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万波誠医師を勝手に支援するコミュの徳州新聞に

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11月20日付徳州新聞に、
腎臓移植について。万波先生のコメントと、難波教授の
寄稿がのっております。
宇和島徳州会の課長さんから頂いたので、ネットで探しましたら、
見つかりましたので、ご紹介致します。
こちらです。
http://www.tokushukai.jp/rt.html

コメント(12)

この記事、私も見ました。
今、正式に徳州会へのリンク申請しているところです。

motosukeさん。
阪神大震災の時も、ボランティアで、助けてくれたんですね。
あらためて、ありがとうございます。
今度は、私が恩返しさせていただきます。
ブラックジャックって、漫画があるんですけど、そのひとつに、
ある外国の街で、ブラックジャックが、無実の罪で、拷問を受けて、自白を強要されそうになるんですね。
そこに、日本人商社マンが、無実を証明してくれるんです。
日本に、帰ってきたブラックジャックは、その商社マンが、汚職の事実を知っていた、ため会社から自殺に見せかけようとなんども殺そうとするんですが、それを知ったブラックジャックは、財産を投げ打って瀕死の重傷の彼を助けようとするんです。
そして、成形手術を施し、狙われないようにするんです。
そのサラリーマンは、ブラックジャックに聞くんです。
なぜそこまでして私を助けようとするんですか?
そうするとブラックジャックは、いいます。
「あなたが、助けられるより、私が助けられた時の方が数倍うれしかった」と

motosukeさん。に同じ言葉がいいたいです。
皆さんからいただいた。義捐金10万円がなかったら、北海道行きの7000円のフェリーに乗っていき、再起を図ることが、できませんでした。
だから今度は、私が、恩返しする番なんです。
いやさせてください。お願いします。
「万波先生は患者さん本位の医療を行っている」
難波紘二・広島大学名誉教授が病気腎臓移植について講演
徳洲新聞 2006年(平成17年)11月27日 月曜日 No.546 1面より
●難波紘二・広島大学名誉教授は、宇和島徳洲会病院の万波誠・泌尿器科部長(副院長)らが行った腎移植について、広島大学医学部内の広仁会館で特別講演を行った。


難波 紘二(なんば こうじ)
1941年、広島市生まれ。広島大学医学部卒。
72年、呉共済病院臨床病理科医長。
74〜76年、米国立がん研究所病理部に留学。
82年から広島大学総合科学部教授。
専門分野は血液病理学、生命倫理。

難波先生は、この間の一連の医学界とマスコミの報道に対して、講演の冒頭で論点を整理すべきだと述べ、
・病気の臓器は移植できないのか?
・透析開始後、残された腎臓はどうなるのか?
・病気腎臓移植は「生体臓器移植」なのか?
・病腎移植に当たり、守るべき倫理とは何か?
の4点を挙げた。


「日本移植学会の一部幹部は、病気の腎移植はできないと発言されています。今回のケースでは、腎動脈瘤、腎結石、腎がん、尿管がんなどが含まれています。がんのために摘出した腎臓を取り出して移植に用いたため、病気の腎臓を移植に使うことに恐怖感を覚えている方が多いと思います。日本人の死因の3分の1はがんだけに、怖いと思われたのでしょう」


腎臓の場合、遺伝的背景や生活習慣病のない透析患者さんに腎を移植すれば、多くの場合正常に機能し始める。今回問題になったのは、腎がんのあるドナー(臓器提供者)の腎臓から、がん部分を除去して移植した点だ。難波先生は、「万波先生は、患者さんに戻すかどうかの基準を画像診断上4cm以上か以下かで分けている。これは『腎細胞がん』と呼ばれる種類のもので、万波先生の腎がん摘出は国際的な基準に適合していると判断しています」と語る。


「摘出臓器のがん部分を除去した後は、患者さんに戻すべきだ」との意見に対しては、次のように指摘する。 「腎臓を摘出する時には、腎動脈を縛って切断し、さらに電気メスで断端を焼いて、出血を止めます。この瞬間から体内に残った動脈は収縮を始めます。つまり、戻せと言われても短くなっているから、腎臓側の動脈にはつなげません。だから大動脈が分岐した先にある、内腸骨動脈につなぐ以外に方法はありません。元の位置には戻せず、どうしても体内に戻すのなら、骨盤内に入れるしかありません。この手術に要する時間は8〜10時間。高齢者の方にはとても耐えられない手術です。その点をメディアの方々は理解しておられないのです」


がんの腎臓でも、場合によっては移植できる

腎臓がんと聞いて、そんな腎臓とは縁を切りたいという患者さんが圧倒的に多いだろうと、難波先生はいう。一方、がんを患った臓器を移植すると、移植された患者さん(レシピエント)にがんが移るのではないかとの危惧を抱く人は少なくない。しかし「がんは遺伝子の異常が背景にあり、伝染病ではない。がん部分の除去が仮に完全でなくとも、人体は外からのがん細胞に対して選択的な拒絶反応を起こします」と難波先生。また万波医師らに対しては、腎がんや尿管がんがあった腎臓の移植について、「きちんとしたデータを開示していないが、自分たちが正しいことをしたと思うのなら、症例数、生存率をデータにして出していただきたい」と、世界的にも画期的な手術だけにデータを積極的に公開すべきだと訴えた。


別表にある米国のシンシナティ大学が05年に医学誌で発表した論文によると、腫瘍のある腎移植での、「ドナーとレシピエントの両方を合わせた」生存率は、3年生存率が100%、5年生存率で93%だ。強力な免疫抑制剤が、それを可能にしているという。また、もし万波医師らが、がんのある腎臓移植を発表していれば世界初になったし、「ネフローゼ症候群」腎の移植手術結果を発表すれば、世界初の快挙になるだろうと語る。


日本では、万波医師たち以外にも、腎動脈瘤のある腎臓を移植した例がある(別表)。この中には、移植学会の幹部がOKを出したケースも含まれていると難波先生は指摘している。そして、切除された臓器の所有権については次のような見解を述べる。
「廃棄される定めの腎臓を使って移植を行うのは、私から見ると、壊れて捨てられたステレオやテレビなどの粗大ゴミを拾って再利用するのと同じ。それのどこが悪いのでしょうか? 万波医師たちには、リサイクルという発想の転換があり、大都市の指導的立場の医師にはそれがなかった。つまり、病気の腎臓でも、例外はあるが、移植に利用できるということを示したのが、万波さんらの功績ではないでしょうか」



日本の医療費は年間32兆円超(05年度、厚生労働省)。その内、26万人と言われる人工透析が占める割合は約1兆円。現在、透析患者さんは26万人。年間1万人が人工透析に入り、その内の50%が糖尿病に由来する腎不全。
「なぜ人工透析が増え、腎移植は少ないのか。経費から考えれば移植のほうがはるかに安く、患者さんの生活の質(QOL)がいいことははっきりしています」



ドナーとレシピエントから同意を得ていれば、基本的には問題ない
病理医の立場から、難波先生は人工透析の患者さんの腎臓についてこう語る。
「70〜80年代初頭に掛けて、病理医として透析中に亡くなった患者さんの遺体を150例ほど解剖しました。そこで見たものは、廃用性萎縮です。腎臓を残したままで人工透析を受けると、腎臓は急速に機能低下していきます。週に2回ないし3回の透析を受けると、1〜2週間で腎臓は縮み始め、個人差がありますが、半年か1年経つと縮んで繊維化します。透析が続けば続くほど、腎臓が働かなくなるから、当然尿が出なくなる。また、10〜20年と透析を続けると『透析腎がん』に罹患する危険性が非常に高いのです。がん化の確率は数%もあります」
 病気腎移植については、難波先生は以前からの考えどおり「病気腎の移植は、法にいう生体臓器移植ではない」と言い切る。「ある全国紙は病気腎移植を生体移植と書きましたが、臓器移植法に照らしてもそれは当たりません。同法が制定された時代には、このような事態を予想していなかったのです」


病気腎を移植する行為は、倫理面ではどうなのか。難波先生は、法的には問題ないとしながらも、移植には次の4点を順守すべきであるという考えでいる。
・患者さんからの臓器摘出が医学的に必要であり、ご本人の移植への同意が得られていること。
・取らなくてもいい臓器を摘出してはならない。
・摘出された病変部位を、病理医が検査・診断して確認を行う。
・臓器の移植を受ける患者さんが、急性もしくは慢性の拒絶反応などを起こす可能性があるとのリスクを承知していること。


「医療の現場は、書物を読んで考える世界ではありません。医師と看護スタッフと患者さんとの、人間関係で動いています。そこで一番重要なのが信頼関係です。患者さんが医師に『お任せします』と言うのなら、私見では同意書は絶対に必要な案件ではない。皆さんは簡単に臓器保存ができると考えておられますが、ウィスコンシン大学(UW)が『UW保存液』を開発したので、74時間だけ保存できるようになったのです。今の日本で、外部の人を入れた倫理委員会を74時間以内に開けるかというと、そんな体制の病院はない、と考えます。私見ですが、倫理委員会にかけろと言うのは、言うはたやすいが、実行は不可能な、つまり空論です」


その後の質疑応答では、病気腎移植について「まず移植ありきではないか」と、摘出腎臓、手術の判断、摘出腎の所有権等について質問があった。これに対し難波先生は、「摘出された腎臓がんを調べるのは病院病理医の仕事。当然、臓器移植に病理医が関与すべきです。しかし、病理医不足の現状では、手術前にドナーとレシピエントから同意を得ていれば、病理検査が事後になっても、やむをえないと思います」と答えた。


また、病理医には全診療科の情報と検体が入ってくるので、院内での倫理面チェックの適任者であり、病理医はそうした自覚を持って働かなくてはいけない、と答え、「倫理委員会など、公開性を求める声はメディアがつくり上げたもの。手続きだけが完璧でも事態はよくならない。救急救命と同じで、困っておられる患者さんに何ができるかを考えるのが医療です」とメディアを批判。さらに、「患者さんは、本当の名医と、口先だけがうまい医者の見分けが必要です。そうした知識と眼力を持っていれば、名医に掛かることができるのです」と付け加えた。



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深刻化する献腎の慢性的な不足
臓器移植ネットワークの視点から移植医療を見る
徳洲新聞 2006年(平成18年)11月27日 月曜日 No.546 5面より
●一連の騒動でたびたび名前の挙がる「臓器移植ネットワーク」とはどのようなものか、またそもそも移植医療のための臓器提供の現状はどうなっているのか。一人の移植コーディネータに話を聞いた。

わが国の透析患者数は約26万人。1年に約1万人増え、最近の調査では最長透析歴は37年3カ月だった。1年間の透析導入患者数は3万5000人以上、死亡患者数は約2万人。日本の透析患者さんは年々増加している。
 慢性腎不全の治療の選択肢として透析と腎移植があるが、免疫抑制剤の進歩などで移植腎の生着率は高まっている。にもかかわらず、人工透析の導入者が年々増えていく一方で、移植医療の件数はその増加に追いついてはいない。
 脳死や心臓死をされた方のうち、臓器を提供してもよいという人(ドナー)やそのご家族の意思を活かし、臓器を提供してもらいたいという人(レシピエント)に最善の方法で臓器が贈られるように橋渡しをする。それが、(社)日本臓器移植ネットワークだ。同ネットワークで愛媛県を担当するのは、移植コーディネータの菅成器さん。


「かつては、腎臓を摘出した医師が一つは自分の施設や同じ県内の患者さんに使い、もう一つは他県にシェアするという・ワンキープ、ワンシェア・が原則でした。しかし平成9年に『臓器の移植に関する法律』(移植法)が施行され、移植を希望する方に公平に提供するようになりました。つまり、多くの献腎(死後に提供される腎臓)がある県、たとえば愛知県は比較的多いほうでしたが、そうした県から出る献腎はほとんど他県へシッピング(搬送)されて使われることになりました。ところがその結果、地元から出た腎が地元で使われない傾向が出始め、これを是正するために、全国を7つのブロックに分け、その中で優先的に使われるようになったのです。


とはいえ、地元で出た献腎が地元で使えないことで医療機関のモチベーションが低下、一方では成立した移植法で、臓器提供の条件として脳死判定と本人の意思が必ず必要であるかのような間違ったイメージが広がり、あたかも臓器移植のハードルが高くなったかのような錯覚が起きました。
 心停止後の臓器移植は本人の意思ではなく、ご家族の同意があれば可能。重要な点は、心停止後の臓器提供の議論が置き去りにされた形になってしまっていることです」


100年に1回のチャンスとも言われる
移植ネットワークは死体からの臓器献体を扱い、東日本(東京)、中日本(名古屋)、西日本(大阪)に20名の移植コーディネータがいる。さらに全国の各県で1名が活動している。「愛媛県で対象になるのは、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、小腸。そのほかにアイバンクで眼球を扱っています。移植法の成立以後、全国的に献体が少なくなり、愛媛県での死体腎は昨年4月に1例ありましたが、その後1年半以上まったくありません。脳死下での臓器提供もゼロで、全国的に見てもわずか49例のみです。はっきり言って1人のコーディネータでは、県内をカバーし切れていないのが実情。


しかも脳死下での臓器提供が可能な施設を重視しがちだから、心停止での提供が可能な施設への働き掛けまでなかなか手が回りません」現在、愛媛県内で献腎を待っている登録者は120名。長い方になると20年以上待っているという。献腎は1年に1〜2件上がる程度だから、「100年に1回のチャンス」とさえ言われる。


透析医療での地域格差も背景に
愛媛県内で人工透析を受けている方が約3000人、人工透析の可能な病床は1300床だ。夜間透析や1日2クールの実施などを考えると、それほど不足している数とは思えない。だが実際にはそうとばかりは言えない。「県内の中核都市には、人工透析の施設がある程度バランスよく配置されていると思います。しかし、その周辺地域が問題。たとえば宇和島市内ではいいのですが、周辺の山間部や海沿いから通うのは非常に大変で、2時間以上掛かることもあります。都市部とこうした地域での透析には、やはり違いがありますね」
 苦しい透析患者さんの生活を目の当たりにし、しかも献腎が出てこないとすれば、生体腎移植も考えざるを得ない。この生体腎移植は、移植ネットワークとは別に、いくつかの医療機関で移植学会のガイドラインなどに沿って、それぞれの医師がそれぞれの判断によって行っている。


「生体腎は誰が誰に斡旋すべきなのかを決めるのが、非常に難しい。万波誠先生は本当に患者さんの苦境を救いたいと考え、臨床医としての結論を導き出されたのでしょう。しかし、誰に提供すべきかの公平性は確保されるべきです。さらに日本全体としては、献腎を何とか増やしていくことこそが本道。提供の可能性のある時に、タイミングよくご家族に話していただける病院のシステムづくりが大切です。
 たとえば、福岡県では献体のお願いを県の立場で行っているパンフレットをつくって病院に置き、協力を呼び掛けています。よくマスコミなどで、移植医療を待つ幼い子どもが紹介されると多額の寄付金が集まります。お金だけは集まるのが日本の特徴で、海外で高額な移植を受ける姿も目にします。助けるという気持ちがあれば、臓器提供のことをもう少し考えていただけたらと思います」


