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ウッディー瓦版/コミュの★ラブ旅:vol.9/別府〜前編★

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「楳図かずおのお化け屋敷行きてー」と前々から思っていた。そのお化け屋敷とは、もともとは東京のどっかでイベント的に期間限定で開催したのを、人気が高かったことから一端は建物を解体し、そのパーツを九州は大分くんだりまで運んで再現したらしい。ハニーに「行きたくね?」と聞くと「行きたい〜!」とお目々をキラキラさせたので、早々にインターネットで場所を検索。別府郊外の城島(きじま)遊園地内のアトラクションであることが分かった。自然、年末年始の旅は別府に決定。ふと、奥さんが別府の人であり、瀬戸内海を横断する“さんふらわあ”で里帰りしているというマイミク皇室アルバム氏の話を思い出して、こりゃ船旅しかねーなと。う〜ん、楳図かずお、船旅、別府温泉三昧か、楽しそ〜!!とテンション↑↑↑!!
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12月30日(土)/

午前中は旅行用の買い物をしに河原町へ。ハニー用のキャリーバッグなど。一端アパートへ帰って荷物をまとめ、夕方6時の乗船時間に遅れないよう、夕方4時過ぎにタクを呼んでJR向日町へ。そこからJRと地下鉄を乗り継ぎ約1時間半くらいで大阪南港着。乗船手続きを済ませ、大阪南港〜別府直行便のさんふらわあ・ダイアモンドフェリーに乗り込む。

そもそも“さんふらわあ”はたぶん僕の世代が小学生位の頃に就航し、TVのCMで岡本太郎風の巨大な太陽をあしらった船体がゆったりと海上を進む高級なイメージが定着。以降今日に至るまで“さんふらわあ=豪華フェリー=豪華な船旅”という図式が、少なくとも僕の頭の中にはあった。

タラップでボーイが荷物を運んでくれたりと、乗り込むまでは“おお、さすが豪華フェリー”等とはしゃいでいたが、乗船した瞬間に「…あれ?」と思い始め「ちょっと待てよ」と心情的な突っ込みが入りまくり、予約していた2等A寝台に辿り着く頃には、件の図式、“さんふらわあ=豪華な船旅”が幻想であることを身を持って知ることになる。

そりゃ特等や1等船室のことは知るよしもないが、僕が船内の通路やビュッフェ、2等を中心とした船室などで目の当たりにしたのは、基本的に難民船の様相であった。

そこはかとなく漂う獣臭さ。あまりにもバラエティに富みすぎる客層(老若男女入り乱れ、走り回るガキ、大声で喋りまくってる下品にして水っぽいオバさん、ジミーな一人旅のメガネ男子、ステテコ姿でよたよたしているジイサンなどなど…んでもって、若いカップルはほとんど見かけない)。バリアフリーな立ち居振る舞い(トイレ横のベンチに座って寿司折りを明けて食ったり、ランニング姿で廊下に突っ立っていたり、虚空を見詰めてジッとしていたり、階段に座り込んで本を読んでいたり…)。そう、バラエティを超えてバラバラエティとでも言うべき(うまい!)、あまりにもバラバラに過ぎる要素。

美は乱調にあり、の乱調とは違う。美の対極とでも言おうか。これじゃあのドゥルーズでさえ得意の“多様性”つー言葉をひっこめたくなるに違いない。…考えてみりゃ1人、1万円ちょいで“豪華な船旅”もあったもんじゃないけどねー。

まあ、客は生モノだししょうがないにしても、基本的に船のデザインにも核となる一本筋が通ったものがなくバラバラ。特に船内のインテリアがひどい。てか、統一したインテリアと呼べるようなものがない。大衆食堂とゴテゴテした古い喫茶店、あと、ヘルスセンターを足して、サウナ風呂かカプセルホテルで割ったようなツギハギな印象である。この船はいわば敗戦後、大量に流入してきた異国の文化と日本固有の文化が、決してスムーズに溶け合うことなく混在し始めた、70年代の生きた化石なのかも。

それでも旅の途中道に迷ってグルグル歩いたり、大雪の山中でサイフを紛失して青くなったり、バスに乗り遅れそうになって駅のターミナルを2人揃ってダッシュしたり、泊まるところがなくて駅で寝たりと、幾つもの旅の苦難を乗り越えてきた僕らはすぐにスイッチを切り替え、逆に難民船的情緒を楽しんでやるじぇとばかりに、長蛇の列に並んだ末、ビュッフェで豪華な食事を。

