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ソフィア工房コミュの心 臍 録 ・ 第2集(第61話〜第73話)

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 第1集として纏めたものには、多く消去されたものがある。これを再現しながら掲載してゆく。

コメント(13)

(61)知識の地ならし 1997.8.22

★若者たちの電子メール・サークルから回ってくるメールを読んでいると、知識のレベルと意識のレベルの調整に、非常に苦労していることが伝わってくる。或る者は、非常に勉強しているし、或る者は、幼さの残る議論を提示する。又、それぞれ、専門分野が異なったり、関心事が異なったり、で、議論が咬み合わない。それでも、互いに相手を傷つけまいと配慮するから、一層議論が迂遠なものになってしまう。

★優しさも思いやりも大事な要件である。しかし、基本的な共通認識を確立しておかないと、いつまでも低レベルの議論に終始してしまう結果になろう。

★これは、企業においても同様で、会議の席上、議論が多く咬み合わない場合、知識のレベルと意識のレベルのズレが原因であることが多い。

★より実りある議論にしようとすれば、最低限押さえておくべき知識を前提とする。それをマニュアル化しておけば、初めて議論に参加する者も、無用な混乱をせずに済ませることが出来るだろう。
(62)理解しあうこと 1997.8.22

★人が互いに理解しあうことは、非常に困難なことである。育ちの違い、知識、経験の違い、感性の違い、現在その人が置かれている状況の違いなどから、互いに壁を作ってしまう。感性の違いと経験の違いは如何ともしがたいが、むしろ、それぞれ異なるからこそ、感じ方も見方も異なった意見が出てくるのであって、「それがより充実した交際を実現する」、という前提に立たなければ、相互理解など望みようがないものである。

★人が人を理解しようとする場合、可能なかぎりその人の過去を知る必要があるが、個人主義の観点からすれば、これは避けるべきことである。カウンセリングという特殊な作業なら、クライアントとカウンセラー二人で、障害となっている過去の事件を探ってゆくが、これは、クライアントにとって、非常に恥かしい、苦しい作業である。「心」を裸にしなければならないからである。

★人が人と付き合う場合、現在その人のあるがままを受け容れてあげることが、最も望ましいことだ。しかし、成人した者同士、なかなかそうは出来ない。それで、最小限度、次のことを互いに提示しあったらどうだろう。?両親からどのように育てられたか。?それに対して、どのように感じ、考えているか。?人生をどのようなものと考えているか。?世の中をどのようなものと考えているか。?人との付き合いをどのように感じているか。?尊敬する人物は…。?どのように生きようと思っているか。
 これら七つのことを互いに知れば、おおよそのところを理解しあうことが出来るだろう。

★後は、互いにどう向き合うかである。
(63)感性の違いをどう克服するか 1997.8.22

★戦前に教育を受けた者、と、敗戦直後に教育を受けた者との感性の隔たりも甚だしいものがあろうが、戦中世代に育てられた者、と、戦後世代に育てられた者の感性の隔たりは、それを遥かに超えるものであろう。

★戦前の教育を受けた者と敗戦直後に教育を受けた者とは、学校教育の内容は、180度転換したかもしれないが、学齢に達するまでの家庭における教育には、ほとんど隔たりがなかったであろう。ところが、戦時中、すでに二十歳を超えていた世代が育てた子供たちと、十才代だった者が育てた子供たちとでは、大きな隔たりが生じていたことだろう。

★敗戦直後、既に成人していた者は、敗戦の意味をそれなりに受け止めることができたであろうが、十代では、大人世代に騙されたという感覚を抱くのが精一杯で、事態を正確に受け止めることは出来なかったろう。この感覚のズレが子供の育て方に大きな隔たりを作ったと考えられる。

★単純化して言えば、戦前の体制をそれなりに受け容れる者、と、それを嫌悪する者に分裂したのである。体制を受け容れる者は、秩序を教え、体制を嫌悪する者は、どのような権威をも認めるな、と、子供に教える。同じ戦後第二世代でありながら、育てられた状況が大きく異なっていた、と、言わざるを得ない。

★これらの第二世代から、第三世代が巣立ち始めている。大きな感性の隔たりを抱えたまま…。

★感性の隔たりの原因は、それだけによるのではない。戦前まで「忠君愛国」できたものが、戦後否定され、「民主主義」、「自由」、「平等」、「幸福追求の権利」などと言われても、これらの諸概念を短時間に消化できるわけもなく、十分消化しないまま今日に到っていると考えられる。これは、精神的な混乱を意味する。又、戦前まであった「慣習」が「合理的」ではない、という理由ですべて否定され、捨て去られてしまったことによる影響もある。

