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懐かしい物ふぁんくらぶ♪コミュの木枯し紋次郎

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笹沢左保の小説。またその主人公の異名。
上記小説を原作とし、フジテレビ系列で1972年1月1日より放映されたテレビドラマ。以下詳述。



概要
この番組は「市川崑劇場」と銘打たれ、市川は監修のみならず第1シリーズの1話〜3話・18話では演出(監督)を務めている。C.A.L.制作。

元々原作の紋次郎は田宮二郎をモデルとしてたらしいが、「主役は新人で」という制作陣の意向により、当時は新人同然であった中村敦夫が紋次郎に大抜擢された。

本作は、これまでの股旅物の主流であった「ヒーロー然とした渡世人がバッタバッタと悪人達をなぎ倒し、善良な人々を救う」といったスタイルを排し、他人との関わりを極力避け、己の腕一本で生きようとする紋次郎のニヒルなスタイルと、主演の中村敦夫のクールな佇まいが見事にマッチし、空前の大人気番組となった。又、殺陣についても、リアルさを追求し、渡世人同士の喧嘩に近い殺陣となっている(これには、当時の渡世人が名刀を持つ事などありえず、刀の手入れをする事もないので、通常時代劇に見られる「相手が斬りかかってきた時に、自分の刀で受ける」といった行為は自分の刀が折れてしまうので行わず、又、正式な剣術をマスターしている訳ではないので、あくまで刀は、斬ると言うより、はたいたり、剣先で突き刺したりと言った形で使われているという狙いがあった)。

また劇中で紋次郎が口にする「あっしには関わりがねぇこって」が流行語となった。なお映画版では「あっしには関わりがねぇこって」ではなく、「あっしには関わりねえことでござんす」と、若干異なる。

なお、このドラマの主題歌「だれかが風の中で」を歌ったのは上條恒彦であり、こちらも大ヒットした。

1978年には「新・木枯し紋次郎」が製作され、東京12チャンネルで放映された。中村敦夫は主演だけでなく、やしきたかじんが歌う主題歌「焼けた道」の作詞も手がけ(作曲は猪俣公章)、たかじん本人もゲスト出演している。本作での紋次郎の決め台詞は「あっしには言い訳なんざ、ござんせん」だったが、前作ほどの話題を集めるまでには至らなかった。

同じく、1993年には中村敦夫主演で映画「帰ってきた木枯し紋次郎」が東宝配給で制作された。こちらは従来の中村敦夫主演のテレビ版の映画化であり、このために原作者の笹沢左保が新たに書き下ろし、監督も市川崑が務め、テレビシリーズの続編という位置付けのものである。この作品では、紋次郎の台詞が菅原文太のものに準じたものになっている。フジテレビ系列でテレビ放映もされた。

1991年には岩城滉一が紋次郎役を演じた、単発のテレビドラマが製作された。


ストーリー
舞台は天保年間。上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれた紋次郎は、生まれてすぐに間引きされそうになる所を姉おみつの機転に助けられた。「間引かれ損ない」として薄幸な子供時代を過ごした紋次郎は、10歳の時に家を捨てて渡世人となる。 ボロボロな大きい三度笠を被り、薄汚れた道中合羽を羽織り、長い楊枝をくわえる(紋次郎の設定はほぼ原作に準じているが、唯一、口にくわえている楊枝だけは、見栄えを考えかなり長く設定されている)のが彼のスタイルである。

ストーリーは1話ごとのオムニバス形式となっており、ストーリーの連続性はない。

レギュラーは主人公の紋次郎のみである。


エピソード
第1シリーズの8話撮影中に、中村は足を滑らせ3メートルの崖から転落し、左足アキレス腱断裂という重傷を負ってしまった為に第1シリーズは9話で一時中断、中村が復帰するまでの穴埋めとして「笹沢左保股旅シリーズ」が放映された。
製作協力は「大映京都撮影所」だったが、第1シリーズの2話撮影中に大映が倒産し、撮影所閉鎖の危機にあう。そこで、急遽別資本の新会社「映像京都」が設立され、旧スタッフが参加して製作続行となった。

放映リスト(サブタイトルリスト)
第1シーズン(全18話)

川留めの水は濁った
地蔵峠の雨に消える
峠に哭いた甲州路
女人講の闇を裂く
童唄を雨に流せ
大江戸の夜を走れ
六地蔵の影を斬る
一里塚に風を断つ
湯煙に月は砕けた
土煙に絵馬が舞う
龍胆は夕映えに降った
木枯しの音に消えた
見返り峠の落日
水神祭に死を呼んだ
背を陽に向けた房州路
月夜に吼えた遠州路
無縁仏に明日を見た
流れ舟は帰らず
第2シーズン(全20話)

馬子唄に命を託した
暁の追分に立つ
水車は夕映えに軋んだ
地獄を嗤う日光路
夜泣き石は霧に濡れた
女郎蜘蛛が泥に這う
海鳴りに運命を聞いた
獣道に涙を棄てた
錦絵は十五夜に泣いた
飛んで火に入る相州路
駆込寺に道は果てた
九頭竜川に折鶴は散った
怨念坂を蛍が越えた
明鴉に死地を射た
木っ端が燃えた上州路
和田峠に地獄火を見た
雪に花散る奥州路
雪燈籠に血が燃えた
冥土の花嫁を討て
上州新田郡三日月村

余談
1973年公開の映画『ゴジラ対メガロ』において、当初ゴジラが木枯し紋次郎の真似をして楊枝を咥えるシーンが撮影されていたが、完成作ではカットされた。現在では、スチールのみが残されている。

[OP] Japanese 70s samurai movie TV series
http://www.youtube.com/watch?v=IzIqKogbf9Y

こんな作品でした
http://www.youtube.com/watch?v=saqMtjMVmP8


木枯し紋次郎、 上州新田郡(にったごおり)三日月村の貧しい農家に生まれたという。十歳の時、国を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。天涯孤独な紋次郎が何故無宿渡世の世界に入ったかは、さだかでない・・

愛を求めて彷徨う旅か 孤独を求めてさすらう旅か 縞の合羽に三度笠 口の楊枝がヒュウと鳴る あいつが噂の紋次郎。

芥川隆行のナレーションを30数年経っても憶えている。TVの時代劇に衝撃を受けたのは『三匹の侍』以来。様式の殻を打ち破った、不様とも言えるリアルな殺陣が格好良かった 。

格好悪いのが格好いい。当時のアメリカン・ニューシネマを思わせる演出は『傷だらけの天使』にも通ずるモノがあった。

今でも楊枝を使う事があると、ココロの中で中村敦夫を気取ってみる。 頭の中に流れるのは「旅立ちの歌」(<紋次郎とは関係ない)だったりするのが、リアルタイムで観た世代の証だろう(惚けてるだけ?)。

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