高木 竜馬：RYOMA TAKAGIコミュのちはら台コンサートの楽曲解説

　　　　　　　　　　　　　　撮影：ボックリ博士 さん


　主催者からのご依頼を頂き、竜馬が当日プログラムを作成いたしました。
　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　クリスマス コンサート
　　　　　　　　　　　高木 竜馬 ピアノリサイタル

　謝肉祭（カーニバル）は、カトリックなどのキリスト教の文化圏で行われる通俗的なお祭りです。お菓子を投げたり、仮装パレードや仮面舞踏会などの華やかな行事が、一週間にわたって繰り広げられます。カーニバルの 語 源 は、ラテン 語の carne vale 『肉よ、さらば』に由 来し、「四 句 節の　断食」の前に行われます。本日のプログラムでは、同じくキリスト教の 降誕祭であるクリスマスにちなみ、ドイツとロシアという対照的な ２つの国で謝肉祭を題材に 誕生した名曲を取り上げます。

　　　　　　　　　　　2008 年 12 月 20 日（土）
　　　　　　　　午後 1 時 30 分 開演　午後 6 時 00 分 開演
　　　　　　　　　ち は ら 台 コミュニティー センター
　　　　　　主 催　ちはら台コミュニティーセンター 運営委員会　

　ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
　（1770年 ドイツ ボン 〜 1827年 オーストリア ヴィーン）　　
　ピアノソナタ 第23番 ヘ短調 Op. 57 “ 熱 情 ”　　
　この “熱情” ソナタは、第２１番 ハ長調 “ヴァルトシュタイン” と並び、楽聖ベートーヴェン全作品の最高峰に数えられるばかりでなく、今日までに作曲されたすべての音楽作品の中でも屈指の傑作と賞賛されています。 “傑作の森” と呼ばれるベートーヴェン中期傑作群の交響曲 第５番 “運命” のとても有名な『ジャジャジャ、ジャーン』というモティーフが、このソナタでも多く用いられています。かの「ハイリゲンシュタットの遺書」から２年後のベートーヴェン34歳の時、聴覚がほぼ完全に失われつつある時期に着手されました。堪え難い絶望の彼方に、実音のない世界で作曲のみに人生のすべてを捧げようと決意したベートーヴェンの情熱のまぶしい光が、確かな手応えをもって伝わってくる偉大な作品です。

　循環形式によって、２つのモティーフが全三楽章をつかさどり、作曲理論上の有機性は完璧の域に達しています。と同時にこれまで「幻想ソナタ」等を通じて養ってきた自由性＝ファンタジーとの矛盾、『論理的形式と自由性の二律背反』が見事に調和され達成されており、芸術の一つの最終的な目標がここに実現されています。またこのソナタは、これまでは使われていなかった増六度の響きなどにより19世紀の扉を大きく押し開き、シューマンたちのロマン派音楽の盛隆の礎を築いた革命的な作品でもあります。


　ローベルト・アレクサンダー・シューマン
　（1810年 ドイツ ザクセン 〜 1856年 ドイツ ボン近郊）
　謝肉祭 Carnaval Op. 9　
　シューマン初期の傑作として有名なこの大曲は、“クライスレリアーナ” や “子供の情景” と並ぶ代表的作品です。演奏効果が特に高く、シューマン独自の詩的情緒やドイツロマンティークの時代の香りにあふれています。名教師フリードリヒ・ヴィークのもとで、共にピアノを学んでいた聡明で清純な17歳の少女 　エルネスティーネ・フォン・フリッケンと恋に落ちた24歳の時の作品で、彼女の故郷アッシュ（ASCH）と自らのスペル（SCH-umann）の A=イ、Es(S)=変ホ、C=ハ、H=ロ をモティーフとして多用しこの曲の骨格を作り上げています。しかしこの恋は彼女の父フォン・フリッケン男爵の反対に遭い破れます。その後この作品は別の人物に献呈されリストによって初演されました。それぞれに表題が付いた全部で20の小曲によって謝肉祭の模様が描かれています。この曲を書き始めた頃から10年間、シューマンは音楽批評の仕事をしており、「音楽新報」という雑誌を創刊して当時の保守的で常とう的な音楽を非難し自由で新しいロマン派音楽を賛美しました。この「謝肉祭」に出てくる意味不明の題名「フロレスタン」「オイゼビウス」は、彼の批評家としてのペンネームです。また終曲の「フィリスティン」は保守的なグループを指し、「ダヴィッド同盟」はシューマンに賛同するグループの名称です。しかしこれらは、シューマンの精神分裂的な妄想世界の始まりを示すもので、徐々にシューマンの精神的錯乱の病は進んで行きます。

　１.「前口上」 いよいよ謝肉祭の開幕です。輝かしい和音の連続の後、幻想曲風に気分が高揚していきます。 ２.「ピエロ」 性格俳優的な道化師を描写した曲です。あの４つの音を組み込みながらモデラートで淡々と進みます。 ３.「アルルカン」 アルルカンは、イタリア古典喜劇コメディア・デル・アルテの道化役者。ぎこちないワルツのリズムが諧謔的です。 ４.「優雅なワルツ」 アルルカンとは対照的に、優雅で美しいワルツです。シューマン自身がもつ耽美的なまでの優しさが感じられます。 ５.「オイゼビウス」 シューマンの分身。瞑想的な詩人としての側面が描かれています。ためらうような音の動きがその性格を　表現しています。 ６.「フロレスタン」 シューマンのもう一人の分身です。激情的な行動者としての側面を描いています。シンコペーションの強いアクセントによって、その情熱と自負心が表現されています。 ７.「コケット」 跳ねるような軽妙さで周囲に魅力をふりまく女性の、心の移ろいが表現されています。 ８.「返事」 「コケット」に対する男性の控えめな返答です。この曲の後に「スフィンクス」と題された低音の４つの音（ASCH）からなる不可思議な３つの音列が示されていますが、通常は演奏されません。 ９.「蝶」 細かい音の動きを持ち、急速なテンポで演奏されます。 10.「踊る文字」（ASCH - SCHA） その名のとおり ASCH - SCHA の音列が 軽快に並びます。 11.「キアリーナ」 表題は６年の後に結婚する師の娘クララ・ヴィークのイタリア風の読み方で、ダヴィッド同盟における彼女の呼名です。当時まだシューマンはクララに対し恋愛の感情は持っておらず、クララの音楽的才能に対する尊敬と憧れの念が描かれています。 12.「ショパン」 シューマンが評論家として「諸君。脱帽したまえ、天才だ！」とショパンを紹介した逸話はあまりにも有名です。この曲だけはASCH のモティーフは使われていません。 13.「エストレラ」 愛するエルネスティーネの名前をもじったものです。短い曲に激しい情熱が込められています。 14.「再会」 謝肉祭の間、仮面舞踏会は何度も行われます。「またお会いしましたね」という軽妙な楽しさのある曲です。中間部は恋人との再会の場面です。 15.「パンタロンとコロンビーヌ」 二人の道化役者の仲が良いのか悪いのかわからないような踊りで中間部はしんみりとした気分です。 16.「ドイツ風ワルツ；パガニーニ」 ASCH の音ではじまる優雅なワルツです。中間部は当時一世を風靡した伝説的名ヴァイオリニスト パガニーニの登場で超絶技巧のきらびやかな音が続き、ドイツ風ワルツが繰り返されます。 17.「告白」 エルネスティーネ への愛の告白ですが、その情熱はひそやかに内に込められています。 18.「散歩」 謝肉祭の喧噪から離れ一人散策するシューマンの胸には、理想の音楽に対する憧れがふくらみます。 19.「休息」 表題とは正反対に突然低音から上昇するメロディが湧き出て第１曲「前口上」の回顧になりそのまま終曲に入ります。 20.「フィリスティンたちを討つダビッド同盟員の行進」 フィリスティン（旧約聖書のフェリシテ人）と名付けた19世紀ドイツの俗物芸術家たちを討とうとするシューマンを中心とした新芸術集団による正義の３拍子の行進曲です。ダヴィッド（ダビデ）は旧約聖書の英雄でシューマン自身を擬しています。次第に高揚し、勝利の輝かしい和音で大団円を迎えます。

　　　　　　　　　　　　休 憩　２０分間

　イーゴル・フェオドロヴィチ・ストラヴィンスキー
　（1882年 ロシア ペテルブルグ郊外 〜 1971年 アメリカ ニューヨーク）
　“ ペトルーシュカ ” からの３つの楽章
　“ペトルーシュカ” は、“火の鳥” “春の祭典” と並ぶ天才ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽の一つで、1911年２９歳の時に書かれました。原曲は20世紀初頭のパリ・シャトレ座で一世を風靡したディアギレフ ロシアバレエ団のために書かれたピアノ協奏曲風オーケストラ曲ですが、ストラヴィンスキーが　39歳の時、のちに、かのホロヴィッツとピアノ界の双璧を成した大ピアニスト アルトゥール・ルービンシュタインの依頼によりピアノソロに編曲されました。古今のあまたのピアノ曲の中で最も演奏が困難な超絶技巧曲ですが、全楽章を通じてストラヴィンスキーの天才性がまばゆいばかりにきらめく名曲です。

