高木竜馬：RYOMA TAKAGIコミュの “ＲＹＯＭＡ” の月次レポート

　お世話になっているスカラシップで、息子が2年近く、毎月650字程度のレポートを書かさせて頂いております。締め切り前になると、毎月４、５日間、書いては消し、消しては書いて、苦心して完成させております。
　
　辞書や音楽辞典と首っ引きで、随分背伸びをしたとても理屈っぽい文章ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
　
　4月度から9月度までの半年分を載せさせて頂きます。

　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年４月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬
　
　千葉で、ラフマニノフの『楽興の時』などの１時間位のコンサートに２日連続で出演してから、ミューザ川崎と京都で６日間開かれた指揮法とソルフェージュのセミナーに参加しました。
　
　お話を頂いた時、僕は今譜読みしたい曲やコンサートの準備があるので参加することに消極的でしたが、「ピアノだけではなく音楽を勉強しなければ、音楽家にはなれない。」と言われ参加してみて、本当にびっくりしました。ハ音記号や表記音と実音が違う管楽器やコントラバスがあるスコアリーディングや、スコアの短時間暗譜法、調性による音楽の性格付け、数字だけで伴奏する通奏低音奏法、見た事もないような楽譜の現代音楽やプレストの初見演奏。指揮にも数え切れない程のメカニックがあって、その一番初めの自然の法則に腕を任せる脱力が中々出来なくて、ただそれだけのために５１種類ものトレーニング方法を教わりました。指揮棒を振る技術も気が遠くなるような奥の深い世界でした。宿題は山ほど出ますし、２回も選抜試験があって、毎日３時間しか寝ることが出来ませんでした。朝早く会場に行ってピアノを毎日１時間だけ練習しましたが、それだけではどんどん下手になるのが分かります。実際セミナーから帰って指の動きや音色がもとに戻るのに５日間位かかりました。逆に譜読みや和声のレッスンで答えがうかぶスピードが２倍位早くなり、今度はうれしい方のびっくりです。
　
　７月にもセミナーの後半があるので、今から本当に楽しみです。スコアを見るだけで、早くオーケストラ全部の音が頭の中で響くようになりたい、と思いました。

　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年５月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬
　
　ゴールデンウィークに家族で鋸山に登りました。標高３２９ｍの低い山ですが、よじ登るような絶壁階段の展望台、苔が生えた不揃いな石切階段の日本寺北口、そして車やロープーウェイを使って疲れていない人たちが後ろからどんどん登って来て途中で休憩できない地獄のぞきの階段などを、登ったり降りたりしながら往復５時間の山登りでしたので、ふもとに降り立った時はうれしかったです。
　車力道という登山道には敷石が埋め込まれていて、昔は１日３往復も切り出した石を運んだそうです。昔の人はすごいと思いました。敷石にはわだちの跡が刻まれていてアッピア街道のようです。苔がたくさん生えているところでは、道案内の《こだま》が出てきそうでした。頂上に着くと、雲ひとつない最高の天気で、トンビがはるか下を飛んでいます。どこまでも続く樫の木や椎の木の原生林は緑のまだら模様で、《でいたらぼっち》がフワリと寝そべっているようで、縄文時代にタイムスリップした気分です。反対側には東京湾。フェリーボートが白い軌跡を描きながら港に出入りしています。こんな風景があるから、山はまた登りたくなります。
　
　今月はコンサートがなかったので、指揮セミナーで勉強した指揮法のトレーニングやソルフェージュ、７月に弾く曲のフレージング･アーティキュレーション･イントネーション･アゴーギク･音色技法など、それに和声学や楽典や楽式を、じっくり時間をかけて勉強しました。
　音楽は理屈ではないと思いますが、専門用語を覚えるとお話をする時には便利なので、これからも勉強していきたいと思います。

