おもしろ歴史館-新裏太郎山通信コミュのマガジン三十三号

どうもどうもしばらくしばらくとくり返すうち死んでしまいぬ　髙瀬一誌　　　　

この歌を知ったのは、１０年ほど前でしょうか。ちょっと滑稽でいながら、それでも頷いてしまうんですね。それで翌年の元旦に決めた私の目標は、「会いたい人に会う」にしました。えてして目標は目標のままで終わることも多いのですが、これは結構達成できたと思っています。特にその後鬼籍に入られた人々のことを思い出しますと、寂しくも悲しくもありながらも、あの時にきっちりと会っていてよかったと思うのです。もちろん、前号に書いた小宮山量平先生はじめ、もっともっとその謦咳に接しておきたかったと思うことも多々ありますが。
「会いたい人に会う」を目標としたのはその年だけでしたが、その気持ちは今も同じです。

４月２７日、どうしても会いたいと思っていた（また先方もそう思っていて下さった）方（ご夫妻）にお会いするために、松本まで車を走らせました。一晩と翌朝だけでしたが、またまた多くの御教示頂き、沢山の励ましをもらいました。東京在住の中川甲子三郎先生がその方です。
先生は、東京商科大学（現一橋大学）で量平先生の後輩で知己ということもありましたので、当日は量平先生に献杯した後、貴重な思いで話も聞かせてもらいました。
先生は大学卒業後軍隊経験を経て、兼松（兼松江商）社員、その後退職まで都立高校で公民科の教師として教鞭を執られました。今はもうご高齢ということもあり、公職など引退されていますが、それでも「これだけはずっと続けている」と言われたのが、『自分史つうしん　ヒバクシャ』への支援です。
さてその際に先生から頂戴したのが、「戦争と私」と題した原稿です。（都立高校の退職者会の手による『伝えたい戦争の体験』に所収されたものと思われます。）所謂自分史なのですが、昭和という時代を描いた優れた歴史書にもなっており、引き込まれました。
もう一つ頂いたのが、高橋哲哉『犠牲のシステム福島・沖縄』についての『東京新聞』掲載の書評（評者は、前泊博盛沖縄国際大学教授）です。早速を取り寄せ、読んでみましたが、これまたひきこまれました。（この書物については、後日ぜひ本通信で採りあげたいと思っています。）

これらを読んだ後、自然と浮かんできた言葉が、歴史に学ぶ事の大切さ、です。よく言われるフレーズではありますが、改めてその重みを感じた次第です。

今月６日の朝日新聞に『週刊現代』の広告が出ていました。気になったタイトルに、「橋下徹が総理大臣になる日」というのがありました。これに限らず、ここ１年程の橋下氏のマスコミへの露出度は異常ともいうべき高さです。記事そのものはまだ読んでいませんのでコメントできませんが、彼については、おおざっぱに言って、今の閉塞した政治状況を何とかしてくれるのではという期待感?をもっての取上方が多いような気がします。それが「大阪維新の会」への投票や人気に繋がっているのでしょう。勿論彼をして、時代の寵児のような見方をしている人もいるようですが、それはマスコミが作り出した?とも言えます。
教育を管理統制の下に置こうとしたり、基本的人権を著しく制限する公務員「改革」や徹底した新自由主義に基づく自己責任論など、彼の言動は平和で真っ当な暮らしを望む庶民の願いを破壊する政治家のそれである、として規定していいかと思います。例えば彼は、公務員をして既得権益の代表者であるかのように喧伝し、給与を削減し、労働条件を悪化させようとしています。しかし今日の不況や弱者とされる人々の生活苦は、何も公務員の責任ではなく、従って彼らの給与を削減したりして改善されるものではないのです。しかし今年２月には、国家公務員の給与削減法が成立しました。世論も大方それに味方しているようです。「しめしめ」とほくそ笑んでいる者の姿が見える気がします。
橋下に限らず、政治状況が混沌して人々が将来に不安を覚える時には、ややもするとこうした政治家個人への幻想が生じがちです。しかし、その都度裏切られてきた歴史を私たちは想起すべきでしょう。
かつて量平先生から学生時代の思い出として教わった話です。
２，２６事件に代表される軍部が力を伸ばしつつあったあの時代に登場した「名門中の名門貴族」出身の近衛文麿への人々の期待感は、相当なものだったようです。
「軍人出身でも官僚出身でも、また政党出身でもない４７才の若い長身の貴公子近衛文麿の登場に明るさを見いだし」?たからでしょう。しかし、彼のやったことといえば、日中戦争においては一度は「不拡大」を表明したものの、その後はひたすら軍部への追随に終始しただけでした。所謂「近衛上奏」?も失敗していますし。
しかし近衛への期待は、すぐに失望と怒りに変わりました。新宿武蔵野館でスクリーンに登場した近衛に向かって悪罵を投げつけた話も、量平先生から聞いたように覚えています。

