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「名もなき詩人」同好会コミュの2008年01月25日さよなら懐疑主義者さんたち

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長らくお待たせいたしました。
私が出題しました、「高速増殖炉は疑似科学である」という命題に対する、私なりの見解を申し上げます。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=26851624&comment_count=301&comm_id=70043
検証に当たり、これまで多くの方々にご意見を賜りましたお礼と、個別に回答せずに、同種の主張をまとめて反証することのご無礼をお許し願いたいと思います。
また、何分素人ですので、使用する専門用語などが適当でないことや、数値の誤りといったこともあるかと思われますが、お気づきの都度、ご指摘願えれば幸いです。

<高速増殖炉の定義>
●核分裂によって生じる熱エネルギーを利用した発電システムである。
●燃料であるプルトニウムを燃焼させる際に放出される高速中性子の照射により、燃料内の成分ウラン238をプルトニウム239に変成させることをもって、燃焼可能な核物質の減量を防ぎ、長期にわたり新たな燃料補給を必要としない。

<理論上の条件>
1、発電行程の前後において、燃料内の燃焼可能な核物質が、発電行程以前よりも増加している必要がある。
2、核物質を扱うという性格上、自然環境の汚染を防止するために設備全体を外環境から遮断する必要がある。
3、燃焼温度が550℃にも達することから、急激な温度上昇、または温度降下に耐え得る容器が必要である。
4、発電システムという性格上、発電行程を繰り返し何度も行うことができる必要がある。

<理論上の条件の実証の可能性>
「1、発電行程の前後において、燃料内の燃焼可能な核物質が、発電行程以前よりも増加している必要がある。」について

これまで多くの実験例があるが、筆者の知るところでは、めぼしい成果が得られたという報告はなかった。このことは、きわめて実現性が低いことを示唆しているといえる。
日本において運転されたもんじゅを例に揚げると、運転開始前の点検のため、出力上昇の試験中にナトリウム漏洩事故が起こり、臨海を迎える前に運転を停止せざる終えなかった。
つまり、燃焼可能な核物質の増加を確認するにまでいたらなかったということである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85
世界最大の高速増殖炉は、フランスのスーパーフェニックスであるが、運転の際に、どれほどの燃焼可能な核物質の増加があったのかを確認する資料を見つけられなかった。
現在スーパーフェニックスは、増殖炉としての計画を断念している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

「2、核物質を扱うという性格上、自然環境の汚染を防止するために設備全体を外環境から遮断する必要がある。」

設備管理において、人間や機械などの管理が必要であり、定期的に設備を開放しなければならない。そのため、理論上不可能だといえる。
また、発電行程を終えた使用済み核燃料を取り出し、環境から安全に隔離し長期間保管する必要があるが、保管方法並びに保管場所は、未だに確立されていない。

「3、燃焼温度が550℃にも達することから、急激な温度上昇、または温度降下に耐え得る容器が必要である。」

これまで多くの実験例があるが、私の知るところでは、めぼしい成果が得られたという報告はなかった。
このことは、きわめて実現性が低いことを示唆しているといえる。
「1」で示したように、日本のもんじゅは臨界に達するまでに至らず、フランスは計画を断念している。
両者に共通するのは、運転時における設備内物質の外環境への漏洩である。
また、これまで運転実績のある原子力施設全てに対象を広げたとしても、耐久性を完全に維持し続けた設備は一つもない。
このことは、「3」の技術的実証は不可能であると断言するに値する事例だと筆者は判断した。
「3」に関しては、人類が未だクリアできていない、科学理論上の決定的な問題がある。それは、放射線照射による、対象物質の脆化である。
地球上のあらゆる物質は、核物質による照射の影響を例外なく受ける。そのため、放射化の頻度により、次第に脆弱な物質へと変成するため、当初の耐久性を維持し続けるのは、事実上不可能である。
これに対応する防御策として、脆弱化したパーツを交換するという措置がとられるが、石油や貴金属などの資源枯渇が叫ばれる今日においては、将来限界が訪れるのは必至である。

「4、発電システムという性格上、発電行程を繰り返し何度も行うことができる必要がある。」

これまで紹介した資料を見れば明白であるが、発電行程を繰り返し行った実績は皆無である。
よって、不可能であると断定することは可能であると判断する。

「1〜4」のうちで、明確に実証された条件は一つもない。
よって、「高速増殖炉は理論上不可能である」という判断は十分可能である。

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ところで、当トピックの命題は、「高速増殖炉は疑似科学である」である。
疑似科学であるか否かを判断するためには、疑似科学自体の定義づけが必要である。
それについていくつか考察を述べたいと思う。

1、当該命題を当コミュニティ内において議論することは可能か?