アメリカでは、献腎による移植手術が年間1万5133件行われている。日本の857件(いずれも2003年)と比べると驚くほど多い。その上、人口比で考えた場合、実は先進国の中で日本は極端に低い件数となっているのだ。
 血縁者間だけの生体腎移植を考えれば、わが国の少子化傾向も加わり、さらに限定されたものになるのは間違いない。では実際、非血縁者間の移植にはどのようなリスクがあるのか、さらに病気臓器の移植はどこまで可能なのか。基本的には圧倒的に不足する献腎の数を何とか確保しながらも、さらに生体腎をも含めた移植の可能性を徹底的に探るべきだろう。


OPTING IN
●本人が生前、臓器提供の意思を示していた場合または家族が臓器提供に同意した場合、臓器提供が行われる。
※日本では脳死で提供する場合、本人の意思表示かつ、家族の同意が必要。
OPTING OUT
●本人が生前、臓器提供に反対の意思を文章で残さない限り、臓器提供をするものとみなす。臨床の現場では家族の反対があれば実際には臓器提供をしないことが多い。
出典:社団法人日本臓器移植ネットワーク「日本の移植事情」より

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万波医師を激励する手紙
全国から続々と寄せられる応援の声
徳洲新聞 2006年(平成18年)11月27日 月曜日 No.546 8面より
●現在、宇和島徳洲会病院(愛媛県)には応援の手紙や電話によるメッセージ、メールが続々と届いている。そのほとんどが、万波誠・泌尿器科部長(副院長)に対する励ましだ。一部をご紹介したい。

宇和島徳洲会病院の松田勝次事務次長は、「病院に寄せられた手紙や電話、メールは約100件にも及びます」と話す。中でも、万波泌尿器科部長が執刀した腎臓移植患者さんからの励ましの声が、最も多いという。
 最初にご紹介するのは、ご主人の腎臓提供で手術を受けた患者さんが、退院時に病院に寄せられた手紙である。


「私の体の中で幸せを刻み始めた」
 おかげさまで、こんなに元気になって帰れる今日の喜びと感謝の気持ちを、万波先生をはじめスタッフの皆さまにどのように伝えようとしても、言葉が足りません。
 腎臓移植は、私にとって他人事だと思っていましたが現実となって……。この病院に適合検査に来て、万波先生の言葉を聞くまでは不安一杯でしたが、120%自信があるという先生の言葉に何の不安も迷いもなく、安心して手術を受けることができました。
 これだけの手術をしたのだから、しばらくは家族の者に付いてもらわなければいけないのかと思っていましたが、看護師さんたちから細やかなお世話を受けて何も困ることはありませんでした。手術後の立ち上がりでも、傷の痛みを感じることはなく、しばらくして歩くことができました。



最新設備が整ったこの病院は365日24時間眠らないようで、私たち患者側にはとてもありがたいことです。とはいえ、万波先生はじめスタッフの皆さまに、心身ともに休める時はあるのだろうかと案じています。
 私のいる部屋からは朝、明るくなった空に鳥たちが羽を広げて羽ばたく姿が見え、目を移せばどこまでも続く海がキラキラと輝いています。まるで、自然の中で生命の鼓動を感じているかのようです。万波先生の手で、新しく命をつないでいただいた主人からの愛情一杯の臓器。私が生き続ける限り、強く鼓動せよと受け取った新しい腎臓は、確かに私の体の中に今の幸せを刻み始めました。
 この病院に巡り合わなかったら、この幸せはなかったでしょう。これからは私の自己管理へと移ります。皆さまの好意を無にすることなく、元気に長く機能させる努力をしたいと思います。本当にありがとうございました(女性・S)。


「お父さんの釣ったマグロを食べたい、と」
万波泌尿器科部長が、以前勤務していた市立宇和島病院で腎移植手術を受けた患者さんの息子さんからも、お便りがあった。この患者さんは、2度の腎移植を受けておられるとのことだ。


私の母は、17年ほど前に市立宇和島病院で祖母からの臓器移植を万波先生に執刀していただきました。その7年後、祖母にもらった腎臓が機能しなくなり、最終的に父が名乗りを上げ、再度の腎移植。ドナーである父は1カ月ほどで退院、後日母も無事退院し、ここ10年元気に暮らしています。術後に母に頼まれて(中身は確認していませんが)謝礼を万波先生にお渡ししに行ったら、「お父さんの釣ってきたマグロが食べたい」と謝礼を断られました。涙が止まりませんでした。


おそらく、元気になってくれるのが最良の報酬だと言ってくださったのだと思います。『白い巨塔』のような話は一切ない方です。マスコミが事情を調べず、つまり今の医学の法的に未整備な部分に着目せず、何百という病に苦しむ人を助けてこられた先生一個人を責めるのはおかしいのではないでしょうか?
 憤りを通り越してあきれる以外何もありません。真実は、そこにいた人間しか知らないのです(男性・Y)。


万波医師に感謝されている方からのメール
腎移植を受けて、万波医師に感謝されている方からのメールも紹介しておこう。


「私の死後、臓器を提供したい」
 28歳の時に万波先生の移植手術を受けたおかげで、その後元気に過ごしています。先生には私の死後、臓器を提供します。年末には実家に帰りますので、病院に寄らせていただきます(男性・T)。


「藁にもすがる思いで、患者は移植を受ける」
 余命1カ月と言われていた主人が、子ども(17歳3カ月)から肝移植を受け、今は元気でいます。病人や患者は、藁にもすがる思いで移植を受けます。先生はそれに応えておられるのに批判を受け、大変だと思いますが頑張ってください(女性・T)。


「腎不全だった息子は元気に頑張っている」
 万波先生にひと言。息子の腎不全に対して、3年前、母親から移植していただきました。おかげさまで、息子も東京で元気に頑張っております。これからも、数多くの患者を助けてください(男性・M)。


一方マスコミに対して、憤りを感じておられる方も少なくない。根底にあるのは、「患者の立場」の視点が欠如していることへの怒りである。


「マスコミ人には透析の知識がない」
 ネットの記事やブログにも多くの意見が掲載されていますが、万波先生に対して批判的なものは少なく、擁護派が多いです。一般人は冷静に捉えており、マスコミの対応を冷ややかに見ています。マスコミの人は透析の知識がないまま記事を書いているようで、(透析はすごくいいかのような)間違った情報が流れているのが残念です(男性・T)。


「透析患者の苦しみを本当にわかる人」
 私は、仙台で人工透析を10年受けております。毎日毎日合併症やうつで苦しんでおりますが、今回のマスコミの騒ぎで私は、万波先生は透析患者の苦しみを本当にわかってくださっているのだと思いました。私は透析患者になってから、すっかり医療不信に陥っていました。この騒ぎも、ひょっとして透析医学会の圧力かと思ってしまったほどです。万波先生、どうか頑張ってください(女性・M)。


「透析から解放されるなら移植を希望する」
 患者は少しでも可能性があれば助かりたいと思うし、病気の腎臓でも透析から解放されるなら移植手術を希望すると思う。日本の法律がどうなのか知らないけれど、万波先生は自分のことよりも患者のことを考えている素晴しい先生だと思う。助かりたいと思っているだけなのに、法律によって制限を受け亡くなっている人たちがたくさんいる、日本の現状をこそ問うべきだと思います(男性・T)。


 愛知県の医師からは、医師と患者の信頼関係が第一とする万波泌尿器科部長への支持を表明するメールが届いている。この医師も、医療には医師と患者の信頼関係が不可欠であると指摘する。


「医師と患者は信頼関係が第一」
 今回の臓器移植に関する騒ぎは大変残念なことですが、病院、万波先生には何も恥じるところはなく、医療行為としてはまったく問題はなかったと考えます。インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の文書が不十分との報道がなされているものの、万波先生が言われるように、医師と患者の間に信頼関係があれば文書の取り交わしなど、どうでもよいと思います。文書は医師、患者の双方を守るとされています。しかし、近年の風潮は、患者より医師を守ることばかりに重点が置かれており、患者に不安感、威圧感を与えるばかりの不快な内容がほとんどです。
 移植学会に入っていないことも問題視されていますが、知識、技術、経験があればいいわけで、学会は勉強の一つのツールに過ぎないでしょう。私も以前同学会の会員でした。それでも、犬の器官移植しかしたことがありません。
 権威主義、事大主義に負けずに頑張ってください。病院と万波先生が、今後も腎不全の患者さまを多く助けていかれることが社会に対する回答になるはずです(男性・K)。


「同意書は医師や病院の責任逃れ」
 今回の移植問題を、万波先生の決断に敬意を持って見ています。同意書を取らなかったことには、先生の人柄が表れているのではないかと察せられます。同意書は、医師や病院の責任逃れ以外の何物でもありません。「失敗しても我々の責任ではない、あきらめなさい」と言われているようなものです。信頼関係があってこその、医師と患者ではないでしょうか(男性・M)。
 今回の一連の報道で、宇和島徳洲会病院には受診を希望される患者さんから問い合わせが殺到している。万波泌尿器科部長は、「いつでも相談を受ける」と話している。


「万波先生にぜひ診てもらいたい」
 腎臓移植を検討していましたが、今回の報道で万波医師の実績を知り、また患者本位の考え方をお持ちのように感じ、ぜひ受診してみたいと連絡させていただきました。大阪から伺いますが、直接外来受付で診察を申し込めばよいのでしょうか?(男性・K)


○万波泌尿器科部長から皆さまへ
 私は毎週、月・火・水・木曜日の午前中はいつも、外来患者さんを診察しています。いつでも相談に乗らせていただきますので、ご連絡ください。いつでも私につながります。
宇和島徳洲会病院
TEL:0895−22−2811(代表)
FAX:0895−22−2777

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万波医師インタビュー
徳洲新聞 2006年(平成18年)11月20日 月曜日 No.545 1面より
●困っている患者さんのためにできることを追求する
「腎臓移植に第3の道」を
宇和島徳洲会病院 万波誠副院長
 
宇和島徳洲会病院(愛媛県)の万波誠副院長(泌尿器科部長)は、1977年以来630例を超える腎臓移植手術を行ってきた。今回、疾患臓器の移植の是非を巡り、一気にクローズアップされてきた腎臓移植。腎臓病の患者さんに対する万波副院長の考え方を訊いた。

――
1970年代にアメリカに留学されたことについて、一部で「手術に悩んで」と報道されましたが……。
万波
下手な手術では、患者さんに悪いと思ったからです。そこで、医療の先進国であるアメリカの医療を学ぶために留学しました。
――
帰国されて77年に最初の腎移植手術をやっておられます。当時の医療状況と現在を比べると、どのように変化しているのでしょうか。
万波
医療技術も薬も、格段によくなりました。ただ私は、腎臓や膀胱を病んだ患者さんを診る単なる泌尿器科医です。患者さんを、よりよく治すという考えしか持っていません。
――
現在、人工透析を受けておられる患者さんは全国に26万人と言われています。
万波
人工透析の患者さんは、山を越え、海を渡って片道2時間も掛けて病院に通ってこられる。雪が降ったり、嵐の時には通院することができず、どれくらい不安であることか。異所性石灰化(「異所性石灰沈着症」とも呼ばれ、骨以外の軟部組織にカルシウムが沈着してしまうこと)で、耐えられないほどの痛みや痒みに悩んでおられる患者さんの姿を見るにつけ、生活の質(QOL)を上げるためにどうすればいいのかと考えるのは、当然のことです。
――
透析だけが患者さんを生かす道ではないと。
万波
そのとおりです。確かに透析は大切です。それで健全な生活を送っておられる患者さんもおいでです。しかし透析を続けていく中で、耐えられないほどの痛みや倦怠感から、何とかしてほしいと訴えてこられる患者さんは少なくありません。
思うように働くことができない、このままでは結婚もできないという方もおられるのです。たとえば、糖尿病性腎症は平均寿命が短い。アメリカで人工透析を受けている糖尿病患者さんの多くが、腎臓移植手術を受けているのには、そうした事情があるわけです。
透析以外に移植という選択肢があることを伝えるべき
――
日本では、昨年度の生体腎移植の手術件数が834例と報告されています。
万波
腎臓移植は、治療法の一つです。私は必ず患者さんに、「移植手術を受けても、決してバラ色の人生が待っているわけではありませんよ」と話しています。私は、亡くなられた作家の吉村昭さんに懇意にしていただき、こう言われていました。「万波先生、手術をしたらバラ色の人生が待っていると患者さんに言ってはいけませんよ」と。それを肝に銘じているからでもありますが、実際に1〜2年で透析に戻る方もおられるのです。また、薬の副作用という問題もあります。ですから、透析で満足しておられたり、腎移植に対して疑問を抱かれている方に手術を強要するようなことは、あってはならないと考えています。
――
つまり、患者さんのお考え次第であるということでしょうか?
万波
そのとおりです。徳洲会グループの病院には現在、3,200人を超える患者さんが人工透析の登録を行っておられます。しかし、その数字を誇ってはなりません。透析を行うだけでなく、医療情報と正確な医療知識を患者さんに公開すべきであると考えます。たとえば、「腎移植の方法がありますよ」と医者が言ったとしても、最終的な決断は患者さんの裁量に委ねられるのは当たり前のことです。
――
腎移植に対して、いろいろな意見が出ています。
万波
「移植は恐ろしい」とばかり言うよりも、そうした選択肢があると言わなければいけない。患者さんがよりよい生活を送ることができれば、それに越したことはありません。
手術はやるのではなく「やらせていただく」という姿勢で
――
現状では、腎臓病の患者さんに正しい医療情報が伝わっていないのでしょうか。
万波
患者さんを二の次にして、まず収入を考える医師や病院が存在することは確かです。実際、透析は病院の大きな収入源になりますからね。しかし、苦しんでおられる患者さんに対しては透析だけでなく、移植という道もあると教えるべきです。もしその病院で手術が不可能であれば、ほかの病院を紹介すればいい。それをしないのはケチな話で、「島国根性」と言っても差し支えありません。
 なぜ、移植の観点がないのか。世界の医療の趨勢から考えれば、移植は選択肢として当然のことです。
――
日本の医療レベルが低いということですか。
万波
移植手術は、技術を含め変わってきています。いい医療を患者さんに提供するためには、医師たちはもっと勉強すべきです。極端に言えば、徳洲会グループの病院以外にいい医師がいるのなら、迷うことなくそこに紹介状を書いて、患者さんに行っていただければいいと思います。
 現在、当院には地方からも患者さんが来られています。しかし、徳洲会グループでは屋久島徳洲会病院(鹿児島県)からの患者さんが1人だけです。
――
「第3の道」と言われる臓器移植について。
万波
私は「破棄される腎臓の再利用について」(No.545 3面参照)でも述べていますが、透析患者さんがその苦しみから解放されるのであれば、生体腎移植、死体腎移植のほかに、摘出された腎臓を使うべきだと考えています。
――
インフォームドコンセント(十分な説明と同意)についての考えをお教えください。
万波
今の患者さんは、いろいろな医療情報を持っておられます。インターネットなどで、情報が得られる時代なのです。そうした方々に移植について説明を行うのです。
 私は、医師と患者さんとは、「信頼関係」が大きいと思っています。信頼関係が成立しなければ、患者さんには手術以前に透析さえもさせてはいただけません。それができないとしたら、医師に力がないということです。
 いい医療を行えば、患者さんは可能性を求めて病院にやってこられます。患者さんにとって、手術というのは大変なこと。それだけに、不信感を抱かれないようないい医療を行うことが肝心です。そしてまた、手術に際しては常に「やらせていただく」という姿勢が不可欠であると考えています。