　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年６月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬
　
　今月もコンサートがなく、千葉市の偉い方々の集まる会で１５分くらい弾いただけでしたので、ソルフェージュやスコアリーディングや指揮法のトレーニング（その後でＣＤを聴くとアルゲリッチ、シフラ、キーシンが素晴らしく聴こえる）、夏に弾く曲のフレージング･アーティキュレーション･イントネーション･アゴーギク･音色法など（同じくソフロニツキー、ホロヴィッツ、ギレリスが素晴らしく聴こえる）、それに和声学や楽典や楽式（同じくバックハウス、ブレンデル、ポリーニが素晴らしく聴こえる）等を、時間をかけて勉強しました。

　ピアノでは、来月１日のリストのコンチェルトと２６日のラフマニノフの楽興の時を中心に、音色法をたくさん勉強しました。
　
　また今回、音の飛び出す方向を打鍵直後に鍵盤の底で調整する“仕事”について再分類をしました。密度感のある“果汁のたくさん詰まった果物”音色群は、今までフリーフィンガーという一つの技法で弾いてきましたが、音が斜め下方向に押し出ていく技法をホロヴィッツフィンガー、水平にすべり出ていく技法をソフロニツキーフィンガー、やや浮き上がって出ていく技法をギレリスフィンガーと名付けました。
　
　ピアノは鍵盤の底の調整でオーケストラのようにたくさんの楽器の音が出せるので音色法を練習し始めると面白くてやめられません。その他にもたくさんある音色群と、それぞれのフィンガー技法を魔術師のように操って、花火のように３６０度のパノラマに音が飛び出す３Ｄピアニズムと、特に人の声に近付こうとするレスタティーボ音色群に優れたピアニズムを身に付けたいと思いました。

　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年７月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬
　
　７月は、今までの人生で一番忙しい１ヵ月でした。
　
　1日の飯森範親先生と東京交響楽団のミューザ川崎シンフォニーホールの名曲全集では、前日の弾き込みとリハーサルで弾き込みを始めて７時間目くらいから、今までよそ行きの音を出していたスタインウエイが突然友達のような地声で歌い始めたのにはびっくりしました。
　
　このホールは夢のような素晴らしい響きで、一つ一つの音が楽々天空まで登って行きます。ピアノもノリにノッて様々な音色を自慢げに出してくれますし、ホールは僕たちの音にきれいな飾りを付けて響き返してくれます。

　リハーサルでは、短時間で飯森先生とオーケストラの皆さんに僕のテンポとアーティキュレーションとアゴーギクを口ではなく演奏で伝えきってしまわないといけないので、まるで戦争のようでした。指揮者や各パートのソロの方を、アウフタクトや伴奏の部分で自分の音楽にどう引き込んでしまうかを考えて演奏しました。

　当日午前のゲネプロでは、逆にオーケストラの主張を全面的に受け入れ、アンサンブルに寸分もスキを与えないよう自分の音の向こうから聞こえるオーケストラの歌に耳を澄ませながら演奏しました。

　本番は、ほぼ満席です。突然のひらめきを心を通してすぐに指で鍵盤に伝えて即興的に弾いた方が芸術的です。一年間準備しましたので自分でも思い通りに演奏できましたし、お客様もスタンディングで拍手してくれたり、ブラボーをたくさん言ってくれたり、何回もカーテンコールしてくれて本当にうれしかったです。一生の想い出に残るような2日間でした。

　7月の続きは8月に書きます。

　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年８月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬
　
　7月の続きを書きます。8日に千葉で、13日に大阪でリサイタルがありました。ほとんど同じプログラムでしたので、1回1回新しい発見があって自分の音楽が深まっていくようで、とても勉強になりました。レッスン室ではいいと思った音楽が、ホールの大きさと響きやピアノの個性によって変えた方がいいことが少し分かってきました。

