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境界と侵犯コミュの文系/理系 二つの文化

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私は文系の知識も理系の知識も半端ですが、真理を求める精神はどちらも同じかな、と考えています。
テレビや雑誌や本などのメディアで活躍して、ファンや追っかけを作っているのは文系の知識人が9割以上で、科学者のメディアへの露出も科学系の書籍の売り上げも低いのは悲しい事です。
科学系の書籍を真理を求める精神で買う人は、哲学・思想系の書籍を同じ精神で買う人より少ないかな、と思っています。どちらも少数派だと思いますが。
一般人向け科学本を出している人でテレビに出ている人は、茂木健一郎(脳科学)や佐倉統(進化生物学)がいます。
文系の大物が科学用語を文脈と合わない所で使用している事を叩いた書籍ではソーカルの「知の欺瞞」というものがあります。


ソーカル事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

言語の物理的基盤ー表象の精密科学へ向けてー
「言語」Vol.28 No.12 (1999年12月) p.49-57
(c)茂木健一郎 1999 (c)大修館書店 1999
http://www.qualia-manifesto.com/essays/gengo2.html

コメント(1)

立花隆×利根川進『精神と物質』から
立花「しかし、精神現象を何でも脳内の物質現象に還元してしまったら、精神世界の豊かさを殺してしまった理解になってしまうんじゃないですか。生きた人間を研究する代わりに、死体を研究するだけで、自分は人間を研究してるんだと語るようなことになりませんか」
利根川「いえいえ、死体を研究することによって、生きた人間についてずいぶんいろいろなことがわかるのです。それに、我々は実験動物を使うことによって、例えば脳の一部を生かしたままで培養することだってできるし、また生きたままの動物や人間だって、すでにある程度研究することはできるし、またテクノロジーが進めばますますそういうことが可能になると思います。要するに、ぼくのいおうとしていることの一例としてですが、たとえば教育学という学問分野がありますね。どうやって子供を教育すればいいか、いろんな学説の体系がある。だけどそれがちゃんとした原理からの発想にもとづいた学説かといったらそうじゃない。たとえば、人間の知能はどう発達していくのか、性格はどう形成されるのか、そういうことがきちんと原理からわかった上で、だからこうすればいいんだという処方が下されているのかというと、そうじゃない。現象的な経験知の集大成にすぎないんですね。当然こういう処方には限界があるわけです」
立花「まあ、人文科学というのは、だいたいが現象そのものに興味を持ってるんであって、必ずしも、その原理的探究に関心があるわけじゃないですからね」
利根川「ぼくはね、いずれああいう学問はみんな、結局は脳の研究に向かうと思います。逆にいうと、脳の生物学が進んで、認知、思考、記憶、行動、性格形成等の原理が科学的にわかってくれば、ああいう学問の内容は大いに変ると思います。それがどうなっているかよくわからないから、現象を現象のまま扱う学問が発達してきたんです」
立花「すると、二十一世紀には、人文科学が買いたいして、ブレイン・サイエンスの下に統合されてしまうということになりますか」
利根川「統合されるかどうかは別にして、大きな影響があると思います」
立花「文学とか、哲学といったもはどうなると思いますか」
利根川「哲学に関していえば、すでに現代の生物学の成果がこの学問分野に与えた影響は、かなりのものではないでしょうか。ブレイン・サイエンスの成果は哲学が扱う世界観・人間観にさらに大きな影響を与えると思います。文学についていえば、すぐれた詩が人間を感動させるとき、人間の脳の中で、それに対応する物質現象が起きている。それが解明されれば、どうすれば人間を感動させられるかがもっとよくわかる。どうしう詩、どういうストーリーがなぜより人を感動させるのかといったこともわかってくる」

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