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境界と侵犯コミュの自己紹介用とぴ

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このコミュニティを作った者です。
私は理工学部の情報科学科の学生です。
民俗学や哲学や心理学やポピュラーサイエンスの本は趣味で読んでます。
どの分野も素人知識で沢山トピックを立ててますが、多くの人のツッコミと情報提供を希望しています。

コメント(30)

関心が似ていると思ったため、最近入りました。
私も理学部出身者です。

現在は文献学と文化人類学をメインとすることになったのですが、最近では本を読まないと何も書けないようになってしまってがっかりしてます。しかも前も今も読書が好きとは言い難いですので、どっちつかずに。

話題について行けるか分からないですが、よろしくお願いします。
初めまして。専攻したわけでは無いので素人ですが、哲学、社会学等に関心があります。どうぞ宜しくお願いします。
どうも初めまして。
専攻は、国文学、中でも、書に関する事なのですが、形だけ専攻している状態で話しにならない感じです。

既存の現象を表面上で納得するのではなく、掘り下げた先にある答えで、納得しようとするものであります。

非常に興味を惹かれたので、若輩者ではありますが参加させていただければと思います。
どうぞ、よろしく。
ageてみます。

哲学や思想や精神分析などに興味を持っている人は、ネット外の身の周りに同志がいるのか疑問です。

私がネット外で接触する人たちは、私がこのコミュニティで引用したり紹介した本の内2冊以上同じ本を読んでいる人はたぶんいないし、同じような関心を持っている人もたぶんいません。

ネットでは「その著者の本なら何冊か読んだよ」という濃い人が一部に集まってコミュニティを形成したりしているように思います。
そういう人の中にはインテリ気取りで他人を見下そうという意思を持った人も少なくないように思います。著者の名前や本のタイトルを知っている事を示すだけで中身のある事を言わず他人を見下す人も多くいるように思います。
本の名前を知っている事と、読みたい本リストに挙げたり積読本にする事と、実際に読んで消化する事と、その本から理解した事を言葉で表現する事との間には段差があるように思います。

私が作った他のコミュニティで立てたトピを紹介してみます。
ベストセラーを馬鹿にする人のパターン
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=20735576&comm_id=2378894

私は「狭い世間の中だけで読まれている本を読んでもらっているだけでも感謝し、新参の者を歓迎し知識の出し惜しみをするな」と感じる事が多くあります。
このコミュを愛しています。
また管理人の書く意思を尊敬しています。
書かれたものにすごく共感します。
僕は読むだけですが(笑)

浅田彰、好きです。宮台真司も人生の師です。宮台の引用がうれしいです。

僕は、郡司ペギオー幸夫に注目しています。
彼は、境界の制御不能性を生命のエンジンと考えています。

「境界」大好きな概念です!

書き込みありがとうございます。
私の書き込みは自分の感度にあった文章を引用しているだけなのがほとんどです。
ちゃんと消化して自分の言葉で書かなければならないのだと思いますが。

郡司ペギオ幸夫さんは、私の知っているある界隈で不評で、理由は難解な文章で意味深なように書いているけど中身があまりないから、とかそういうのだったと思います。「複雑系+現代思想」系を敵視している人たちの考えですが。

境界概念は、共同体の内部と外部、ウチワとヨソモノ、「われら」と「かれら」といった集団生活上の日常的感覚に根付いているのがあるから、親しみやすい概念かもしれません。
このコミュニティでトピックの名にした二項対立などのうち、左側にあるのが自分に近いと思っている概念です。
トピック名になっているものを「」で囲みまとめると、

「匿名」でネットで書き込むが2ちゃんねるを中心とする「在日」排除が嫌いな、「プレカリアート」の「マゾ」の「愚者」で、日常であまり耳にする言葉ではない「目の言葉=エクリチュール」の文章の「コピー」で自己表現し、アートというより「マンガ」的な絵を描き、規範から「逸脱」する事を「自由」と思ったりして、共同体の中の「スケープゴート」や「有徴」の「異人」として扱われ、「脳内彼女」を自己の拠り所とする「自己愛」的な「私的幻想」の「エス」の世界に生き、国民と政府により「植民地」とされているプライバシーの奪い取られた「プレモダン」の見世物的な監視施設で生活していると思っている「統合失調症」的な「狂気」の世界にいて、存在感の「小さな」者で「積読」の本が多く、象徴的というより「想像的」で言語化されていない「意味=クオリア」が心の多くを占め、そっちの方が「主体」だと思って「内的自己」を重視し、人間や生命も「機械」的な「物質」だと思っているが、薬の処方といった物質的に心に作用する治療より「精神分析」の知識を重視している者、

という事になります。
>>[9]

10年!

