ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

介護&看護コミュの介護職の専門性

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
こんにちは。

最近友人と話した内容です。

看護の専門性は「医療知識」という観点からみるとわかりやすいかと思いますが
介護にしかできない
そういった専門性は皆さんは何だと思いますか??

この専門性が明確化されることで
介護と看護の役割分担がされると思い、
また相互理解、連携に繋がっていくと考え、Topicsたてます。

介護と看護の違い
の内容にかぶる部分があるかと思いますが。
どうでしょうか。


コメント(47)

う〜ん。
生活ってなんでしょうか??
最低限の衣食住の環境があり、経済的にも最低限安定していて、
その上に「その人らしさ」があるのなら
それが生活なのでは?

結局抽象的ですみません。

マズローのピラミッドの話ですが
生理的・安全・所属・愛のニードについても私は介護職でもできる部分は多々あると
思います。
ただその看護との連携について問題はやはり感じますが・・。
どうしても介護と看護の差について
やはり知識レベルの
差は大きい気がします。
看護は、病気、疾患のサポート
介護は、生活、その人が、その人らしく生活できるように援助する

だと思いました。

退院して、病状が安定すれば、看護も介護も、
その人がその人らしく・・・生活できるようにサポートできると思います。

看護の視点、介護の視点 何を目的にするかで、
最終目標は同じでも、その過程が違ってくると思います。

うまく言えませんが、実習に行って、
視点の違いを感じて、衝撃的でした。
どうも(一部)現場の介護は、生活のサポートでなく、「生活の管理」になってる気もします。

つまり主体がお年寄りでなく介護者側にある。

マズローの自己実現ですが、ピラミッドの頂点に自己実現があるのが定説ですが、介護職自身が自分の低次欲求(安全・・つまり腰痛対策など)を実現できないで他人のサポートをできるのか疑問です。

概念上の介護専門性は存在するが、それを実現する手技としてのメソッドが未確立なのだと思います。
るぱんさんの意見にかなり共感です!!!
うまく表現できないんですけど、まごさんのおっしゃる
その人がその人らしく生活できるように援助する。
それが介護だと思います。

先日知人の勤めている施設に見学にいってきたのですが
デイ利用した後にそのままお泊りのできる施設でした。
かわいいおばあちゃんが介護者の職員に居心地のいい介護を
受けている様子を見て、私が家族だったら・・・こんな居場所が
家族にとっても本人にとっても必要だと感じました。
目が冴えると動き回るその利用者さんは家で介護するには
かなりの負担を強いられることが想像がつきます。
まるで家にいるようなそんな表情でいるおばあちゃんをみて
ナースではできないそんな視点で介護できる職員をみて
本当にうらやましく思いました。

それがなんなのか具体的にうまく説明ができないんだけど
すっごくうらやましかったんです冷や汗
やっぱりナースってなにも知らないあのころ(医療的知識)には
もう戻れないんですよねあせあせ(飛び散る汗)
だからこそ見えないこともいっぱいあるんだろうなぁと
痛感したからかもしれません・・・。
えっと・・・説明下手でごめんなさいふらふら
メイさん
おひさしぶりです。

>>やっぱりナースってなにも知らないあのころ(医療的知識)には
もう戻れないんですよね
だからこそ見えないこともいっぱいあるんだろうなぁと
痛感したからかもしれません・・・。

医療知識がないからこそみえる視点はあるのかもしれないですね。
私は当時は物事がわからなすぎて
医療知識が欲しくて欲しくてたまらなくなりましたが
そういった視点は大事ですよね。

もし自分がそういった視点を持っていたとしたら
失くしたくないなと思います。


(狭義の)「生活のサポート」というのは、生涯を抱える以前の状態を再現するお手伝いのことです。

ようするに、歩行バランスが悪い人にとっての「杖」になってさしあげることです。

ただし、福祉用具の杖と介助者の違いは、介助者は「考える杖」であるということです。

介助者自身が「知識であり、技術であり、道具である」のです。
(by上野文規)
久々カキコです。

介護の専門性、難しいよね。
あたし一人の考えなんだけど、もちろん技術も大切だと思うけど、『心』なのかなって最近感じる。
ナースも他の職種もそれは同じだと思うんだけど、介護は生活そのものであって、施設が家なら、あたしたちは家族。
家族と同じような心を持つ事かなぁ?

