ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

肥前・千々石一族コミュの天草四郎

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「天正遣欧使節の正使・千々石ミゲルの子である 」




一般的には、
父は、小西行長の家臣であった益田甚兵衛。
熊本県上天草市大矢野島の生まれ。

異説
・関白豊臣秀吉の孫、豊臣秀頼の子である。
・天正遣欧使節の正使・千々石ミゲルの子である

ここでは、島原の乱の首領「天草四郎」について語りましょう。

最近の研究では、
天草四郎は長崎(市)の生まれ、というのが断定されつつありますが。

真実はいかに!?

コメント(11)

「天草四郎の墓」

南島原市南有馬町の原城本丸跡に、「天草四郎の墓」があります。
この墓については、次のような由来話があるそうです。

島原の西有家のある農夫は幼い頃病弱であった。
五歳のとき、父親が近くに住む祈祷師にみてもらったところ、

 「家の石垣の中に墓石が混っている。それを取り出して祀れば病気が治る」
と、いわれた。
家に帰って石垣を調べてみると、はたして祈祷師がいったように墓石が一基あった。
消えかけた文字は、
 「天草四郎時 辰二月二十八日 母」と刻んであった。


原城落城は、寛永十五年戊寅で、庚辰は同十七年である。母親マルタが、愛児の歿年を違えるわけはないので、この墓は後年ほかのものが建てたのではないかといわれている。
しかし、西有家の農夫は石垣からこの墓石を取り出して供養したことで、病弱の子供を救った。その子は、以後元気になって八十歳を越えるまで病気一つしなかったと云う。

「天草四郎の墓」が、現在の原城本丸に移されたのは、昭和40年頃だそうです。


・・・・・・すると、
この農夫の名前とか、子孫とかは、分かるのかな!??
「天草四郎=羽柴天四郎秀綱」説

「花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて、退きものいたり鹿児島へ」
というわらべ歌が流行したと云う。
天草四郎は、真田幸村が連れてきた秀頼の子孫・・・・・
いつかTVでやってましたね!わーい(嬉しい顔)


>秀頼も大坂城を脱出して九州(薩摩)に逃れ、 庶子をもうけ、 その一人が、 島原の乱の首魁の天草四郎という。

>本名羽柴天四郎秀綱という(「続・豊臣家存続の謎・天草四郎・島原決起の謎」)。 秀頼の死が正式に確認されたわけではなく(推定死亡)、 当時の宣教師らの間でも、 逃亡説が語られていた点から、 直ちに排除はできないであろう。 日本歴史研究所の木村信行氏の著書によれば、 江戸山王神社の神職樹下家の先祖は、 伊集院氏(薩摩の豪族)に匿われた秀頼の庶子らしい。 こうして見てみると、 単なる伝説もあるが、 豊臣氏は、 確かに江戸時代も存続したのである。

「異聞歴史館」より
http://www.kakeiken.com/report001.html#
左:2008武者行列参加者
中:天草四郎陣中旗(世界三大陣中旗?)
右:日本一認定の一夜城
http://www.nippon-1.net/cgi-bin/database.cgi?tid=list_kiroku&print=1&keys2=%83x%83j%83%84%94%C2%82%C5%8D%EC%82%C1%82%BD%93%FA%96%7B%88%EA%91%E5%82%AB%82%A2%8F%E9

グッド(上向き矢印)長崎県南島原市の「原城一揆まつり2008」
ミュージカル『天草四郎』ー四つの夢の物語ー

期日 : 2008年10月19日(日)
会場 : 南島原市ありえコレジヨホール
時間 : 開場13:30  開演14:00

入 場 料 : 一般1,500円(当日2,000円) 
高校生以下1,000円(当日1,500円)  ※全席指定

発売所 : 南島原市教育委員会生涯学習課 及び ありえコレジヨホール
発売時間 : 月曜日〜金曜日 9:00〜17:00(祝日を除く)
http://www.city.minamishimabara.lg.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1216350596108&SiteID=0000000000000&FP=toppage
劇団わらび座
http://www.warabi.jp/


む〜ん、もう一度、観に行こうかな?うれしい顔
>天草四郎は、「天正遣欧使節の正使・千々石ミゲルの子である 」


来年、島原の乱をテーマに1年間、長崎新聞に連載される。

けっこうミゲルは重要だ!
テーマは「島原の乱」で、四郎はミゲルの息子の設定であるとのこと。
(長崎出身の某作家の方、本人から直接聞いたからね・・わーい(嬉しい顔))


あ、タイトルなんだったっけ!?
(予告の記事、読んでないんだもの・・・・)
異説の一つであるが、


島原の松倉領内原村に渡邊小左衛門という大庄屋が居た。
其一子を四郎という、
母は天草甚兵衛の妹である。

四郎は天性怜悧で、富豪の家に生まれた為め教養よく行届き、
読み書きを好み、やや長じて剣術を学ばんと、天草に渡り、
叔父甚兵衛宅に宿り、
千々輪や芦塚、大矢野等の門弟となった。

然るに母は四郎の行く末を考えて、長くならない内に我膝元に引き取った。
所が・・・・・
>1 「天草四郎の墓」

「天草四郎時○○ ○保○年 ○二月廿八日○母」

西有家町西の浦、狩野庄兵衛方で石垣の中に墓碑が出てきて、屋敷のうちに祭っていたのを近年原城本丸跡に移した。

○保のつく年号は、江戸期に正保・享保・寛保・天保の四つであるが、
もし正保に建てられたとすれば、
島原の乱から7〜10年の間に建てられたことになる。
「南 海 の 美 少 年 (天草四郎の唄)」

作詩 佐伯孝夫
作曲 吉田 正
歌  橋幸夫

1 銀の十字架(クルス)を 胸にかけ
  踏絵おそれぬ 殉教の
  いくさ率いる 南国の
  天草四郎 美少年
  ああ はまなすの 花も泣く

2 天の声聴く 島原の
  原の古城址(しろあと) 此処こそは
  神の砦ぞ 立て籠もり
  怒濤に叫ぶ 美少年
  ああ 前髪に 月も泣く

3 燃えよ不知火 永遠(とこしえ)に
  聖(きよ)く雄々しく 生死(いきしに)を
  超えて明けゆく 青空を
  信じて強き 美少年
  ああ 南海の 星も泣く

http://www.youtube.com/watch?v=RGk2ptMR3nk
平成24年7月19日(木)
今夜20時より放送のBS歴史館は、

「武器よさらば!〜戦国を終わらせた島原の乱〜」である。わーい(嬉しい顔)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

肥前・千々石一族 更新情報

肥前・千々石一族のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。