　14～23日まで、京都で湯浅勇治先生と小澤征爾先生の指揮セミナーに参加しました。京都コンサートホールなどで、毎日始業前と終了後に2時間ずつピアノの練習をして毎日3,4時間しか眠れませんでしたが、ピアノと違ってたくさんの先輩の方々と一緒に勉強できるのが本当に楽しかったです。
　ある日、小澤先生から「君のピアノが聴きたい。」と言われリストのコンチェルトを弾きました。「やあ素晴らしいよ。実に素晴らしい。なんでこんなにうまいのに、指揮をやるんだい？」と言われましたが、ピアノも指揮も同じ音楽の勉強だと思いました。

　紀尾井のコンサートでは、スタインウエイが10段階くらいに、敏感に音色や音の雰囲気が変わる素晴らしい楽器でしたので、ワクワクしながら弾きました。紀尾井ホールは低音がやや重めに響きますのでペダルの量で迷いましたが、特にラフマニノフはオベルトーンと言ってペダルの残響を一緒にお客様に届ける作曲家で、微妙な濁りも書法の一つですので、ペダルを少なくしないで演奏しました。

　8月19日には、軽井沢で財界のとても偉い方々の前で演奏しました。楽器はベーゼンドルファーでした。ハプスブルグ家の紋章の入った美しい名器で、ウィーンの雰囲気がする中低音には自分で弾いていても感動しました。
　その後は、偉い方々と一緒にバーベキューパーティに招かれて、ご馳走をたくさん頂きました。偉い方々のお話は、少ない言葉でわかりやすいのですごいと思いました。僕ももっと話が上手になりたいと思いました。

　　
　　　　　　　スカラシップレポート（２００７年９月度）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　髙木竜馬

　夏休みのエレーナ先生がロシアから帰って来られてからの最初のレッスンは、いつもいつも胸が躍るくらい楽しみです。故郷のモスクワでたっぷり心の栄養をとられた先生の音楽は、レッスン中でも感動で鳥肌が立つほどです。

　
　来月10月7日のラフマノフのハ短調のコンチェルトはもう少しで満席になるそうで、1800席のお客様の熱気を受けて演奏できる僕は幸せです。現田茂夫先生との指揮合わせは、「題名のない音楽会21」出演した時にリハーサルをした神奈川アートホールでした。たった2年前の事ですが、ずいぶん昔の出来事のような気がしてなつかしかったです。主にオーケストラがピチカートのトゥッティなど怖いところやテンポを見失いやすいパッセージで、ピアニストがどう協力したら良いかをたくさん教わりました。拍を丸出しにするのは良くない意味でフォーマルな演奏で、音楽的にはあまり上等ではありませんし、美しくありません。でも縦のアンサンブルを守るために、ある部分は拍を分かり易くオーケストラに示す事も必要だという先生のお話は、自分が指揮する立場になって見ればその通りだと思いました。

　ラフマニノフの楽譜は今までのレッスンの書き込みで、もう音符が見えないほど真っ黒になり準備は万端ですが、これから本番までの10日間が、僕にとって最もうれしい期間です。それは、メカニックや音色法なども仕上がってきて気持ちよく弾けるようになり、今の僕の力一杯に演奏が出来た瞬間には、セルゲイ･ヴァシリエヴィッチ･ラフマノフが天から舞い降りて来て「そこは、こう弾けばもっと美しくなるのに。その音の色合いは、こっちの方が感動するよ。」と、優しく微笑んで教えてくれるような気がするからです。

　ニ短調の交響曲の手痛い失敗からようやく立ち直ったラフマニノフの人生を大成功へ導くこのハ短調コンチェルトは、調性がもつ悲劇性やロシアの旋律がもつ哀愁に満ちていますが、それだけではありません。再び作曲ができるようになったことへの喜びや、ラフマニノフ自身の香り立つような夢や未来への希望も感じとることが出来ます。本番では、絶望の淵からはい上がったラフマニノフの人間としての力強さを、大ホール一杯に響かせたいと思います。

　拙い長文を、最後まで読んで頂き、有難うございました。（デミカ）