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Ilya Repin(イリヤ・レーピン)コミュのレーピン展

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「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」が開催されます。過去最大の規模ということなので、とても楽しみです。

期間・会場 8月4日(土)〜10月8日(月・祝) ザ・ミュージアム(東京)
      10月16日(火)〜12月24日(月・祝) 浜松市美術館
      2013年2月16日(土)〜3月30日(土) 姫路市立美術館
      4月6日(土)〜5月26日(日) 神奈川県立近代美術館葉山

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_repin.html

コメント(24)

「過去の展覧会歴」トピックにある通り、これまでレーピンの展覧会は日本では2回開催されました。

「ロシア絵画の巨匠 レーピン名作展」
 1978年4月25日−5月14日 東京・日本橋三越
    5月20日−6月25日 奈良県立美術館
    6月28日−8月31日 東京国際美術館(銀座)

「レーピン:ロシアの心」
 1996年4月27日−10月20日 ペテルブルグ美術館(小樽)

1978年は油彩画30点、1996年は油彩画41点と下絵3点の展示でした。
今回は、油彩画と素描が約80点ということですので、過去最大のレーピンの個展といえます。
どの絵が来るか全部はわかりませんが、ザ・ミュージアムのチラシには次の絵が掲載されています。

「休息−妻ヴェーラ・レーピナの肖像(1882)
「作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像」(1881)
「思いがけなく」(1884‐1888)
「トルコのスルタンに手紙を書くザポロージェのコサック」(1880‐1890)
「日向で−娘ナジェージダ・レーピナの肖像」(1900)
「皇女ソフィヤ」(1879)
「浅瀬を渡る船曳き」(1872)

ザ・ミュージアムの2012展覧会ラインナップの小冊子には、このほか
「パーヴェル・トレチャコフの肖像」(1901)
も載っています。
レーピン展を後援しているロシア文化フェスティバルの公式カタログには、2の絵のほか、次の作品も掲載されています。

「自画像」(1887)
「文豪レフ・トルストイの肖像」(1887)

http://www.russian-festival.net/img/pdf/2012/22.pdf

さらに企画協力のアートインプレッションのHPには次の絵もあります。

「セーヴェルスキー・ドネツ川のほとりの聖ゴルスク・ウスペンスキー修道院」(1880)

http://www.artimpression.co.jp/exhibition-26.html
ザ・ミュージアムのサイトに特集ページができました。
展覧会記念講演会やワークショップも行われるようです。

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_repin/index.html

特集ページで展示作品が新たに1点わかりました。

「あぜ道にて−畝を歩くヴェーラ・レーピナと子どもたち」(1879)
開幕まであと4日に迫りました。
予習のために、いまわかっている展示作品を独自に解説します。

「休息−妻ヴェーラ・レーピナの肖像」(1882)

レーピン展のチラシの表紙にもなっているし、この絵が今回の目玉のようです。
レーピンと妻ヴェーラは1872年に結婚したので、この絵は結婚10年後に描かれたものです。長女ヴェーラは10歳、次女ナージャは8歳、長男ユーリーは5歳の時なので、子育てに疲れて安楽椅子にうたた寝をしているところでしょうか。それとも右腕に黒い喪章をつけているので、葬儀の後か何かで疲れたのでしょうか。
ヴェーラの服と椅子のカバーがえんじの同系色で混じり合っているので、まるで安楽椅子に包み込まれているようです。妻への温かい視線を感じます。
この作品が日本に来るのは初めてです。

写真右は昨年末にトレチャコフ美術館のレーピンの部屋で撮ったものです。中央やや左にこの絵が飾られているのがわかるでしょうか。ふだんはこのように展示されています。
「作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像」(1881)

ムソルグスキー(1839-1881)は、「展覧会の絵」や「はげ山の一夜」などで知られるロシアの作曲家。自国の民族音楽や形式などを重視したロシア5人組の一人。
肖像画というと実物より2割増ぐらい美しく描くのがふつうだと思うのですが、この絵のムソルグスキーは髪はぼさぼさ、髭はくしゃくしゃ、鼻は赤くて、酔っ払いに見えます。事実、ムソルグスキーはアルコール依存症に苦しみ、サンクトペテルブルクの病院に入院していた時に描かれました。
でも眼光は鋭く、意志の強さを感じます。これぞリアリズム絵画の真骨頂。レーピンの肖像画は、モデルの性格さえも浮かび上がらせます。
この絵が描かれた約10日後にムソルグスキーは42歳で亡くなりました。
この作品は、1881年の第9回移動展(サンクトペテルブルク)に出品されました。日本に来るのは初めて。
Katzさん

私も必ず行くつもりです!
以前のトピックでお尋ねした、ペテルブルグ美術館(小樽)で見た思い出の絵があるのかとっても楽しみです。
「皇女ソフィヤ」(1879)