★「感性」は、社会慣習が同一の場合には、比較的似通ったものになるが、慣習が無いか、又は、混乱している場合、まったく予想も出来ないものになってしまう。

★20年くらい前までは、「日本人というのは、おおよそこんなものだ」、という、なんとはなしの共通認識みたいなものがあった。そこへ、理解を超えた若者たちが登場してきた。その戸惑いが、「新人類」などという言葉を生んだのであろう。しかし、今は、類型化して言うことすら出来ない状態である。

★「感性のズレこみ」は、世代間にだけではなく、同世代間でも、互いに理解し合うための基盤となる「感性の共通土壌」がなく、仲間ことばや同じスタイルなどで、なんとかそれを獲得しようとヤッキになっているように見受けられる。

★子供たちのイジメの問題も、「同質性」を求める衝動、と、その反動が作用し、同質性を求める衝動が裏返って、異質なものを探し出すことにも熱中させるのではないか…? そうであれば、「イジメをやめましょう」、と、いくらお説教しても無駄である。それよりも、同質性を安心して感じられる環境を整えてやることの方が肝心であろう。
(64)現実感覚の喪失 1997.8.25
    …?現実感覚を喪失している状況

★「ああ、××子、今、私、電車の中…! ………うん、そう、20分くらいかな…。………じゃあねえ!」 車中、無人のごとき大声である。電話が済むと、連れとの誰憚ることのない大声での会話がつづく。

★「うるさいな! 静かにしなさい!」 余りのことに声を荒げて注意した。その声の大きさに圧倒されたのか、ともかく乗り換えの駅までは静かだったが…。

★「危ないやんかっ!」 3メートルにも満たない細い道の左を歩いて四辻に差し掛かっていた。前方から走って来た自転車が、この四辻を急右折、前輪で私の大腿部にぶつかった。その瞬間、自転車に乗っていた少女が叫んだのである。

★「コリャ! 人にぶつかっといて、何ゆうとんねん! 謝らんか!」 少女は、ジロッとこちらを睨みつけ、「ウッセーナー、オッサン!」、と叫ぶや否や、自転車で走り去ってしまった。「コリャー、待たんかーっ!」、と、叫ぶ声を振り切って…。

★京都の国際交流センターから南禅寺への参道でのこと。この道は、歩道が片側にしかなく、それも1メートル20くらいのところもあって、二人が擦違うのがやっとという部分もある。そんな所でドンと肩にぶつかり「アブナイナッ!」という声が耳に入った。

★私自身、何か考え事をして歩いていたものとみえて気付かなかったのだが、先方も不注意である。まして、こんな狭い道のこと、二人並んで歩いてきて、何が危ないか…、ケシカラン、今時の若いモンがどの程度か見てやろう、と、イジワル爺さんに徹することにした。

★南禅寺の通用門に辿り着くまでに、12、3組の男女と擦違っただろう。こちらの鬼気迫る顔に気圧されたのか、男たちは、すべて道を譲ってくれた。男女のペアも道を譲ってくれた。問題は、女だけの二、三人連れである。話に夢中になっていて、ほとんど前方に注意を向けていない。「キャッ!」とか「アッ!」とか驚くか、「アブナイナッ!」と叫び、謝ることを知らない。『なるほどなあ、今の若い娘たちにとって、男など怖くもなんともない存在になってるんやなあ…』、と、感心?させられた。

★何が原因でこうなってしまったのかは、即断できない。が、最近の青少年の犯罪を見ていても、「現実感覚の喪失」を疑うわけにはいかない。彼らの心には、今、ここで、起きていることが、「現実だ」という実感が希薄のようである。単に、犯罪を犯した子供たちだけではなく、一般の青少年にも現実感覚の後退は、顕著に表れている。

★自転車やゲンチャリの「借用(窃盗)」、万引き、窃盗、ひったくり、カツアゲ、売春、などなど、余り現実感覚のないまま実行されているようである。

★現実感覚が失われようと、生活に支障をきたさないなら、特に問題視する必要などないだろう。しかし、現実感覚の喪失が、適応能力を奪い、オチコボレを生み、イジメを発生させ、不登校や非行も生んでいるとすれば、なんとしても、子供たちに現実感覚を取り戻させねばならない。そうしなければ、何の躊躇もなく、窃盗を働き、イジメ、強姦、殺人を犯すものが続出することになるだろう。そんな世の中でも良い、と、考えるなら別だが…。
(65)現実感覚の喪失 1997.8.26
    …?その発症原因の検討

