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レシプロ戦闘機コミュのいろいろな話

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レシプロ戦闘機について語ることがあれば。

とりあえず雷電について。
直径の大きなエンジンで空気抵抗を少なくするために紡錘型の機体になったわけですが、実は抵抗値は大きくなります。
本当の正解は鐘馗とかFw−190みたいなエンジンを先端において胴体を絞る方法。
風洞試験ならもちろん紡錘型のほうが抵抗値少なくなります。
が、プロペラの回転流はその中心へ集まっていくのでそこで紡錘型みたいだと直径が大きいところで抵抗になちゃいます。
ジェットかもしくプロペラの直径が3倍(笑)であれば良かったのかもしれませんが。

一式陸攻でナセルを葉巻型に成型して成功したからそれを踏襲したのかなあ。ナセルは全長短いからだけども。

コメント(264)

姫da歌@最強!最速!さん
なるほど、レザーは剃刀なんですね。なんだか革製品みたいだなーと思ってましたが、しっくりきました(笑)。
確かにP-47はレザーで他の機体ではファストになっていたのを、表記が統一されていないと勘違いしていたのかもしれません。

大変参考になりました。ありがとうございます。
あ、よく見ると水滴風防なのに、ファーストバックの例に「P-51D」と書いてしまっていました(笑)
正しくはP-51C以前です(笑)
 > 223:,225: ひくひく さん

 基本的には、姫da歌@最強!最速!さん が教えてくださっているように、まだセバスキー エアクラフト カンパニー だった頃の YP-43「ランサー」(写真[左]:ただしこの写真はP-43Aです)から、1939年6月、リパブリック エイヴィエーション カンパニーへと社名を変更した後の初期型(水滴風防のP-47D-25以前)の P-47D (写真[中])までが「レザーバック(或いはレイザーバック)」(Razor Back:剃刀の背中)と呼ばれるのだと思うのですが、一部の模型メーカーなどでも仰るように混同されて使われていますので、ひくひく さん の記憶違いだけではないと思いますよ。

写真[右]が、その典型的なキットの箱絵で、イタレリ社の P-51 MUSTANG I ですが、"RAZORBACK" と明記されていたりします・・・

 ぁ、失礼 !

227: 下から三行目の

> ひくひく さん の記憶違いだけではないと思いますよ。

正しくは、

→ ひくひく さん の記憶違いや勘違いだけではないと思いますよ。

です。m(__)m
Friendfield MUSTANGさん
ありがとうございます。思い切り箱に大きく書いてありますねw
今日の読売新聞朝刊で、まさかのニュースです。

スピットファイア36機が、ミャンマーの飛行場跡に埋められてることが判明したそうで・・・36機も出てきたら、スピットファイアの性質上、改造で全型式コンプリートも夢じゃない(笑)

しかし、変態王国ともなると、考えることが、ぶっ飛んでますね。
36機埋めるって、どんだけあせあせ(飛び散る汗)
>36機も出てきたら、スピットファイアの性質上、改造で全型式コンプリートも夢じゃない(笑)
 でも、熱帯の土の中ですから、さすがに腐り果てているでしょうね。

>しかし、変態王国ともなると、考えることが、ぶっ飛んでますね。
>36機埋めるって、どんだけ
 撤収する際に、敵対勢力に機材が利用されないよう破壊することは何処の国でもやることだと思いますが・・・
> はらさん
確かに熱帯地域だから、状態は良くないでしょうね。

破壊はどこでもやりますが、わざわざ36機もの戦闘機を破壊ではなく埋めたと言う点が、他の国なら考えないと思いますよ。
大きさが大きさだし、それを36機分埋める穴を掘って埋めるのは労力と時間から言うと無駄の極みだと思うんですよ。
>大きさが大きさだし、それを36機分埋める穴を掘って埋めるのは労力と時間から言うと無駄の極みだと思うんですよ。
 なるほど。
 
 当時の状況は判りませんが、記事を読んだ時には、わざわざ穴掘って埋めたのではなく、沼地か何か放り込んで埋め立てたか、あるいは奄体壕に入れたまま周囲の盛り土崩して埋めちゃったんだろう、と漠然と思っていたもので。

F4Fの後継機としてF4UとF6Fが開発され、結構F6Fがメインで使われたわけですが、実際戦闘機として見た場合、スペック的にもF4Uのほうが優れてませんか?
F4Uは離発着の視界の悪さが指摘されてる記述を見る事がありますが、それだけが理由なんでしょうか?
空母での運用となると、上記の理由は致命的かもしれませんが………。
飛燕さん、

