった。 むしろ朝鮮を近代化し、朝鮮人の生活を向上するのに成果があった」と言いたいのですが、いかがです? (続く)
>大日本帝国はこのような貪欲な膨張運動により・・・壊滅的な敗北に至りました。

古臭い、左翼史観ですね。 歴史とはそんな単純なものではありません。 大陸に権益を持っていたのは日本だけではありません。 米英仏独などの列強もそうです。 そしてソ連の支援を受けた中国共産党が、国民政府を打倒して政権を握ろうと、中国人民の排外感情を煽っていました。

列強は、義和団事件のときのように、共同でこうした外国人排斥・テロ活動を鎮圧し、条約で認められた権益を守ろうとしますが、いかんせん中国は欧米から遠く、余りにも広い。 

そこで列強は日本に大兵力の派遣を求めますが、幣原内閣はそれを拒否する。 その結果英国などは日本が頼りにならないと見なし、単独で国民党政権との結びつきを強めて財政顧問などを送り込み、それが日本との対立につながったのでしょう? 

アメリカはアメリカで、英国を世界の覇者の地位から蹴り落とし、自分が派遣を握ろうとしていた。 英国がナチドイツとの戦争を始めると、日本を追い詰めて真珠湾攻撃へと誘導し、自分たちが参戦できる口実とした。 

ソ連もまた、毛沢東らに指示して対日テロを盛んにし、国民党政権と日本を戦わせて、日本を疲弊させようとした。 さらに日本にゾルゲらを、アメリカにハリー・デクスター・ホワイト送り込んで、日米を戦わせるように仕向けたことが、最近の研究で明らかになっています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88


英国は莫大な戦費のため、第二次大戦中にはもはや破産状態であり、アメリカからの借款に頼らざるを得なくなった。 アメリカは英国の弱みに付け込んで圧力を掛け、英国が戦後植民地を手放すように仕向けた。 主要資源を自給自足できるアメリカは、英国に代わって世界の覇者となった。

・・・とまあこれが私の見解ですが、時代遅れの左翼史観とは、何と幼稚で単純なのでしょうか? 左翼史観によれば、帝国主義は必然的に没落するはずですが、英国・日本などは没落したものの、アメリカは今だに世界の覇権を握っているではありませんか。 そして左翼史観によれば、共産主義の到来が必然だったはずなのに、1989年には共産圏が崩壊してしまったではありませんか。

歴史とは、国際社会とは、弱肉強食です。 単純な「法則」とやらによって動くのではありません。 ところが戦後アメリカでは、毛沢東が蒋介石政権を大陸から駆逐するのを見て、「アメリカが中国を失ったのは誰の責任か?」 「そもそもアメリカは、日本と戦うべきだったのか?」という議論が起こりました。

朝鮮戦争の勃発です。 先日なくなったジョージ・ケナンなどは、「アメリカが浅はかにも、日本を中国や朝鮮半島から追い出したから、アメリカが直接ソ連や共産中国と対峙する羽目になった」という意味のことを言っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%83%B3

だから「同じことを二度繰り返さぬよう」にするには、こうした現実を素直に見つめる必要があるのです。 サンフランシスコ条約の歴史的意味は、もう終了したのであって、それを根拠に日本は反省すべきだとか謝罪すべきだとか主張なさるのは、お笑い種です。
>ところで政治とは、「結果責任」ですよね? 動機の如何に関係なく、国民の幸福に寄与したかどうか、という結果で判断されるんですよね?

そうです。
ですから明治以後の膨張主義が完全に破綻した時点で、その結果責任を日本政府は受け入れねばなりません。
他国との比較は無意味です。
十万円取ったドロボーが百万円取ったドロボーを相手に大ドロボーと罵っているようなものです。

>だから「同じことを二度繰り返さぬよう」にするには、こうした現実を素直に見つめる必要があるのです。

現実を見つめるならば、侵略戦争でなかったとか、戦犯の名誉だとか抽象的なことにこだわるのはナンセンスとして言いようがないし、有害です。
まずそんなことで外交関係を混乱させるべきではありません。
つぎにそういう歴史観を主唱する勢力が対米追随勢力と重なっているところから判断できますが、米国と共に海外で共同作戦をやるためのイデオロギー的露払いの役割を果たしていますので有害です。

その歴史観は国内的な説明ができても、対外的に説明がつかない点に矛盾があります。
日本が侵略国でなかったのなら、米国の若者は何のために死んだのかという米国世論に勝てる大統領はいません。
対米追随のために日本国民の戦争観を変えねばならず、それにはかつての戦争が侵略でなかったと言わねばならず、そうすると米国とギクシャクするのです。
困りましたね。

あなたの歴史観は承りましたが、未来に益するものはないと申し上げるしかありません
>その結果責任を日本政府は受け入れねばなりません。

私が韓国・朝鮮人に対してすまないと思うのはただ一つ、日本の統治中に「日本に協力すれば、朝鮮人は幸せになる」と教え、彼らもそれを信じて協力してくれたのに、敗戦のためその約束を果たせなかったことです。

朝鮮の若者、20万人が日本軍に入隊し、その内3万人が戦死しました。 彼らの霊は靖国神社に祀られているので、今後も参拝して、彼らに対する敬意と感謝を捧げ続ける必要があると思うのです。