　この作品はおがくずで作られたパペット人形が繰り広げるロシア的悲劇版のピノキオ物語です。老魔術師の魔法のフルートによって生命を吹き込まれ、いつか本当の人間になることを切望している気が弱く不器用で哀れなピョートル ― ペトルーシュカはロシア語の愛称 ― が主人公です。ペトルーシュカは同じ一座の花形人形であるバレリーナに強い恋心を抱いていますが、華やかな謝肉祭の仮面舞踏会の夜やはり彼女に恋する荒くれ者のムーア人 ― 北西アフリカのイスラム教徒 ― の人形に殺されてしまいます。
　第１楽章「ロシアの踊り」 アレグロ・ジュスト。謝肉祭の市で、老魔術師の魔法のフルートの操られた３人のパペット人形たちが有名な「ロシア舞曲」を踊ります。ペトルーシュカの踊りはぎこちなく群衆から罵倒されますがバレリーナとともに踊れる歓びにあふれるペトルーシュカは最後まで踊り続けます。 第２楽章「ペトルーシュカの部屋」 ストリンジェンド ― モルト・メノ ― アレグロ ― フリオーソ ― アダージェット ― アンダンティーノ ― アレグロ ― レント。華やかな舞台の時は終わり、上手に踊れず 人気のでないペトルーシュカは、寒くて暗い小さな部屋に閉じ込められます。老魔術師の肖像画に支配　され抑圧される悲しみは彼への怒りに変わりますが、非力なペトルーシュカにはどうする事も出来ません。心配したバレリーナが老魔術師に頼みペトルーシュカの部屋に入れてもらいますが、突然ペトルーシュカから哀れであまりにも稚拙な恋の告白を受け、逃げるように帰ってしまいます。ペトルーシュカもあとを追って部屋を出ようとしますが果たせず、絶望のあまり気を失ってこの悲しい楽章は終わります。第３楽章「謝肉祭の日」 コン・モート ― アレグレット ― テンポ・ジュスト ― アジタート。群衆が集まり、仕掛け花火に点火されます。いよいよ謝肉祭のクライマックス、仮装パレードの夜の始まりです。有名なロシア民謡「ペテルスクの道に沿って」による “乳母たちの舞曲” のとても美しいメロディーに続いて、“行商人と二人のジプシー娘の踊り” “乳母たちとコサックの御者と馬丁たちの踊り” “仮装した人々の踊り” と次々に舞曲が華やかに展開していきます。謝肉祭が最高潮を迎える頃、ペトルーシュカはムーア人に追い回され群衆の面前で殺され全曲は終わりを告げます。ペトルーシュカの死は、「ペトルーシュカ和音」と呼ばれるハ長調と嬰へ短調を組み合わせた激しい不協和音の最後の一音で表現されます。


　セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ
　（1873年 ロシア オネグ 〜 1943年 アメリカ ビヴァリー・ヒルズ）
　ピアノソナタ 第２番 変ロ短調 Op. 36（ ホロヴィッツ版 ）　
　ラフマニノフは、近衛隊長の父をもつ、ロシア・ロマノフ王朝の由緒ある貴族の家系に生まれました。しかし、1861年の農奴解放に始まるロシア革命前夜の社会変動により、まだ幼いラフマニノフの両親は次第に領地を失い、やがて別居を余儀なくされます。高い教養をもつ母のもと、９歳でペテルブルグ音楽院に入学しピアノを学び始めます。やがてピアノの師ジロティの勧めによりモスクワ音楽院に転じ作曲で当代一流のアレンスキーやタニェエフに師事し、その巨大な才能を開花させます。ラフマニノフは、また20世紀前半最大のピアニストでもあり、そのピアニズムの系譜はベートーヴェンの流れをくむものです。

ベートーヴェン ― カルル・チェルニー ― フランツ・リスト ― アレクサンドル・ジロティ ― ラフマニノフ

　ラフマニノフの最高傑作の一つであるこのソナタは、大作曲家としてまた偉大なピアニストとして世界的な名声を得た40歳の時に作曲されます。そしてその４年後の1916年にニコライ二世の退位で終結するロシア革命の翌年に、共産主義政権を嫌いついにパリを経てアメリカに亡命します。今はもう跡形さえ　無くなってしまったロマノフ王朝下の少年時代への激しいまでのノスタルジーと、自身の家庭を根底から覆した革命政権への恐怖が、熱い筆跡で楽譜に刻まれています。さらに1931年に必要以上に高度な技巧性や冗長な楽節を削り改訂がなされました。これにより構成は明確になりラフマニノフ本人以外のピアニストにも演奏が可能になりましたが、この改訂版があまりにも簡略化された事に不満を抱いていた20世紀後半の偉大なピアニスト ウラディーミル・ホロヴィッツは、初版と改訂版を折衷した形で公開演奏する許しを死の床にあった作曲者に申し入れます。ラフマニノフは友人からのこの申し出を喜んだばかりか、自らの少年時代の古き良き故郷ロシアに思いを馳せ、涙を流したという逸話はあまりにも有名です。 　　 　 　 　　　
　※ 本楽曲解説の中で、誤りや勉強不足の点がありましたら、どうかご指導下さいますようお願い申し上げます。 [ 高木 竜馬 ]


　全くの一応でございますが、竜馬と薫子は下のような系譜の末席をけがしております。（デミカ）
アレクサンドル・ジロティ ― コンスタンチン・イグムーノフ ― アレクサンドル・ヨヘレス ― エレーナ・アシュケナージ