苦手な介助が上手く出来た時の喜びより、スタッフ嫌いな利用者が、あたしには心をひらいてくれた時の方が自信に繋がるし、間違ってなかったな、って思える。



介護を始めた頃、看護師の友人に「ナースにも介護はできるけど、逆はムリ」って言われて、ナースにはできない介護をするって思ってたけど、今はその友人にハッキリ言える。
介護技術はできても、介護はできないでしょ?って。
るぱんさん>
誰もが最初はそういう志を持っているはず。
でも、忙しい日々の中で忘れがちになっちゃいますよね・・・たらーっ(汗)
常にそういう気持ちを忘れずにいきたいですねわーい(嬉しい顔)
MIKIさん>
次の話は僕が経験した実話です。どう思われますか??

其の一(ある介護士との会話)
「今、うちの施設に糖尿病で透析している利用者さんがいて週に三回透析しに病院に連れて行くんだけど本当につらそうで・・・。食事もあまり食べてくれないし・・・。だけどお茶は大好きでたくさん飲んでくれるの。」
「えっ?透析や糖尿病の事勉強した事ある??」
「ないよ!看護師じゃないし。」

其の二(ある看護師との会話)
経口摂取が進まない患者さんの食介をしていた時のこと・・・
「まこっちゃんって、○○さんの食介するの熱心だよねぇ〜。感心するわ。私は興味ないけど。」
「早くよくなって欲しいじゃないですか。」
「そんなの先生が点滴増やしてくれるよ。」

確かに資格の違いで法的に出来る事・出来ない事があるし、施設によってそれぞれの役割の分担とかがあるとは思いますが、同じ病める方を前にして線引きするのはナンセンスだと思うのですが・・・。
お互いの知識・技術を習得し合うのが、本来あるべき姿ではないでしょうか??
看護師です。

まこっちゃんさんの

>線引きをするのはナンセンス…

私もそう思います。
なぜ線引きをするのでしょう?医療 福祉の世界は線引きが好きなように感じます。
横の連携がないと患者様や利用者様はよい方向にいけないのでは?元気になってほしい、より良い生活をしてほしいという思いは同じはずなのに。
お互いが刺激し合って向上できればいいですよね。

そのためには、それぞれの職種が自分の得意分野を持つことだと思います。食事、排泄、栄養、睡眠など…。
この分野はあの人に聞けばいい意見を持っているという。そして、あらゆる職種、すべてのスタッフに尊敬の気持ちをもつこと。

あの人にはこれができない。私の方が…という考えがあるうちは、進歩がないし連携なんてうまくいくはずもない。そう感じています。
線引きをしたいのではなくて、「背景」を知っておくことで同じケースに対する認識のズレを知っておきたかったのです。カンファレンス時等に。
あたしは、友人に言われた言葉に対しての今の気持ちを言いたかっただけなので。。。
気分を悪くされたのなら申し訳ありません。



勤務先では、もちろん尊重しあってますよ。知識や知恵、意見、情報は各部署で共有です。ナースがいなければ困る事沢山あります。


専門教育を受ける時点での方針の違い。
ここから始まるんでしょうね。
様々な職種が集まり、様々な教育や意見がある。

これをズレととるのではなく、いろいろな見方があるととってはどうでしょうか?


スタッフ間でズレがあっては良いサービスはできないと思います。
しかし、私は病院でしか勤務したことがないので、現場ではそうはいかないのかもしれませんね。

今後は福祉の現場で働きたいと思っているのでみなさんの意見を参考にしたいと思います。


でも、今のままじゃ……

どこかの先生が言われているような、「医療の崩壊」になってしまうような気がします。
「施設によって介護の専門性は変化する」と僕は思っています。

私は病院、重症心身障害者施設、老健と3種類の施設を経験しています。

病院のナースは何でも屋で医療の知識を踏まえた上で、医療的な面からアプローチできます。しかし医療チームのリーダーは医師がリーダーシップを持っていただかねば身動きができないという一面があります。看護は職種間の調整やコーディネートの能力を求められるはずです。一般のナースにそれを求めるのはなかなか難しく、10年以上の経験やリーダーとしての資質がある人がそういった雑務を引き受けます。(あまり周りからは評価されない損な役割だと思います)
下っ端ナースは医療知識と経験のみでものを考え、視野狭窄になりがちな面もあると思います。
かくいう私も10年間病院にいましたが、日々勉強でしたが、視野狭窄からまぬがれることなく、相手の望む看護・介護ができていたとは言えません。