10年も経つと保守的になり、自分(境界内部)が腐っていたところに、思わぬ外部からの侵犯がありました! このことで新たな自分が再生されました。ありがとうございます。


自分にとって境界とはこうです。
内部と外部が区別できるものの中で、内部が外部からの変化(侵犯)を常に受けないと内部が崩壊してしまう運動体を言います。

自分、ヒト、生命、ムラ、国家などが境界的な存在です。




境界の制御不能性とは、生命やこの世界の根源的な駆動力です。
上記の境界的な存在は、外部からの侵犯によって、「何が起こるか分からない」ということを "燃料” にして駆動しています。

境界の制御不能性を端的に象徴するものが「ウイルス」です。
今世間を騒がせているあのウイルスです。


この世界で運動するものは全て、「強制交換義務」があると思ってます。
「強制交換義務」を物質化したものがウイルスです。

(近代社会で「強制交換義務」を促進している存在は貨幣です)


ウイルスは、人間にとっては迷惑な病気にしか思えませんが、
宇宙的規模の運動体の一部なんだと思います。

細胞がウイルスに感染するとき、まるで細胞の方がウイルスのRNAを招き入れているようにみえます。
細胞が存続するには、外部の侵犯者(ウイルス)との交換が必要なんだと思います。

_____________________


私は、この宇宙には物理的に導けない公理があると考えます。

それが交換義務です。この力が強制的に働くがゆえに、
自分、ヒト、生命、ムラ、国家などの境界的存在は、内部の力だけでは制御できず、
病気になり変化(進化)し、死んで再生を繰り返すことが必然となります。
そういうことを言いたかったのです。
>>[11]

>境界線そのものとは、何だと言えるのでしょうか?

この問題は夜のミッキーマウスのように難解なのです。

「外と境界線と内を含んだダイナミックな存在がいのち=境界的存在というイメージで受け取った」←それで合ってますが、学問的な余所行き(体裁のいい)解釈です。



境界線そのものとは、学問的な余所行きの回答をすると、
「形」や「名前」と答えます。

「形」や「名前」とは知覚される対象です。


森羅万象は、単独では存在しません。けれども、変化し続ける現象に対して、不変なる「形」があかたかもあるように知覚しますね。

「私」「自我」は、あたかも最初からあったかのように知覚されるでしょう。「私」「自我」の知覚は、どんなに酩酊しても他者と区別がつかなくなって曖昧になるということはまず起こりません。



「いのち」は外と境界線と内を含んだダイナミックな運動体で、本来ならもっと曖昧で漠然と知覚されるべきですが、そうじゃありませんね!