★最も可能性の高い原因は、テレビ、ビデオ、TVゲームなどの「仮象」の世界に子供たちがドップリ浸かって、現実の世界を奪われていることにあろう。

★第二に考えられる原因は、都市にある。古代から我々祖先は、水、燃料、食料、灯り、などを手に入れるのに苦労してきただろうし、自然災害などに悩まされ続けて生活してきただろう。それを、都市は、自然の脅威から人間を防御するシステムを発展させ、完全に克服し、常に何の怖れも抱かずに生活できる空間を実現してきた。しかし、反面、この要塞は、自然から人間を切り離し、対面することを阻んでもいる。その為、人をして、自然に立脚しているという現実を見失わせてしまう。現実感覚は、現実の「世界」に対面すること以外からは、学べないからである。

★第三の原因は、教育制度にある。現在の教育は、子供たちが現実に対面する機会を、「教室」という牢屋に子供たちを閉じ込め、外側の面白い世界から子供たちを遮断し、無味乾燥な教材による学習を強制することによって阻んでいる。これは、この世界を学ぼうとしている子供たちにとって、一種の拷問である。

★このように現実から遊離する条件は、子供たちの周囲に「完備」している。そう、言わざるを得ない。この条件下で、現実感覚を持て、というほうがおかしい。

★「都市という要塞」で自然から囲い込み、「学校という制度」で現実から切り離し、その上で、テレビ、ビデオ、TVゲームなど、「仮象の世界」の娯楽を与えたのでは、子供たちがその世界にのめりこんでゆくのは、当然の成り行きであろう。

★大人たちは、子供たちをこのような劣悪な条件下に置いておきながら、「この頃の子はおかしい…」などと言う。おかしいのは、大人たちの方である。子供たちから遊びも、生活も、奪っておきながら、どのようにして正常に育てというのか…?

★「現実感覚」は、現実の世界の中でしか磨けない。現実から遊離している環境の中では、身につけることなど有り得ないのである。もし、子供たちに「現実感覚」を取り戻させようとするのなら、現実の中で遊べるようにしてやることである。又、「現実の生活」を取り戻せるようにしてやることである。

★敗戦直後、焼け野が原となった都会には、どこにでも空き地があって、そこが子供たちの格好の遊びの空間になっていた。又、自動車などほとんどなかったから、何処の路地も、子供たちの天国であった。昭和40年代以降、都市部に空き地がほとんど見られなくなっていったし、車の交通量も激増するようになり、子供たちの天国だった路地も車に占領され、安心して遊べる空間ではなくなっていった。そのため、子供たちは、工夫して遊べる空間というものを、すべて奪われる結果に陥ったのである。

★その上に、昭和50年代の後半から、狂気のような進学熱が吹き荒れるようになって、小学生時代から「勉強、べんきょう」と尻を叩き、子供たちから「生活」も「遊び」も取り上げてしまうようになった。お母さんたちも、目の色を変え、子供たちを「受験戦争」に駆り立て、家事を憶えるより、遊びをするより、試験の点数を1点でも上げてくれることに一喜一憂するようになってしまった。

★その「狂気」が、子供たちから「現実感覚」を奪ってしまっているのである。
(66)現実感覚の喪失 1997.8.27
    …?その対策の検討

★「発祥原因の検討」の中で述べたように、三つの原因の内、一つは、テレビ、ビデオ、TVゲームなどの仮象世界にドップリ浸かることによって齎されるもの。二つには、都市という要塞によって、自然から遮断されていることによって齎されるもの。三つには、学校という牢屋に閉じ込められることによって齎されるもの。この三つである。

★これらが原因なら、その三つを取り除いたらいいではないか、との短兵急な考えもあろうが、それは、余りに乱暴な考え方である。というのも、現代は、メディアの時代であり、これに触れさせなけらば時代感覚すら身につけられないのだから…。又、一部の人々であれば、田舎で収容出来るだろうが、肥大化した都市の人口を、すべて受け容れるほどの器はどこにもない。学校教育については、取り上げることも可能であろう。それは、現在の小、中学校が、ほとんど大事なことを教えておらず、大改革をするにあたり、今の教育が中断しても、大した影響は出ないと考えられるからである。

