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テンペストワルツ愛読者集合☆コミュの一章  第二話 決意

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日本 防衛省参謀本部


 綺麗に掃除された室内の中で二人が向かいあっている。デスクの上で書類に目を通す男は、国防大臣首席補佐官を務める統合幕僚本部少将草壁良馬(くさかべりょうま)である。そして、向かい合わせに直立不動で立っているのは、日本国自衛軍特殊作戦軍司令兼、海軍中佐の草壁圭馬(くさかべけいま)だ。戸籍上では親子であるが、今の二人を見ていると上司と部下の関係にしか見えない。自衛軍の中でも重要なポストに就く二人が、たった二人で室内にこもっている。それだけで、直属の秘書官や副官たちからすれば不気味だった。


日本は第二次世界大戦後、経済大国として世界に認知されるようになっていたが、ある日を境に変革を遂げざるを得なくなる。


それは国連という組織が根本から変わって、圧倒的な力を有する世界機関としての地位を得たことに始まった。その結果、新国連と名を改めた勢力は強大な軍事力を有し、「地球統合政府」としての役割を担うまでに至る。その勢力下では、どの国も一定規模の軍を提供せねばならず、結果的に各国が軍備拡張を迫られることとなった。


世界各国には、自軍の兵を自国の利益に関わり無いところで使役されることへの不満があった。だが、軍備増強に対する大義名分を得たことでその殆どが条件を受け入れていった。


だが、日本は恒久平和の理念の下これを受け入れるわけにはいかなかった。日本は最後まで新国連の方針に異議を唱え続けたが、統一された「世界」の前に日本は余りにも無力だった。一時アメリカ統合連邦軍を中核とした新国連艦隊に包囲されるまで情勢は悪化した。方針に沿うか、沿わずに日本を歴史から消し去ることを善しとするか……結果的には日本がその条件を呑むことで日本に終わりを運ぶ戦いは回避された。


屈服する以外選択肢はなかったが、長年平和の中で安穏と過ごしてきた日本人にとって、これほど屈辱的なことはなかっただろう。結果、平和を願った先人の意志を踏みにじる形で日本の憲法は書き換えられていった。そして、純粋な戦闘部隊では十五万にも満たない自衛軍は半年で三十万を超える兵力を有する巨大組織に膨れ上がった。


日本の軍事力が二十万を超えないのには戦争の放棄を掲げる他にあと二つあった。一つは、軍の戦力を維持することの限界である。軍という組織は、定数が揃っていれば良いわけではない。どの部隊でもある一定の戦闘能力が維持されていなければならず、それを前提とした戦力を配備するのが普通だ。戦力が均一でなければ、作戦を立てる際にその分戦力のバランスに、注意を払わなければならないからだ。


もう一つにはそもそもそれだけの規模を維持できるだけの資金力そのものが無いことが挙げられる。現代における戦争では、兵器を造るのにコストがかかるのは当たり前だが、最も金がかかるのは人件費だ。敵を十人殺せる兵を育てるのには莫大な予算と時間を必要とする。


スペック上では百人以上殺せる武器があっても、それを百パーセント使いこなせる兵はいない。スペックに似合う能力を得ている頃には、兵の半分以上が死んでいるからだ。それに、日本には兵器分野に特化した民間企業は存在しない。そういった企業は戦争が政治的手段として用いられる国でなければ成り立たない。それ以前に、日本は法の力で護られていたため、攻勢に特化した軍を必要としなかったのだ。


だが、既にその法は自らの手で失わせてしまった。日本は世界の陰惨なパワーゲームの盤上に放り出された。政府はその中でゲームのプレイヤーとして、日本の平和を護り続けなければならなかった。だが、これははプレイヤーの心を蝕んでいく死のゲームだ。それなりに陰惨な政治をこなしてきたこの国の政治家たちだが、彼らは己の足を引っ張り合うやり方しかしてこなかった。


連携という言葉の意味を履き違えた人間たちにとって、新国連の中での政治は難しすぎた。老獪な政治屋たちは腐敗を極め、その腐敗は肥大化した自衛軍にまで浸透してきている。その中でも理性を有している者たちの一部が彼らだった。


そして特軍と言えば、自衛軍の中でも最精鋭の部隊群であり、司令官が海軍きっての若き智将と名高い彼が抜擢されたことから、特軍は「秘蔵っ子の宝箱」とも呼ばれている。その性質上、請け負う任務も多種多様で命令があれば彼らは陸海空あらゆる場所に赴く。時には軍情報部や憲兵隊と共同で隠密行動に着手することも多々ある。特軍のトップが動くと言うことは、国家の安寧を揺るがしかねない事態でもない限りないだろう。