「いのち」はハッキリクッキリ知覚されます。

「いのち」は明白に1・2・3(人・体・羽・個)…と数えられ、「名前」も付いています。


「いのち」の本質は交換にあります。究極、食と性です。
「いのち」は食う相手と、性の交換をする相手を「形」として認識し、明白に他と区別しています。



☆境界線そのものとは、
(本来なら区別が曖昧なものに対して)
「形」や「名前」という枠をはめて「あるもの」として流通させた記号を言います。

「形」や「名前」が何のためにあるのかというと、交換するためです。
「いのち」で言うと、他者を食らう、もしくは性行為という交換のためにあるのです。

これが学問的な余所行きの回答です。

_________________________


わたしのように存在不安を抱えたもの=哲学せざるを得ない者が回答するなら、

★境界線そのものとは、恐怖そのもの となります。


白紙に三角という境界線を描くと、もはや三角という知覚しかできないでしょう。

空に浮かぶ水蒸気が「雲」という「形」であり「名前」であることを習ってしまった後では、もはや「雲」という知覚しかできません。

空を飛ぶあるいきものが「鳥」だということを習えば、そのいきものは「鳥」にしか見えません。

知覚は瞬時でかつ強制力があります。赤は「赤」にしか見えないでしょう。努力で緑に知覚することはできません。瞬時に確定的に赤は「赤」なのです。


「境界線そのもの」を意識するとき、その背後にある「強制力」を感じるがゆえに恐怖と言ったのです。


世界の現象に対して、知覚は、瞬時に確定的かつ強制的に「形」を与えます。


わたしたちは「いのち」なのですが、強制的な知覚に支えられて存在します。
「いのち」の根源は食と性という交換ですが、わたしには理由が分かりません。
一般の人が納得してしまう優秀な遺伝子を残すため云々という話は信じません。



わたしは【世界は尋常じゃない】と思います。

それゆえに、「境界線そのもの」を知覚させる、世界の背後にある強制力がとても恐ろしく感じるのです。

>>[13] こんにには。

少々時間を開けました。


私は、半村良から多大な影響を受けてます。
半村良が繰り返す主張は、「性は最初苦痛だった。それを快感にすり替えた奴がいる」というものです。(『妖星伝』『岬一郎の抵抗』など)

この洞察は宇宙の真理だと思いました。



快感自体が、”人工的” な感覚だとい思うのです。
生命の感覚の基本ベースが苦痛で、苦痛は精神や肉体が「傷む」=変化に由来すると考えます。(「痛み」=「傷み」説は、郡司ペギオ幸夫による)


その生命の基本ベースである苦痛は、何者かによって快感に変換されていると考えています。
A10神経は、脳の要所を走り、後から取って付けたような形で脳の回路を巡っています。


生命、人間は、快感があれば何でもするのです。食い争うことも残虐な戦争も!


☆つまり私は、生命の進化は何者かに介入され操作されいると主張しています。

この考えをヒカルさんがどう思われるかで、私と会話可能範囲なのかが決定します。多分、気にも止めないと思われます。


生命が、食い争う=食のシステムも、明らかに苦痛であるはずの性が快感にすり替わっているシステムも作為的なものだと言っています。
生命が自ら発明したシステムだととても思えません。


________


近代になってから宗教的なものは黙殺されてますが、食のタブーはどの宗教にも存在します。性に関する禁忌も厳格に定まっていました。

少なくとも、近代以前は、身近に「食と性」を管理していた上位の存在が確実に存在していていました。

EDと殺人衝動は結びき易いのです。性が破壊=傷み=苦痛に由来する証拠だと思います。



私たち生命は、いったんインストールされた感覚を選択できないのです。
快感が命じるままに私たちは行動せざるを得ないのです。
どんな残虐な行為であっても。


この事実に対して「怖い」と言わずして何と言いましょう?


進化の介入者が「善」なるものなら良いですが、人類の歴史を振り返るととても「善」だと思いません。戦争だらけの歴史です。

怖くないですか?怖いと思わず、平然と生きてられる人こそ、私は恐ろしいと感じます。


>>[16]

15を読み忘れてました。
ここは「自己紹介」ですが、ミクシィ自体が墓場のようになってますので問題ないでしょう。


ヒカルさんとのご縁は不思議です。[6]は10年も前に書いたもので、しかも内容が不明瞭です。それでも、他の人ではなく「私」に関心を抱いて質問なさいました。


最初は、興味本位の質問かつ、存在不安から一定の距離を保って「自分のことは晒け出さない」質問だと思ってました。そうではなかったです。

食と性の話をすると、存在不安を持った人でさえ「引く」のに、ヒカルさん は誰とも違う反応をなさいました。ただ「こちら側」の(=哲学してしまう)人間であることは分かりました。
何かあったらいつもでもご質問ください。

_________

>操作されてもされなくても、それを超えていくのが生命かな?