>他国との比較は無意味です。 十万円取ったドロボーが百万円取ったドロボーを相手に大ドロボーと罵っているようなものです

「日本は十万円しか取っていない、いやむしろ十万円以上のものを朝鮮人に与えた」という見解にはご賛同いただけますか? 欧米列強の植民地と比較するのではなく、根本的な性格が異なると申し上げているのです。 

「李栄薫教授インタビュー」にもあるように、「収奪・掠奪ではなく、日本本土と等しい制度と社会基盤を取り揃えた国に作って、永久編入しようとする野心的な支配計画を持っていた。近代的土地・財産制度などは、このため過程だった。」ということです。 つまり、朝鮮を四国や九州などと同じく、日本の一地方として対等に扱うことが目標だったのです。

「イギリスなどは、植民地に工場や資本財、中間材を輸出して産業を起こさなかった。 西欧帝国主義は基本的に原料収奪型だった。日本と違い永久併合が目的ではなかったから当たり前だった。 引導という株式会社を、イギリスが投資して経営する。いつでも発つことができる商業的投資をした。それが帝国主義元々の姿だ。 日本と植民地朝鮮の関係は、そんな枠では理解し難い。 地理的に接していて、人種的に似ていて、文化的によほど似たり寄ったりで、一つの大きな日本で作ろうとしたのだ」ということです。

http://kamomiya.ddo.jp/Souko/C03/I_Yonfun/QandA.htm

>侵略戦争でなかったとか、戦犯の名誉だとか抽象的なことにこだわるのはナンセンスとして言いようがないし、有害です

いいえ、「日本=悪の侵略者」 「米英=正義の味方」という単純な図式を打ち破ることは、現実を正しく認識するのに有用です。 他の場所であなたも、「中国を侵略した戦犯の問題に、中国自身が発言できないなんて・・・」と驚いておられたでしょう?

つまり米英は、「日独伊を打ち破る」という目的に役立つならば、戦時中は中国の肩を持って、蒋介石をチヤホヤしました。 けれど蒋介石が内戦に敗れて台湾に逃れ、それ以上数億人の中国人を動かす権力を失なったなら、蒋介石はお払い箱なのです。 利用価値がなくなったら、ポイと捨てられるのです。 それが国際社会というものです。 だから中華民国は、サンフランシスコ講和会議に招待されなかったのです。 「国家というものは善意では動かない」と言っておられましたよね?
(続く)
あなたは、こうもおっしゃいました。 「東京裁判当時のアメリカは支持するが、今のアメリカは支持できないから、日本は対米従属から抜け出すべきだ」と。 その考えは完全に間違いであり、アメリカに幻想を持ちすぎです。

実際のアメリカは、当時も今も、自分たちの国益しか考えていません。 戦犯を裁判にかけ、糾弾したと思ったら、その舌の根も乾かぬうちに彼らを赦免し、利用しようとします。 冷戦が始まり、朝鮮戦争が勃発したことによって、日本の協力を得ることが必要になったからです。

我々としては、その魂胆を見抜き、過大な期待も幻想も抱かず、過剰な敵意も持たず、日本の国益のために彼らの力を上手く活用することが重要なのではないでしょうか? 

ですから「過大な幻想」を排するため、サンフランシスコ条約第25条をよく読んで、米英が正義の味方などではなかったことを認識する必要があります。 一方で戦犯の国際的な名誉回復を図り、「過剰な敵意」を抑える必要があります。

>日本が侵略国でなかったのなら、米国の若者は何のために死んだのか

それを言うなら、朝鮮戦争で死んだ米国の若者は、何のために死んだのでしょう? ベトナム戦争で死んだ米国の若者は、何のために死んだのでしょう? 湾岸戦争やイラク戦争で死んだ米国の若者は、何のために死んだのでしょう? 

ルーズヴェルトが間違っていた、という議論はすでに米国内でも盛んです。 それは米国人自身が自分たちに問いかけ、自分たちで答えを見つける問題です。 でも私たちは、彼らの死をあざ笑うような態度を取るべきではありません。

>それにはかつての戦争が侵略でなかったと言わねばならず、そうすると米国とギクシャクする

それは、持って行き方次第だと思いますよ。 太平洋戦争で死んだ米国の若者たちの名誉を汚さないよう、徐々に彼らの認識を改めて行けば、日本が100%の優等生ではなかったにしろ、必ずしもナチスのような悪玉ではなかったことが、米国民にも理解できると思っています。 

ナチスから逃れてきたユダヤ人たちに、満州で救いの手をさしのべた 樋口季一郎少将や安江仙江大佐のような軍人が、日本軍にもいたことをご存知ありませんか? 「日本のシンドラー」は、杉原千畝領事だけではありませんよ。

アメリカ人が、過去の日本を再評価し、あの戦争が不幸な誤解にもとづくものだったことを理解してくれた暁には、(あなたのお気に召さないかも知れませんが、)日米の同盟関係は磐石のものとなるでしょう。 そうすれば未来に大変、益することになります。 ギクシャクしないよう、綿密な作戦を立てて、計画的に進めるべきなのは、もちろんですがね。

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