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志布志を歩くコミュの山宮神社

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今年は久々に正月2日に初詣ができた。
毎年この時期には海外に出かけているため、3が日に神社にお参りするのは実は十数年ぶりである。

行先は安楽の山宮神社。

御由緒書きによると、和銅元年(708年)に御在所岳の頂に天智天皇の廟を置いたことに始まる。「山宮」の名前もここから来ている。その後、大同2年(807年)に六社を合祀し現在の安楽の地に遷座。山上から麓に移したことにより名前も「山口六社大明神社」と変わった。

この神社のシンボルは何といっても鳥居脇にそびえる大楠。
高さ24m・根回り32m、樹齢1300年を越えているというから、ちょうど西暦700年前後にここに植えられたことになる。
もともと大楠は鳥居を挟んで対をなしていた(片側の大楠は明治26年に枯死)というから、人為的に植えられたのはほぼ間違いない。

では一体誰がこの楠を植えたのか?

実はこの大楠、天智天皇のお手植えだという伝説がある。
天智天皇がはるばる志布志までやってきて楠をお手植えするなどとは、何だが荒唐無稽な話のようにも思えるが、書物などを調べてみるとちょっと興味深いことが分かった。

天智天皇は推古34年(626年)に生まれ、天智10年(672年)46歳で亡くなったとされている。

しかし「扶桑略記」によると、天皇は山中で履物だけを残して行方不明、もしくは殺害されたのではないかとの記述がある。
想像をたくましくすると、天智天皇は安倍首相のように自ら政権を投げ出したのではなかろうか?

当時の情勢として、663年に日本・百済連合軍は白村江で唐・新羅連合軍に大敗し、百済は滅ぼされる。
このため日本は存亡の危機に立たされ、西海防備のために水城・防人・烽を置き、戸籍を整備し(兵力の把握のために必要)、遷都を行うなど矢継ぎ早の対策に迫られた。

白村江での敗戦以来、天皇は精神的に相当追い詰められていたはずで、実際、日本書紀の天智天皇記7年7月に <人々は「天皇は位を去られるのだろうか」といった。>との記述が見られる。これは天皇がこの頃周囲に退位を仄めかしたか、少なくともその兆候があったことを示している。

そしてある日突然、履物も脱ぎ捨てたまま京を離れ、大隅に身を隠したのではあるまいか?

なぜ大隅なのかということは残念ながら確かめる術もないが、実際、大隅・薩摩には天智天皇に関する伝説が数多くみられる。しかも、同様の伝説は他の九州やその他の地域には見られないのだ。この分布の狭さが、かえって隠棲が実は本当だったのではないかと思わせる。

また伝説によると天智天皇は79歳で崩じたという。と、いうことは705年に亡くなったということになる。

晩年を過ごしていたとされる安楽山宮神社の地で楠をお手植えたとしたら・・。亡くなった3年後に、その死を悼んで御在所岳の山頂に天智天皇廟を置いたとしたら・・、年代的にも神社の由緒にも矛盾はない。

答えはただ、大楠だけが知っている。

コメント(6)

興味深い話しですね、、。

志布志の山奥に田之浦集落があります。
あそこにも、山宮神社がありますが、そことの関係も教えて頂けませんか、、?
チョッキ〜♪さん、こんにちは。

先日、所用で志布志に行った際、田ノ浦山宮神社へも行ってきました。
随身像や搭状の六地蔵など、なかなか興味深い石造物があり、また小さなお社ながらも境内は綺麗に掃き清められており、大変清清しい気持ちになりました。

山宮神社は和銅元年、田ノ浦の御在所嶽山上に天智天皇の廟を祀ったのが始まりで、その後、大同2年に田ノ浦に遷座したものが今の田ノ浦山宮神社です。

同じ年に、田ノ浦に大友皇子を祀った山口大明神という神社が創建されましたが、この山口大明神・鎮母神社・若宮・中之宮・蒲葵御前社・山宮神社を一社に合祀し、同じく大同2年に安楽に遷座したものが安楽山宮神社です。よって、田ノ浦山宮神社は安楽山宮神社の元宮とも言えるでしょう。

へぇ〜〜〜、、凄い、、、手(チョキ)手(チョキ)

どこで、そんな詳細な情報を知っていらっしゃるのですかexclamation & questionexclamation & question
以前、どこだったかな??

どこかの大学で田之浦の山宮神社を研究した研究発表をやってるのを見ました。
なんでも、狩猟の神とか??

良かったら、なんでも教えてくださいね。

旧志布志町発行の「郷土史年表」や各種資料。鹿児島県の資料等いろいろありますが、何といっても一番の資料は「三国名勝図会」です。

三国名勝図会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%90%8D%E5%8B%9D%E5%9B%B3%E4%BC%9A


国立国会図書館の近代デジタルライブラリーに収蔵されていますので、ネット上で閲覧も出来ますよ。

国立国会図書館近代デジタルライブラリ
http://kindai.ndl.go.jp/
田ノ浦の山宮神社では、2月と9月の年2回の祭りの時に猟を行い、捕獲した鹿と猪を携えて社殿を3回回っていたそうです。この鹿と猪の肉は安楽川の流れに浸し、神前に供えたとか。

神饌に動物を供えるのは諏訪大社が有名ですが(昔は鹿の生首を供えていましたが、さすがに今は鹿の剥製になったそうです。)狩猟をする地域では、まま見られたようですよ。

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