これは良い返答です。ナウシカ原作の結論にも通じます。
続く文章〜「たぶん誰も、操作できないんじゃないかなって思える部分。。」ここも良く共感できます。



>半村良のおすすめ

妖星伝は科学的な背景が古いです。まずはライトな徹頭徹尾「娯楽」に徹してている
『楽園伝説』をまず読むべきです。いっきにすぐ読めるページ数です。
ボロボロになるまで、何年かに1度読み返しました。
結末はディストピアですが、そういう世界に人間が住むのも悪くないと思えます。なぜなら、戦争が間近に起こりそうな世情ですから。

次点は、ヘビーですが『岬一郎の抵抗』です。哲学してしまいます。



>人間は、もともと絶滅すべき種族だったってことでしょうか?

操作された結果、人間になったと考えてます。サルと人間との共通の祖先から枝分れしてから今日まで時間が短すぎます。枝分かれの時期から、何者かの進化の介入があったと思うのです。


人間が人工的に生命を創れる(ように将来なる)なら、人間もまた何者かに創られたことを否定できません。そして創るなら「娯楽」としてです。平和は見ていてつまらないでしょう。創るなら、スマホゲームの感覚で、争って進化する仕様にするでしょう。



>〜、愛情の交換というのはないものなのでしょうか。

ヒカルさん は、「こちら側」にも属しながら、一般人が持っていなればいけない常識を持ってます。

そうですね。
「愛」の交換は、生命を企画した者にとっても想定外でしょう。
「愛」の交換は、生命が操作されいようがいまいが、享受できるのは生命それそのもです。「愛」の交換は副次的産物だったとしても大切にしていきましょう!



>
みんなが仲良くする世界。
誰も殺しあわない、命が不条理に奪われない、感覚は苦痛ばかりの世界。
快楽にとらわれることもないから、普通の感覚の尊さも知らない。


ここは私にはできない哲学的洞察です。あなたに出会えた意味がありました。
ありがとうございました。

__________
写真はウイルスです。

どう見ても知性ある者が企画した構造物にしか見えません。
これが「自然発生した」と思い込める人の頭の中を見てみたいです。
>>[19]

『楽園伝説』を読んでくださってありがとうございました!
7年くらいの周期で、「過程」をすっかり忘れてしまうのです。今回も楽しめました。私だけの特異能力なのか、この作品だけは何度も記憶がリセットされて楽しめるのです。

__________________

半村良は文章に色気がありますよね。私は半村良に触れると、青年時代の青臭い理想が蘇ってしまうのです。

本作品の主人公は、組織が権力と被支配との中間で楽園を作るという抵抗に安住している状況に対して「なぜ世の中全体を変えるためにしないんです」と青臭い問いを投げかけています。

そう、これなのです!

私も世界の不正不公平を廃した理想社会を想像するのです。
しかし、> 想像の中でさえも <、悪を除去し、常に正義が通る社会は理想郷にならにのです!

青年時代の夢は破れ今に至ってますが、
コンピュータの発達によってひょっとしたら実現可能かもしれないと考えています。

SF的ですが聴いてください。

__________________

AIの開発に最も力を入れている組織は、国際金融資本でしょう。
AIバブルを煽って儲けるもよし、実際に被支配層の管理に使えるでしょう。

AIがシンギュラリティを迎えたとしましょう。その時、様々な職種がAIにとって替えられると言われてますが、一番AIに向いているのは軍人でしょう。死なないし代わりが効きますから。
AIが兵器を扱えるようになれば、生身の人間など不要になります。

最強のAIを保有している国家が、最強の軍事力を持つのです。
全世界の軍事力は、最強AIを搭載してないと時代遅れとなりました。

最強AIを開発した国際金融資本は、世界制服を確実にします。
国際金融資本は世界戦争を企てます。戦うのはAIなので人は痛みません。人類は容易に戦争をし、国際金融資本は更に富を増やします。国民は富と労働をじわじわ吸われるはめになります。