食事の後、紙コップのコーヒーを手にデッキに出るが風が強く、極寒。それでも進行方向に向かって右に神戸界隈、左に淡路島の灯りがちちばめられた夜景はなかなかのもの。見ればたった今、船は明石海峡大橋を過ぎたところらしい。船後方にゆっくりと光のアーチが遠のいて行く。その後の瀬戸大橋、来島大橋と合わせて、瀬戸内海の三大大橋をくぐることもこの航路の謳い文句のようだが、後の2つの橋に到達するのは深夜から早朝に掛けてであり、時間的に観るのは難しいと思われる。

フェリーには浴場があり、モノ珍しいので入ってみるつもりだったが、まるでタコ部屋のような2等A寝台の一室に2人で潜り込んで横になっているうちに、まだ9時過ぎだというのに爆睡してしまう。

僕は夜中に一度目を醒まし、ビールを買って一人デッキへ出てみたがやはり寒くて即退散。タコ部屋に戻りハニーの隣に潜り込んで再度爆睡。結局別府到着直前の船内放送にて起床。優雅な船旅はどこへやら。
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12月31日(日)/

2006年大晦日。朝6時半別府国際港に接岸。おそらく何千人ものバラエティに富みすぎる客層が降りたはずだが、皆どこへ消えたのかふと気づくとターミナルには人影まばら。

朝腹が減っていたので、フェリーターミナル内の喫茶室でモーニング。つーても和食の豪華目のやつ。船中のほとんどの時間を爆睡してたからか、はるばる九州までやってきた気が全然しない。しかし、確かにここは九州、別府。

その後、ターミナル前からバスに乗り、湾岸道路の左側に広がる別府港に今しも昇りつつある大晦日の朝陽を眺めつつ、10分ほどでJR別府駅へ。荷物をコインローカーにブチ込み、おそらく町のそこかしこに点在しているであろう温泉で気持ちよく朝湯に浸かって船旅の疲れを癒そうと、インターネットでプリントアウトして来た「別府周辺案内マップ」を手に、2人で人影まばらな別府市街へ。

別府駅前ロータリーから海側へと続くメインストリートを海岸の方へと歩いて行く。土産物屋やファーストフード、コンビニ、大型商業施設などが軒を並べているが、人影はほとんどなし。さっきバスで通って来た湾岸道路につき当たって左を見ると、おお!噂の「別府タワー」。いや、この旅の前に散髪に行き、そこの理容師の兄ちゃんに年末年始は別府でのんびり、なんてくっちゃべってた時に、「僕も昔、別府行ってねー。海沿いに別府タワーってショボイ塔があって」などと言ってたことを思い出したのだ。まあ、僕的には「別府タワー」、これはこれとして、古き良き観光地っぽくて好きだけど。

大晦日の午前中だっちゅーに営業しているスタバにて一服した後、湾岸道路を渡って別府湾を一望する海沿いの堤防へ。穏やかな風景。タバコの煙が水平線と光と雲にホワワ〜ンと溶けていく。北から南に向かってなだらかな山稜が連なって湾をかこっているのだが、ふと見ると山肌の一部が、かなり広範囲に掘削されて茶色い土が露呈している。不粋っちゃ不粋だ。一大観光都市だし、景観って大事そうなもんだが。何〜も考えてないのか。

そー、朝湯に浸からなきゃ。ハニーも顔洗って歯磨きたいってゴネはじめたし。で、「別府周辺案内マップ」とその辺の路傍の案内地図の看板を見比べ、別府で一番有名な外湯らしい「竹瓦温泉」目指して市街をウロウロ。これが、見つからないんだな。挫折して別府タワー内の展望温泉でいーか、と入館しようとすると掃除のオバチャンが「ゴメンシャイ、今日はやっちょらんバイ(方言うろ覚えご容赦)」と。そんじゃー、とオバチャン「竹瓦温泉」の場所を聞いて、言われた通りそっちの方へ歩いてってみるが…やっぱたどり着けない。何で!?

で、また通り掛かりの人に聞いてようやく到着。なかなか見つからなかったので、町中でも目立たないジミーな佇まいを想像していたが、なんとまあ、渋く堂々たる門構えであることか。分かりやすいところでは、宮崎アニメの佳作「千と千尋〜」に出てくる“湯屋”を想像してもらえればいい。(あんなにデカくはないが。あくまで雰囲気ね)

途中、コンビニで買った「別府温泉巡りマップ」はこう囁く。
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「竹瓦温泉」

