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こんな小説、書けましてん♪コミュのMY NAME IS LOST

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「今日を以て、あなたは名前を失う事となりました。今まで名乗っていた名前は、今後二度と社会では使用できませんので覚えておいて下さい」



私は自らの思いで、自身の名を失った。

名前を失うという事は、家族という枠組みから外れる事だけでなく、社会からも外れる事になる。世の中には私の姿形は存在すれど、何かに属したり位置付けたりはもう出来ない存在となった。

誰にも尖れられない、そう望んだ私がすべて悪いのだ。



「この子の名前、どうしようか?」

そう、私の両親は、真剣に頭を抱えて私に名前という大切な絆をくれた。なのに私自身が、それを見失うなんて。



私は生まれてまもなくして、不慮の事故により、病室のベッドの中でしか生きられない生活を余儀なくされた。

両親は私がそうなった事を受け、すぐに離婚し片親であるママが定期的に見舞いに来てくれる生活が日々繰り返されていた。
何度か私の首を震えるように掴んで、私を楽にさせてくれようとしたけれど、現代の法の下では殺人の罪に問われてしまうからか、それらもすべて未遂に終わった。

私は長く生きられない生涯を憎む前に、名前という生きる上で不要な柵を切り離す事で、少しでも楽になれるのではと思い立ったのだ。

「私の名前で多少のお金が作れるのなら、せめてそれで親孝行させて?」

私の身体が粗末で売れないのなら、名前というものをお金に変えて、私の存在を良い方向へと引き離して欲しかった。それでもママは、私のありのままを、愛情のままに受け入れてくれた。

「あなたは私の大切な娘なんだから、あなたが例えすべてを失っても、それだけは変わらないのよ?」

身体は人並みに及ぶ事なく不十分、それでいて、名前まで失った事で社会にも適用できなくなった。私が何度この世を去ろうと息を止めてみても、それが出来ないでいる理由はただ一つ。それはママのために生きていたいからだった。

「絆ってね、相手の事を強く思った時に、それを伝えたいと願う心の糸なんだよ。その糸が相手に届いて相手がそれを受け入れてくれたら、それが絆という糸の仕合わせになるの」

一度互いの糸が絡みの中で育んでいけば、それは立派な絆として形を変える。幸せの語源である仕合わせという言葉が、その絆の仕組みから成り立っているんだって、今の人たちは誰も知らない。

「私はねママ、元気でたくましく生きてる友人や知人を、一度として羨ましく思ったり憎んだりした事はないよ?だって、周りの人も社会という試練の中で、苦悩や辛い日々を乗り越えて生きてるから、それだけでも、とても立派だと思うの」

そう言うとママも涙を浮かべて、私の頬に顔を埋めて終始泣いてしまうけれど、私だけが酷く辛いだなんて、これっぽっちも思わないから、ママとの仕合わせだけでも私は十分に幸せに思えた。



「ねぇ、ママ?私が生きてるだけで、ママは、幸せ?」

「ええ、あなたも私が生きてるだけで、幸せだと思ってくれる?」

そんな幸せ同士の確認が、当たり前の形として存在している。それに比べて、現代の幸せの定義はとても一人よがりで、相手の事より自分の事に必死で、何処か一方通行に思えた。

「幸せって言葉がいつしかハッピーでしか捉われなくなったせいかな、もっともっと互いの心の深い所で恵まれていくものなのに」

ママは私にいつもそう投げかけてくれて、そっとハグをしてくれた。



「私ね、ママが私の下からいなくなったら、きっとダメになるよ」

そう言うとママは、こう続けた。

「大切な人を失った後にその人を追うのは、必ずしも正しいとは言えないのよ。でもね、間違ってるとも言えないの。絆は、片方がいなくなれば自然となくなるもの。幸せもそう。絆がなくなればなくなってしまう。そんな悲しみを乗り越えられるかどうかは、あなたの強さ次第ね。でも人は元々強くない生き物だから、乗り越えられなくたって自分を恨む事はない、それは仕方ない事なの」

私は、自分の動かない身体を止めるべく、息を止める覚悟をいつだって感じていた。

「私は弱いから、ママのそばにいたいの。だからその時は、息を止めていい?」

ママは少し悲しい目をして、首を振った。

「あなたに息を止める勇気があるのなら、私なしで生きようとする勇気なんて、もっと簡単な事よ?息吹をしなさい、そんな事をあえて言われなくても呼吸はしてるものよ。しようとしなくてもしてる、あなたの意思がそこになくても、ね」

ママは私にいつも、生きるという選択肢しか与えない。だから私も、きっとママに似て頑固なんだ。

「あなたは死ぬまで幸せでいなさい。身体や名前なんてなくとも、私がなしえた幸せのノウハウをいい加減覚えたでしょ?人はね、すべてを失っても幸せになれるものなの。神様は人に試練を与えるけれど、それに挫けても諦めても、決して見放したりはしないわ。ましてや神様は人をあやめたりはしない、いくらどん底に落ちたって、酷い罪を犯したって、償いや反省で、そこから人はもう一度幸せに返り咲けるのよ?」

私は、だからいつも幸せでいられた。ママがそう、私にいつも伝えてくれるから。





それから何年かして、ママはこの世を去った。

私はママのためを思って、今でも息を止める事はせず、昔の自分の名前をただ思い出そうとしていた。



「昔の名前、どうしても思い出せないの」

あの時、ママと別れを交わしたはずのパパが、今になって私のそばにいてくれている。そんな理由はさておき、ママと別れた後のパパの神妙なお話を、ただぼんやりと涙混じりの表情で聴いていた。



「あゆみ、」

話の途中で、パパは私に昔の名前を教えてくれた。

「ママがね、あゆみの二度と歩けない足を気遣かって、歩けない身体を酷く思わないで欲しいという願いから、大切な名前を辛い決断の中、取り除いたんだ」

「私、自分から名前を要らないって思ってたけれど、実はママにそう思わされていたんだね?」

私は少し、衝撃だった。

「、、そして、もう一つ」

「え?」

パパは、ゆっくりと俯いた。



「パパとママが離婚した理由に、あゆみという名前を取り除くにはボクの存在が邪魔だったんだ。娘を社会から遠ざける事でボクもまた遠ざかってしまう。それをママは、パパは社会の中で生きて欲しいからって、離婚という形を選んだんだ。ボクは勿論ママと離婚したくなかったけれど、社会からあゆみとママを援護できるようにお金の面で、これまで懸命に頑張ってきたんだよ?」

私は、両親の思いのすべてを理解した。

「それでママは、いつも私のそばにいてくれたんだね。そしてパパも、いつも私を陰ながら見守ってくれてたんだ」

「、、会いたかったよ、あゆみ」



一度失った名前が、こんなにも新鮮で悲しいものだなんて。

「ありがとう、パパ。そして、天国にいるママも、ね?」

私はママから、しっかりと幸せをもらっている。

「ねぇパパ、これからは私がママの代わりに幸せをあげるからね?」





ママはいつも言ってた、幸せは伝染するものだって。

あ、いや、ううん。

伝染するものではなく、伝染させてやるんだ、って。

率先して広めてやらなきゃ、幸せは、らしくないんだ、って。



そう、しあわせ、らしく、ね。

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