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神坊流MAMBO道 表萬家・裏萬家コミュの<裏萬家> サルサとセックス、、、そして人間性

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皆様もサルサとセックスの類似性に関する議論を聞いた事があるかと思います。それが昂じて「サルサとセックスどっちが好き?」と両者を同じ次元で語ってくる人がいたり「セックスよりサルサの方がずっといいと思う。毎日踊って毎日サルサの快感に浸れるならセックスなしでも構わない。」とか言い出したり。。。。私にとってはサルサとセックスは違うもので、どちらも快感ですけど、どちらか取れと言われたならばサルサとる時もあるだろうしセックスとる時もあるだろうし、その日の気分によってですね。両者が必ずしも同次元で扱われる必要はないと思いますが、確かに類似性がある事も見逃してはなりません。

確かに、フィーリングの合う人と好きな曲で踊っていると、ハイになって異次元の世界に飛べる時があります。自分が音楽と一体になった感じ、或いは自分がパートナーと一体になった感じで、他の事が全く視界や脳裏から消えてなくなってその快感だけに浸れるかなり最高の気分ですね。この何かと一体になるという感覚はセックスと似ているかもしれません。

さらに、相手が本当に上手いダンサーだと本当に「蕩ける(とろける)」様な気分が味わえます。通常はこれは相手の指先から伝わってきて、やがて体全体に伝わりますが(或いは視線や髪など様々な武器を相手は使ってきます)、腰まで蕩けてしまう頃にはもう自分で自分をコントロールする事はできません。例えその時点で相手の術中にハマッている事に気づいても、誘惑の魔法に逆らう事はできずにすぐに身体の芯が蕩け始めて最後には心まで溶かされてしまいます。周りからもあなたが夢見心地になってとろ〜んと快感の桃源郷を彷徨っている事が見て取れるでしょう。そうなってしまったらあなたは相手の虜で「離れたくない」「この人の為なら何でもしたい!」とまるで恋に落ちたかの様な気持ちになるし、或いは性的に興奮してしまう事でしょう。確かに、ダンスや音楽でハイになれるというだけでなく、セックスと殆ど同じ様な興奮を味わう事も出来るかもしれません。

また、別の仮説があります。。一個人のセックスのやり方とダンスの踊り方に関連性があるという説です。つまり、ダンスにはその人の性格が出るし、セックスにもその人の性格がでるし、結局その人の性格が両方の行為に反映するので似たものになる事は普通なのかもしれません。

例えば、男性の立場から見ると「フォローしない女性」というのはとても嫌なものです。スタイリングは美しいかもしれませんが、自分勝手な印象を受けますね。確かにこういう人の多くは自己中心的か、技術に自信があってそれに浸ってる人か、或いは上手く踊らなきゃいけないという観念に取り付かれている人です。女性の立場から見たら「強引なリード」というのが同じケースだと思います。こういう人の多くは、同じく自己中心的か技術に自信があってそれに浸ってる人か、或いはこう踊らなきゃいけないという観念に取り付かれている人でしょう。そういう人の事を考えた時に、セックスでも自己中心的だったり、自分に浸りきっていたり、或いは「こうしなきゃいけない」という観念に取り付かれていて、相手を満足させるという意味ではイマイチな印象を受けるだろうという事は想像できますね。

しかし、ここに皆が陥りがちな「罠」があります。そういう事例を(毎日の様に)多く見ていると、「人間性=サルサ」と思ってしまう事ですね。関連性はあるし、殆どイコールな場合も多いかとは思いますが、そうでない場合がある事を忘れてはいけません。

例えば、下手なダンサー(と自分が思う人)と踊ると、相手の事を見下したり性格が悪いんじゃないかと疑ってしまうかもしれません。例えばクラブで大きく踊りすぎて周囲の人にぶつかる人。「自分の事しか考えず周りの人の事を考えていない」というのは正解かもしれませんが、周りの人の事を考えられないのはその人が自己中心的なのではなくて、単に本当は思いやりのある人でも初心者で余裕がない為にそうなってしまうのかもしれません。フォローしない人や強引なリードの人も、そうしたくてもする術を知らないという場合もあります。経験を積まなければリード&フォローの習得は難しいのです。

