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セワポロロコミュの手に入れてしまいました!!

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先日、とあるネットオークションで
「セワ」と「ポロロ」と「ニポポ」を落札しまして、
その中で、「セワ」と「ポロロ」がどうやら本当にウイルタの方が彫った
『本物』のようです。

妻(チョット霊的なものを感じやすい)曰く、
「ニポポには何も感じないんだけど、セワとポロロは
 何だかもの言い表しにくい“雰囲気”を感じるの。
 正面から正視するのが畏れ多いみたいな・・・?」
とのこと。

これからその2体を紹介します。



コメント(20)

まずは「オロッコ人形」と説明書が入っている人形。
現在は「オロッコ」という名称は他民族から言われていた名称であって、
ウイルタの方たちにとっては蔑称となっています。

原文のまま掲載します。

 オロッコ人形

北方系民族で、ツングースに属する少数民族
と云われており住居は移動に便利な蒙古人の
包(パオ)に似たパラトカと云う毛皮のテン
ト張りで夏は涼しく冬は非常に暖い家に住み
トナカイ(馴鹿)を飼育し樺太の旧敷香町に
ギリヤーク族と共にオタスに一部落を形成生
活しておりましたが終戦後一部の者が日本に
引揚げ現在網走市に居住しております。
オロッコ人はセワーと云う全知全能の偉大な
る神様がいると信じています。
彼等が古来願事叶い幸福をもたらす神として
崇拝した人形と云い伝えられておりますので
皆様の御招福を祈ります。
 
            網走民芸研究会


ちなみにギリヤークも他称でして、本来ニヴフです。
次に「ポロロ」です。
こちらには制作者が書かれています。

こちらも原文のまま掲載します。

    ポロロ
(オロッコ人のマスコット)
 オロッコ人はアジアの古民族で、現在
ではシベリヤの一部と樺太に住んでいる
ツングース系の一派であります。
 彼等は満州語に類似するオロッコ語を
使用し、独自の伝統文化を今日なお保持
しています。  現在 網走市 に居住
しているオロッコ人は1958年に、樺
太から引きあげてきた人たちですが、この
人形は?ポロロ?と称してどんな願い事
でも聞いてくださる全能の神として最も
大切に尊敬されているものです。
 この幸福を皆様にわかちあげたいと、
当年67才になる ゴロゴロ老人が造っ
たものです。


ここに書かれているゴロゴロ老人こそ、
ジャッカ・ドフニの館長だったゲンダーヌ氏の義父だった方です。
失礼、ポロロの方は
 網走原始工芸研究会 の名義となっております。
田中了 D・ゲンダーヌ『ゲンダーヌ』1977 徳間書店

この本において説明されていますが、本来“ポロロ”という語はウイルタには無いのだそうです。

ポロロは網走市の土産物のコケシとして売り出すために付けられた名称だったそうです。
よって本来は“セワ”という名前だけが正しいようです。
しかし、昔の『オロッコ・ギリヤーク調査報告書』には
それがまことしやかに「神様、オロッコ語、ポロロ」と紹介されているため、
ゲンダーヌ氏はそれを訂正するため、本物の“セワ”を制作していたそうです。
ゲンダーヌ氏曰く「ウソが本当になり、そのウソが大きくなると恐ろしい」
とおっしゃっていたようです。

それを考えるとゴロゴロ翁がどのような気持ちでポロロを制作していたのか・・・。
妻はそのことをこの人形から敏感に感じたようです。
そのようなことを考え、我々夫婦で大切に扱わせて頂くことにします。
先日は「我々夫婦で大切に扱わせて頂く」と書いたのですが、
「網走の資料館ジャッカ・ドフニに寄贈しようか」
という考えになりつつあります。

妻曰く
「我が家に来たのも、私たちに網走に届けて貰いたかったからなんだと思う」
とのこと。

そもそもお土産品として販売されていたものだったので、
異論は多々あるとは思うのですが、
こちらのコミュに参加なされている方からのご意見を伺いたく思います。

何を伺いたいか、と言いますと、
寄贈することが「吉」なのか。持っていたほうが良いのか。
果たしてジャッカ・ドフニが受け入れるか。
その2点です。

宜しくお願い致します。

結論から先に言いますと、
網走の「資料館ジャッカ・ドフニ」へ寄贈することに決めました。

恐らく、この像たちやこの像の制作者(故人)が
それを望んでいるものだと思うからです。

スピリチュアル的なことを言いますと、
ここだけの話、以前所持していた所では
あまり良い待遇を受けていなかったのだとも思うのです。
この人形2体は私を介して網走に帰りたかったのではないかと・・・。

写真でこの2体を掲載しましたが、
本来セワというものは微笑んでいたり、
笑っているものが多いのですが、

1体目は何度撮り直しても、不気味な笑みしか出さず、
2体目は何だか寂しく、俯いた様子なのです。

とって付けるつもりはないのですが、
私の妻は特に良い印象がなく、
ここ何回か災難が続き、
「早く網走に帰してあげて欲しい」と言っております。

直接資料館に伺いたいと思いましたが、
年内のうちに寄贈したいと考えています。
ちなみにこちらが本来の「セワ」の笑顔です。

※ウイルタ協会のHPから画像を拝借しました。
とらんねさん

すごいなぁ〜っ!!
見たことのない木彫の作品です。
ウィルタの人々にとっては、我々が仏像を祀るように
大切にしていたものですよね。
実際に使われていたものだとすると
いろんな想いが、この人形に宿っていると思います。

新品ならば、ぼくも安心してコレクションの一つにしようと
思いますが、このような神聖な人形の類は、
ぼくも寄贈された方が、いいように思うのですが・・・・。
でも、本物をぼくもほしいなぁ〜っ!