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徳洲新聞 2006年(平成18年)11月20日 月曜日 No.545 3面より
●疾患腎移植について万波副院長が見解を公表
11月2日、愛媛県の宇和島徳洲会病院の倫理委員会は、2004年4月の開院から今年9月までの腎移植78件について調査した結果、そのうち11例が病気のために摘出された腎臓が使用されていたと発表。それに関連して7日、同院では疾患腎移植について説明する記者会見が開かれ、万波誠・副院長(泌尿器科部長)が疾患腎を移植に用いる理由や意義についてまとめた以下の文書を公表した。同副院長は約1時間半にわたり、症例ごとの説明を行った。

「破棄される腎臓の再利用について」 万波 誠
今、利用できる腎臓なら元に戻すべきであるという議論がなされています。私達、泌尿器科医の仕事の一つはできる限り腎臓摘出をさけることです。患者の腎臓の状態が悪くても、それを治療し患者の体内に残すこと、すなわち腎臓摘出をしないことが大切です。これは私達の基本的な姿勢であります。
 しかし、どう考えても腎臓摘出が必要な場合に遭遇することがあります。例えば、腎臓癌は画像上の診断で、4cm以上あるときは根治的腎摘をするのが一般的になっています。4cm以下の場合は腎部分切除をして、腎臓を残すことになっています。
 特に2〜3cmの小さいものになると腎部分切除術の対象になるわけです。私も今までにそういった症例を20例以上は経験しましたが、いまだかつてその腎臓に癌が再発した症例に遭遇したことはありません。
 それでも患者によっては癌のある腎臓はどうしても切除して欲しいと強く要望されることが稀にあります。腎癌が小さく、再発のリスクが低いことを詳しく説明しても、癌の再発の可能性を危惧し、患者自身が腎摘を強く希望されることがあります。そういう偶発的な腎摘があれば、その腎臓を透析患者に再利用する可能性がでてきます。勿論、その腎臓を再利用する許可を受けなければなりません。その後、体外に摘出し、特殊腎保存液で4度前後で保存し、腎癌部分切除をします。この腎臓の移植を受けるレシピエントの透析患者には、この腎臓は癌を持っていた腎臓で、癌周辺の部分は完全に切除しているが、将来癌が再発する可能性が数パーセントある事を説明します。
 このように患者との相互理解のうえでその腎臓を移植することになります。
 次に、腎動脈瘤のことについて述べます。
 腎動脈瘤が主腎動脈上にある場合は、比較的容易に瘤を切除することができます。腎動脈にパッチ等をあてることで修復できます。しかし、腎動脈瘤が腎門部に近い場合、又は腎門内に入り込んだり腎内にある場合は、切除する事が容易ではありません。その上、腎動脈瘤より小さい2〜3本の腎動脈枝がでていることが稀ではありません。その場合、手術は一層困難なものになります。
 瘤をまず剥離し、そこからでている動脈枝を一本一本確認し、瘤を切除するわけです。その後、それらの血管を全て狭窄をおこさないように吻合しなければなりません。そういった困難な手術の場合、私は体外に腎をとりだし、顕微鏡下でそれらの血管吻合をすることにしています。それでもうまくいくとは限らず、吻合部狭窄、閉塞等の恐れはあります。そうやって、修復された腎臓は、多くは血管吻合、尿管尿管吻合、尿管膀胱吻合等をして、盲腸の近くに自家腎移植をします。手術時間は5〜8時間近くかかります。
 若い人であれば耐えられますが、高齢者や状態の悪い人にとって、そういった長時間に及ぶリスクの高い手術は、相当な負担になります。そういった場合、主治医は簡単に腎摘を行うか、長時間に及ぶ複雑かつ困難な手術を行うかの選択に迷います。
 対側の腎臓が健全なら、その瘤のある腎臓を摘出した方が患者にとってプラスになります。なぜなら腎摘出は1〜2時間で比較的容易になされるからです。
 基本的には修復できる腎臓は修復し、その患者に戻すことが大原則であることは間違いありません。
 ただ、ひと言で修復といっても、簡単なものから、困難なものまで非常に大きな幅があり、また、その修復を行う医師の技量や経験も大いに関係します。
 一つ方針を間違えば、患者を大変な苦境におとしいれることにもなります。
 また、腎癌に対する患者の反応も一様ではありません。
 修復し、残せる腎臓はその患者に残すべきであるということはその通りだと思います。しかしその過程において、患者は必ずしも一様の反応を示すわけではありません。
 こういった難しい選択の問題は、今始まったことではなく、何十年、何百年前より医師につきつけられた事だと思います。
 最近では医療技術の著しい向上や、すぐれた腎保存液により長時間(72時間)臓器が保存できるようになったこと、また、腎移植で使用する免疫抑制剤が、飛躍的に改善されたこと等により、今まで全て破棄されていた腎臓が少数ではあるが有効に再利用されるチャンスがでてきました。医療行為が続く限り、一般手術の上で腎摘はさけられません。その中でも再利用され透析患者に移植される腎職は非常に少なく、数パーセントしかありません。
 しかし、この腎臓を使用することにより、透析患者が1人でも、2人でも、透析から解放されるのであれば、生体腎移植、死体腎移植に続く第3の道(大変細い道ではあるが)として、このような医療行為も残っていてもいいのではないかと考えます
徳洲新聞に載っていた写真を取り込んでみました。トップ画像に使えそうなら使って下さい。
http://www.tokushukai.jp/rt.html
提供腎移植に関する調査結果を公表
宇和島徳洲会病院内部調査委員会
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月11日 月曜日 No.548 4面より
11月26日、宇和島徳洲会病院(愛媛県)で万波誠・泌尿器科部長(副院長)執刀による11件の病気腎移植について記者会見が開かれ、同院内部調査委員会が調査結果を公表した。

調査結果を公表する貞島博通院長(中央) 記者会見には宇和島徳洲会病院の貞島博通院長と松原淳副院長、院外調査委員会委員の宇佐見方宏弁護士が出席。親族間のドナー(腎臓提供者)とレシピエント(腎臓をもらう患者さん)の続柄調査、提供腎11件の聞き取り調査の結果などについて公表した。
 11月10日(7名)、11日(6名)、13日(1名)の聞き取りは、公正を期すため元日本弁護士連合会副会長で東京弁護士会会長を務めた菅沼隆志弁護士に委嘱。同弁護士の判断で調査を行い、さらに透明性を担保するため録音を行った。なお、13日の1件に関しては、熊谷吏夏弁護士が担当した。
 この聞き取りには、同院関係者は傍聴はもちろん、会議室への立ち入りも行っていない。
 今回の調査は、腎臓の摘出、移植について同意書がなかったことから、提供腎の移植11件についてドナー、レシピエントに同意の有無等を確認することが目的。両弁護士からは、全件が口頭ではあるものの、当事者の皆さんは自由な意思で摘出、あるいは移植を受けたものと判断されるとの報告があった。
 調査事項として、ドナーに対しては摘出することの同意、病名、摘出の必要性の説明、他の治療方法の選択肢の説明、第三者に対し移植することの説明と同意、移植後の状況の聞き取りを行った。
 一方レシピエントには、本件移植以前の腎移植経験の有無、病気で摘出された腎の移植であることの説明、どういう腎臓の病気であったか病名の説明、移植に伴うリスク・副作用についての説明、病気摘出腎の移植を受けることの同意、親族間で移植を受けられない理由、移植後の状況について聞き取りを実施した。
 その結果、レシピエントの2名から、「病気腎移植であるとの説明は受けたが、病名までは聞いていなかった。しかし万波医師を信頼しているので、何の問題もない」との回答があった。
 現在、ドナー、レシピエント共に、全員の健康状態は良好。就労者の方は早朝から勤務し、貨物船に乗船したり、立ち仕事などに従事されたりしているという。また、外国籍などの理由でドナーとレシピエントの親族関係が未確認であった5件は、2件で外国人登録証などの公的文書から親子、きょうだいと確認。1件は内縁関係だが、生活実態から事実上の夫婦と認められた。残る2件については、1件が移植患者さんが亡くなっており、遺族からの協力が得られなかったケース。もう1件はドナーが海外移住していることから聞き取りができなかった。これについては、引き続き調査を継続するとしている。



今後は専門委員会で調査を行う方向
調査委員会では、以上の報告を了承。ただし、摘出の正当性、説明と同意が、医学的見地から見て十分であったかどうかは、今後専門委員会で調査することとした。
 同院以外で摘出された5件については、先方の病院に調査を依頼、全件回答を得ている。その内訳は、4件が摘出の必要性、他の治療方法の選択肢の説明、第三者に移植することの説明と同意があった(うち3件は書面による同意)。残る1件では、摘出の必要性、他の治療方法の選択肢の説明はあったが、第三者に対し移植することの説明はなかったと報告されている。
 摘出の正当性に関する調査は、先方の病院に任せている。
 専門委員会の設立と今後についてだが、泌尿器科医2名、腎臓内科専門医1名、移植専門医1名、病理専門医1名、徳洲会所属医師1名で委員会を構成するとしている。具体的な人選は、各関係学会に候補者の推薦を依頼。構成メンバーに関しては、専門委員会が発足し、各委員から氏名公表の承認を得た後に公表する。
 同委員会の調査目的は、病気摘出腎の移植の適否について、白紙の状態で医学的見地から判断することにあるとしている。
 その内容は、


腎摘出の適応性についての調査

病気摘出腎の移植適応性の判断基準

初めに移植ありきではなかったかどうか

免疫抑制法に関する調査

腎移植後の経過(生着率・生存率)

インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の存否

とし、万波医師からも説明を求めるとの認識を示した。
 同委員会の開催日等は未定。できれば年内に開きたいが、場合によっては来年1月になる可能性もあるという。
 会見翌日の新聞各紙には「2人、病名知らされず」、「移植腎の病名知らず」といった見出しが揚げられたが、そのお2人の患者さんが「手術を受けてよかった」と話されていることについて触れた記事は一切なかった。



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「移植への理解を求める会」設立総会
腎臓移植患者さんなど120名が参加
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月11日 月曜日 No.548 4面より
11月26日、愛媛県宇和島市のえひめ南JA会館で、「移植への理解を求める会」の設立総会が開かれた。会には腎移植を受けた患者さんをはじめ、120名が参加した。

『移植への理解を求める会』には120名が参加 野村正良・えひめ移植者の会会長の挨拶で始まった「移植への理解を求める会」の設立総会には、腎臓移植患者さんなどが参加。まず近藤俊文・えひめ移植者の会顧問(市立宇和島病院名誉院長)が、来賓として挨拶を行った。
「万波誠先生は70年代から移植を始められた。その仲間として一言申し上げます。臓器移植で生体を使うのが邪道なんですよ。出発点がそこ、一番大切なこと。(臓器提供は)愛の贈り物、プレゼント。死なれた方から頂戴してそれを生きている方が使わせていただく、これが根本原則です。それで、我々も万波先生もスタートしたわけです。
 日本の場合、臓器移植法案が出る前に脳死について患者さんをそっちのけで議論されたように思います。
 結局死体腎が出ない、脳死腎が出ないという状況です。日本で年間、脳死の方が8,000人で、そのうち半数は利用できるものかもしれないのに、実際に提供されているのは多くて5例。近代国家としては、脳死腎の移植はあり得ないのです。日本で移植が行われていると思っているのは錯覚。あるのは、何とかして手に入れた腎臓を使うというもの。
 移植への理解を深めるためには、原点に返る必要がある。60年代終わりか70年代初めのように、もう一度脳死臨調を行って臓器移植法を考え直さなければ、おそらく日本での臓器移植はなかなか発展していかないだろう、そう感じています」
 同会のこの日の参加者は、鹿児島など県外からの方を含め120名。その内訳は腎移植患者さん、万波誠・宇和島徳洲会病院泌尿器科部長の受診を受けた方とそのご家族、一般の方がそれぞれ3分の1ずつ。また同会の会員数はえひめ移植者の会の100人と合わせ、700人との報告があった。
 さらに、特別参加の広島県呉市の「光畑先生を励ます会」も移植への理解を求める会を支援する旨を伝えるとともに、1万5,000名の署名が集まっていることを明らかにした。



厚生労働大臣らに要望書提出

『移植への理解を求める会』の代表世話人と幹事 総会終了後の記者会見では、代表世話人に向田陽二さんが選ばれたのをはじめ、幹事10人の選出と近藤名誉院長の顧問就任が発表された。
 幹事の一人となった愛媛大学の吉田亮三教授は、「私は腎移植者ではありませんが、マスコミの報道は書類と準備が不十分だと言う。一方医学者は、病気腎を使うなど考えられないことだと言う。しかし万波先生は、患者さんが苦しんでいる状態を何とかしたいと、寝食を忘れて取り組んでおられる。まさに医の原点であり、その実践ケースではないでしょうか。マスコミにお願いしたいのは、指摘だけで終わってもらいたくないという点です。患者さんたちに、生きる希望を与える記事を作っていただきたいということです」と語った。
 そして移植希望者が多いのにドナー(臓器提供者)が不足していること、そうした現状を変えていきたいと幹事たちは訴えた。
 活動方針は、以下の4点だ。


病気腎移植問題で、批判の矢面に立たされている万波先生を支援するため、各種活動を展開。
高度な医療技術を持つ万波先生とグループの先生方の医療活動を、改善すべき点は改善した上で、今後も継続できるよう関係機関に要望していく。
病気腎の移植は進まぬ移植医療に新しい道を開くものとして、十分な検討を加えた上で利用が広がるように訴える。
移植本来のあり方として、献腎(死後の腎臓提供)を広く呼び掛けていく。
 また、「万波先生の移植医療問題について」と題する要望書を、代表世話人名で厚生労働大臣や総理府などに送付することを全会一致で可決したとの報告も行われた。
 要望書では、「私たちが一番危惧するのは、今回の臓器移植問題によって、高度な医療技術を持つ万波先生とそのグループの先生方が医療活動を続けられなくなる事態に陥ることです。万一そうなると、患者と家族にとって、地域にとって、また国にとっても大きな損失になると思います」と記し、病気腎移植の継続を訴えている。




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シリーズ・検証 腎不全と移植治療2
献腎移植はなぜ増えないか?
古賀祥嗣 東京西徳洲会病院 腎臓病総合医療センター長
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月11日 月曜日 No.548 5面より
腎移植では心臓死下での提供が可能。さらに心臓死であればドナーカードが不要で、家族の同意のみで提供できる。だがこのことを知らない医療関係者が多いのが現状だ。

