第1楽章 / Moderato cantabile molto espressivo ソナタ形式 変イ長調 ベートーヴェンのピアノソナタ中、唯一 モデラートの「第1主題」を持つこの楽章には、ピアノソナタ第28番のようなとても美しいメロディが与えられています。冒頭4小節には、「序奏的主題」が置かれていますが、これは第1楽章のみならず、全曲を支配している極めて重要な「主題動機」です。そして5小節目から主部が始まり、「第1主題」が奏でられます。まるで積極的で明るい性格の全てを、包含したようなこの主題からは、ベートーヴェンの天賦の旋律性が、尽きることのない泉のように溢れ出ています。その後、下降音形の32分音符のアルペジオ動機により推移部に入りますが、この動機もまたその後の発展につながる重要なものです。「第2主題」は、半音階を交えたオクターブ進行により、左右両手が呼応しながら進んでいきます。展開部では、序奏的主題の形が崩されることなく、「第2主題」から引用された地の底を這い回るような左手に支えられながら、巧みに移調しつつ再現部へと向かいます。再現部では、右手が「序奏的主題」を、左手が32分音符のアルペジオを用いて、2つの「主題動機」を見事に融合し再現します。「コーダ」は、32分音符のアルペジオが提示部と同じ主調でクレシェンドされつつ奏され、その後 subito p で「序奏的主題」と「第2主題」が、感動的な再会を果たし、曲は閉じられます。
第2楽章 / Allegro molto ヘ短調 主題は、4小節×2で構成されていて、第1グループが p で不気味に「順次進行」していくのに対して、第2グループは、「跳躍進行」を含む f で、決然と力強く提示されます。「不気味さ」と「決然」は、その後の展開でも、代わる代わるに登場します。中間部では、右手は下降音形で、左手は、単音による上昇音形をとって ff と p で、行きつ戻りつ奏されますが、決定打を得られないまま、消え入るように、「主部」の「再現」へと向かいます。「主部」が「再現」され「コーダ」に入ると、ヘ短調の和音が力強く奏されますが、突然のヘ長調の救済により、第3楽章へと向かいます。
第3楽章 / Adagio ma non troppo - Fuga. Allegro ma non troppo フーガ 変イ長調 後期ベートーヴェンの真髄とも言えるこの3楽章は、「哀しみの歌」を中心とする Adagio の第1部と、偉大な「フーガ」が展開される「歓びの歌」の第2部とに分かれます。第1部は、自由な形式をとった「過去への郷愁」であり、第2部は、綿密に計算され尽くした神性さえ帯びるが如き厳格な「フーガ形式」を誇る「未来への希望」です。極めて自由な形で書かれている第1部は、レスタティーボを取り入れるなど、自己の内面に深く問いかけるかのように曲が進んでいきます。変イ短調による「哀しみの歌」は、晩年のベートーヴェンの苦悩と哀しみが歌われています。この歌が終わるや否や、微かな希望の光が差し込み、いよいよ変イ長調による偉大なるフーガが始まります。3声部の「フーガ」は、堂々と顔を挙げ胸を張り、静かにゆっくりとですが、着実に希望の地へと私たちを導きます。しかし、盛り上がりを見せたところで、苦悩がとり憑いて離れないかのように、再度「哀しみの歌」がト短調で奏されます。その中にあっても、装飾音符を巧みに扱い、哀しみの中だからこそ光る美しさが表出されます。「哀しみの歌」が終わると、ト長調の主和音が『神々のコラール』のように響き渡り、ふっと霧が晴れるかのように、「フーガ」の主題の逆行形が登場します。拡大と縮小を自在に繰り返し、徐々に推進力を増して、全曲は、ついに『希望の変イ長調』で、天の祝福を受けます。
フランツ・リスト(1811 ハンガリー ライディング 〜 1886 バイロイト) 「愛の夢」〜 3つのノクターンより 第3番 変イ長調 S.541-3 クラシック作品中、最も有名な曲の一つである、このリストの「愛の夢」は、元々はソプラノ及びテノールのための独唱歌曲として、1843年に作曲されたものです。その歌詞は、ドイツの詩人フェルディナント・フライリヒラートの19歳の時の詩集「愛しうる限り愛せよ ― O lieb, so lang du lieben kannst」に基づいています。この詩は、実はフライリヒラートの父が死去した際に書かれたものであり、男女の愛ではなく、広義の人間愛を、謳ったものです。