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演劇ってなんだ? [宣伝禁止]コミュのあなたは表現派? それとも存在派?

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以前、あるワークショップで演出家が言いました。
「演技のスタイルというのは、強いて分類するならば“表現派”と“存在派”に分けられるようだ。どちらが良いとは言えないが、このワークショップでは存在派の演技のためのことをやる」

私の解釈では「表現派」とは写実を超えて積極的に何かを表現しようとするスタイル、「存在派」とは誇張したり狙ったりせずにただ役としてそこにいようとするスタイル、です。

皆さんはどちらを好みますか。どちらを目指しますか。
“強いて選べば”ということになるかもしれませんが。

コメント(14)

強いて選ぶなら……。表現派ですね。存在派は凄いと思うし観るのは好きです。だけど、自分の毛色じゃないです。少し残念。
説明を読んでまず存在派=平田オリザ先生っと思い浮かんだのですが、あってますかね?
また表現派の代表的な人って誰ですかね?
長々とすいません。
なんとなく、分かりましたが。
「ただ、そこにいる」という事や「何もしない」というのも、一つの表現では、ないでしょうか?

スタイルを分けるのは、演出家であって、俳優ではない。
だから、スタイルで演じるよりも、結果的に観客が、どちらのスタイルだったかを委ねるほうがいいと思う。
ようするに、作品の方向性と演出、これらの要求に答える事が最優先だと思います。

自分を何派でくくるよりも、両方できたほうがいいと思う!
それに、芸の幅や、将来の可能性を小さくしてしまう。

俺が思いついた、表現派の代表は「NODA MAP」です。
大きい会場にも関わらず、観客を魅了するエネルギーは、ただ存在するだけでは作られない、俳優が全身を使って、観客に送るメッセージがあるからこそ生まれるものだと思う。

最後に、本で読んだ、大好きな言葉です!

「ACTORとは、ACT(行動)する人だ」
確かにどちらとも言えない部分もあるので「強いて選べば」ですが、
物事を考えるためには強いて二分するのも大事だなと思いました。

今までは存在派の考え方だった(『俳優修行』を読んだ影響)のが、
最近は表現派の方に興味が移りつつあります。
脚本がどちら向きというのもあるのではないでしょうか。
例に出したワークショップの演出家というのは鐘下辰男氏でした。

>「ただ、そこにいる」という事や「何もしない」というのも、一つの表現では、ないでしょうか?

そうですね。「何もしない」ということに何か狙いがあってやっている場合、表現性が強いと言えるかもしれません。

>スタイルを分けるのは、演出家であって、俳優ではない。

その通りだと思います。俳優が勝手にスタイルを選択していいという訳ではなく、統一したり方向付けしたりするのが演出の仕事でしょう。ということを考えると、一生同じ演出家と仕事をするのでなければどんなスタイルにでも適応できた方がいいですね。


さて、私はどちら派かと言いますと、表現派ですね。
芸術にしてもエンタテイメントにしても能動的に表現するべきものだと思っているので。
ただ、最近は存在派のスタイルにも興味を持って取り組んでいます。
そもそも、劇作、演出、演技それぞれの表現の次元というものがあって、劇作や演出としての表現を具現化するための俳優という位置づけもあり得る訳ですよね。

ばこやまさんが書かれたとおり、脚本がどちら向きというのはありますね。シェイクスピアは表現向き、チェーホフは存在向き、とか。私はどちらかというと古典とか大仰な作品・表現が好きなので演技も表現派のスタイルを好むのですね。ただ、大仰な中にもしっかりとした存在感、生々しい存在感が欲しいな、と欲張ったことを考えているのです。理想は「そんなやついねぇよ」というくらい個性的なキャラクタでありながら、しかしそこにリアルに存在している、というところです。
存在感を表現する

分けて考えられない
その昔、野田さんのワークショップいって、カラダにあわなくて、はいた……って言ってた、俳優さんにあったことある。
ちなみに、よくテレビにもでている、名前だせば、みんな知ってる俳優さん(笑)

俳優さんの体質にもよるんじゃないかと。
これきいて、自分の思うとおりに演じればいいんだ、と勇気いただいた記憶あり(笑)