古賀祥嗣センター長 日本では1968年に最初の心臓移植が行われました。この時のドナー(臓器提供者)が本当に脳死だったのか、レシピエント(移植を受ける患者さん)は本当に移植が必要だったのか。そのことが、後に大きな問題となって広がりました。
 捜査結果によると、真相解明はできなかったとしています。しかし、その一件が移植医療に対する社会不信を招き、長年にわたり日本の移植医療を停滞させる原因となったことは否めません。もちろん、それ以降も臓器移植は行われていましたが、脳死のドナーを必要とする心臓移植は一度も、肝臓移植は一部の例外を除いて実行できませんでした。
 臓器移植法は94年に国会に提出されたものの審議は先送りにされ、大幅修正を経て97年にやっと成立を見ました。同法の中では「脳死を死と認めるか」という大問題を、「脳死で臓器提供する場合に限って、脳死を死と認める」という変則的な解釈で解決しています。




日本での腎移植の実績
出典:社団法人日本臓器移植ネットワーク『日本の移植事情』より まさに、世界に例を見ない法律です。さらに脳死での臓器提供は「本人の提供意思を記した意思表示カードがあり」、加えて「家族が承諾する」という二重の条件が、法律で義務付けられました。これもまた、世界的にまれな厳しい条件です。
 諸外国ではどうか見てみると、多くの国において、臓器提供や移植に関する法律が定められています。
 脳死については、法律で脳死を死と定めている国、あるいは法律には規定せず、医学会、医師会などの判断によって脳死を死と認めている国があります。臓器提供の条件としては、本人の意思が最優先されることは当然ですが、本人の意思が不明の場合は家族が提供を承諾すれば可能とするのが一般的です(アメリカ、カナダ、オーストラリアなど)。
 また、ヨーロッパを中心に、「本人が臓器提供を拒否する意思表示をしていなければ、臓器提供が可能」という法律を制定している国もあります(「推定同意」という。スペイン、ベルギー、オーストリアなど)。なお、世界保健機関(WHO)による「臓器移植に関する指導指針」(91年5月)では、臓器を提供できる条件は「本人意思が最優先で、不明の場合は遺族の意思による」と規定されています。



腎移植では脳死ではなく心臓死下での提供が可能

東京西徳洲会病院で行われた腎移植手術 日本において、臓器提供が少ないのは脳死下で提供しづらい法律だけの問題でしょうか? 違うと思います。特に、腎臓移植では脳死ではなく心臓死下での提供が可能であることや、心臓死であればドナーカードは必要でなく家族の同意のみで提供できることなど、医療関係者でも知らない人がたくさんいるのではないでしょうか?
 というのも、心臓死下の腎臓移植は91年の234例を最高に減少し、2002年には112例にまで減っているからです(その後微増している)。04年で言えば、日本での死体腎移植数が173例であるのに対し、アメリカにおいて行われた死体腎移植数は7005例でした。この大きな数字の開きは何でしょうか? 法律が厳し過ぎるからでしょうか? 日本人とアメリカ人の死生観の違いでしょうか? そんな言い訳は、いい加減やめたほうがいいと考えます。
 どれだけの日本人が、海外で腎臓、肝臓、心臓の移植を受けていることでしょう。臓器も石油や食料と一緒で他国頼みでいいのか? いい加減目を覚ましましょう。これは、臓器提供を待つ患者さん、臓器提供の意思があるのに亡くなられた患者さんやそのご家族の存在に目をつむっている医療人に、一番の原因があるのではないでしょうか?
 さまざまな考え方があるとはいえ、臓器移植という治療法に対する理解と協力が、医療人としてすべての医師、看護師、その他コメディカルに対して求められていると言えるのではないでしょうか?



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広島県でも医師支援会を立ち上げる
光畑直喜医師を励ます署名、2万件に届く勢い
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月11日 月曜日 No.548 5面より
中向井健治さんは、呉共済病院(広島県呉市)で腎臓移植手術を受けて以来、何とか執刀した医師に恩返しをしようと考えていた。その矢先に起きた今回の移植を巡る騒動。中向井さんは患者さんたちに呼び掛けて、「光畑医師を励ます会」を立ち上げた。

中向井健治さん 広島県呉市在住の中向井健治さんは、昨年の9月に奥さんの腎臓を提供してもらい呉共済病院で生体腎移植手術を受けた。術後、苦しかった病気との闘いはすっかり様変わりし、生活の質(QOL)も大きく向上した。
 今年の4月、中向井さんは手術の執刀医である光畑直喜医師に何とか恩返しをしようと思い、とりあえず患者会の立ち上げを考えた。そして、看護師さんなどを通じて、病棟などで参加を呼び掛けるチラシを10月初めから配っていた。



突然起きた病気腎移植騒動の中で
そんな中、11月6日に病気腎の移植手術をしたとして、マスコミが執刀医である光畑医師の名前を挙げ、院長はまったく知らないことだったと記者会見を行った。一部では光畑医師の処分もあり得るとの報道もなされた。
 光畑医師からは、「そちらに迷惑が掛かるかもしれないから、患者会の活動はいったん中止したほうがいいかもしれません」と、中向井さんに連絡が入ったという。
 だが、マスコミの報道に光畑医師を非難するニュアンスが強かったため、中向井さんは患者会の立ち上げを決意。呉市内の会館で、28人の患者さんを集めて設立の会合を開いた。
「当初は参加した患者さんたちの足並みもそろわず、活動内容や役員さえ決まらないありさまでした。とりあえず会の名前を『光畑医師を励ます会』と決め、まず署名活動を行っていこうという程度のものでした」と中向井さんは語る。
 ところが、会の結成がNHKで放映されると、入会希望者からの問い合わせが相次ぎ、移植患者さんだけでなく、光畑医師の治療を受けたことのあるがん患者さんや、泌尿器科の患者さんも合流することになった。
「そこで11月中に1万人を目標に署名活動をし、12月の初めに病院側に光畑医師の診療を継続してもらえるよう請願することにしました。呉駅の街頭で呼び掛けると、皆さんが頑張ってくれと声を掛けてくださり、1週間ほどで3,000人を超える署名が集まりました」


奥さんからの腎移植で、生活は一変
中向井さん自身は、25年ほど前に健康診断で腎臓機能が低いことがわかり、紹介を受けて呉共済病院を受診。腎臓が60%ほどしか機能していない腎不全と診断された。
「『死に病だなあ』と、何となく思いました。それから薬を飲み続けていましたが、母親の死をきっかけに急激に腎機能が低下し、とうとう3年半前にシャントの増設が決まり、その10日後には血液透析を始めたのです。
 しかし週3回、1日4時間ほども時間が取られ仕事にならないので、腹膜透析に変更することになり、この時に初めて光畑先生に出会いました」
 腹膜透析開始後も、症状は一進一退を繰り返し、腹膜透析の精度も落ち始めた。そこで、血液透析と腹膜透析の併用も試みたが、足はしびれ、集中力を欠くようになってきた。会社の売り上げも下がる一方、中向井さんは精神的にも肉体的にも限界となったため、腎移植を決意した。
 「実は松山市内に親戚がいて、その近所に万波誠先生から移植手術を受けた方がおられました。最近は血液型が違っても移植ができるから、あなたも考えたらどうかと言われたのです。光畑先生からも移植の話を聞き、妻との適合検査の結果、移植可能だとの診断が出ていました」
 こうして昨年9月に、奥さんからの提供で生体腎移植手術が行われた。しかし、術前にはクロスマッチ検査が陰性だったものが、術後に陽性に転じ症状が悪化、直ちに血清交換が行われ、何とか乗り切れたそうだ。
 「光畑先生は非常にまめに病棟に顔を出し、常に経過を細かく説明してくださいました。血清交換の後に、かなり危険な状態だったと言われましたが、こうした事例は珍しいので学会で発表したいとも話されていました。私と同じような人がいたら、参考になるでしょうということでした」
 手術後2カ月近くで退院。周囲からは「あんたはよかったね、いい嫁さんがいて。私だったら旦那にはやらんよ」などとからかわれたが、術後の生活は一変、移植手術前に想像していた状態をはるかに超えて改善された。「もちろん、透析という負担がなくなることが大きいですが、食事制限もほとんどなくなり、生きる気力が戻ってきたことが最も大きかった」と中向井さんは振り返る。



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ワイドアングル 特別版3
座談会「腎臓移植をしていなければ今の生活はない」
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月11日 月曜日 No.548 8面より
宇和島市内で「移植への理解を求める会」が発足したが、設立総会の終了後に腎移植を受けた方3名とご家族1名、同会の一般会員の方1名に参加していただき、万波先生と患者さんの関係、移植前と移植後の生活について話していただいた。

向田陽二さん
福山美寛さん
西本功さん

出席者
向田陽二さん(57歳・会社経営)
福山美寛さん(46歳・会社員)
西本 功さん(78歳・農業)
大山敏郎さん(仮名、59歳・会社経営)
大山良子さん(仮名、52歳・主婦)


楽になりたいと、真剣に自殺を考えたことがある

――
腎移植をされた向田さんと福山さん、大山さんは人工透析を受けておられますが、どれくらいの期間でしたか?

福山
私は小学校2年生で蛋白尿が出て、輸血の必要があって友人たちからもらったのですが、抗体が出てしまいました。透析は22歳から始めましたが、万波誠先生からは「よう、ここまで生きておられたなあ」と言われました(笑)。25歳で移植手術を受けるまでの3年間、抗体の治療もしながら、入院して透析も受けました。血圧の下が50という低血圧なのでつらかったです。何度も「透析を止めたい」と先生に訴えましたよ。

大山
私は半年間、人工透析を受けました。週に3回の透析は、受けた者にしかわからないほどつらいものです。透析がうまくいっている人もいますが、週に3回、1回5時間ですから、仕事には制限が生じるし、子どもがまだ小さかったから、将来のことを思うと不安でしたね。透析は、とにかく痒みがすさまじい。引っかき過ぎて、風呂に浸かると痛かった。

福山
本当につらかった。何度も、死んだほうがいいとさえ思ったほどです。

大山
私も、死を考えました。生命保険に入っているから、家族に迷惑を掛けずに済むと真剣に考えたものです。

――
大山さんの奥さまのご苦労は大変だったでしょうね。

大山(良)
料理の塩分を控えなければいけないのですが、それが大変でした。減塩醤油はとてもまずいんです。そこで、レモンや酢で代用したり、香辛料としてカレー粉を使うなど、いろいろと工夫を凝らしました。一方で、家族の食事も作らなければなりません。

大山
家族の食事が、うらやましく思えてならなかったですよ。それと水。今でこそ自由に水を飲めますが、水分制限が厳しかったですね。喉がカラカラになって、冷蔵庫の前にたたずんでいたことさえ……。飲む量が限られているので、氷水にしたり、お茶は目一杯熱くして一気に飲まないようにしました。

大山(良)
口の中のインパクトが強くなるように、ミカンの缶詰やヤクルトを凍らせたりもしました。


従兄弟が「俺のええほうの腎臓をやってくれ」と

座談会出席の全員から万波医師を支持する声が
向田
代表世話人に選ばれたから、記者会見は疲れましたよ。万波先生が疲れるわけや(笑)。しかし、マスコミはもっと勉強してくれんと話にならん。上辺の質問ばっかり。ちゃんと調べてから来るべきですよ。

――
向田さんも透析をお受けになられたんですか?

向田
私の透析は、わずか5日間だけです。平成12年の年末に、ちょうど厄年だったんですが、疲れが取れず、体がむくみ、顔色は真っ黒。忘年会が続いていたので酒を飲み過ぎ、下痢が1カ月も続きました。
 年が明けた正月の3日に、ある病院の近くに来ていて胃潰瘍で世話になった先生に診てもらったら、「大変な数値だ」と。そのデータをもらって、知り合いの内科医に相談すると、「これは入院せなあかん」と言われたんです。その先生は、万波先生と同期だそうです。
 それで1月5日に、万波先生の診断を受けました。普通なら、薬をもらって帰れるはずなのに、薬が出てこない。すると先生から、「透析か移植手術しかない。そうせんと、命のうなるよ」と言われ、戻って内科の先生と相談し、すぐに入院しました。

――
そこで透析を受けられたわけですか。

向田
数値が上がっているから、透析を5回してから移植しましょうということでした。ところが、右手のシャントが3回でつぶれ、首筋にシャントし直したんです。

――
ドナー(腎臓提供者)はどなたですか?

向田
兄弟全員が名乗りを上げてくれましたが、血液型が違っていたんです。すると従兄弟が引き受けてくれて、万波先生に「俺のええほうの腎臓をやってくれ」って。おまけに「悪くなったらその腎臓を俺に戻して、もう一つの腎臓をやる」とさえ言ってくれました。

――
大山さんは、何歳で腎移植手術を?

大山
38歳の時です。その7〜8年前から腎臓が悪く、松山市内の病院の泌尿器科で人工透析を受けるようになりました。ところが蛋白尿が出るようになって入院。
 たまたま、見舞いに訪れてくれた部下が万波先生の腎移植手術を受けていて、彼の紹介で昭和61年4月に市立宇和島病院で移植手術を受けました。ドナーは当時62歳だった母親です。

福山
私も、ドナーは母親です。大山さんが退院される少し前に、同じ病院に入りました。私が手術を受けるまでに3年も掛かったのは、抗体を治めるまでに時間を要したからです。その治療は万波先生から「東京で成功例があるけど、やってみるか」と訊かれ、やりますと。でも、透析の5時間と合わせて9時間ですから、しんどかった。

大山
本当に、見るからにつらそうでした。実は福山さんのことをよく知っているのです。私が4月初めに手術をし、彼は4月末に手術を受けたのです。




透析時代と比べ今は天国と地獄ほどの違い

腎移植手術中の万波医師(右から2番目)
――
万波先生の第一印象はいかがでしたか?