★子どもたちの現実感覚を形成するのに大切な要件が三つある。「自然」と「生命」と「人間」である。自然は、その荒々しい側面と生命を育むやさしさとから、「畏敬の念」を子どもたちの心に育み、生命は、四季の移ろいとそこで生育する動植物が私たち人間を養ってくれていることを気付かせ、そこから生命への「感謝の念」を芽生えさせ、自然の中で生活することによって、人が集団で協力して生きることの重要性を悟らせ、人間への「信頼の念」を抱かせうるようになる。ところが、現実感覚を失わせる諸原因が、これら大切な要件から子どもたちを遮断しているのである。

★子どもたちに現実感覚を取り戻させ、今の反乱状況をこれ以上拡大させることを食い止めるために、現在の学校制度を早急に改革しなければならない。何なら、2年や3年、小、中学校を閉鎖してでも改革を断行しなければ、将来に禍根を残すことだろう。何故なら、現在の学校制度では、「自然」も、「生命」も、「人間」の共同作業の重要さも、人のありがたさも、教えることは出来ないのだから…。

★自然と生命と人間が大切なことを理解させるためには、自然の中に子どもたちを放り込むことによって体感させなければならない。農作業、山林の下草刈り、家畜の世話、などを通じ、自然への畏敬の念と生命への慈しみと感謝の念を抱けるようにしてやらねばならないし、これらの作業が一人では出来ず、協力して行わなければならないものであることを悟らせ、人の大切なこと、人と仲良く過ごす術、を、学ばせ、「人間への信頼の念」を抱けるようにしてやらねばならない。

★神戸で小学生惨殺事件があり、奈良、福岡で少女殺人事件があり、東京で女性ばかり狙った連続通り魔事件があって、世間も今は驚いているが、教育制度を根本的に改革するだけの機運が盛り上がるかどうかは、これからである。
(67)男女間の嫌悪感の増幅について 1997.8.27
     …女は、男を見極めたか…?

★滅多にラッシュアワーの満員電車に乗ることなどないのだが、たまに乗ると驚かされる。まるで電車の中が反感と嫌悪感と憎悪とが渦巻く坩堝(るつぼ)のように感じられるからである。

★5、6年前まで、私もご多分にもれず満員電車の乗客の一人であった。しかし、その時は、時々不愉快なことはあっても、今のように身に堪える緊張感はなかったし、若い女性たちが放つ反感が、これほどきつくはなかったように記憶している。

★どうなってしまったというのか…? 女性たちの放つこの反感とも不信感とも嫌悪感とも判断のつかぬ放射エネルギーは…?

★昔から、痴漢は電車内にいたものだが、こんな時代だからこそ激増しているのかもしれない。それが女性たちを緊張させ、全身から反感を発露させているのかもしれない。

★しかし、これでは、男性が乗れるような電車ではない。ほとんどのサラリーマンが、毎日、こんな状態を我慢し続けておられるのだろうか。私には、我慢ならない。御免被りたい状態である。

★女たちは、どうしてしまったというのか…? どうして、これほどの嫌悪感を身から発しているのだろうか…? これは、若い女性に聞いてみなければ分からないことだが、電車内での痴漢行為が激増したためか、それとも女性の意識が変ってしまったかの何れかであろう。

★もし、女性の意識自体が、この数年の間に変ったとすれば、テレクラが流行り、プロではないそこらの普通の女の子たちが、気軽に小遣い稼ぎのために売春するようになって、男を見極めるようになったのか…? 男を見切って、嫌悪するようになったのか…?

★女性が性の歓びをどのような過程を経て感ずるようになるのか知らないが、余りに幼い時期の性体験は、男に対する反感と憎しみを生むと言われるし、強姦された女性が、男性に示す反感と嫌悪感と恐怖心は、一生、その人を性不感症に陥らせることすらある、とも言われる。それと似た感情の波を、満員電車の中で感ずるのである。

★いずれにしても、この状態は、男性にとって耐え難いものである。24、5才の青年たちが、立て続けに事件を起こしている昨今、電車内で大きな事件が起きなければ良いが、と、案じている。

★人の心というものは、怒りからは怒り、冷たさからは冷たさ、嫌悪からは嫌悪、の感情を呼び起こす。それを、私は、冷→恣→傲→狭→背→虚→疑→(冷)…の環として捉えている。「冷たい態度」からは、不安の心理が呼び覚まされ、それが長引くと恐怖の心理と怒りの心理が誘発される。恐怖心は、やがて「神経症」へ、怒りはやがて「暴力」や「争い」を誘発する。

★何が原因であるにせよ、満員電車内に充満する嫌悪感からは、「神経症」と「暴力」しか生まれない、ということを心しておくべきであろう。
(68)大阪哲学学校の合宿に参加して 1997.8.28
    …酒鬼薔薇聖斗をどうみるか?

