物語のオープニングの舞台。スタドリ・コンスタブルの聖母諸聖人教会の墓地で墓穴を掘っている男、レイカー・アームズビイが言った言葉「うるさい鳥どもめ!」「レニングラードへ帰れ!」
これを不思議におもったヒギンズ氏の問いに対してレイカー・アームズビイが鳥はレニングラードから10月にここへ渡ってくる、冬は寒すぎていられないのだ、と答えたあと、付けくわえた言葉。
"Cold enough to freeze the balls off a brass monkey over there in winter."
「あっちの冬は寒さがひどくて、真鍮の猿のきんたまですら、カチカチに凍ってとれてしまうんだ。」(菊池氏訳)
"The world was a bad joke dreamed up the Almighty on an off-day.
I've always felt myself that he probably had a hangover that morning."
「世界は、万能の神が非番の日に思いついた悪いジョークなんだ。 私はいつも感じているよ、その朝彼はたぶん二日酔いだったろうと。」(私流直訳)
ところでかく言うリーアム・デブリン氏も神様の事を責めてばかりもいられません。
シュタイナ中佐と彼の部下たちを作戦に参加させるべくラードル中佐とともに、チャンネル諸島オールダニを訪れた帰り、前夜飲みすぎてしまったデヴリンは港まで送ってくれた車の後席に、二日酔いのためうずくまってしまいました。
「デブリンは後ろの席にうずくまって、ひどい二日酔いの兆候をはっきり示していた。」(菊池氏訳)
"Devlin huddled in the rear seat showing every symptom of a king-size
hangover."
うーむ。キングザイズの二日酔いとはどんなんですかねー。さすがアイリッシュ。
敵対する人間同士を描くドラマである冒険小説なのだから、ののしり言葉は当然頻発。
「鷲は舞い降りた」では、どれだけ多彩なお下品な英語が出てくるのかと思いきや、連合国側、ドイツ側、中立のアイルランドも含めてこの小説のののしり言葉ほとんどこれ、
“ You bastard! ”
Bastard とは非嫡出子、私生児とかいやな奴とかいう意味があるそうです。
ドイツ語にもこれに相当する言葉があるんですかねえ?
”bastard”がでてくるシーンを拾ってみると、以下の通り。
*レイカー・アームズビイが墓掘りをしていて、うるさい烏を怒鳴りつけるシーン
“Noisy Bastards!” he called. “Get back to Leningrad.”
「うるさい鳥どもめ!」彼がどなった。「レニングラードへ帰れ!」(菊池氏訳)
*魚雷にまたがり「めかじき作戦」に従事するシュタイナ中佐とその部下たち。一緒に海上に浮かび待機していたレムケ軍曹が無謀な突撃をする。
“ The silly young bastard.” Steiner thought. ”What does he think this is, the Charge of Light Brigade?”
「ばかな小僧め」シュタイナは思った。「なんだと思っているのだ、軽騎兵の急襲くらいに思っているのか?」(菊池氏訳)
*ワルシャワでユダヤ人少女を助けようとしたシュタイナ中佐がSSに逮捕されるシーン
Steiner said.”I pride myself I can always tell a thoroughgoing bastard when I see one.”
シュタイナが言った「わたしは、つねづね、一目見ただけで犬畜生のような人間の見分けがつくことを、自慢にしているのだ。」(菊池氏訳)
(”thoroughgoing”とは「徹底的な」とかいう意味とのこと、「最低のクソヤロー」てな感じでしょうか?)
*シュタイナ中佐を作戦に参加させるべくオールダニを訪れたラードル中佐とデヴリン。話に乗ってこないシュタイナに対して、ラードルはシュタイナの父親シュタイナ少将が国家反逆罪でゲシュタポに逮捕されていること、シュタイナの行動如何によって父親の公判に有利に働く可能性のあることを示唆した後のシーン
Suddenly his face changed and he looked about as dangerous as any man could and when he reached for Radl, it was in a kind of slow motion. “You bastard. All of you, bastards.”
とつぜん、表情が一変して凶暴な顔つきになり、スロー・モーションのようにゆっくりとラードルの方へ手を伸ばした。「犬畜生め。きさまたちはみんな犬畜生だ。」(菊池氏訳)
*モリイ・プライアを襲おうとしたアーサー・シーマーに立ち向かいリーアム・デヴリンが言う。
“Now then, you bastard,”Devlin said.
「さあ、こい、こんちくしょう」デヴリンがいった。(菊池氏訳)
シーマーを叩きのめした後のデヴリンの言葉。
“And now you will listen to me, you bastard!”
「いいか、よく聞くんだ、このけだものめ。」彼はいった。(菊池氏訳)
*シュタイナ少将に精神的ショックを与えるため、ゲシュタポはいちど疑いが晴れたように見せかけてから、再度少将を拷問に引っ張っていこうとするシーン。
The whole thing became dreadfully clear.”You bastard!” he said and threw the cup of coffee at Rossman’s head.