大山
一見して信頼できそうで優しく、包容力を感じさせる方で、家内とともにいろいろと詳しい説明を受けました。両親と弟の血液型が一緒で、数日後に皆で先生を訪ねて検査を受け、当初親父がドナーになってくれる予定でしたが「拒絶反応を起こす可能性がある」と診断され、お袋に代わりました。
 退院するまでに1カ月が掛かりましたが、退院時に万波先生から「睡眠と食事に気を配り、仕事せんといかんよ」と言われたのです。守りに入ってはいけないという先生の言葉が、とてもありがたかった。退院後は休日を別にして、一度も会社を休んでいません。移植後に透析時代のことを思うと、まさに天国と地獄です。(全員、うなずく。)

――
皆さんは市立宇和島病院で手術を受けられたわけですが、万波先生が宇和島徳洲会病院に移られてから、どうされたのでしょう。

向田
皆、徳洲会病院に移りました。何しろ、一対一でやってくださる先生だから。こんなことがありました。私は何でも先生と相談するんですが、5年前ですが、飲みなさいと出してもらっている免疫抑制剤を大分に出張した時、持っていくのを忘れたんです。そこで先生に連絡したら、「すぐに帰れ」と叱られました。それまでは、薬名を覚えようとしていなかったほどです。

大山
抑制剤は、個々人の体質に合わせて調合されていますから、町の薬局で間に合わせることができないのです。

向田
一対一で患者と対応してくださる先生だから、万波先生にすべてをお任せしています。

大山(良)
主人が今治に転勤した時、万波先生に「遠くから通うのは大変だろうから」と近所の病院を紹介されました。しかし、主人は「検査を受けるのは嫌だ」と薬をもらうだけ。それでは困るとその病院の先生に言われたら、主人は万波先生のところまで通ったのです。

向田
風邪引きでも何でも、電話を掛けるとすぐに、「何だ!?」と言って応対してもらえるのです。

福山
移植の先生が少ない理由の一つに、アフターケアを嫌がられる傾向があるのではないでしょうか。

西本
私は腎臓病ではありません。今日の「移植への理解を求める会」に参加したのは、一面識もない万波先生がいい医者だと思ったからです。私は小学校1年生の時に肺病で吐血し、いろんな先生に助けていただいた。絶望の淵に立つ患者の立場になってみれば、とても一方的な批判をする気にはなりません。だから周囲の人に会への参加を呼び掛けているのです。
 私は「万波医師に救われた命もある」という一文を愛媛新聞に寄せました。責めを万波先生に科すのは酷だというものです。これまで困難な腎移植手術を数多くされてきたことを、評価すべきであると私は思います。「万波先生は今66歳。後何年、移植ができるか。またマスコミの人たちに、何ができるかを考えてもらいたい」ということを強く言いたいですね。

大山
私たちを含め、万波先生がいなければ死んでいたという人がほとんどです。

向田
病気腎移植でもいいと言われる希望者は多いのです。ドナーの数がとても少ない現在、病気腎移植を学会に認めていただきたいと思います。
「残念で悲しい」と万波医師
臓器売買事件の被告発言に無念さ隠せず
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月18日 月曜日 No.549 4面より
12月5日、松山地裁宇和島支部において臓器売買事件で臓器移植法違反の罪に問われている宇和島市の水産会社役員、山下鈴夫(59)、同社社長の松下知子(60)両被告の初公判が行われた。両被告は起訴事実を認め、検察側はそれぞれ懲役1年を求刑、即日結審した。
 公判の中で松下被告は、宇和島徳洲会病院の万波誠・泌尿器科部長は「ドナー(臓器提供者)が他人で、対価(を渡すこと)も知っていた」と発言。これを受け、報道各社が万波医師の関与を疑う報道を行っている。
 公判直後、同院の貞島博通院長は「事実無根の発言。すでに捜査は済んでいるはず。万波医師の性格や診療方針、日頃の患者さんとのかかわりなどから見ても関与はなかったと確信している」と記者会見で話した。
 万波医師も「義妹と紹介され、信ずるに十分な言動、態度であった。第三者であるとは、事件発覚までまったく知らなかった」、また、「売買は違法と説明している。金品のやりとりはまったく聞いていないし、決して口にしていない」とあらためて強調。さらに「事実であれば、私も逮捕されるはず。なぜそうした発言をするのか、医師としてとても残念で悲しい」と無念さをあらわにした。



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シリーズ・検証 腎不全と移植医療3
古賀祥嗣 東京西徳洲会病院 腎臓病総合医療センター長
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月18日 月曜日 No.549 4面より
『日本の腎不全医療は血液透析偏重』
血液透析は、果たして腎不全医療の選択肢として最善のものなのか。国際的に見ても、日本は患者さんに多大な負担を強いる血液透析に偏重し過ぎてはいないだろうか。

 

出典:
図1,2ともにUSRDS(米国腎臓データシステム)2005
Annual Data Report 腎不全医療における治療方法の選択実態を示すグラフを、まず見ていただきたい。図1は、血液透析と腹膜透析の比率を見たものである。透析の方法は大きく分けて、血液透析と腹膜透析の2種類。血液透析は機械に血液を通して濾過し、腹膜透析は自分の腹膜を濾過装置として使う。この図を見ると、日本が先進国の中ではきわめて血液透析に偏重していることがよくわかるだろう。
 さらに、図2の人口100万人当たりの移植患者さんの数でも、日本は先進国とは思えないほど低い数字を示している。
 つまり、日本における末期腎不全医療はかなり透析に依存し、その中でも血液透析に偏ったものとなっていると言えよう
。 では、日本の血液透析が生存率、生活の質(QOL)ともに他の治療法(腹膜透析や腎移植)より優れているというエビデンス(医学的な根拠)があるのかというと、必ずしもそうではない。むしろ、いくつかの研究を見る限り生存率はほぼ同等であり、QOLに関しては腹膜透析のほうが優れているという報告が多い。
 次に血液透析と腎移植との比較では、明らかに生存率もQOLに関しても腎移植のほうが優れている。具体的な数字を挙げると、血液透析の5年生存率は約60%だが、腎移植は90〜95%(10年では血液透析が40%で移植は80〜85%)。このような結果があるにもかかわらず、血液透析だけに偏重している原因は何か?
 ここで、考えなければならないことは、腎不全患者さんが透析を導入しなければならなくなった時に、導入を行っている病院がどんなところで、誰が患者さんにインフォームドコンセント(十分な説明と同意)を取っているのかという点だ。
 実際には、大学病院や大きな総合病院には腎臓内科などの専門診療科があるため、こうした医療機関で透析を導入する場合がほとんどである。
 良識ある腎臓内科医は、エビデンスから腹膜透析と血液透析の長所、短所を説明している。だが、そうでない医師は単に血液透析の説明しかせず、患者さんは腹膜透析の存在も、移植医療がこれほど優れていることも知らされないのだ。
 徳洲会グループでも約3,700人の透析患者さんがいるが、大半の施設が血液透析のみを提供している。グループ自らがこのような血液透析偏重の腎不全医療から脱却した時、初めて日本の腎不全医療が変わっていくのではないだろうか?




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移植医療で医師を支援する動き活発に
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月18日 月曜日 No.549 4面より
先月9日、愛媛県松山市で「えひめ移植者の会」(野村正良会長)が一連の腎臓移植の報道に対して、宇和島徳洲会病院の万波誠・泌尿器科部長を支援するために「移植への理解を求める会」の発足を発表、同月26日には120名を集め宇和島市内で設立総会を開いた。一方、呉共済病院(広島県呉市)で移植医療にかかわった光畑直喜医師を支援する「光畑医師を励ます会」(中向井健治代表)が行った署名運動では、3万人を超える署名が集まった。
 こうした中12月5日には、高知県の宿毛市在住の寺田博俊さんの呼び掛けで「高知県西部地区万波誠先生を支援する会」(寺田博俊会長)が発足した。「宿毛市のほか四万十市、土佐清水市在住で、泌尿器科の疾患でこれまで万波先生にお世話になり、あるいは現在も継続的に治療を続けている患者が10名集まりました。移植など、万波先生が行ってきた地域での先端医療の灯を消すことがないようにという思いです」と語る寺田会長。
 同会の8人は前日の4日、宇和島徳洲会病院を訪れ、設立を報告した。 また、9年前に万波医師の手で病気腎の移植手術を受けた岡山県の林秀信弁護士は、インターネット上で「病気腎移植推進・瀬戸内グループ支援ネット」(下記参照)を立ち上げ、信頼性の高い情報の提供を開始した。




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必要なのは科学的な眼
毎日新聞「記者の目」を読んで
難波紘二 鹿鳴荘病理研究所所長

徳洲新聞 2006年(平成18年)12月18日 月曜日 No.549 4面より


難波紘二
鹿鳴荘病理研究所所長
12月5日付の毎日新聞朝刊「記者の目」に載った大場あい記者(科学環境部)の記事「病気腎移植の万波誠医師 必要手順 踏むべきだった〈練達の頼れる人〉ゆえ」を読んだ。
 大場記者は一橋大学社会学部出身で「生物は高校でしか学んでいない、大学でも物理、化学、生物は受講していない」とインタビューの際に私に認めた。また、「手術室、剖検室に入り、実際の手術や病理解剖を見たことがあるのか?」という私の質問には、「見たことがない」との返事だった。
「東京のどの大学病院の病理部にでも紹介するから、あなたは一度現場に行き、人から間接的に聞いて記事にするだけでなく、実地を自分の目で見なさい。それが〈記事は足で書け〉と言われるジャーナリストの鉄則です」
 私はそう言うとともに、「きちんと生命倫理を勉強しなさい」と文春新書の『覚悟としての死生学』も献本した。
 だが、その後彼女から「手術と剖検を見学したい」という申し出もないし、拙著を読んだ形跡もない。それどころか、彼女の構成による11月27日付「闘論」での、私と大島伸一・移植学会副理事長の討論を見ると、大島氏は明らかに私の意見を事前に知らされ、それを踏まえて反論を書いた形跡が認められる(私の取材は11月22日、大島氏の取材は同25日に行われた)。
 これは明らかに、この種の構成記事のルール違反である。



「ものの見方」にかかわる姿勢の問題
なぜ、大場記者はあえてタブーであるルール違反を犯したのか? その理由が12月5日の記事を読んではっきりした。彼女自身が、大島氏と同じ意見の持ち主なのだ。
 おこがましくも、自分の意見の方向に世論を誘導しようとする姿勢がありありとうかがえる。これは「科学者の目」ではない。「イデオロギストの目」である。
 目の前の事実を直視し、観察し、そこから作業仮説を形成していくのが科学者だ。それは教育的バックグラウンドが科学であるか社会学であるかには、直接関係しない。要は、人間としての「ものの見方」にかかわる姿勢の問題と言える。
 大場記者は「病気腎移植を厳しく批判する移植医」がいるという。ならば、その実名を挙げるのが当然ではないか。実名で「病腎移植を原則容認する」米本昌平、粟屋剛、難波紘二などの生命倫理学者、太田和夫、相川厚などの移植医療のベテランがいることも、明らかにするべきだろう。
 この「記者の目」欄は、記者個人が「社説に反する意見」でも公表することのできる、唯一の場であると聞く。だが、そのことは執筆者の責任が不問になる、ということではないはずだ。
 おそらく、毎日新聞松山支局の津久井達記者は勇気を奮って、12月1日付の同欄に「万波=赤ひげ論」を書いたのであろう。東京本社科学環境部の大場記者は、それに反論する形で、今回の記事を書いた。その責任は彼女が負わなければならない。
 大場記者は、腎臓の手術がどのように行われるのか、術中にどのような検査が行われるのか、麻酔医、看護師、看護助手、検査技師、執刀医、執刀助手が何人いて、どれほど手術場に出入りしているのか、摘出臓器はどのように処理され、病理検査はどのようになされるのか、病理診断書はいつ、どのように書かれるのか、まったく知識と経験がない。そういう人物が、「科学環境部」という東京本社の席を与えられ、自分の「無知の知」を自覚せず、単純な正義感と思い込みだけで記事を書く。危険なことだ。
「必要な手順 踏むべきだった」という主張は、「ルールをまず作り、それからやるべきだ」という主張と同じものだ。それは法と現実のダイナミズムに関する歴史的理解をまったく欠いた意見である。法があって現実が生まれるのではない。現実の後に、法が整備される。法はいつでも、現実の後をついていく。
 臓器売買は、国外だけでなく、国内でもすでに多く行われている。宇和島で露見したのは氷山の一角に過ぎない。だからこそ、粟屋氏も私も「一定条件下では、臓器売買を認めるべきだ」と主張している。
 宇和島事件の背後に、そういう現実があることを直感できないようでは、ジャーナリストとしての資質に欠けると言われても仕方がない。そういう人物は、一度本社を離れて、どろどろした地方の現場に赴任すべきである。そうすれば、毎日の「科学環境部」も少しはまともになるかもしれない。



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病気腎移植のドナー、レシピエントの本音
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月18日 月曜日 No.549 5面より
愛媛県の宇和島徳洲会病院は、2004年の開院から今年9月までに行われた腎移植78件のうち、11例に病気のために摘出された腎臓が使われていたことを発表した。明らかにされたこの病気腎移植は、社会にその是非の議論を巻き起こした。今回、同院の万波誠・泌尿器科部長(副院長)から病気腎移植手術を受けたドナー(腎臓を提供した方)、レシピエント(移植を受けた方)6名の方に話を伺った。
病気を治すのが医者の役目。病気腎移植の結果で判断すべき
阿部政信さん(仮名)は、免疫性の腎臓疾患を突然発症し、長い闘病生活の後、50代で腎臓を摘出。その腎臓は1つずつ、2人の患者さんに移植された。その後、阿部さん自身も病気腎移植を受けることになった。つまり、阿部さんはドナーでもあり、レシピエントでもあるわけだ。
 それまで健康だった阿部さんが、免疫性の腎臓疾患を発症したのは20代の時。わずか半日で自分の靴が履けなくなるほど足がむくみ、顔までも膨れ上がった。
 地元の病院に駆け込むと、そのまま腎臓病専門の病院へと搬送された。それから半年後に退院、普通の生活に戻ることができたが、10年ほどで病気が再発してしまう。
「当時、受診した病院で紹介されたのが万波誠先生。何でも“腎臓病で有名じゃ”ということやった。都会の専門病院と同じ診断内容と治療だったんで、田舎の病院でもちゃんと診てもらえると安心した」と、阿部さんは当時を振り返る。
 それから数十年、入退院を繰り返した阿部さんは、万波医師に訴えたそうだ。
「『先生、体がだるくてつらいから、腎臓を取ってほしい』って自分から頼んだ。けど、先生からは『あわてんで、もう少し様子見よう』と言われて。だから、マスコミが他の治療もせず急いで腎臓を取ったなんて書いているのは、ウソや。よう調べもせんで。当の本人がそう言うんやから」
 50代で腎臓を摘出することになった阿部さんに、万波医師は次のように話したという。
「ひょっとしたら、この腎臓が他の人に使えるかもしれん。使えるかどうかはやってみらんとわからんが、その時は使こうてもいいか」
 阿部さんは「その時の説明は、10〜15分くらい。私は『もういらんから、先生の好きにしてくれ』と言うた。万波先生には長く世話になっとるし、十分に納得できた」と語る。
 その後、阿部さん自身も病気腎移植を受ける。
「万波先生から『腎機能を見るクレアチニン数値が3くらいの腎臓が移植できそうなんやけど』と説明された。私は長く患ってきたから、このくらいの数値なら普通の生活ができることがわかる。だから『それでもいいです』って返事して、移植してもらった。
 その腎臓の疾患名は詳しく聞かんかったが、知る必要はなかった。万波先生からは『わしが移植する腎臓を確認して納得できんかったら、手術はやらん。期待はせんで、手術室で待機してくれ』と言われた」
 そして、阿部さんはこう続ける。
「偉い人たちやマスコミは、頭から『こんなのできるわけがない』、『使える腎臓だったら戻せばいい』とか勝手なことを言いよる。考えられん。
 腎臓を摘出されたほうも、移植を受けたほうも、手術を受けて満足してる。私らの立場から見たら、患者よりも医者を審査する倫理委員会を設けてほしい。こっちにはたくさん患者を治しよる医者がおって、あっちには文句を言いよる医者がおる。病気を治すのが医者の役目やろ。移植が成功している病院があるんなら、きちんとそこを見てから判断してほしい。
 ルールの問題はあったかもしれんけど、万波先生は患者のことを真剣に思うとる人ですよ。今は普通の生活ができて感謝してます」
 しかし、病気腎移植がマスコミなどで非難されて以降、その道は閉ざされている。
「今は体の具合がええけど、もし移植した腎臓が駄目になったらと思うと……。何とか今の腎臓に踏ん張ってほしい。万波先生のおかげで、この田舎でも腎臓病に対する意識は高いし、いつでも移植できるような体制になっとる。病気の腎臓でも移植できるチャンスがあれば、腎臓が駄目になっても希望が持てるんです」と、最後に阿部さんは強調した。



