ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

喜納昌吉&チャンプルーズコミュの'88年原発サラバ記念日&命の祭り

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
喜納昌吉さんの1988年のムーブメントです。



 チェルノブイリから2年後の1988年2月11日、四国電力の伊方原発ではチェルノブイリ原発の暴走を招いたのと同じ出力調整運転実験が強行されました。これを止めようと伊方に集まった多くの人たち。
 喜納さんは「原発にただ反対するのではなくて、それを超える何かを打ち出そう!それは祭りから始まる」と呼びかけます。
 原発サラバ記念日は歌と踊りとパレードとダイインでまさに祭りの場となりました。エネルギーが湧き上がり、機動隊までが盾の下でステップを踏んでいる!新しい形のムーブメントが生まれた瞬間だったのです。
 この日燃え上がった火は”No Nukes One Love”のメッセージとともに全国に広がり、そして1988.8.8.八ヶ岳山麓で行われた、今ではすでに伝説となっている”命の祭り”へと合流してゆきます。
喜納さんの提唱で始まった”命の祭り”は、今日、日本中で行われているさまざまなムーブメントの原点となるような出来事でした。
 日本人、沖縄、アイヌそしてインディアンがともに火を起こし、歌い踊り、祈りました。最後の日にはホピ族の長老のメッセンジャー、トーマス・バニヤッカさんの予言どうり、土砂降りの”浄化の雨”が降ってきました。その雨の最中、喜納昌吉&チャンプルーズはライブを行ったのです。雨でステージの上を覆うテントは大きくたわみ、今にも破裂しそうです。祭りのスタッフも参加者も皆が協力し長い竹やりを作ってテントに穴をいくつもあけて水を抜き、何とかパンクを逃れました。
 PAはすでに水浸しで使用不能でしたので、喜納さんは三線と太鼓とアカペラで歌ったのです。生声の雄たけびのような”島小”に聴衆は土砂降りの雨の中で飛び跳ねておどりました。祭り会場がひとつになった瞬間です。

 東日本を大震災が襲い、そこから人々が力を合わせて生き延び立ち上がろうとしている、まさにその足を引っ張る出来事として、未曾有の人災、原発の崩壊がいまも続いています。原発を必要とするライフスタイルがいやおうなく転換を迫られています。1988年のこのときすでに、喜納さんは原発を超える新しい生き方を提唱していたのです。
それは”祭りから始まる”とるんるん

コメント(9)

J@DNAさん

私は残念ながら窪川の祭りを体験していません。
ぜひ、そのときの様子をお聞かせください。

東京など各地で原発を止めるムーブメントが起こり始めています
計画断念に追い込んだ窪川の記憶は
大事な示唆にあふれていると思います。
ありがとうございます。
当時の映像や写真をぜひ見てみたいです。

さっそく神泉社に聞いてみます。
これはいいですね。私も思い切り意見しました。
とうぜん原発廃止です。

フォームも拡散しますよ。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

喜納昌吉&チャンプルーズ 更新情報

喜納昌吉&チャンプルーズのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング