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急行列車コミュの東北線直流急行電車

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東北線の直流区間では

「なすの」上野〜黒磯
「日光」上野〜日光(日光線経由)
「わたらせ」上野〜高崎(両毛線経由)

などの定期急行列車が走っていました。

コメント(21)

平成の市町村合併で”黒磯”の名前も駅名で残るのみですか。

町が市へ変わった様に「なすの」という愛称も
急行→新特急→東北新幹線と新幹線の愛称までになりましたね。
急行時代を知っている者に取っては考えつかない二階級特進です。
東北本線の直流急行はグリーン車やビュッフェを連結してたんでしょうか?
グリーン車はありましたが、どの列車も走行区間が150km前後なので
ビュッフェは無かったと思います。
なるほど、確かに距離が短か過ぎますねえ。
「湘南日光」でも走行距離が300kmちょっとですね。
ところで、ビュッフェは車両形式で言うと、どんな表現になるんでしたっけ?
半室普通車・半室ビュッフェで一両の”サハシ”ですね。
急行電車はサハシ153・サハシ165・サハシ455などが
ありましたね。
ありがとうございます。急行気動車には食堂車もビュッフェも無かったですが、客車急行の場合はどうでしたかねえ?
昔は旧型客車で運転していた急行列車には食堂車がありましたが、
急行「きたぐに」の北陸トンネル火災事故以後、食堂設備の
見直しが行なわれ、調理に石炭コンロが使われていた旧型客車は
使用されなくなりました。
ありゃ、石炭コンロなんか使ってたんですか!
事故後は、特急と同じ新型の食堂車を使っても良かったでしょうに…。
そうですね。
旧型客車の食堂車が廃車になったと同時に急行列車の食堂車も
なくなりましたからね。
国鉄時代は、人事も車両も序列にウルサクテ硬直化してましたからねえ…。
旧型食堂車も元々は当時の超優等列車に連結する為に作った車両
ですから、特急より格下の急行の為に食堂車を新製したり改造したり
する金を国鉄でかけたくなかったのでしょう。
まあ、食堂車ってのはコストパフォーマンスが悪かったでしょうからね…。でも、本当は短時間しか乗らない新幹線なんぞより、長時間乗る急行にこそ必要だった筈なんですが…。
確かに石炭コンロとの因果関係は無かったみたいですが、この火災事故に
国鉄トップは衝撃を受けて火災原因になりそうなモノ全てを排除しようと
していたみたいです。
後の急行ビュッフェ廃止や特急食堂車の縮小にも拍車がかかりましたね。
また、この事件の影響で当時新製された14系寝台や12系客車の
客車の下に発電機がある車両も問題になったようで事件以後に24系
寝台が作られましたが、運用の利便性には勝てず14系15型が
出来たという話もあります。
食堂車を目の仇にしても、喫煙する人がいれば火の元は絶えませんのにね…。
因みに急行「きたぐに」の食堂車休止後の車内販売は
大変だったみたいです。
以前の食堂車利用者がそのまま車内販売を利用した訳ですからね。
休止した食堂車が連結している時はまだ良かったのですが
食堂車が外されてからは車両の片隅にある車販準備室だけで
対応しなければならず、もの凄い状態になったそうです。
大阪ー青森間を乗り通せば、三回くらい車内で食事をする必要がありますからねえ…。

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