“絶対、ワシが助けてやる”万波先生から心強い一言
橋本啓司さん(仮名)は、40代で腎不全になった。その時には、身内の方から提供してもらった腎臓を移植したが、数年で腎機能がなくなった。その後、家族の方から再移植。だが、十数年後には再び腎不全となった。
 3回目の手術で病気腎移植を受けた橋本さんは、その経緯をこう説明した。
「2回目に移植した腎臓が駄目になった時、もう身内からもらえる腎臓もないし、レシピエントとして後がなかった。
 病気腎移植は、少しでも機能する腎臓ならいいと思うて、お願いした。万波先生からも説明されたけど、病気腎移植を受けた患者さんからも話を聞いてたから、手術の流れについてはだいたい理解していた。
 移植を受ける順番はよくわからん。なんぼ腎臓があっても、自分に適応しなかったら仕方ない。もう少し早く、この移植ができてたら、社会復帰できて仕事も辞めなかったのに」
 橋本さんに、病気の腎臓を移植することに抵抗がなかったか訊ねた。
「万波先生からは、がんの疑いがある腎臓だと事前に聞いていた。『取って調べてみらんと、本当にがんかどうかはわからん。がん細胞をきちんと取り除くけど、リスクはある』と家内も一緒に説明を聞いた。でも、移植してもらえる腎臓もほかにないし、後がなくて体がしんどいから『やってください』と頼んだ」
 病気腎移植ができなくなりそうな状況を、橋本さんはどう思っているのだろうか。
「日常生活に支障はないです。最近の報道で、世間の人は『また悪くなったら、万波さんに頼んだらいい』とか言う人がおるけど、冗談じゃありません。透析生活は大変なんですよ。
 ただ、患者のすべてが病気腎移植を待っているわけじゃないから。『病気腎はいらん』と言う人もおるし、移植をやってうまくいかなくて、移植そのものが嫌な人もおる。でも私の場合は、シャント(血液を安全に取り出しやすくする器具)がうまく入らんし、透析するなら死んだほうがええくらい、透析生活はつらい。皆それぞれ状況は違うんよ。万波先生は『若い人が透析を受けるのを見るのはつらい』と言ってたけど、私は万波先生に命を預けとるから。
 私は、病気腎移植を受けて本当によかったと思うています。たとえ1年でも2年でも、透析生活から離れられたらええから。健康な腎臓を移植しても、何カ月間かしかもたない人もおるし、病気腎でも長く元気な人もおる」
 病気腎移植について、橋本さんの考えを伺った。
「どこかの泌尿器科の先生が『腎臓は1対で機能が100%発揮される』と言っていた。しかし、腎臓をくれた私の家族の腎機能は正常で、病気もしたことない。だから、ほんとにこの先生は、患者のことを何も知らんのかなと思う。
 病気腎移植に否定的な患者さんもいますが、私も体調がいい時は他人のことがあんまり気にはならん。でも自分がその立場だったなら、病気腎移植の手段を選ぶ人はたくさんいるはずです。
 身内から腎臓をもらえない人もいるわけだから、病気腎移植の道が閉ざされたら、絶望的です。私の子どもが『腎臓をあげてもいいよ』と言うんやけど、絶対に我が子からはもらえん。病気腎移植を規制するより、未来がある若い人の腎提供を禁止するルールを作ったほうがいいのではと思います」
 橋本さんは万波医師について、「万波先生から『絶対、ワシが助けてやる』と言われたことがある。患者にとって、医者のそんな一言はものすごく心強いよ。万波先生は、患者に対してものすごく心のある医者や。
 私は聞き取り調査でなく、厚生労働省の人たちにもっと患者の本当の声を伝えたい。私の体調が悪くなると、万波先生が非難されそうやから、気を付けて生活しています」と語り、話を結んだ。



病気腎でも他人のためになるなら、提供してよかったと思っている
加藤春江さん(仮名)は、腎臓疾患のために60代で片方の腎臓を摘出した。加藤さんの腎臓は摘出後、透析治療を受けている患者さんに提供された。
 加藤さん宅に向かうと、同席されたご主人とともに、その経緯について説明を受けた。
「腎臓を摘出する3年くらい前から、万波先生に診てもらってました。いよいよ、片方の腎臓が駄目になって摘出しなきゃならんようになって、万波先生から『摘出したほうがええ』と説明されて、手術を受けました。おかげさまで、年に数回病院に通う程度で、体調はええです」と春江さん。
 ご主人は、この万波医師の説明の場にも立ち会った。
「私も同席して話を聞きよったけど、医学用語は使わずに私らにもわかるように説明してくれたことを覚えてます。難しい言葉で説明されても私たちはようわからんので。説明の後、同じ病気になった人や身内に相談したら、摘出したほうがいいと言うと思うて、万波先生の診断を信じた。
 それでも、子どもたちが『ちゃんと話を聞きたい』言うから、子どもたちにも万波先生が説明してくれて、皆が納得して手術を受けたよ。
 ワシも、家内が万波先生にお世話になってから、健康には気を付けよう思うて、年に1回は宇和島徳洲会病院で検査してもろうとる」
 摘出された腎臓が移植に使われたことについて、春江さんは納得している。
「宇和島でも、冬になると山間部では雪が積もる。透析を受けなきゃいかん人は、通院だけでなく経済的にも大変やと思う。移植のことは、万波先生から『使えんかもしれんけど、使えたら』と説明されました。自分の病気の腎臓でも、他の人のためになるなら、ええことをしたと思うてます。今、私は腎臓が1つ残って元気にしとるけど、これから先のことはわからんし、もらう側になるかもしれん」
 ご主人は隣でうなずきながら、こう締めくくった。
「家内も元気になって感謝しとる。ワシも腎臓が悪くなった時、世話になるかもしれん。身内や友達がそうなるかもしれん。反対の立場に立った時のことを考えたら、万波先生はええことをしたと思うてます」
(以下、次号)
※本欄は個人情報保護のため、登場される方々が特定されないよう配慮しています。



http://www.tokushukai.jp/rt.html
万波医師、『報道2001』に生出演
「私が診とるのは、今の患者さん」
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月25日 月曜日 No.550 1面より
万波誠・宇和島徳洲会病院泌尿器科部長(副院長)が、12月10日に放映された『報道2001』(フジテレビ系列)に難波紘二・鹿鳴荘病理研究所所長(広島大学名誉教授)、秋山隆弘・近畿大学堺病院教授(日本移植学会理事)とともに生出演。腎移植について、これまでの経緯と今後を語った。

左から秋山隆弘教授、難波紘二所長、竹村健一氏、
島田彩夏キャスター、黒岩祐治キャスター、万波誠副院長 万波誠副院長は「患者さんの痛みを和らげ、病気にかからないようにするのが医者の役目」と常に語る。問題となった病気腎移植に関しても、マスコミの取材に対して「切羽詰まった状態だった。腎不全で本当に困っとる人を少しでもよくしてあげよう、それが義務じゃと思うとる」と発言してきた。
 それに対し、大島伸一・日本移植学会副理事長は「(がん臓器の移植は)絶対禁忌というのが移植医療の学会の常識」と反論している。
 一方、腎移植手術を受けた患者さんたちからは、「患者の気持ちになって病気に挑戦してくれる先生です」、「本当に万波先生に巡り合えてよかった」と、その信頼ぶりは非常に篤い。
 透析を受けている患者さんも「たとえ病気の腎臓でも、提供者がいるのなら喜んで移植を受けたい」と希望を述べている。
 12月10日の『報道2001』では、万波副院長と難波紘二所長、秋山隆弘教授がそれぞれの見解を明らかにした。
 番組では、今年10月に発覚した宇和島の臓器売買事件を取り上げ、黒岩祐治キャスターが万波副院長に関係を質したが、同医師は「まったく知らなかった」と言下に否定。難波所長も「もし知っているのであれば、裁判所は万波先生を証人として呼んでいたはず」と述べると同時に、「海外で臓器移植を受ける人は金持ちで、それができない人がいる」ことを訴えた。
 万波副院長はさらに、「臓器の売買は禁止されていると患者さんに伝えてきた」とし、「倫理的に、移植学会で決められているのだから守らないけん」と、売買に一切タッチしていないことを重ねて強調した。



「病気腎移植で病気はうつらないのか?」

病理医として
万波副院長を
支援する難波所長


日本移植学会理事
でもある秋山教授 黒岩キャスターは、「ドナー(臓器提供者)の病気腎を使った移植で、病気はレシピエント(移植を受ける患者さん)にうつらないのか」と質問。これを受けて、万波副院長は「泌尿器科医は腎摘出に立ち会う。(腎臓が)すべて悪いから摘出するわけではなく、遺棄されるものの中にまだ使えるものがあることがわかった」と、直腸がん手術を例に説明を行った。
 直腸がんの場合、左の尿管を巻き込んでいるとそれを除去することになる。この時、外科医が腎臓除去を勧めるのは、腎臓に障害を起こす可能性があるからだ。こうした腎臓は、移植に使えると万波副院長は主張する。
 腎臓がんについては、「がんの悪性度は大きさに比例する」と解説し、がんがステージング(病期診断)で4?以下であれば部分除去。残してもほとんど転移しないことは、学術論文でも明らかになっているとしている。
 難波所長は図表を示し、人工透析に比べ移植が優れていると強調。
 この発言に秋山教授は、「病気腎移植の判断はこの場ではなく、万波先生が発表し学会で行うべきだ。それが一番ベスト」と、万波副院長に学会での発表を促した。



「結論が出れば病気腎移植を続行」

黒岩キャスターの質問に答える万波副院長 腎移植に関して、ドナーとレシピエントの両者から同意書を取っていないことを黒岩キャスターに訊ねられた万波副院長は、こう答えた。
「なぜ腎臓を摘出するのか、その後、個人的に使えると考えたら『ほかの人に使わせてもらっていいですか』と十分な確認を行っています」
 同意書を取らないことについては「そういう習慣」と応じ、「他人に使える腎臓なら、置いといてほしいと言う人もいるのでは」との問いには「戻せる腎なら必ず戻す。動脈瘤手術では、一旦体外に出して修復して戻しています」と答えたが、体内に戻すにはとても時間が掛かる点を指摘し、患者さんの状態を見て行っていると話した。
 これを受けて難波所長は、「腎臓は非常に複雑な場所にあり、戻すのは大変」と人体解剖図を前に解説した。
 万波副院長はまた「秋山先生がおっしゃるように、私らだけでなく倫理委員会を開いて、学会発表をもっと早くやっておけばよかった。その点は反省しています」と応じ、病気腎移植をやっていいという結論が出れば、今後も病気腎移植を続行していく決意を明らかにした。



「新しいことをやることに、否定的な国民性がある」
昨年度の日本での腎移植件数は、994件。一方、米国では1万6478件の移植が行われている。
 それまで口を挟むことのなかった竹村健一氏は、こう結論付けた。
「日本人の国民性が一番大きいと思う。新しいことをやることそのものに、否定的な国民性がある。皆が言い出すと、後に付いて言う人が多い。皆が言わない時に考えたり、実行すると危険性もある。現状を考えれば(万波)先生のことをもっとバックアップする意見が大衆から出たら、その方向に行くと思う」
 最後に黒岩キャスターが、「ラット体内でヒト腎臓再生」がトップ記事の毎日新聞朝刊の1面を広げ、「再生移植でリスクが少なくなるのか」と訊ねた。これに対して、万波副院長は次のように答えた。
「いつになるかわからん。私が診とるのは、今の患者さん。大切なのは今ですから」




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病気腎移植のドナー、レシピエントの本音
腎移植の新たな可能性に期待
徳洲新聞 2006年(平成18年)12月25日 月曜日 No.550 8面より
愛媛県の宇和島徳洲会病院は、2004年の開院から今年9月までに行われた腎移植78件のうち、11例に病気のために摘出された腎臓が使われていたことを公表。前号に引き続き、同院の万波誠・泌尿器科部長(副院長)から病気腎移植を受けたレシピエント(移植を受けた方)たちに話をうかがった。
治療できる道がありながら閉ざされていくのはつらい
磯崎芳江さん(仮名)は、50代で万波医師の執刀による病気腎移植を受けた。
「最初は風邪でもひいたかなと思い、町の病院で診てもらったら『尿に蛋白が出てますよ』と言われました。そこで万波先生を紹介され、詳しく検査してみると免疫性の腎臓疾患でした。その時は『次第に悪くなっていくと思います』との診断を受けました」
 それから数年で磯崎さんの腎機能は低下、透析を受けざるを得なくなった。そんな透析生活が続く中で、身内から提供された腎臓を移植することになった。
「万波先生から、移植という方法もあるということを聞かされ、身内に協力してもらい移植に至りました。当初、ドナー(臓器提供者)の腎臓を調べたところ、私には適応しないと言われたんです。でも、いろいろ研究してもらい、大丈夫な方法で移植してもらいました。最初に移植した腎臓は5年ほど持ちました。なのに、また駄目になってしまって……。2回目の透析生活はしんどくて、ひどいものでした」と、磯崎さんは当時を振り返る。
 腎移植が成功すると、患者さんは透析生活から普通の生活に復帰できる。しかし、腎機能が再び低下して透析生活に戻った時、患者さんの落胆は考えられないほど大きいものになるという。
「透析を受けんで普通の生活が送れた数年間、それはもうよかったですよ。食事などの制限も大変でしたから。ところが、透析に戻った時にはがっかりしました。体調も最悪の状態になったし」
 ある日、磯崎さんは万波医師から病気腎移植の説明を受ける。「病気の腎臓じゃけども、適応すれば移植できる」と聞かされ、磯崎さんは2回目の移植を決意する。
「何十年も透析を受けて、大丈夫な患者さんもおります。でも私は、血管に針が通らんかったり、透析中に血圧が下がったりして苦しかった。皆、それぞれ状態が違うから。万波先生から病気腎移植の説明をしてもらった時、あまり悩まずにお願いしたのは、そのせいもあります」
 しかし、病気の腎臓だということに不安を感じなかったのだろうか。磯崎さんは、言葉を選びながら次のように話してくれた。
「私にはこれしか、病気腎を移植してもらうしか、道がありませんでした。もしうまくいかなくても、透析に戻るだけの話。駄目で元々ですから。家族も『納得してるんじゃったらかまわん』と賛成してくれました。自分の体のことで、本人が納得してるわけですからね。
 私の場合、移植から半年くらいで腎機能を見るクレアチニン数値も、正常に近い1・0以内で安定しました。食事も普通に摂れるようになったし、仕事もできるようになりました。
 私の腎不全は、子どもに遺伝する可能性があります。まだその兆候はありませんが、私が発症したのは40代やった。万一、子どもが腎移植を必要とした時のために、移植できる腎臓を残してあげたい。だから2回目は、身内に頼めなかったんですよ」
 今後、病気腎移植の道が閉ざされそうな風潮に、磯崎さんは不安を隠せない。
「元気な人にはわからんかもしれませんが、私は納得した上でなら廃棄する腎臓でも移植していいと思います。私のように、助けられる道を閉ざしてほしくないのです。移植を受ける人には、本当にいろんな事情の人がおるんですから。医療が発展して治療できる道がありながら、それが閉ざされていくのは本当につらいです」



