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Ilya Repin(イリヤ・レーピン)コミュの国立トレチャコフ美術館展

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2009年春にトレチャコフ美術館からロシアの名画がやってきます。

「国立トレチャコフ美術館展―忘れえぬロシア」
2009年4月4日(土)〜6月7日(日)Bunkamuraザ・ミュージアム
      6月13日(土)〜7月21日(火)岩手県立美術館
     7月28日(火)〜10月18日(日)広島県立美術館
     10月24日(土)〜12月13日(日)郡山市立美術館

http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/index.html

レーピンの作品も何点か来ると思いますが、いまのところ次の2点がわかっています。
「レーピン夫人と子供たち『あぜ道にて』」(1879)
「ピアニスト、ソフィア・ヨシフォヴナ・メンテルの肖像」(1887)

コメント(4)

◎「レーピン夫人と子供たち『あぜ道にて』」(1879)

この絵はレーピンの主な画集にも載っていないし、あまり知られていない作品です。
私もトレチャコフ美術館には何度か行ってますが、この絵は昨年に初めて見ました。
というのも、トレチャコフ美術館がこの絵を収蔵したのが1986年と割と新しいからです。

題名通り、自分の家族を描いたものです。
2007〜2008年のロシア美術館展でやはり家族を描いた「芝草のベンチで」(1876)が出展されましたが、その3年後に描かれました。
中央の傘をさしている女性が妻のヴェーラ、手前の白い服の娘が次女のナージャ、セーラー服の娘が長女のヴェーラ、後ろに立っているのが乳母で抱かれているのが長男のユーリーです。
柔らかい光に包まれていて、家族への愛情が感じられます。
◎「ピアニスト、ソフィア・ヨシフォヴナ・メンテルの肖像」(1887)

メンテル(1846‐1918)はドイツのピアニストで、作曲家、教育者でもありました。リストに師事し、15歳で早くも演奏旅行をしています。
感情の高揚とスケールの大きさで聴衆を圧倒し、しかも優雅さと繊細さを兼ね備えていたそうです。
1883年から1887年までペテルブルク音楽院の教授も務めていました。この絵はそのころに描かれています。
チャイコフスキーはメンテルの才能を高く評価し、「協奏的幻想曲」(1884)を捧げました。
またピアノのための小品の作曲家としても知られ、最も有名な作品に「ハンガリー狂詩曲」があります。チャイコフスキーはこれをオーケストラ用に編曲することを勧め、1893年にオデッサでメンテルとチャイコフスキーが指揮するオーケストラによって演奏されました。

この絵は「19世紀ロシア絵画展」(1990 笠間、札幌)で日本に来たことがあります。
ザ・ミュージアムへ初日に観に行ってきました。

レーピン作品は8点でした。
「文豪ツルゲーネフの肖像」(1874)
「レーピン夫人と子供たち『あぜ道にて』」(1879)
「画家レーピンの息子、ユーリーの肖像」(1882)
「ピアニスト、ゾフィー・メンターの肖像」(1887)
「コンスタンチン・コンスタンチーノヴィチ大公の肖像」(1891)
「秋の花束」(1892)
「国家評議員、イワン・ゴレムイキンとニコライ・ゲラルドの肖像」(1903)
「劇作家レオニード・アンドレーエフの肖像」(1904)

年代順に並べましたが、会場ではテーマ別なのでバラバラに展示されています。
◎「コンスタンチン・コンスタンチーノヴィチ大公の肖像」(1891)

コンスタンチン・コンスタンチーノヴィチ大公は、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世のおじにあたります。
マルチな才能を持った人で、詩人、俳優、翻訳家などとしても活躍しました。科学アカデミーの総裁も務めました。

この絵を見る時は、額縁にも注目。大公が着ているのはイズマイロフ連隊の軍服ですが、額縁にはイズマイロフ連隊の中隊長として勤務した期間が彫られています。
上に書いてあるのがたしか「11 ДЕКАБЛЬ 1883」(1883年12月11日)、下が「23 АПРЕЛЬ 1891」(1891年4月23日)。記憶違いで日付が違うかもしれませんが、装飾文字で年月日が入っています。

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