★8月23日(土)、24日(日)の両日、姫路市の書写山で開かれた「大阪哲学学校」の夏季合宿に参加させて頂いた。テーマがテーマだけに、哲学を専門とする人たちが、この事件をどのように考えておられるのか、知りたかったからである。

★「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年の犯罪について、私は、一切新聞記事等を読んでいない。この少年の犯罪を暴くことは、単に、私たち大人が戦後52年犯し続けてきた誤りを抉り出す行為に他ならない、と、思えたからである。しかし、世間の受け止め方と哲学者の受け止め方とは、知りたいと思ったのである。

★児玉さんから経過と概要が説明され、田畑さんから「精神医学的解釈」と「社会論的解釈」を、各界の専門家たちの評論を紹介する形で述べられ、最後に、総括としてご自分の意見を披露された。

★田畑さんは、「アソーシエイティブな社会」を実現しなければ、と、提案される。私も、子どもたちの反乱と阪神大震災時の神戸の街を見た感想から、なんとか「繋がり」のある社会を実現しなければならない、個人がバラバラに孤立した状態ではなく、人と人が何らかの糸で結ばれた社会を実現しなければならない、と、考えてきた。それで、この哲学者の提案に心動かされた。

★しかし、「実現不可能で、ドンキホーテの夢だ…」、と、児玉さんは言う。「世界も、日本も、もう、どうしようもない所に差し掛かっていて、アソーシエイティブな社会など、実現しようがない」、と、断じられる。確かに、今の世の中が示している状況は、私も絶望的だと思っている。しかも、これほど物質的に恵まれている日本社会の状況も、ここ十年くらいで崩壊を始めることだろう、と、思っている。又、アメリカが牽引する世界の流れも、押し止めることは不可能だろう。それでも、放置するわけにはいかない。たとえ、その行為がドンキホーテであるとしても…。

★時代の流れに逆らってはならない、と、言われる。しかし、その時代の流れが崩れる方向に向っているものなら、たとえ、時代に棹差すことになろうとも、崩れる方には組みしたくないものである。西郷隆盛が示した気概を、私も持ちたいものと考えている。

★子供たちが示している、少女売春、窃盗、強請、たかり、ヒッタクリ、シンナー、覚醒剤、イジメ、不登校、家出、家庭内暴力、自殺、などは、彼らなりに、嘘っぽい親や学校が示すレールから外れて、実生活と人生そのものを取り戻そうという「現実感覚回復」のための運動、と、見ることが出来る。

★大人も含め、私たち自身が、そこまで追い込まれているのだ、ということを理解しなければならない。そうでなければ、崩れに加担するにせよ、ドンキホーテに加担するにせよ、方針さえも決められない状態に陥ってしまうだろう。

★近代主義が実現した社会は、物質的に豊かで、飢えや寒さや渇きを覚えることなく生活することを可能にしてくれた。しかし、生きる意味、実感を見失わせたのである。
(69)所詮、××やないか… 1997.8.29
     …しょせん、男やないの

★最近、とみに女性の顔が険しくなった、と、感じると同時に、「しょせん、男やないの…」という言葉を聞くことが多くなった。昔、「所詮、女やないか…」という言葉をよく耳にしたものだが、それの裏返しなのであろう。それを言う女性に理由を訊くと、「女のことを、男が分かってたまるもんですか…」と曰う(のたまう)。それなら、男のことは分かるのか、と、問えば、「当然でしょ。男だって女から産まれたんだから…」、と、言う。『アンタ、まだ、子供も産んだことの無い身で、よう言うわ…』と、思いつつ、「それは、おかしな理屈やな。我々男性が女性を理解できないように、アンタラ女性も男が分からんはずや。なんでゆうたら、ワシかて五十年以上男家業やってきたけど、一遍もオンナになったことあらへん。そやから、女の気持ちは分からん。それとオンナジで、アンタラも男家業一回もしてへん。なんで男が分かるて言えるんや。男も女も互いに分からんことある。分からんからこそ、お互いに遠慮し合う。遠慮し合うからこそ、仲良うでけんのと違うんか…?」、と、言えば、黙ってしまう。