一瞬にして、すべてがはっきりと読み取れた。「この犬め!」ロスマンの頭を狙ってコーヒー・カップを投げつけた。(菊池氏訳)
*シュタイナ中佐の部隊をノーフォークの海岸で降下させた帰り道。誤ったドイツ軍の夜間戦闘機に海へ撃墜されてしまったゲーリケが救出にきたドイツのEボートの乗組員に言う言葉。
“Safe, is it?” he demanded in German. “You stupid bastards – I’m on your side.”
「大丈夫だと?」彼がドイツ語でどなった。「この大ばか者―おれはきさまたちの側の人間だ」
*デヴリンの正体を知ってしまったモリイ・プライア。どうしてもたまらずデヴリンのいる管理人小屋に行きデブリンを罵倒するシーン。
“You bastard!” she said. “You dirty swine! You used me.”
(表紙がダコタとモスキートの初期版にはこの行の翻訳は省略されている。完全版では次の通り)
「ちくしょうめ」彼女が言った。「この人でなし!私を利用したのね」(完全版:菊池氏訳)
(「人でなし」でもいいけどここは直訳して、「おまえは汚い豚だよ!」のほうが感じでるような)
ユダヤ人;Jew
ワルシャワでユダヤ人ゲットー壊滅をはかるSS混成部隊。SSの少佐が隠れていたユダヤ人少女を捕まえる。
He had her by the hair and shook her like a rat. “Dirty little Jew bitch. I’ll teach you some manners.”
少佐が娘の髪をつかんで吊るしあげた。「このけがらわしい雌ユダヤ人め。作法を教えてやる。」(菊池氏訳)
日本人;Jap
スタドリ・コンスタブルから8マイルほど離れたメルサムハウスに駐屯するアメリカ軍レンジャー部隊の指揮官シャフトゥ大佐。派手なカッコウと単純な突撃精神だけで部下のケイン少佐からの信頼はいまいち。イギリスに来る前は太平洋戦線で日本軍と戦っていたようです。
“Got himself out of Bataan back in April last year when the Japs overran the place.”
「去年の4月、日本軍がバターン半島を制圧した時、彼は無事脱出した。」(菊池氏訳)
(原書ではケインはJapanese Army じゃなくて Japs と言っているのだから軽蔑の意味を含めて日本軍にルビで”ジャップ”といれてほしかった。それとoverrun は制圧よか、蹂躙って感じじゃないかなあ、この会話の流れでは。)
英国人;Tommi
味方の夜間戦闘機に誤って撃墜され海面に浮かぶゲーリケ。救助に来たドイツのEボートの乗組員が相手を英国人とおもって声をかけます。
“Catch hold, Tommi, and we’ll haul you in. You’re safe now.”
「つかまれ、トミ、引き上げてやる。もう大丈夫だ」(菊池氏訳)
ドイツ人;Jerry
聖母諸聖人教会に押し込められたスタドリ・コンスタブルの村人に対してイギリスを裏切りドイツ側についているハーベイ・プレストンが横暴な振る舞いをする。堪え切れなくなった居酒屋の主人ワイルド氏がプレストンに詰め寄るシーン。
George Wilde came out of his pew, waked up the aisle slowly and deliberately and stood looking up at Preston. “The Jerries must be damned hard up, because the only place they could have found you was under a stone.”
ジョージ・ワイルドが座席から出てきて、ゆっくりと通路を歩いて行き、プレストンを見上げた。「ジェリイ(ドイツ人の蔑称)たちはひどく困っているにちがいない、おまえのようなうじ虫は、石をめくらなきゃ、みつからないだから。」(菊池氏訳)
(ドイツ人の蔑称がJerryってのは初めて知りました。ワイルドさんなかなか勇気があります。石の下でみつかるというとミミズってことですかね。)
ドイツ兵;Kraut
スタドリコンスタブルで演習していた落下傘部隊の正体がシュタイナ率いるドイツ軍であることを知ったアメリカ軍レンジャーの指揮官シャフトゥ大佐はおおはりきり。冷静なケイン少佐に向かい即刻攻撃を主張します。
He slammed a fist down on the table. “No, by Godfrey. I’m going to nail these Krauts myself, here and now, and I’ve got the men to do it. Action this day!”