発症の可能性がある家族が希望を持って生活できる
磯崎さんと同じように、自分の子どもさんの将来を考えて、病気腎移植を受けた方がいる。藤田治さん(仮名)だ。病気腎移植について話をうかがうと、マスコミへの強い批判から話は始まった。
「この臓器移植問題が起きてから、私もマスコミの取材を受けてきました。そこで、『非難している人はよく調べてから言うてほしい』と強調しました。でもマスコミの論調は、一方的に万波先生を非難するばっかりやった。
 私のところに、大手新聞社の記者からこんな電話も掛かってきたわ。
『あなたに移植された病気腎は、○○県の○○病院で○○年○月○日に摘出された腎臓ですけど、どう思いますか』って。
 こいつ何を言い出しよるんや、そう思うたよ。知ってても、そんなこと言うたらいけんでしょう。後で違う部署の記者と訪ねてきた際に、『あの時、なんであんな質問したんや。言うていいことと、悪いことがあるやろ』と問い詰めたら、『そんなこと言うてません』。そんなふうにシラを切るから追い返したわ、最低や」
 藤田さんの腎臓病が発症したのは、5年ほど前。身内にも同じ腎臓疾患を抱えている方がいたため、自分も発症する恐れがあることは覚悟されていたそうだ。
「特に検査にも引っかからんやった。たまたま違う病気で病院にかかったら、腎臓の機能が低下しとると言われた。クレアチニンの数値が3くらいに上がってたけど、自覚はなかった。腎臓の病気や言われても、あんまりビックリせんかった。それから、万波先生には世話になっとる」と藤田さん。
 その後、クレアチニン数値は7くらいまでに上昇し、次第に腎機能は低下していった。藤田さんが透析を受け始めて1カ月ほど経った頃、万波医師から「病気腎じゃけども、移植できる可能性がありそうじゃ」との連絡が入った。
 その時、藤田さんは万波医師にこう答えた。
「万波先生から病気腎移植を説明された時、私は『もっと若い人にしてあげたら』って言うたんですよ。でも、万波先生は『藤田さんやったら、移植がうまくいくと思うんや。それに、あんたが移植を受けて元気にしとれば、子どもさんが安心するよ。子どもさんも将来、発症するかもしれん。お父さんも移植で元気になったら、安心して暮らせるやろ』って言われて。そうやなと、私も思うた。子どもが希望を持って生活できるやろうって」
 しかし、万波医師から突然、病気腎移植の説明を受けて、藤田さんは驚かなかったのだろうか。
「なぜその人が腎臓を摘出せんといかんのか、またどんな病気を持った腎臓なのか、先生から説明してもらった。万波先生は『ワシの経験上、その腎臓を戻すとまた再発する可能性がある』と言うてた。私は万波先生の人間性もわかっとったから、信じて任せたんですよ」
 移植後、藤田さんの回復は驚くほど早かった。ICU(集中治療室)から出る時にはクレアチニン数値は3以下に下がり、看護師からも感心されるほどだったという。
「万波先生の腕前は、すごいなあと思うた。ドナーとの相性もあるんやろうけど、万波先生の何百症例もこなした経験が活きとるんやと思います。それまで膨れとった指が、すぐに治ったのにはビックリしました。
 マスコミの人は、一つのほうに向いたらワーッとそっちへいく。商業ベースで、売らんといかんからやろ。大げさな見出しでも、記事の中身を読むと大したことないんよ。殺人犯なんかと同じ書かれ方や。万波先生は、何百人もの命を救うたんやで」
 藤田さんは、腎移植の現状を嘆いている。
「今の移植法は、体に1つしかない心臓も2つある腎臓も一緒になっとる。同じルールなのはおかしい、もっと細かくすべきやないか。移植を受ける順番も、移植がうまくいくかどうかで判断せんといかんのやろ?
 いずれにしても、病気の腎臓を移植して大丈夫なのか、きちんと検証してから批判すべきや。それが医者の態度だと思う。移植を待っとる人は、世の中にぎょうさんおるんやから」



腎臓を提供してくれた高齢の母は今も元気でいる
2回目の移植で病気腎移植を受けた後藤雅代さん(仮名)は、普通の生活に復帰できた喜びを次のように語っている。
「最初の移植では、母親の腎臓をもらいました。その腎臓は、10年ほど機能しました。移植するまで透析を受けていましたが、受けた日はほとんど何もできません。週に3日通うと旅行もできんし、予定を立てられません。透析の後は体がしんどくて、車の運転も休み休みしながら家に帰ってました。家族にも送り迎えしてもらったりして、苦労を掛けました。都会には、夜間にも透析できる所があるって聞いたことがあるけど、この辺にはないですからね。冬になると雪が積もって滑るため、運転していて怖いんですよ。でも透析に“お休み”はありません。
 透析をするために、腕にシャント(血液を安全に取り出しやすくする器具)を埋め込むんです。もしも、どこかにぶつけてそれが切れたら血が大量に出て止まらんから、.とても怖い。
 最初に万波先生には、薬の相談などで紹介されました。そのうち、移植の道があることを教えてくれて……。腎臓をくれた母は高齢ですが、今も元気です」
 1回目の腎臓移植から、再び透析生活に戻った後藤さんに、万波医師から「病気腎移植を受けてみてはどうか」との説明がなされた。
「1年でも1カ月でも、透析をしなくていいのなら」との思いで、後藤さんは移植に踏み切った。
「いろいろ考えたけど、家族に腎臓をもらうのは心苦しいですよ。たとえ病気腎でも、誰かわからん人のほうが気が楽でいい。腎臓を提供してくださった方には、とても感謝しています。
 今の腎臓もいつまで持つかわからんから、駄目になった時のことを考えるとぞっとします。身内から腎臓を提供してもらえる人ばかりじゃない。そんな人にも移植できる道を残してほしい」と、後藤さんは病気腎移植の可能性に期待して話を締めくくった。



※本欄は個人情報保護のため、登場される方々が特定されないよう配慮しています。
http://www.tokushukai.jp/rt.html
「病腎移植を考える講演会
移植医療を進めるために」
徳洲新聞 2007年(平成19年)2月5日 月曜日 No.555 1面より
1月20日、松山市の愛媛県女性総合センターで「病腎移植を考える講演会〜移植医療を進めるために〜」(移植への理解を求める会主催)が開かれ、およそ120名が参加。講師の難波紘二・鹿鳴荘病理研究所所長(広島大学名誉教授)と藤田士朗・米フロリダ大学助教授が、病腎移植についてそれぞれ持論を展開した。

向田陽二代表


横田弘之顧問 「病腎移植を考える講演会」は、「移植への理解を求める会」の向田陽二代表と横田弘之顧問の挨拶で始まった。両氏は、腎臓病患者さんを一人でも多く助けるためにも、移植医療への理解を求めるとともに、病腎移植をあらためて考えたいと表明。病腎移植を実践してきた宇和島徳洲会病院(愛媛県)の万波誠医師や呉共済病院(広島県)の光畑直喜医師への支援を訴えた。
 この日の参加者は、約120名を数えた。
 最初に演壇に立った藤田士朗医師は、フロリダ大学で移植外科の助教授として2000年から勤務している。「日本、アメリカの腎臓移植、その現状と未来」と題した講演では、まず腎臓の働きについて解説。腎不全の患者さんは、透析あるいは移植を受けなければならない。藤田医師は、すべての腎機能を代行することができる腎移植は、水分や食事の摂取だけでなく、旅行をするのにも制限がない点を挙げ、移植後に免疫抑制剤の服用を続けるとしても、週3回、1回4時間を要する透析より格段に優れていることを強調した。
 日本では移植希望者が1万人いるのに対し、実際の移植数は1000件(うち脳死移植は150件)。一方米国での移植件数は1万7000件(うち脳死移植は1万件)。
 彼我の差は大きいと言えるが、米国でも腎移植希望者に対しドナー(腎臓提供者)の数が絶対的に不足している。たとえば、比較的ドナーが多く出るフロリダでも、3〜6年待ちが現状だ。そのため、ドナーの枠を広げようとする動きが顕著であるという(詳細3面)。



病理医の立場から36件の病腎移植について追跡調査
難波紘二所長は「なぜ瀬戸内グループは病腎移植に成功したのか」との演題で、講演を行った(詳細4面)。
 難波所長は昨年10月に臓器売買事件が発覚して以来、万波医師や光畑医師らの「瀬戸内グループ」と呼ばれる腎臓移植医たちを、終始一貫擁護してきた。
 同所長は、マスコミが同じ論調の報道しかせず、少数意見を取り上げない現代の社会は民主主義に反していると指摘。中国新聞への寄稿で、病腎移植が・第3の道・としてきわめて有効であると論陣を張って以降、万波医師らの主張を代弁している。
 今回の講演では、瀬戸内グループによる36件の病腎移植について、病理医の立場から追跡調査した結果を明らかにした。
 それによると、実施された病腎移植は呉共済病院6件、市立宇和島病院19件、宇和島徳洲会病院11件。その内訳は腎がん8件、ネフローゼ症候群7件、尿管がんと腎動脈瘤各6件、尿管狭窄5件、その他4件となっている。
 難波所長は「がんは伝染病ではなく、遺伝子病」だとして、病腎移植の正当性を主張。生存率や生着率の有効性については、生体腎移植や死体腎移植と比較して、死体腎移植と同等かそれ以上の可能性があることを示唆しつつも、100例の臨床研究が必要であると語った。
 また「病腎移植は、目の前の患者さんをどう救うかという切羽詰まった医療の現場から生まれたもので、瀬戸内グループという組織化された集団があるわけではない。毎日の診療に手一杯で、自分たちのデータを・記録・集計・考察する・ゆとりすらなかった万波医師らにより、病腎移植という新しい発想が生み出された功績は非常に大きい」と賞賛。



会場では署名活動も行われた  加えて、光畑医師の病腎移植の論文が米国の移植誌に掲載されることを明らかにした。
 難波所長の講演後、万波医師、西光雄・香川労災病院医師、光畑医師が壇上でそれぞれ挨拶。病腎移植の可能性を、今後も追求していくことを約束した。
 最後に、藤田医師と難波所長が参加者の質問に答え、講演会は閉幕した。
「移植への理解を求める会」の会員数は、現在850人。署名数は1月20日現在約2万人だが、未回収のものが相当数ありさらに増えると、同会の幹事を務める野村正良・えひめ移植者の会会長は話している。




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「日本、アメリカの腎臓移植、その現状と未来」
藤田 士朗 米フロリダ大学移植外科助教授
徳洲新聞 2007年(平成19年)2月5日 月曜日 No.555 3面より
藤田士朗医師は、フロリダ大学で移植外科の助教授として2000年から勤務している。松山市で1月20日に開かれた「病腎移植を考える講演会〜移植医療を進めるために〜」では「日本、アメリカの腎臓移植、その現状と未来」と題して講演を行った。
米国の腎移植件数は、年間1万7000件。それに対し日本は、わずか1000件に過ぎない。また米国では、脳死からの移植が多いのが特徴だ。
 そんな米国でも、腎移植を巡って問題が生じている。それは、ドナー(腎臓提供者)不足という問題。7万人を超える人が、腎移植を待っている。待機期間は、比較的ドナーが多く出るフロリダでも3〜6年。他の州ではさらに長い。
 ちなみに、日本での待機期間は約16年。死体腎移植の場合、希望者の1%しか移植を受けることができないでいる。
 こうした事態を受け、米国においては、これまであまり使われなかった腎臓も使おうとする動きが出ている。たとえば60歳以上の方の腎臓や、50〜59歳で死亡原因が脳血管障害だったり、クレアチニン(腎機能の指標)が1・5以上、高血圧の既往症を有する人の腎臓を使おうという動きだ。
 さらに、高齢者の方もしくは子どもの腎臓を2つ一緒に1人の人に移植したり、C型肝炎やその他の感染症のある人をはじめ、心臓死の人をドナーとして認めることもすでに行われている。
 米国の移植外科学会とミシガン大学は800万ドルの研究資金を得て、ドナー候補者の評価の際に生じる交通費や宿泊費などの必要経費を支払うことで、生体ドナーの数が増えるかどうかを調査することになっている。
 昨年、米移植学会のモナコ元会長は「生体や死体からの臓器提供に対して、ある一定の報酬を出すべき時が来た」と発言。これは、臓器売買の容認と言える。
 また、家族や親戚などだけでなく、血縁関係のない隣人や友人からドナーを募る動きもある。実際にウェブサイト上でドナーを求めたり、ドナーとして名乗りを上げる人も登場した。
 一方、韓国やオランダでは、ドナー交換プログラムを実践。これは血液型不適合や、リンパ球不適合(クロスマッチ陽性)の組み合わせのカップル間で、それぞれのドナーを交換して移植ができるようにするという取り組みだ。



「病腎移植は盲点を突く斬新な方法」との評価

松山市で講演する藤田助教授日本の腎移植を見ると、透析よりも移植のほうが患者さんにとって格段に優れているにもかかわらず、提供される腎臓が極端に少ない。日本の移植外科医はこれまで提供腎の増加に努めてきたが、年間1000件が限界だ。
 日本における腎移植の特徴は次の3点。 生体からの提供が多い(死体腎や脳死からの提供が極端に少ない。年間150例前後)。?血液型不適合の場合でも、さまざまな方法を用いて移植を行っている。?心停止後の臓器提供も大変な労力を掛けて行っている。
 宇和島徳洲会病院(愛媛県)の万波誠医師の着眼点は、病的生体腎を用いて移植を行うというもの。ただし、ドナーとレシピエント(腎臓移植を受ける人)への十分な説明と、レシピエント選択の正当性、それぞれの疾患の検討が十分になされているかどうかが問題となるのは言うまでもない。
 米国で、同僚の腎臓内科医や泌尿器科医、移植外科医に病腎移植について話したところ、彼らは「盲点を突く斬新な方法だ」と非常な興味を示してくれた。リチャード・ハワード元米移植外科学会会長や、ウィリアム・W・ファフ元全米臓器配分ネットワーク(UNOS)代表も、病腎移植を支持するとの手紙を書いてくれている。
 私は日本の腎移植への提言として、次のことを言っておきたい。
 別段、米国の真似をする必要はない。日本が生体肝移植を発展させたように、腎移植についても日本独自の方法論、進歩があっていい。その一つとして病腎移植が挙げられるが、日本の移植にかかわる医療関係者の方たちに、この“病腎移植”のこれからに力を貸していただきたいと、心から願っている。