★子供たちの指導をしていても、いつも困ってしまうのは、何もかも分かった顔をしている母親たちに対してである。その傲慢さが子供たちを駄目にし、非行に走らせていることを、いくら説明しても理解しようとしない。人生は、どれほど学んでも、ほとんどのことは分からないし、まして未来のことについては、神様でもないかぎり、何も言えないはずである。ところが、この種のお母ちゃんたちは、元気そのもので、「私の言う通りにしてたら、間違いないのよ…」、と、曰う。その子の人生を狂わせてしまうことなど、少しも怖れず、パンパカパーンと進軍ラッパを吹き鳴らすのである。

★その結果……、「私は、一所懸命、この子のためを思ってしてきたのに、この子は、生まれたときからおかしくて、私の言うことを何も聞いてくれないんです…」、と。語るに落ちる、とは、このことである。一所懸命…それがいけないんだよ。一所懸命、自分の思い通りに子供を操縦しようとするから、子供たちが逃げ出そうとするんとちゃうの…? 生まれたときからオカシイ…、そんなバカな…。赤ちゃんのときには、「ウチの子、天才ちゃうやろか…」って言ってたんとちゃうの…? アホなことゆうたらアカンわ…。私の言うこと聞かへん…、アタリマエや。自分の思い通りに動かそうとしてることくらい、先方もとっくにお見通しや。聞くわけないやろ…!

★「せんせ、しょせん子供やないの…!」 子供やから分からへんと思てんのか…? 「バカにすなーっ! オカンの考えてることくらい、オレにも分かるわい!」、と、子供は叫ぶ。

★四十年近く、在日韓国人の友人と付き合っているが、その間に、彼の周辺から何度「しょせん、日本人やないか…」、と、いう言葉を聞いたろう。又、日本人からは、「しょせん、朝鮮人やないか…」、と、いう言葉も。悲しい言葉である。その後ろに、互いに、信用できない、という言葉が続くのであろう。

★「しょせん、××やないか…」と言うたびに、人は、心を閉ざし、立ち去って行く。
 (70)生命の煌き 1997.9.1

★『なんとキラキラと生命の輝きを秘めた娘なのだろう。まだ、こんな娘が日本に残っていたのか…』、テレビ画面を見ながら、日ごろつかえていたものが降りたような爽快感を味わった。

★この十年ほどの間、若い娘たちから「生命の煌き」のようなものが消えたことが気掛かりでならなかった。あの十代後半に見せる娘たちのえもいわれぬ艶やかさは、老いた身にも青春を思い起こさせる。しかし、今のほとんどの娘たちには、『自分が若かったら惚れるだろうな』、との感想を抱かせるものがない。寂しいかぎりである。

★平木リカ、この娘は、テニスの混合ダブルス部門の世界大会で優勝したという。その優勝インタビューの爽やかなこと…。美人とは言わないが、潤みがちの黒い瞳と愛らしい面差しの中に、知性と教養も滲ませている。優勝したに関らず、驕りの影さえ見えない。メイトを称え、自分のことは控える。その「謙虚」さも、日本人がもう、とっくの昔に失ってしまったものである。その上に、恥かしそうに話す初々しさと優しい声がなんとも言えない。

★「まだ、こんな娘がいたんだな…」と妻に言えば、「あんまり大きな声で言わない方がいいわよ…」と云う。「なんで…?」と尋ねると、「他の女の子たちに憎まれるやないの…」と。そうだろうか、もし、そうであるとしても、どのような女性を理想と考えるかを伝えることは、五十も過ぎた男性だからこその義務ではないのか…? 私の息子たちが、万一にも、こんな娘と結婚したいと云うのなら、もろてを挙げて賛成するだろうし、「この果報者」と、背中をドンと叩いて祝福することだろう。

★いつの頃からか、子どもも大人も、虚ろな表情を示すようになった。その表情の中からは、「生」の歓びも、「理想」に立ち向かう凛々しさも、「義務」を果たし終えた爽快感も伝わってこず、日々惰性で生きているとしか言いようのない無気力を感じさせる。

★「生きること」とは、それほど詰まらないか…? 「生活すること」、「仕事すること」は、退屈でくだらないことなのか…? そうではないだろう。毎日の生活をくだらない、退屈なものにしているのは、自ら求めないからだろう。自ら理想や目標を定め、それに立ち向かっていれば、退屈している暇は無い筈である。

★虚ろな表情をしている者は、人々の役に立つことを思わず、労苦を厭い、自分のことのみ思い煩っている筈である。人生で大事なことは、共通する理想を語れる仲間がおり、その理想実現のために共に働き、働いた後、共に飲食しながら談笑する、ただ、それだけのことである。

★生命の煌きは、そのような生活が、努力することによって誰でも手に入れることが出来る、と、信じることから生じる。この平木リカという娘は、自然を信じ、生命を信じ、人間を信じ、努力すれば「夢」を実現できると信じているのだろう。自然と生命に祝福された娘、その輝きが一時でも長く続くように祈ろう…。
(71)町を変えよう、国を変えよう・1 1997.9.2
    …「酒鬼薔薇聖斗」をこれ以上育てないために・?