皇女ソフィヤ・アレクセーエヴナは、サンクトペテルブルクを創建したピョートル大帝の異母姉です。
1682年、実弟のフョードル3世が亡くなると、ピョートル1世(大帝)がツァーリに即位。しかし銃兵隊の反乱に乗じて、もう一人の実弟のイヴァン5世も即位させて共同統治者としました。この時ピョートル1世は10歳、イヴァン5世も16歳で病弱だったため、ソフィヤが摂政となって実権を握りました。ピョートル1世が成長した1689年に失脚。ソフィヤはモスクワのノヴォデヴィチ修道院に入りました。1698年に再び銃兵隊の反乱が起き、ソフィヤが首謀者とされました。反乱を鎮圧したピョートル1世は、見せしめのために反乱銃兵をノヴォデヴィチ修道院で処刑し、その中の3人をソフィヤのいる僧房の窓に吊るしました。ソフィヤは剃髪させられ、6年後の1704年に46歳で亡くなりました。

レーピンの描く皇女ソフィヤは、腕を組んで威厳に満ちながら、見開かれた目は憎しみと復讐に燃えています。背景は暗く、ソフィヤの銀の服がくっきり浮かび上がり、その明暗は歴史的悲劇を表しています。窓の外に反乱銃兵が吊るされているのにも注目してください。

この絵が描かれる1年半前にレーピンはモスクワに移住。古都モスクワに触れ、また歴史画家スリコフやヴァスネツォフと交流して、「皇女ソフィヤ」を構想。1879年の第7回移動展に出品されました。
日本では1978年の「レーピン名作展」で展示されました。
>>アウトランナーさん

小樽でのレーピン展は、すべて国立ロシア美術館所蔵の作品だったので、残念ながら今回の展覧会では見られませんが、レーピンの魅力は変わらないと思います。
私も見に行くのがとても楽しみです。
「トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック」習作(1880-1890)

完成作はサンクトペテルブルクの国立ロシア美術館にあり(写真右)、これはそのエスキースです(写真左)。
ザポロージエ(ウクライナ語ではザポロージャ)は、ウクライナ南東部のドニエプル川沿岸の地方。ドニエプル川下流の島を本拠として活躍するザポロージエのコサックは、誇り高く勇敢で自由を愛する民族でした。
1878年夏、アブラムツェボのマーモントフ家の別荘で、服従を要求したトルコのスルタンに対して拒絶の返事を書いたザポロージエ・コサックの物語を聞いたレーピンは、すっかり感動し、このテーマの絵を描くことを決めます。
1880年5月から9月まで、画家セローフとザポロージエを旅行し、ザポロージエ・コサックの資料を集めました。
この絵は、17世紀にトルコのスルタンのマホメット4世がコサックたちに自分たちの軍隊に入って服従するよう要求したことに対し、機知に富んだ拒絶の手紙を書いているシーンです。中央の書記は皮肉たっぷりの返事を書き、そのまわりのコサックたちは笑い飛ばしています。大胆不敵、勇敢で荒々しく、自主独立の精神に満ちたコサックたちが生き生きと描かれています。まるで画面から笑い声が聞こえてくるようです。

この絵を完成させるまで、数百枚のエチュードを描き、構想から13年後の1891年に完成しました。連作はハリコフ美術館にあり、エスキースはトレチャコフ美術館のほかミンスクの国立ベラルーシ美術館にも所蔵されています。
トレチャコフ美術館のエスキースは、1976年の「第2回ロシア・ソビエト国宝絵画展」と1993年のトレチャコフ美術館展で日本にも2度来ています。
レーピン展を見てきました。
画集や画像でなく、生で見る絵はやはりすばらしいですね。

図録にあるのは、全部で99点。内訳は油彩57点、水彩9点、鉛筆27点、墨2点、木炭3点、セピア1点(「鉛筆・水彩」とか「水彩・グアッシュ・鉛筆」など複数あるものは、最初に書かれてある表示を基準にしています)。
しかし、東京会場と浜松会場の前期、姫路会場と神奈川会場の後期で、展示の入れ替えがあるそうです。
99点のうち、前期日程のみの展示が水彩3点、鉛筆15点、墨1点、木炭1点、セピア1点。後期日程のみが水彩6点、鉛筆12点、墨1点、木炭1点。
つまり東京会場と浜松会場では計79点、姫路会場と神奈川会場では計78点の展示数になります。
毎日新聞8月14日(火)付夕刊、朝日新聞8月22日(水)付夕刊に「レーピン展」の記事・評が載っています。
メディアに続々紹介されていますね。

明日のNHK Eテレ「日曜美術館」アートシーンでレーピン展が紹介されます。
9月16日(日)午前9:45〜10:00(再放送は20:45〜21:00)

いま発売中の週刊ポスト(9月21・28日号)では、カラーグラビアで評論家の坪内祐三さんが「思いがけなく」について書いています。
同じく発売中の文芸春秋(10月号)では、西洋文化史の中野京子先生がカラーページで「ザポロージャのコサック」について書いています。
今週から浜松市美術館で「レーピン展」が始まりました。