明治12年(1879)創設で、当初建築されたものは竹屋根葺きの浴場でその後改築されたものが瓦葺きであったため、竹瓦温泉の名称がついたと伝えられています。現在の建物は昭和13年(1938)に建設されたもので正面は唐破風造(からはふづくり)の豪華な屋根をもつ温泉となっており、その外観は別府温泉のシンボル的な存在となっています。天井の高いロビーは昭和初期のイメージを残しており、湯上りにくつろげるスペースとなっています。 名物の砂湯は浴衣を着て砂の上に横たわると砂かけさんが温泉で暖められた砂をかけてくれます。
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入り口受付(つーても受付ブース自体が木造で渋い)で入浴料¥100也を払おうとすると、超愛想のいいオバチャンが「今日は大晦日なんで無料ばい、ゆっくり入っちゃり(方言うろ覚えご容赦)」だって。やったぜ。で、タオルを買って館内に入るとこれがまたイー感じ。そこは広々とした休憩室になっていて、大きなテーブルや畳コーナーまである。古くからここは、街の社交場としての役割を果たしていたのだろう。男女浴室の反対側に砂湯に入る扉があり、こっちは時間制で¥1000也。

休憩室のロッカーに貴重品を預けて男湯の扉をガラリと開けると、そこは二層吹抜の大空間の二階部分。ロフト状の張り出し部分が棚付の脱衣場になっており、そこから階段を降りて浴場へ。

何ともモダンな造りではあるが、壁やフロアはかなり年期が入っていてあちこち薄汚れ、しかしながら、それが得も言われぬ趣を醸し出している。湯舟は埋め込み型で、10畳くらいの楕円形。縦長の古風な窓から差し込む光が柔らかく浴場空間を満たしている。入浴客は僕の他には地元の人らしいGサン2人。1人は惚けたように口を開いて浴槽の側に立て膝で座ったまま一点を凝視している。もう一人は湯舟の中に、うつ伏せになって首だけ出し、片手のみついて身体をプカプカ浮かせている。何かこのシーン、つげ義春のイラストで見た事あるような。ディープなベップ、ここに極まれり。

で、湯が相当に熱い。あの、湯の中でちょっと動いただけでジワッと痛い感覚を久しぶりに味わった。親子が後から入って来て、父親がまだ3才くらいの男の子を抱えて湯に入れようとするが、足の先が湯に触れた瞬間に子供が泣叫んで大騒ぎ。しかし、ジッと入ってるとヒリヒリときもちーのだ。もー、溶けそう。

シャワーはおろか蛇口もないので、身体を洗うにも湯舟の側に椅子を持って来て座り、湯舟の湯をすくって流す。ぐいっと湯を組んで、ばしゃーと頭や身体を流すという一連の動作の連続が、なぜか心地よい。グルグルと昔を回顧するような、不思議な感覚。

小1時間程で浴室から出て休憩室でジュースなんぞ飲んでると、間もなく顔スベスベピカピカ、歯も磨いてスッキリした湯上がりハニー登場。で、休憩室の一角に置いてあるごく普通の鏡台に備え付けのドライヤーにて乾髪。

実は今回は宿泊所の予約を遅きに失してしまい、特に大晦日の夜の別府はどこのホテルも旅館も予約いっぱいで泊れる部屋がなく、隣の大分駅側に手頃なホテルを取っていた。で、温泉に浸かってさっぱりしたところで、そのホテルにチェックインを済ませておこうと、電車に乗るため別府駅へ。途中、モスバで昼食。先のスタバといい、アナログな温泉地に来ても街の匂いに引き寄せられてしまう。しょうがねえな。

ところで別府へ来てから道行く人、コンビニの女店員、温泉受け付けのオバチャンなんかを見て思ったのだが、別府女性には、特有の顔の系統があるような気がする。(女性にあるんだし、男性にもあるとは思うが、オトコなんてあんま眼に入んないので…)思い出すのは法隆寺の秘仏として有名な久世観音か。なんかねー、不思議な独特のスマイルさが表情に浮かんでるんだよねー。ナゾのホホエミ。で、それが表情じゃなく、顔かたちとして固定化してるって言うか。別府じゃないけど、昔、長崎出身の女のコとバンド組んでたことがあって、そのコの顔もまったく同じ系統だった。えーと、マイミク皇室アルバム氏の奥さんも別府の人で、彼女は美人なんだけど、やっぱどこか系統が通じ合ってる気がする。以上、別府女性容貌考。

JR別府駅から日豊線に乗って大分まで1駅、10分程。日豊線の車両デザインは赤が基調でポップでかわゆい。大きさも普通よりややミニっぺー。

大分駅前はけっこう都会。パルコなんかがあって、またまたその1階に入ってるスタバにて一服。その後、館内の雑貨ショップなどを散策してしまう。やっぱ街からはなれられない。by泉谷。

大晦日のお宿、大分センチュリーホテルはその駅前パルコの斜後に立地。ゆったりしたロビー、ちゃんとしたフロント対応、広めで清潔な個室。まあ、僕らが泊まったホテルの中ではランク上の部類だねー。ここは元々小田急センチュリーグループのホテルとして建てられたものらしく、全体的にゆったりとした趣があって心地よい。

時間は早4時前。荷物を降ろしてベッドにバタンQ。そのまま2人ともグースカ。起きるとすでに窓の外は暗く、ハニーを起こして風呂に入れ、急いでお出かけ支度。ま、どっかで晩飯食いガテラ大晦日の大分市街の押し迫った雰囲気を楽しもうつー趣向だ。ハニーはめちゃかわいーボディコンワンピにお着替えしてポーズ。上出来!

後でまた物色するつもりだった大分パルコは大晦日で6時に店じまい。とりあえず駅まで行って、関西みたく大晦日は一晩中電車が動いてれば別府に戻ろうかとも思ったが、駅員に聞くと大晦日とか関係なく1時過ぎで終電らしい。駅の周辺地図で初詣出に行く神社を見定め、大分駅から比較的近そうな「春日神社」つーとこに決定。とにかく2人共腹が減っているので、何か食べられるところを探して駅周辺や市街をうろつくが、やっぱ大晦日でどの店も早めの店じまい。時間はすでに8時過ぎなので、駅前から続く割合大きな商店街の中のショップもその殆どが閉まってる状態。人の気配もなく、大晦日の大分市街の押し迫った雰囲気などは全く感じられない。てか、このシーンとした感じがそうなのか。モノ足んねー。

とは言え、大分駅周辺は鋪道等こぎれいに整備され、街路樹もライトアップされていていい感じ。ハニーと手をつないでブラブラしていると目の前に、普段からよくお世話になっている「和民」の看板が見えたので、そこで往く年を労い、来る年を祝ってハニーとサシツササレツすることに。イエイ。

入ってみると、その店は「和民」チェーンのちょいアダルトバージョンで、語らい処「坐・和民」つーとこであった。なるほど、そーいやいつもの「和民」より落ち着いた雰囲気である。僕はビール、ハニーは中ハイを手に、一緒に迎える2度目の年越しに乾杯。適当なバカッ話をサカナに程よく酔っぱらいシアワセな気分。ここ、どこだっけ?あっ、九州だ、大分だ、そんな感じ。遠くまで来たなーつー実感はナシ。酔ったハニーが醤油瓶の中みをタペストリーにぶちまける一幕も。ご愛敬。かわいーから何でもOKなのさ。

一旦ホテルに帰って恒例の紅白歌合戦を観る。いよいよ押し迫ってきたぜ。DJオズマ…どうでもいーな。おっ、ダンサーは裸じゃなく裸の着ぐるみなんだ。そうだったのか!国民的な番組に一石投じたつもりなんだろーけど、どうでもよさは変わらないけどね。おっ、なんか変なまじめな兄チャンが朗々と歌いはじめたぞ、風がどうとか。こっちもどうでもいいや。かと思いきや、布袋と今井美樹のデュエット。またまたどうでもいいし。

そういや、レコ大は?そーか、今年から大晦日じゃなくて、30日放送になったんだっけ。誰が採ったんだろう?…やはり、どうでもいい。こればっか。

11時45分、「ゆく年くる年」が始まったのを合図に、再びホテルを出てハニーと共に初詣出。ホテル横の大通りでタクを拾って、先程駅の地図で決めた市街の「春日神社」まで。「この間京都から帰ってきましてん」などと食っちゃべる運ちゃんに生返事をしつつ、カウントダウンに間に合うか?と気が気ではない。

「春日神社」につくと鳥居をくぐるまでに人の列が出来ている。並んでいると、気にしていたカウントダウン感もなく、いつのまにか0時を過ぎていた。あけましておめでとうハニー、今年も愛してるゼ!仲良く愉しく頼むよ!

本殿で再度「今年もハニーを愛し続けます!仲良く愉しく過ごせますように」と誓ったり、願を掛けたり。ひいたお神籤はハニーも僕も中吉。さあ、2007年がコジンマリと、しかし、ハニーと共にキラキラと始まったじぇ。二人でお神酒の甘酒をすすり、しばし、初詣出の賑わいを味わいつつ、帰りは歩いてホテルまで。途中、小さな神社のお神楽などにも遭遇したり。元旦早々、ハニーと二人で闊歩する大分市街は中々にロマンチックであった。

(続く〜ウッディー:07-02/26)

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