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伊庭八郎コミュのウィキペディア

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ウィキペディアのフリー百科事典

これの伊庭八郎のページを編集しちゃいましたw
リンクが切れているのもまだまだあるし、
伊庭八自体の情報も少なめです。

皆で完璧なものにしていきませんか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%BA%AD%E5%85%AB%E9%83%8E

協力者募集☆

コメント(3)

とりあえず本山小太郎のページを作りました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B1%B1%E5%B0%8F%E5%A4%AA%E9%83%8E
心形刀流の記載は残念ながら事実と反することが多いですね。原因は亀山で発行されたいくつかの書籍に誤りがあることです。きちんと調査しないまま発行されたことが原因だと思われます。それを元に多くの書籍が出ていることも間違いを助長しているようです。

私が亀山で20年前に習ったときに古老達に話しを聞いて回ったり、きちんと歴史研究を念頭において当時稽古されていた方に話しをうかがったり、各地にある伝書などで調査した過程で以下の3点にはっきりとした誤りがあります。

1.薙刀状の武器を枕刀と呼ぶのは誤伝の可能性が高いこと。古い伝書に長刀として記載されていることと、枕刀と呼ぶのは全く別の心得として伝書にあります。何よりもあれを枕刀と呼ぶ意味が不明だということです。
また、話を聞いて回った範囲ではあれを枕刀と読んでいたかどうかちょっと曖昧だったようです。型については失伝していたことははっきりしており、それは現在も販売されているかつて作成されたビデオでもそう言っています。近年編まれた型だと考えていいかと思われます。
仮に譲ってあったとすればそれは亀山藩伝にのみ伝わる名称の可能性が高いというのが現状で判断できることです。

2.居合を抜合と呼んだというのも事実ではありません。やはり亀山藩に心形刀流が伝わるよりも古い時代の別系の伝書などに、はっきり居合と書かれたものが数点残っています。ケースバイケースで使い分けていたと思われますが、それが名称の使用を曖昧にしてしまい、幕末期、あるいは亀山では(あるいは亀山の誰かが)居合ではなくて抜合と書くようになったのかもしれません。これは居合の伝書があまり確認されていないためまだ調査としては不十分ですが、心形刀流として語るのであれば居合を抜合と呼んだということは間違いであるといえます。

3.亀山にのみ現在伝承が残っているというのも事実ではありません。
長崎県平戸市に現在伝承者がおられますし、近年まで長崎県松浦市にも3名いらっしゃったことが知られております。平戸の方は松浦の方にも習いに行かれていたのと、そちらから書付などを署名入りで戴いておられること、他にも裏付けのとれる何点かの資料などを持たれていることからも伝承された事実も確認が可能ですし、その伝系もはっきりしていますのでほぼ間違いないでしょう。
他に数名自称宗家を名乗った人たちがいました(す?)が、それらはわかる範囲で調べたところ伝書を手にいれたり見たりしたことでそう勘違いをされた(ている)か、宗家を名乗りたくて伝承が絶えたと思った流儀を名乗ったようです。

4.また心形刀流には柔術もあったことが現存が確認されているかなり古い伝書にも記載されております。
> ジュリアーノさま
ジュリアーノさまは本当に色々と詳しいですね。
本当勉強になります!

ウィキペディアは皆で作り上げる百科事典ですので認識間違いなどから誤った記述もありえると思います。
もちろん私が作成したページに関しても間違っている部分はあると思います。
なので誤った記述を発見したら修正していけたら、より素敵な情報ソースになると思います。
って、かなりウィキの回し者みたいですがw

ジュリアーノさまみたいに伊庭八郎関連にとても詳しい方がどんどん記述していただけると、皆が誤情報に流されず世間一般では余り知られていない伊庭八郎並びにその他情報を知っていく事ができると、とても素敵だなって思います。

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