★まだ、日本社会は、経済的に世界のトップレベルにあり、非常に恵まれた状態にある。そうであるに関らず、日本社会を覆っているペシミスティックな暗さは、何を示しているのだろうか…?

★一つには、戦後経済の復興と経済大国の仲間入りという目標が達成され、国民全体に目的喪失感が広がっていることがあげられる。二つには、戦後、経済的な目標ばかりを追いかけてきて、共同体をバラバラに解体してしまい、それに替わるものを形成してこなかったため、個人が孤立状態に放置されていることがあげられる。そのため、ほとんどの人は幸福感と充実感を得られないまま生活していると考えられる。又、三つには、阪神大震災とオウム真理教事件という大事件が多くの人々の心を震撼させ、頻発する経済事件と青少年による猟奇事件の続発に、日本社会そのものが崩れて行くような、得体の知れない不安心理に囚われつつあることがあげられる。

★目的喪失感と孤立感と不安心理とからは、積極的なものは何も出てこない。出てくるのは「疑心暗鬼」ばかりである。疑う心からは、鬼しか現れてこないし、信頼のおける世の中でしか、平安な生活も実現し得ない。もし、平安な生活を希むのであれば、なんとはなしに信じられるような雰囲気を、再び世の中に醸し出す必要がある。

★幸福感は、平安な生活という土壌があって、その人が人々から認められることから生ずるものである。又、自分の目的に立ち向かっている時か、望みの叶った時に、感じられるものである。しかし、現在の社会は、しだいに疑心が満ち始めているし、人々を孤立化させているため、この幸福感すら個人的な自慰行為に終らせてしまっている。

★幸福感を、安定的で社会的なものにするためには、社会に発生し始めている「疑心」をなんとか解消しなければならないし、孤立化している個人をなんらかの形で互いに結び合わさなければならない。

★哲学者の田畑氏が、「アソーシエイティブな社会」を提唱されているように、何らかの形で人と人とのつながりのある社会を実現しなければならない。それが、社会にしだいに広がり始めた「疑心」をも払拭する最も有効な手立てにもなると思われるから…。

★私は、今、300戸から500戸の家庭からなる「町会」ないしは「自治会」を活性化し、昔、村や町にあった自治組織に代わりうるものを復活させよう、と、考えている。

★現在の「町会」や「自治会」は、ほとんど市町村の下請け機関に脱してしまっているし、共に生きる機能をまったく持っていない。(心臍録・34、35、36、37、38、39、40、41、42、44、45、参照)

★それをどのように復活するか…? その検討から始めなければならない。検討の結果、これを行動に移し、町を変え、町と町をインターネットで繋ぎ、市を変え、市と市をインターネットで繋ぎ、地方を変え、その上で国を変えてゆこう…!
(72)町を変えよう、国を変えよう・2 1997.9.3

★「神戸小学生惨殺事件」、「月ヶ瀬女子中学生殺人事件」、「福岡女子小学生殺人事件」、「東京連続通り魔事件」、と、青少年による凶悪犯罪が連続して発生する中で、大人たちはうろたえている。

★戦後、経済ばかりを見据え、子供たちの乱れが生じ始めていても、学校や家庭ばかりにその責任を求めてきた目には、何も見えてこないだろう。

★それを、今更責める気はないが、まだ、学校や家庭にその責任を求めるとすれば、馬鹿の上塗りを重ねるだけである。

★その責の最たるものは、勿論、文部省にある。現場の教師たちから挙げられる声に、少しも耳を貸そうとしなかったのだから…! 現場の教師たちは、とっくの昔に、子供たちが危険信号を発していることを、再三にわたり報告してきた。にも関らず、文部省は、無視し続けてきたのだ…!

★文部省は、一体、何をしてきたというのか…? 教科書の少しの誤りという詰まらぬことに目くじらを立て、「教科書検定」なる憲法違反の制度を設け、子供たちをそっちのけにして、重箱の隅を突っつくような行為を繰り返してきただけではないのか…? その間に、子供たちの心は、どんどん荒廃してしまったのだ。この責任を、文部省の誰が負うというのか…? その人間には、当然、死刑を求めたい…!