重症心身障害者施設では…幼いころからその利用者のお世話をしていた指導員というスタッフがいます。その人たちは、利用者の立場に立っていつも発言されます。
ただ、私のような看護師が第三者として言わせてもらうと、指導員の発言が自分本位の曲解だったり、「私の子供みたいなものだから、私が言うのだから間違いはない」といわれて反論できない…やはり狭い自我からの発信だと感じることがしばしばありました。

老健施設は…まだ歴史が浅く、老健の医療・介護はこれから確立されていく途上だと思います。
うちの施設ではセンター方式(ナースに分かりやすく言うとPOSのサブジェクトから類推して、その人の立場に立ってケアプランを作成する)を取り入れて、その人の根源的な欲求を満足させる介護を行おうと努力しています。
全員は無理なので、月に一人・二人を対象にして「その人の望んでいる介護」を検討し合っています。成果は上がっているとは言えませんが、ケアスタッフもナースも、「その人の望む介護」とは何なんだろう、どういった介護が望まれているのだろうという振り返りを行うことはできています。

本来、介護は家庭でも「お世話」をしてきた歴史を持っているはずです。
核家族化によって介護が困難となり、介護問題による就労困難や家庭崩壊などの
社会問題を改善するための取り組みとして、介護施設が成立してきました。
介護の専門性や看護の専門性などをいま、議論する時ではなく、何を介護が取り組んでいかねばならないのか、介護現場で要求される看護師はどうあるべきかという問題を個々に持っていただいた方がみのりある議論になると考えます。
私が勤める施設では、ケアスタッフが自分たちの介護とはどうあればよいのか…そういった理念を個々に持っていただき、それをサポートする形で老健施設での看護師はどうあればよいのかを議論できる施設になりつつあると思います。

自分たちの介護が、プロの介護であるためにはどうあるべきか、個人個人で答えを出すことが必要だと思います。
>自分たちの介護が、プロの介護であるためにはどうあるべきか、個人個人で答えを出すことが必要だと思います。


職員ごとに介護の答えが違う訳ですか・・
う〜ん、それは「個性」といえば聞こえが良いですが
患者様の望む介護観と違ってたらツライですね・・
(↑偶然一致してれば幸いですが)

ちょっと主旨がずれたかもしれませんが・・
一つの理念のもとに個人の哲学を持たなければ、人に対するアプローチはできないと考えています。私たちの理念は利用者さんが望む介護を提供することであり、それを実践するためにどうあるべきかを個人が持ってほしい、考えてほしいという宿題をスタッフに要求しています。
少なくとも自分たちの親や自分たちが利用者としては行っても満足できるサービスとは何だろう…を議論しています。
そういった話し合いの中から、コンセンサスがとれ方向性…私たちの場合ですとその人にとっての安楽な生活とは、その人が今ある残された能力を自分の楽しめる生活に生かすための介護を模索する話し合いが生まれます。
わずか15分の毎日のミーティングですが、結構本質をついた意見も出たりして、私たちの合意に基づく、その人にとっての望ましい介護を行うように努力しています。
このようなトピで皆さまの意見を読ませていただいて思うこと。

みなさん、志が高くしっかりした意見を持っていらっしゃる。

このようなみなさんと一緒に仕事をすることができたら、どんなに活発な現場になるだろうと。


読ませていただくだけでもよい刺激になります。
トピ違いですが、お礼申し上げます。
ありがとうございます。
お久しぶりです。管理人です。
最近コミュニティを放置してばかりで申し訳ありません。

こんなふうに活発に討議されていて
本当に嬉しく思いました。
そして私もりんさんと同様の気持ちを抱きました。

トピ立てしておいて申し訳ありません。

本当にありがとうございます。

他のコミュやトピで、介護職の方々からの意見をきくと愕然としますね。

ナースが一緒にケアをしてくれる…。
当たり前のことのように感じます。ナースにとって全身状態の観察を行うのに、とても良い時間なのに。
悲しい現実ですね。


私が思う理想は、ナースと介護の方、二人でケアをすることですかねぇ。
そうしたら、ナースとして介護職の方にみてもらいたいことも伝えれるし、介護職の方の目線で感じたことなどを教えてもらえる機会になるだろうから。

実際にはそんなことは人数的にムリなんでしょうけど。

私が福祉施設をつくるときは、介護と看護が仲良くできるような施設にします!