F4U好きとして認めたくはないのですが、

F4UはF6Fに比べて低速域での運動性に難があったようです。また、翼面荷重(実用)はF4Uが215.97kg/m2に対し、F6Fは184.32kg/m2であり、どちらかというと格闘戦には適していたのではないでしょうか?(零戦52型は128.31kg/m2)。さらに最高速度はF6Fを圧倒していたものの、上昇率では大差なかったというデータもあるようです。
ちなみに朝鮮戦争でMiG-15を最初に撃墜したのは他ならぬF4Uです。要は時代がそれを求めたか、ということなのではないでしょうか。
>それだけが理由なんでしょうか?
 戦争中は、速成教育された経験の少ないパイロットが大量動員されます。
 不慣れなパイロットにしてみれば、低速での操縦性に優れ、視界も広いF6Fの方が、多少の性能差よりありがたかったのではないでしょうか?
 また、生産性が高く、F4U以上の急速生産が可能で、必要な時に必要なだけ揃ったと言うこともあると思います。

 また、低速での操縦性に優れるため、対戦する日本のパイロットによっては、格闘戦になっても粘るF6Fよりも、低空・低速域になればF4Uの方がやりやすい相手だった、と言う話もあります。
 (F6Fは零戦の旋回円内に入っていけるほとんど唯一の米軍機であったそうですし)
確かに着艦の難しさは致命的かもですね。

当時の米空母は、日本の空母のような二色ライトによる着艦誘導ではなく、係員の手旗誘導だったようなので、日本空母の着艦に比べ、かなりの着艦ミスによる事故が多かったようです。

戦争終盤では撃墜される数より着艦ミスによる損失の方が多かったのではないでしょうか?


それでもF4-Uは、戦後は戦闘爆撃機として長く使われたはずなので、どういうふうに使われたかにより変わってくるのでしょう。

逆にF6-Fは、後継のF8-Fが出たため使われた期間は短かったようですね。
>それでもF4-Uは、戦後は戦闘爆撃機として長く使われたはずなので、どういうふうに使われたかにより変わってくるのでしょう。
 多少扱い難い点があっても、高性能であれば、それを活かせる熟練パイロットと組み合わせれば有効な武器になる、と言うことではないでしょうか?

>後継のF8-Fが出たため使われた期間は短かったようですね。
 そのF8Fもあっと言う間に退役でしたね。
 F6F/F8Fは対日戦を強く意識し過ぎたせいじゃないかぁ、と思いますね。


F4-Uは地上基地での運用なら、着艦の難しさも問題にならなかったのでしょう。

F8-Fは純粋な戦闘機としては究極のレシプロ機だったようですが…戦後、ジェットの時代になったことや、戦闘機としてムダを削ぎ落とした為に、積載量不足からF4-Uのような戦闘爆撃機としての運用ができず、早々に表舞台から消えることになったのではないでしょうか…

先に書かれているように、時代が求めていたモノに合わなくなっていたのでは?

ある意味高性能なF4-Uより、頑丈で扱い易く、とりあえず零戦に対抗できたF6-Fが大戦後半では主力となり、ほぼ全ての面でF6-Fを上回り本来は対零戦用に開発されたと言われるF8-Fが戦後は使い道がなく、結果としてF4-Uが残った…

こうして見ると面白いですね!

別の見方をすれば、F4-Uは登場が早すぎた?あせあせ
もしくは大戦中の運用を間違えた?
またはメーカーが軍の要求する兵器に合わないモノを開発し、軍がそれを採用した?

どちらにしろ…面白いですねわーい(嬉しい顔)
F4Uは-1と-4で上昇能力、加速力など大きく変わったようですね。-4の方が高性能で、プロペラを変えたからではとのコメントがあります。

-1が3枚プロペラ(ハミルトン・スタンダード6501A、3.99メートル)
-4は種類は知らない(失礼)のですが、4枚プロペラです。
CAFのドゥ・マシューというパイロットのインタビュー記事では操縦すると-4の方が非常にパワーが大きいといったコメントでした。
また-4は操縦席のレイアウトも変更し、離着陸に使うレバー類を左手だけで操作できるように改良されたようです。
-1では腕をクロスさせて着陸操作へ移っていたのだとか。