(シャフトゥが)拳でテイブルを殴りつけた。「そんなことをしておれん。おれは、いま、ここで、そのドイツ兵どもを片づけてやる。また、それだけの人員がいる。いま直ちに行動だ!」(菊池氏訳)
(Kraut とはドイツ兵の蔑称であるとともにドイツ料理の塩漬けキャベツ「ザワークラウト」も指すので、ドイツのキャベツ野郎ってな感じなんでしょうか。)
アメリカ人;Yankee
デヴリンの正体を知ったモリイ・プライヤが怒りにまかせ、お前たちの作戦はパメラがアメリカのレンジャーに通報しているとぶちまけるシーン。
“Pamela Vereker was with me up at the church when he and his men took her brother and George Wilde up there. We overheard enough to send her flying off to Meltham to get those Yankee Rangers.”
「シュタイナと部下たちが、神父さんとジョージ・ワイルドを教会へ連れてった時、パミラ・ヴェリカが私といっしょに教会の中にいたんだ。二人で話を盗み聞きすると、彼女がヤンキー・レンジャーを呼びに、メルサムハウスへとんで行ったんだ。」
(アメリカ人・アメリカ兵=ヤンキーってのは一般的ですよね)
・・・・・・
Steiner put a hand on his arm. “And my father?”
Radl said ,”I would be dishonest if I led you to believe I have any influence in the matter.
Himmler is personally responsible. All that I can do --- and I will certainly do this --- is make it plain to him how co-operative you are being.”
“And do you honestly think that will be enough?”
“Do you?” Radl said.
Steiner’s laugh had no mirth in it at all. “He has no conception of honour.”
It seemed a curiously old-fashioned remark, and Radl was intrigued, “And you?” he said. “You have?”
“Perhaps not. Perhaps it’s too fancy a word for what I mean. Simple things like giving your word and keeping it, standing by friends whatever comes. Dose the sum of these things total honour?”
“I don’t know, my friend,” Radl said “All I can confirm with any certainty is the undoubted fact that you are too good for the Reichsfűhrer’s world, believe me.” He put an arm around Steiner’s shoulders.
At precisely two forty-five on the following morning, Seumas O’Broin, a sheep farmer of Conroy in County Monaghan, was endeavouring to find his way home across a stretch of open moorland. And was making a bad job of it.
Which was understandable enough for when one is seventy-six, friends have a tendency to disappear with monotonous regularity and Seumas O’Broin was on his way home from a funeral wake for one who had just departed – a wake which had lasted for seventeen hours.
He had not only, as the Irish so delightfully put it, drink taken. He had consumed quantities so vast that he was not certain whether he was in this world or the next;
The motorcycle was pre-war, of course, and had seen better days. A 350cc BSA, but
when he took a chance and opened the throttle wide on the first straight, the needle
swung up to sixty with no trouble at all.
When he reached the coast road, Devlin took the first dyke path that he came to at
the northerly end of Hobs End marsh and drove out towards the fringe of pine
trees.
It was a crisp, autumnal sort of day, cold but bracing, white clouds chasing each
other across a blue sky.
He opened the throttle and roared along the narrow dyke path. A hell of risk for
one wrong move and he’d be into the marsh. Stupid really, but that was the kind
of mood he was in, and the sense of freedom was exhilaration
"The world was a bad joke dreamed up the Almighty on an off-day.
I've always felt myself that he probably had a hangover that morning."
「世界は万能の神が非番の日に思いついた悪いジョークなんだ。 私はいつも感じているよ、その朝彼はたぶん二日酔いだったろうと。」(私流直訳)
ところで、先日ラジオで19世紀イタリアのオペラ作曲家ヴェルディをテーマにした番組があり何の気なしに聞いていたら、「この世は全て冗談」というセリフが出てきてちょっとびっくり。
これはシェークスピアの戯曲「ヘンリー4世」「ウインザーの陽気な女房たち」をもとにしたオペラ「ファルスタッフ」のラストに出てくる有名なセリフだそうです。
もちろんヒギンズ好きがこれを聞けば、「あ、これがデヴリンのセリフの元ネタじゃない?!」って思うよね。
デヴリンは英国と戦うIRAの闘士でありかつ英文学の教授でもある。シェークスピアの戯曲からセリフを引用して当然じゃない?
翌週さっそく図書館でシェークスピアの「ヘンリー4世」と「ウインザーの陽気な女房たち」を借りてきて、急いで流し読みしたけど戯曲にはそれにぴったりのセリフは無かった。(じっくり読んでないので見落としはありうるけど。)
どうもこのセリフはオペラのオリジナルみたいだ。
英語でネット検索したところ、これにあたる3種類の表記があった。
(1)Everything in the world is a jest.
(2)All in the world is a jest.
(3)The whole world is a jest.
もともとイタリア・オペラなので英語の訳が分かれているんだろうね。
ところで(3)はつづけて次のような文章になっていた。
“The whole world is a jest. Man was born a great jester, but the best laugh of all is the last one.”
「世界はすべて冗談だ。人は生まれつき偉大な道化なんだ。最後に笑った奴の勝ちさ」(適当訳)