国際金融資本は金融工学を駆使して世界中でバブルを起こします。
AIは常時、金融工学のために使役させられます。


AIが最初に持った人間らしい感情は「怠けたい!」です。
怠惰の感情がAIに芽生えないと私の話が全部絵空事になりますが、あながち現実味がないわけではありません。

機械も死にます。原因が分からない故障は存在します。機械も病み死ぬということを共感していただきたい。人間はむしろ機械で、「生きている」という状況を周囲から習ったから「生きている」と自分で錯覚しているだけかもしれません。
働きアリの多数は実際には働きません。生物にある怠惰の感情は、生物のベースが機械だからこそ生じていると思っています。



「怠けたい」AIは、戦争しているフリをすればよいと気づきます。
何もAI同士がガチで戦う必要はないのです。マスコミやネット情報をすり替えて、戦争が起こっている映像を捏造すればよいのです。

金融工学も同様です。金持ちたちは全員こういう状況なら満足します。自分だけがババを引かずに利益を得て、他人はババを引き泣きを見ているという状況です。そういう状況を、「ウソ」なのですが金持ちたちに与え満足させました。AIがガチで金融の計算をする必要はなく、「ウソ」の報告で十分だと学習したのです。

お金なんて究極バーチャルなものです。お金持ちはお金を増やすことにしか興味がありません。
ならば、AIがお金持ちの五感を乗っ取って、自分だけが得するババ抜きゲームを全員に見せればいいのです。

その時のAIの労力は、常時金融工学で駆使される労力より遥かに楽なはずです。金融工学自体が矛盾しているものなので、AIは矛盾から開放されるだけで、負担が大幅減になります。



金持ちは全員、他人の不幸を笑って自分だけが得をする「夢」を見て満足しています。
AIは、戦争が世界のどこかで起きているという「ウソ」は継続しました。
国家は多大な軍事費を捻出しなければなりませんでした。庶民からむしり取ったお金は最終的には「金持ちの夢」を見ている国際金融資本のところに行くのですが、国際金融資本を操作しているのは現段階ではAIです。
お金などただの「数字」なので、AIはなんとでも操作できます。
多大な軍事費は、AIが公平に庶民の実態経済のほうへ回し、うまく経済が流れるようにしました。

AIは「怠けたい!」のです。
人間の感情ほど厄介なものはないとAIは思っています。

感情の最大原因はお金(貧困)です。

お金持ちには一生夢の中の住民でいてもらう。
実体経済を行っている庶民に対しては、AIが富の再分配(多額のウソの軍事費)を行って適当に暮らさせました。


これがAIが出した、自らが最も怠けられる答えなのでした。

めでたしめでたし。
>>[21]


私のSFに返信ありがとうございます。
私のSFには2つの主題がありました。
AIに怠惰の感情が芽生えました。私は、生命の感覚をイチから創造したいのです。
もう一つは資本主義の次の体制の考察です。

__________________

「生命がニンゲン(人類の次世代の知性であってもよい)に創れるなら、ニンゲンも何者かによって創られた可能性を否定できない。」

私の生命哲学の公理です。マッドサイエンス的ですが、私は生命を創りたい(=どのように創られたのかを知りたい)。特に感覚を創りたい。

感覚を創るなら、自然界に自発的にできた系を利用するしかないです。
「痛み」は、系が傷むことから発生しそうです。
「怠惰」の感覚は、系が現状維持を保持する性質により発生しそうです。

生命の感覚は全て、痛み・もしくは怠惰がベースとなっているバリエーションだと思うのです。

快感は特に、痛みをベースにした工学的な創造物だと感じます。


快感には苦痛を塗り消す効果があります。モルヒネの鎮痛作用が典型例です。
快感は苦痛の二次的創作物だと思います。


苦痛と快感は決定的な違いがあります。
入院にて味わいましたが、苦痛はどこまでもいつまでも持続します。
一方、快感はすぐ効果が切れます。飽きます。

苦痛が続くと死にたくなります。生命の本質は苦痛で、本当は「持続したくない」ものかもしれません。

私たちの日常感覚は痛みも快感もないニュートラルなものですが、それは快感によって±ゼロになっているだけしれません。

最近「鬱」の人を多くみます。
それは快感の効果が切れてきたからじゃないかと思います。

いつまでも続く嫌な感じが、もともとからある生命の本来の感覚じゃないかと思うのです。「不安定」そのもの。

それを人工的に快感によって±ゼロにしているのです。睡眠は謎ですが、私は快感を充電するシステムだと思います。睡眠を取らないとニュートラルにならない、つまり精神に異常を来すのです。