それを差し引いたとしても、あの草壁家の人間が二人も絡むということが、本件の深刻さを物語っていた。じっくりと見入っていた書類を机に置き、良馬が口を開いた。


「この内偵結果が仮に事実だとしても、我等が動く正当な理由とはならない」


良馬は硬く眼を閉じて静かに口を開く。年は六十を軽く超えている筈だが、それでもかつての威厳は少しも失われていない。圭馬は一瞬たじろぐが引き下がることは無かった。


「何故です? リジェネレイトカンパニーが反国連勢力に物資を横流ししたことは事実なのですよ? それに<ムーンパレス>にアジアの曙光のリーダー、ディナ・メフマッドが招かれたという情報まであるのです!」


軍では冷静沈着がトレードマークである圭馬は、珍しく声を荒げた。だが、良馬は動じない。


「最近、中華統一連合が不穏な動きを見せている。かなりの規模の艦隊が香港要塞に集結しているようだ。再進攻の兆しとも考えられる」


圭馬はその言葉に押し黙った。中華統一連合は、現在のアジア地域の覇権を握る軍事大国である。古来より武力による外交を行使し、今もなおその方針を崩さぬ国でもある。その軍事力は膨大で、アメリカ統合連邦やユーラシア連邦と肩を並べるほどである。


中でも艦隊保有数は世界でも群を抜いており、戦闘艦艇の総数は六百隻にも及ぶ。新国連加盟国であったが、「ブレイク・デイ」以降脱退を表明し、国内に更なる圧政を強いている。とは言え、資源が豊富というわけでもない。太陽光発電も旧式のものであったし、エネルギー問題は以前より深刻化していた。


「まさか……中統連は先の戦いで半数近くの艦隊を失っています。再侵攻の態勢を整えられる筈はありません!」


ユーラシア分裂はそもそも、中華統一連合の近隣諸国への武力侵攻が発端であった。国連から脱退した中統連は、リジェネレイトの技術を手に入れようと二年前にも中東連合、台湾へと大規模な侵攻作戦を展開した。名目上はアジア地域の治安回復と混乱を招いている分裂主義テロ組織の壊滅であったが、真の目的は各国に存在するリジェネレイトの関連施設と、その研究データであることは明白であった。


崩壊戦争と呼ばれたこの戦いが引き金となり、世界各地で内乱や分離・独立運動が活発化した。新国連軍と近隣諸国との武力衝突に加え、反政府組織との度重なる戦闘で中統連軍は大きく疲弊した。艦隊戦力に至ってはほぼ半数の艦船を失っており、中統連は本土防衛の為に日本付近にいた艦隊をスリランカまで後退させている。


「今では新国連の監視の目があります。彼らも同じ轍を踏まんと躍起でしょう」


現在は、新国連軍が各地に配置した部隊による監視ラインが構成され、不穏な動きがあればすぐに各地の軍が共同で防衛線を張れる体制が整っている。国境付近では散発的な戦闘が行われているようだが、さすがの中統連も世界を相手に全面対決する余力はなかった。


「中統連も我々に散々にたたかれて懲りたはずです。奴らとて、情勢を鑑みることくらいできる筈です!」


圭馬は机を叩きながら身を乗り出す。かの戦争でアジア地域は激戦区となり、日本もその戦いに巻き込また。中統連艦隊が執拗に本土への上陸を図り、自衛軍艦隊は幾度となくそれを防いだ。中統連が投入した艦隊は総数百五十隻。対する自衛軍は、全戦力である八十四隻を佐渡島基地に派遣した。それでも、戦局は日本側に圧倒的な不利であった。


だが、前線の名だたる将たちがその命を散らせながらも、獅子奮迅の活躍を見せた。それに加え、要塞化された佐渡島守備軍との共同戦線で敵勢力を何度も撃退した。日本も中統連も名将呼ばれる人材を多く失い、両軍は失意の中にあった。


「草壁中佐……中統連とはそういう国なのだ。彼らにはアジアの覇権をにぎる国としての誇りと意地がある。かの国は必ず攻めてくる……近いうちに必ずな。我々は限られた期間の中で、最善の道を選ばなければならん」


良馬は苦い顔をしながら言う。日本側は三ヶ月に及ぶ戦役を持ちうる限りの戦力を駆使し、辛うじて戦局を乗り切ることに成功した。だが、対する中統連側も必死であったことは同じで、ありったけの兵力を日本にたたきつけた。どれだけ完璧な防衛線を敷いても、物量的な限界があり、各所戦線を突破する中統連艦が出始めた。海上ラインを突破した揚陸艦隊による対地攻撃は、佐渡島基地のみならず民間施設にも及んでいた。


