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本の余白にメモコミュの新版『空海の夢』松岡正剛。春秋社

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宗教と波及の文化史←気候風土の影響
砂漠の民→動きまわる、ひとりのリーダー
森の民→そこにいて死を見つめる、多元のリーダー
富永仲基
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%B0%B8%E4%BB%B2%E5%9F%BA
「不安定性こそ生命の誇り」
「梵」=マクロコスモス、「我」=ミクロコスモス

空海の二つの視座「意識の進化」「言語の進化」
前を確認してエロスを感じるリビドー
「場面」=どこでそれを語るのか
コトダマ=概念が概念を呼ぶ力

デザインとしての「五嶽真形図」
天=太極、知=崑崙、海=蓬莱
日本九峰のアジール

異文化が入り混じって隆盛する密教→グローバリゼーションの今
それを認める力、ペシミズムもニヒリズムも感応するみずみずしい感受性
内藤湖南、南方熊楠、幸田露伴
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%97%A4%E6%B9%96%E5%8D%97
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%94%B0%E9%9C%B2%E4%BC%B4
「集めて一つに大成する綜合力」

「内と外の接する臨界面に時代の超克を読んでいた」
空海が憧れ、濃い二年間をすごした唐=YOSHのオランダ?
「「長安に空海あり」の宇佐輪が広まるのを待っていた節」
陽動の日々
トリガーとしての般若三蔵=日本を向いていたこと、何を持って成果とするか
自在の言語力
自分にとっての恵果とは?

「得意」ということ
空海の時代=天皇の死、今時代の転機を何で読むのか
ゆっくりと恩を返す
存在学の確立期、「密」とは何か
「倶に了了」

情報をゆすぶること
5-活動の飛躍、社会観と教育観の統合
「飛びぬけているとは深く根ざしていることである」(ルネ・デュボス)=radical
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0010.html

果分可説なり

字相(表)と字義(裏)
「×」を読み取る
れい率=ねじれ
「書は散なり」
益旧池碑銘

松岡正剛の京都、三十三間堂、随心院、東福寺、東寺、六角堂
曼荼羅=場面の想定
盤珪、慈雲飲光
「身体密」=身体を捨ててはいけない
最初に矛盾がるのだから、後は矛盾だらけ

声を出しても瞑想しうる
緑(クロロフィル)と赤(血)の補色
「言語は使い方によっては安定剤にも興奮剤にもなる」

空海=インドのマントラの発想+中国の文字の構想+日本のコトダマ観
示すことが秘密である
「東洋思想は国家を無視しない」→「無我=国家」へ

完全なる「物質の自由」の極地へ
「空海には本来の意味でのラディカリズムがひそんでいる」

「今多くの直感がさびついている」
密教の場面=観念場面の創出、想像力
「眩暈に到達する」

現状「想像力と因果律の対立」←幻想のチカラ
「即身」=隠された時空の連続性の出現する機会をとらえ、一挙に展望を開く
=「機会の複合」=「省略できない高速度」

空海=母なる日本
「本質的なことは言葉で言い表せない」←それでもヴィトゲンシュタインを超える!
「コモンズ」=<共>=一人一人が異なった生き方をしているのに、高官や交流が起こって共通の活動空間をつくること

コメント(1)

p23
「仏教の要訣は、せんじつめればいかに意識をコントロールできるかという点にかかっている。生命は進化して意識をもった。長いあいだの時の流れが必要ではあったが、結局のところそれによってふたつの世界が見えてきた。ひとつは「梵」に代表されるマクロコスモスである。もうひとつは「我」に代表されるミクロコスモスである。」

p50
「(空海には)AとA'、あるいはAとA''をも同定するところがあった。だからこそ、インド・中国・日本にまたがる思想の潮にも対応できた。(…)古代日本語の異様な力とは、概念が概念を呼ぶところにある。それは漢字が導入されてもなお活力を失わない。タマは玉であって魂であって霊であって偶であり、ウツは空であって全であって移であって写であって映であった。問題は、諸現象諸観念をどのようにグルーピングできるのかという一点にある。」

p112
「編集とは結集ではない。どちらかといえば結縁というものである。そこには一種の禅機がなければならず、また過剰な探求があってはならない。つねに眼を光らせていながらも、その質量の下に横たえて下敷きになるようではあってはならない。そういう意味では諸学に対するに遊撃性をもってあたらなければならなかった。それは思想の方位という相対性に向きあって、たえず自在な選択力を持つということでもある。その選択力があればこそ、いつでも必要な諸条件から出発して「綜芸」をめざせた。そのためには、いつなんどきであれ、みずからの過去を凝結できなければならなかった。編集の冒険性はそこにある。」

p359
「密教はあえて空想の場所を儀軌に導入し、直観がその宮殿に立入ることを指示したのだった。いやむしろ、人々が想像もつかないような場所や場面を導入することによって、想像力と直観力を試したといったほうがいい。」

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