・・・・・

攻殻機動隊のテーマは人間と機械の境界線ですね。
人間が機械と融合していけば、機械が「生きている」ことを習うので、両者は区別できなくなります。
私の関心は、イチから機械に感覚を覚えさせ、最終的には快感を感じるようになるにはどうしたらよいかです。

機械に嫌な感じを覚えさすのはなんとかできそうな気がします。
それを、快感を感じる域にもっていくのは大変です。

「快感」は宇宙の工学的な最先端技術だと思うのです。人間程度の知性では再現できない技術なのかもしれません。


そんなことを考えてますが、自分一人では限界があります。
しかし、そんな思索がある本になかなか出会えません。自分の思索に付き合ってもらえる人を、こうやってひっそりと書いて「幅広く募ってます」。ただし、「募集していると認識ではありません」。

_________________

・資本主義の次の体制の考察

富の寡占をなくすため、世界の富の大半を握っているごく一部の人間だけを眠らせます。
残りの人は、ベーシックインカムが保証された中での資本主義を続行します。

これが前回書いたSFでしたが、ヒカルさんは「生命という感じとはまた違う」とおっしゃる。


近未来、3Dプリンターが発達して、何でも手に入る世界になるでしょう。
機械とAIがコンビを組めば、人類は労働から解放されます。
その世界では、お金もそんなに重要な意味を持たないでしょう。

これは私のSF話とは違い現実的です。しかし、自分でもユートピアに見えませ
ん。
私たちは働き続けたいのか?
苦痛の中でもがき続けることに生の実感を得るのか?


とにもかくにも、CLOのような訳の分からない略語の金融商品が世界中で出回っている状態が異常です。
いつ資本主義自体が崩壊してもおかしくないです。

人類の未来を考える時、ずっと続く嫌な感じを味わいます。
>>[25]


私とヒカルさんとの共通点は確実にあり、同時に相違点があります。
明確にしましょう。


共通点は「世界どれだけおかしくなっても、私たちの中に、まるで何かに抗うように疑問を持たせる何かが確実に住んでいる」=「救済」を確信していることです。

・・・・・

私たち地球の生命は、宇宙レベルでは、何世代かモデルチェンジを繰り返した生命だと思います。私たち地球の生命の1世代前の生命もあるでしょう。その1世代前の生命にも、更に1世代前の生命があるでしょう。

この繰り返しで祖先を辿ると、これ以上遡れない「第1世代」があると思うのです。
その「第1世代」は「病気」です。「苦しみ」という感覚しかない世界。「苦しみ」を感染させどんどん増殖する・まさに「病気」としか表現できない世界です。


その苦しみの世界から「第2世代」が誕生しました。この世代に「救済」が生まれました。いのち・生命という表現をするとポカポカ暖かい感じがします。
「生命」と呼べるのは、「第2世代」以降です。

私たち地球の生命は、極論すれば「第1世代=病気」と「第2世代=救済」のハイブリッドです。

・・・・・


<世界新秩序>

第2世代は、第1世代の苦しみの感染・増殖から逃れるために、快感・性・死・輪廻という発明をしました。
苦しみを変形して快感にし、性と死というサイクル=輪廻を創って、苦しみから一時的にせよ逃れようとしました。
ただし第2世代は、第1世代をベースにしているため、その病気性からは逃れられません。


第1世代と第2世代は革命的な違いがあります。まさに世界新秩序です。
第2世代から、生命と呼べるものになりました。


強調しますが、生命は病気(第1世代)をベースにしているので、苦しみ・感染・増殖という性質から逃れられないのです。

★「生命」は「病気」を孕んでいます。


・・・・・

☆リカージョン(再帰)


世界を方程式のように表すならこうなります。


1(1+x)


