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伊庭八郎コミュの池波正太郎氏の「取材ノート」

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故・池波正太郎氏が、伊庭八郎が主人公の『幕末遊撃隊』を執筆されるに
あたって、資料の写真やメモなどを書いた「取材ノート」の実物を、
数年前にたまたま見ることができました。

その中に、池波氏御自身が複写された八郎の写真?もあり、すでに知られている
モノでは、ありますが、どんな風にアルバム内に貼られていたか、などを
模写を交えて、簡単に紹介させていただきたいと思います。

コメント(7)

シャープペンシル一本で私が模写したものです。
(たかが模写、と思っていましたが大変難しい作業でした。頭の
歪みから、うまく顔の流れができませんでした。後で修整しようと思います)

顔と頭のバランスや、唇や目の周りの陰影などが、雑誌や幕末写真館さん
などに載っている画像とちょっと違う感じがします。

陰影が違うと、表情も違って見えます。

幕末写真館さんがアップされている、伊庭八郎の写真は↓。
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu/iba.html
池波氏の「取材ノート」の中では、↑こんな感じで写真が貼られていました。

写真?を押さえている人の手の大きさから判断すると、B4からA3くらいの
かなり大きなサイズだと思います。

幕末〜明治初年のオリジナルの写真では、ありえない大きさですから、
確実に、人の手(拡大複写、修整など)が加わっていると思います。

伊庭八郎は、たぶんこのままの顔では無かったと考えられますので、
皆さま安心してください!?
「1」の画像は、実際は、顔の右目右ほほを中心に、ズッパリ斜めに
破れたような跡があります。

あまり大事に保管されていなかったのでしょうか。
池波氏が撮影された昭和半ばですでにこの状態ですから、少なくとも
戦前には作られた画像なのではないか、と考えています。

「取材ノート」の同じページには、たぶん貞源寺さまの門や八郎の
墓石らしきモノの写真も貼られていました。
この写真は、池上先生の著書「戦国と幕末」に書かれている、先生が伊庭家の子孫からいただいたのだという、あの写真の事なのでしょうか?

目元がりりしいですね(平野さま絵がとってもお上手ですね)!信念を貫き、最後の最後まで義のために戦った彼の性格がうかがえます。
クロスさせた白たすき?が最後まで戦うという伊庭の覚悟があらわれているようで、ちょっと切なくもなりますね。
りさぶーさん、こんにちは。
レスありがとうございます。

池波氏や御遺族、伊庭八郎の御子孫にお話を伺ったわけではないので、
推測でしかないのですが、たぶん、池波先生が文章でやたらに誉めていた
「伊庭八郎の写真」がコレだと思います。

私は、頭のズレから、ずっとモンタージュのような肖像画だと思っていた
のですが、池波氏が写真と言うからには、少なくとも御子孫の家には、
「写真」として伝わっていたのだろうと思います。

それで「かなり強い修整(改造)が施された写真」と考えるようになりました。

今、私は幕末総合コミュの方のトピックで、「1」の写真が、こちらの
伊庭八郎コミュのトップの画像や新人物往来社刊『伊庭八郎のすべて』の表紙
にもなっている「陣笠をかぶって銃をかまえて座る全身像」の写真を元に
大幅な改造を施されたモノなのではないか?という仮説を立てて、あれこれ
書いております。

まだまだ謎の多い伊庭八郎さんですが、だからこそより惹かれてしまいますね。

>クロスさせた白たすき?

白かどうかは、よく解らないのですが、和服では無く洋式軍服にナナメに
たすきのようなものがかかっているみたいです。
画像の印象は全然違うのですが、「陣笠をかぶって銃をかまえて座る全身像」の写真
と意外と共通点があるのも、何か手掛かりになるのでは、と考えています。
二年半前くらいに描いたもので、もう手元に無いのですが、なんとなく
伊庭八郎をイメージして描いたものです↑。

タイトルは「北の傷の日」だったと思います。

江戸で普通に生活していた頃、京に上った頃の八郎さんには月代が
あったみたいですが、箱館ではもう無いかもしれませんね。
ザンギリだったのか、総髪を結っていたのか、坊主頭だったのか、、
想像は膨らみます。

脱走軍(箱館政府)の人々は、箱館の住民たちからは、「ダッソー」とか
「ザンギリ坊主」とか呼ばれていたそうですね。
『誰も書かなかった箱館戦争』という本にその辺りが詳しく載っていました。
上の画像は、こんな感じで展示していました。
売れてしまったので、写真しか無いのですが、これ以前からも伊庭八郎の
容姿に関しては、ずっとあーだこーだと想像していました。
もう数年たちますが、あまり進んでいません。

>「ザンギリ坊主」

やっぱり、総髪、ザンギリの人が多かったから、こう呼ばれたのでしょうか。

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