着艦については、F4U1D以降、尾輪柱を高くして(165mm)着地姿勢を浅くしています。それでも着艦は、視界や傾きなどの理由により難しいらしいです。
いろんな背景があって、ホントに面白いですね。
仮にF4UとF6Fが、単機で空中戦になったとしたら、どっちが強いでしょうね?
何故か凄く気になりましたわーい(嬉しい顔)
F4U-1とF6F-5ならスペックでは互角と思えるんですが、実際はどうなんでしょうね。
視界も巡航時は似たようなものです。
F4Uは冷却空気の吸入圧力を高め、吸入抵抗を低くするプレッシャークリーンという考えでエンジンを冷却していたそうですが、
低速だと思うように冷却できずカウルフラップを開く羽目になっていたかもしれないですね(全力運転時ですが)。
カウルフラップを開けると抵抗が増え、F4U自慢のスピードが鈍くなります。

プレッシャークリーンについては零戦ですらキツキツに押し込んだり、シリンダ周りに導風板を取り付けたりして、吸気圧縮ファンを持つ雷電すら居ますので
F4Uだけを特別視するものではないかもしれないですが、誌面などで解説されているのはF4Uのものだけですね
 色々な方が楽しそうな推論を述べられているので、自分はデータから見た穴埋めでもしましょうかね

 まず、F4U-4のプロペラは(ハミルトン・スタンダード24E60 直径4.01メートル×4枚)で、エンジンも1DまでのP&W R2800-8(W)型と基本形は同じですが、「War Emargency Powaer Rating」改訂による使用制限が緩和された上に使用範囲が拡大したことで緊急出力で-8Wより100〜200馬力、戦闘出力で-8W型より300馬力近く向上した-18(W)型に換装されてますから、フライト中は-4が-1Dまでの機体よりハイパワーに感じるのは当然だと思います。

 因みにF6Fより高速とされるF4Uですが、大戦中の代表的なモデルF4U-1A/DとF6F-5の米海軍実測データで比較すると、海面高度で15Km/h、1524mで30Km/h、3048mで15Km/h、4572mで13Km/h、6096mで10Km/h、7620mで7Km/h、9144mで27Km/h強F4U-1A/Dが勝るようですが、1500m前後の低高度と全開高度以上の高高度以外、例えば対零戦や一式戦ほど大きな速度差はでないようです。

 ついでに上昇率も比較してみました。データは前者がF6F-5、後者がF4U-1A/Dです。海面高度で853m/分対792m/分、1524mで762m/分対685m/分、3048mで716m/分対670m/分、4572mで701m/分対649m/分、6096mで579m/分対502m/分、7620mで441m/分対457m/分、9144mで350m/分対274m/分とF4U-1A/D 系の上昇力はF6F系より宜しくなかったようですね。

 片手落ちなので改設計して新エンジンと、より変換効率の良いハミルトン・スタンダード24E604枚プロペラ積んだF4U-4相手だと、海面高度で75Km/h、1524mで87Km/h、3048mで56Km/h、4572mで52Km/h、6096mで76Km/h、7620mで65Km/h、9144mで85Km/hまで差は開きますけど、この機体だと本来量産が始まっていたF8Fと比較するべきだと思いますので。F4U-4とF8Fのデータ比較もやってみました。

 結果はF8Fに対し海面高度で-1Km/h、1524mで-2Km/h、3048mで-44Km/h、4572mで-28Km/h、6096mで-8Km/h、7620mでやっと+7Km/hとなります。)

 同じ様にF8FとF4U-4で上昇性能の比較ですが、(データは前者がF8F)海面高度で1234m/分対792m/分、1524mで1219m/m分792m/分、3048mで1127m/分対762m/分、4572mで1033m/分対762m/分、6096mで938m/分対731m/分、7620mで686m/分対671m/分。だそうです。
 F4Uの着艦性能で最も問題になったのは着地姿勢ではなく、F4U-1を供与された英海軍パイロット曰く「母艦上のLSO(着艦信号士官)だけでなく、母艦の姿さえ見えやしない。」と揶揄された前下方視界の悪さが原因ですね。(尾輪式の機体の場合離着陸動作の際、前方はエンジンで見えませんから、前下方視界の広さが重要です。)

 ヴォート社でも最初の改修型-1Aで早々に座席を18cm上げたり、後部キャノピーをバブル化して視界の向上を図りますが、英海軍曰く「それでもファイアブラントよりましだった。」決して褒められてません。(対照的にF6Fのコクピット配置と視界の良さは、それまでの艦上戦闘機中最良と絶賛しているんですよね。)

 因みにコクピットレイアウトも何がどこに何が付いているのか分かり辛い上に、コクピットに床板がないのでチャート用のペンなんかを落としたら、絶対見つからないブラックホールと酷評されてます。(結局-4でエンジン換装に伴うコクピットレイアウトの根本的改良を図って、ようやくパイロットの不満も殆ど収まりますけど、最後までF6FやF8Fの視界や操作性には遠く及ばなかったのは事実ですね。