…大きすぎる夢です。。。
>可能な限り、介護職の方に急変時の対応とか簡単な病気などは教えています。

羨ましいです。
私もナースとして経験を積んで、いつかは老人施設で勉強会をひらきたいです。

私が働いていた時は、ナースと協力してマニュアルなど作っていました。
指導してもらったり・・・。

ただ、それを必要とは思わない介護職員もいて・・・。
結局は、溝が出来てしまったように思いますが。

気づいてくれたら、いいな。気づきは、大事だと思います。
最近は、福祉の中で看護展開するのが疲れてきました。
やっぱ福祉の考え方は全然違いますね。そろそろ、病院に戻ろうと思ってます。
>ゆうすけさん

管理人です。
よろしければそんな悩みを是非トピックスとして
聞かせてください。
看護は診療の補助と日常生活の援助が保助看法で唱われている内容だと思うんですが、その中から介護の部分が専門性を持った職業として確立していったんではないかと思われますわーい(嬉しい顔)きちんと調べた訳ではないのですが・・日常生活援助を専門にしてきている介護職は、医療の分野も専門にしてきている看護職より、より深く分析でき介護技術も優れているのではないでしょうかf^_^;看護と介護がどちらも力を発揮し、いいバランスで援助していけたら最高ではないでしょうか晴れ晴れ
うちの施設は介護が主役です。看護はあまり自分のカラーがだせません。
例え利用者が生命に危機的な状況にあったとしても、介護の上司に指示を仰がなければならない。
上司の顔を立てる為。
その指示が間違っていようとも、従わなければならない。その傍らで自分の力で救える命をじっとこらえなければならなかった。
助かる命が介護の上司の判断で左右される。介護を否定するわけではないが、何十年も介護をしてきた人は自分がしている事は全て正しいと思っている。
それが、利用者の生命を脅かしているともしらずに…。
ちなみに、血圧60
意識レベル3桁200で、でた指示が安静と水分補給。
命を相手に仕事してきたのがNsだから、またそれに必要な観察力と、救える技術に腕を磨いてきた。
だから、介護とは一生交わらない気がする。
>ゆうすけ さん

>介護とは一生交わらない気がする

私は介護職ですが、看護師さんという職務には尊敬を覚えます。
(ただし、微妙な言い回しになりますが 「医療アプローチ」 に対して批判的な思いになることはあります)

介護側の浅はかな判断でお年寄りが危険にさらされてるとしたら、申し訳ない気持ちです・・・
今書いているレポートの主題に似た話題になってきました。
あくまでもどういった場合にナースが必要となるのか。
老健施設では病院と違う老健施設でのナースのありようがあってしかるべきです。療養型病床群が減少、もしくは廃止の方向に向かっている今、老健施設は医師が常駐して、ナースも夜勤を行う、医療としての最低限のサービスが行える施設です。
ナースがスキルを磨き、医療機関に搬送する必要があるのかどうか、呼吸不全を起こしているがそれは医師が来るまで観察していてよいのかどうか、血圧上昇があるが長いスパンで治療をする際に急激な上昇によって一回一回対応せねばならないのか、そういったことの判断をすべて医師に委ねるのではなく、医師の指示に基づいて判断する力を養うこと。
うちの施設では介護の主役はケアスタッフです。
でも、緊急時の判断を任されているのは看護師です。老健の看護師の質も徐々に変化しています。ケーススターディを通して、医療スキルもレベルアップしていることをご了承ください。少なくとも緊急時や、老健施設でどこまで医療処置ができるか、それを現場で判断し、医師に適切な治療・指示をしていただけるようにセッティングするまではナースが行います。

現在、施設長にしかられながら、老健施設でのナースの役割というテーマでレポートを書いています。医療体系が変化している現在、老健施設で病院とは違うナースの役割があるはずです。それを突き詰めて考えよというレポートで、数十枚没になって、書き直しを命じられています。
こういった、老健施設での「看護原理概論」のレポートはおそらく現場ではやっていられない試みだと思います。OKがもらえればまたアップします。トピックを作ってもよいかもしれませんね。
まだまだ、苦難の数日が続きそうです。気張って書き上げます。
皆さんコメントありがとうございます。
とにかく、若い頃は、自分の未熟さが痛感された。あの時、自分がこういう観察をしていれば……。もっと早く判断していれば…。医師を叩き起こしてでも、指示を仰ぐべきだった。振り返って見れば自分の力不足で、患者さんに苦痛を与えたかも知れない。発見が早ければ助かったかも知れない。そういう中で患者さんを守るため、自分なりにがむしゃらに勉強した。もう自分の力不足で患者さんを不幸にしたくないから…。
今回は、介護の上司の指示通りに従ったのはもしかしたら、自分の保身守るため、間違った指示にも、上司の顔を立てたり間違いを指摘する事で、自分の身が危うくなると、心のどこかで、思っていたのかも知れない。
なんか…カッコ悪い大人になってしまったな。権力にひれふす大人になってしまった。
情けね。
>ゆうすけ さん