私は、シェイクスピアもチェーホフも両方楽しめると、特だと思う。
ま、なんでもやにならない程度に(笑)
「表現派」っていうのはアート系ってことですかね。
あれは演技・演劇ではないと思います。
全くの別ジャンルです。
アート系の方の殆どは、普通に人間を形成できないみたいですよ。
表現するっていう妙な癖が染み付いてしまっていますから。
自分の癖も含めて、全く異なる人間とかを演じる上では癖ってやつは邪魔以外の何者でもないでしょう?
無意識に出てくるからたちがわるい。
そんな余計な癖をわざわざ身につける作業を行っている方々ですから、全くベクトルが異なっているといえるわけです。
俳優の仕事は「その人(役)としてそこに存在すること」以外にはありません。

>>9

アート系とは違うかな。

> 私の解釈では「表現派」とは写実を超えて積極的に何かを表現しようとするスタイル、「存在派」とは誇張したり狙ったりせずにただ役としてそこにいようとするスタイル、です。
「写実を超えて積極的に何かを表現しようとするスタイル」っていうのは少々わかりにくいです。
「存在派」と定義されている方々が”写実”とするなら、「表現派」とは”デフォルメ”ってことなんでしょうか。
もしそうなら、それぞれは一本のライン上に存在していて、根っこは同じだと思います。違いは存在する場のシチュエーションから生じているだけと考えます。
TVドラマのアメリカンコメディーがよい例です。
彼らは「誇張したり狙ったりせずにただ役としてそこにいようとするスタイル」を実践しようとしているだけです。ただ、役が存在する環境(?)全体が、普段から気持ちのレベルがHi状態にあるだけなのです。
そういった環境下では、客観的に見ると通常のレベルより時間の流れる速度が速いため、会話も反応も速くなっていくわけです。デフォルメ状態が生まれやすいってことです、しかもごく自然に。
決して無理をしているわけではなく、そうならざるを得ないからそうなったといったお芝居だといえます。
積極的に何かをするというのは、役者個人が役としてではなく勝手な味付けを加えるといったようなニュアンスが感じられます。
そうなるともはや役者ではなくタレントさんですね。
滅私ではなく自己主張を選んだ時点で別人になることを放棄したも同然です。
よろしいとはいえないし、役作りの観点から行くと大失敗です。
ほかのトピックでもかなり辛口なコメントを書き込んでいる私ですが、どうも様々な面においてあいまいな理解や常識が浸透しているように思えて残念だと思う気持ちがそうさせていますので、ご容赦ください。
あと一歩で先にいける。その手前で迷子になっている方が多いように思われます。
答えはすぐ隣にありますよ。
素直にそれを見つめ、受け入れられるようになれば色々と見えてくると思いますよ。
> 「表現派」とは”デフォルメ”ってことなんでしょうか。

私が意図したのはそれに近いです。“デフォルメ”が積極的な表現のすべてではありませんが。


kenkenさんの理想とする演技は分かるような気がしますが、演劇あるいは映像の演技の歴史においてそうでないスタイルの演技もなされて、評価されてきたのも事実ではないでしょうか。

> 様々な面においてあいまいな理解や常識が浸透しているように思えて残念だ
というのは私も思います。ただ私が思うのはスタイルの問題ではなく、大事なことはもっと根っこにあって、それができていれば味付けをしようがすばらしい表現になり得るのではないかということです。

“それ”が何かはまだ掴めていませんけれど。

「根っこは同じ」というのは、kenkenさんも書かれていましたね。
私の言う根っことはたぶん違うのだと思いますが。
「俳優はその役としてそこに存在しなくてはならない」と思っています。
それが人間の場合、その人にどれだけ近づけていけるかが大切なポイントです。
人間作りこそ最大のテーマであり、妥協を許さないよう心がけることが重要となります。
どんな色を持ったお芝居であっても、この根本原理から逃れるすべはありません。
それを無視した場合、舞台に立っているのは人間ではないってことになります。
「アート系」はこちらに近いかもしれませんね。
この基礎作りができて初めて、脚色、つまり色付けも効果的に働くのです。
世の中には様々なお芝居のジャンル分けがあると思いますが、それはこの「色」であると思います。
基礎作りをおろそかにしたものは、いくら見栄えが良くても観た人の心に響くものを残せないはずです。
この点はご自分の観劇の経験からも理解できることと思います。
一生語り継ぎたいと思ったお芝居がどれだけあなたの中に存在していますか?
それが一つの答えであり、芝居のレベルの判断基準のひとつだと思います。

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