★一世代を教育するためには、25年の歳月を要する。今、この時から始めたとしても、新しい教育による世代が育つためには、25年後にしか期待出来ない。教育の歪みの恐ろしさは、たとえ、今、改めても、その効果が25年後にしか表れない、というタイムラグにある。であれば、今、始めても、2020年以降でないと、人は変らないし、真の意味での時代も変らないことになる。

★敗戦直後、親たちは、毎日の生活に追われ、子供たちの世話をしている暇はなかった。しかし、昭和40年代ともなれば、世間も落ち着きを取り戻していたはずであるし、教育は如何にあるべきか、検討する余裕は十分できていたはずである。それを逃したことが、今の困難を産んでいる。

★当時の文部省と教師たちの間にあった疑心暗鬼は、拭い難いものがあったろうし、それが改革を阻んだ最大の原因であろう。しかし、教師の側にその責任を求めることは誤りである。責めらるべきは、強権を持っている文部官僚の側にある。

★「素直な戦士たち」を大量生産しようとした文部官僚たちの施策が、今日の子どもたちの反乱を産んだ。だから、文部官僚たちこそ、その責めを負うべきであろう。

★時代は巡る。善きにつけ悪しきにつけ。これまで文部官僚たちは、産業の発展に伴って必要となる大量の「素直な戦士たち」を生み出すことを教育の目標としてきた。それが、今日、裏目に出ているだけである。それを、どのように是正するか、そのことが、今、問われているのである。
(73)町を変えよう、国を変えよう・3 1997.9.4
     …「酒鬼薔薇聖斗」をこれ以上育てないために・?義務教育の自由化

★戦後、文部官僚たちが牛耳ってきた教育政策は、完全に破綻をきたしている。教育権は、本来、子供たの両親に属するものであり、両親が希望するような「人格」に子供たちを育てる自由が保障されるべきものである。これは、基本的人権と考えられる。

★ところが、世の中には教育を受けさせない親がいることが予測されるため、子供たちの人権を確保することを目的として、「義務教育」制度が設けられている。しかし、それは、子供の人権を守ることが目的であって、一部の人間や国が、自分たちの恣意によって教育内容まで干渉するためのものではない。そのことを忘れ、「教育権は、我にあり」、と、のさばってきたのが文部官僚であり、彼らこそ、本来の教育目的を達成するための障害物となりつづけてきた。

★生活レベルの向上した今日、義務教育制度は残すとしても、教育をもっと自由なものにしなければならない。様々な理想や目標を掲げた学校があっていいし、それぞれの親が、それぞれ、自分たちが希望する教育を施してくれる学校を作ったり、選んだり、子供たちを入学させたり出来ることが重要で、又、子供たちが入学後、その学校に合わないことが分かれば、いつでも別の学校に替われるシステムを用意することも必要であろう。

★親たちが学校を作り、教師たちと共に教育内容を検討し、学校運営にも携わるとすれば、現在のような、教育現場の荒廃は、考えられない。文部官僚が「民間人」を信用せず、親たちを学校運営から排除し続けてきたことが、今日の混乱を招いた元凶と言えよう。

★「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年の犯罪も、家庭、学校、地域、が、今のようにバラバラではなく、子供たちの教育に一体となって当たっていれば、発生しなかっただろうし、少なくとも、事前に対応出来た筈である。

★戦後、自由、平等、個人の幸福を追求する権利、が、保障されたのは結構だが、個々人で、又は、個々の家庭で、それを達成しなければならない状態に追い込まれ、個人と個人、家庭と家庭の競争になってしまって、より孤立化を深め、繋がりを失わさせている。それが子供たちの反乱を生み、イジメ、不登校、家庭内暴力などを呼んでいる。

★子供たちの教育は、本来、家庭が行うものであり、それをサポートするのが地域である。学校は、地域のサポートをより良いものにするため、地域によって設けられるもので、それ以上のものではない。

★しかし、家庭と地域が教育を担当するためには、余りに地域の機能が破壊され過ぎているし、家庭も崩壊寸前にあり、先ず、地域に、家庭をバックアップ出来るだけの「力」を蘇生させることから始めなければならない。

★いずれにしても、戦後社会は、国民をバラバラに解体させる方向に進んできて、孤立無援の状態に国民を追い込み、生命として存立しえないところにまで追い込んでしまっている。今、町を活性化し、かつての村落共同体ほどではないにしろ、ロバート・オーウェンが考えたような町を創造しなければ、事態は益々悪化の方向に進んで、予想のつかない混沌の世界を現出せしめることになるであろう。

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