と言いますか、不遜にも自分で作ろうと思っています^^;
> イチローさん

自分で彫るのならば問題ないと思うのですよ。
ただし、どういった形で扱われてきたのか、ということは知っておきたいと思います。

以前読んだはずなのに、すっかり頭の中から抜けてしまったので、再度読もうと思っている本があります。
和田完編著『サハリン・アイヌの熊祭』第一書房 1999
菊池俊彦編『北の民俗誌』三一書房 1997
田中了 D・ゲンダーヌ『ゲンダーヌ―ある北方少数民族のドラマ』徳間書店 1978
田中了『サハリン北緯50度線 続ゲンダーヌ』草の根出版会 1993


…あ、シャーマンしか彫ることが許されないと書いてありましたあせあせ(飛び散る汗)
> かりんぱに(とらんね)さん

寄贈、早いほうがいいかも知れないですね。災難が多いみたいですし。

何だか確かに、不気味と言ってはあれですが北民博でみたセワポロロとは印象が全然違うようにみえます。

北民博でみたセワポロロ、あまりちゃんと見てはいませんが、コノセワポロロはなんとなく、寂しそうな作り笑いのような。




彼女の家にもニポポがいますが朝に一度顔を見てみようと思います。
> ゆうきさん

そうですね、早めに寄贈できるようにはしたいと思います。

我が家のニポポは「何も感じない」と言ってたので大丈夫みたいです。
あと、観光土産品のセワには足台がついていて、
本来のセワは足台がついてなかったそうです。
今回の2体にはご覧の通り足台は付いてます。

改めて書きますが、神のお告げを受けたサマ(巫者)、
サマに指名された者だけがセワを作成できるそうです。

起源についてはよく解っていないそうです。

「ジャッカ・ドフニ展示作品集」2002より

ちなみに、ゴロゴロ老人はサマでした。
ジャッカ・ドフニの作品の多くは初代館長の
ゲンダーヌ氏が作成したものでして、
恐らくサマに指名されたものと思います。
…しかし、人形というものはこのようなセワに限らず、
人の「念」というものが憑きますね。

しかし今回は製作者の「念」、
蔑ろにされた人形自身の「念」だったと思います。

もう少しウイルタの事を勉強してみます。

先ほど「資料館ジャッカ・ドフニ」の館長代理の方と連絡を取り、
無事に寄贈する手筈を整えました。
今回の顛末は私個人の日記で書かせて頂くことにします。
昨年は色々と相談にのって頂き、誠にありがとうございました!
あれから、ウイルタ協会にネットオークションで入手した像全てを
寄贈した後、ウイルタ協会に夫婦で入会をしました。
今年は網走へ行き、ジャッカ・ドフニの開館日に合わせて伺いたいと思います。
久しぶりに某オークションでセワ・ポロロが出品されていました。
私は今回は入札を見送ります(妻があれ以来セワが恐くなってしまったので)。

以前我が家にお迎えしてジャッカ・ドフニに送らせて頂いたセワよりも何だか精巧でパワフルなオーラを持っているようにお見受けします。
製作者はゴロゴロ(ゴルゴロ)翁です。
今回、三軒茶屋の「生活工房ギャラリー」で行われている「オホーツク海とウイルタのイルガ」というウィルタ民族の特別展で週末に行われている網走の大広民芸店の商品即売会でセワポロロを購入しました。
カミさん、以前に民芸店に伺った際に「このセワなら大丈夫」と言っていたので、この子にしました。
販売ブースの添付解説書にはこのように書かれていました。

「ウイルタ族のお守り セワについて

ウイルタの人達は、すべてのものを神格化し偶像を作って崇拝していました。その偶像は総称してセワと呼び種類形態は多様です。一部名称としてポロロ・マギー・ウダラなどがあります。これらによって病気が治ると信じられ、特に子供の病気の時には多く用いられました。子供が夜泣きするとその母親はグイ松の材などで50cm〜70cm程の大きさの偶像を作り、これをバンガ(老婆)に拝んでもらいました。バンガはお祈りをしながらエゾ松の葉を焚いてその煙で偶像をいぶします。その偶像を病人は病気が治るまで身につけていたそうです。最も多いものは人の形をしたもので、他にウダラ(カエルの形をしたセワ)は腰痛の時のもの、キウラ(キジの形をしたセワ)は食中毒の時のものなど、病気によってセワの形は違っていました。セワにはその時のバンガの意志によって布地を巻いたり紐をつけたりと、いろいろな付属品をつけることもあります。セワは病気が治れば家の片隅に安置していたそうです。」

腰痛持ちだからウダラが欲しいです(苦笑)。
そして、大広民芸店の添付解説書はこんな感じです。

「セワポロロ(招福の使者)

この人形は、北方民族ウイルタ族によって造られていたものを原形としています。
セワとは、神をさし、神像として身近に置いて、願い事をし感謝をかかさないようにと、家のお守りのためや、狩猟を願う祭り(オロチョンの火祭り)の時などに造り出されていたようです。
首に巻かれている、木を細くそいだイナウと呼ばれる形状は、鳥の羽根を意味していたらしく、古来より神聖なものとして扱われていました。
皆様も、このセワポロロで民族を忍び、招福の使者として、室内の一員に加えていただきたいと思います。」

・・・オロチョンの火祭りはウィルタ民族の本来の祭りでは無いのですが(汗)。
この祭りは網走市郷土博物館初代館長米村喜男衛さんがウィルタやニヴフ、樺太アイヌの方々を集めて始めたお祭りです(どこかのトピックに昔書いた筈)。
そもそもオロチョンは中国大陸に暮らすツングース系民族、ウィルタは樺太のツングース系民族です。
近いといえば近いけれども若干異なります。

一般の認識とはこのようなものなのでしょうね。

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