 この戦闘で上陸部隊と激戦を繰り広げた佐渡島守備軍は二万三千名の損害を被った。海軍に至っては保有する艦隊の半数を失った。敵中統連の大艦隊を防いでいた自衛軍艦隊は、兵員の六割である約二万八千名を超える人命を失っている。だが、世間がもっとも衝撃を受けたのは、民間人の犠牲者が三千名に上ったことである。政府と地方自治体は、早期退去という決断を下さなかった無能を責められ続けている。佐渡島からの住民強制退去命令も未だ解除させられない始末だ。


「しかし……だからこそ、敵の海上戦力が膨大である以上こちらの不利は必至! 日本全土を護りきる戦力など我が軍には存在しない! ゆえに、機動力を有する護衛艦隊の再編を私は進言して来たのです」


 日本が貯蔵する弾薬と資源の多くがこの戦役に注ぎ込まれた。三ヶ月間で浪費された資産は国家予算の三年分を超えるとも言われている。軍は今、慢性的な資材・予算不足に陥っていた。しかし、中統連は多大な損害を被りはしたがまだまだ余力は残している。いつ新たな軍が送られてきてもおかしくはない。それも以前の倍以上の戦力が投入されるだろう。


 政府上層部は、限られた予算の中でいずれ再開されるであろう中統連の日本進攻に対抗する策を、模索していかなければならなかった。


「艦隊を再建するには、物資も予算も到底足りない。現状では理想論に過ぎないのだ」


 良馬は冷徹に言い放つ。国家対国家の戦争は、常に敵国の首都を攻略することが勝利への絶対条件である。都市全体を守護できる「オラクル・リュミエール」が普及した現代では、長距離兵器による攻撃は事実上無力化されている。


 安全圏からの攻撃を封じられた場合、陸戦兵力による制圧戦を行うしか手がない。抵抗力そのものを失わせるのも一つの戦略であるが、それでは時間も損失も甚大なものとなってしまう。支配を続ける体力がなければ、反政府勢力の台頭を許し消耗戦に持ち込まれる危険がある。


 遠征軍に第一に求められるのは、遠征先に存在する敵性勢力の早期排除である。故に、相手国の重要拠点を制圧することで、敵の戦意を崩していかなければならない。


 今、首都の直線ルート上に敵国の兵力の三分の一が布陣している。中統連にとってこれほど好都合な状況はない。逆に、敵が本土へと上陸するには佐渡島が最大の障害となる。日本進攻への足がかりとして、そして本土防衛の面からも佐渡島は重要な拠点だ。


 敵を首都ルート上にある佐渡島要塞へと誘引し、本土への上陸を防ぐ……それが、自衛軍参謀本部の立案した防衛計画だった。


「……そして本土防衛構想をより確実にするための、佐渡島要塞強化計画だ」


 政府は佐渡島へ新たに二個師団の投入し、佐渡島守備軍の戦力は四個師団総勢五万となった。それに加え、佐渡島要塞陥落の事態を想定し関東北陸沿岸部での水際阻止の戦力として一個師団と三個大隊、総数一万八千を布陣した。この防衛ラインの中核は草壁派の軍が担い、その他の部隊群は各地からありとあらゆる手段を用いてかき集めた。戦役から一年半の時を費やし、合計六万八千の大戦力を有する堅牢な防衛ラインが構築された。


「誘引のためにも艦隊は必要なはず……とても多角的な計画とは思えません」


 圭馬が不満げに言った。彼は艦隊を早期に再編し、海軍の機動性を生かした海上による防衛を強く主張したが、政府は日本海防衛戦で被った自衛軍艦隊の損失に辟易していた。それに、艦艇の建造には莫大な予算と時間が必要となる。


 既に要塞化され、市民の避難も完了している佐渡島に敵を誘引する方が被害は格段に少なく、戦略としては一番堅実で経済的だった。政府はその点を考慮に入れ、参謀本部の案を取り入れた。圭馬の意見が一蹴された結果、未だに艦隊は戦前の二割しか回復できてはいない。


「そう言うな……上層部も奮発したほうだぞ? 地上兵力を整えただけでも良くやった方だし、半分の予算でここまでの戦力を整えられたのは奇跡に近い。恐らくあらゆる手段を講じて予算を遣り繰りした筈だ……補給の点では更に苦労しそうだがな」