 そんな中で、せめて離陸時の視界だけでも失格と評された初期型の-1から良くしようと-1Aでは、座席以外に尾輪の高さも16.5cm上げて視界を確保しようとしますが、今度はタキシング時に振動で尾輪のロックが解けるといった不具合に見舞われ、-1Dで振動防止型の延長尾輪を完成させて、-1で主脚オレオが堅すぎて着艦不可とされて以来の不都合に光が見えるようになり、やっと艦上機として狭い空母の上での運用が実用出来ると認められます。

 それでも試作中から問題になっていた、着艦動作の様な低速時の失速特性の悪さと、アプローチ態勢中に右翼が急激に落ちる悪癖は最後まで直らず、大戦中は通常飛行中のスピン特性の悪さと共に、この辺が異常に素直で扱いやすかった当て馬F6Fの後塵を敗することになった訳ですね。
ワイルドキャットがサルベージされたそうです。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20121212003

すげースピットファイアだ! http://www.jiji.com/jc/zc?k=201301/2013010500257&g=int
日本の機体の尾翼に描かれている部隊所属番号のセンスはいまだにスゲーと思う
http://www.facebook.com/photo.php?v=1723870789084&set=vb.100776559984890&type=2&theater

大戦終結直後の1945年9月、インディアナ州フリーマン基地での
航空ショーの動画がFacebookに上がっていました。
展示されている枢軸側の機体はほとんどオリジナルのままかと思われます。

FBアカウントお持ちの方は是非ご覧ください。
『歴史人』 という雑誌の6月号を買いました。コンビニで。
特集は邪馬台国とか卑弥呼だったんですがww・・・・・

なんと、ページを開くと、スクープ記事として、

「烈風改」の設計図発見!

とありあました。びっくりしましたw
見開き2ページだけの短い記事でしたが、図面の写真も載っていました。

群馬県?に、遺族から寄贈された、堀越二郎氏の遺品の中からみつかったそうで、機密保持のために名称部分は削り取られていたものの、かすかに「M3−J」と読める箇所があることと、部品の形状などから、「A7M3−J」に間違いないだろう、とのことです。ただ、一部A7M2と思われる部分もあったり、まだ少し研究の余地はあるようです。
発見されたのはコピーを含めた17枚。主にエンジン回りの部分で、水メタタンク、エンジンカウル上部、油冷器、機体胴下面油冷器インテーク断面図、給気導風筒、だそうです。

詳細は書かれていませんでしたが、夏には一般公開も予定されているとか。
もし、詳しい情報お持ちの方いましたら、補足・訂正・追加願いますw
あ、3月に発見されて、当時新聞記事にもなってたんですね。
知りませんでしたww
レシプロ戦闘機のエンジン始動についてお聞きしたいのです。最近零戦のエンジン始動の動画がUPされていますが、本来ならイナーシャーなのだと思います。色々調べては見たのですが、栄21型には取り付け可能だったと言う記述もあります。強風関係の文献で火星エンジンの起動が電気式の物があった、という物も見つけました。なら、ハ45(誉)、ハ112(金星)、ハー40はどうだったのでしょうか?また、イナーシャーは海軍機の基本で、日本陸軍機はエンジン始動車で直接プロペラを回したと書かれていたのですが、機数分の始動車がない場合は、日本陸軍機は順番待ちをしていたのか? など、調べていくとなど色んな疑問が出てきてしまい、手持ちの資料がほとんどない私にはさっぱりわからなくなってきてしまいました。アメリカ機はセル始動式だと書かれていますが、当時のヨーロッパの機体はどうだったのか? など、調べれば調べるほどエンジンの始動についての疑問が次から次へと出てきてしまいました。
ご存知でしたら、どなたか教えていただきたく、書き込みさせていただきました。よろしくお願いいたします。
昭和18年前後エンジン(最新型は除く)関連の本を買って積んでいた怠け者ですが
これから読んで疑問の回答になりそうな文脈を探してみたいと思います…