しかしもっとやっかいなのは、逆に上手い人と踊る場合です。上手い人と踊って上記の様に身も心も溶かされてしまうと、相手が自分の事を気遣ってくれるとても素晴らしい人に見えてきたりします。しかし、上達すればテクニックだけで快感を提供できるし、自分の性格からくるダンスの悪い部分を隠す事も可能になるります。こういう人が実際はとんでもない悪人かもしれません。

関連性はあるかもしれませんが、一元的にダンスの上手下手を性格(人間性)のせいにはできませんね。しかし、もうお分かりかと思いますが、この「罠」を意図的に効果的に使ってパートナーを虜にする事によって「あなたもパートナーもスーパーハッピーになりましょう」というのが裏萬家の発想であり、裏萬家の究極奥義です。この奥義をマスターするには技術や心構えの他に経験という重要な要素が必要で、その奥義を文章だけで説明する事は不可能ですが、以下には大筋の考え方を述べておきましょう。

まず一番最初に必要なのは「相手もあなたもハッピーになる」という事を肝に銘じる事です。どんな邪心があなたの奥底にあろうとも、その邪心によって「両者がハッピーになれる」という事は信じましょう。あなたの心の奥にある事は雰囲気として遅かれ早かれ必ず相手に伝わります。邪心があるのは相手も含めて皆同じです、ある程度はしかたありません。しかし、「相手を楽しませようとしている」という部分が「自分勝手ではない」というオーラをかもしだして、ネガティブな雰囲気をベールに包む事が出来ます。

そして似た様な事ですが、まずは相手の気持ちを考えましょう。相手がダンスに何を求めていてどうやったらそれを与える事が出来るのか、また相手が嫌がる事は何でそれをしない様にする事、を考えましょう。これは人それぞれ違います。いっぱいスピンしたい人もいればクロスボディーリードにオアシスを見出す人もいます。或いはあなたのスタイリングに惚れている人もいるかもしれません。相手をよく見極めましょう。

次に「忍耐」も肝に銘じましょう。焦ってはいけません。何事も順序があります。最初は「さりげなく」、「微かな」サインを相手に与えます。相手がそれを受け取る様だったら、じょじょにサインを強くして自分の世界に引き込んでいきましょう。一旦、相手があなたの世界に浸ったら後は大胆にいく事もまた作戦です。

相手を「罠」にかける技術としては(これは表萬家の範疇ですが)指先のテンションのかけ具合が最も難しいところです。これが非常に難しいのは「これ」という正解がないからです。相手によって「最も気持ち良いテンション」の強さは違いますし、同じ相手でも日によってテンションが違ったり、或いは臨機応変に相手の心を読みながら変化させる必要がある場合もあります。英語では「バターの様な指先」と言う様に、文字通り相手を蕩けさせるのはこの指にかかっていますが、これを習得するにはある程度の経験が必要です。まずはとにかく常日頃から自分のテンションには気を配って踊りましょう。それから手を繋いでいない時や体の接触がない時(シャインの時)は、相手との距離感も意識しましょう。離れたりくっついたり。。。シャインは勿論相手の本能を挑発しますが、あくまでも「さりげなく」、やりすぎない様に、直接的に攻めずに相手の潜在意識に語りかけましょう。。。

それから忘れてはならないのは、音楽を使う事です。特にラテンのリズムは体と心を動かす様に出来ています。それを上手に利用しましょう(まずリズム感が良い事が必須条件です)。あなたと相手が同じ曲で同じ様にリズムに乗れればそれだけで二人の世界に入る事ができるハズです。但し、二人ともリズムがしっかりしていて音楽に乗れたとしても、多くの場合は二人のリズムの感じ方の間に微妙なズレがある事(フィーリングのズレ)は知っておきましょう。このズレを出来るだけ埋める様に努力して、ひとつのリズム(ノリ)で踊る様にしなければいけません。そうするには相手を変えるか自分を変えるかしかありません(=音楽は変わりません)。微妙なリード&フォローの呼吸で相手に自分のリズムを伝えるか、或いは自分の感じ方を微妙に変えるか、恐らくは両方を同時にする事によって相手とあなたの「波長をぴったり合わせる」事を心がけましょう(これらは高等技術です)。それが出来れば、自分と相手と音楽とが三位一体になった高揚感が味わえます。

そしてこれも一番重要と言ってもいい部分ですが、これら全ての努力を総動員して「あなた自身」を表現しましょう。でも「本当のあなた」ではなく「あなたの虚像」=「理想のあなた」です。我々は相手を「罠」にかけているのです。相手が見たい夢を見せてあげましょう。しかし、「相手の為なら何でもする」という低姿勢な態度を前面に出してはいけません。むしろ「相手の望む物が全てあなたの中にある」という像を作り上げて、相手があなたを追いかける様に仕向けましょう。あなた自身の個性に相手が惚れなくてはいけません。ダンスの技術、笑顔、視線、少しの会話、そして音楽、他いろいろを利用してあなただけが成し得る理想のパーソナリティーを表現しましょう。

どうでしょうか?サルサとセックス、、、似た物同士でしょうか?