 ロジスティクス……軍の物資や流通を司る部署に就き、日本海防衛戦において本土から佐渡島へ絶えず物資を送り続けた男がそう採点した。海を挟む佐渡島での三ヶ月にも渡る攻防戦を凌ぎきった要因の一つは、良馬達のような部署の地道な活躍にあった。これはどんな専門家の口上の羅列よりも信憑性がある。


「シーレーンの維持は難しいでしょうね。退役艦の全てを使っても追いつかない」


 佐渡島は本土防衛の最後の砦だが、本土から幾分の距離がある。陸海空合わせて五万以上の兵力を維持し続けるには不便な場所だ。可能な範囲の迎撃態勢は整えてあるが、あくまでも保険でしかない。日本の防衛力がこれまでにない程に低下している以上、中統連を刺激する行為はなるべく避けなければならなかった。


「そもそも、リジェネレイトカンパニーは一企業であり、その取引相手は自由なのだぞ……? お前も、彼等の持つ事業特権を知っている筈だ」


 事業特権は、世界に多大な貢献をした企業に与えられるものである。それは事業に対するほぼ全ての制約を解除するというものだ。この特権は国連から発効され、取得しているのはリジェネレイトくらいである。リジェネレイトほど利他的事業を展開できる財力と、提供できる技術力を有する企業自体が世界には存在しない。


「我が国は、先の日本海防衛戦において多大な資源を浪費している。今の段階ではリジェネレイトを刺激するは控えなければならん時期なのだ」


 「ブレイク・デイ」から、世界は崩壊の一途を辿っている。石油枯渇の煽りを一番受けたのは民間企業だった。ある世界規模の統計では、世界にある企業の内、二十七パーセントが倒産している。常に莫大な利益を手にする軍需産業においても、今回被った経済的損失は計りきれない。


 製造・運輸等、化石燃料を莫大に必要とする主だった産業には既に民間レベルでの運営は事実上不可能となっている。失業者は、試算でも七千万にも上った。多くの産業が国営化され、サービス関連の企業もエネルギー消費削減政策の標的となった。国民から娯楽の殆どが奪われ、政府への不満は高まる一方だった。実際のところ、日本はリジェネレイトカンパニーに支えられていると言っても過言ではないのだ。


「こちらの対外戦力が整うまでは。ファントムギアスの出方を見るしかなかろう」


 そういう良馬は、自分の息子を信頼し、彼の言っていることは間違いないと確信していた。しかし、自分の立場は言葉次第で大軍が動き出してしまう。そうなれば各地の動乱で苛立つ国連議会を刺激しかねない。そこが厄介なのだ。無論それは息子の圭馬も理解しており、彼は彼の考えで動こうと思っていた。


「では閣下……我等は独自に動きます。以後は私の独断として処理される筈です」


 話を聞いた良馬は顔をしかめた。圭馬は、その驚愕の才能を持つがゆえに、上層部からは敬遠の目で見られている。明晰過ぎて、周りがついていけないのだ。そのことを良馬は悔しく思っていた。圭馬は自分の息子なのだから当然だろう。しかし、本当に悔しいのは父の良馬でさえ、圭馬に嫉妬心を抱いたことがあることである。
 

 しかし、国家に忠実である圭馬を誇りに思っている。日本海防衛戦では、後方に回そうと考えて草壁家の血を引く人間であることを理由に、後方支援に回そうとした。だが、圭馬は通信でそれを断った。その時の言葉は今も鮮明に残っている。


「私は草壁家の人間である前に、軍人です。選ぶべき戦場を知っているつもりです。私は、この国を護る戦いをこの目に焼き付けたいのです。それがきっと、去り逝く者達への弔いになるはずですから……」


 そう言って彼は、戦火に身を投じ修羅となって戦い抜いた。今思えば、それはただのお節介に過ぎなかったかもしれない。あの戦いは日本からたくさんのものを奪っていった。


 もしもあの戦いに意味を見出そうとするならば、彼のように日本を己の身に変えてでも護りたいと望む勇士がこの国にはまだまだいたのだと言う事実だろう。その彼が、初めて国家に反しようとしている。そんな彼に良馬がしてやれる事はただ一つだけだ……