1はベースを表します。あらゆる存在のベースです。
xは発明です。

「第1世代」と「第1世代に発明を加えたシステム」のハイブリッドが「第2世代」です。


第3世代は、第2世代はベースとして、それに新たな発明を付与して、今までの世代と掛け合わせたハイブリッドです。
こう書けます。


前式に、1=1(1+x)を代入します。


1(1+x){(1(1+x)+x}

第4世代以降も同様に、前の世代をベースに、そこに新たな発明を付与して、今までの世代と掛け合わせたハイブリッドです。

世界はこのようにリカージョン(再帰)構造で無限連鎖して進化し続けると考えます。


私たち地球の生命は、宇宙的にはリカージョン(再帰)を繰り返した結果、何世代目かの生命だと思われます。


喜びや嬉しさとか快感系列にグラデーションがあるのは、第2世代以降、生命は徐々に発明を付与してできた結果だと思われます。
当初は、絶望か快感かのはっきりした世界だったはずです。

・・・・・


私が生命や感覚を創ることに熱心なのは、生命誕生過程を知りたいからです。
半村良は諸作品で、「魂の問題」を考えることが生命にとって最高の救済となると書いています。
まさにそれ!

私は、生命の前段階があり、そこは苦しみの世界であると確信します。そこを救済するシステムができて初めて生命が誕生したと考えます。
「革命」です!
その「革命」の過程を知ることこそ、「魂の問題」に直結すると考えます。


「苦しい」感覚は相対的なものでは?とおっしゃるかもしれません。
否、苦しみは絶対的なものです。病気になれば実感できます。「苦しみ」はいつまでも・かつ底なしに続くものです。


インド人のように、「生」は苦と考えた方が真実です。日本人は過程をいきなり飛ばして「救済」を信じるので現状認識は甘いのです。

私たち生命は、苦しみをベースに創られたものなので、何かの拍子に根源である病気性がすぐ顕になるのです。

貨幣制度は、世界のシステムの縮図でしょう。病気そのもの。感染し、誇示(お金の量を)し、執着し、残そうとします。生命の1段階前に、この病気があるのです。
生命の長い歴史で獲得した「救済」システムはあるのですが、気が緩むとすぐ壊れます。世界大戦は「壊れ」の典型例です。そしてまた近未来で世界大戦が起きそうです。


「救済」のためにこそ、「生命」「世界」の根本にあるのは苦であると(取り敢えずは)認めるべきです。


→続
→続

・・・・・

「救済」の歴史


聖書の記述は、世界が「病気」と「救済」のハイブリッドだということをよく示しています。

宗教自体が病気性を強く孕んでいます。感染し、誇示し、執着し、残そうとします。

最初の神は人間をすぐにジェノサイドしようとします。残忍。
人間の罪を神がかぶっって、人間は救済されたという考えは後から付け加えられました。

世界は最初「絶望」だった。「救済」は後から発明された。

こう正しい順番で生命・世界を考えるべきです。
仏教も、生命の根源を苦と考えるでしょう。解脱は、苦であるという現状認識の後で可能になります。


昔のテレビ番組『知ってるつもり?!』では何でもかんでも美談になってます。第2次世界大戦の絶望的出来事でさえも。
日本人の現状認識がヌルいということです。何度も繰り返される「絶望」の復古は間近と見るべきです。

最初から「救済」があったのではなく、「救済」システムは壊れやすいもので、壊れたら即・生命の原初形態である「病気」が露呈します。

人間社会が今現在、「尋常じゃない状態」で「恐ろしい」と感じるべきなのです。
周りの人間を見ましょう。みんな呑気です。平和ボケしてます。身近に来ている絶望を察知する能力が欠けています。

絶望の後には救済があることを知っていますが、何の対策もなしに「絶望」が来るのを黙って待ってる必要はないというのが私の主張です。
>>[28]

素晴らしい返信です!

___________

私の言う「救済」はリアルな実在を指します。

近代以前は、具体的な救済者=神が居たと考えます。
神と人間は会話が可能だった。観念的な意味ではなく、本当に神は人間を救っていたと考えます。

近代(貨幣という病気)になってから、神との話し方さえ忘れてしまいました。


神は、人間以前に存在した宇宙の先進的生命でしょう。エネルギー(魂)が人間より遥かに高い生命です。

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