これは、筆者の提起した命題が「懐疑論者の集い-反擬似科学同盟」コミュニティでの議論として認可されうるかという問題である。
筆者は、それに関し、当該コミュの代表とも言える、管理者Shu氏に対し確認した。

コメント43より
『管理人様へ
このたびのトピック立ち上げで、様々な方からご意見を賜りましたところ、『当コミュにおいては「理論的に正しいか否か」に主眼を置いており、それが技術的に可能か否かについては全く問題視していない。それを議論する場としてはコミュずれである』とのことです。
これは管理人様がこのコミュを立ち上げた動機として十分了解していることであり、おおむね同意するものだと理解して差し支えないでしょうか?
もし、これに同意なさるのでしたら、私としては、このコミュは私が望んだ議論には到底なりえないという解釈になります。
ぜひとも、管理人様のご回答をいただき、私の判断材料といたしたく存知ます。
ご足労は承知でお願いいたします。』

それに対し、管理者Shu氏からの回答は、コメント50である。

『a)核分裂連鎖反応は理論的に疑似科学だ!
b)核分裂連鎖反応は理論的に可能だけれども、技術的に不可能だから疑似科学だ!
(中略)
a)なら理論的にどこがおかしいのか根拠を示して、是非ここで議論してください。
b)なら技術的にどこが不可能なのか根拠を示して、こちらで議論してください。 』

筆者は前段で、「高速増殖炉は理論上不可能である」ことの根拠を示した。よって、当該コミュニティで行う議論として十分認可に値すると判断した。


2、「技術上不可能であっても理論上正しければ疑似科学とはいえない」という主張について

これは、科学と判断するか、疑似科学と判断するかの境界設定の問題である。
回答をするにあたり、筆者は、管理者Shu氏が推薦する「疑似科学と科学の哲学 伊勢田 哲治著」を参考とした。

『「線引き」という言葉が示すように,線引き問題は科学と非科学ないし疑似科学との間の明確な境界を設定することを目的としてきた。しかしながら,そうした方向で線引き問題が解決できる見込みは絶望的である。(本文258p)』

専門家が「線引きが不可能」と断言する以上、一研究者に過ぎない筆者並びにトピック参加者による「高速増殖炉は疑似科学か否か」という議論はある種不毛であり、建設的な議論の構築は望めないものだといえる。
だがしかし、上記の著書には、以下の文言がある。

『疑似科学は,ある面では,昔からある信念というもののしぶとさ,頑固さをあらわしているともいえる。(208p)』

ここで言わんとすることは、対象とする理論研究の中に、「私はそう信じる」とか「絶対にそうなるはずである」などといった理論とは無関係の研究者による思い込みが反映されているかという点をもって、対象が疑似科学であるか否かを判定する指針とするのは妥当ではないか、ということだと理解した。
この、指摘を持って、高速増殖炉を見た場合、対象が構想されたのは1940年代のことであり、当時は「原子力は人類を救済する新しいエネルギー」であるという主張を基礎として開発研究がなされたものの、一行にその成果が得られていない現状を鑑み、思い込みであったと判断できる要素を十分内包しているといえる。
よって、この点をもって「高速増殖炉は疑似科学である」と判断するのは妥当だと考える。


また、著者は、「成功した科学」という概念を掲げ、それを基に疑似科学を判断するのは有効との見解を示している。

『「科学の成功」の内実としては,いろいろなものが考えられる。ここでも第4章第3節で強調した知的価値判断と社会的価値判断の区別は念頭においておくべきだろう。まず,科学は,社会に大きなインパクトを与え,事故やら公害やら環境問題やらいろいろ問題をおこしつつも全般としては社会の幸福に寄与しているように見える。そういう意味で,社会的な価値判断のレベルで科学の成功を考えることもできる。しかしこの観点からのみ科学の成功を考えると,人々の幸福の概念が変われば科学は成功していないことになってしまいかねない。(253p)』

記述の前部「科学は,社会に大きなインパクトを与え,事故やら公害やら環境問題やらいろいろ問題をおこしつつも全般としては社会の幸福に寄与しているように見える。」から考える。
著者は、重大事故やトラブルの有無は問題とせずに、社会の幸福に寄与しているか否かを問題とすべきであるという。
これを高速増殖炉に当てはめた場合、社会の幸福に対する貢献は発電であるといえよう。
そして、言うまでもないことであるが、高速増殖炉は未だに発電システムとして機能していない。
次に、「人々の幸福の概念が変われば科学は成功していないことになってしまいかねない。」という記述から考えた場合、環境負荷のない自然エネルギーの開発・普及並びに低コスト化、今後見込まれる人口減少による発電総量の減少の見込み、実現予測が現在から50年も先にあるという不確実性などから鑑みると、既に高速増殖炉のニーズは、人々の幸福の概念から乖離していると言わざる終えない。


その他、著書は「研究の再現性」という判定材料も提供しているが、ここに書き直すまでもなく、高速増殖炉による発電は、未だに再現するという段階にまで達していない状況である。

このように、「疑似科学と科学の哲学」なる著書の判定材料に即した場合、科学と疑似科学を明確に分ける境界設定は困難であるが、しいて言えば、研究者の幻想・思い込みが見られ、社会概念からも乖離し、再現性に乏しい高速増殖炉は、疑似科学であると判定しても、間違いではないといえるだろう。

コメント(2)

とんちんかんな主張で笑いものになって、
見苦しく捨て台詞吐いて逃げ出したおバカが、
こっそり何をやってんのウッシッシ
1 ねこじゃらし
>とんちんかんな主張で笑いものになって、
見苦しく捨て台詞吐いて逃げ出したおバカが、
こっそり何をやってんの

おらが逃げ出したわけじゃね〜べ。
どちらかといや〜、あっちのコミュ主が、おらとの議論の継続を拒否したんだべ〜〜。

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