という事で。。
写真1:戦国時代の達人の指先は光ったそうです。
写真2:いにしえの達人は踊りながら交わったらしいです。究極奥義ですね。

コメント(4)

うーん、奥が深い!

確かに、サルサとセックスを比較対象として話すことが多々ありますなぁ。ボクはどちらでもフィーリングとシンクロを心がけておりますが、これがうまく重なった瞬間って最高ですね!?

ところで、NYと東京ではテンションの重さがかなり異なるのですが、これは国民性でしょうか?家元?
NYCと東京でのテンションの違いですが、細かく言えばいろいろ理由はあるかもしれませんが、一言で言えば国民性なのではないでしょうか?

まず、体格が違うので日本人は力を入れなくても動くし、逆に多くの人が弱いテンションで踊るので、テンションをかける踊りに慣れてなくて、強くするとどっかに飛んでいってしまったりします。

昔は「テンションは軽い方がいい」という風潮もありました。確かに「上手くなると力を使わなくても踊れる」というのは本当だと思いますが、「テンションが軽いから上手い」と考え出すと、そうでない場合が多すぎると思います。しかし、とにかくそんなわけで軽いテンションで踊る人が増えたのではないかと。。。

また、技が複雑になったり速くなったり連続したりすると、テンションが強くなるのは避けられません。東京では、NYCの様に速い曲で頻繁にターンやスピンを連発する様な雰囲気ではないので、強いテンションに傾かずにすんでるのかもしれません。

それから、勿論精神的な意味でも違いがありますね。日本人は多くの場合、周囲に合わせて「出る杭」になるのを嫌う傾向があって、NYCに多い「俺はこんなにすごいんだ」と自分をアピールする人種と比べると、テンションも含めて全てがやや控えめになるのは仕方のない事だと思います。

上記他いろんな理由があると思いますが、それぞれが別のものではなくてお互いに関連し合ってるし、長い間弱いテンションの風潮が続いてると、それが当たり前なので、さらに「弱いテンション」の傾向の方向に進んでいるんだと思います。例外みたいな人もいますが、マジョリティーは弱いテンションを好む傾向ではないかと。。。

しかし、どちらが良いとか悪いとかではなく、それぞれの街の個性なんだと思います。

裏萬家の考え方としては「良い悪い」で物事は判断せずに「楽しいか楽しくないか」を基準にします。自分が「楽しい」と思うテンションを模索されてはいかがでしょうか?答えは人それぞれ、決してひとつではないと思います。
うーん、最後で唸りました!

ダンスで大事なのは「自分を表現すること」だと思うのですが、その「自分」とは、どんな「自分」だっていいんだ!!

普段のイヤーな自分じゃなくて、ナイスガイな「自分」を演出することだって、踊りの中では可能なんだ。
そして、それに対して、相手だけでなく、自分自身もうっとりしてしまうことだってありそう。

上手な人=性格がよろしい
上手でない人=性格がよろしくない

というのは全くもって誤りだと思うのですが、人は錯覚してしまうものなんですね。

なんだか、ナンパ指南書を読んでる気分になったのは気のせいでしょうか。<すいません
家元、ご回答、ありがとうございます。

やっぱり国民性もあるんですね。家元の答えを読んでいて思ったのですが、日本には女性のインストラクターが多いということも弱テンションの一因なのかもしれませんね。女性に優しいリードが教えられているのでしょう。NYは男性インストラクターがメインですから、いかに的確に女性をリードし、かっちょいい技を繰り出すかを求めるがためにリードが強くなってしまうのかもしれませんね。

それらのどちらもとりたい場合、相手とのテンションにおける相性を的確に捉えることが重要なのですね。そうすることで、お互いに気持ちよく楽しく踊れるということで。

ありがとうございました!

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