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 警察が僕の部屋を訪れたのは6月のある晴れた午前だった。
奇跡と呼びたくなるほど空は青く澄んで、風はまるで泣き疲れて眠ってしまった赤ん坊の寝息みたいに穏やかだった。
僕はちょうどベランダで洗濯物を干しているところだった。


 ベルが鳴っても僕は気にせず洗濯物を干す作業を続けた。
日曜日の午前に僕のところにやってくる友人はまずいない。電波料金の集金とか宗教の勧誘だとかどうせろくでもない訪問だろう。そんなものにこの素晴らしい休日を邪魔されたくないと僕は思った。しかし、不審者が立ち去るまで吠え続けるよく訓練された番犬のように、ベルは4度も鳴らされた。
4度のベルは、この時間この場所に僕が存在することをわざわざ僕に知らせているようだった。


 インターフォンのカメラには、ジーパンとナイロンのジャンパーを着た姿の背の低い中年男が立っていた。3メートルぐらい後ろにチノパンにジャケット姿の若い男がいた。3メートルという微妙な距離は僕の心を少なからず動揺させた。インターフォンのカメラのレンズを通して映る二人の男の視覚的な構図は何か異様な雰囲気を醸し出していた。
ろくでもない知らせだということは頭にあったけれど、それでもそこにあるのは日常の延長線上をはみ出すものではないと僕は思っていた。不意を突かれた野良猫が身体を硬直させるように、僕の心臓はドクンと大きな鼓動をひとつ打った。


「シンドウスバルさんでしょうか」ジャンパーの男がゆっくりと口を開いた。
「はい、そうです。表札にもちゃんとそう書いてあるはずですが」動揺を誤魔化すように僕は冗談を言ったつもりだったが、言葉は冗談としての機能を働かせずに空中で冷たく分散した。


「こういう者です」。警察手帳をカメラレンズに向けながらジャンパーの男が言った。
権威的な挨拶だ。どういう者ですか、と反射的に答えてしまいそうになったが、やめた。

「何のご用でしょうか」

「いや、大したことではないんです。ちょっとある事件について情報を集めてまして。いや、別にシンドウさんがその事件に直接関わっているわけではないのですが、シンドウさんの知人が事件の当事者でして、その知人について色々と情報を集めているわけです。少し協力して頂けませんか」

「その知人とはいったい誰ですか」

「うん。マンションの前で私みたいなモサ苦しい男が長くいたら近所の人に迷惑がかかります。不審に思われて警察に通報されてしまうかも知れません」ハハと演技的にジャンパーの男は笑った。3メートル後ろにいるジャケットの男は表情もその距離も変えずじっと立ってカメラレンズを凝視していた。

「だからちょっと外まで出てきて頂けませんか。休日のこんな天気の良い日に申し訳ございませんが」
 僕は洗濯物を全部干し終えてから行くので近くの公園で待っていて下さいと言った。

「もちろん、かまいませんよ。では」
 僕は洗濯物を全て干し終えてしまうと、タバコに火を付けて思いを巡らした。事件とは一体何を指しているのだろう。窃盗、痴漢、恐喝、詐欺、殺人…でも僕の知人にそのような事件を起こす人間はいそうにない。検討もつかない。


 公園に行くと桜の木の下に二人は立っていた。桜の葉はすでに散り尽くしてしまって、代わりに緑の葉が枝を覆っていた。
公園では数組の親子がブランコをしたり、ボールを蹴ったりして遊んでいた。子供を持たない僕はこのような光景を見るとまるで遠い別世界の出来事のように感じてしまう。いつか自分も父親になって日曜日の公園で子供と遊んだりするのだろうか。想像してみるのだけど、決まってうまくその情景を頭の中で作り出すことが出来ない。


「で、知人とは誰なんですか」

「桜田瑠衣」と言ってからジャンパーの男は時間を一拍置いた。まるで食べ終わった後のカシワの骨を犬に与えて食いつくかどうか観察している飼い主みたいに。

「桜田瑠衣はご存じですよね」もう一度注意深くジャンパーの男はその名を口にした。しかし、僕は一体誰の事を言っているのか全然わからなかった。

「知りません。本当に」僕は本当にそんな名前を持った知り合いはいない。僕は人の名前をわりと覚えている方だし、名前を忘れていたとしてもその言葉の響きから記憶をなんとか探ろうとすることができる。少なくとも深い記憶の海からその言葉のカケラを掬いとろうと努力はできるはずだ。
しかし、サクラダルイという名の響きは確信を持って僕の記憶の外のモノだと言える。理由はよくわからない。ピッチャーがボールを振りかぶった瞬間にこれはホームランが打てると確信するバッターみたいに。そのサクラダルイという言葉の響きは今までの僕の人生を避けて別世界で鳴っているものだと確信できるのだ。申し訳ない気持ちにさえなる。


「すいません。本当に知りませんよ。誰ですか、その人は」

「そうですか」

ジャンパーの男はジャケットの男にチラッと目配せし、なんとも言えない微妙な表情を作った。論理的思考と同情的感情と自身の思想への帰還を同時に頭の中でしているみたいだった。出し抜けにジャケットの男が口を開いた。


「ニャンチュウセブンティーンって言ったらわかりますか」

「あっ。」思わず口が勝手に反応していた。

「桜田瑠衣はニャンチュウセブンティーンのことなんですよ」

「ニャンチュウセブンティーンこと桜田瑠衣が3ヶ月前から失踪しているんです」


ブランコから落ちて頭を打った子供の鳴き声が三人の空白をしばし埋めた。




                                                                    続く。。

コメント(1)

久しぶりに書きました!!
一気に全部を書くのは大変なので、少しずつ続きを書いていきます。

小説を書くことから長い期間(一年ぐらい!?)離れていたので、
リハビリを兼ねて書いていきたいと思います。

なので、途中で何回も文章的な修正を加えることになると思います。
ストーリーもどうなるかわかりません。

とりあえず書くことを楽しんで続けます。
よろしく!


今回改めて思ったけど、小説書くのってめっちゃ楽しい!!!

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