さて中川甲子三郎先生の「戦争と私」について。

まず目についたのが、原稿送附に当たっての編集部への書簡です。
「掲載に際しては、ぜひ原文のままにてお願い致します。編集方針にそぐわない場合は、お手数でもこのままご返却下さい」（傍点は、ママ）とあります。編集部からの「申し出のご趣旨を諒解」した上でありながら、敢えてこの一文を認めているところに、先生の高い矜恃とこだわりを感じます。
本文は、戦争末期に生まれ第二の人生を迎える年齢になった教え子達が、当時誕生したばかりの小泉内閣を歓迎している姿に苦言を呈するところから始まります。
《ナチスのヒトラー政権がどの様な状況下で誕生したか、わが国民を塗炭の苦しみに陥れ、破滅の道に導いた東条内閣がどの様にして生まれたか、…いずれも国民の支持、熱狂的な声に押されて誕生したのではなかったか。》
ご自身の体験に基づき、教え子やその家族を思う気持ちが背景にあるだけに、説得力を持ちます。今の橋本人気を見るにつけ、怖いものを感じます。
少年時代の回顧も単なるノスタルジーには終わりません。
《「関東軍・満鉄の華々しい活躍が毎日のように報じられ、一攫千金の好機到来と大人達が噂し合っているのを耳にしていた。満州へ、満州へと草木もなびくような勢いだったことが記憶に残っている。》
《戦勝祝いの旗行列や提灯行列は珍しいものではなくなった。「志那」は広大な領地を持ち資源に富んだ大国であるが、四億の民は生気を失い懶惰な生活に陥っている。あたかも眠れる獅子のような状態にあるのだと教え込まれていた。》
その一方で、野球に熱中したりするなど、子どもや若者の生気あふれる日常も描かれ、どんな時代にあっても成長する魂のみずみずしさを感じさせられます。
しかし少年の成長は、そのまま戦争への道でもありました。
《軍事教練は強化され、配属将校は学内で権力を振り回し始めた。…一般教師との軋轢というか、不協和音が生徒の耳にも聞くとはなしに聞こえてきた…》
《三年生になった頃だろうか親しい友人一人が忽然と学校を去り、陸軍幼年学校へ志願していった。
　…その眼差しには使命間に燃える若者特有の光が感じられた。…事態はもうそこまで来ているのかという切迫感に襲われてもいた。》
《訳もわからず、当時多くの人々が心酔していた頭山満翁に心酔したりした。軍国主義少年、皇国臣民の完成である。私は心底、皇国のために命を捧げることこそがわが行く道であり、大義に生きることになるのだと思った。》
　ただ著者の感性は、その奥底までは忠君愛国に染まってはいなかったようです。その一方で、偶然見かけた若い男女連れに心を打たれます。
《端然と座席に姿勢を正し、黙して窓外の景色を懐かしそうに眺めている。その肩にけだるそうにしなだれかかる都会風の美しい女性。…軍国主義一色の車中で、二人は臆することなく超然とした態度で堂々と自らの愛を守り続けている。それは大変みずみずしい、人間の本然の姿に思えて…心の中で合掌した。》
進学先の東京商科大学予科で、「自由を守る伝統を受け継いだ学風」に触れられたのはわずか一年余りのことでした。
《学校はもう学園生活のかけらも許されなくなってしまった。…いったん流れが始まると、あっという間の出来事でもうどうしようもない。そしてついに文化系学生の徴兵猶予停止、学徒出陣という最悪の事態を迎える。…》
《出陣する学生を前に、心ある教授たちは血涙こもる送別の言葉を述べてくれた。「君たちは死んではならない。あらゆる手段を講じてきて帰れ。…」》
そして入隊。
かつて野間宏は、『真空地帯』の中で、軍隊内部の非人間性と一介の市井の人間を闘う機械として兵士
に作り替えるために、言語さえも一般社会と隔絶させている様子をリアルに描きました。
筆者の配属された特甲（特別幹部候補生）船舶工兵隊は、「部隊の中で最も優遇されたエリート集団」であったにもかかわらず、その厳しさは次の一文で十分に推し量れます。
　《（真冬の海で、故障した船艇のために）飛び込んで艇を支えろという。兵の命より陛下から賜った艇の方が大事、損壊することなど許されぬという。無我夢中で私は率先して飛び込んで必死に艇を支えたが、満身創痍になった。危うく死を免れることができたが、その後の練兵休、入院の処置の嬉しかったことが忘れられない。…》
　この後敗戦を迎えるのですが、しばらくは、
　《軍人直喩の筆写が日課となった。だから私たちは内地にいながら、東京大空襲も、広島・長崎の原爆も、そして終戦の詔勅が発せられたこともいっさい知らなかった。》状態に置かれます。