今知っている限りでは「零戦」も空中でエンジンが停止した場合
スイッチによる再始動が可能なようなので
スイッチ類でのエンジンスタートが全くできないというわけではな無いようです
>>[254]
 空中での再始動は、いわゆる「押しがけ」ではないでしょうか。
小学生の頃読んだ本に、坂井氏(筆者)がガダルカナルで負傷しラバウルに戻る際のシーンが書かれていたのですが、翼内タンクの燃料が切れてエンジンが停止した。プロペラが空転する不気味な音が聞こえて、エンジンが止まった事が分かった。とっさにプロペラを空転させるよう操作しながら、なぜエンジンが止まったのかを考える。やがて胴体燃料タンクに90ℓ残っている事を思い出し、切り替えてエンジンを再始動させた。と記憶しています。
アメリカやイギリスでは、空包を使ったコフマンエンジンスターターというのもありますね。ショットガン方式なんて呼ばれることもあるかもしれません。
カートリッジを消費しますが、装置が軽量だったとか。

強風については、二重反転プロペラの試作機に搭載した火星一四型が電動だった、と手元の本には書いてあります。他の火星がどうだったかはわかりませんw
なお、二重反転をやめたことにより、強風のエンジンは火星一三型に変更になってます。(一五型という資料もあるようです)
>>[258]
ありがとうございます。
1式戦のイナーシャーはロットの部分が長かったようですね。海軍式陸軍式、日本はどうして違うのでしょうか?また、投げ縄式の始動方法は松本零士さんの作品の中にもあるようです。
色々調べてみると、イナーシャーはエンジンではなく始動装置という事らしく、電気で回せば電動で、手で回せば手動。ハー115は電動のものもあったらしいですが、書かれている通り電装品の品質が悪くて、あまり使われなかったようです。

皆様方のコメントを頼りに、色々調べて分かってきたのですが、混乱もしています。
電動式ですが、マーリンエンジン8は電動式ですのでのスピットファイヤーのMK�祁燭�らはセル?スタート。ですが、なぜかマーリン12は一段一速でコフマン式始動。とあるところの説明では、アメリカ星型エンジンは全てコフマン式だった、と書かれています。P51あたりはコフマン式のような気もしますが、本当にそうなのかはまだ分かりません。イメージヘルキャットやコルセアは電動式なんですが……。日本では、新司偵が電動。96陸攻はイナーシャー、ハー45は?と今色々と調べて回っています。
ウェールズでP-38が見つかったそうです。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2271153/The-ghost-rises-Ambitious-plan-salvage-WW2-Lightning-fighter-sea-Welsh-coast.html
レッジアーネRe2000ファルコがイタリアの海からサルベージされたそうです。
第二次大戰においては、
ジエツト戰闘機は黎明期 1)であり、レシプロ機の開發並びに性能追求が鋭意継続 2)されてゐたやうですね。
(ここで思ひ出したのが)
松本零士氏の戰場漫畫シリーズ「衝撃降下90度」

太平洋戰争末期、
レシプロ機による超音速飛行と云ふ難題を解決すべく、開發技術者とテストパイロツトが命がけで音速超えを目指す、といふ胸熱物語。

開發者のことば(要旨):
ジエツト機※は試作段階であるが 間にあはない。
レシプロ機なら すぐに大量生産に入れる。
※「菊花」でせうね

同漫畫のラストにおいては、
レシプロ機で音速を超えることに成功したが..
(ネタばれになるので
ここまでm(_ _)m)

1) 実戰に投入されたMe262も マニューバーでは苦勞したやうですが。
2) 有名な十八試局地戰「震電」については既に言及されてゐると思ひますので、ここでは略。

皇紀二六七八年 長月
>>[231]
〜
>>[235]

スピツトファイアに關する久々の報道です:
(MIXIニュースでも取り上げられていましたが、元記事はこちら)
↓
「おたくま経済新聞」
http://otakei.otakuma.net/archives/2018092503.html
2018/9/25
「イギリスの名機スピットファイアが日本の空を飛ぶ!
『シルバースピットファイア』世界一周飛行」

第二次世界大戦でドイツ軍の爆撃機や戦闘機からイギリスを守った戦闘機、スピットファイア。
「大英帝国の誇り」ともいわれる、楕円翼の美しいプロペラ機です。
そのスピットファイアが2019年の秋、日本へやってきます。
機体をピカピカの銀色に磨き上げた、その名も「シルバースピットファイア」がイギリスから世界一周飛行を実施。
その途上で日本に立ち寄るというのです。
(中略)
現在のところ、「シルバースピットファイア」がいつ頃、日本のどこへ立ち寄るのか、公式なアナウンスはなされていません。
プロジェクトの進捗状況は、これから公式サイト☆で徐々に明らかになっていく予定です。

☆https://www.silverspitfire.com/

皇紀二六七八年 長月
アイアン・イーグルコミュニティありますが

エイセス・アイアンイーグル3に大戦機多数。

私はセスナ機で2万フィート水平線弧を描く。

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