「……全ては私の判断により行われた。お前は思う事を成せ」


 圭馬はしばらく唖然としていたが、かたく目を閉じた後、姿勢を正し敬礼した。


 その時、これまで上司と部下の間柄しか感じられなかった二人の目は確かに親子が見せる信頼に満ちたものだった。


リジェネレイトカンパニー東京支社


 東京六本木にある一際大きいビルの最上階に、その男はいた。


 ファントムギアス。これまで世界に多大な貢献をなした男である。民衆からは救世主と信望を寄せていた。その彼の本当の顔がここにはあった。


「軌道上の艦隊は配置に付きました。市街各地の制圧部隊も、いつでも展開可能です」


 秘書の一人がファントムギアスに報告した。


「全ては抜かりなく進んでいるということか」


 赤と緑のマフラーを首に巻いた男が呟く。彼がユーラシア最大の反国連勢力、<アジアの曙光>のリーダー、ディナ・メフマッド本人である。


 秘書は彼に目線のみを向けていった。


「メフマッド殿、新兵器の運用状態は万全ですか?」


 ディナは動じもせず「無論だ」と答えた。


「あんなもの……正直使えるのかと思ったが、私の予想以上だよ……お前の発想には、驚かされるばかりだ」


 言いながらファントムギアスに目線を向けた。


「戦争とは、より強い駒を持つ者が勝つ。僕は君の注文を叶えただけだよ、ディナ」


 ファントムギアスは当たり前のように言った。それは人の歴史からも見て取れることだ。動物のような牙や爪が無い人類は槍を作り、剣を作った。やがて国家間の戦争と言う形が生まれると、弓が、銃が、そして鉄で覆われた戦車や戦闘機が生まれた。強力な兵器は、確かに歴史に勝利を決定付ける存在だった。それを肌で感じてきたディナにとって、ファントムギアスという男は数少ないディナの理解者だった。


「フフ……君は本当に、人の期待に答える男だな。だがここまで万端に用意されては、 私に逃げ場がないぞ」


 ファントムギアスは顔の半分を仮面に隠したまま、言った。


「君とて必ず、僕の望みを叶えてくれる。だからお互いに手を組んだのだろう?」


 唯一見える 口の端がつり上がった。


「確かに。私達が組めば最強であるな……だが、いいのか?」


 室内にいる四人の視線がディナに向けられた。視線の先にいる男は動じることなくファントムギアスを見据えている。


「ファントムギアス……今ならまだ引き返せる。未だ迷いがあるのなら、作戦は延期するべきだ」


「何を突然言い出すのだメフマッド! 既にここまで進行した作戦を不意にする気か!」


 ディナの副官、セナ・レフカスは声を荒げた。確かに、今回の作戦には小国の国家予算レベルの資金がつぎ込まれている。作戦を中止すれば、並の企業のいくつかが倒産するだけではすまないだろう。それでも、ディナの目が動揺に揺れる事はない。彼はファントムギアスを気遣い、親身になり問いかけている。ファントムギアスは不覚にも苦笑をもらす。部下に心配されているようでは、まだまだだな……心の中でそんな言葉が浮かぶが、決して表に出すことはない。直ぐにいつもの調子に戻ってディナに顔を向けた。


「僕の計画で大勢の命が失われる。それは避けられない……それでも進まねばならない道もある。……僕はただ、自分のシナリオを描くだけだよ」


 ファントムギアスは笑顔を崩さなかったが、ディナはそれを見て納得していた。彼の意志は強い。おそらくどんな人間の言葉であろうと、この男を惑わすことは叶わないだろう。ディナにはそう感じた。不意に、会話に参加せず携帯端末で会話をしていたファントムギアスの秘書、近藤卓也が声を荒げた。


「ファントムギアス。当施設内に侵入者です!」


 セナが「何!?」とワンパターンに反応したが、両組織の指導者たる二人は平然としている。互いに目を合わして笑みを浮かべている。


「予定より早いな……ファントムギアス。お客さんは誰だと思う」


 ディナは楽しそうに言う。問われたファントムギアスもなにやら嬉しそうだ。


「正規の指示ではないだろうね。こんなに勘が鋭い男はただ一人……日本の懐刀、草壁圭馬中佐殿……かな」


 ファントムギアスに確証はないが、自分の予想は正しいだろうと確信していた。対するディナもファントムギアスの答えに合点がいったらしく、不敵に笑みを見せた。


「やはりな……しかし、あの忠犬が非正規作戦を指揮するとは……どうする?」


「決まっているさ」


 ファントムギアスは笑みを深め、席を立った。


「もちろん歓迎させて頂く……せっかく忠犬が、初めてご主人様の命令に逆らってまで来てくれたんだ。彼には見る資格がある。僕らが必然を壊す始まりをね」


 ファントムギアスの笑顔は、邪悪に見えた。



感想など、よろしくお願いします(^−^)♪

コメント(2)

そうですね・・・人が支えとなる者を喪う時。

その人はどんな行く末を辿るのか・・・?

人を捨てたファントムギアスが人類に求める答えとは何なのか・・・

みんなに考えて欲しい命題のひとつですね(^-^)

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