軍隊の異常さが、ここでも垣間見えます。
　敗戦後の廃墟の中での困難な生活の中、筆者は思います。
　《我が日本民族が生きていくためには国土が狭すぎる。…だから八紘一宇（大東亜共栄圏構想）は民族生存のための必須条件、この戦いは自存自衛のための止むにやまれぬものだ、と。だが今戦争に敗れ、これらの地域はすべて手離さなくてはならなくなったが、いざ実際にやってみると何のことはない、みな結構食っていけるではないか。してみると、あの戦争はいったい何だったのか。…》
ここまで書き写してきて思い出すのが、「原発が再稼働しなければ大変な電力不足になり、日本経済が失速する」と言った意味の言辞で、恫喝している電力会社と、その利益を代弁する政権です。やはり歴史に学ばなければ。
昭和という時代とほぼ歩を一にしてきた筆者の思いは切実です。
《一九四五年の敗戦を機にわが国は生まれ変わった。国内外の人々に未曾有の犠牲を強いた後、過ちは再び繰り返すまいぞと決意し、新しい国家社会の建設に立ち上がった。》
はずでした。しかし、
《時おりほの見えるマスコミの大罪ということとも加わって、またしても、一犬空に吼ゆれば、万犬これに倣うの愚を繰り返そうとしてはいないだろうか》
権力者やそれにへつらうことで禄を食んできた多くのマスコミの力は、強大なものがあります。そしてその背後に見え隠れするのは、日本政府の上に君臨するかのようなアメリカの存在でしょう。
五月十五日、沖縄は復帰四十周年を迎えました。大手マスコミも、基地の無くならない「悲劇」を一応は伝えていました。しかしその根底にある問題、日米安保については意識したのかしなかったのか、ほとんど触れられませんでした。しかしアメリカへの従属体制こそが、「諸悪の根源」と看破したのが量平先生でした。
《（Ａ級の大物たちは）ある日忽然として、それらの大物たちは出獄したのだ…その一人がロッキード事件の主役となった。その一人がギャンブル大王となった。またその一人がついに日本国の宰相となった。安保体制という表看板の下に、世界に類例のない暗黒国家が日米間で設計された。…それによっていったん植え付けられた「道義の退廃」は、日を追って増殖され、猛然と癌のように移転しつつ諸悪の根源を形成している。》?
その「道義の退廃」の見本のような事例が、暮らしも故郷も破壊しておきながら、何らの責任もとらず、悪びれることもなく、いけしゃあしゃあとマスコミに登場し、原子力発電に固執している勢力です。
私たちはどうそれに対処すべきなのでしょうか。
中川先生のまとめです。
《われわれ一人ひとりがそれぞれの場において、学校・家庭・職場で、自らの自由が奪われ、自分の意志に反し納得できないものへ統制されていこうとする動きに対しては、その都度明確に抵抗の意思表明をしなければならない…》
原発事故、思うに任せない大地震や津波からの復興、就職難、生活苦等々、社会の様々な面でのほころびが露わになっている昨今、それでも戦前と違うのは「反対」の意思表示ができることです。この権利こそは死守しなければと、改めて思うのです。それはまた、量平先生や中川先生などの先達が命がけで大事にしてきたものでもあります。

註

?橋下が反原発を掲げている点については、今の時流を読んでのことだとか、自分の面子を関西電力の経営側に潰されたからだとかというような冷めた見方もあるようです。しかし橋下でさえも反原発をいわざるを得ない状況にあるということでしょう。従ってこの点に限り、評価していいのでは。　　　

?「Ｑさま」というクイズ番組があります。これにどういうわけか、時折「大阪維新の会」のメンバーが登場します。政治家のマスコミへの登場は、それがどんな番組であろうと直接知名度アップに繋がるだけに、テレビ局側の意図的なものを感じます。他の面でもこの番組は、「イケメン軍団」「ブサイク軍団」などの文言をおもしろがって使うなど、無批判に見るわけにはいかない内容を孕んでいます。

?『国史大事典』吉川弘文館

?１９４５年、戦局不振に悩む天皇から相談された近衛たちは、敗戦必須と考え、速やかな終結を天皇に上奏しました。それは、「国体護持の立前より最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命」（近衛上奏文）を恐れての処置でした。もっとも天皇は、「今一度戦果を上げてからでないと難しいと思う」とこれを却下したことは有名です。

?「諸悪の根源を想う」　小宮山量平『昭和時代落ち穂拾い』１９９４　週間上田新聞社