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Ilya Repin(イリヤ・レーピン)コミュのレーピンの家族

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 「国立ロシア美術館展」にレーピンの家族を描いた絵が何点かあるのですが、関連づけられていないので、知らない人も多いと思います。鑑賞の参考に説明します。

 左画像は「芝草のベンチで」(1876)。左手前の子供は左がレーピンの長女ヴェーラ、右が次女のナージャ。つまり「ヴェーラ・レーピナの肖像」(1886 真ん中の画像)のヴェーラが背中を向けている女の子です。
 一番左にすわっているのが妻のヴェーラ(娘と同じ名前なのでややこしい)。右画像の「ヴェーラ・シェフツォーヴァの肖像」(1869)のヴェーラです。妻ヴェーラは1855年生まれなので、この時14歳でした。レーピンは1844年生まれで、11歳違います。

コメント(5)

「芝草のベンチで」の左から2番目は、ヴェーラの次兄の妻マリア。その右隣りはヴェーラの母エフゲニヤと父アレクセイ。アレクセイは建築アカデミー会員でした。
 一番右で新聞を読んでいるのが、ヴェーラの次兄アレクセイ(これまた父と同じ名前でややこしい)。画像の「試験勉強」(1864)で、中学校の制服を着て机の前にすわっているのがアレクセイです。アレクセイはヴェーラより一つ上の1854年生まれ。だからこの時10歳でした。アレクセイは後に軍人になりました。
 「試験勉強」でベッドに寝転がっているのがヴェーラの長兄のアレクサンドル。美術アカデミー建築家の聴講生で、レーピンと同じ1844年生まれ。後に小学校教師の資格をとりました。
 「試験勉強」はレーピンが20歳の時に描いたもので、レーピンの作品群の中でも最初期の絵です。恐らく妻ヴェーラと知り合ったのは、同級生の兄アレクサンドルを通じてだったのでしょう。この時はヴェーラはまだ9歳でした。
 1872年2月、レーピンとヴェーラは結婚、同年10月に長女ヴェーラが生まれました。つまり知り合って8年以上もたってから、できちゃった婚!?
今回の「トレチャコフ美術館展」でも、レーピンの家族を描いた絵が展示されています。

「レーピン夫人と子供たち『あぜ道にて』」(1879)(左)
 中央の傘をさしている女性が妻のヴェーラ、手前の白い服の娘が次女のナージャ、セーラー服の娘が長女のヴェーラ、後ろに立っているのが乳母で抱かれているのが長男のユーリーです。この時、長女ヴェーラ(1872-1948)は7歳、次女ナージャ(1874-1931)は5歳、長男ユーリー(1877-1954)は2歳でした。

「画家レーピンの息子、ユーリーの肖像」(1882)(中)
 長男ユーリーが5歳の時の作品です。美しいじゅうたんに包まれている息子への愛情が感じられます。

「秋の花束」(1892)(右)
 20歳の長女ヴェーラが描かれています。ズドラヴネヴォで描かれました。ズドラヴネヴォは現在のベラルーシ共和国ビテプスク県にあり、1892年5月にレーピンが別荘を購入しました。今はレーピン博物館になっています。ビテプスクといえば、シャガールの出身地でもあります。
やっと国立トレチャコフ美術館展へ行くことができました。
レーピンの絵の数々にも興奮いたしました。↑ の3点、ずっと観ていたいレーピン作品でした。

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