>カッコ悪い大人になってしまったな。権力にひれふす大人になってしまった。

カッコ悪いとは思いません。
(もちろん良いことだとまでは思いませんが)

私も権力にひれ伏してますが、現実はドラマのように
正義を主張して噛み付いてばかりはいられないと思います。

「究極的には」 利用者も施設任せにせず、
自分で(知識をつけて)自分を守る時代になるのかもしれません・・
介護スタッフだから知っていることってありますよね。
この人にはこの話は禁句とか・・。
私は医療知識が当時はなかったですから
利用者さんのパーソナリティをいつもみていました。
そういう意味で介護の専門性を磨こうと思ったのかもしれません。
何が自分にできるか考えたら
何かいつもと違うなって思ったときにはナースに報告する。
またはそういった利用者さんの心をつかむ。というか
自分なりに向き合わなくてはいけないなと思っていました。

>>ゆうすけさん
色々と書いてくださりありがとうございます。
お話してくださり嬉しいです。このコミュニティでは
難しい話でなくとも皆さんの気持ちをありのままに書いていただき
少しでも自分の気持ちが整理されたり、楽になれたり
そんな場所になれることを勝手ながら管理人としては
思っているのでまたお話してくださいね。

私とは逆の想いをされているのかもしれないなぁと
思いました。
介護職が変に絶対的なところがあるような印象をうけました。
その上司の方は天下り??と少し思ってしまいました。

血圧は60というと尿も作れませんよね。つたない知識で
間違っていたらごめんなさい。

そのような現実や事実は言ってよいと個人的には思います。
それを医療行為ができるのに放置するようなことは
利用者さんの安全が脅かされていると思いますから・・・。

皆さん、色々な経験の中で考えていますよね。
それがどんな経験であろうとそれを土台に今の自分の想いが
あるわけですからどうか自分を責めることなく
一緒にがんばっていきましょう^^


元介護職、現在看護学校に通ってます。
医療に関して感じるのは、介護行為は『知恵』であり看護行為は『知識』であるということです。
良くも悪くもですが、今看護学校で学んでいることは、介護の知恵の『根拠』が科学として裏付けされていることだと感じています。
とはいえ介護に根拠がないわけではなく、介護は帰納的に、看護は演繹的に根拠が立証されている。
それくらいの違いだと思います。(多分それが大きな違いなんでしょうが)

介護職の専門性については前々から考えていました。
私が出した今のところの結論は『何も出来ない(知らない)こと』、言い換えれば『裏を返せば何でも出来る、相談出来る』ということです。
言わすもがな、介護に連携は必要不可欠です。
看護師、栄養士、理学療法士……もっとたくさんありますが、現場の最前線で要介護者と一番長い時間を接している介護職は、いわば糊のような立場だと考えています。
狭義の医療や栄養、リハビリなど専門的な視点にとらわれず、全体をみる。
疑問に感じることがあれば専門家に相談、連絡、報告を行う。
それをまた現場で実践していく。
そういった貪欲なコミュニケーション能力が介護職の専門性であると考えています。

介護って言葉では表現しにくい領域の専門性があると思います。
これはこうするっみたいなマニュアル的なものがないし、
高齢者一人一人ケアの方法は違うし答えがない仕事ですよね。
その点は看護と大きく違いますね。
介護ってセンスとか感覚とか、直感みたいなものがすごく大切で
そういうのがないとできないと思います。
看護は医療的なものだから根拠が必要。
直感で処置をされては困りますからね。
なので私は介護士にしかできないことがたくさんあると
思っています。同じ排泄ケア、清潔ケア、食事介助でも
全然視点が違う。
特に認知症高齢者のケアに根拠をつけていてはいつまで
たっていてもケアは広がりません。
だって彼らはそんな根拠という枠を跳び越しているのだからっ
介護は柔軟性がありとても創造的な仕事です!

ログインすると、残り15件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

介護&看護 更新情報

介護&看護のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。