●藤田士朗(ふじた しろう)
1956年、大阪府池田市生まれ。82年、京都大学医学部卒業後、山口県の都志見病院、愛媛県の市立宇和島病院を経て、米国ピッツバーグ大学に留学。その後京大移植外科に戻り生体肝移植、ドミノ肝移植などに携わる。フロリダ大学移植外科アシスタント・プロフェッサーとして7年目を迎える。





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「瀬戸内グループ」はなぜ成功したか
「病腎移植を考える講演会〜移植医療を進めるために〜」から その1
難波 紘二 鹿鳴荘病理研究所所長(広島大学名誉教授)
徳洲新聞 2007年(平成19年)2月5日 月曜日 No.555 4面より

私は10年余り前に、広島市内から東広島市福富町の山の中に転居し、2年前に大学の定年を迎えました。それを機に自宅の裏庭に病理研究所を設立いたしました。山の中ですから裏庭といっても広く、母屋から30m離れた建坪13坪、寝泊まりできるロフトを備えた、山小屋風の研究所です(左写真)
 ここを自分の城として、「読書・思索・執筆」ざんまいの余生を送るのが、長年の夢だったわけです。いわば、「遁世の生活」を送り、世の中との煩わしい接触は避けて、たまに著書や講演で接触する、という基本方針でした。
 私が興味を持っているのは、医学の「病理学」に限定されない、世の中のありとあらゆる「病的現象」、つまり異常な現象です。宗教・歴史・政治・経済・教育の分野についても病理現象が生じてくる原因を解明したい。そこで狭い意味の「病理学」と混同されないように、「病理研究所」と命名しました。「鹿鳴荘」というのは、秋から冬に掛けて、本当に鹿の鳴き声がすぐそばで聞こえるから、そう名付けたのです。



私はなぜ発言したのか
 1.事件報道ですぐ思ったこと

ところが、06年10月1日に、日本初の臓器売買事件が愛媛県宇和島市で摘発されました。国内での臓器売買は、「絶対ある」と前から思っていましたので、別に驚かなかったのですが、問題はそれ以後のメディアの報道論調です。全紙、全テレビ局が同じ論調で、「瀬戸内グループ」あるいは万波誠医師の「病腎移植」のバッシングに走りました。「悪魔の医師」、「両刃のメス」、「密室での医療」というように一方的に決めつけた見出しの連続です。
「盗人にも三分の理あり」という諺があります。仮にこのグループが間違った医療をしていたとしても、それにはそれなりの理由があるはずです。まして、万波(誠)、光畑、西という医師たちを、治療してもらった患者はみんな「現代の赤ひげ」だと言っています。
 移植学会幹部が真っ向から批判していたとしても、一方の非難だけを受け入れて、まるでレミングの集団が断崖へ向けて一斉に走るように、全部同じ論調の報道をして、日本のメディアは恥ずかしいと思わないのでしょうか? これは一種の「いじめ」であり、リンチではありませんか。
 すぐそう思いましたが、いつまで経ってもそういう少数意見は、メディアに出てきません。自由で民主的な社会というのは、違ったものの見方をする人の意見が公表され、いろいろな考え方を比較して、市民が自分の意見を決めるという原理で動いていくものなのです。私は3つの新聞を丁寧に読んで、「ああ、彼らの発想は廃物利用=リサイクルの思想だ」と思いました。「本人には不要な臓器でも他人には役に立つ、そういう臓器を移植したんだ。これは・逆転の発想・だ」。そう思いました。

 2.毎日新聞に投稿を拒否される

それで、愛読している毎日新聞の東京本社文化部の知人にメールを送って、「万波医師たちは、今は悪魔呼ばわりされているけど、この人たちのやったことは、今に青色発光ダイオードを発明した、同じ四国の中村修二氏みたいに、世界中から評価されるようになるよ。そろそろお宅の論調を変えたほうがよいのでは……」と指摘しました。
 次いで、1200字くらいの「病腎移植はまったく新しい発想の移植医療であり、生命倫理的にも医学的にも許される。必要なのは、データの公表とその医学的評価だ」という論旨の論評原稿を送りました。毎日では、医療問題は「科学環境部」が担当していることをその時初めて知りました。
 しかし、この原稿は不採用になりました。「難波先生の論理構成は、万波医師のそれと基本的に同じであり、だから採用できない」というのです。
 頭にきましたね。私は病理医でしかも血液病理が専門です。全科のことがわかる、いわば臨床医の弁護士であり裁判官でもあるのです。口下手な万波医師らの主張を、病理学的に組み直し、きちんと論理構成したのですから、それが万波医師の論理構成と基本的に同じになるのは当たり前です。
 いわば、毎日の科学環境部は、「万波医師は悪人だから、その弁護人の言い分は載せられない」という意味のことを、平気で言ってのけたわけです。これは明らかに言論統制です。

 3.地元紙の中国新聞に投稿する

医療問題に関する報道を一番得意としている毎日がこれだから、東京に本社がある大メディアは全部ダメだろうと思いました。しかし、少数意見かもしれないが、強力に支持する声もあることを、何とか世の中に知ってもらわなくてはなりません。そこで、地元の中国新聞にお願いして、11月14日付の文化欄に、毎日がボツにした原稿を掲載してもらいました。
 するとすぐに30件くらい、手紙やFAX、メールが来ました。半数は医師からでしたが、「よくぞ言ってくれた」、「病腎移植に大賛成」というものばかりで、反対論や嫌がらせは一件もなかったのです。
 世の中には、誰かが「王様は裸だ」と声を上げると、状況が変わってくることもあるのですね。
 それ以後、11月の下旬から12月に掛けて、同じように「病腎移植を原則容認する」という意見が、岡山大学の粟屋剛教授(生命倫理学:11月24日付朝日新聞)、東邦大学医学部の相川厚教授(泌尿器科:11月30日付東京新聞)、東京女子医大の太田和夫名誉教授(日本移植学会前理事長:12月3日付中国新聞)、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授(ヒトゲノム解析センター長:インターネット上)、脳死臓器移植に詳しい作家の中島みち氏などから表明されるようになり、状況はかなり変化してきたと思います。

 4.流れは変わった!

決定的だったのは臓器売買事件について、12月26日に松山地裁宇和島支部で下された判決です。裁判長は「法やガイドラインの不備のために、起こるべくして起こった犯罪だ」と述べ、被告に懲役1年(執行猶予3年)という軽い判決を下しました。「臓器移植法」では、最高5年の懲役と罰金500万円を、合わせて科すことが定められており、関与した医師も懲役1年以下の刑が科されることになっているのです。
 裁判長は万波医師については、まったく触れていません。この判決が「病腎移植」問題のターニングポイントになったと思います。(続)


http://www.tokushukai.jp/media/rt/555.html#line24
http://www.tokushukai.jp/media/rt/558di.html
徳州会が、マスコミ各社が、誤報していることに対して、抗議しています。
徳洲会ホームページの意見・お問い合わせに情報提供しました。

徳洲会様

徳洲会新聞より、NHKと読売新聞社の報道に対して、内容証明により抗議されていることを知りました。当方、患者家族であり万波医師に対しては18年前からお世話になっており、一連のマスコミ報道に対しては昨年からメールでの投書等で正しい報道を求めてきました。その中でも2月17日のNHK全国放送については許せません。当方も下記のとおり抗議していますので、経緯がわかるようメールをそのまま張り付けます。少しでもご参考になればと思います。今後とも万波先生へのご支援よろしくお願いいたします。

以下NHKとのやりとりのメール
今から 友人達と協力して厚生労働省にも、ファクスを送りたいのですが、番号がわかりません。 
どなたかご存知でしたら教えてください。 

厚生労働省
〒100-8916 東京都千代田区霞が関1-2-2
電話:03-5253-1111(代表)(平日18時まで)
NHKから回答があったみたいですが、回答が曖昧です。病院は再度抗議しています。
NHKはきちんと調査し回答すべきです。
医師や病院ばかりに回答を求めておきながら、自分のところは曖昧にすることはますます許せませんね。

以下記事
===================

重大な誤報
 腎臓移植、病腎移植の報道の中で取材不足、理解不足などの理由で結果的に偏った報道がいくつも見られます。その中でも特に大きな誤認による報道に関し徳洲会グループとしては正式な抗議を行っています。公正を期すため、その抗議内容と抗議に対する各社の対応などをホームページ上で公開することにしました。


NHK 平成19年2月17日放映について

03 NHK 回答書について、内容証明を送付致しました。
02 NHKより回答書を受領致しました。
01 NHK 平成19年2月17日放映について、内容証明を送付致しました。

読売新聞 平成19年2月17日掲載記事について

01 読売新聞 平成19年2月17日掲載記事について、内容証明を送付致しました。

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1.NHK 平成19年2月17日放映について
NHK 回答書について、内容証明を送付致しました。

平成19年3月1日

(受信者)
〒150-0041
東京都渋谷区神南2-2-1
日本放送協会
会長 橋本元一殿


(発信者)
東京都千代田区二番町9番地の8
中労基協ビル3階
紀尾井町法律事務所
電話 03(3265)6071
ファックス 03(3265)6076
宇和島徳洲会病院代理人
弁護士 丸山輝久
同    大島未緒


報道内容訂正及び謝罪の要求書
 当職らは,宇和島徳洲会病院の代理人として,貴会が平成18年2月17日に放映した以下の報道について,以下のとおり誤りがあるので訂正と謝罪を求めます。

 貴会は,平成19年2月17日,正午のニュースをはじめとする複数のニュース番組の中で,当病院の病気腎移植問題に関し,外部の専門家による委員会が,調査した11件の移植のほとんどについて,病気の腎臓を摘出してほかの患者に移植したのは医学的に問題があったと判断したこと,また,翌18日に開かれる当病院の調査委員会にそのような見解を報告する予定であることなどを内容とする報道を行いました(以下「本件報道」といいます。)。

 しかしながら,上記委員会において,本件報道のような結論を取りまとめた事実は全く存在しません。このことは,翌18日に専門員全員が出席して開かれた調査委員・専門員合同委員会の冒頭において改めて専門員全員により確認されております。 上記合同委員会の席上では,専門委員がそれぞれの立場の見解を示したレポートを提出し,その説明を個々に行ったに過ぎず,専門委員としての統一的見解が示されてはいません。 したがって,専門委員会としての合意や統一的見解というものは存在しません。

 また,専門委員の中で,11件の移植すべてについて医学的に問題があったとする見解を示したのは,ただ1人のみです。当病院は,平成19年2月20日付申入書において,上記事実を示し,これに対する貴会からの回答を求めました。

 しかし,貴会は,平成19年2月22日付回答書において,本件「報道は,関係各所に十分な取材を行った上で,事実に基づいて報道したもの」であると回答するのみで,何ら具体的根拠を示しておりません。上記のとおり,本件報道が事実に基づかないことは明らかであり,本件報道が事実に基づかないことは,貴会において事実調査を行えば,容易に明らかになった事実です。

 しかるに,貴会は,かかる調査を全く行わないまま,「関係各所に十分な取材を行った上で,事実に基づいて報道したものである。」と安易に回答するに至っております。当病院においては,なぜ,貴会がしかるべき調査も行わないまま,上記回答をするに至ったのか,報道内容の真否について調査すべき貴会の内部体制がどのようになっているのか,納得のいく説明をすることを求めます。

 また,宇和島徳洲会病院では,患者の個人情報を取り扱うという上記委員会の性質上,外部に委託した専門委員から,上記委員会の正式な発表を待たずして,外部に委員会の内容を公表しない旨の承諾を得ています。

 しかるに,そのような約束違反による漏洩情報について,綿密な事実調査や裏付け調査を行うことなく,そのまま報道したことは,あまりにも短絡的であり,貴会の公共放送としての使命を著しく逸脱している行為であります。「専ら公益を図る目的である」という貴会の説明には何ら説得力がありません。

 したがって,当病院は,平成19年2月20日付申入書における「この誤報において,しかる措置を取り,その結果及び内容を報告されるよう要求いたします。」との申し入れにつき,再度,十分納得のできる回答をすることを強く求めます。

 以上のとおり,当病院は,貴会の事実調査に関する内部体制についての説明と,本件報道の誤りを訂正するよう再度求めますが,上記報道は,腎臓移植を受けられないで苦しんでいる多くの患者,その救済のために医療の現場で日夜奮闘している医師に対する理解と,それに寄与しようとする意図を全く欠いており,専門委員会に対する裏付取材も極めて不十分です。

 当病院は,公共放送を運営する特殊法人である日本放送協会が,腎臓病治療現場の現状と日本の医療について,公正な立場で,冷静かつ正しい報道をしていただくことを期待するとともに,本件報道についても誠実に対応していただくことを切望します。

 以上のとおりですが,本件報道について,日本放送協会が放映する正午のニュース並びに複数のニュース番組の中で,上記のとおり訂正及び謝罪の報道を放映していただくことを求めるとともに,本書面に対する回答を,平成19年3月10日までに,書面で,当職ら宛にいただきたく要望します。また,この申し入れについては,貴会からの回答も含め,徳洲会グループポータルサイト及び宇和島徳洲会病院ホームページに掲載いたしますことを申し添えます。

--------------------------------------------------------
NHKより回答書を受領致しました。

平成19年2月22日

宇和島徳洲会病院代理人
弁護士 宇佐美方宏


〒150-8001
渋谷区神南2-2-1
日本放送協会法務部内
電 話 03-5455-5675
FAX 03-3462-6140
日本放送協会代理人
弁護士 梅田康宏


回答書
冠省
 当職は、日本放送協会を代理し、貴職からの平成19年2月20日付の申し入れに対し、つぎのとおり回答いたします。

 当協会は、平成19年2月17日、正午のニュースをはじめとする複数のニュース番組の中で、貴院の病気腎移植問題に関し、外部の専門家による委員会が、調査した11件の移植のほとんどについて、病気の腎臓を摘出してほかの患者に移植したのは医学的に問題があったと判断したこと、また、翌日(18日)開かれる貴院の調査委員会にそのような見解を報告する予定であることなどを内容とする報道を行いました。

 この報道は、関係各所に十分な取材を行った上で、事実に基づいて報道したものです。また、病気腎移植問題という国民の重大な関心事に関する、公共性を有する報道であって、その目的においても専ら公益を図る目的であることは疑いを入れないものであります。

 従って、この報道は真実を報じた正当な報道であって、何ら問題のないものと考えます。

 以上のとおり回答いたします。なお、本件につきましては、当職が担当いたしますので、以後の連絡は当職までお願いいたします。

草々

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