会期:10月16日(火)〜12月24日(月・祝)
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/artmuse/exhibition.htm#repin

ホームページのトップ写真もチラシの表紙も「休息−妻ヴェーラ・レーピナの肖像」ですね。

コンサートや講演会、ワークショップなどの関連イベントも開催されます。
間もなく姫路市美術館で「レーピン展」が始まります。
東京、浜松展から一部の展示替えがあります。

会期:2月16日(土)〜3月30日(土)
http://www.city.himeji.lg.jp/art/kikaku/index.html

講演会やテルミンコンサートなどのイベントも行われます。
神奈川県立近代美術館葉山での展示が始まりました。

会期 4月6日(土)〜5月26日(日)

ホームページのトップ画像やチラシの表紙は「ムソルグスキーの肖像」でした。
講演会やギャラリートークもあります。

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition_hayama/repin/repin/index.html

>>[19]

浜松在住ですが、以前国立トレチャコフ美術館展の折にクラムスコイの作品と同じく、レーピンの傑作に触れる機会があり、それ以来ロシア美術にも興味を持っております。渋谷の東急文化村のレーピン展も真っ先に行って、そして地元浜松でも拝見しました。ただ浜松は美術館の施設がやはり十分に広く無いのと2階の部屋がイマイチ鑑賞には古びていて残念でした。それでもやっぱりレーピンの描写力は圧倒的で、力強くしかも洗練の極みとも言える線の素晴らしさに感動しました。
まだ鎌倉でもう一度見れるのは素晴らしい事ですね。是非友人にPRしたいと思います。
神奈川県立近代美術館葉山で「レーピン展」を観てきました。
9カ月前に渋谷で観ましたが、何度観ても新たな発見・感動があるものです。
展示の順番も若干違っていました。たとえば渋谷では自画像が最初に展示されていたと思うのですが、葉山では年代順に後半のほうにありました。

5月26日(日)までですが、これから行く人は地下の図書室も覗いてみることをお勧めします。レーピン展関係の展示があり、興味深い資料が並んでいます。
たとえば「思いがけなく」の右の壁に皇帝アレクサンドル2世の死の床の写真が飾られているという説明があったと思いますが、図書室には「ニワ」誌1881年4月4日号の表紙(写真)が展示されていて、同年3月1日に暗殺されたアレクサンドル2世の写真を実際に見ることができます。

それから日本で刊行されたレーピンに関する本が3冊展示されていました。
大月源二編「レーピン」青木書店 1953年
嵯峨公業「レーピン」三杏社 1952年
福田新生「レーピン伝」洋々社 1956年
>>12 「ザポロージャのコサック」は、トレチャコフ美術館所蔵の今回の展示作品のほかに、参考図版としてサンクトペテルブルクのロシア美術館所蔵の完成作とハリコフ美術館所蔵のバリエーションの写真が掲示してありました。
しかしもう一つ、ミンスクのベラルーシ共和国国立美術館に習作があります(上図)。これは1880年に描かれた最も初期のバリエーションです。おととしベラルーシ美術館に行って、この作品があるのを知らなくて、見つけた時は歓喜しました。
背景にも注目。ベラルーシ所蔵のものは戦場、そして今回展示のトレチャコフ所蔵作品は海が見えます。おそらく黒海でしょう。
レーピンは歴史画を描く時に、自分の友人・知人などをモデルにしている場合がよくあります。今回の展示でも「イワン雷帝とその息子イワン」の息子のモデルになった作家ガルシンの肖像が紹介されていました。
「ザポロージャのコサック」にもそれぞれモデルがいたそうです。ロシアのサイトで見つけました↓ ロシア語がわからなくても、写真でそのそっくりぶりがわかるでしょう。

手紙を書いている書記のモデルは歴史家エヴァルニツキー、書記の右に立って大笑いしている白毛皮帽の男(なんとタラス・ブーリバ)のモデルはペテルブルク音楽院教授のルベツ、書記のすぐ後ろで左手を胸に当てている青い帽子の男のモデルはドラゴミロフ将軍などとなっています。

http://mordikov.fatal.ru/zaporozhec.html
展示の終わりのほうに「負傷者」(左図)という作品があって、これは「決闘」の第3バージョンのモデルという説明がありました。そのモデルになっているのが児童文学作家のコルネイ・チュコフスキー。著作の「2歳から5歳まで」はロシアの人なら誰でも知っている幼児教育書です。日本でも理論社から翻訳が出ていて、子育てに関係ない人も楽しく読める本です。この本を読んだことがあるのでチュコフスキーのことは知っていたのですが、こんな情けない顔(失礼!)をしていたのかと絵を見て思いました。
さてその「決闘」第3バージョンはどういう絵なのか調べました。それが右図です。モスクワのプーシキン美術館の個人コレクションになっています。

http://www.artprivatecollections.ru/data/canvas/jr_91_repin_duel.php

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